●リプレイ本文
災害現場へと向かう救援部隊。その本隊より先行する工兵部隊の輸送車に混じって、レティ・クリムゾン(
ga8679)が運転するジーザリオが走っていた。軍用の小型トラックに似たメルス・メス社製のオフロード車で、無骨な外見通りの堅実さとダイナミックな走行性能を併せ持つ車輌だ。
行軍は先行する工兵隊が調査を行う度に停車を余儀なくされる為、ゆっくりとしたものであったが、買ったばかりの愛車を駆るレティは御機嫌だった。
「UNKNOWNさん、嶋田さん、車内は禁煙だぞ。ジーザリオが煙たがるからな」
レティが注意すると、後部座席に座ってファイルを捲るUNKNOWN(
ga4276)が咥えていた煙草をレティに見せる。
「火は点けていないよ」
「右に同じ」
双眼鏡で周囲を警戒する嶋田 啓吾(
ga4282)も、咥えた煙草を揺らしてみせた。
「ねぇ、お母さん―――」
ジーザリオの助手席に座る月森 花(
ga0053)が、事件の資料を読み込んでいるUNKNOWNに訊いた。二人の間に血の繋がりは無く(それ以前にUNKNOWNは男なのだが)、月森は親愛の情を込めてUNKNOWNを母、同じく嶋田を父と呼んでいた。
「見つけられない爆弾って‥‥爆発した後の痕跡を残さないってことなのかな? それとも爆発する前に見つけられないってことなのかな?」
前者ならばとても強力で恐ろしい爆弾だ、と月森は考える。そして後者ならば、誰かが持って移動する為に発見がされ難いのではないかと考える。
「その両方だ。爆発するまで発見されず、爆発後には痕跡が欠片も残っていない」
UNKNOWNは資料のページを捲りながら答えた。資料にはアークライトが使うもう一つの爆弾―――『最高級の爆弾』の写真も添付されていた。
配線が緻密な幾何学模様を描いて絡み合い、UNKNOWNをして美しいと思わせる精緻な作りをしている。カバーには複数の言語で、『使うな危険』『この兵器を使用した場合、あなたとあなたの周囲の環境に重大な損害が発生する可能性は非常に高いものとなります』というふざけた注意書きがされていた。
「それよりも、だ‥‥」
UNKNOWNは顔を上げ、帽子の日差しから覗く目を鋭く細めた。
「やはり、花には赤のワンピースモノキニ、レティにはスポーツビキニが似合うんじゃないかと思うんだがどうだろう? 今年の流行に沿うというなら、ホルターネックのトップスにスカート状のボトムを合わせたものが人気のようだ。うん、どちらも似合いそうだな」
何の脈絡も無く『二人に似合う水着』について語りだすUNKNOWN。
いい歳した男が水着について熱く語るという凄まじくシュールな光景に、バックミラーに写るレティの目が半眼になる。
「UNKNOWNさん‥‥‥蹴り出すぞ?」
ひどいものだ。
運ばれてきた怪我人を診る嶋田の顔は厳しい。
現地に到着した傭兵達は、兵や民間人に物資を配って回った後、それぞれの調査活動を行っていた。
嶋田はテントに運ばれてくる人々に治療を施しながら、体内に爆弾が仕込まれている可能性を鑑みて、怪しい手術跡が無いか確認を行っていた。
「なぁ‥‥俺の足、治りそうか?」
治療を受ける男が、麻酔で意識を朦朧とさせながら聞いてきた。
脂汗と塵埃にまみれた男の足は、原形を留めないまでに潰れていた。
「必ず良くなりますよ」
自分で言いながら、薄っぺらな言葉だと思った。
「貴方が怪我をした時の状況を教えてもらえませんか?」
「何が何だか‥‥わからねぇ―――助け‥‥が来たと思ったら、急に全部が揺れて‥‥‥妻も、子供も瓦礫の下敷きに‥‥なっちまった」
「だから早く足を治して助けに行いかないと」男はそう言いながら、麻酔による眠りの中に落ちていった。
手伝いに来た衛生兵に後を任せると、嶋田は別の怪我人に治療を施す。
「テロ―――か」
嶋田は過去の依頼で親バグア派と幾度も接し、その立場や心情にも同じ人間として一定の理解を示している。それだけに、バグアを盾にしてのテロ行為には憤りを感じていた。
「どのような信条を持とうと勝手だが、バグアの存在を隠れ蓑に人間同士で殺し合い。まったく度し難いことだ」
身を屈めたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)がカメラのシャッターを切る。
カシャ。
ナンバリングした飛散物を撮影すると、ホアキンは立ち上がり、改めて周囲を見回した。
道路が広範囲に渡り陥没し、周囲の建物も一部が倒壊している。
複数の爆弾を使用して、一斉に爆破したかのような惨状だった。
ホアキンは爆破実行犯が軍部隊か、民間人の中に潜んでいた可能性もあると考えていた。今回の爆発のタイミングが良すぎるからだ。しかし、その割には爆破された範囲が広い上にアバウトである。
「むしろ原理的にはシンプルなものかもしれない。例えば―――どこにでも入り込み、 自爆する小型キメラの可能性は‥‥ある」
何にせよ、犯人の好きにはさせない。必ずや手がかりを掴んでみせる。
思考に耽るホアキンの耳が、微かな物音を捉えた。素早く振り向くと、瓦礫の影から小さな鼠がホアキンを見ていた。
ホアキンが苦笑してカメラのレンズを向けると、鼠は慌しく動きながら陥没した道路の中に走り去った。
現場の調査活動をするホアキンより少し離れた場所では、緋室 神音(
ga3576)が被害を免れた兵士を対象に聞き取り調査を行っていた。
「そう言えば、前線帰りでしたよね。『パールネックレス』での地上戦はどんな感じでしたか?」
もしバクア支持者ならばいい気はせず、あまり乗ってこないのではないかと推測しての質問だった。
下に落ちた車輌にワイヤーを引っ掛けていた兵士は手を止めると、緋室の質問に不機嫌そうに顔を顰めた。
「地上部隊はいつだって地獄だ。基本的に制空権はバグア側にあるからな。地べたを這いずり回りながら、キメラの物量に押し潰されるのが常だ。うちの部隊も、編成時は大隊だったのによ」
何よりも―――と兵士は言葉を続ける。
「今回の作戦は急すぎた。シェルターに避難していた民間人だって、戦線拡大に対応できなかった奴らだ。ここまで敵に攻め込まれている以上、これからはフランスも危ないだろうな」
兵士は吐き捨てるように言うと、車輌の引き揚げ作業に戻っていった。
物資を配りながら情報収集を行っていたレティは、物資を求めて集まった子供達に優しい笑みを見せると、無条件で菓子を配った。
「そんなに慌てなくても、まだまだ沢山ある。順番に並んでくれ」
子供たちの顔に笑顔が戻るのを見て、レティはシェルター内部の情景を思い出す。
崩落したコンクリートに染み付いた血の跡。突き出されたまま動かなくなった手足。
この子達は少し前までそんな地獄の中に居た。
(「一人でも多くの人を助けたい」)
レティは強く思った。そこへ、
「今でもピューリッツァー賞ってあるかな?」
陽気に声をかけてきたのは、須佐 武流(
ga1461)だ。須佐も支給されたカメラで街の撮影を行っていた。
「さぁ、私は知らんが‥‥」
レティが律儀に答える。須佐も本気で言ったわけではなく、そっか、と軽く流した。
「そうだ、ボク。ちょっと訊きたいんだけど、いいかな?」
須佐がしゃがみながら男の子に声をかける。男の子は、何? と首をかしげた。
「最近、変なものを貰ったとか、置いてあったとかはなかったかな?」
男の子は暫く視線を宙に彷徨わせていたが、何かを思い出したのか、急に身を翻して レティの背後に隠れてしまった。
子供達の中には、爆破で親兄弟を亡くした者もいる。事情を聞くにしても時期尚早だった。
UNKNOWNはコートのポケットから煙草を取り出し―――その箱に書かれた注意書きに目を留めた。
『煙草には人体に有害な物質が含まれています。あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう』
「『吸うな危険』‥‥か」
苦笑を浮かべて一本取り出し、火を点ける。
UNKNOWNが煙を燻らせていると、瓦礫を掻き分けて白鐘剣一郎(
ga0184)が姿を現した。
白鐘はUNKNOWNの姿を認めると、歩み寄った。
「軍の人間を中心に聞き込みをしたが、思ったような成果は無かったな。急に地面が爆発した、と。それだけだ。専門家の目をも潜り抜けての攻撃とは‥‥恐れ入る」
白鐘は振るわぬ成果に皮肉を漏らした。
白鐘の報告を聞きながら、UNKNOWNは紫煙を吐き出す。
「こっちも似たようなものだ。突然シェルターの天井や壁面が崩れてきた、と。証言通り、外から内に向けての飛散物はあったが、内から外に向けての飛散物は見当たらなかった」
「しかし妙なものだ。爆発痕は複数ある上に、シェルターの位置は中心円よりやや外れている。予めシェルター内部に爆弾を仕掛けていれば、こんな形にはならないと思うが―――」
白鐘は顎に手を添える。
「持ち込まれた可能性はどうだろう? ボディチェックを抜ける手段次第だが‥‥本当に人に爆弾を仕込んだとでも?」
体内の爆発物を探知する機械というものは存在するが、その機械を欺く爆弾も存在する。結局の所は鼬ごっこだ。
「そっちの調査は嶋田がやっているだろう。後、シェルターの上部には直径2mの下水管があったそうだが‥‥さて―――」
白鐘はUNKNOWNの煙草から立ち上がる紫煙を目で追った。煙は空に昇りながら、風に溶けて見えなくなった。
●災禍の足音
子供達の様子が窺える程度に離れた場所で、月森は瓦礫に腰掛けながら母に借りた無線で通信を行っていた。
月森は嶋田やレティらと救援活動や物資の配布を行いながら、仲間達から寄せられた情報を纏める役割を負っていた。
「現状では持ち込まれた痕跡を発見できず‥‥キメラの可能性も有り―――っと」
メモ帳をしまい、無線のスイッチを切った月森は、自身の上に影が射しているのに気がついた。
顔を上げると、日傘を指した少女が月森を覗き込むように見ていた。歳の頃は月森と同じくらいだろうか。白く可憐なワンピースと帽子に身を包んだ少女だ。
「こんにちは。隣、良いかしら?」
少女は月森に断りを入れると、白いレース地のハンカチを瓦礫に被せて、その上に腰を下ろす。
月森は隣に座った少女に質問した。
「え‥‥っと、君は?」
「爆破跡を見に来たの。直には見ていなかったし、今はこれといってやる事もないから」
「でも危ないよ? まだ爆弾が仕掛けられている可能性もあるし。軍の人達と一緒にいた方がいいよ」
月森が諭すと、少女は微笑を浮かべて月森の瞳を覗き込んだ。金色の髪がさらさらと流れる。
「貴女、『傭兵』でしょう? すごいのね、もう爆弾を特定するなんて」
どうやら無線での会話を聞かれていたらしい。
参った。
月森は曖昧に笑いながら、他の話題を探した。
「あ! そうだ、僕チョコレート持ってるんだ。食べる?」
月森は子供達に配ろうと持参したチョコレートを懐から取り出した。見るからに手作り感の漂うチョコだった。本当は貴重なもので、月森自身が食べたいところなのだが、そこは我慢である。
しかし、少女はチョコと月森を交互に見比べると、「私は決まったメーカーのものしか食べないから」とやんわりと断った。
「それよりも―――あら?」
言葉を止めた少女の視線の先に、此方へと歩み寄ってくる女がいた。
ゴシック調というのだろうか。長い黒髪と同じ、黒いシックなドレスを纏っている。変わった格好の女だ。
まぁ、LHにいる傭兵達の中にも変わった服装をしたものが少なからず居るので、人の事を言えた義理ではないのだが。
「私の知人よ」少女がそう言って立ち上がった。
「あ、ハンカチ―――忘れてるよ?」
月森がハンカチを拾おうとするが、少女は首を横に振る。
「それは汚れたからもういらないわ。じゃあね、月森花。縁が合ったら、またお話しましょう」
少女は最後に微笑を浮かべると、女の下へと歩き出す。二人は合流すると、瓦礫の中へ消えていった。
「白いワンピースの女の子かい?」
月森からの無線連絡を受けた嶋田は首を傾げた。
「そうなの。お父さんは見なかった?」
「民間人は新たに救出された者を含めても百人と居ないから、見かけたらわかると思うけど―――ん? 何だ?」
嶋田がテントから顔を出すと、救援部隊の兵士が慌てた顔で走り回っていた。
遠くの空に、照明弾の光が見える。
「何があった?」
機銃を担いだ兵士を呼び止めると、
「キメラだ! 地下道を通って侵入してきやがった。小型だが数が多い。囲まれる前に撤収する」
「しかし、救助作業がまだ―――」
言いかけて嶋田は口を噤んだ。
兵士の顔には苦渋が満ちている。
嶋田は奥歯を噛み締めながら、重々しく頷いた。
照明弾を発射した緋室は、両手に刀を持つと覚醒した。
緋室の周囲には、狼頭猿体のキメラ―――ベイウルフが続々と集まってきている。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
呟きながら疾駆し、刀を振るう。二刀は襲い掛かってくるベイウルフを次々と屠った。
「弱い―――しかし、数が多い‥‥」
敵は次々と湧いてくる。民間人の動揺を抑えるべく、短時間で決着をつけるつもりでいた緋室にとっては大きな誤算だった。
「こちら機銃部隊だ。射撃で弾幕を張る、後ろに下がってくれ」
無線から聞こえてきた声に反応して後ろに下がると、周囲の建物の中に設置された重機銃が火を噴いた。さらに分隊支援火気や自動小銃を抱えた兵士達が展開し、ベイウルフの群れへ猛烈な射撃を加える。
「撤退命令が下りた。ここは俺達が抑える。アンタは民間人を護ってやってくれ!」
兵士は手榴弾を投擲して叫んだ。
「わかりました、御武運を」
緋室は兵士に頷きを返すと走り出した。
「倒しても倒してもきりがねぇ!」
須佐はブーツについた鍵爪で、ベイウルフの腹を切り裂きながら呻いた。
キメラの群れに向かって真っ先に飛び出した須佐であったが、その数の多さに圧倒されている。
兵員輸送車の、12.7mm重機関銃の射撃をかいくぐりながら迫るベイウルフの頭部を、ホアキンの対ワーム用拳銃が吹き飛ばす。
「須佐! 人員の収容が完了した、車に戻れ!」
中指の鎌のように鋭い爪を振るう敵を切り飛ばしながら、白鐘が叫んだ。その横をベイウルフが投擲した礫が高速で通過し、機銃を撃つ兵士の頭部を叩き割った。ゆっくりと後方へ崩れ落ちる兵に代わり、別の兵が機銃に飛び付いて射撃を再開する。
瞬天速を使用して、走り始めたトラックの荷台に飛び乗った須佐は、トラックに張り付くベイウルフを蹴り飛ばし、鍵爪で串刺しにする。
後方で40mm自動擲弾銃が放った榴弾が次々と炸裂し、キメラの群れを引き離した。
救援部隊の車両群は、前方に飛び出してきたキメラを跳ね飛ばし、踏み潰しながら、撤退を続けた。
―――こうして幕を閉じた救出活動は、当初の報告にあった人数に加えて、三十二名の生存者救出に成功した。