タイトル:【極北】最後の戦闘教練マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/23 21:59

●オープニング本文


 時間はかなり遡って、まだチューレ基地が、そしてハーモニウムという一団が健在だったころのこと。
 二機の量産型スノーストームによる模擬戦が終了した。
 基地内に帰投した両機は、向かい合うように膝をつく。一機は漆黒に塗られたハーモニウム用の量産機。もう一機は、あまり人類側が見かけたことの無いであろう、白銀の塗装が施された量産型であった。
 ワームのコクピットから、二人のパイロットが降り立つ。
 片方のパイロットは、一目でハーモニウムの一員とわかる制服に身を包んだ少女。もう一人は、ほぼ皮膚と一体化したパイロットスーツにフルフェイスヘルメットの、ワーム操縦にのみ特化された強化人間らしき人物であった。
 ハーモニウムの少女は、ワームから降りるとすぐ、疲労の極みに達したのかその場に座り込んでしまった。 
 自然、制服のスカートがふわりと乱れた。 白磁のような柔肌に浮かぶ汗が、基地の無機質な照明を反射し、頬も薄く染まる様は、場違いな艶めかしさと言えた。
「教官‥‥ずるいです。 あんな動き、講義では習いませんでした」
 肩の所で切り揃えられた髪を、うなじで結い上げた地味ではあるが、それなりに可愛らしい顔立ちをした、少女は小さな震える声でそういい、上目遣いに強化人間を睨みつけた。
 一方の強化人間は、ヘルメット越しでも何故か嘲笑とわかる態度で言い返す。
「お前の空戦機動が、小綺麗過ぎるだけだ。 せっかくの慣性制御もろくに活用しない、あんな教則通りの動きじゃあ、KVどころか戦闘機だって落とせやしないぜ」
 少女は、悔しそうに桜色の唇を噛み締めていたが、その目に強い意志を込めて立ち上がると、相手に指を突き付けた。
「もう一戦! お願いします!」
 だが、強化人間は肩をすくめて立ち去ろうとする。
「きょうかんっ!」
 しかし、納得のいかない少女は、強化人間の腕をつかんで強引に引き留めようとする。
「‥‥放しなって。 年頃の娘が無暗に男の腕にすがるもんじゃねえ。 そういうのはボーイフレンド相手に取っておくんだな」
 よく見ればかなり密着したせいで、少女の小さくもないが、そこまで大きくもないアレでも当ててんのよ状態に以下略
「あ‥‥っ」
 咄嗟に自分が取った行動に気付いた少女は、頬を染めてうつむいてしまった。
 強化人間の方も、微妙に居心地が悪くなったのか、ポリポリと頭を掻いていたが、ようやく喋った。
「いくらハーモニウムでもこれ以上は体が持たねえだろう。 次の実習までにもう一度だけ、俺が一通り手本を見せてやる‥‥それで許してくれや」
 少女の顔が嬉しそうにほころんだ。立ち去る強化人間に向けて、手を振り、叫ぶ。
「絶対ですよ! 教官! 約束です!」
 戦力温存のために、一旦冷凍睡眠させられるハーモニウムセカンドのリストに、この少女が追加され、直ちに処置が実行されたのは、その翌日のことであった。
 
 そして北極圏制圧作戦が進行し、チューレ基地が宙に浮かんだ現在。
 グリーランドの灰色に染まった雪原に、奇妙な一角があった。
 大規模作戦の第二段階で激戦区となった一帯には、KVその他の兵器の残骸が散乱している。
 そこに、墓標のように何かが屹立している一角があった。
武器だ。
 連装機関砲、各種ミサイルポッド等、撃墜されたKV用の武装が、まるで墓標の如く雪原の一角に突きたてられていた。
 その中心には、腕組みをして仁王立ちする白銀の巨人の姿が見える。
 バグアのワーム、スノーストームの量産機。そのカラーリングから解るように、ハーモニウム以外の者に供与された機体である。
 時刻は夜明け前。薄暗い中では解りにくいが、すでに機体が激戦を潜り抜け、損傷を受けているのは明白である。
 突如、地面が振動し地中から一体のサンドワームが出現した。こちらも、表皮に無数の傷があり、戦闘後そのまま活動していることを示していた。
 スノーストームのハッチが開き、パイロットの強化人間が姿を現す。その強化人間に、サンドワームが触手を器用に使って何かを手渡した。
「へっ、やっと朝飯かよ」
 それは、バグアが強化人間の生体維持用に調整した飲料及び糧食の、ボトルとパックであった。恐らく既に破棄された基地の一つから、持ち出してきたのであろう。
「お前はもう食ってきたのか?」
 強化人間の言葉が理解できるのか、サンドワームは小さな鳴き声を上げた。
「より精密な制御が可能なように、犬やらなんやらの脳をパーツに使っているとはいえ‥‥お前も苦労するなあ」
 スノーストームの手がサンドワームの頭部を静かに撫でる、と大人しく撫でられていたサンドワームが、何かを感知したように鎌首をもたげた。同時に、スノーストームの計器も、警告を始める。
「正面からKVの一隊‥‥機種がバラバラじゃねえか。 傭兵さんたちだな」
 ヘルメットの下部、糧食接種の為に、一時的に顕わになった口元が笑う。
 主人の心境に同調したのか、サンドワームが吠えた。
 強化人間の中でもヨリシロ候補では無い、単なる補強戦力に過ぎない彼の生命維持装置は、裏切りの防止に加え、機体との親和性を高める意味からも、機体の動力源と完全に同調している。
一時的なメンテナンスの時以外は、機体を離れることすらできず、機体の破壊は彼の死と同義であった。
「海賊かぶれの司令官閣下は、派手な隠し芸のお披露目でご満悦‥‥ハーモニウム共は、セカンド含め全員保護、素晴らしい! チューレ基地異状なし! 今日も僕らバグアは元気ですってか!」
 強化人間は、上機嫌に笑うと糧食を口に放り込んで、飲料でそれを流し込んでいく。
 彼の脳裏に約束を守ってやれなかった少女を始めとして、スノーストーム模擬戦で相手を務めた少年少女たちの面影が浮かび、消えた。
「薄気味悪いガキどもだったが、まあ悪い気はしなかった、な」
「願わくば、ガキ共が日常とやらに戻れるよう祈ろうか?」 
「だが、俺達の日常は戦場だ! 最後のお楽しみといこうぜ!」
 スノーストームが、突き立ててあった機関砲とミサイルポッドを掴んで戦闘に備え、サンドワームが奇襲の為に雪原に潜る。
 その時、新たな反応が計器に出現した。
 
 その輸送機は、先の戦闘で放棄された基地から捕虜を護送する途中であった。捕虜の大半は、基地内の雑用を担当させられていた人々である。
 しかし、その中に一人、場違いな制服姿の少女が交じっていた。周辺の小基地で予備戦力として待機していたまま確保されたハーモニウムセカンドの少女である。
 冷凍睡眠から覚めたばかりで、事態の急変を把握しきれていない彼女は、突然の虜囚に為す術も無く、拘束されたまま小さな窓から、幾度となく模擬戦で飛んだグリーンランドの空と大地の夜明けを見つめて、小さく呟いた。
「‥‥教官」
 太陽が、雪原をを赤く染めはじめた。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
グロウランス(gb6145
34歳・♂・GP
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
追儺(gc5241
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

 戦闘開始の合図はSSが空に打ち上げた一発。不意打ちする意思すら無いのか、礼砲のように放たれた。
 やがて、地平線の彼方からSSと林立する銃器が姿を現す。
「銀色のSS‥‥格好いいな。じゃ無い、あんなの見たことが無い」
 そう言ったのは柿原 錬(gb1931)だ。
 グロウランス(gb6145)は、こちらの準備を待つように攻撃して来ないSSに、興味本位から通信で呼びかける。
「どうした兄弟? こんな場所でデートの待ち合わせか? それとも無くし物を探しにきたのかな?」
「デート、か悪くないねえ。俺は誰でもウェルカムだぜ?」
 呼びかけに気安く応じるSS。
「味方はいないだろう? 何か心残りでも? ‥‥墓標に立つのは理由があるかもしれないが‥‥立ちはだかるなら倒す」
 グロウに続いて、追儺(gc5241)もそう通信すると、愛機のサイファーで、クロスマシンガンを構えた。
「墓標‥‥? こいつは、供えモンよ!」
 楽しそうに叫ぶパイロット。同時にSSが両手で抱えた機関砲とミサイルを乱射し始めた。
 応戦しようとした全員に、シラヌイ改に乗る須佐 武流(ga1461)が、注意を促す。SWを警戒した彼の設置した地殻変化計測器がSWの存在を捕えていた。他の傭兵たちも直ちに計測器を設置して襲撃に備える。
「どの道これだけバカスカ撃たれりゃ接近できねぇ‥‥少し付き合ってやる!」
 設置完了を見届けた武流はそう言って武器を構え、SWを探知する。
 その時、後衛にいたエリアノーラ・カーゾン(ga9802)が叫んだ。
「何でンなトコに輸送機が飛んでくれてんのよ?! 掃討任務で、量産型とは言えSSにブチ当たるだけでも厄介だってのにっ!」
 全機が、戦場上空を通過しようとする輸送機を感知する。
 前衛で仲間たちが撃ち合っている隙に、まずVTOL機能を持つエリアノーラ(愛称ネル)のシュルテン・Gがで離陸し、それを援護しようと奏歌 アルブレヒト(gb9003)のガンスリンガーが続く。
「私たちは掃討任務中の傭兵です。所属と目的を――はい、了解しました‥‥え? 捕虜の護送中? ‥‥なら、ちょっと頼みたいことが――ええ、相手がちょっと珍しいワームなので、何か情報があれば――」
 交信ついでに捕虜が情報を持っていないかと質問するネル。
「教官です! その色の機体に乗っているのは、私たちの教官だけです!」
 通信機の傍に連れて来られたらしいHmの少女が興奮して怒鳴った。
「どういう事?! ああもう、とにかく落ち着いて! 詳しく話してちょうだい!」
 少女の口から敵のSSについての詳しい情報が、傭兵たちに伝えられる。話が終わったところで、ネルが提案した。
「解ったわ。とにかく、今は機体の安全が最優先よ。この一帯はまだ掃討が済んでいないの。下手に孤立するのは危険だわ。高度を取って旋回していて下さい。残敵掃討後に私たちが直衛します」
 続いて日野 竜彦(gb6596)も言う。
「投降は呼びかけてみる。攻撃して来たら迎撃するしかないけど‥‥」
 止めて下さいとHmが叫ぶ。ネルがそれを慰める。
「回線を繋ぐわ。あなたが直接説得して」

「教官だったんだ‥‥それなら、あんたの教練て奴、やってみせてよ!」
 柿原は乗機ソルダードの特性を生かし、前衛で撃ち合いを開始した。
「付き合いのいいタイプだなあ、姉ちゃん! いや、兄ちゃんか!?」
 そう言うと、SSは火線を柿原機に集中させた。
「そうはいかないよ‥‥喰らい尽くせ!」
 テンペスタを併用したM−MG60の猛連射による弾丸がSSに殺到する様は正に銀狼弾雨。
「ようし、レッスン(L.)1スタート!」
 この時、奏歌機がSSの足元にレーザーを乱射した。
 彼女は、SS周囲の武器を狙撃して周辺の銃火器へ誘爆させることを狙っていた。誘爆にまでSESへのエミタの干渉は働かずFFに阻まれて効果は減るが、目くらましにはなると判断したからだ。
 見事誘爆、爆炎が彼らの視界を覆う。だが、SSはあっさりと重力波検知で照準をつけ、プロトン砲を撃つ。柿原は咄嗟にアクティブスラスターAで回避するが、回避した先の地面からSWが出現した。
 SWは、SWの位置を把握しつつも回避できなかったソルダードのM−MGを武器奪いで奪うと再び地面に潜り、今度はSSの近くに出現するとこれを遠くへ投げ捨てた。
 この時、SWの動向に注目していた追儺と武流の機体は、これを排除しようと一気に接近する。
 追儺はLRM−1で牽制しつつ、新月を柔らかい腹部に叩きこむヒットアンドウェイを狙う。だが、最初から二機を仕留める意思の無いSWはひたすら、急所を庇うように動く。
 頭部に新月を叩きつけようと狙うも、本能的に弱点を理解しているのか、決して頭部を晒そうとはせず、逆に触手で武器を奪おうとして来る。この武器奪いを警戒して、彼も思うように踏み込めないでいた。
『邪魔すんなよミミズ! てめぇはこいつでも食ってろ!』
 だが、追儺の執拗な攻撃が生じさせた隙を、武流は見逃さずG−44グレネードを発射した。
 しかしSWは彼の動きにも気を配っており、咄嗟に地中へ退避する。それでも爆発の衝撃は大きく揺らめく爆炎を背景に再び鎌首をもたげたSWは全身に爆風でかなりの損傷を受けていた。
「今度は動くなよ? 肉が綺麗に‥‥削ぎ落とせねぇからな」
 ブレードを構え、間合いを詰める武流を前に、SWは何かを熟考するように静かに触手を靡かせた。

「このぉ‥‥!」
 武器を奪われたことに怒りを露わにする柿原。
「連携ってのはこうやるのさ! 相手の特性も頭に入れときな! ‥‥似たようなことをガキ共にも言ったっけなあ!」
 この軽口をやり込めるようにクラリア・レスタント(gb4258)が動いた。
「今だっ! 全ブースター機動!」
 クラリア機がパンプチャリオッツ、すなわちヴィヴィアンを構えての騎行前進突撃。純白の姫騎士が、白銀の悪魔に肉薄する。
「この距離なら私の距離でもあるっ! 嫌でも付き合ってもらいます! 舞え! アフトクラティラ!」
 回避されるのは承知、素早くハイディフェンダーに持ち替え、美しき剣舞を舞う。対するSSは、死神鎌でそれを弾き後退を図る、かに見えた。
「距離をとるならば、レーザーで追撃するまで!」
「悪いなあ、嬢ちゃん! セクハラするぜ!」
 フェイントをかけたSSが肉薄する。白銀の魔神が、姫君を抱擁した!
「L・2! 自分の距離に持ち込んだ! と思ったらそれは相手の距離に誘われたと思え!」
 がっちりと、その武器ごと相手を抱きすくめたSSの内臓プロトン砲計20門にエネルギーが収束する。
 格闘武器での反撃は不可能。だが、クラリアには帰るべき場所がある。
「こんな所で‥‥まだ死ねない!」 
 ツヴェルフウァロイテン。それは「十二時の鐘」の名を冠した特殊リアクティブアーマーの運用システム。P砲の直撃を何とか受け止めた。
「その隙を‥‥縫え!」
 SSは、射撃と同時に拘束を解除し、鎌で彼女のHDと再び切り結ぶ。
「ひゅう! いい動きだぜ!」
 だが、そこにグロウランスの「影葬Ver.II」がストライク・シールドを構えてブースター全開で突っ込んで来た。
「死せる運命なればこそ、否応無く抗いたくなるのだよ、人は!」
 叫ぶグロウランス。SW対応中だった彼は、もはやSWが満身創痍なのと、グレネードの高火力広範囲に巻き込まれる可能性を懸念、またクラリアのフォローを考えてSSに目標を移して接近戦を仕掛けたのだ。
 激突! 盾の先端をSSに叩きつけその勢いのまま、盾で相手をカチあげる影葬。宙に浮くSS。
「お前との戦いは、まるで古い友人との再会を思わせるぞ、兄弟!」
 口調は愉快に、無表情に彼はディフェンダーを突き上げた。
 が、SSはカチあげられたのではなかった。自ら飛んだのだ。あっさりと突きを躱して、慣性制御で盾の上にふわりと着地する。まるで道化師のような体勢から鎌を振るう。
 クラリア機は大きく切り裂かれつつも、無視してHDを振るう。影葬はショルダーキャノンで反撃。至近距離は長柄の死角。逆にSSにかろうじて損傷を与える。
「やるねえ兄弟!」
 SWがSSの被弾に気を取られたかのような態度を見せる。
「主人を想う心には、感服する‥‥が、礼儀だ! 全力でいく! いざ、参る!」
 その隙を逃さず、LRM−1を発射する追儺。それを援護として武流機がSWにソードウィングを叩きこむ。
 SWが待っていたのはこれだった。致命傷と引き換えに、SWの触手が伸びグレネードを奪う。それをSSに投げ渡す。
「人様からがめた武器を使うんじゃねぇよ!」
 武流は吠え、ディノスライサーでSWの胴体を抉り、蹴ってSSに向かおうとする、だがSWは体液を流しながら肉を抉られながら、武流機に巻きついたまま息絶えた。
「L.3、使えるものは何でもつかえ、だ! そして相棒! すぐに行くからな! 待ってろよ!」
 榴弾が炸裂。武流機はもちろん、すでに鐘を打ち止めていたクラリア機も大きな損傷を受け、直撃は免れたもの、グロウ、追儺機も巻き込まれる。
 爆炎を突き破り、変形して急上昇していくSSに奏歌機がレーザーの雨を降らせる。
 だが、SSはそれを躱しなおも上昇する。
 爆風から逃れた竜彦の「日竜」も変形、離陸して追撃する。
「お前の闘気は洗脳された者のそれじゃあない! 降参する気はないのか?」
 竜彦が叫んだ。
「相棒も逝っちまったんだ! 俺がホイホイ降参していい道理はあるめえ!」
「生きてます! 教官! 私は! ここに生きています!」
 エリノアの気遣い。輸送機の通信回線が開き、Hmの少女が叫んだ。
「傑作だな! お前無事だったのか!」
『御免なさい‥‥御免なさい! 私、ずっと冷凍されていて、それで‥‥』
「生き残ったならそれでいい。誰に気兼ねすることもねえ!」
「教官も降伏してください! きっと、助かる方法があるはずです。そして、また‥‥」
「また、じゃねえ。今だ!」
「え‥‥?」
「これ以上贅沢な訓練があるかい? 実戦だぜ! 約束通り、見せてやるよ!」
「そんなの、見たくないですっ! 死んじゃダメェ!」
「お前の為だけに踊るんじゃねえ! 飛び方を叩きこんだにもかかわらず、死んじまったHmの連中の為に踊るのさ!」
「海賊親分や、仮面のガキだけじゃあねえ。FRのガキ、強化人間、バグアの下っ端、そのお目こぼしで生きるしかなかった普通の人間! 最初からオモチャでしかなかったキメラ、相棒のようなワーム!」
「このクソ寒いグリ−ンランドで、赤い月でふんぞりかえる大博士に、カイロのように使い捨てられた連中の為にもな!」
「‥‥あなた一人の死で、それら全てを弔うと‥‥? 責任を取ると‥‥? それは、傲慢です‥‥!」
 奏歌は、僅かに激昂した様子を見せつつもレーザーの射撃で、SSを日竜の射程に追い込んでいく。
「だろうな。だが俺はこの空で踊るしかねえ。お前はどうだい?」
 突然水を向けられて、Hmは言葉に詰まったがすぐに返答する。
「私思い出したんです! 私、Hm以前のこと、ひとつだけ! わたし、その頃からパイロット候補生で‥‥! だから、私も空が!」
 大好きです、と少女が叫んだ。
「決まりだな! L.ファイナル!」
 SSは、奏歌と等距離・等速を保ち、相手に背後をとられていた。それが突如、ピタリと急停止した。慣性制御のなせる技である。しかも停止したのは、奏歌機の進路直上。咄嗟に進路を変えようにも、慣性制御を待たぬ奏歌機には不可能だ。
 SSは優雅に変形して鎌を構える。全ての火線は彼を避けるばかりだった。
 日竜と奏歌機は高速移動目標に対しての射撃に専念していた為、静止目標に目を慣らすのにタイムラグがあった。
 SSは二機の火線が機体周囲を横切っていくのを尻目に、進路上に無造作に構えた鎌で相手の速度を利用してその機体を切り裂いた。しかし、同時に近距離からのレーザーカノンがSSの装甲を貫いた。
「痛み分けか! 良いねえ!」
 再変形して離脱するSSに、日竜が猛然と追いすがる。次々と発射されるミサイルとスラスターライフル。が、SSは最高のタイミングで、急停止と急加速を行い攻撃を回避し続ける。
 遂に、流れ弾が、輸送機へ向かう。しかしネルは機体スキルを併用して盾となった。
「気にしないで! 流れ弾気にして戦える相手じゃない! 私がフォローする!」
 竜彦は礼を言うと、今度はSSに問いかける。
「あんたはそうやって死ねば満足かもしれないけど、あの子は! 残された人間は‥‥!」
「仕方ねえさ。仮にも教師なんで気取って言うが、乗り越えてもらうしかねえな!」
 竜彦が激昂して突撃した。SSは再び急停止。突撃をさらりとスルー。だが竜彦はすれ違いざまに、背後にミサイルを乱射する。
「人の死は、失った者の想いはそんなに軽いもんじゃない!!」
 それは、かつて大切な人失った彼の心の底からの叫びだったのか。
「兵隊やってる以上、お前も乗り越えてここにいるんじゃあねえのか!?」
 SSもそれは想定済み。多目標小型誘導ミサイルがミサイルを撃墜し、なお残った弾頭が着弾する。同時に、撃墜を逃れた日竜のミサイルの最後の一発もまた、SSの片目を穿っていた。
「ククッ‥‥さぁてと。最後に、楽しい一時を過ごさせて貰ったぜ」
 SSは再加速して距離を稼ぐと朝日を背に人型をとった。
 眩しい朝日を照り返す機体の一部が小さく爆発する。それが呼び水になったかのように、装甲の傷口から液体が噴出した。
「‥‥その機体は、最初から‥‥」
 奏歌が言う。
「いや、お前らの手柄もあるさ。‥‥感謝する。Hmの、最後の『教師』として」
「男って馬鹿なんだから‥‥」
 柿原はそう呟きつつも、相手に無線で呼びかける。
「あんたって人は‥‥あの子の処遇は掛け合ってみるよ。確約は無理だけど‥‥」
 Hmの慟哭が、無線に響く。
「元気でな。傭兵さんたち特別講師にも感謝しとけよ」
「えっ?」
 Hmが怪訝そうに泣き止んだ。
「もし、もう一度飛べる日が来たら‥‥その時、この教練を無駄にすんじゃねえぞ?」
 強化人間はそう言うと、寛ぐようにシートにもたれた。すでに機体出力の低下に伴い身体の維持も困難になっていたのだ。
「きょうかんっ! 私、大好きだったんです! そら、だけじゃなくて‥‥」
 Hmの涙交じりの言葉と共に、SSは朝日の中を静かに落下していく。パイロットの眼に赤い月が映る。彼は満足そうに、ニヤリと笑うと、機体の残存エネルギー全てを使って20門のP砲を、その遥かな月へ向けて斉射する。
 淡い紅の光が遥か高空へ吸い込まれ、SSの機体はその弔砲と共に爆散した。
「燕雀いずくんぞ、汝ら空の広さを知らんや‥‥能力者だとか強化人間だとか関係なく、俺達はこの空の下で生きてるってのに」
 竜彦が呟く。それは、この大空を墓場とした男への弔辞であった。