タイトル:空中トーチカマスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/06 00:35

●オープニング本文


 敵は高度40000mからやってきた。
 山間に隠蔽された補給基地に空襲警報が鳴り響く。甲高いサイレン音を耳にした駐屯部隊の隊長は、素早く部下に指示してトラックに可能な限り物資を詰め込むと、部下達を連れて基地を離れた。
 舗装されていない道路にトラックが列を成し、土煙を巻き上げて走る。
 嫌な予感がした。
 ここ最近バグア軍の爆撃機が周辺のレーダー基地に執拗な航空爆撃を行っていると聞く。補給基地の周りには防空網が張り巡らされているが、敵の妨害電波の影響でレーダーがまともに機能しない現状では、戦線各地に設置されたレーダーサイトによる防空システム無くして迎撃は困難である。支え切れないかもしれない。
 隊長が抱いた不安は、程なくして現実のものとなった。
 トラックを道路脇に隠し終えた兵達の目が空を往く敵機の群れを捉えた。V字型の編隊が向かう先には、先程まで自分達がいた補給基地がある。
「奴らだ! 敵の新型だ!」
 兵の誰かが忌々しげに声を上げた。
 基地へと迫る襲撃者は見慣れた楕円形のヘルメットワームではなかった。トランプのダイヤマークを横向きにしたような菱形の機体だった。
 両翼から突き出す砲が特徴的な鉛色の機体は、編隊の端から順に降下を開始し腹に抱えた爆弾を投下する。誘導装置でも付いているのだろう。ずんぐりとした外見の爆弾は緩やかな弧をかいて地面に突き刺さると、巨大な光球となって大地を持ち上げた。
 熱波と衝撃波が周囲の木々を薙倒す中、敵機は再び高度を上げ、基地上空を低速で飛行しながら地上に向けて砲を掃射した。死肉を啄ばむ禿げ鷹の如き貪欲さで掃討作業を一頻り繰りかえした敵は、引っ切り無しに打ち上げられる対空砲火をものともせずに高空へと帰っていった。


 トルコ東部の競合地帯を映し出した戦術画面に、幾つもの×印が表示されていく。会議室に集まったUPC欧州方面軍隷下トルコ防衛軍の将校達は、その様子に揃って渋い表情を作った。
 印が表示されているのはここ最近の爆撃で破壊されたレーダー基地、補給基地、鉄道や道路、橋といった交通機関だ。
 バグア軍との競合地帯となったトルコ東部では、敵の妨害電波に対抗して既存の軍用基地以外にもレーダー基地を増設し、補給基地といった主要施設と共に山岳地帯に隠蔽して設置している。これらのバックアップを受けて、同じく山間部に隠された各陣地は良く粘り、敵の浸透を防いでいた。しかし今は事情が違った。既に五回を数える各所への航空爆撃によってレーダーサイトは甚大な被害をこうむり、無数の物資が灰燼に帰した。
 徹底した集中攻撃であり、反復攻撃であった。
 精鋭部隊によって守られた既存の軍用基地は敵の迎撃に成功していたが、戦場各地に散りばめられた急造のレーダー網はズタズタに引き裂かれて半ば効力を失っていた。
 前線のレーダー基地が失われたことにより、空爆による被害は増加の一途を辿っている。トルコ防衛軍は野外展開が可能なレーダーシステムと高性能通信車両を総動員して穴埋めを行っているが、傷口を塞がぬままに輸血を行っているようなもの。効果の程は知れている。
 また交通機関の破壊、物資の損耗も痛かった。いつの世も軍事行動は物資を湯水の如く消費する。ロジスティクスの崩壊は、戦争行為そのものの崩壊へと直結するのだ。
「空軍は何をやっているんだ。陸軍だけでバグアの航空機を相手取るには限度があるのだぞ。その事は十分に理解しているはずだ」
 陸軍将校は空軍の将校を横目で見やりながら、不機嫌さを隠さずに言った。
 真っ先に水を向けられるのを予想していたのだろう。空軍将校は冷静な態度を保ったまま弁明する。
「無論です。空軍も全力で迎撃態勢を整えています。だからこそディヤルバクル基地に駐屯する能力者部隊を増強し、防空体勢の強化を図っているのです。哨戒飛行も頻繁に行っております。しかしながら能力者―――それも正規の軍人ともなると絶対数が不足しているのが現状。如何したところで穴はできてしまうのです」
 前線司令部付きの参謀官も集まった将校達に迎撃の困難さを説いた。
「敵の爆撃は正確でスピーディだ。スクランブルが掛かってから基地を発進したのではとても間に合わんよ。しかも敵さんは護衛機まで連れて万全の態勢を取っている。絶対的航空優勢を誇るバグア軍らしからぬ行動だ。ここまで守りが堅いとなると、能力者部隊を一個中隊‥‥いや、万全を期すならば二個中隊を投入せねばなるまい」
 流石に哨戒飛行の段階で中隊規模の兵力を集中運用するわけにもいかない。目隠し状態での迎撃任務を強いられている上に、哨戒にも防空にも裂ける人員は限られている。人材不足は人類総軍が兼ねてより抱える問題の一つであった。それは規模だけならば欧州列強の軍隊と比べても遜色無いトルコ防衛軍といえども例外ではない。長らく続く戦争は優秀な人材を着実に磨り減らしていた。
 会議室に重苦しい沈黙が漂う。
「‥‥‥ならばトルコ全土に分散させている能力者を、一極集中して運用してはどうだろう?」
 沈黙を打ち破るために発せられた一言をきっかけに、会議は再び紛糾していった。
「能力者を必要としているのは空軍だけではないのだぞ。極端な集中運用は、各方面からの強い反発を招くことになる。それに敵に裏をかかれた時、迅速な対応ができないだろう。非効率的とわかっていても、分散配置するより他はない」
「ヨーロッパ駐在軍への要請も難しいな。グラナダ攻略作戦に続いて起きたグリーンランド方面での戦闘も未だ睨み合いが続いている。大規模な兵力を多方面で同時展開できる程、UPC軍の戦力は充実しているとは言いがたい」
「ならば傭兵を使ってはどうか。既にULTの潤滑な財力と、能力者の特性により大部分がダメージから回復しているだろう」
 しかし傭兵の導入という意見に対し、幾人かの将校は否定的だった。いや、懐疑的というべきか。未だ軍部には指揮系統の混乱を嫌って傭兵の導入を渋る将校は多かった。
「傭兵か‥‥。確かに強力で安価に召集可能な戦力ではあるが、個々で士気や練度に開きがある。通常の兵と比べれば統率も取れていない。不安定な戦力といえよう。果たして有効な防衛力と成り得るだろうか?」
「それに関しては問題ありますまい。近年発動されたUPC主導の大規模作戦でも、傭兵達は目覚しい活躍を見せています」
 傭兵の導入に肯定的な将校達が力強い肯きを返す。
「何よりKVの短距離離着陸能力ならば、公道を使用しての発進も可能。各基地の航空部隊を補佐する遊撃部隊として、傭兵を配置してみるというのも悪くはない」
 将校達は腕組みをし、或いは顎を撫でながら宙に視線を彷徨わせて思考に耽った。
 更にいくつかの改善案が出されたが、予算的理由と人員確保の問題、何よりも迅速な対応案として傭兵を投入するのが尤も有効であるとの判断が下された。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
皇 千糸(ga0843
20歳・♀・JG
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
霧島 亜夜(ga3511
19歳・♂・FC
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
M2(ga8024
20歳・♂・AA
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
音影 一葉(ga9077
18歳・♀・ER
憐(gb0172
12歳・♀・DF
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

 封鎖された道路に次々とKVが降り立つ。哨戒任務を終えた傭兵達が帰還したのだ。
 レーダー基地防衛に当ってトルコ東部トゥンジェリ県の山間部に展開した傭兵達は、駐屯地前の大型道路を滑走路代わりにして航空作戦に従事していた。
 KVを着陸させた『シールド小隊』は誘導官の指示に従い機体を車道の脇に寄せると、人型に変形させて駐屯地内の仮設ハンガーに横付けした。KVが完全に停止するのを待ち、整備兵が燃料補給車から伸びるチューブを抱えて駆け寄ってくる。
 ディアブロから降りた憐(gb0172)は、KVの点検を始めた整備兵達にペコリと頭を下げた。
「皆さん‥‥宜しく‥‥‥お願いします」
 続けて機から降りた須佐 武流(ga1461)、音影 一葉(ga9077)が車道へと視線を振ると、入れ替わりで哨戒任務に就く『アロー小隊』のKVが次々と離陸する様が見て取れた。
 12名の傭兵は6つのロッテを編成し、『アロー小隊』『ダガー小隊』『シールド小隊』の3小隊に分かれて交替で哨戒飛行を行っていた。班分けは空戦時の作戦に合わせたものだが、傭兵達はそれを哨戒任務にも適用していた。
 道路の封鎖が解かれると、通行止めを食らっていた車両群が駐屯所の前を通過していく。
 対空戦車、機関砲とミサイルを搭載した装甲兵員輸送車、中距離ミサイル防衛システムを牽引する大型トラック、その後ろに兵を満載した軽トラックが陸続と連なっている。
 通り過ぎる車両から兵達が傭兵達を物珍しげに見た。
「あれが対空部隊か。装甲車の割合が多いのは、UPC軍の予算的な問題かな?」
 ハンガー前の喧騒から離れた霧島 亜夜(ga3511)は、流れていく車列を眺めながら言った。
 空襲に関する資料に目を通した霧島は痛感していた。敵の爆撃は兎に角スピーディーであると。
 高度40000mという高みから進空し、ギリギリの距離から降下。掃射を含めても十数分程度の間に攻撃を済ませ、高空へと帰っていく。
 有効射程、探知範囲が大きく減退している現状では、敵の爆撃を完封するのは困難を極める。
 思考に耽る霧島にステンレス製のマグカップが差し出された。コーヒーの苦味と酸味が鼻腔を擽る。
「今ならベッドは空いてるぜ。休んで錬力を回復させておけよ」
 そう言って霧島にカップを手渡したヒューイ・焔(ga8434)は、他の傭兵にもコーヒーを配って回った。


●戦爆同時投入
 哨戒任務中の『ダガー小隊』に、地上のレーダー基地が警鐘を鳴らした。
『航空部隊に通告! レーダーサイトが高高度に大編隊をキャッチ。機数は凡そ30。北方より急速接近中の模様。味方機でない公算極めて大なり!』
 続けて各戦域の観測部隊からも報告が寄せられる。情報が補完されていくにつれ脅威が浮き彫りとなる。最早疑うべくも無い。接近しつつある編隊は、敵航空爆撃部隊と見て間違いあるまい。
 ヒューイは顔を歪め、
「随分派手に来なすったな!」
「ここまで大規模な爆撃部隊は見た事が無いですね‥‥」
 夕凪 春花(ga3152)の表情もまた慄然としたものであった。
「一旦下がって補給を受けるか?」
 榊兵衛(ga0388)の提案に、ソード(ga6675)が意見を述べた。
「今から駐屯地に戻って全機に補給を受け、発進して目標空域へ向かう。最低でも1時間はかかるでしょう。敵の速力を考えれば、水際での防衛を強いられる」
 不本意だがこのまま他の小隊と合流するのが良策。『ダガー小隊』の面々はそう判断を下した。
 敵機襲来の報せは待機中の傭兵達にももたらされた。スクランブルが掛かるや、駐屯地の其処彼処から喧騒が湧き上がる。
 傭兵達のKVは急ピッチでの離陸を強いられた。危険な方法ではあるが今は安全よりも拙速を要する場面である。
「‥‥行ってくる」
 左手薬指に嵌めた指輪に口付けを施した藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)も、前の機が離陸すると機体を車道に乗せる。
 8機のKVは瞬く間に空へ上がり、目標空域に急行した。


 空域へと侵入したバグア軍の爆撃隊は高速で緩降下を開始。20機のHWが先行し、新型12機が後ろに続く。
 哨戒班と合流した傭兵達も敵機を迎え撃つべく機体を上昇させていた。
 編隊の最前列を行くのはソードのシュテルンだ。彼は敵の出鼻を挫く役割を帯びていた。
 そろそろ敵機を肉眼でも確認できる距離。緊張の度合いは嫌が応にも高まっていく。キャノピー越しに周囲へ視線を飛ばしていた榊が、眉根を寄せて目を糸の様に細めながら叫んだ。
「奴等、太陽を背にしているぞ!」
 榊の言葉通り、バグア軍機は直視し難い極光の中から現れた。徐々に大きさを増す黒点に向かって、12機のKVが機首を上げる。
 遂に両軍の航空兵器は高空で激突した。
 敵機発見と同時にミサイルの発射準備に入ったソードだったが、射程範囲の広さでは敵に軍配が上った。ソード機よりも早く、先頭を飛ぶ4機のHWが小型ミサイルを発射した。
 出遅れたと判断せざるを得ない状況であった。だがまだ間に合う。大量のミサイルと共に迫るバグア軍機が射程に入った瞬間、
「女神の加護を受けたこの攻撃、痛いだけでは済みませんよ」
 ソードはK‐02ミサイルを全弾射出。続いてM2(ga8024)が煙幕銃を、音影がラージフレアを使用する。
 発射されたミサイルは敵味方共に1000発ずつ。
 視界を覆い尽くす程の飛翔兵器が空中で交錯し、連鎖的な爆発を引き起こす。その爆炎を掻い潜った幾つかのミサイルが両編隊へ突入した。
 煙幕とフレア弾によって回避能力を最高レベルにまで引き上げていた傭兵側の損傷は微々たるものであった。反対に被弾したHWは呆気無く弾けて墜落していく。脱落したのは6機。打たれ弱いにも程があるというもの。
 しかし本番はこれからだ。
 煙幕の中でKVとワームの編隊が高速で交錯する。
 煙幕を突き抜けたHWは傭兵達が機体をピッチングさせるより早く急激な上昇に移る。初撃で6機を喪失した敵編隊はHWによる先行爆撃を捨て、HWの残機全てを傭兵達に差し向けてきた。地上へは爆撃機のみが向かう。
 KVの尻に食らい付いたHWが小型ミサイルを一斉に発射する。
 放たれたミサイルの数は約3500発。精密射撃よりも面制圧力に重きを置く攻撃であった。
 空中に散華したミサイル群が傭兵達を襲う。


●空飛ぶトーチカ
 新型爆撃機誅戮の任を帯びた『アロー小隊』は編隊から離脱し、HWを迂回して目標を追った。
 だからこそ『アロー小隊』に属するM2には、敵のミサイル群が『ダガー』『シールド』両小隊を包み込む様が見て取れた。
(「なんて数だろう。これは向こうも本気で潰しに来てる。ってことだよね‥‥」)
 現実を直視した事で、己の未来に不安を覚えるM2であった。
 そんな彼等が追う爆撃機はと言えば、速度を落とす事無く飛行隊形を組み変えていた。機体間の距離は密に保ったまま4機を前に出す。僚機を盾に強行突破を図る構えだ。
 小細工を弄するバグア軍機に、ブーストを起動させた赤崎羽矢子(gb2140)のシュテルンが追い縋る。本当は煙幕の展開直後に仕掛けるつもりであったが、視界が大きく制限された状況では思うような機動を行えなかった。
 でも大丈夫。M6.2の速力を持ってすれば追い付くのは容易。
「使えるものなら使ってみなよ!」
 挑戦的に吼えた赤崎は剣翼による肉薄攻撃を仕掛けた。乱戦に持ち込めばHWからのミサイル支援も得られまい。そうした考えからの行動であったが、今回はそれが裏目に出た。
 赤崎機が突如として光の槍に突き上げられる。曳光弾の軌跡にも似た光線は、敵機後部に搭載された防護火器によるものだ。
 複数の機体から放たれる光線を、赤崎はPRMを起動させる事で緊急回避する。列機である藍紗がミサイルで掩護するが、これも光線に阻まれた。
「ふ、やるのぅ‥‥じゃが、このまま押しかけ強盗を許すわけには行かぬ! 行くぞ『鴇』!」
 闘志を露にする藍紗に続き、今度は皇 千糸(ga0843)のS‐01が攻撃を仕掛けた。
(「随分と連携が取れているのね。機械だからこそのものか、それとも指揮する有人機がいるのかしら?」)
 考えを巡らせる皇であったが、照準はしっかりと敵機を捕らえていた。更にブレス・ノウを起動させて命中精度を底上げする。
「強く鋭く穿つようにぃ‥‥‥撃つべし!」
 機体に走る微かな振動。撃ち出された砲弾は低進し、バグア軍機の翼を直撃する。だというのに、敵機は僅かに傾いただけで尚も飛行を続けていくではないか。
「そんな‥‥‥」
 皇の声が愕然とした響きを帯びる。
 畏怖すべき強固さを示したのはバグアの新型襲撃機―――『カノープス』だった。対地攻撃という任務を達成するべく、機動力を犠牲にして重装甲化と武装強化に邁進した機体である。
「奴等、私達とまともにやりあう気は無いみたいだね。ひたすら基地に向けて飛行し続けている!」
「この速度じゃと、基地に到達するまでそう時間は無いぞ」
 焦りを露にする仲間に、M2は敵機にライフル砲を撃ち込みながら言った。
「とにかく数が多いから、きっちり仕留めるよりも、ダメージを蓄積させて行動不能にした方がいいと思います」
 この意見に他の傭兵も了解を示した。4機のKVが次々と機体を翻す。


 『ダガー』『シールド』両小隊の戦闘もまた過熱の度合いを高めていた。
 ミサイルの撃ち合いを切り抜けた傭兵達であったが、幾つかの編隊に乱れが生じていた。それはKVの機体特性の違いが、各自の回避行動に反映された結果でもあった。雑多な機体で編隊を組む傭兵ならではの弊害と言えよう。
「掛かって来るにゃ! 一機残らず叩き落してやるのにゃーっ!」
 強がりを口にしたのは憐であった。覚醒状態にある彼女は饒舌に捲し立てるが、機体は万全の状態とは言い難い。ラージフレアの効果で直撃弾こそ少なかったが、損害と無縁ではいられなかった。敵は自ら囮として打たれる杭にならんと欲する須佐機に目もくれず、損傷している憐の機体へと襲い掛かってきた。その数7機。
 一旦高度を取った敵編隊は上から被さる様に射撃を開始。機首と胴体の小口径連装砲の光線が擦れ違い様に突き刺さる。
 しかしされるがままの憐ではない。被弾しつつも通過した敵編隊へ機首を巡らせ、ホーミングミサイルの照準を合わせる。
「猫の爪からは逃れられないにゃ!」
 だが眼前のHWが突如姿を消す。慌てて周囲を見回すと、敵機は背後へと位置を変えていた。
「何時の間に回り込んだにゃ!?」
 否。HWは機体をスライドさせながら急激に速度を落としてKVをやり過ごしたのだ。初歩的なマニューバだが、慣性制御装置が生む機動の切れは凄まじい。
 同様の光景は『ダガー小隊』の戦闘にも見られた。
 夕凪機とソード機の背面を取って連装砲を撃つ7機のHW。ソードはコックピット内で苦い笑みを漏らした。
「これは少し厄介だな‥‥」
 火器レーダーの死角に着かれては攻撃する事もできない。
「だがその程度で御し切れるものではないぞ。この『忠勝』を舐めるな!」
 ソード、夕凪機に攻撃を行うHWを榊とヒューイのロッテが襲う。反応の遅れたHWに、ミサイルとエネルギー波、砲弾が突き刺さった。
 敵の隊列が乱れた隙を見逃さず、ソードと夕凪は機体を反転させた。
(「確かに機動は厄介だけれど、敵の機体性能が格段に優れていると言うわけでは無いようですね」)
 夕凪は数回の撃ち合いで、敵の実力を正確に見抜いていた。此方の隊列を乱し、編隊行動と奇抜な機動で優位に立っているが、単機辺りの性能は何回か改良を加えたKVと同程度。そうでなければとっくに撃墜されている。
 PRMを発動した夕凪機が、HWの一機にライフル砲の照準を合わせた。放たれた砲弾がバグア軍機を貫く。
 立て直しを図る敵編隊が高度を上げる。そうはさせじと『ダガー小隊』が追撃する。
 『シールド小隊』に属する霧島は電子戦機としての自機の役割に忠実だった。
「『ダガー小隊』がHW3機を撃墜した。だが、小隊の損耗は30%を超えている」
 霧島からの報告を耳にしつつ、音影は再度上昇を開始した敵を凝視する。
「霧島さん。ディスタンが道を開きますから、本命を宜しくお願いしますね」
 通信と共に音影はラージフレアを射出。ガトリング砲を撃ちながら敵機へと突貫した。反応したHWがディスタンの攻撃を回避した所に霧島機がG放電装置を発動させて、敵機に確実にダメージを与える。
 機首を上げた須佐が、算を乱したバグア軍機にミサイルを発射しながら叫んだ。
「良し! 確実に数を減らせ。迷子とちんたらしてる奴から仕留めろ!」
「一旦離脱後、再度攻勢を仕掛けます。一気にここで敵を減らしますよ!」
 音影は一旦高度を上げて体勢を立て直すと、自機の圧倒的な防御力に物を言わせて再度敵編隊へ突撃する。


 打たれ強いという言葉は無敵と同意語ではない。
 『アロー小隊』の攻撃を受け続けるカノープスは8機にまで数を減じていた。しかしレーダー基地までもう距離が無い。眼下には地上の陣地から撃ち上げられた航空榴弾の炸裂が見える。このままでは味方の対空砲火に巻き込まれる危険も出てこよう。
 鋼の猛禽と化した4機のKVは高度を稼ぐと、防護火器の火線を潜り抜けて上空からバグア軍機を強襲する。背を撃たれたカノープスが隣の機体に激突。揃ってバランスを崩す敵機に、傭兵達は機体を上昇させて胴体下へと集中射撃を撃ち込んだ。
「ハードね、どうにも!」
 縮まる距離。消費される時間。M2からレーザーによる掩護を受けながら、皇は苛立たしげな台詞を舌に乗せた。
 しかし戦況とは常に移ろい行くもの。それを再認識する事態が起こった。
 なんと『アロー小隊』の目の前で、カノープスが突如爆弾倉を開いたのだ。レーダー基地まではまだ距離があると言うのに、未だ飛行を続けるバグア軍機は爆弾の投下を開始。着弾地点に巨大な光球が生まれ、幾つかの陣地が沈黙したがそれだけだ。
『こちら『シールド小隊』の音影です。ダガー小隊と合わせて7機のHWを撃墜したところで、敵編隊は撤退を開始しました』
 無線からの報告に耳を傾ける『アロー小隊』を尻目に、爆弾を吐き出したカノープスが直上へと急上昇を開始する。
 傭兵達は悟った。数を大きく減じた敵爆撃隊は、作戦そのものを中止したのだ。
「行かせないよ!」
 ブーストを使用して追い縋ろうとする赤崎に藍紗から制止の叫びが飛ぶ。
「待つのじゃ、深追いはならぬ!」
 M6超の速度で上昇すれば、瞬きの間に高度20000mを超えてしまう。その空域を超えた場合、KVの性能は大きく低下するのだ。危険極まる行為と言えよう。
 赤崎は蒼空へと消えた敵の残影を睨み、奥歯を噛み締めた。
『『ダガー小隊』の夕凪です。消耗の激しい機体から補給に向かわせたいのですが‥‥‥』
 ここ最近の情勢を考えれば、敵の襲撃が一度で済むとは考えにくい。次の有事に備える必要があるだろう。
 どうやらトルコ上空に立ち込める暗雲は、まだまだ晴れる事が無さそうだ。