タイトル:【DT】熱砂の怪物マスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/30 23:16

●オープニング本文


 兵の頬を一筋の汗が伝い落ちた。兵の所属は兵站科、それも事務方である。戦争を識ってはいても、その最中へと身を投じた事は未だ無い。
 だから耐えられない。目の前の男が放つ強烈なプレッシャーに、身が竦む。
(「畜生―――あのデブ‥‥! 尻で椅子を拭くくらいしか能が無い癖に、面倒事ばかり回してきやがる!!」)
 兵は恐らく一生口からは出さないであろう罵りの言葉を、胸中で繰り返した。
 兵を震え上がらせえている男は、天を突くような偉丈夫でもなければ、奇怪な衣装に身を包んだ怪人でもない。寧ろその姿は貧相と言える。
 頭や体にはボロのような布を巻きつけ、口元と削げた頬は黒々とした髭で覆われている。眉根には幾多の苦渋を物語る皺が刻まれ、研がれたナイフのような眼の中に在るのは枯れ果てた瞳だけだった。
 まるで乾いた砂を思わせる風貌。
 しかし、外見で判断してはならない。この男は長らく続く対バグア戦争の中、意を同じとする戦士達と共に、逃げ惑う難民を守り抜いてきた。
 不勝必敗の負け戦を幾度となく繰り返し、今なお生き存える男―――『熱砂の怪物』ムス・ラビハーン。
 そんな男を前にして、兵のような若輩が、どうして気圧されずにいられよう。
 更に、ラビハーンの後ろには、彼と共に轡を並べる歴戦の戦士達が立っていた。全員銃を持ってはいるが、肩に掛けているだけで構えてはいない。だがその気になれば、瞬きの間に兵の頭を撃ち抜けるだろう。
「食料と医療品は全て難民達に。我々は武器さえあれば良い‥‥それがあれば『奴等』と戦える」
 ラビハーンは潤いの無い陰鬱な声で言った。
「軍がキャンプへ護衛を派遣できないのであれば、難民達は我々が守ろう。そちらは武器さえ融通してくれれば良い」
 彼の言う『奴等』と言うのが何なのかは、言うまでも無い。能力者でもなければまともな戦闘車両も持たない、ただの生身でバグア共と戦うなど狂気の沙汰だ。
 だが、彼等はそんな戦いの中で生き残ってきた。
(「化け物め―――化け物共め!」)
 こいつ等は戦の権化だ。そう思えてならない。
「‥‥‥わかりました。難しいでしょうが‥‥上に掛け合ってみましょう」
 今すぐ逃げ出したい一心で、兵は何とか『お決まりの文句』を震える喉から搾り出した。


 駅と直結したトルコ国内第25物資集積所の敷地は広く、複数の倉庫に食料、衣料品、武器弾薬、車輌が保管されている。場所柄警備も厳重で、鉄道警備隊だけでなく、武装した警兵が各所に配置されていた。
 広大な物資集積所の隣に建つ事務棟。その所長室に身を置くアラス大佐は、秘書官からの報告に怒声を上げた。
「俺は民兵共の要求をつっぱねろと言ったのだぞ!」
 本人は恫喝の意をを込めたのだろうが、生憎痰が絡んだような声音は聞き取りにくく、顎についた肉が震える様は滑稽さすら感じさせた。
 それでも大尉の階級章を付けた秘書官―――チェレビは、怒りの矛先を逸らそうと言葉を探す。
「しかし、相手はならず者の集団。その場で断れば、どのような報復行為に出るか知れたものではありません」
「本職の軍人がチンピラ風情に臆するとは何事か! 交渉に当たった兵には、倉庫で弾の数でも数えているように言っておけ!」
 アラス大佐の機嫌は直らなかったが、叱責のとばっちりを受けずに済んだチェレビ大尉は胸を撫で下ろした。
「大佐。国からの救援物資は既に届いております。次の配給時には、また要求が出されるでしょう。あまり放置しておくと、民兵だけでなく難民の不満も溜まります。奴等が何か問題を起こせば、担当である我々の責任問題になりかねません」
 チェレビ大尉が進言すると、アラス大佐は面倒な事だと唸った。
 欧州との連絡路であるトルコには、バグア軍の侵攻から逃れた周辺諸国の難民が集まっていた。しかし、それらの難民達を全て国内へと招き入れるわけにはいかない。難民に扮した親派工作員が紛れ込んでいるかもしれないし、欧州側の難民収容地区にも限界がある。行き場を失った難民達は、トルコ国境付近にキャンプを作って生活していた。トルコ側も人道上、彼等を捨て置くわけにもいかず、定期的に物資の配給を行っていた。
 この第25物資集積場はハッキャリ県にある難民キャンプへの支援を担当しているのだが、そこに紛れ込んでいる民兵達が厄介だった。民兵の頭目は知恵の回る男で、難民達からの信頼も厚い。下手に対立するのは上手いやり方ではないだろう。
「まったく! 我が国とて周囲からバグア軍の圧力を受け続けておるのだ! 最近ではアジア情勢に不穏な動きが確認されているし、何より軍はボランティアではない! そう簡単に武器の供給などできるものか!」
 アラス大佐は思考を巡らせた。何か良い手は無いものか。
 このアラスという男を評すならば、失敗が無いという一点に尽きるだろう。だが成功を収めている訳でもない。とにかく責任回避が上手いのだ。普段は部下からも『尻で椅子を拭くくらいしか能が無い』と評されているアラスであるが、自己保身の精神だけは一級品だった。これまでも詐術的なまでの自己弁護と責任転嫁によって、幾度となく失策を帳消しにしてきた。今回も、アラスの脳裏には天啓とも言うべき閃きが訪れた。
「チェレビ大尉。直ぐにLH本島へ傭兵の派遣を要請したまえ。次の配給には傭兵を同行させる」
「傭兵‥‥‥ですか?」
「そうだ。傭兵の管轄は飽く迄も、ULTだ。ならば、報告書をULTにも送り付けてやろう。報告書が提出されており、尚且つそこに傭兵が関わっているとあれば、ULTも無関係とは言い切れまい。問題が起きたれば、そこから責任を押し付ければ良い」
 アラス大佐は自身の『名案』に嬉々とした表情を浮かべる。
『軍が民兵を積極的に支援するのは軍の力不足を表明するかの様な行為であり、軍の信用を損なう可能性がある。また倫理的疑問を覚える行為でもある。そういった意味では、民兵への支援は民間企業たるULTこそが相応しいのではないか。まさか能力者相手にできる事を、民兵相手にできない道理はなかろう』
 アラス大佐は、早くも脳内に浮かびつつある言い訳の言葉を整理し始めた。

●参加者一覧

南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG
イレーヌ・キュヴィエ(gb2882
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

 トルコ共和国ハッキャリ県国境付近。
 砂と背の低い草木が交じり合う大地を、兵と物資と傭兵を乗せたトラックが走る。眼前には緑の茂る山々が座しているというのに、ここには砂漠地帯の名残があった。
 土煙を巻き上げて、トラックの列が難民キャンプへと入っていく。
 砂塵まみれのテントが並ぶ中を走行するトラックに、難民達が次々と駆け寄って来る。それは配給を歓迎する、などという生易しい行為ではない。難民達は獲物に群がるピラニアのように我先に手を伸ばし、トラックに飛び掛った。トラックに跨乗する兵達が、それら難民達を蹴り落とし、警棒で打ち据えていく。
 怒号が渦巻く光景に、傭兵達は衝撃を受けた。


 配給の手伝いを終えたイレーヌ・キュヴィエ(gb2882)は、ぐったりと地面に崩れ落ちた。ラシード・アル・ラハル(ga6190)が慌てて駆け寄り、イレーヌを助け起こす。
「うぅ‥‥疲れた〜‥‥‥」
 イレーヌは力無く呻きながら、ラシードから水筒を受け取った。水を喉に流し込んで、ようやく一息つく事ができた。
 トラックに殺到する難民達を並ばせるだけで、とんでもない重労働だった。
 喉が潤い、余裕ができたイレーヌは、ラシードが抱える楽器に気が付いた。
「それどうしたの?」
「ウードだよ‥‥巧くはないけど、難民達の聴き慣れた音色‥‥だから。優理と合奏しよう、と思って‥‥‥」
 ラシードが指差す方を見ると、佐竹 優理(ga4607)が、「じゃーん! 馬頭琴だー!」と子供達に持参の馬頭琴を見せていた。
「ラシードも中東の生まれだっけ?」
「僕の出身は、ちょっと違う地域、なんだけど。たぶん、大丈夫‥‥」
 ラシードの話を聞きながら、イレーヌは先程見聞したキャンプ内の状況を思い出す。 難民の多くが、親を失った子供であり、子を失った親であり、手足など身体の一部を失った者達だった。そして、こういった戦争被害者は、世界規模で存在していると言う事実。
 イレーヌは意を決して立ち上がった。
「私も歌うよ。お婆ちゃん譲りのシャンソン。いいでしょう?」
 ラシードに断る理由は無かった。話を聞いた佐竹も同意してくれた。演奏会は賑やかな方が盛り上がるだろうと。


 三人の演奏は、イレーヌが中央に立ち、佐竹とラシードが左右に座す形で行われた。
東方の楽器である馬頭琴と西洋の歌であるシャンソン、間を取り持つウードが渾然一体となって奏でる音色は、洋の東西が交じり合うトルコの地に相応しい音楽と言えよう。演奏が終わると、集まった難民達から大きな歓声が上がった。
 演目が一通り終わり、観衆が疎らになった頃、一人の男が拍手をしながら三人に近づいてきた。顎と腹に肉の付いた恰幅のいい男で、襤褸布で全身を覆っている。隣に同じような格好をした、十台半ば位の子供を連れていた。
「素敵な音楽。私は聞く事が叶って、大変嬉しいですヨー」
 男は訛りの強い口調で賛辞を述べた。
「‥‥シュクラン」
 ラシードは微笑と共に礼を返した。
「私はナーブラいいマス。兵士をしていマス。銃を撃ちますヨ」
 人懐っこい笑みを浮かべながらの自己紹介。銃を撃つと言う脅しではないようだ。
「クンヤ、自己紹介しマスですヨ」
 ナーブラに促されて、クンヤと呼ばれた子供が動きを見せた。懐から金属の塊を取り出すと、ラシードに突き付ける。
 大型自動拳銃に似た形状に、グリップの二倍の長さを持つ複列式弾倉。プチロフ製の機関拳銃だ。
 突然の事に息を呑む傭兵達。冗談にしても、佐竹の冗談より笑えない。
 ナーブラは困った顔で、
「クンヤ駄目ヨー。私達話し合いマス。暴力は悲しい事ですヨ」
「ナーブラ。軍の奴等は同志ラビハーンの要望を蹴ったばかりか、遣いにこんな二流を寄越しやがった。やっぱり、オレ達だけで状況を打開する方法を探すべきだ!」
 クンヤの目には、傭兵達への懐疑と不信の念が宿っている。
 緊迫した状況の中、いつの間にか、ナーブラ達の背後に男が立っていた。
 貧相な男だ。頭と身体に襤褸布を巻き、顔は黒々とした髭で覆われている。眉根には幾多の苦渋を物語る皺。鋭い目に枯れ果てた瞳。 まるで乾いた砂を思わせる風貌。
「ラビハーン‥‥」
 ナーブラが呟き、クンヤが振り返った時には、ラビハーンは動いていた。
 ゴッ!
 躊躇の無い打撃。振るわれた拳がクンヤの顔を捉えた。クンヤの鼻から赤い筋が滴る。
 呆然とするクンヤにラビハーンは乾いた声音で、
「お前の武器は何の為に在る」
 問いかける言葉に、クンヤは下を向く。恥じ入るように歯噛みし、謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。ラビハーン」
 しかし、ラビハーンは沈黙を保った。その意味を悟ったクンヤはバツの悪い顔で傭兵達に向き直り、深々と頭を下げた。
「‥‥‥悪かったな」
 ぶっきらぼうに言って、逃げるように駆け出した。
 あっけに取られる傭兵達に、平淡かつ陰鬱な声が掛けられた。
「よく来られた、客人よ。君達を歓迎する」
 ラビハーンは傭兵達に着いてくるよう促し、歩き出した。


 民兵達のテントは、難民キャンプより少し離れた場所に並んでいた。
 他の傭兵が気負いを見せぬように振舞っている中、蛇穴・シュウ(ga8426)の顔には緊張の色がありありと浮かんでいた。
 筋を通せば話してわかる相手と信じてはいるが、彼女の内心は穏やかでない。
(「このプレッシャー! 堅気の女には厳しいなあ」)
 気持ちを落ち着けようと煙草を取り出すも、ライターが無い事に気づいて余計に慌てる。
 額に汗を滲ませる蛇穴の様子に、ミスティ・K・ブランド(gb2310)が苦笑し、蛇穴の胸を拳の裏で軽く叩いた。彼女なりの思いやりだ。
「お互い人類側なんですから、多少プレッシャーが強くたって、話せばわかってくれますよ」
 レールズ(ga5293)が、今までの依頼で培った剛胆さを見せて笑った。
「民間人への支援かと思えば、尻拭いの為の使い? よくやるねまったく」
 赤崎羽矢子(gb2140)は苛立たしげに吐き捨てた。事情を聞いた赤崎は、今回の依頼を寄越した軍部に呆れていた。
 案内されたテントには、十名程の民兵が集まっていた。全員が成人の男だ。どうやら、先程のクンヤとやらは特別らしい。
 ミスティはざっと周囲を見回し、民兵の装備を確認した。全員がプチロフ製の自動小銃を下げている。唯一、ムス・ラビハーンだけが、小銃ではなくプチロフ製のSMG、PP‐74を装備していた。
 SMGは一般に敵のフォースフィールドに対して威力不足とされている。だがPP‐74は通常の9mm弾の代わりに高威力の45mmAPCを使用弾とし、鼓胴型弾倉による優れた装弾数を誇るSMGだ。低レベルの小型キメラ相手に弾をばら撒く分には、十分な性能だろう。
 他には旧式の対物ライフル。重機銃は無く、軽機銃は有るものの、弾を切らしている様だ。隅に並ぶIEDが頼みの綱といったところか。
 一通り自己紹介を終えた処で、傭兵達は本題を切り出した。
「UPCは我々傭兵に交渉を投げた。つまり、そう言う事だ」
 ミスティは事実を端的に述べた。
 民兵達は無言。配給が到着した時点で予想はできていた。
 ミスティの発言を補うように、レールズが前に進み出て、
「現在アジア地域全体で、バグアの大規模攻勢が開始されています。UPCに余裕は無く、また倫理的立場から民間への武器の支援は困難です。貴方がたが求めている支援はULTの方が適任と判断し、今回の一軒は上層部に報告いたします」
 そう請け負うも、民兵達の纏う空気は硬さを保ったままだ。
「一傭兵の発言にどの程度の効力があるのか?」
 せいぜい口約束が限界ではないのか。疑問は筋肉質の巨漢―――ガティーからのものだ。
「我々に金銭的余裕は無い。だが戦う上で重火器と、多くの弾薬を要する。必然価格は跳ね上がる。ULTが民間組織である以上、利益の少ない支援には限度があろう。何より、全世界で我々のような組織が幾つあると思う? 悠長に順番待ちをしている時間は無いのだ」
 尤もだとミスティは頷きを返し、代案を出した。
「期間限定で良ければ、武器の当てがないでもない。能力者が八人。我々自身が武器だ」
 強大な戦闘力を発揮できる能力者は、文字通り一騎当千の兵器足り得る存在だ。生半可な武器を導入するより効果がある。
 ここぞとばかりに、蛇穴が後を継いで発言する。
「いかがでしょう? 戦士として、自らの身上をお立てになるのであれば! 喜んで協力させて頂きますよ。私達能力者と言う武器は、此処にあります」
「‥‥どう使うかは、あなた方次第だが」
 ミスティはそう言い添えて、相手の反応を待った。
 すぐに、顔に大きな傷を持つ男―――アービーが口を開いた。
「我々が欲しているのは、守る為の力だ。敵が襲いかかってきた時、軍が動くまでの間難民達を守り、避難する時間を稼ぐ為の力だ。期間限定の力は、その要求から大きく外れるのでは?」
 正直扱いかねる。それが民兵達の感想だった。
「そちらも苦しいだろうけど、あたし達には何の権限もないんだ。ただ、ここに居る間だけは協力させてもらうよ」
 赤崎が言い募る。
 そんな中、ラシードがぽつりと呟いた。
「戦士ラビハーンは、賢い方だと‥‥聞いた。貴方がたは‥‥僕らを、思うように使ってくれれば、いい」
 ラシードの言葉に、民兵達の視線は中央―――座して目を伏せるラビハーンの元へと向けられる。民兵達がラビハーンに寄せる信頼は本物のようだ。
 ラビハーンは口を重々しく開き、視線に答えた。
「定期的に内部を調査しているトンネルがある。内部に小型キメラが浸透している可能性があるのだ。君達にはトンネルの調査、キメラ討伐に協力して貰う。シャムル、アル、案内を‥‥」
 名を呼ばれ、無精髭を生やした童顔の青年が肩を竦めた。前髪で顔の半分を隠した男がにやりと笑う。
「宜しいのですか? 同志ラビハーン。不用意な討伐は、敵を刺激する事にもなりましょうぞ」
 壮年の男―――カリムの進言に、ラビハーンは首を横に振った。
「今の私達には、銃弾の一発すらも惜しい。利用できるものは最大限に利用する―――今までずっとそうしてきた。今回も同じ事をするだけだ」


 交渉が終わると、ミスティはラビハーンへ話し掛けた。
「こう見えてもバグアの連中とは十年来の付き合いでね。私も少し前までキメラにRPGをブチ込んでいたクチなんだ」
 ミスティは民兵達に過去の仲間の姿を重ねていた。今度こそは失いたくない。それがミスティの依頼に参加した動機であった。
 話を聞いたラビハーンは、微かに目を細めた。
「本来、戦争とは大人が負うべき責務だ。子供を巻き込むものではない。しかし、今の我々には手段を選ぶ余裕は無い。その事実を受け入れねばならん」
 背を向けてテントを後にしたラビハーンに代わり、ナーブラが話を続けた。
「ラビハーンは先生してマシタ。ホント、子供が戦うのは良くない思っていますヨ」
 ナーブラは説明しながら、微笑を浮かべた。


 佐竹、ラシード、イレーヌの三人は難民の護衛の為にキャンプに残った。
 ラシードとイレーヌは難民への支援活動を手伝う傍ら、緊急時の避難態勢や連絡方法を聞き、万が一の状況に備える。
 佐竹は再び難民キャンプで子供達の相手をしていた。
 鼻眼鏡を着けた佐竹は前髪持ち上げて、
「敵に寝返った博士が―――こんな顔してんだよ!」
 顔芸で子供達の笑顔を誘う。
 無邪気に笑う子供達を見て、佐竹は確信を得た。
(大丈夫だ。子供達の笑顔がある限り、この戦争に負けは無い)
 松葉杖を突いていたり、片方の袖を風に揺らす子供達の姿は、戦争の悲惨さを物語っている。しかしそんな中でも、彼等はまだ笑う事を忘れてはいないのだ。


 他の傭兵達は、二人の民兵に案内されて山道を登っていた。
 徒歩である。キャンプにも少ないながら車両はあるが、老人や子供の避難用であった。また、今のご時勢では燃料は非常に高価なもの。無駄遣いは厳禁だ。
「俺は市街の生まれでね。今の生活を始めてから、まともな寝床に就けた事が無い。白いシーツが懐かしいぜ」
 シャムルは良く喋る男だった。反対に、アルは不気味な笑みを浮かべたまま黙々と歩いている。
「トンネルまでは後どれくらいだ?」
 南雲 莞爾(ga4272)が尋ねると、シャムルは「後三十分位だ」と答えた。


 短い草が覆い茂る先に、件のトンネルはあった。
 レールズが岩肌にぽっかりと口を開く暗闇を覗き込んだ。軍が残したものなのだろう。内側はライナープレートと速乾コンクリートで固められており、頑丈な造りをしている。
「シャムルさんとアルさんは後方支援をお願いします」
 振り返ると、シャムルは軽く両手を上げ、
「だったら俺達は後方で『警戒待機』しているよ。どの道、俺達じゃあんたらの動きには着いていけん」
 入り口付近に民兵を残し、傭兵達はトンネル内に足を踏み入れた。中は一本道との事。迷う心配は無いだろう。
 足音を反響させ、どれほど歩いたか‥‥‥不意に獣臭が鼻を衝いた。
 臭いの正体は程無く知れた。
 トンネル内に浮かび上がる目。
 目。
 目。
 目。
 目目目目目目目目。
 狼頭猿体の小型キメラ、ベイウルフの群れが、喉を唸らせて傭兵達を出迎えた。
「数が多いな」
 数十体もの敵を前にして南雲が呻いた。
 ミスティは不敵に笑い、「是非も無い。蹂躙するまでだ」と突貫を掛けた。
 ベイウルフは数を武器にするキメラである。攻撃力は貧弱だが、相手を上回る数での攻めを得意としている。しかし、能力者を相手にするにはまだまだ数が足りない。
 レールズ、蛇穴、赤崎の小銃掃射が、飛び掛るキメラを次々と薙ぎ払う。南雲は攻撃を軽やかにかわしながら、キメラの背面を取って小銃と刀で丁寧に捌いていった。
 その場にいたキメラはものの数分で全滅した。
 傭兵達は討ち漏らしが無いかを確認しながら、更に奥を目指して歩き出した。


 本部への帰還を前にして、赤崎の思考は民兵達の今後へと向けられていた。
(「五日だけ協力してサヨナラでは無責任だし、何か出来ないものか。ムス・ラビハーン達は軍に入る気はないのかな。ただの兵士だと難しいだろうけど、難民防衛主体の独立部隊とか」)
 そうすれば武器の補給も受けられるのでは?
 しかし、それは無理だろう。現在のラビハーン一行は軍で言う所の分隊規模。どこかの部隊に組み込まれて終わりだ。発言力も大きく減少する。中東に突き出し、孤軍奮闘を強いられているトルコ軍に、どこまで余裕が有るのかも疑問だ。
 考え込む赤崎の肩を、蛇穴が叩いた。
「今はせめて、報告書で彼らの事をアピールしましょう」
 蛇穴は励ますように言った。


●報告書
『彼らは民兵は現地での対バグア戦闘に精通しており、一定の支援の下で独自の遊撃性を保たせる事が当該地域に於ける軍事的利益に直結すると考える。よって、倫理的・物資的にも民間組織たるULTからの継続的な支援が最も望ましいだろう』