●オープニング本文

　元強化人間であり、エミタ適性と戦歴から治療を許可されUPC北中央軍となったE・ブラッドヒル（gz0481） はバハカリフォルニアでの戦闘の終結後、休む間も無く派遣戦力として【RR】ロシア掃討戦に参加していた。
　
　一方、環境適応実験のため、未来科学研究所の意向により地球に降下したバーデュミナス人トゥシェクは降下時のアクシデントからロシアに到着。なし崩し的に北方軍に協力することになる。
　そして、オリジナルのフィーニクスの大気圏内での運用データを入手するまたとない機会である事に気づいた未来科学研究所の意向を受け、北方軍はトゥシェクの参戦を許可するに至っていた。

　この二人は偶然ながら、モスクワを守る防衛線の一つであるヴォルゴグラードを拠点として割り当てられていた。

「きゃっ！」
　臨時に設けられた滑走路で北方軍の軍楽隊が演奏する音楽のクライマックスで、ニェーバやグロームが手持ちの空砲を発射した瞬間、ヒルダは思わず声を上げた。
「なぜ演奏にKVと火砲が必要なのかと思っていましたが‥‥」

　――イリイチという偉大な男が生み出した歴史的な勝利を祝うには相応しい旋律だそうだ。

「異星の方なのにお詳しいんですね‥‥何だか、失礼なんですけどあるバグアを思い出します」
　
「何話てんのかなー」
　滑走路で寒さに震えるヒルダの上官エレナ・サイクス曹長であった。

●
　カスピ海の西岸に近い水中に三隻の突撃型BFがじっと蹲っていた。
　
　司令官である雪男のような異星人型バグアは艦橋に流れて来た音楽に気付いた。
　
　偵察のために先行させていた強化人間の小部隊が捕らえたヴォルゴグラードからの電波だった。

『――現在、このヴォルゴグラードには北方軍の第――軍楽隊も駐屯してており‥‥戦勝式典に備えて‥‥』

『この曲は、1812年のナポレオンのモスクワ遠征に対するロシアの勝利を記念してチャイコフスキーが作曲‥‥』

　ふと、配下の強化人間たちに目を向けたバグアは、彼にしては珍しく驚きを感じた。

　強化人間たちが皆、泣いていたのだ。
　
　柄にも無く号泣する者。
　
　静かに嗚咽をこらえる者。
　
　これだけの数の人間が一つの感情に飲まれているのを彼は初めて見た。
　
　何より驚いたのは、感情や生気といったものが当に失せた筈の強化人間までがとめどなく涙を流していた事だった。元ロシア軍中尉のバラキレフは強化の弊害により感情や自我はとうに失われている筈だった。

　虚ろな表情で涙を流し続けるバラキレフが、バグアに連れられて司令室へと入っていったのはその数分後だった。

●
　ヴォルゴグラードに警報が鳴り響く。カスピ海から突如浮上したBF三隻はアストラハンを通過。速度を一切緩める事無く、ひたすら走る。
「この、進路‥‥連中モスクワでも目指すつもりか！」
　集結して潜伏していたカスピ海沿岸部やその近辺の小規模基地やプラントの残存戦力だろう。バイコヌールからの離脱と二隻の陸上戦艦の移動が確認された後バグアの戦力集団は皆無となっていた筈だからだ。
　だが、この最後の部隊は何故陸上戦艦と合流しないのか。

　誰もがそう訝しんだ時、BFからの広域通信が基地内に響き人々は驚愕した。

　それは、ここ連日軍楽隊のリハーサルで彼らが聞かされている曲の録音だった。

「‥‥！」
　何かに気付いたのか、咄嗟に飛び出したのはラリーサ・カルサヴィナだった。通信機を引っ掴む。

「君たちはロシア人なのだな！？」

　沈黙。ただ録音された音楽のみが流れ続ける。

「私はカルサヴィナ少尉！　君達と祖国を同じくする者だ！」

　必死に叫ぶカルサヴィナ。しかし、反応は無い。返答の代わりに音楽のボリュームが上げられる。

「敵BFからキメラ群の出現を確認！」

「何故だ！？」

　ラリーサの叫びは悲痛だった。

「宇宙に逃げもせず、あの陸上戦艦と合流せず、潜伏して逃げ回る事もしない！　投降して裁きを受けるのが最良の道ではないのか！？」

●
　今や、最大音量となった金管楽器の勇壮な旋律は、ブラッドヒルの胸を締め付けた。
　
　彼らは私と同じなのだ。
　
　私が今こうしていられるのは数限りない幸運か、はたまた悪運か。それとも、彼女自身がどこかで選択した結果なのか？

　あのBFと共に迫る兵士たちは、あるいはバハカリフォルニアの掃討戦で篭城の果ての戦死を望んだ兵士たちはきっと、もう一人の私なのだ。

　だけど――！

　ここ数日に基地内で見かけた兵士たちの表情を思い出す。

　誰もが故郷を、家族を想っていたから。

「そうだ‥‥」
　
　私は兵士なのだ、とヒルダは想う。

　例え、これから殺しあう相手が別の道を歩んだ自分たちだったとしても、今の自分には守るべきものがある。

　能力者としての生を許された自分はこの基地の非能力者の兵士たちを、肩を並べて戦う能力者たちを、そして彼らの大切な人たちを。

　バグアとの戦争の中で生まれたUPCという軍隊が守るべき人々を守る。戦争において全てを守ることは難しいけれど、私の血と敵の血が流れることで一人でも多くの人が泣かなくても済むのなら。

　詰まる所、自分の戦う理由はそれに尽きる。一人でも多くの人に、自分が唯一の心の拠り所であったあの人を失ったような思いをさせたくないために――！

「北中央軍KV小隊エレクトラ・ブラッドヒル二等兵、出ます！」

●
　――因果なものだな

　バーデュミナス人トゥシェクは自身のフィーニクスのコックピットの中で静かに嗤った。

　思えば、バグアから開放される前も自分はこのような役回りではなかったか。

　本星艦隊に隷属して様々な文明との戦いに駆り出された。

　その時、彼に向かって来たのはやはり今この基地に向かっている者たちのような立場に場に追い込まれた者たちではなかったか。

　だが、戦う事で自分の同胞を隷属から解放したこの驚嘆すべき種族の同胞を守る事が出来る。
　
　そして、同時に基地に突撃してこの地域の首都まで至らんとする彼らには、真の意味で祖国の空に翼を――いやこの星では大地に魂を還すにはこれしか方法が無いのだ。

　ならば、戦うことで彼らにせめてもの手向けを行う事が、数奇な運命の果てになお戦場に立ち続けている自分の義務なのだろう。

『バーデュミナスの戦士トゥシェク、これより基地本営の防衛に当たる』

●
『では作戦を開始する。その前に今は亡き諸君らの同志‥‥だったかな？　バラキレフ君の最後の遺訓を伝えておこう』
　
　ロシアの将兵によって戯れに『ヴォジャノーイ』と命名されたBFの艦橋。毛むくじゃらのバグアのヨリシロとなったバラキレフ広域通信を行った。
『「――我ら肉体は祖国の都を踏むこと能わずも、魂となりて必ずや辿り着かん」、魂か。バグアにもあるのだろうか？』
　
　強化人間たちの雄たけびが上がる。

　広域通信では曲が最初のクライマックス――オーケストラと共に発射される大砲の実射音を響かせていた。

●参加者一覧

/ 須佐　武流（ga1461） / 鷹代　由稀（ga1601） / 新居・やすかず（ga1891） / ＵＮＫＮＯＷＮ（ga4276） / ファルル・キーリア（ga4815） / アルヴァイム（ga5051） / 瑞浪　時雨（ga5130） / ハンナ・ルーベンス（ga5138） / ゲシュペンスト（ga5579） / ルナフィリア・天剣（ga8313） / 時枝・悠（ga8810） / 赤崎羽矢子（gb2140） / 狐月　銀子（gb2552） / アンジェラ・Ｄ．Ｓ．（gb3967） / イーリス・立花（gb6709） / クレミア・ストレイカー（gb7450） / 神楽 菖蒲（gb8448） / 不破　霞（gb8820） / 夢守　ルキア（gb9436） / 湊　獅子鷹（gc0233） / ラサ・ジェネシス（gc2273） / レインウォーカー（gc2524） / ヨダカ（gc2990） / ヨハン・クルーゲ（gc3635） / ミリハナク（gc4008） / 若山　望（gc4533） / 音桐　奏（gc6293） / ＢＬＡＤＥ（gc6335） / ミスティア・フォレスト（gc7030） / 村雨　紫狼（gc7632） / クローカ・ルイシコフ（gc7747） / 烽桐　永樹（gc8399） / マキナ・ベルヴェルク（gc8468）

●リプレイ本文

　ヴォルググラード南西、ザクツキー上空にて、バグア残党の航空戦力と傭兵の航空戦力は今まさに接敵しようとしていた。
「四面楚歌‥‥葬送曲にしては派手ですね」
　S01の操縦席で新居・やすかず（ga1891）は呟く。
　一方、神楽 菖蒲（gb8448）は、興味などないとばかりに鼻を鳴らして敵をロック、ミサイルの暴風を敵に叩きつける。
「銀子！ 食い散らかすわよ！」
　キメラの群が盾になるように全面へ出るが。
　新居の機体がすかさずガトリングでその羽を狙い動きを阻害。
　若山　望（gc4533）もこれに合わせてガトリングでキメラを狙う。
　菖蒲の動きにクローカ・ルイシコフ（gc7747）もタイミングを合わせる。他の味方機より高い高度から垂直降下で突入した彼のミサイルで更に敵陣を撹乱、角度を変えず降下し続けて敵の反撃を振り切った。
「任せなさいって！　SilverFox‥‥吼えろ！」
　続いて菖蒲の相棒の狐月　銀子（gb2552）が応じ、菖蒲の攻撃で孤立したHWにスラスターを掃射、撃墜した。
　別の一機が銀子機の背後を狙うが。
「相棒に何してくれてんの？」
　すかさず菖蒲のエニセイを浴びせられ、爆散した。
　この段階になると地上でも砲火が飛び交っていた、何機かのHWが降下して地上部隊の支援に入ろうとするが。
「させません！」
　警戒していた新居がミサイルを放つ。無数の小型ミサイルが猫の様に群がってその機体を攻撃、更に新居のリニア砲が止めを刺した。

●
　民間人の避難所では戦闘の振動が体育館の様に高い天井を揺るがす度に幼い子供たちがすすり泣く。
　避難所を守っていたラサ・ジェネシス（gc2273）は優しく声をかけた。
「皆でお祈りしまショウ。神サマが守って下さるようニ」
　その時、彼女の保持している無線機が鳴りハンナ・ルーベンス（ga5138）からの伝達が入った。
『フラウ・ジャンヌ・クローデル、全システム解放コード音声入力。“父よ、彼らを赦して下さい。なぜなら、彼らは何をしているのかわからないからです”』
「ハンナ殿」
『‥‥彼等は判っているのです。この結末も、何もかも。それでも、進むというのですか‥‥』
「‥‥ちょっとした偶然で我輩はこっちにいて彼らはあっちにいる‥‥運命で片付けるにはあまりに残酷デス‥‥でも相手は必ずしも同情を望んでいるわけでは無イ。せめて敬意を持って戦いマス」
　ラサは格納庫から飛び出すとキメラの群れに容赦なくブリットストームを叩き込む。大量の弾丸と、血と肉片の中、踊るようにキメラを屠って行くラサ。
「さーて、次は誰が一緒に踊ってくれるのカナ？」

●
　ヴォルゴグラードはヴォルガ川が南北に流れる街だ。BFが擱座しているのは東側のクラスノス・ロボツクの廃墟である。そして、市の中心部がある西側のアンガルスカヤ通りでは北方軍の兵士たちは整然と迎撃準備を進めていた。
「中尉殿！　戦車隊の配置完了いたしました！」
「ご苦労様ですわ」
　応じながら重機関銃の設置を進めるミリハナク（gc4008）の胸には燦然と輝く中尉の記章が。厳密には傭兵の扱いなので現地軍が従う必要は無いのだが、この少尉殿ノリの良い性格なのかもしれなかった。
　そして、そうこうしている内にもキメラの群は河を渡り終え、次々と上陸し始める。
　その群に戦車や重火器、そしてミリハナクの重機関砲が発射された。
　
　その喧騒の中女は密かに唇の端を釣り上げる。
「‥‥誇りと享楽と死に満ち溢れたここだけが、今や私の居場所ですわね」

　そして、アンガルスカヤ通りの南西、ヴォルガ河に架る橋の上にもキメラの大群は押し寄せている。
　だが、先陣が橋を渡り切り対岸に蛙の様な足をかけた所で、そいつはぐしゃりと叩き潰され、文字通りの血煙と化した。
　その血煙の向こうでは紅炎の刀身を構えた時枝・悠（ga8810）の姿が太刀の軌跡に沿って陽炎に揺らめいていた。　
「いつも通り‥‥か。我ながら重症だな」
　ふと、後ろを見るとKV部隊が次々と基地を発進して行く。グロームやラスヴィエートといった機体に混じってリヴァティーが一機出撃していく。
「‥‥頼れる仲間が掃いて捨てる程いるのだし、来る必要も無いだろうに。まあ、来てしまった物は仕方無い。暴れるか」

「アレを何とかしないと‥‥ジリ貧の防衛戦になるってことだけは確かだな」
　BFを眺めながら須佐　武流（ga1461）は呟くと、スコルで大地を蹴り、一匹に強烈な蹴りを放つ。そのキメラは猛烈な勢いで橋の上を吹っ飛び、他の数匹を将棋倒しの様に巻き込んでいった。
　傭兵たちは橋を渡りまだ壁が残っている場所に辿り着くと湊　獅子鷹（gc0233）は巨大な重機関銃を手早く設置し始めた。
「散発的なゲリラ戦やこんなのは続くんだろうなあ、当分食いっぱぐれは無さそうだけど‥‥彼女といちゃつく時間は欲しい‥‥」
　グチりつつも銃身を固定し終えた湊は掃射を開始。キメラを薙ぎ倒しながら通信機を手に取った。それに応じて上空から数機のKVが降下して来る。
『イクシオン。BFの座標と航空写真を回すよ』
　と夢守　ルキア（gb9436）。
　
　クローカは旋律を聞き呟いた。
「これは‥‥四面楚歌のつもりか？　ロシア人ならボロジノの戦いを思い出すだろうに」

「畜生、うるせぇ」
　一方、ＢＬＡＤＥ（gc6335）は送られてきたデータを確認しながらぼやいた。
「なんでこんな曲が流れているんだ？」
　彼は音量を下げたいのだが、管制の声が聞こえなくなるので我慢しているのだ。

「支援爆撃開始します」
　真っ先に低空に突入したのはアルヴァイム（ga5051）の【字】だ。BFの砲台や機関銃座に狙いを絞りミサイルを発射。降り注ぐミサイルの群れが轟音ともに砲台を吹き飛ばす。続いてクローカとBLADEもミサイルを降らせる。
　
　攻撃の最中、ルキアはON回線で笑う。
「在ると言うコトは変化に対応し、セカイを生み出し続けるコト。変わらないから、歪が出来る。同じパズルのピースが、噛み合わないように」

「イヤッホー！　これでBGMがワルキューレなら最高だな！」
　地上では、地面を揺るがす攻撃に湊は愉快そうに叫んだ。
「あれが例の‥‥。とにかく、あまり時間を無駄には出来ないわね」
　クレミア・ストレイカー（gb7450）が銃器を構える。爆撃を終えた四機は旋回しいったん上昇していったが、周辺、そして艦内から再びキメラが現れ始めていた。
「足止めは引き受けるわ！　これなら‥‥！」
　群れに制圧射撃を敢行するクレミア。キメラたちの出足が鈍った隙に突入組が一斉にスタートダッシュを切る。だが、まだ稼動していた砲台が傭兵たちに照準を合わせた。
「そのまま走って！　ぶち込んでやるわよっ！！」
　クレミアは叫び、長距離から貫通弾を放った。砲座に穴が開いたかと思うと、それは轟音とともに吹き飛んだのだった。

●
　ルナフィリア・天剣（ga8313）のフィーニクスは大地を眼下に望み飛翔する。
　ダイアモンドリング作戦の折の戦闘で廃墟と化した周辺部には、すでにBFが吐き出した半漁人のようなキメラが波のように押し寄せていた。
　
「偶には派手に行こう。辻斬りならぬ辻撃ち、景気付けに受け取ってくれ」
　飛行中のフィーニクスがゆっくりとその二連装大型ビーム砲の砲身を突き出す。

「店、休んでる分の手当て、出るんでしょーね？」
　防衛ラインの最前列に陣取った鷹代　由稀（ga1601）はそう冗談を飛ばす。僚機のマキナ・ベルヴェルク（gc8468）から苦笑が返って来た。
　そして、由稀は自機の脚部のガンカメラでキメラの群を撮影、分析する。
「マキナ、あとサイクス曹長‥‥だっけ？　掃射モードとＤレーザーぶっ放して」
「美人から逆ナンこれは春の予感！！！」
「ないから」
　寝言を一蹴される曹長。

『カムパネルラより陸戦隊各機へ。前衛機が大火力による掃討を行うです。射線上の機体は回避行動を！』
　ヨダカ（gc2990）の声に、正規軍や傭兵の機体が素早く道を開ける。

　トゥシェクも機体を射撃に適した位置に移動させた。

「やはりあっちのほうがでかくていいな。‥‥てかあっちが欲しい。無理なんだけど」
　ルナフィリアはそのトゥシェク機をちょっと物欲しそうに眺めつつ、照準をイーゴリに合わせてPDレーザーを発射。エレナとマキナ、トゥシェクも時間差で発射した。

●
「昔は好きだったけど‥‥大砲の音を昔と同じようにはもう‥‥」
　焼き払われていくキメラの群を眺めながら、瑞浪　時雨（ga5130）そう悲しげに呟いた。
　時雨はその音を無理に耳から追い出すと、装甲の強固な正規軍のKV部隊の後衛にアンジェリカを配置、味方と共に突撃する。
　この間、艦砲射撃や空からの爆撃等による妨害・横槍も警戒するようにというゲシュペンスト（ga5579）の呼びかけがあり、また新居がHWの支援に警戒していた事もあって敵は地上部隊と航空部隊との連携を阻害されていた。

●
「もっと愉しく踊ろうじゃないかぁ！」
　
　二つの機影が躍る。レインウォーカー（gc2524）の操るリストレインはスラスターで滑走しながらゴーレムと戦っている。
　やがて、敵の突き出した刃をレインが紙一重で回避、機刀を敵の脚部に振るうが、敵はそれを回避して急上昇して頭上から反撃しようとする。
　だが、それを音桐　奏（gc6293）のガンスリンガーが攻撃。その動きを止めた。
「さて、連携と行きますか、レイン？」
「上等だぁ。腐れ縁の連携を見せてやろうじゃないかぁ」
　二機はタロスを挟撃する形で地面を滑空した。
「まずは撃ち貫きます。止めは任せるのでよろしくお願いします」
　弾丸を回避しつつ、二機は両側からレーザーで相手を牽制する。
『Иたん！』
　ヨダカが叫ぶ。
　流石に敵の強化も尋常では無く、ヨダカの支援があったにもかかわらず二人の連携に耐える。
「ああ、きっちり止めを刺してやるさぁ」
　だが、レインはブラックハーツを起動。

「嗤え」

　光の大鎌が優雅さすら感じさせる動きで振り抜かれる。奏の牽制で反応が遅れたタロスは胴を焼き切られ、爆散した。

●
「まだ出番が残ってたようだぜ、ラキエータ！」
　烽桐　永樹（gc8399）は不敵に笑うと、味方の進路を塞ごうとするゴーレムとキメラの前にコロナを飛び出させた。
　永樹が敵のBFの支援砲撃を回避。直後、アンジェラ・Ｄ．Ｓ．（gb3967）のスカルメールが撃ったライフルの弾丸を装甲に受けたゴーレムが体勢を崩した。
「‥‥こーなったら、このままパワーでゴリ押しだぁ！！」
　被弾を気にせず最短で突っ込むコロナ。光輪がゴーレムのサーベル銃剣の間合いより遠くから放たれ、ゴーレムを真っ二つに切断した。

●
　速度を上げ続ける重武装BFポルト・デ・キエフ。だがその進路に突如上空から真紅の閃光が発射された。

「今度は見せ札だけどね」

『BFの航行速度低下。榴弾砲を潰すよ。狙ってくるだろーから、援護をお願い』

「今のジェイナスは狙い撃つ事に特化してんのよ‥‥外す方が難しいって！」
　由稀はラバグルートの照準を固定する。
「ジェイナス、目標を狙い撃つ！！」

　由稀のレーザーの射線のミサイルポッドが高熱で融解、そして誘爆が起きた。

　アルヴァイムも機体を降下させる。BFの乗員が頭上に気付いた時にはブリューナクとスナイパーライフルの弾丸が砲塔を吹き飛ばしていた。

「この程度、スーパーバグアのソルと比べれば！！」
　ゲシュペンスト・アイゼンは真正面から機関砲一丁でBFと撃ち合いながら接近していく。
「これでも戦歴は長い方でな‥‥其方の重武装も大した物だが、此方も鯨狩りは初めてじゃない！　究極ゥゥゥゥゥッ！ ゲェェシュペンストォォォォォッッ！ キィィィィィィィッック！！！！」
　アイゼンは高く飛び上がると、フットパーツにセットされたドリルで一撃必殺の急降下攻撃を繰り出した。
　高速回転するスレイヤーの黒いドリルが容赦なくBFの砲塔をひしゃげさせる。

　更に、時雨もミネルヴァの射程に到達した事を確認するとその巨大な砲身を構える。
「エンハンサー始動‥‥、エレクトラ‥‥、これが最後かもしれないから‥‥、全力で行く‥‥！」
　強力なビームが、集中砲火で損傷の大きいBFの胴体に直撃。BFはその横っ腹から火を噴く。

●
「ガラパゴスの時のように、やってくるかもしれませね。ルキアさん、もう一度拡大画像をお願い出来ますか？」
　再度計器をBFに向けるルキア。傭兵たちに伝達された映像の中で地上のBFが変形し始めていた。そして、呼応したかのようにイーゴリもまた、艦首にFFを集中させ突破の構えを見せる。そして、本星型がその前面に陣取り盾となった。
　だが、新居の警告が間に合ったおかげで地上の傭兵たちは即座に迎撃態勢を整える。

「‥‥もはや言葉は不要ということですか。偽善かもしれませんが、彼らを此処で眠らせてあげるのが彼らへの手向けなのかもしれませんね‥‥」
　ヨハン・クルーゲ（gc3635）は静かにコックピットの中で瞑目した。
　望もミサイルで本星型をロック。火線が怒涛のように強化FFに殺到。
　本星型はほとんど反撃をしない。全てのエネルギーをBFの防御に回すかのように。だが、それも最初の一発がFFを貫くと堤防が決壊する様に他の火線がボディに着弾し‥‥やがて爆散した。
　直後、赤崎羽矢子（gb2140）のシュテルン・Ｇはすれ違い様にHWを両断。BFに追走しながら敵の迎撃砲台群をミサイルで攻撃する。
「この曲をわざわざ‥‥覚悟を決めてるんだね」
　側面の砲塔をあらかた沈黙させた羽矢子はトライデントの弾倉を起動させた。
「こうすることしか出来ないなら、幕はあたし達で引く！」
　発射された三発のミサイルを受けたBFは大きく傾く。
「上等。スワンを抜けるとでも？　銀子っ！」
　菖蒲も機体を加速させ猛追。残弾をBFの機関部周辺に叩き込む。
「OK、行きましょ、菖蒲ッ！　出し惜しみ無しでさ！」
　銀子も、機体を一気に加速させBFを追い抜くと真正面から攻撃。BFの注意が逸れた隙に菖蒲が機体を急上昇させ敵の頭上を取る。
「ふん。人でいられなかった連中が、何を今更洒落っ気づいてんのよ。馬鹿らしい‥‥その癖バケモノでいることにすら耐えられないってか」
　菖蒲は艦橋と見当をつけた場所に機関砲の照準を合わせ、発射した。
　降り注ぐ鉄の弾丸がBFの上部装甲を削り取る。

　そして、【字】が対艦ミサイルを解き放った。
「そう、化け物を倒すのは人間でなければならないのですから」
　
　ライフルを撃ち込みながら銀子は呟く。
「あたしが大事に想うのは、どこの人でどの軍で戦うよりも、何の為に戦うのか。敵を根絶やしにしたい等とは言わない。投降してくれりゃそれに越した事も無かったけれど‥‥」

「‥‥敵艦ロック完了、ラヴィーネ、ファイエル！」
　ヨハンのミサイルもBFの艦底に広く損傷を与える。
　イーゴリはしかし、高度を下げなおも進む。反撃も止まない。

「‥‥沈んでください」
　望は機体を安定させ、機関部の破口部に狙いを定める。

　数秒後、イーゴリは内部から爆散した。

『破片が‥‥！　地上の機体は警戒を！』
　ハンナが叫ぶ。しかし、そこにようやく冷却を終えたルナフィリアのフィーニクスがビーム砲を構えていた。
「最後に役立てそうだな‥‥纏めて吹き飛べ」
　三発目のPDレーザーは、BFの破片を薙ぎ払い、地上に被害が出るのを防いだ。

●
「もっと火力を集中させるです！　‥‥首輪付き、お前も生きているならしっかり狙うですよ！」
　ヨダカはヴィジョンアイでBFをロック。友軍の支援を行う。ヒルダも追いつきロケット弾を撃ち込む。

　そこにリストレインが突出。
「援護は任せたよぉ。ここまで来て弾に当たるなよぉ」
「愚問ですね、レイン。あなたの方こそしっかり当てて下さいね」
　援護を受けて接近したリストレインは至近距離から真雷光波をBFに浴びせる。

「もう一度突っ込むよ」
「了解、ソナーレ」
　ルキアの誘導によりクローカも機首を下げ急降下を開始した。甲板の構造物を破壊されたBFは内臓火器で応戦している。
「もう僕らは一歩も引かない。これ以上の犠牲だって出させやしない。侵略者はいつだって打ち払われるんだ！」
　敵BFの直上に降下したМолнияはフレア弾を機体から切り離す。弾頭はBFの装甲を破損、融解させる。
「まだ、止まらないのか‥‥！」
　急上昇しつつ後ろを見たクローカが叫んだ。

『右舷後方の装甲が特に損傷しているですよ！』

「任せろ！　奥の手でいく！」
　ゲシュペンスト・アイゼンが機杭を打ち込み、装甲に大きな穴を開けたがBFは止まらずヴォルゴグラードの市街地に迫った。
「突入口があるのなら‥‥内部から破壊するまでだ」
　不破　霞（gb8820）は最後の手段とばかり、ヴァダーナフをBFの開口部に突っ込ませる。
「投降？　連中が望んだとしてもさせる訳がないじゃないか」
　暗く黒い薄笑いを浮かべて艦内を進む霞。

　艦体と融合していたバラキレフは進入して来た黒椿・零式を無感動に眺める。

「全て潰す。それ以外の選択肢は無い」

　刀が振り降ろされる。

　融合していたバグアを切り殺されたBFは静かに停止した。

「‥‥全員を治療することなんて出来ない以上、それが慈悲‥‥なんだよ」
　停止したBFの中で霞は静かに呟いた。

●
　ヴォジャノーイの内部にミスティア・フォレスト（gc7030）の歌声が響いていた。それはこの戦域に流れている旋律の元となった古い聖歌だった。歌い終え、眠った数体のキメラが屠られたのを見届けると、バイブレーションセンサーを発動。通路の一方向を指し示す。
　悠は艦橋のほうへ向かうことを告げる。
　プラントはかなり大規模であり破壊に時間がかかる可能性もあった。艦橋に制御装置がある可能性もある。
　ならば両方叩いた方が良いと言う事で、他のメンバーもそれを承認した。
　こうして彼らは艦内を進んだが、その内に妙な事に気付いた。
　
　所々に、焼け焦げたキメラの死体が転がっているのだ。誰かが先に侵入していたらしい。
　
　と、その時須佐たちの前方の通路に、一瞬黒いコートが翻り、すぐに姿を消す。
「来な、その首刎ねてやる！」
　叫ぶ湊。しかし、その何者かは一瞬で姿を消すのだった。

●
　艦橋に強化人間やバグアはいなかったが、大型のキメラが複数待ち構えていた。それらがジリジリと悠を包囲する。
　悠は無視して周囲を見回す。何を壊せばプラントが停止するのかは解らない。
「頭脳労働は苦手だしな」
　頭を掻きつつ紅炎を構える悠。彼女は極めて単純かつ確実な方法を取ろうとしていた。

　――愛刀を握るのも、これが最後か。‥‥何しんみりしてるんだろ、私。


●
　汎用のバグアスーツに身を包んだその強化人間はプラントの中を跳ね回りながら正確な銃撃とナイフによる一撃を放ってくる。
　湊はナイフを防御用の義手アイギスで弾き刀を振るうが、浅い。続いて須佐も刃を回避してカウンターで蹴りを叩き込む。
　だが、相手はこれに耐え再び間合いを取った。背後では不気味な振動が響き、また数体のキメラが培養槽から排出され、艦外に送り出された。
「やれやれ‥‥他に方法はないのかねぇ‥‥人のことを散々野蛮と言ってきたが‥‥お前らが一番野蛮だな」
　挑発とも、諦観とも取れる須佐の言葉にしかし敵は反応しなかった。
「さて、どうするかね」
　湊が言う。まだこちらも大きな被害を受けたわけではないがプラントの事を考えると時間をかけるのは避けたい。
　と、ここでミスティアが前に出て歌う。呪歌で相手の動きを封じようというのだ。
　だが相手はすばやく跳躍。再びスピードでの撹乱を図ったが――。

「‥‥！」
　強化人間が僅かに息を呑む。
　須佐と湊は気付いた。ミスティアが歌いだした途端、明らかに相手の動きがおかしくなったのだ。呪歌の効果ではない。何かに動揺したようだ。
　二人は再度攻撃を仕掛ける。それでも、強化人間は危ういところで二人の攻撃を避けるが――
「うむ。隙あり、かな？」
　突如、別方向からＵＮＫＮＯＷＮ（ga4276）による正確無比な火炎弾の一撃が放たれ直撃した。敵はそれでも起き上がろうとするが。
「どうしてもやらなきゃならないなら‥‥やるしかない」
　空中での高速回転で勢いをつけた須佐の強力な蹴りが直撃。男は吐血して倒れた。

●
　ヴォジャノーイの艦橋部分は内部から爆発した。悠が放った十字撃はキメラと艦橋の機材をまとめて破壊した。
　湊は制御装置らしきものと培養槽を破壊しながら、負傷者の治療に当たるUNKNOWNに声をかける。
「さっきのコートはUNKNOWNさんかよ‥‥」
「うむ。散歩だね。目的は知的好奇心、かな？」
　ここが戦場ではなく街中であるかのよう気軽に言う。彼は気配を消して一足先に到着した後キメラを倒しつつ艦内を調査していたらしい。
「余り収穫はなかったがね」
　結局、彼が見つけたデータや図面は人類にとってもバグアにとっても重要ではないものばかりであった。
「ま、研究の余生の暇つぶしくらいには、ね」
　それでも、今回の作戦に参加した強化人間たちの個人的な手記や記録は、重要性は低くても興味深いものかもしれなかったが。

　プラントをあらかた壊し終えた後、ミスティアは強化人間の前に跪いていた。
「‥‥あの歌を歌っていたのは、お前か」
　ミスティアが触媒として歌った歌。強化人間にとっては決して忘れられない故郷の歌。それが最後に男を動揺させたのだ。
「もう一度だけ聞かせてくれ」
　男がそう言った時、広域通信で流れていた曲が何度目かのクライマックスを迎えようとしていた。
　ミスティアは歌った。かつてこの地に君臨したツァーリを讃える歌を。
　男はそれに和しながら、静かに息を引き取った。

●
「ここは私が‥‥私ごと巻き込むぐらいに射線を合わせても大丈夫です」
　川岸に近いコムゾ・モリスカヤに包囲され追い詰められたキメラ群に対しSMGで弾丸を降らせているのは全身を黒い強固な鎧で覆ったイーリス・立花（gb6709）だ。言葉通り上手くイーリスを盾にしながら一般の兵士たちも発砲する。
　数体が突破を試みるが、それもイーリスの蛍火に切り伏せられ、彼女の鎧に新たな返り血を浴びせるだけだ。
　アンガルスカヤ通りの方からは、ミリハナクの重機関砲の咆哮が絶え間なく響く。

　ミリハナクの指示通り、戦車砲とトゥシェクのPDレーザーで誘導されたキメラはイーリスたちによって包囲され順次殲滅されていった。
　
　防衛線を迂回して市街地に入ったキメラもいるがそちらはミスティアが指示して築かれたバリケードによって道路や水路、地下道などといった場所で足止めされて駆けつけた正規軍に処理されていた。
　
　こういったキメラはほとんど一匹ずつで来るために一般の兵士でも倒せるわけだ。
　
　無論、群れを指揮する強化人間はいたが、これだけの大群では大雑把な支持しか出せない。そこで、彼はアンガルスカヤ通りで直卒のキメラと共にミリハナクの前に姿を現した。

「ごきげんよう。一騎打ちとは素敵ですわね。同じ戦士として、望む死に場所を与えてあげますわ」
　
　ミリハナクは他の兵士を巻き込まない位置まで優雅に前進。強化人間は無言で両手剣を構え、正面から打ち掛かる。
　
　ミリハナクはそれを斧で受け止め、華麗なステップで相手の背後に回り込む。が相手もそれを予期していたように次に彼女の一撃を片手に持った防御用の短刀で止めた。
　そして、強化人間の指示でキメラがミリハナクに襲い掛かる。
　だが、当の中尉殿は。
「やはり戦いとは策を弄しながらもまずは数、そして‥‥」
　突然ゲヘナに凄まじい力が籠もり、寒気を感じた男は飛び下がろうとするがもう遅い。
「力、ですわね」
　ミリハナクの十字撃は、キメラと強化人間を同時に肉塊へと変えた。
　流石に一息つくミリハナク。その時、無線で全てのBFが破壊され、プラントも機能を停止したという連絡が入った。
「さてロシアの皆さん、祖国を守る為の氷の地を溶かすぐらいの熱い突撃はいかが？」
　振り向いて上品に微笑む美女。
　この状況で、ロシアの兵士たちが発する言葉一つしか有り得なかった。

「中尉殿に続け！　Ураааааа！！」
　
　危険が無くなるまではフォローのためにと先頭に立った中尉殿に率いられ歩兵たちは烏合の衆と化したキメラの群に突撃していく。

「あいつ、何やってんだ‥‥無視でいいな‥‥うん‥‥無視」
　丁度、河向こうから引き揚げてきた湊は呆れ顔であった。

●
　最後の強化人間は防御の厚いアンガルスカヤ通りとジェコヴァ通りの間の狭い小路を少数のキメラを引き連れ疾走していた。目指すは北西にある基地司令部への奇襲である。
　しかし、彼が特に狭い小路に入った瞬間、銃声が響き背後のキメラが次々と射殺されていく。
「スターリングラードか‥‥この場所で戦うことになるとはね‥‥場所が場所だけにちょっと嫌になるわ」
　狙撃で、廃ビルの屋上からキメラを片付けたファルル・キーリア（ga4815）は溜息をつくとゆっくりとイアリスの刀身を引き抜いた。そこに、路地から跳躍した強化人間が着地する。
「さて、市街戦の恐怖は存分に味わえたかしら？」
　とファルル。
「見事な手際だ‥‥お前の言う通り我々がこの都市で裏をかかれるとは」
「名古屋から数えて５年くらいかしら？　死線を潜り抜けた数は数えるのも嫌になる‥‥ピクニックの方がまだ楽ね」
　強化人間はそれ以上時間を無駄にせず、ナイフを構え、突進する。危うい所で避けるファルル。だが、相手はナイフを投擲する。
　不味い。そう考え身を固くするファルル。しかし、刃は固い鎧に弾かれた。
「遅くなりました‥‥間に合いましたか？」
　イーリスだった。最早BFの方が片付いたので市街を見回っていたらしい。
「まだ、一緒に踊ってくれる相手が残っていたナ」
　同時に避難所付近の掃討を終えたラサも登場、この場を撤退しようとする敵を制圧射撃で的確に足止めする。
「やはり、生身での制圧を狙って来たか。だが、やらせる訳にはいかない「迷いを捨て、どんな苦しさも乗り越えていく覚悟をしたEちゃん、異邦の星のために戦ってくれているイルカマン‥‥彼らに応えるためにもな」」
　自身の刀を両手に構えた村雨　紫狼（gc7632）も到着。
　だが、ファルルは一旦仲間を制した。
「世界の平和を取り戻して、私も恋愛とかしてみたいし‥‥この地で眠ってもらえるかしら？　あ、降伏でも構わないのだけれど？　その方が楽だし」
　強化人間はもはや返答すらしなかった。再度跳躍して拳銃を撃ちまくる。
「めんどくさいわねぇ。それじゃ、無力化させてもらうわ」
　ラサとイーリスも銃を構え壮絶な銃撃戦となった。強化人間は相応の手練れだったがやはりこの人数差は厳しく見る間に傷を受ける。
「‥‥殺さなければ、あんたを救えない‥‥光龍オーバードライブッ！　太陽騎士、セイクリッドゼオンッ！！」
　金色の光に包まれた村雨は己の二天一流で強化人間へと切り掛った。打ち合った後、村雨の刃を受けて絶命する強化人間。
「だが、こんな哀しい業は俺たちの世代で終わりにする‥‥ッ！」
　村雨はそう絞り出すように呟いた。

　その時、雨が一滴屋上のコンクリートを濡らした。

●
　その雨の中、滑走路に降り立ったクローカは灰色の雲に覆われた空を見上げる。

「迎えよう、今は亡き同志達を」
　
　気が付けば、BFの破壊に伴って止んだ筈の曲が今度は基地から聞こえている。
　
　クローカはそっと目を閉じた。
「同士たちの魂よ。聞こえるかい響き渡る歓喜の鐘の音が」

　他の正規軍の兵士たちも三々五々、彼の周りに集まり始めていた。
　その一方、ミリハナクと共にキメラの掃討に従事していた部隊だろうか、まだ興奮が冷めず歓声を上げる部隊もいる。

「勝利の歓声が英雄を讃えている。だが、僕らはせめて祈ろう。彼らの魂が、主の身許へ召されますようにと」

　多くの兵士たちが目を閉じたのを確認して、クローカは祈りの仕草をした。
「汝ら永久に安らかなれ」
　自身の小隊員であるクローカを心配して彼の側にいた羽矢子も黙祷する。
「せめて、彼らが祖国の土に還って安らかに眠れる様に」

　――АМИН（アミン）

　その光景を見届け、基地に引き返しながら銀子は呟く。

「それでも‥‥彼らが己が信念を持ってこの結末を望んだのなら、あたしも敬意を以って言おう。敵だった、と」

●
　その翌日の朝になっても、雨は穏やかに降り続けていた。
　雨だというのに、基地の周辺を散策しているのはレインウォーカー、そして相棒の奏だった。
「共に戦うのはこれが最後だったのかもしれませんね。次があるかも分かりませんし」
　奏の言葉にレインは曖昧に笑う。
「そうだねぇ」
　
　こうやって安心して背中を預けられるのも最後かもねぇ、と思うが口には出さない。違う依頼主に雇われ殺し合う可能性もある相手。音桐もそれは解っている筈だ。

「‥‥所でヨダカさんはどうされました？」
「ああ、用があるみたいだよぉ」

●
「で、これは一体何なのです？　首輪付き」
「遅くなりましたが、バレンタインのお返しです」
　ヒルダが差し出したのは、店売りの品ではあるがそれなりに豪勢なチョコレートであった。
「ふん。三倍返しのつもりですか」
　肩を竦めて受け取るヨダカ。
　ヒルダは、クスリと少しだけ笑って。
「‥‥暫く、お会いする機会も無くなるかもしれませんね。LHのULT本部も移転するようですし、こう言った傭兵の皆さんが動員されるような戦闘も‥‥これで‥‥」
　やや目を伏せるヒルダ。
「‥‥少しはマシな面構えになったと思ったのに、余りヨダカを失望させるんじゃねーですよ」
「え‥‥」
　顔を上げるヒルダ。
「ヨダカは正直言って、お前の個人の事はまだ信じてないです」
「‥‥すみません‥‥」
「‥‥でもまぁ、兵士としてのお前は信用してやるのです。だから湿っぽいのはお断りです。またその内、なのですよ、 kamerad」
　ヒルダの表情が少しだけ明るくなる。
　戦友、始めて会った時は自分の事を犬と罵った少女から贈られたその言葉を反芻する。
　ヒルダがそうしている内にヨダカはレインや音桐たちの方に歩き始め、最後に軽く片手を上げてヒルダに振って見せた。

●
「ヒルダ殿〜！」

「ラサさん！」
　いつも通りの元気な声にヒルダの表情が明るくなる。
「やほー、我輩も帰る前に謎エナジーを貰いに来たヨー」
　ヒルダはラサにもチョコレートを渡した。
「店売りのもので申し訳ないんですけれど‥‥」
「ううん！　気持ちだけで嬉しいですヨ！」
　そして、ラサはヒルダと一緒に歩いていたエレナにチョコを渡す。
「エレナ殿も元気出してクダサイ‥‥もうすぐ春ですヨ」
「同情なんかいらねーやいうわーん！」
　そういいつつ涙目でチョコレートを握るエレナに呆れるヒルダ。その光景にラサも笑う――。
　まだ二人は出会って一年ほどだが、本当に色々な事があった。訓練所での出会い、バージェス‥‥だが、それは過去の事。今は、お互いがそれぞれの未来に向かって歩きはじめる時だから。

　だから、二人は最後に握手を交わす。

「じゃあ、元気でネ。ヒルダ殿。またネ！」
「ええ、ラサさんも！」

●
「あのリヴァティーはお前だったか。生きていたようだな」
「須佐、さん‥‥？」
　奇妙な縁というべきか。
　須佐は極北でブラッドヒルが保護された場に居合わせ、彼女が治療を受ける時にも。そしてこのヴォルゴグラード防衛線にも参加していたのだ。
「ま、もうここまでくれば‥‥お前に死ねなんていうやつはいないだろ」
　ヒルダは立ち去る須佐を静かに見送った。

●
「よ」
「悠さん！」
　背後から気さくに肩を叩かれ、振り返ったヒルダは悠の姿を見て喜んだ。
「ご無事で何よりです‥‥今回もお手柄でした！」
「ま‥‥もうこっちは本業じゃないんだがな」
　ぽりぽりと指で頬を掻く悠。
「あー、実は今、知り合いと喫茶店をやっててな。今度暇があったら来てみてくれ」
　そう言って自身の店のマッチブックを渡す悠。
「‥‥はい！　休暇が貰えたら絶対行きますね！」
「ウ、ウェイトレス姿‥‥」
「曹長うるさいです」
　悠は苦笑し――いつも通り、今までと変わらぬ様子で去って行った。

●
「入隊してから一緒に戦うのは初めてですね」
　一通り、知り合いとの別れを済ませたヒルダは今や同じ北中央軍の兵士である望と連れ立って、北中央軍からの援軍に割り当てられた宿舎へと向かっていた。
　望の方は報告を出して帰るまでは傭兵の扱い問う事で気兼ねなくヒルダと話す。
「望さん。この前、射撃で教官に褒められたそうですね！」
「ええ‥‥でも軍人として肩を並べて戦える日はちょっと先ですね。‥‥まあ、こうして一緒に戦えるので良いのですが」
　と、一心不乱にラサから貰ったチョコを頬張っていたエレナがいきなりビシッと敬礼した。すぐに気付いたヒルダもそれに習う。
「「お疲れ様です赤崎大尉！」」

「はは‥‥な、なんか照れくさいね」
　苦笑する赤崎。そう、彼女は押しも押されぬUPC軍大尉。それもエレナやヒルダ、そして望と同じ北中央軍所属である。
　といっても、北中央軍はかなり巨大な組織なので、所属が同じかは不明だが。
「隊長‥‥いや大尉殿、少しよろしいですか？　‥‥やっぱり何か調子が狂うね」
「クローカまで‥‥それで、何か用？　軍曹」
「ああ、欧州軍のヨハン・クルーゲ軍曹をみなかったかな？　彼、今曲技飛行隊だろ？　今度の戦勝記念式典に協力して欲しいって、僕の上官が探しててね」
「北中央軍にも参加要請が来てたっけね‥‥」

　こう言った会話を聞くヒルダの表情は不思議と綻んでいた。
「どうしました‥‥？」
　と望。
「いえ‥‥本当に色々な事があって、色々な事が終わって、色々な事が始まるんだなって‥‥」
「‥‥そうですね。でも良かったです。前より良く笑うようになって‥‥」
「え‥‥」
　ヒルダは一瞬顔を赤くしたが、すぐにやり返す。
「望さんも、随分笑顔が自然になりましたよ？」
「‥‥！　もう‥‥！」
　二人は暫く睨みあい・‥それから本当に明るい声でクスクスと笑い出した――。

●
　カメラのフラッシュを確認したBLADEは並んで立っていたトゥシェクから離れる。
「ぜひ記念撮影をしたかったんだ」
　翻訳機を通して語りかけられたBLADEは笑った。

「そこ、ホルンがずれた」
　と、BLADEとトゥシェクが話している所に、時雨のやや強い口調の声が聞こえて来た。どうやら時雨は懐かしさから軍楽隊の練習風景を見物していたのが、思わず楽団員の不手際に口が出てしまったらしい。
「‥‥ごめんなさい」
　驚いた顔の団員に、ばつが悪そうにする時雨。
「‥‥君は音楽を？」
　だが、指揮していた士官がむしろ感心したように尋ねる。
「ええ‥‥早く音楽の道に戻りたい‥‥けど、 まだ完全な平和は‥‥」

「ずっと気になっていたんだが、この曲って？」
　時雨が詳しいらしいと質問するBLADE。
「なるほど‥‥今度図書館で探してみよう」
　教えて貰ったBLADEはそう呟きながらホールのパイプ椅子に座って尚も曲を聞いていたが‥‥やがて疲れが出たのかそのまま静かに眠り始めた。

「あ、やっと見つけタ！」

　――お前は、確か宇宙であったな。

　そこにラサが現れた。

「宇宙ではありがとうございましタ‥‥意識なかったケド‥‥てへへ」
　トゥシェクは暫くラサを見つめていたがやがて言った。

　――お前が礼を言うべき相手はもういない　俺もあの時は気絶していたからな　お前を助けたのは――

「そうですカ‥‥あのバグアガ‥‥」
　改めてしんみりする二人。やがてラサは別れを告げて去って行く。

「ああやっと見つけたわ‥‥元気だった？」
　次に現れたのは由稀とその相方の少女だった。

　――タカシロ‥‥その目は何があった？

「ああ、エアマーニェのやつにちょっとね‥‥あんたと同じ、戦士の勲章、かな？」
　そう言って由稀はトゥシェクの傷を指し、次いで自分の目を抑え笑う。
「そうそう、あんたLHに行くんだって？　ようやく海が見れるわね。‥‥実は、今この子と北米の方で小さな店やってんのよ。もし、自由に動ける機会があったら、どう？」

　――地球の銃も興味深いな　ああ　必ず行く

●
　昼過ぎ――雨もようやく上がり、太陽が顔を出す中、後発組の傭兵たちもそれぞれの機体に乗って基地を後にし始めていた。多種多様なKVの群が誇らしげに蒼穹を渡る中。滑走路でその光景を眺めるトゥシェクの元にルキアが訪れた。
　
「覚えてないかな？　ルキアだよ、世界と、セカイのハナシをしたね」

　――覚えている

「ねぇ、在りたいと望むコトって、罪？　バグアも、ヒトも、きみ達も、在るを望んだダケなのに」
　腕を後ろに組んだままトゥシェクの方では無く、空を見上げるルキア。

　――そうだな
　
　一呼吸おいてトゥシェクは語り始めた。

　――望むことそれ自体は、罪ではあるまい。だが、バグアがそうであったように我々があり続けるという事の裏には必ず何かの犠牲があるのかもしれん
　我々も、お前たちもまた他の生き物から何かを搾取せねばならないのだから

　――それが、力を持った存在同士であれば、そこに戦が起きるのは必定だろう。
「だからこの世界から争いはなくならない、そう言うことカナ？」

　――だが、それでも何か別のあり方を求めることは出来るのかもしれない。バグアも、我々もこの星の民も

　ルキアは何も答えず空を見つめた。

　そこには虹が架っていた。