タイトル:揉め事は傭兵稼業マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/08 21:18

●オープニング本文


 北米のとある小都市。時刻は夜半に近い。
 勤務外でも無個性なスーツに、無個性な年相応の髪形をした報告士官がありふれたバーでありふれたバーボンを啜っている。
 バーには、カジノが併設されている。
「今夜はこの店の厄日だな」
 士官がバーテンダーに話しかけた。
「見ろ。 あの2番卓の二人組、随分と花が咲いてるぜ」
 士官が示したた方向にあるテーブルを見たバーテンダーが、気の無さそうに答えた。
「そりゃあルーレットです。 そんなこともあるでしょう」
「客の言い分であって、店の言い分じゃあないな」
「勘弁してくださいよ、UPCの旦那! イカサマを匂わそうってんですかい?」
 そう吐き捨てたバーテンダーは、机の下を不自然な手つきで探り、新しいナッツの皿の下に、コースターではなくドル札を敷いて士官に押しやった。
「何の真似だ? 空なのはグラスだ。 ナッツはまだあるぞ」
「ごめんなさい、おじさん!」
 横合いから酒場にはおよそ場違いな、可愛い声が謝った。
 黒いウェイター用ジャケットを着て現れたのは、黒い髪。黒い瞳の少女のように華奢で可憐な顔立ちの少年である。
 手には、報告士官のご指名であるバーボンの瓶をしっかりと握っている。
 背が低いので、士官がおかわりを手に入れるには、手を下に伸ばさなければならなかった。
「失礼した。 そのバーテンダーは、まだ一昨日入ったばかりでね。 ここのサービスに明るくないのだ」
 少年の背後に、スーツを着込んだ長身の男が現れた。
 瞳の色は少年と同じだが、年齢は士官と同じで中年の盛り。その目つきと口元は、真っ当な渡世とは既に首の皮一枚であることを主張している。
「この店にサービスとかいうものがあったとは、初耳だな。 ディスペイン」
「あんたも相変わらずだな。 これで以前この辺を仕切っていた連中のように袖の下をねだってきたらと思うと、ぞっとするね」
「私は、酒場では酒しかねだらないのでね」
「しかもツケ無しでな。 それがあんたの唯一の取り柄だ」
 そう言ってディスペインは足早に士官の前を去ろうとした。
「兵隊の前で揉め事を起こそうというのか?」
 士官は先程から盛り上がっているルーレットの卓に顎をしゃくって見せた。
「たまには仕事をして見せろ。 穏便に済ませるつもりだが、あそこまで下手なイカサマをされたのでは、商売が立ち行かない」
「あ、あのっ!」
 それまでオロオロしているだけだったウェイターの少年が、おずおずと声を発した。
「僕が注意してくるよっ。 叔父さん!」
 その顔が余りにも一生懸命だったので、ディスペインも、士官も一瞬表情を和ませた。
「いや、これは大人の仕事だよフェル。 君はここで、怠け者の士官さんの相手をしてやってくれ」
 そういうとディスペインは、配下の強面を二人引き連れて歩き去った。
 しかし、ディスペインは間違っていた。これは大人の仕事ではなく、傭兵たちの仕事だった。

 三杯目のバーボンをフェルに頼んだ士官は、突然異変に気付いた。
 怖気の走る殺気――それは、かつて前線で幾たびか遭遇したものだ
「――強化人間だと?」
 ルーレット台で悲鳴が上がった時には、士官は手の中に拳銃を滑り込ませ、テーブルへ駆けつけていた。
 その彼の眼前で、ありふれたTシャツ姿の若者が、素手でディスペインの用心棒の頭部を握りつぶしていた。
 強化人間は二人組であった。もう一人は、スーツ姿の優等生ビジネスマンといった風情であったが、その素行は余り優等生とは言えなかった。
 彼のスーツの袖口は返り血で真っ赤に染まり、その手に握ったもう一人の用心棒の、皮棍棒を握ったままの手首を、上等のスコッチの入ったグラスのように弄んでいる。
「動くな。 UPCだ」
 士官は拳銃を構えてみせた。その表情は冷静だが、内面では冷静に自分の危機を熟知してもいた。
 傷痍軍人である今の自分に、二人の強化人間を制圧し切る力は無い。
「あ〜? 宵の口から飲んだくれてる雑魚が、いいカッコするじゃねえか?」
 Tシャツの方が、ヘラヘラと笑う。と、同時にビジネスマンが、弄んでいた手首を士官に放り投げる。
 普通ならそれに気を取られた士官は、瞬時に距離を詰めたビジネスマンに致命傷を負わされていただろう。
 だが、士官はまるで打ち合わせてあったかのような、最小限の動きで手首を躱すと、拳銃の柄を相手のこめかみに叩きつけた。
 手加減は無かった。相手のテンプルを完全に破砕するに値する痛打である。が、やはり相手は強化人間である。
 よろめきながらも見事な、そして人間には絶対に不可能な無茶な体勢から放たれたビジネスマンの回し蹴りが、士官を襲った。
 前のめりに崩れ落ちる士官の顎を、ビジネスマンが蹴り飛ばす。仰向けに倒れた士官の手を革靴が踏み躙った。
「あんまり、図に乗らないで下さいよクズ。 私はこれでも暴力を振るわれるのが大っ嫌いなんですよ‥‥」
 そして、Tシャツがニヤニヤと見守る中、つま先に力を込める。
 その時、ビジネスマンのスーツに水が引っかけられた。
「お‥‥お客様に乱暴はやめて下さい!」
 手に空のコップを持って突っ立っているのは、ウェイターのフェルである。眼前で勃発した血みどろの光景にスラックスに包まれた細い足をガクガクと震わせながらも健気に二人組を睨みつける。
 それがビジネスマンの気分を害した。
 今度は、フェルに飛びかかると、その華奢な腕を無理な方向に捻じりあげる
「アウッ! いたっ‥‥」
「待ってくれ! わかった‥‥私の負けだ。お前たちの勝った分はすべて払う、だから‥‥」
 壁で、身体を支えつつ立ち上がったのは散々殴られたディスペインである。
「フェルナンデスを、甥っ子を放してくれ!」
 しかし、必死の哀願は、むしろ状況を悪化させるだけだ。
「はぁあ〜!? 私の店の有り金を全部持って行ってくださいませお客様、だろ! ボケがッ!」
 Tシャツはそう言うと店の主人をもう一発殴った。
「今ので俺、完璧キレちまったよ! おら、てめえ! ノビてねえで金持って来いよ! このケチな店の金じゃあ慰謝料にもなりゃあしねえ! 銀行行って一億ぐらい持ってくんだよ!」
 さらに、Tシャツは顔を好色そうに歪めて続けた。
「いや! それでも足りねえなあ! 女だ! 一時間以内に、このガキと引き換えに金と女を持ってこいや!」 
「そうしないと、このガキがどうなるかは、解るよなあ?」
 Tシャツはそう言うとビジネスマンに抑えられているフェルに近寄り、面白そうにほくそ笑む。
「いやっ‥‥! やめて下さい‥‥痛いっ! 痛いよう‥‥ ああーっ!」
 Tシャツはフェルの、うなじの辺りでリボンで束ねられた髪を掴むと、グイッと引っ張った。

●参加者一覧

漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
金城 エンタ(ga4154
14歳・♂・FC
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
守谷 士(gc4281
14歳・♂・DG
カズキ・S・玖珂(gc5095
23歳・♂・EL
秋姫・フローズン(gc5849
16歳・♀・JG

●リプレイ本文

「目の前の任務に集中する‥‥やはり女の子にこういう役をさせるのは‥‥いや、任務に集中する」
 強行突入の指揮という緊張感溢れる状況にありながら、カズキ・S・玖珂(gc5095)の様子が何故かおかしい。
 客や関係者が避難したカジノに、肌も顕わな見目麗しいバニーガールたちが現れたせいだろうか。
「おお、秋ちゃんはああいう服も似合うなあ‥‥中がバニーというのが実に‥‥あ、エンタ先輩のもなかなか(鼻血)」
 裏口で、突入の合図を待つ守谷 士(gc4281)に至ってはこんな状態だ。
「囮班の奴らは大変だな‥‥まぁ、俺にあの手の囮は無理だから‥頑張ってもらうしかないな」
 一方、秋月 愁矢(gc1971)は同情的に感想を述べた
「ククッ‥‥それじゃあ、遊ぼうぜ?」
 Tシャツは下卑た笑みを隠そうともせず、眼前に並んだバニーたちを舐め回すように見た。
 ビジネスマンも、人質にした少年を確保しつつ、その目を貪婪そうに細める。
「あの〜‥‥ボク、ドンパチに巻き込まれるのかな、コレ‥‥? バニーさん急募って言われて来ただけ、なのに?」
 一般人を装った金城 エンタ(ga4154)は如何にも不安そうな仕草で演技をして見せた。
「ぼ、ボクっ娘、ボクっ娘ですか。 ハアハア‥‥」
 ビジネスマンが息を荒げた。
(うわぁ! この強化人間、気持ち悪いですよおっ!?)
 どうやら、彼はボクっ娘がツボだったらしく、明らかに様子がおかしい。
「ううっ‥‥恥ずかしいよぉ‥‥」
 くすん、としゃくりあげるフェル。
 そもそも、傍らにいるフェルが、いつの間にか男の娘バニーにさせられ、羞恥にすすり泣いている時点で、彼の性癖は推して知るべし、であろうか。
「そっちのバニーさんもいいけどよぉ‥‥」
 Tシャツが舌なめずりをしつつ、カジノデイーラーの服装をした秋姫・フローズン(gc5849)に目を向け、急に怒鳴りだす。
「オラァ! 何で、女のくせにバニーじゃねえんだよお!」
「あいつら調子乗ってるなぁ‥‥後でどういう酷い事してやろうかな‥‥」
 恋人に対する犯人の態度に、黒い微笑みを浮かべる士。
 対照的に、同じく裏口で機会を待つシクル・ハーツ(gc1986)は冷静だ。
「金に女か。 強化人間になっても思考回路はそんなに変わらないみたいだな‥‥というか金を何に使うんだ‥‥?」
 さり気無くシクルはそんな疑問を口にした。

「それに何だあ! そのガキは! 女は何人いても構わねえが、男に用はねえぞコラぁ!」
 Tシャツはそう言って、ソウマ(gc0505)に拳銃を突きつける。
 戦闘用タキシードに加え、黒いマントを羽織って勝負師にも、手品師にも見えるソウマは、動じる様子も無く悠々と答える。
「落ち着いてください。 ツイているお二人に、いい話を持って来たんですから」
 この言葉に反応したのか、Tシャツは一応交渉する態度を見せた。
 ここでソウマが背後の女性報告官(もちろんバニー)に合図をする。頷いた報告官は、持っていたスーツケースを開いた。中には、手の切れるような札束が満載である。
「これが、あなた方の要求した全額です」
「よぉし、頂こうじゃねえか!」
「ですが、お二人のツキ次第では、この倍は手に入るかもしれませんよ‥‥?」
 そう言ってソウマは不敵に片目を瞑って見せる。報告官が、玖珂が用意させた別のスーツケースを持ち上げて見せた。

「それでは‥‥カードを‥‥お配り‥‥します」
 秋姫がカードを切り、宣言する。
 油断し切っている強化人間の二人は、深い考えも無しに身代金の倍増と、秋姫のサプライズという餌に釣られてギャンブル勝負に同意したのである。
 ゲームはブラックジャック。お互いが、犯人の要求額分を手持ちのチップとして、どちらかの持ち金がゼロになるまでの勝負である。

「キング、8です」
 ソウマが持ち札を出す。
「ざぁあんねん! キングと、ジャック!」
 Tシャツは勝ち誇り、歓声を上げた。
 ソウマはやれやれと余裕を見せつつも、傍らにディーラー役として立っている秋姫の方を振り向くと、申し訳なさそうに謝った。その表情はクールだが、良く見ると微妙に赤面していた。
「あぁ‥‥そ、それでは‥‥し、失礼します‥‥っ。 うう‥‥」
 秋姫が必死に言葉を絞り出す。既に、秋姫はミニスカートを脱いでいた。バニーガール衣装の下半身がブラウスの裾から覗いている。
 そして今、ゲームの結果を受けた秋姫が、震える手で白い頬を羞恥に赤く染めながら、ディーラー服のタイに手をかけた。
「つ、遂に秋ちゃんの、バニー姿が‥‥しかし犯人に下種な目で見られているのが‥‥(ビキビキ)」
 士はそう言うと、怒りと興奮がないまぜになった表情で秋姫を見た。
 タイを解きつつも、秋姫は俯き、双眸をきつくつむっている。その目には涙が光っていた。
「は、はやくしろオラァ!」
 その煽情的な光景に、Tシャツの声も上ずっていた。
 なお悪いことに、秋姫は、何度もためらいながらブラウスを脱いだことで、バニーの胸元を、ブラウスのボタンが外された隙間から飛び出させて、無自覚に見せつけるような形にしてしまっていた。
 その光景に、Tシャツの興奮が限界突破した。
「へへ‥‥そ、そんなに、もったいぶって脱いで、俺を誘っているんだなぁ?」
 Tシャツはゆっくりと立ち上がって、ギャグでは済まないことを口走りながら、秋姫ににじり寄っていく。
 ここまでは打ち合わせ通りである。ソウマが『GooD Luck』を使い続けることで適度に負け続けたのは、この状況を作り出すためだった。
 誰よりも先に、Tシャツとは違う意味で限界突破気味であった士が突入に備えて殺気を放ちながら身構える。
「待ちなさい。 まだ、私は楽しんでいませんよ‥‥」
 場の空気を一変させたのは、ビジネスマンの冷たい声である、
 相棒とは裏腹に冷め切った冷静な目つき。どうやら、彼のストライクゾーンは違ったらしい。
「私も、勝負を希望します。 少々違った趣向でね」
 そして、ビジネスマンは、グラスを叩きつける直前で気勢を削がれた金城を指名したのであった。
「私の手はエース、2、7!」
「あぅ‥‥」
 ビジネスマンの高得点に、金城は顔をひきつらせる。その彼に、ビジネスマンは無言で何かを突き出す。その目つきは、明らかにアレだった。
 突き出されたのは、女学生用ブルマーであった。
「ど、どうしてカナ? バニーガールよりこっちの方が恥ずかしいんですケド‥‥」
 上半身が、既に着せられた体操着に隠されたことによって、金城はまさにブルマーに近い姿になっていた。
「さあ、このブルマを装着しなさい!」
 鼻息荒く叫ぶ強化人間に、思わず後ずさる金城。
「勝負は、まだ終わっていませんよ」
 ソウマが自らの役を見せた。
「2、6、2、エース‥‥そしてクイーンです」
 不敵に微笑むソウマ。
「三流の勝負師は、状況判断を誤り身を破滅させますが、真の勝負師は自分で勝ち負けをコントロールできるんですよ」
 それまで、役は大きくないとはいえ勝ち続け、なおかつバニー(と、ブルマ)に幻惑されていた二人は、一瞬全てを忘れ、呆けたような状態になった。
「では、目障りなのでとっとと退場してもらいましょうか?」
 ソウマは冷笑すると、これ見よがしに身に着けていたマントを翻す。
「イッツ、ショウターイム!」
「い、今がチャンス!」
 そのマントが遮った視界の向こうで、金城が手近なグラスを叩き落とす。
 その音に合わせて、玖珂の閃光弾が炸裂した。
「突入開始!」
 玖珂が叫んだ。混乱を避ける為、一度にでは無く時間差での攻撃を指示する。
 愁矢と漸 王零(ga2930)が先陣を切った。
 王零は『瞬天速』を、愁矢は『迅雷』を用いてフェルに駆け寄る。
 まず、王零が『先手必勝』を用いグローブにはめた超機械で直接攻撃を加え、強化人間にフェルを放させた。
「なに‥‥飛び道具といえど、使い方次第さ」
「舐めんじゃねえ!」
 Tシャツが怒りに任せてハンドガンを発砲する。強化人間だけあって、ある程度は目を庇っていたのか、事もあろうに全弾、フェルに当てようとする。
「カバーする、俺の後ろに」
 しかし、愁矢は『ボディガード』を発動させており、全ての弾を受け切った。無論愁矢にはかすり傷程度である。
「クズ共おおぉぉぉ!」
 ビジネスマンは、秋姫と金城にナイフを持って襲いかかった。
 しかし、能力者たる女性二人は既に閃光弾の作った隙を利用して、報告官も連れて、とっくに退避していた。
 代わりに、そこに居たのは士である。
「こんにちは犯人さん。 ‥‥天国は楽しめたかい?」
 士はいかにも軽口を叩くようにアイロニカルな笑みを浮かべるが、その目は限りなく本気である。
「これからは楽しい地獄いきだよ?‥‥ハハハハ! ただで済むと、思うなよぉ!」
 黒い哄笑を上げる士。
「クズが‥‥身の程をし、らぼげらご!」
 恐らく、身の程知らずとでも言いたかったのだろう。『疾風脚』に加え、ダメ押しの『急所突き』まで併用した士の刹那と、エーデルワイスがテンポ良くヒットし、ビジネスマンは意味不明な悲鳴を上げて無様に吹き飛んだ。
「テメェらだろ?! 地獄落ちんのはよぉ!」
 腐っても、強化人間。ビジネスマンに攻撃をクリーンヒットさせた士の、僅かな隙を隙を狙ってTシャツがナイフ二刀流で襲い掛かる。
 この時、Tシャツは当然の如く正面口からの乱入者を警戒していた。当然、それは彼の命とりとなった。
「!‥‥冷てぇ!」
 Tシャツが首筋に感じたのは、殺気では無く、本物の冷気である。
 裏口から、『迅雷』で一気に間合いを詰めたシクルの動きは、強化だけに頼ったTシャツに捕え切れる筈も無く、ただ彼女が残す青い残光のみがTシャツの眼に映った。
「もらった!」
 シクルの風鳥による『二連撃』は、見事、Tシャツに膝を折らせた。
「この、選ばれた人間である私をコケにしてぇ!」
 怒り狂ったビジネスマンが、大きく跳躍してシクルに襲い掛かった。しかし、王零が投げた物体を目にした彼は、閃光弾の衝撃を思い出して動きが止まってしまう。
「さぁ、馬鹿を強化された強化人間‥‥我と遊ぼうじゃないか?」
 王零の覚醒の証である雷電の如く纏わりつく闇に、ビジネスマンが思わず後ずさる。
 ちなみに彼が投げたのは、ただの空き瓶であった。

「ちくしょああ!」
 Tシャツが、吠えた。彼も、傭兵たちの実力は思い知っていた。もはや力任せではどうにもならないだろう。
「ガキィイイ!」
 徹頭徹尾、彼は卑劣であった。どうせこのまま追い詰められるぐらいなら、せめて人質くらいは殺しておこうと考えたのだ。
 眼にも止まらぬ速度で、愁矢の横に回り込んで、フェルの胸元にナイフを振り下ろした。

「クズめ! クズめえ!」
 もはや、ビジネスマンの命運は尽きていた。必死にナイフを振り回し、闇雲に拳銃を撃つが王零によって斬撃は全て流され、銃弾はことごとくステップで躱されていた。
「さて‥‥とりあえず命はとらんが、清算しようか?」
 王零の魔剣が、ビジネスマンの顎を砕く。同時に超機械のエネルギー弾を喰らい、ぐらりと崩れ落ちるビジネスマン。
 それでも、その指は拳銃の引き金を引こうと動く。が、その腕に容赦なく剣が突き刺される。
「これで、汝の軍人に対する清算は済んだ。 さぁて‥‥向こうも片付きそうだ。 せっかくだからあの恰好のままで、酒でもお酌してもらうか?」
「腕が! この私の、腕がああ!」
 ビジネスマンは見苦しく喚くと、今度こそ完璧に失神した。

「ビンゴっ! ざまあ見やがれ!」
 確かな手ごたえを感じたTシャツ。しかし、それは刃が愁矢のプロテクトシールドに受け止められた手応えであった。
「この期に及んで、人質を狙うとは‥‥」
 愁矢の眼が蒼く輝き、彼の怒りを表すかのように全身から蒼い業炎が噴き上がる。
「もっと真剣に戦う事だな‥‥でなければ死ぬか、敗北する事になる」
「てめええ!」
 ほとんど駄々っ子のように喚きながら拳銃を乱射するTシャツ。その銃声に交じって鋭いダブルタップの連続発砲音が響いた。
 強化人間の着ているTシャツに、二つの赤い染みが現れ、花の咲くように広がっていく。『影撃ち』を併用した、玖珂の援護射撃である。
「俺たちの稼業は、弾丸と刃物で取引するんだ。 UPCの傭兵をナメるな」
 がくん、と床に突っ伏したTシャツに玖珂が冷たく言い放った。

「な、何度言われても無理だ!」
 全てが片付き、犯人も軍に引き渡された今、誰が好物のブラックコーヒーを貰ってくつろいでいたシクルにコスプレを勧めているのか?
 それはよりにもよって、あの女性報告官であった。
「ですからやはり、苦しみを分かち合うというか、私は百合という訳ではないのですバニーとは言いませんからせめてこのサイズが少し小さめのディーラー服だけでもフヒヒヒヒ」
「‥‥次は言わない‥‥無理だ」
 いくら女性が相手とはいえ、余りのしつこさ、というかキモさにとうとう覚醒して刀に手をかけるシクル。
「あ、あの〜‥‥で、できれば〜‥‥その、こわ〜い物を遠〜くに、置いてくれないかな〜、なんて‥‥ボク、いや私、震えて上手にお酌できなくなっちゃいそうです‥‥」
 男性メンバーの、というか王零の要望に応えてバニーのままお酌を手伝っていた金城がまだ演技が抜けない口調で、シクルをなだめようとする。
「あれあれ? 覚醒なんかしていいんですか? 覚醒しますよ私も」
 何をするつもりか、身構えてそんなことを言う報告官に、報告士官の死角からの銃床による一撃が命中した。
「‥‥大変失礼した。 後始末はやっておく。 飲み物は、オーナーの奢りだから高速艇の深夜便までこの店で休むといい。 そうそう、店自体の被害は軽微に済んだので、漸氏の寄付は辞退するそうだ」
 そういうと、士官は部下をスルズル引っ張りながら、立ち去ろうとする。
「運が良かったですね。 今日は錬力がたり」
 もう一発貰ってようやく報告官は大人しくなり、士官はもう一度、全員に礼を述べて去って行った。

「坊やも大変だったな。 よく頑張った」
 玖珂はそう言うと、ドライ・マティーニを運んで来たフェルにチョコを渡した。お礼を言ってうれしそうにチョコを頬張るフェル。
 そんな様子を微笑ましく眺めているのは愁矢である。その彼が運んできてもらったのは、熱燗が無かったのでギムレットであった。
 そんな一同を余所に、士と秋姫はカウンターの隅ですっかり二人の世界に入っていた。
 士は、優しく秋姫を抱きしめる。
「怖かったです‥‥」
 それまでは、人質救出の為にずっと我慢していたのだろう。士の腕に抱かれた秋姫が小さな声で呟いた。
「よしよし、もう大丈夫。 大丈夫だよ。もう心配はいらないから‥‥元気出して、皆と何か飲もう、ね?」
 秋姫は、頷きながらもぽつりとこう言った。
「はい‥‥でも、もう少しだけ、この‥‥ままで‥‥」