タイトル:異形の猟犬マスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/11 23:56

●オープニング本文


 物資の生産と流通は別の問題である。
 メガコーポレーションが確立した生産ラインは、世界的な戦時でありながら戦前と変わらない生産能力を確立していたが、それら物資の全てが民衆に行き届くとは限らない。
 競合地帯に近づくにつれ悪化する治安は、輸送に余分な手間と金をかけさせ、価格の高騰につながる。ひどい時には、バグア兵器の被害に遭い、物資の流通が途絶えてしまう事さえあった。


●欧州―――競合地帯に程近い山間部
 なだらかな山肌に走る一本の道を、一台のトラックと、トラックを挟むかたちで前に一台、後ろに二台、計三台のバイクが走っていた。トラックは物資輸送車で、バイクは輸送車を護衛するバイク兵のものだ。
 輸送車が走る道は、麓の町と山間部の村々を繋ぐ重要な交通路である。地面はむき出しだが、道幅はそれなりに広く、タイヤによって踏み固められた地面が交通量の多さを物語っている。町から離れた村々は、物資の調達手段をこの輸送に頼り切っている状態なのだ。
 輸送車が山の中腹に差し掛かった時の事、『何か』がものすごい速さで、後方から輸送車に追走しきた。小型車ほどの大きさの、犬型キメラだ。その闇を凝縮したようなどす黒い身体には、浮き出た血管を思わせる触手と、赤い眼球がびっしりと蔓延っている。怖気が走る醜悪な姿だ。
 キメラに気付いたバイク兵が迎撃体制を整えようとするが、キメラは海中を進む魚雷のように、瞬く間に車両に追いつき、後ろを走る二台のバイクの間に割り込んだ。キメラの全身を覆う無数の眼が光弾と光線を放ち、バイクごと護衛の兵士を引き裂く。さらにキメラは輸送車の後輪を光線と光弾で撃ち抜くと、制御を失い蛇行する輸送車の横をすり抜け、追い越し、輸送車の前を走るバイク兵に襲い掛かった。


「―――というわけでして‥‥」
 いかにもビジネスマンといった風貌の男は、傭兵達を前に額の汗をハンカチで拭いながら説明を続ける。男は運輸会社の社員であり、頻発する輸送車襲撃の被害拡大を防ぐ為に今回の交渉を任されていた。
「最近この町と村を繋ぐ交通路にキメラが出没し、物資輸送者が襲撃されるという事件が続いておりまして、この地区で最も多くご利用頂いています我が社でも、護衛を雇って対応してはいるのですが成果は上がらず‥‥かといってこれ以上損害が増えるのを黙って見ているわけには行きません」
 現在は窮余の策として空輸に切り替えているが、コストの問題から長く続けば、物資の価格高騰につながる。そこで、会社は傭兵―――能力者にこのキメラの駆除を依頼する事に決めたのだった。
「皆様の極東および、北米でのご活躍は伺っております。ここは是非! 我が社の為、物資を待ち望んでいる人々の為、御力を貸して頂きたい」

●参加者一覧

クロード(ga0179
18歳・♀・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
ナオ・タカナシ(ga6440
17歳・♂・SN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
八神零(ga7992
22歳・♂・FT

●リプレイ本文

 運輸会社に到着した傭兵達は車両を借り受ける為、案内役の社員の後ろに続いて車庫へと向かった。手配を頼んだのは、輸送車が一台とバイクが二台。
「キメラの息の根を止める為、御承知頂けないだろうか?」という寿 源次(ga3427)ら傭兵達の申し出を、会社側は快諾した。運輸会社は、この件を傭兵達に一任するという。
「ティンダロス‥‥鋭角から出現しそうな‥‥名前ですね」
 社員の後ろを歩きながら、クロード(ga0179)は、今回相手にするキメラのことを考えていた。クロードの言葉に、寿も同意した。
「まったくだ。本家のように、あらゆる角から出現しないのは何よりだ」
 物語の中に登場するティンダロスは、次元や時空を渡り、鋭角から出現すると言う。同じ名とは言え、それは飽くまでも俗称であり、キメラも生物である以上、そこまで無茶な事は(今でも十分無茶だが)しないだろう。
 寿は一頻り頷くと、隣を歩く朧 幸乃(ga3078)に声をかけた。朧とは、以前依頼で一緒になった事がある。顔見知りだった。
「久しぶりだな、朧さん今回も世話になる」
「はい、寿さん。よろしくお願いします」
 朧はサイドカーに寿を乗せて、バイクを運転する役割だ。
 昔はよくバイクに乗っていたものだ。朧は不意にスラムに居た頃の事を思い出した。とは言え、まだ免許を持っては居らず、褒められた事ではなかったが‥‥‥。朧は当時の事を思い出して、苦笑を浮かべた。
「車の運転は久々だな‥‥」
「まさか、ペーパードライバーではないでしょうね?」
 輸送車の運転を担当する八神零(ga7992)の呟きを聞いて、助手席に乗る鳴神 伊織(ga0421)が冷やかすように言った。
「だ、大丈夫なんですよね?」
 二人の会話に、荷台に乗るナオ・タカナシ(ga6440)は、不安そうな顔になる。
「まさか、そこまで酷いものではないさ。まぁ‥‥何とかなるだろう」
 あまり感情を表に出さない八神の言葉なだけに、本気とも冗談ともつか無い。
「そういえば、俺もサイドカー付きを運転するのは初めてだな」
「おいおい、マジですか?」
 伊河 凛(ga3175)の言葉に、コンビを組むツァディ・クラモト(ga6649)が顔を顰める。
 サイドカーを取り付けると、重心位置が変わる事から、バランスのとり方やカーブのタイミングが違ってくる。
「安心しろ、出来るだけ揺らさないように運転するつもりだ」
「頼むぜ。流石に、敵を発見する前に車酔いでダウンじゃ締まらないからな」
 ツァディはやれやれとため息をついた。


 輸送車は車庫のど真ん中に止められていた。車体はオフロードでも走れるよう、軍用トラックをベースとし、金属製のコンテナを搭載している。コンテナに大きく描かれた会社のロゴマークに、ナオは呆れ顔になった。
「また、ずいぶんと派手ですね」
「これは宣伝も兼ねています。今回の事は、我が社がキメラ退治に貢献していると言う、イメージ戦略にも繋がりますので」
 流石は商売人。転んでも、只では起きないつもりのようだ。
「荷台は内側から補強を施しています。タイヤには空気の代わりに特殊樹脂が注入されており、撃ち抜かれても深刻なダメージで無い限りは走行が可能です」
 次いで、バイクを見せてもらう。こちらはバイク製造の老舗、カプリリア社製のデュアルパーパス―――それも軍用モデルだ。軍用化に当たって、モデルとなったマシンに全面的な強化が施されており、ボアアップされた排気量738ccのV型4気筒エンジンが、強力なトルクと回転数で90馬力を叩き出す。
「実績のある者には実績のあるマシンを―――という社長の意向で、こちらを用意させて頂きました。長距離移動やサイドカー装着を念頭に設計された車体ですので、使い勝手は良いのではないかと‥‥」
「いいマシンだ」伊河がタンクカバーを撫でる。
 低重心化が図られた車体は追加された外装部品と相まって、どっしりとした安定感を感じさせる。深いオリーブ色の車体から、静かな闘志が伝わってくる。
「よし、サイドカーの取り付けは自分が手伝おう! 40秒で仕度しな!」
 意気揚々と準備に取り掛かる寿を、他のメンバーは困惑しながら見守った。


●峠のチェイサー
 均されているとは言え、未舗装の道は揺れる。
 クロードと共に輸送車の荷台に乗り込んでいるナオは、微かに顔を顰めた。
「うぅ‥‥酔いそうです‥‥」
 コンテナの内部は満足に光も入ってこないし、揺れがダイレクトに体を襲ってくる。お世辞にもいい環境とはいえなかった。
 だがこんな事で挫けてはいられない。
 傭兵として戦う以上、精神的にも肉体的にも強くあらねばならない。そう心に誓ったではないか。
「よし!」
 ナオは体内に蓄積される不快感を振り払うように鋭く息を吐き―――
「‥‥‥うぅッ‥‥」口元を押さえて突っ伏した。
 ナオが己との内なる戦いを展開している頃―――
「‥‥寄生虫か。油断できない相手のようだな‥‥」
 トラックを運転する八神は思案に耽りながらも、運転をスムーズにこなしていた。傍目に見てもブランクは感じさせない。
「確かに‥‥ですが、寄生体と本体、切り離して考えると危険かもしれません。一つで二つ。二つで一つ‥‥」
 助手席に座る鳴神が、サイドミラーで後ろの様子を確認しながらいった。
 どちらにしても、厄介な相手である事に変わりは無い。その事を、二人は改めて胸に刻み込んだ。
 周囲を警戒するツァディは、走行するバイクのサイドカーに後ろ向きで座り、双眼鏡で後方を確認していた。後ろ向きでは脚を収納するスペースが無い為、座席に抱きつくような形になり、かなり不安定な姿勢である。
「吹っ飛んでも知らんぞ?」
 見かねた伊河が横目で見ながら注意するが、ツァディは軽い調子で、
「大丈夫、ヤバそうになったら座るんで」と答えた。


 初めに敵の姿を捉えたのは寿だった。双眼鏡の中に、山の斜面を駆け下りてくる異形の犬が映りこんでいる。
「‥‥来た。右手の斜面を駆け下りてくる」
 寿が無線で報告すると、ツァディからも返答が帰ってきた。
「よ〜し、野良犬発見。攻撃を仕掛ける」
「了解。しかし、こいつ‥‥」
 斜面を下る敵の姿は能力者達が会話を交わしている間にも、見る見る大きくなる。
「思った以上に―――速い!」
「一度やり過ごして、後ろから仕掛けます」
 朧は瞬く間に背後へと迫る敵を、バイクの速度を落としてやり過ごそうとする。しかし、背後へ回り込もうとする朧たちの姿を捉えたティンダロス―――正確にはその身体を覆う無数の寄生キメラが光線と光弾を放ち、二人とバイクを側面から襲った。
「うぉ!」
「クッ!?」
 サイドカーに身体の大部分を埋めている寿は装甲に守られて軽症ですんだが、身体が露出している朧は肩や脇腹から血を溢れさせた。不幸中の幸いか、傷口は高熱で焼かれている為、出血量自体は少ないものの、痛みでハンドルを握る手から力が抜けていく。
 仕方なく朧はスロットルを絞って、バイクのスピードを落とした。
 朧がバイクを止めると、すぐに寿が練成治療を発動させた。朧の体を襲う痛みが引いていく。
「‥‥不覚です」
「気にする事はない。何の為に俺が居ると思っているんだ? さぁ、行こう」
 敵が一匹とは限らない以上、ここで連携を崩す訳にはいかない。
「わかりました。飛ばしますから、しっかり掴まっていて下さい」
 寿の意志に応えて、朧はバイクを急発進させた。大胆にスロットルを開いて、車体を駆り立てる。
 人造の軍馬が身を穿たれた怒りに震え、低く、重く、嘶いた。
 流れる景色が加速する。メーターはあっという間に100km/hを振り切った。常人では御し得ない暴力的な馬力を、朧は能力者の身体能力で無理やり押さえつけて車体を疾駆させる。


 刻々と距離を詰めて来るティンダロスに、ツァディは鋭覚狙撃を発動させ、後ろを向いたままの姿勢でアサルトライフルの引き金を引いた。
 タタタタタタタタタタン!
 軽快な射撃音と共に銃弾を撒き散らすが、ティンダロスは地面を滑るようにジグザグに走りながら、銃弾をかわす。
「クソ、当たらねぇ!」
 射撃を悉くかわされて、ツァディが罵声を上げた。ティンダロスの回避能力が、ツァディの射撃技術を上回っているのだ。
「落ち着け。バイクの位置を調整する」
「駄目だ。相手も動き回っているから、同じ事だ! 狙いが付けられないんだ!」
 その時、前を走る輸送車のコンテナの扉が開き、弓を構えたナオが姿を見せた。先ほどまでとは打って変わった無表情で、敵の脚を狙って矢を放つ。しかしこれは回避される。
 ナオは速射のスキルを発動させると、目にも留まらぬ速さで矢を番え直し、射撃体勢を整えた。
 ツァディもティンダロスの足元を薙ぎ払うように、射撃を続けた。更に、後方から猛追してきたバイクから、寿が敵の退路を阻むように電磁波を放つ。
「動く範囲が狭まれば、動きも読みやすくなるというものだ!」
 この集中砲火を前に、ティンダロスが動きを鈍らせる。そして遂に、強弾撃を付加したナオの矢が、ティンダロスの足を撃ち抜いた。
 
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!
 
 絶叫するティンダロスに、今度は寿の電磁波が命中する。これにより、体表を覆う寄生キメラの半数以上が、どす黒い血を撒き散らして潰れた。
 敵の動きが鈍ったところで、傭兵達は車を止め、迎撃態勢に移る。
 伊河はバイクを下りると手に刀を携え、ティンダロス目掛けて走った。
 半数以下に減った敵の迎撃は恐るるに足りぬ。
 練成強化のバックアップを受けた上で、紅蓮衝撃を発動させる。
「そこだ!」
 心の奥に秘めた炎を具現化したかのように、赤く輝くオーラを纏って振りぬかれた刃が、寄生型キメラごと、犬型キメラの胴を切り裂く。


 他の傭兵達が目の前のティンダロスへの攻撃に集中する中、朧が山の斜面を『駆け上がってくる』もう一体のティンダロスに気がついたのは、彼女が遊撃として、視野を広く持っていた賜物だろう。
「もう一体居ます! 気を付けて!」
 朧は仲間に急を知らせると、瞬天速を使用して敵の進路に割り込んだ。ティンダロスは突然目の前に現れた朧に光線と光弾を見舞うが、朧は再度瞬天速を使用して逃れる。
 一挙動で間合いを詰め、光弾を放つティンダロスと瞬天速で逃れる朧。
 一体目をクロード、伊河、寿、ツァディに任せて駆けつけた鳴神、八神、ナオであったが、激しく場所を入れ替えながら交錯する朧とティンダロスを前に手を出しあぐねていた。
「これじゃあ狙いを付けられません」
 弓を構えるナオが悔しそうに唸る。
「やはり、あの速力は厄介ですね‥‥」
 鳴神は油断無く刀を構えながら呟いた。一番のネックとなっているのは、能力者を上回るティンダロスの驚異的な脚力だ。
「ならば、足を止めます‥‥! 朧さんこちらへ!」
 鳴神の指示に従い、仲間達の下へ駆け戻った朧を追って、ティンダロスが突進してくる。
 鳴神はティンダロスの跳躍に合わせて刀を構え、豪力発現を発動させた。静かな鬼気を纏って、着物の裾が広がるのも気にせずに脚を開いて力を込める。
 激突。
 ティンダロスの突進に合わせて突き出された刀の切っ先が、その肩を貫いた。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!

 どす黒い血を噴出しながら、ティンダロスが絶叫する。
 しかし、ティンダロスの身体を覆う赤い眼は、痛みにのたうつ本体を無視して光線と光弾を発射した。散弾のような射撃に全身を貫かれた鳴神の身体が、後方へ吹き飛ぶ。
 ティンダロスが鳴神の刀を突き刺したまま、憎悪の雄叫びを上げながら、再度疾走を開始せんと四肢に力を込める。
「鳴神が作ったこの刹那、無駄にはせん!」
 八神が吹き飛ばされた鳴神と入れ変わりに、二本の刀を煌かせ、ティンダロスの眼前に滑り込んだ。二段撃と豪破斬撃を同時に発動させながら、一気に刀を振り抜く。
「‥‥奪い去った命の重みを知れ!」
 二刀の連撃で両断されたティンダロスの首が宙を舞い、次いで胴体が盛大に血飛沫を上げながら崩れ落ちた。


 ティンダロスを倒した傭兵達だったが、寄生型キメラを警戒して、入念な射撃を加えた後、それぞれが持ち寄ったスブロフを死体にかけ、火を放った。
 燃え上がる二つの死骸の前で、手当てを済ませる傭兵達。
 ナオは炎に顔を赤く照らされながら、
「寄生体が犬型の身体を乗っ取って動き出したり、他の生物へ乗り移るという事は無いようですね。寄生型キメラと言っても、冬虫夏草ではなく、磯巾着に近いようです」
「それに、電磁波の一撃で大半が死滅したと言う事は、生命力も弱いようだな」
 伊河は戦闘時の事を思い出す。
「それでは、もう新手は居ないか、今一度確認しながら山を降りるとしましょう」
 治療を終えた鳴神が立ち上がった。
 これより先―――死骸の後始末や諸々の雑事等、UPCにも連絡を取らねばならない。
 傭兵達は乗ってきた輸送車とバイクに次々と乗り込んでその場を後にした。