タイトル:Marciano’s 3sistersマスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/30 23:45

●オープニング本文


●フランス・ミディ=ピレネー地域圏ロット
 豪華さを取り繕った部屋の中で、重そうな体を椅子に押し込む男。その発散する雰囲気が、男が堅気ではないという事を無言の内に語っている。事実、男は小さな組織に身を置き、薬を売りさばいてそれなりの利益を上げていた。取り扱う薬は、限りなく非合法に近い合法ドラック。グレイゾーンの薬を、『合法的』という言葉の蜜に吸い寄せられた若者に売りさばいているのだ。
「おい、ティッツィ。運び屋の手配はどうなった?」
 男は机を挟んで立っている、手配師の男に聞いた。
「先ほど出発しました。『万一の時』の為に、腕の立つ奴を選びましたよボス」
「近頃じゃ警兵隊の検問も厳しくなって、合法ドラックでも運び出せなくなってやがるからな。面倒な事だ」
 特に最近、戦線がスペインとフランスの国境付近にまで後退してきた為、フランス側でも厳しい検問が行われている。取引相手に薬を届けるのも一苦労する状況だ。
「ティッツィ、運び屋の名は?」
「マルチアーノ三姉妹ですボス」
 その名前を聞いたとたん、ボスの身体が固まった。
「マルチアーノ‥‥だとぉ?」
「はい、ボス。輸送先がやつらの目的地に近いらしく、移動手段を此方が用意すると言ったら、直ぐに飛びついてきましたよ」
 しかし、身体を小刻みに震わせるボスは、もう手配師の言葉を聞いてはいなかった。
「この―――アホ野郎!」
 ボスは勢いよく立ち上がって手配師の髪を掴むと、力いっぱい手配師の顔を机に叩き付けた。
「マルチアーノって言やぁ、壊し屋じゃねぇか!」
 手配師は鼻と口からダラダラと血を流しながら、必死に弁明する。
「ボ、ボス! 確かにあいつらはぶっ飛んじゃいますが、腕は確かです! キメラに襲われたって屁でもねぇ!」
「そういう事じゃねぇ。そういう事じゃねぇんだよ、ティッツィィイ! あいつ等の頭の中身は、お前の『股座に付いてるモノ』以上にお粗末なんだよ! 尻と頭の区別だって付きゃあしねぇ! 銃を菓子のおまけか何かと勘違いしてやがるんだ!」
 ボスは手配師の髪を掴んだまま、今度は床に投げつける。
「糞! 糞! あいつら警兵とぶつかったら、薬ごと吹っ飛ばすに違いねぇ! 最悪足が付いちまう! 糞! ティッツィ、テメェ―――もしもの事があったら、尻の穴からバーナーぶち込んで、腹ん中をローストしてやる! 覚悟しておけ!」

●フランス・N112号線
「Dona dona dona 〜♪」
「フォル姉さん、何でこの状況でそんな歌‥‥」
「うるせぇですわねヴェル。つーか、ただでさえ狭ぇんですから、そのでかい身体を何とかしやがりなさいな」
「そ、そんなの無理だよぅ‥‥」
「あ〜ぁ‥‥糞! あの腐れチンピラ。どうせなら、もっとでかいトラックを用意してくれりゃあ良ろしいのに」
「でも、移動手段と偽造身分証を用意してくれたんだし、これ以上文句を言ったら悪いよ」
「うるせぇですわよ、馬鹿ヴァル」
「いひゃい! いひゃいよ、ねへひゃん!」
「おやめなさい、二人とも。フォル、情勢の悪化に伴って、スペイン近郊には軍が封鎖線を張っていますわ、近付けるだけでもありがたいと思わなければいけませんわよ」
「でも、サエッタ姉様。あんな田舎ヤクザのやる事ですもの、きっと穴がありやがりますわよ。それもザルのように。警兵隊とぶつかったら、どうしますの?」
「そうね、その時は‥‥‥」
「その時は?」
「一人残らず、ブッ殺して差し上げますわ」


●ラストホープ作戦司令室
 能力者に囲まれる警兵隊の女大尉は、松葉杖代わりの改良自動小銃を自身の座る椅子に立てかけ、モノクルの奥に怜悧な眼光を宿しながら、淡々と説明を始めた。
「既に貴様等も知っているだろうが、近日ヨーロッパ戦線において大規模な作戦行動が実行される。これに伴い、戦線後方の一般道において、軍車両及び一般車両に対する検問が実施されている。これはバグア軍及び、親バグア派テロリストによる破壊工作を未然に防ぐ為の処置である」
 プロジェクターが、ホワイトスクリーンに静止画を映し出す。路面が燃え上がり、力なく倒れる兵士を別の兵士が助け起こしている。
「しかし昨日(さくじつ)、この検問の一つが突破された。突破されたのはフランスのミディ=ピレネー地域圏カオール近郊を走るN112号線上、山の麓に張られた検問だ」
 スクリーンの映像が地図に変わり、その中の一点に赤いマークが点される。
「目撃証言によると、犯人は女が三人。移動手段は小型トラック。三人ともゴシック風の衣装を着用し、銃火器、刀剣と思しき獲物で武装した能力者だ。通常、犯罪歴の有る能力者は何らかの『首輪』を付けられるが、今回の件を見るに、既に解除済みであるか、術後に犯罪者となったケースが考えられる。犯人はそのままトラックで逃亡。他の検問にかかっていない事から、現在も周辺の山間部に潜んでいるものと思われる」
「貴様等にはこの犯人の追跡捜索を依頼する」と大尉は傭兵達に告げた。
「貴様等能力者は一騎当千とまでは行かずとも、一人で十人分の兵力に匹敵するものと私は考えている。ならば、下手に人員を裂くより、貴様等を派遣する方が効率は良いとも考えている」
 大尉の怜悧な瞳が傭兵達を見回して言った。
「貴様等の任務はこの犯人の捕縛ないし、犯人が乗っていたトラックを確保する事だ。犯人が捕まえられずとも、トラックから何らかの手がかりを見つける事ができるかもしれんからな。なお、今回の捜査に対して武力による抵抗が行われた際、或いは自身の命に危険が伴うと判断した際は、武力行使と犯人の殺傷を許可する」

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
皇 千糸(ga0843
20歳・♀・JG
鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
美海(ga7630
13歳・♀・HD
ヨシュア(ga8462
21歳・♂・DF

●リプレイ本文

 追跡のために拝借した二台の車輌に分乗した能力者達は、N112沿いに犯人の足取りを追った。
 窓の外を流れる景色を横目に、皇 千糸(ga0843)は手にした手錠を弄びながら呟く。
「ゴシック系の女の子を拘束するのって何か背徳的な光景よね」
 途端に、周囲から冷たい視線が皇に突き刺さる。
「いやね、冗談よ、冗談!」
 ほほほほと嘘臭い笑みを浮かべて誤魔化す皇。
 突破された検問で仕入れた情報によると、三人組みの出で立ちは同じゴシック調とはいえ、ゴスロリやゴシックパンクと種類はバラバラで、背格好もちぐはぐだったと言う。
 マルチアーノ三姉妹。
 『壊し屋』としてそれなりに名の通った傭兵達だ。
 武器に関する目新しい情報はなかったが、三姉妹が使用しているのが白の軽トラックだという事が判った。
「ゴシック風の衣装ね‥‥何かの仮装かしら」
「皇さんだって、その格好‥‥」
 話題をそらした皇に、みづほ(ga6115)がつっこんだ。
「ああ、この着物? いい色でしょう。私、青って好きなのよ」
「いえ、そうではなくて」
 みづほは言葉を捜して視線を中にさまよわせたが、結局溜息を吐くだけに留めた。
 熊谷真帆(ga3826)などは、水着の上からセーラー服を着るという奇天烈な格好をしているわけだし、格好の事で三姉妹をとやかくは言えない。
「‥‥検問突破とは物騒な敵ですわね」と鷹司 小雛(ga1008)が口にした。
 依頼の遂行を念頭に考えれば、トラックの確保が最優先であるが、出来ればやり合ってみたいものだ。
 『人生を濃く生きる』を座右の銘とし、戦いに身を投じている鷹司の心の中の獣が、敵を前に牙をチラつかせる。
「山狩りって初体験なのですよ。どきどきなのです」
 鞄を抱えて座る美海(ga7630)は、長丁場になった際にモチベーションを維持する為、と応急装備の他に弁当や水筒まで持ち込んでいた。
 本人は真面目なつもりだが、傍からはピクニックに繰り出す小学生に見える。そんな美海とは反対に、ロッテ・ヴァステル(ga0066)静かな怒りを腹の内に溜めていた。
「気にいらないわね‥‥‥」
 今回の事件はロッテの故国で起こった横暴だ。更に自然が大好きなロッテには、犯人が山間部へ逃げ込んだ事も気に食わない要因の一つとなっていた。普段から感情を表に出さないロッテであるが、言葉の端々から不機嫌さが滲み出ている。
「さて‥‥どっちが『狩る』側かしら」
 ロッテの剣呑な言葉に、助手席のシートに身体を預け、むっつりと押し黙っていたヨシュア(ga8462)が反応した。
「‥‥放たれた猟犬に、兎はどうでるだろうな‥‥」
 ヨシュアが前を見据えながら、ポツリと呟いた。


 トラックの痕跡を追う二台の車輌は、途中で国道を逸れて脇道へと入った。進むにつれて草木が数を増す。
 泥を踏むタイヤの痕が更に奥へと続いていたが、借用した車輌ではこれ以上進むのは難しいと判断し、一旦車を置いて徒歩で偵察に出る事にした。
「何やってんだ?」
 車輌から降りたブレイズ・S・イーグル(ga7498)が、タイヤの傍にかがみ込むみづほを不思議そうに見た。
「用心するに越した事はありません」
 みづほは手に持った尖った鉄片をブレイズに見せ、それをタイヤの前後に置いた。


 山に分け入り、獣道一歩手前といった場所でトラックを発見した能力者達は、慎重に近づいた。
 トラックの中にも外にも人影が無い事を確認すると、予め打ち合わせていた通り、車内の調査をロッテ、鷹司、みづほ、ブレイズが、周囲の警戒を皇、熊谷、美海、ヨシュアが担当する。
 幌のかけられた荷台に乗り込んだロッテは積荷を検め、
「トラックという事は‥‥何かを運ぼうとしたのでしょうね」
 ロッテは一人暮らしの男の部屋を髣髴とさせる雑多ぶりに、眉を顰めた。
「行商人にでも化けるつもりだったのかもしれませんわよ?」
 車内の様子を写真に収めながら、鷹司が大量に詰まれたタバコのカートンをつま先で小突く。
 三姉妹にとって、トラックそのものが目的だったのか、それとも他に目的があったのか‥‥。
 トラップを警戒して注意深く調査していたみづほはが、ハタと気付いて、積荷に紛れ込んだ小さな黒い物体を摘み上げた。
小型の集音機だろうか? 同じく積荷の中に埋まっている機具とコードで繋がって―――
(「盗聴器?!」)
「しまった! ―――皆さん、気をつけて!!」
 みづほの警告は、突如としてトラックを襲った爆音と衝撃によってかき消された。


●狩る者と狩る者
 幸いガソリンに引火するような惨事は免れたが、直撃弾を食らった運転席は酷い有様だった。
 ブレイズ達が外へ飛び出すと、既に警戒班が臨戦態勢をとっていた。
「何が起こったの?」
 皇が両手に銃を構えながら訊いた。
「弾頭矢です。突然、運転席に撃ち込まれて‥‥」
 熊谷が小銃を構えながら状況を説明する。飛んでくる弾頭矢には気付いたものの、それを打ち落とせる者が警戒班にはいなかった。
「そう、大人しくお縄につく気は‥‥ないようね」
「相手は追跡してきた人間を『ぷっち』して、その車両を奪うつもりだと思うのです」
 身の丈を超える大剣を手に、美海が自身の考えを述べた。
 ブレイズが得物を引き抜きながら獰猛に笑う。
「ハッ! 壊し屋という二つ名も伊達じゃないらしいな」
 一秒‥‥。
 二秒‥‥‥。
 三秒‥‥‥‥。
 敵はまだ仕掛けてこない。
 皇は警戒を緩めず、思考を巡らせる。
「おかしいわね。こちらが態勢を整える前に攻撃を仕掛ける、絶好のチャンスだったしょうに‥‥」
 業を煮やした熊谷が、前方の茂みや木々に向かって小銃を連射した。
 すると、木々の間から二本の三つ編みを揺らして、眼鏡をかけた少女が躍り出た。文学少女然とした少女が身に纏っているのは、フリルをあしらった丈の短いベアトップにパレオ状のスカート―――大胆なゴシックパンク服。
 三姉妹の次女、フォルゴーレは、スカートを翻しながら、腰だめに構えたSMGを乱射した。
「これしきの攻撃で、私は止められませんわよ!」
 鷹司がクライトガードを構えつつ、仲間を庇う様に銃弾の暴風雨に向かって突進する。
 熊谷も小銃を撃ちながら、鷹司の後に続いた。
「歪んだ世界は冷酷な正義で正すしかない! 悪いけどこの場で死んで!」
 エミタ悪用は絶対に許さない! と意気込む熊谷は、容赦なくフォルゴーレの頭部目掛けて発砲するが、フォルゴーレは突然姿を消したかと思うと、一瞬にして二人の背後に回り込んだ。
 SMGの射撃を無防備な背中に食らって、熊谷は吹き飛び、鷹司は銃弾を受けながらもなんとか盾を構えなおして耐える。
「アハハハ! 残念でした♪ 鉛のリズムでツイストを踊るのは、テメェ等の方ですわ!」
 サディスティックに哄笑するフォルゴーレの元へ、ブレイズ、美海、ヨシュアが同時に駆けた。
「いきますよ〜!」
 布斬逆刃とレイ・エンチャントを発動させた美海は、巨大なツーハンドソードを振り回して正面から仕掛けた。
「これで仕舞いだ。一気に行くぜ!」
「悪く思うな。これが俺達の『仕事』だ‥‥!」
 コンユンクシオを構えたブレイズとツーハンドソードを携えたヨシュアは、互いに流し斬りを使用して、敵の死角に潜り込みながら斬撃を放つ。
 咄嗟とは言え、三人が互いをカバーし合いながら見せた連携は、流石は能力者と言わしめるものであり、三つの刃は必殺の軌道を描いて敵を捉えるはずだった。が、またもフォルゴーレの姿が消え、代わりに何処からか撃ち込まれた弾頭矢が、三人の目の前の地面をえぐり飛ばして爆発する。
「相手はグラップラーみたいですね」
 衝撃に煽られながら木陰に身を隠した美海が、周囲を注意深く観察しながら言った。
「やれやれ‥‥手癖の悪いお嬢さん達だ。跡でたっぷりとお仕置きしてやる」
 同じく、木の影に身を隠したブレイズはうんざりした顔で呻いた。


 ロッテの目の前に、黒く長い髪を持つ女が立っていた。その傍らには、胸から二本の刀身を生やした皇が倒れている。
 ロッテも皇も警戒を怠ってはいなかったのに、遠くで草木が揺れたと思った時には、既に背後を取られていた。異変に気付いて振り返ったロッテが見たのは、背後から胸を貫かれた皇の姿だった。
 移動の軌跡すら見せないその動き―――グラップラーか‥‥‥。
 敵を前にしたロッテは、リズムを取るようにステップを刻んだ。
「武器、配置から考察するに―――彼女は射撃系の技能に優れているんじゃなくて? 車両を爆破した時に見せた反応も良かった。経験も豊富そうですわ。追われる身としては、このような手合いが最も厄介ですの」
 だから真っ先に仕留めたと女は嗤った。
 黒髪の女―――三姉妹の長女、サエッタは、シックなゴシックドレスの腰に挿す四本の鞘から、残る二刀を引き抜いた。
「申し訳ないけれど、これ以上雇い主を待たせるわけにはいきませんの」
 サエッタが構える二本の凶刃が、怪しい光を放つ。
「私は貴女を逃がすわけにはいかないの」
 ロッテはブーツに装着した鉤爪をきしませると、疾風脚と瞬即撃を同時に発動し、大地を踏み砕くような勢いで跳び出した。
 サエッタが軽やかに身を捻り、ロッテの回し蹴りが空を切る。
「あら? 中々良い動きですわね」
 サエッタが口元に嘲弄の笑みを浮かべる。
 着地したロッタは足裏で地面を削り、制動をかけた。
 サエッタの言葉で、ロッテの瞳の奥に静かに火が点る。
「冗談じゃ―――ないッ!」
 ロッテが再び地を蹴った。


 しくじった。
 木の影に身を隠したみづほは、荒い息を吐く。
 全身に受けた火傷と裂傷がうずく。
 影撃ちと不斬逆刃を併用した会心の一撃は、相手の肩をえぐったが、お返しに瞬天速で側面に回りこまれて、弾頭矢を撃ち込まれてしまった。
「相手はグラップラーでしたか」
 みづほは木の幹越しに、同じく木々の中に隠れている相手の様子を伺った。
 ショートカットの金髪に、長身の頭から足先までを、リボンとフリルで飾ったゴスロリ服姿の少女―――三姉妹の末妹、ヴェルトロは、弾頭矢を放ってフォルゴーレを援護していた。
「ですが、これで三姉妹の連携は崩れました」
 手痛いダメージを受けたが、ヴェルトロも此方を意識せずには居られまい。一対一の状況を作ることには成功した。
 これで、仲間達も連携がとり易くなった筈だ。
 みづほは相手の動きに注意を払いながら、ロウ・ヒールで傷を癒し始めた。


 お互いに回避能力が高いロッテとサエッタの攻防は、相手に決定的なダメージを与えられぬまま千日手となりつつあった。
 ヴェルトロの援護が無くなったフォルゴーレは、多勢に無勢と弾をばら撒きながら逃げに徹している。
 状況を不利と見て取ったサエッタは、襟元の無線マイクに向かって叫んだ。
「フォル! ヴェル! 退きますわよ!」
 言うが早いか、サエッタの姿が消えた。
 フォルゴーレも美海が豪快に振るった一撃と、ブレイズが大きく振り下ろす剣を紙一重で回避しながら、瞬天速を使用して一気に30mの距離を開けて逃走を開始した。
 熊谷の援護射撃も、木々の間をすり抜けるように走る敵を捉える事ができない。
「逃げ足だけは速いですわね」
 鷹司は悔しげに歯噛みした。彼女の腕ならば、フォルゴーレに攻撃を当てる事も可能だろう。だが、機動力の面では相手が上だ。逃げに徹されれば、捉える事は難しい。


 合流を果たして逃亡を図る三姉妹の眼前に、ロッテが瞬天速を発動させて一気に回り込んだ。
「‥‥‥ラ・ソメイユ・ペジーブル(安らかな眠りを) 」
 そのまま先頭のサエッタに組み付いて捕えようとするが―――
「フォル! ヴェル! ストームアタックを仕掛けますわ!」
 吼えるサエッタが、走る勢いに任せて斬りかかった。
 咄嗟に回避行動をとるロッテだったが、斬りかかってくるサエッタの姿が消えたかと思うと、代わりに弓を構えたヴェルトロが正面に現れた。
「なッ!」
 既に回避行動をとっていたロッテは反応しきれずに、弾頭矢をまともに食らって吹っ飛んだ。ダメ押しとばかりに、フォルゴーレがSMGのZ字掃射で宙に舞うロッテを撃ち落とす。
「待て!」
 三姉妹に追いついたヨシュアが、油断無く剣を構えた。直ぐには斬りかからず、三姉妹に言葉をかける。
「なぁ‥‥俺と同じ能力者なんだろ? あんた等みたいな生き方、俺も嫌いじゃないぜ‥‥」
「きっと俺はそちら側の人間なんだ」そう言って三人を見据えるヨシュアに、サエッタは冷笑を返した。
「安い同情なんていりませんわ。それに―――貴方が私達と同類であろうが無かろうが、今の状況が変わるわけではないでしょう?」
 刀を振りかぶってヨシュアに斬りかかろうとするサエッタに、盾と刀を構えた鷹司が突進した。
「だぁぁぁぁあ!」
 大量の水素イオンを取り込んで放たれるのは、斬撃の域を超えた一撃。その鉄槌の如き一撃が、刀での防御ごとサエッタの身体を弾き飛ばした。
 だが、手応えが軽い。
「自分から飛びましたわね‥‥」
 鷹司の言葉通り、空中で錐揉みするサエッタは、木々を蹴って無事着地を果たしたが、刀を握る手は遠目から見て取れるほどに震えている。
 更に追撃をかけようとした鷹司に、横合いから放たれた弾頭矢とSMGの銃撃が降り注いだ。
「サエッタ姉さん、早く!」
 ヴェルトロが焦りを露にして叫ぶ。サエッタが二人の元へ駆け寄った。
「でも残念。私に背を向けたのが運の尽きね」
 いつの間にか立ち上がって移動した皇が、傷口を押え、ふらつく身体で木に寄りかかりっていた。構えた自動小銃の狙いをフォルゴーレの脚に定めると、狙撃眼を発動させて引き金を引いた。
 放たれた銃弾は、咄嗟にフォルゴーレを庇ったサエッタの脇腹に命中する。
「ハ‥‥ッ! 麗しい‥‥姉妹愛ですこと」
 だがこれで一矢は報いた。
 皇は強気な口調で、ダーティな台詞を吐き、血の滴る口端を吊り上げて無理やり笑みを作った。
「サエッタ姉様!」
 ふらつくサエッタの体を心配そうに支えたフォルゴーレが、一転して悪鬼の形相で振り返り、皇を睨みつける。
 その目には激しい憎悪が満ちている。
「テメェ―――ドテッ腹に鉛玉をたらふく食らわして、屁に似た寝言を言えなくして差し上げますわ!」
「やめなさい‥‥フォル」
 いきり立つフォルゴーレを、サエッタが手で制し、代わりにヴェルトロへと合図を送った。
 静かに頷いたヴェルトロがケープのリボンを引くと、スカートの内部やケープの間から小型の手榴弾やスタングレネードが零れ落ちる。
「な、こいつら!」
 慌てて退避する能力者の後を追って、閃光と破片が炸裂する。
 閃光を凌いだ熊谷が小銃を撃ち、みづほが矢を射ったが、既に三姉妹は姿を消した後だった。