●リプレイ本文
●計画的警備
電灯の光を反射したモノクルがキラリと光る。
装備を借用しにやってきたエリザベス・シモンズ(
ga2979)、藤宮紅緒(
ga5157)、アルヴァイム(
ga5051)の三名に、警兵隊長の怜悧な眼光が向けられる。
「貴様等が要求した装備品だ。受け取れ」
無線機、とりもち、紐付き鈴、鼠駆除用の撒き餌ets。執務室の机の上には、今回の依頼に際し、傭兵達が借用を申請した品が並んでいる。
「要望を聞いて頂いて有難うございます」
アルヴァイムが三人を代表して礼を述べた。
「構わん。後ほど鉄道警備隊にも着任の挨拶をしておけ」
身振りで退出を促す警兵隊長だったが、エリザベスが進み出て、
「私はイングランドより参りました、エリザベス・オーガスタ・ネヴィル=シモンズと申します。大尉に一つ質問があるのですが、宜しいですか?」
「何だ?」
「今回の依頼における優先順位に関してですわ。キメラ殲滅と物資防衛、どちらを優先すべきでしょうか?」
答えによってキメラへの対応も変化する。リズとしては、明確にしておきたい問題だった。
「無論、物資だ。ネズミ共との戦いは、昨日今日に始まったものではない。そして、これからも続いていく事だ」
警備隊の戦いは、延々と続く鼬ごっこである。警兵隊長も鉄道警備隊も、依頼期間の中だけで全ての決着が付くとは思っていないようだ。
「だが、貴様等が働く事で、いくらかの人間の負担が減るのは確かだ。例え―――それが刹那的な時間であったとしてもな」
鉄道警備隊の隊長に挨拶を済ませた傭兵一行は、借り受けた倉庫内のフロアマップを確認しながら、棚の配置を頭に叩き込んでいく。マップは真田 一(
ga0039)とアルヴァイムが警備隊と交渉し、人数分を確保する事ができた。巡回経路を確認するついでに、キメララットの進入経路となりそうな場所を探し、塞いだり、或いは鈴やとりもち等罠を仕掛けていく。
「何ですか、ソレ?」
チャペル・ローズマリィ(
ga0050)と共に倉庫内の亀裂を塞いで回っていた藤宮は、チャペルが取り出した包みに興味を引かれた。
「ふふふふ、これはね〜‥‥」
チャペルは包みを開けて、
「パンパカパ〜ン☆ ブル〜チ〜ズ〜!」
取り出したチーズを藤宮の眼前に突き出す。鼻を突く臭いに、藤宮は思わず鼻を押さえて後退った。
「く―――くひゃい!!」
「んー? でも、ネズミは臭いのきつい物好きだし」
チャペルと同じく、罠の周囲に餌を仕掛けて回っている鋼 蒼志(
ga0165)が、背後からブルーチーズを覗き込む。
「後は駆除剤でも混ぜれば完璧ですかね」
「キメラに駆除剤って効くんですか?」
目元に浮かんだ涙を拭いながら質問する藤宮に、チャペルは「さぁ?」と曖昧に答えた。
●敵は見えない場所から
ガチャリ―――
ドアが開き、詰め所の中に冷え切った外気が流れ込む。見回りを終えたメンバーが、ドカドカと詰め所の中に入ってきた。
「夜は一段と冷えますね」
海老原優(
ga5237)は、部屋に入るなり長身をぶるりと震わせた。続いて部屋に入ってきたアルヴァイムが、冷えて硬くなった顔の筋肉で、ぎこちない苦笑を形作る。
「まったく、敵も厄介な事をしてくれるものです」
傭兵達は見回りをするにあたり、メンバーを二班に分けて、6時間交代で休息をとっていた。
因みに‥‥
A班『真田、クラウド、チャペル、藤宮』
B班『鋼、海老原、エリザベス、アルヴァイム』
―――という編成である。
A班のメンバーと入れ替わりに装備の用意を始めた真田を横目に、装備類を外した鋼はソファーに腰を下ろす。
「確かに物資は重要ですけどね。しかし‥‥わざわざこんな時期に―――」
季節が冬と言う事もあり、だだっ広い倉庫内の空気は冷え切っている。クリスマスシーズンを迎え、賑わう巷の喧騒も、煌びやかな街灯も、倉庫番にとっては縁遠い世界だった。
「戦争に季節も何も無いですよ。相手が人間じゃないとなれば、尚更です」
湯気を立てるマグカップを鋼に差し出し、藤宮は苦笑を浮かべた。
『クリスマス? そんなもの実在するわけないじゃないですか、ファンタジーじゃあるまいし』そう、乾いた目で笑っていた警備兵の姿が思い出された。
「ところで‥‥クリスマスケーキ作ってきたんだけど‥‥食べる?」
チャペルが冷蔵庫から紙箱を取り出す。任務中とはいえ、心の潤いは大切だとチャペルは考えていた。何よりも甘いものは疲れを癒す効果もあるのだ。
「ケーキですか。ありがたいですね。‥‥この匂いに誘われてネズミが来てもちょっと困りますが」
鋼はチャペルからケーキを受け取りながら冗談を返えす。
「クリスマスケーキ‥‥? クリスマスにはプティングではありませんの?」
一人、イギリス式のクリスマスしか知らないリズが小首を傾げる。
食料保管庫の内部は低温に保たれており、室温は外の気温と大差無い。全身を強張らせる冷気に身を震わせながら、クラウド・ストライフ(
ga4846)は煙草を取り出した。
「思ったよりもしんどいな‥‥あと何回繰り返すんだろ」
火をつけながら嘆きを漏らす。
シャワーも寝床も用意されているとは言え、連日の見回りによる疲労は、身体よりもむしろ精神を削る。これと言った事件も起こらず、ただひたすらに続く平常は、否応無く心に弛緩を生むのだ。そして敵はその間隙を縫うように忍び寄る。始まりの合図も無ければ果ても無い。見回りにおけるキメララットに次ぐ敵は、何も無いと言う状況だった。
「倉庫内は火気厳禁だよ!」
「ああ、悪い」
隣を歩くチャペルに見上げられ、クラウドは苦笑を漏らして、煙草の火を揉み消した。
(「折角のクリスマスシーズンも丸つぶれだが、依頼を受けた仲間が男ばかりじゃなかったのは救いだな」)
そう気を取り直したクラウドは見回りを再開した。
程なくして、
チリンッ―――
微かに聞こえた鈴の音に、二人は歩みを止めて耳を澄ませる。
「‥‥‥どこだ?」
声を潜めて問うクラウドに、チャペルは「C列の辺り‥‥かな?」と鈴の音を脳裏で反芻しながら言った。
鈴は音を聞き分けられるよう、仕掛ける場所によって音の違うものを選んでいたが、流石に広い倉庫の中で正確な場所まで特定するのは困難である。兎に角、今は仲間に連絡するのが先決だ。クラウドは腰に下げた小型無線機を手にとると、送信ボタンを押した。
「三匹か」
真田は捕り餅にかかったキメララットの前に膝を付くと、手早くナイフを引き抜いた。
場所はG列近く、倉庫の清掃時に使用される排水溝。何重にも張られ太い金網には、喰い破られた跡がある。
「さっき、チャペルさん達から連絡が入りましたけど‥‥」
同じく隣に膝を付く藤宮がおずおずと尋ねた。
「ああ、だがこれとは別だろうな。捕り餅に捕まった奴が、鈴を鳴らせるわけも無い」
そうなると、キメララットは他にもいる。別ルートで進入したか、或いは、この三匹を踏み台にしたか。どちらにせよ、敵は俊敏にして狡猾だ。油断はできない。
真田は三匹のキメララットの身体にナイフを走らせると、飛び散る血にも、顔を顰める藤宮にも構わず、待機中のB班のメンバーに無線で通信を入れる。
「此方A班の真田だ。敵の進入を確認。三匹やったが、他にも侵入した可能性がある。敵の規模は不明。応援を頼む、オヴァー」
無線で交信しながら倉庫内に集合した傭兵達は、倉庫内の捜索を開始。仕掛けた罠の状況や、鈴の音を頼りに、キメララットの発見に成功する。そして―――今、傭兵達は 目標の棚を囲むように配置に付いた。
真田、クラウドがアーミーナイフを手に、物陰から棚の様子を伺う。
「多いな」
二人のいる位置から見えるだけでも、棚の一段目から二段目にかけて忙しなく動き回るキメララットの姿を十匹は確認できた。ドブネズミのような―――ネズミとしては大きな身体で、時折周囲を警戒しつつも、食糧をむさぼる事をやめない。
真田は無線機を取り出すと、配置に付く仲間達に連絡を入れる。
真田とクラウドの援護役を務める、チャペル。反対側から敵の逃亡を阻む鋼、海老原、藤宮。敵の逃亡を許した時の為に、隠密潜行で身を潜めるアルヴァイムとエリザベス。
「攻撃を仕掛けるぞ。ネズミ達の逃亡を絶対に許すな」
真田が通信機を切ると共に、クラウドがナイフを構えて駆け出した。続いて真田も駆け出す。
「お腹すいてるんだろうけど、こっちも仕事だからな!」
クラウドが一気に棚に接近し、ナイフを振り抜く。食料の入ったダンボールと共に、キメララットの身体が切り裂かれる。
奇襲を受けたキメララットは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、或いは二人に向かって飛び掛ってきた。
「クッ! チャペル、逃げた奴を頼む!」
真田が飛び掛ってきたキメララットを切払い、身体に纏わり付くキメララットを強引に引き剥がしながら叫ぶ。
「了解―――あったれーッ!」
チャペルは両手に構えたハンドガンを突き出し、棚に当てないように注意を払いながら発砲する。
バン。バン。バン。バン。バン。
ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。
発砲音と着弾音の二重奏が、倉庫内にやかましく響き渡る。
「来ましたね」
手にドリルスピアを構えた鋼は、攻撃開始と共にキメララットの退路を阻むように飛び出し、能力を開放。
「人様の食い物に手を出すようなのは‥‥穿ち貫いてやるよ!」
乱暴に言い捨てるや、地を走って逃亡するキメララットに向かってスピアを振り抜いた。高速で回転する穂先が、キメララットの胴を捉えて粉砕する。閉所では使いにくい長槍だが、地を走る小さな的を攻撃するには長柄の武器の方が向いている。
「臭い血だな」
得物の性もあり飛び散る返り血を浴びながら、鋼は向かってくる敵に次々と槍を振るった。
鋼が取り逃がしたキメララットには、海老原と藤宮が対応する。
「逃がさん!」
海老原が両手に構えたアーミーナイフで攻撃を仕掛けるが、長身の海老原がナイフで地を走るキメララットを攻撃しようとすれば、極端に身を屈める必要がある。案の定、海老原が振るったナイフは床の固い手応えだけを捕らえて、キメララットに逃亡を許してしまった。
「えいっ!‥‥えいっ!」
海老原の手を逃れて逃げる敵に、藤宮が危なっかしい手つきでスコーピオン自動小銃を撃つ。不器用ながら、食料を傷つけないよう注意を払いつつ放たれた数発の弾丸は、一匹のキメララットを仕留める事に成功した。
他の六人よりやや離れた場所に潜伏していたアルヴァイムの目の前を五匹のキメララットが横切る。自身の攻撃で物資を損耗しないよう棚を背にして、息を潜めるアルヴァイムにキメララットは気づかない。アルヴァイムは通り過ぎたキメララットの背に自動小銃による射撃を加える。床を舐めるように吐き出された弾丸が、キメララットの身体を引き裂く。
しかし、二匹のキメララットが故意か偶然か棚の手前ギリギリの位置を走り出す。物資への被害を怖れたアルヴァイムが射撃を躊躇した隙に、キメララットは通路に出る。あわや逃亡を許すかと思われた時、隠密潜行を発動させながら回り込んだリズが、隣の通路から飛び出した。リズが矢を番えたショートボウの狙い、をキメララットに合わせた。素早く弦を引き絞り、矢を放つ。矢がキメララットと床を穿つ間に、更にもう一射。二匹のキメララットを串刺しにしたリズは、新たな矢を番えながら警戒を解かずにアルヴァイムに問いかける。
「此方に逃げてきたのはこれで全部ですの?」
「ええ、私が見たのはこれで全部ですね」
床に縫い付けられたキメララットに止めを刺しながらアルヴァイムが応える。
「そうですか‥‥取り合えず、今仕留めた数を報告してから、付近を捜索してみましょう」
侵入したキメララットをあらかた始末した後、傭兵達は残敵の捜索と、進入経路の割り出しに追われる事になる。ある程度ルートを割り出した後、その場所を中心に罠を強化。更に、戦闘時に破損した箇所の修理と、損耗した物資に関する始末書の製作。積みあがるばかりの仕事量にうんざりしながらも、状況を警備隊に逐一報告する事を忘れてはならない。
そうこうしている内に、四日が過ぎ、依頼期間が終わった。
ようやく倉庫番から解放された藤宮は「ゆっくりお風呂に入って眠りたいです‥‥」と漏らしたと言う。