●リプレイ本文
●Test Operation
地を這うように浮くのは、傭兵のKVだ。
視界が徐々に鮮明になる。俗に言う、データ上の戦場の霧か‥‥。
要塞――フェストゥングの名を冠するテストデータを元に、白鐘剣一郎(
ga0184)が機体を跳ねさせる。VTOLの操縦性は想像以上に難がある。
そもそも、バグアの先進技術を前に忘れがちだが、地球の既存技術にとって、VTOL技術自体、新技術に等しいものだ。まだ、発展段階と言っても差し支えは無い。
『敵、表示します』
通信機からの声に反応して飛行形態のKVが空を飛ぶ。ペアを組んだヘルメットワームを相手にフェストゥングを振り回す。が、追いすがるヘルメットワームを振り切れない。高出力エンジンが炎を吹き上げる‥‥が、先程振り回したのが原因だろう。一度落ちた速度が再加速に入る前に、フェストゥングは攻撃を受け、機体が大きく揺れる。攻撃を振り切れず、片翼をもがれた。
続いてテストを開始したのは、セラ・インフィールド(
ga1889)だった。
編隊を組んで飛ぶのは、シュトゥルム。ただし、その機体には、データ上の増加装甲が設置されており、見た目は、若干着膨れしているようにも感じた。先頭を切るセラ以下、AI制御のKVが続く。
「‥‥来た!」
編隊に併せて増やされたヘルメットワームの編隊が、迎撃体勢を見せている。
作戦では、多少の被弾を気にせず、味方のサポートに周り、編隊攻撃を仕掛ける予定だ‥‥予定、だった。
高機動に増加装甲を施した形で、彼自身の腕もある。だが、味方を守るように動こうというのは、無理だった。結論から言ってしまえば、話にならない、といった所だろうか。シュトゥルムは想像以上に脆く、彼の機体はアッサリと火を吹き、爆散した。
●新機体案
他にも皆、それぞれにテストを実施したが、結果は芳しくなかった。
何よりも問題であったのは、新機能やコンセプトに、性能バランスが追いついていないのである。競争に熱中するあまり、スペック上の性能だけを追求していたのではないか、とすら感じる。
ただ、大きな収穫が何点かあった。
それは、フェストゥングの垂直離陸機能や、シュトゥルムのレーザーバルカンだ。
特に、VTOL機である事には人気が集まった。傭兵達が求めている兵器は、高スペックであると同時に、現地での高い即応性を発揮できる機体だ。可変機能を持つKVではあるが、現状、人型に変形して陸戦を展開した場合、機体前方にある程度の平坦な土地が無ければ空戦へ戻れない、いわば不可逆変形に近い状態に陥っている。
だが、VTOL機であれば、KVの運用範囲は著しく拡大する。
「私としては、やはりフェストゥングをベースとした機体を提案させて頂きます」
口火を切ったのは鳴神 伊織(
ga0421)で、会議室にはやや不似合いな、着物をぴしりと着こなした女性だ。VTOL機には、特有の弱点もある。特に顕著なのが、機構の複雑さや、航続距離の問題であるが、航続距離については、フェストゥングはクリアしている。
垂直離陸機の操縦は難しいが、それだけで捨てるには、惜しいシステムだ。
ひょいと背を伸ばす、忌咲(
ga3867)が、画面に写ったフェストゥングを指し示す。
「この垂直離陸機能やホバリングは残しても、固定武装はカットしたらどうかな?」
中学生前後にも見えるような小さな身体を精一杯に伸ばし、乗り出した
忌咲のシミュレーション上での印象は、頑丈な大火力機、というものだ。敵の攻撃を受ける被弾テストや、集中砲火を経ての命中精度等を主にテストした。その結果から、大型の多目的機という発想に行きついた。
基本コンセプトはフェストゥングを用いつつ、生産性の悪さをカバーする為、シュトゥルムのように既存部品の流用や、固定武装のカットで価格を下げる事を狙っている。
「いや、少し待ってくれ」
声を上げたのは、藤村 瑠亥(
ga3862)だ。
「シェイドには、先の戦いでエネルギー攻撃が有用だと予測されるから、俺はシュトゥルムを推す」
エネルギー攻撃‥‥つまり、シュトゥルムに搭載されたレーザーだ。
シミュレーション上での攻撃結果も、中々のもので、格闘戦に使う為に搭載されたシュトゥルムは、その機動性をもって敵の後方に潜り込み、すれ違いざまの一撃を叩き込めた。
「こんな極端な二機、どちらの特徴も取り入れるのなら二機で一機として機能するような機体か換装タイプにするしかないだろ?」
攻撃能力、という意味においては、シュトゥルムの固定武装は、確かに魅力が大きい。
「私も、武器の適正は光学系に特化した方が良いと思います」
鳴神が続ける。
「それに、こちらに適した機体は少ないですしね」
言葉の投げかけあいはまだ止まらない。
カルマ・シュタット(
ga6302)が軽く手を挙げ、手元のパネルを操作し、自分のテストデータを画面に表示させる。
「今回のテストを踏まえて、ベースはシュトゥルムでフェストゥングの長所を入れていくべきだと思います。先日の銀河重工からの新型‥‥あれに対抗する形で、G−43は高機動、高命中、低防御ですが、俺の提案する機体は彼の機体とはある意味逆となります」
一呼吸置いて、カルマが述べる。
「高機動、高防御、低攻撃の機体を提案します」
疾風ベースといえども、垂直離陸機能は残し、低火力ながらも頑丈な機体で、各種援護に回るというものだ。
火力以外の面を重視する、という意味では何人か居るが、その中でも、彼の提案は特異なものだった。自身のテスト結果から、彼なりに、運動性や命中精度に自信を持った結果の提案だ。
「自分もどちらかと言えば、近いものを考えている」
賛意を表す、エリク=ユスト=エンク(
ga1072)。
「クルメタル社の思想は自動化志向だ。機体性能でパイロットの技量を補うというものらしいが‥‥それに沿った形で構想を練ってみるべきと思う」
彼の考えはベースこそフェストゥングであるが、カルマの案に近い発想だ。
重装甲をそのままに自由度を上げ、今後登場するであろう特化型の補助、援護に回る。武装面はやや貧弱であるが、燃料や搭載量の拡大でこれに対応すると同時に、自由度の底上げも兼ねられる。
だが、同じ援護といえど、その発想は、時に正反対の結論を出す。
「自分はこのような意見を出すのは初めてでな。技術畑から見たら何を阿呆な‥‥等と思われると思うが、その辺はご寛恕願いたい」
火の点いていない煙草を揺らして、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)が軽く眼を伏せた。
彼女自身は狙撃を得意とするスナイパーで、味方を援護する、という意味では、カルマの提案に近い。
「自分はフェストゥングの基本設定に、シュトゥルムの設計思想を加えた機体‥‥大火力による正確な遠距離砲撃で戦場を制圧する事を目的としたものを提案したい」
機動性よりも、重装甲でもって安全を図るという点は、何人かの提案と一致する。
だが、攻撃の発想については、やや特異である。シュトゥルムの操縦システムを基本に、電子兵装や高性能のミサイルを搭載するというもので、後方重視の機体を提案したからだが、珍しく、垂直離陸機能を必須と考えていない。
銀河重工の新規機種等もそうだが、大火力を擁する後方機そのものは、確かに、今まで割を食っていた感がある。
だが、垂直離陸機能をカットする事には、反論が相次いだ。
セラ等もシュトゥルムベースの否VTOL機を提案していたが、全体としては、垂直離陸機能を採用する意見は圧倒的に優勢だった。
「やはり要塞をベースに小型、軽量化を図るべきじゃないのか」
白鐘が口を開く。
「いや、シュトゥルムのコンセプトをメインに、弱点の強化を‥‥」
糸目をやや険しくし、セラが書類を広げる。
増加装甲を施してシュトゥルムの弱点を補うべきとの案。
メトロニウムコーティングなどの導入で影響を最小限に――ただ、これだと、機体単価はどうなるのでしょうか――個人的には、重兵装の大型機が好みなんだけど――いっそのこと追加装甲も搭載可能にし、合体機構を取り入れ――喧々諤々。
シミュレーターを利用した事もあってか、皆、多少評価を変更したりもしつつ、それぞれにコレ、と思う意見があればこそ、中々譲らない。価格や生産性等の、寂しい、しかし大切な事情にまで踏み込み、議論は多いに盛り上がり、深夜にまで及んだ。
●そして、新たな設計を
最終的に、垂直離陸機能や固定光学兵装、或いは光学兵装に対応した大容量や、燃料の余裕等、皆の意見の大筋を纏めた案件が一点に、各自が当初に持参していた案件が提出された。
一番愕然としたのは、現場の技術者達だった。
別に、何も内容が余りに酷いとか、そんな事ではない。他の部署と反目しあった結果、余りに現場の意見を無視した、ロクで無しの息子達を設計したのかと思って、愕然とするしかなかったのだ。
ただ、新たな興奮を得ていた事も確かだ。
現場から、それも常に最前線を飛び回る傭兵達から出された提案というものは、彼等技術者の創作意欲を強く刺激した。
例えば、実際に製作可能かどうかはともかく、分離合体案等、彼等に思いつくようなものではない。空の騎士、という意味を持たせ、ラフトリッタァという名称案も出ているくらいだ。
会議室のドアをばたんと開き、技術者が顔を出す。
「有難う御座います。これを元手に、新機体案は、必ず一本化してみせます」
技術者が表情明るく、告げた。
だが、返事は返って来ない。
ただただ、雀の鳴き声だけが、辺りに響いている。
シミュレーションシステムの隣、研究施設の一室、というか会議室に、静かな寝息から大きないびきまでが響いている。何枚かの灰皿には煙草がうずたかく詰まれており、朝日の差し込む部屋には朝の匂いと深夜の気だるさが入り混じっている。
書類や走り書きの散乱した部屋。
傭兵達は皆、今の今まで戦っていた。もう暫くは邪魔せず寝かせておこう。そう思って、技術者はそっとドアを閉じた。
代筆:御神楽