タイトル:【残響】My Dear Daddyマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/16 00:20

●オープニング本文


 クリスマスを過ぎたその日の朝、司令部に赴くヴィレッタ・オリム(gz0162)中将は何時になく情緒的な気分になっている自分を訝しんだ。
「この軍服に袖を通すのもあと僅か、か」

 指令室では、何時もの様に幕僚たちが彼女の命令を待っている。オリムは確認する様にその資料に目を通した。
「――」
 シェラ・デ・ラグナ基地からも逃げ延びた、このバグアの最後の目的。それはこうして目を通せば確かに納得出来るものではあった。

「これが、私のUPC北中央軍中将としての最後の命令だ」
 
 ――この私がここまでもったいぶった言い方をするとは。

「旧メキシコ領バハカリフォルニア半島南端部サンルーカス岬の拠点に潜伏しているバグアを討伐せよ‥‥なお、現地では民間人の保護にも配慮する事。関係部署は施設や調査など、必要な手続きを滞りなく済ませておけ‥‥以上だ」

 言ってしまって、あらゆる物が脳裏を過ぎ去っていく――。

 命令を下し終えたオリムは静かに椅子へと体を沈めた。


 冬の良く晴れた日、バハカリフォルニア半島南端部のサンルーカス岬より僅かに内陸部に入った所に広がるオークの林をE・ブラッドヒル(gz0481)二等兵は進んでいた。

 それをバグアの施設などと言って見た所で誰も信じまい。オークの木を使い、伝統的なスペイン統治時代の植民地様式を模して立てれらた小さな木造の――

「校舎‥‥なの? これは‥‥?」

 その時、開いた窓から小さな子供の物と思しき声が響いて、ブラッドヒルは吸い寄せられるようにそちらへ近づいて行く。

「せんせー! どうしてばぐあは強いのにせんそーに負けちゃったの?」

「さあ、どうしてかなぁ? うふ、ペネロペはどう思うのお?」

「え‥‥それは‥‥にんげんの方が強かったからあ‥‥?」

「ざぁんねん、ちょっと違うんだなあ。正解は人間が『強くなった』からなんだよぉ!」

「先生、じゃあバグアは赤い月が壊されて、いまどこに?」

「それは地学の時間におしえたでしょお? 今僕の知り合いはこの恒星系で、地球から少し離れた小惑星帯にいるんだなあ‥‥うふ、じゃあ、次が最期質問だよぉ」

「先生‥‥、バグアと、にんげんはこれからどうなるの?」

「あっはぁ! それはもう、僕にも解らないやぁ! ‥‥でも、多分それを決めるのは君たちかもしれないよぉ?」


 呆然となったブラッドヒルは、そのまま立ちすくんだ。
 このドクトル・バージェス(gz0433)というバグアがピッツバーグで何をしていたかは知っていた。しかし、現実にその光景を目の当たりにして――。
 しかも、このバグアは恐らく、自分の『この後』を解り過ぎる程解っている筈なのだ。それでいながらなお、こんな事をやっているのを見せられては混乱するしかない。

 傍観を続ける彼女の目の前で、やがて子供たちが外に出て来た。その数は20人もいないだろうか。

 校舎に残るつもりらしいバージェスに手を振られて、ほとんどの子供たちはそのまま海の方へ走って行く――が、全員言ったかと思いきや、数名が戻って来た。
 
 何を話しているかは聞こえない。
 だが、ブラッドヒルには理解出来た。
 戻って来たのは年上の子や小さくても特に利発そうな子ばかりだ。彼らは不安そうな表情をしていて、バージェスはそれを穏やかに諭している。
 恐らく、この子たちも解っているか何かを感じているのだろう。

 これが、先生との最後の別れになることを。

「ぁ‥‥きょう、かん?」
 ブラッドヒルの脳裏に、大切な人の事が甦り、そして。

「はぁい、こんにちわ。やっと君と話が出来るよぉ。子供ってやっぱりカンがいいんだねぇ!」

 気が付けば目の前にバージェスが立っていた。


「今まで『奪う』だけだった僕たちから初めて奪って見せた存在なんだよぉ! 人間はさあ!」

 ――人間の大型戦艦は、我々の装置を鹵獲利用しているだけだそうですね。その発想自体は優れた物だと認めます。
 
 ――それがエミタである、と。ならばその知識ごと、収奪すればよいでしょう‥‥ヨリシロとした種族でなければ扱えない技や能力など、これまでにも多く手にしてきたではないですか。炎を呼吸するヨリシロでなければ火を吐く事はできないように。

 かつて、エアマーニェの1は人類の脅威を主張するブライトンを前に、そう考えた。
 
 ――奪い合い‥‥これこそが、『我々』の本質か!
 
 本星第二艦隊指揮官ジェームズ・ラベルは、座乗艦の慣性制御装置が奪われた際、そう自嘲した。

「何が‥‥何が言いたい!」
 ブラッドヒルはたまりかねて叫ぶ。

「わかんないかなあ?」

「『倒れて行く者の存在は、それを倒した者の知識と共にやがて還元される』」
 バージェスは何度目かとなるそのブライトンの言葉を引用した。
「君たちもよく言うでしょお? 『意思を受け継ぐ』とかあ!」

「本星の人たちは、『知識が還元されない事』‥‥僕たちを倒した君たちを、倒せない事に怯えていたけど、僕の考えではちょっと違うんだあ。既に、バグアの一部、少なくとも知識は君たちと不可分なんだよ」

「君たちはバグアとの戦いを通して、直接的にしろ間接的にしろ多くの物を手に入れたり、生み出したりしたよねえ? バグアは多くの物を奪ったけど、どんなに否定しても人間の中に僕たちバグアの痕跡と知識の連環が刻まれたのは否定できない。君たちはどういう進歩を選ぶにせよ、それを捨てる訳にもいかない」

 無言で唇を噛むブラッドヒル。
「まあ、今のは極論だよぉ? 君達だって納得しないし、僕の同胞もそうだろうなぁ」

「じゃあ、どうして‥‥」

「僕は、この惑星が大好きなんだよぉ! この星の生態系も、あの子たちも含めた君たち人間もねぇ。結局僕も人間のヨリシロにおかしくされちゃった? 楽しいからいいんだけどぉ!」

「私には、解らない‥‥お前が何を言っているのか‥‥バージェス‥‥っ」

「あはっ! 別にわかんなくてもいいよぉ! 多分にバグア的な意味で歪んでるからさあ! ‥‥そして、だからこそだよエレクトラ・ブラッドヒル」

「え‥‥?」

「僕はバグアなんだよ。僕にとって生きるとは存在では無く知識だ」

「あの時、君は本当に偶然選ばれただけだ。僕はただ君の生を歪んだ形で引き延ばしただけのつもりだった」

「だが、君は人間へ戻って、そして能力者となって‥‥多くの人間がそうであるように多くの他者によって『成長』して再び僕の前に現れた。そんな君と、君に付き合ってここまで来た人間たちこそ、この惑星で僕を斃すのに相応しい」

「『僕』はいつか、同胞に還元されるのか? それとも完全に君たち人間の物になってしまうのか?」

 空気が震える。バージェスの背から翼竜の如き翼が形成され――いや、それ以外の個所も徐々に人間とは異質なものに変質していく。

「あ、そうだ! もし、勝てたら僕のこと『パパ』って呼んでも良いんだよぉ!? あはっ、あはははははははっ!!」

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
若山 望(gc4533
12歳・♀・JG
日下アオカ(gc7294
16歳・♀・HA
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 無線機から流れてくるドクトル・バージェス(gz0433)の口上を聞き流しながら時枝・悠(ga8810)は、林の中で大地に伏せていた。
 構えるのは対物ライフル。固定しなければ使用できない代物だ。その照準はバージェスに合わせられている。
「これだから学者は小難しい理屈が好きで困るのです」
 偶々集結した時に一緒になったヨダカ(gc2990)は呟いた。
「あれってエレクトラ・コンプレックスに引っ掛けてるだけの皮肉ですよね?」
 とヨダカ。彼女が言ったのは異性の親に対する思慕と、同性の親に対する潜在的憎悪についての諸説。
 悠はさあな、と相槌を打った後、独り言の様に。
「何にせよ――ああ、終わり方を選ぼうなんて、随分と贅沢な話だ」
 ヨダカは、ふんと鼻を鳴らす。
「ま、どっちだっていい。ヨダカはバグアもバグアに味方する連中も皆殺しにするだけです」
「そう言う事だ。私の仕事もいつも通りかね。敵守るものを守り、壊すものを‥‥壊す」
 照星が標的を捕え、引き金にかかった悠の指に力が篭もる。
 ちらり、とヨダカの方を見る悠。ヨダカも心得たように頷いた。
「この距離だと弱体は届かないですね‥‥でも接近したらヨダカにお任せなのですよ」

「任せる。さて、気張らず行こうか」


 空気が、軋む。バージェスがそれまでにヨリシロとした知的生命体の情報が一度に開放されこの次元に現出する――その余波は凄まじい。
 E・ブラッドヒル(gz0481)は、大地を蹴って距離を開ける。
 距離をとったその先にミリハナク(gc4008)がいた。その表情は――。

「わくわく♪」

 どうやらバージェスの変身に心躍らせているらしい。もちろん盾を構えたその姿に隙はない。

「きゃっきゃっ♪」
 しかし、溢れ出る期待感は隠せないようだ。

 そして――。

 ――お待たせえ♪

「きゃああああ! 翼竜キマシタワー!! 可愛い姿もいいですが、力強い姿もいいですわね!」
 
 ケツアルコアトゥルス。アステカ神話の蛇神の名を冠する白亜紀末期の巨大な翼竜である。バージェスの変身した形態はそれに酷似していた。体長は4mくらい。青く輝く皮膜や表皮が、金属質の蒼い輝きを放つ。
 爪、そして嘴の鋭さは恐らく鍛え上げられた刃にも引けをとるまい。

「ああ‥‥素敵ですわ。ではお望みどおり」
 みしりと、ミリハナクの脚甲が土に食い込む。ソニックブームを放とうとした瞬間――。

 ライフルの弾丸が空を切り裂いた。


 悠とヨダカは、ライフルの射撃と共に二方向に散開した。無論、着弾の有無は度外視してだ。それは、結果として二名を救う。

 ――お邪魔虫ぃ♪

 硬質に変質した声。
 翼竜が翼を振るう。猛烈な強風が弾丸を直前で逸らし、悠たちがいた場所を駆け抜け大地も。木々も全てが抉られ切り刻まれる。
「殆ど消化試合のような物だろうに、思うほど楽には行かないようで」
 危ういところで直撃を避けた悠は素早く受身を取ると紅炎を抜刀、今度は一直線に敵の下へと駆ける!


 その烈風は至近にいたミリハナクとヒルダにも襲い掛かっていた。ミリハナクはスキュータムで耐える。
 ではヒルダは? 彼女を咄嗟に直撃半径から一瞬で連れ出したのは、UNKNOWN(ga4276)だった。
 ヒルダを地面に下ろした男は、相手に火炎弾を連続発射する。
「初めはお前の学舎で、最後は人類の学び舎、か。血は引き継がれたが知はさて、どうだろうか、ね?」

 ――うふ、おじさんはどう思うのぉ?

 巨体が一瞬で男との距離を詰め輝く鉤爪が一閃。しかし、男はそれを躱しライトニングクローを振るう。
 舞い散る血は僅か。まだ致命傷をお互い避けた段階だ。
「ふむ、では私の考えを述べよう。バグアの技術だが今のままであれば、人類は遠からず失うだろう、ね。なぜならば理解しようとせず利用しようとするのみだからね‥‥新しく同じものが生まれん」
「だが‥‥もし、それを考える者が多く出てくればその技術を活用し、別の何かに変わるだろう――それは生物と同じかも、しれん」

 ――そう、知識は生物と同じ物だ。とても儚く、とても強かに、希釈と濃縮を繰り返しうねりながら絶える事は無い。ボクはその流れを一番上手く掠め取れるのはボクたちバグアだけだと、思っていたけれどぉ!

 それは奇妙な光景だった。黒衣の男と、青鱗の翼竜は鋭い爪を振るいながらも決して語り合うのを止めぬ。木漏れ日の中をそうやって駆ける彼らの姿は――まるで、散歩をしながら語り合うようだった。

 その間にも、火炎弾と烈風の余波で森の一部が破壊されて行く。大地に転がる幹、それを、横合いから駆け付けたラサ・ジェネシス(gc2273)が引っ掴むと、エミタによるフルパワーで高々と担ぎ上げた。

「バグアを親と呼べナンテ‥‥笑えないジョークダっ!」
 ラサの投擲は、UNKNOWNを援護するための行動だ。だが、バージェスは脚部の爪で丸太を一瞬でおが屑へと変える。
 続いてラサが放った本命のペイント弾も、回避された。
「これならドウダ!」
 続いて閃光手榴弾を放るラサ。予め周知されていたUNKNOWNは素早く帽子のひさを下ろす。‥‥そして、バージェスも両翼で頭部を覆う。

 ――お姉さんとはシェラ・デ・ラグナで会ったねえ! バグアだって学習するぅ♪ 何度も同じ手は通用しないぞ?
 
 烈風がラサを襲う。
 そこに、飛び込む黒い影。今度はUNKNOWNが風を正面から受けラサを庇った。
「うむ。攻撃は頼む」
 ラサは貫通弾を装填。浮遊するバージェスの皮膜を狙う。

「貴方達は気紛れに命を与えたり奪ったり、命はそんなに軽いものでしょうカ‥‥!?」
 渾身の一撃は見事皮膜を貫く――が、ほとんど効果を見せない。飛翔の速度にも、烈風の威力も相変わらずだ。

 ――そおだよぉ! あっさりプロトン砲で吹っ飛んだり、あっさり強化されてキメラになったり‥‥最高の玩具かなぁ! でも、エレクトラは違った。壊れかけの玩具が、自分の足で僕の元にたどり着いたんだぁ。あっはぁ、これがパパの喜び、かな!

「バージェス‥‥」
 奥歯をかみ締め顔を伏せるラサ。
「貴方ではパパにはなれないデスヨ!」
 珍しく激昂したラサは今度は両手で丸太を一本ずつ掴みバージェスに向かって放り投げる。

 ラサとUNKNOWNの二名が、遣り合っている隙に若山 望(gc4533)も何とか林を抜けて戦闘が行われている位置に辿り着いていた。
 得意の狙撃銃を構え、一心に敵を狙う。
(虫唾が走ります‥‥っ!)
 バージェスがヒルダの事を口にする度に、望は悪寒のようなものを覚えた。大切な友達がこういう手合いに粘着されているというのは耐え難いものなのだろう。
(この戦いでバージェスの呪縛からヒルダさんを解き放たないと‥‥!)
 思いを込めた狙撃。望の狙いはバージェスの装甲の隙間。

 ――あれぇ?

 バージェスは丸太を処理するために滞空したが、これが有利に働き望の弾丸は、大打撃とはならなかったものの、ヨダカの錬成弱体の効果も相まって鱗の隙間を穿ち、一瞬気を逸らさせる効果はあった。

「悪いが、お前の戯言に耳を傾けるのも時間の無駄なんでな」
 そう言って、悠は小銃を発砲、まず相手の高度を下げさせ――跳躍すると大上段に振りかぶった天地撃を翼の根元に叩き付ける。頑健な翼はそれに耐えたが、衝撃が翼竜を大地に叩き付ける。
 即座に飛び上がろうとするバージェスをラサは射撃で足止めし――バイクの走行音が響いて来た方角を見た。
「我輩よりもずっと追ってきた人がいるからネ、ガツンとやっちゃって!」
 そのラサの声に応えるように。

「――さぁ踊りましょう。互の命を削りあい、生きた証を刻もう。いつも通りの、ボクらに許された最後の救い」


 AUKVで疾走して来たソーニャ(gb5824)は瞬時にミカエルを纏うと、ハーメルンを横合いから叩きつける。

 ぎいい、という鈍い金属音。火花が散り――バージェスの爪がそれを受け止めた。
「人と人とが出会い変わっていく。それはバグアも同じだって思っている――生き延びた方が死者を背負い未来へとつなげる」

 鎌を弾かれたソーニャはその反動を逆に利用して、ステップ、ターン、そして再度鎌を振るう。ハーメルンに取り付けられたバセットホルンが、風を切り物悲しい叫びを上げた。

 ――綺麗な音。ふふ、あの子らにも聞かせてあげたかったかなぁ。

 交錯する爪と刃。身体ごと高速回転したソーニャの鎌が竜の表皮を僅かに削る。バージェスが高速で振るう脚部の鉤爪も、幾度となくAUKVの装甲を抉るが、その度ごとに装甲自体が電流を放ち自己修復を行う。

「それは、G3とT3の事なのかいドク。君が束の間の救い――いや、夢を与えた」

 ――全部だよ。そう、あの子たちも、ピッツバーグも、東京も、そしてバハカリフォルニアも。僕は種子を撒き続けた。それはいずれ僕たちバグアが刈り取るためだったのか? それとも、それを言い訳にして『僕が』束の間の夢を見ていたのか?

「――そう、本当は救いより、夢を見続けていたいよね? ねぇ、君はどんな夢をみつづけたかった?」

 鉤爪の一閃、鎌でいなすソーニャ。そのまま、踊るように斬撃。バージェスの動きを牽制する。

 ――ここは過去形じゃないよぉ! 今、見ている! あはっ、僕は今最高に楽しい現世にいるんだぁ! ‥‥あれぇ? お姉さんはちがうのぉ!?

「そう――夢を見続けよう。欲しい未来に精一杯手を伸ばそう。何度も、何度も、絶望に打ちひしがれようと。つかの間の夢に全てをかけて」

 相手を地面に縫い止めるためにソーニャは鎌を振り下ろす――が。そのソーニャのAUKVをバージェスの嘴が砕いた。
 急所は避けたもののソーニャは大きく弾かれ、その隙に翼竜は撃ちかかって来た悠やラサ、望らの攻撃を避け再び飛翔した。


 得意の二刀流を構えた村雨 紫狼(gc7632)の表情が僅かに引きつった。
 視線の先には、翼を大きく広げたバージェス。その翼がみしみしと軋む。
「来るぞ‥‥ッ、バグア人のサークルブラストが‥‥!」
 厳密に言うと、バージェスの得意とする衝撃波とバグアのサークルブラストは異なる。   
 衝撃波でダメージを与えるという点は同じだが、サークルブラストがFFと同様、人類の理解を越えた原理の代物であるのに対しバージェスが翼を利用して引き起こす衝撃波は威力こそ驚異的だが原理的には地球上で普通に発生する強風やソニックブームの一種なのだ。
 とはいえ、この場合『相手が何かする』という一点に意識を向けていた村雨の用心は決して無駄ではなかったのだが。
「変ッ‥‥身ッ‥‥!! 紅蓮騎士、ブラスターゼオン推して参るッ! 俺の側に!」
 咄嗟に叫ぶ村雨。バージェスの動向に注意していたおかげで誰よりも早く、自分の役割である味方の盾となり、たまたま近くにいたソーニャと望を強力な防御スキルで守る。
 UNKNOWNの反応も早かった。
 錬成弱体で忙しかったヨダカを抱えると衝撃波の範囲から黒い疾風と化して跳躍。

「曹長、これは何のマネだ」
「暴れんなよ暴れんなーお前のことが好きだったんだよー『前衛に手数が要りそうなので、曹長に手を貸して貰えると有難い』て言ったのあなたでしょー」
 先刻からのUNKNOWNの行動がヒントになったのだろう。エレナも迅雷で悠を抱きかかえ衝撃波の範囲から逃れる。だが、エレナは引き換えに衝撃波の直撃を受けた。

 最後に反応したのはヒルダだ。視線の先には愛用のスズランを構え――一心に呪歌を発動させる日下アオカ(gc7294)の姿があった。


「ヒルダさん。あなたは何と呼ばれたいのですの? 新しいお名前かしら?」
 道中、アオカはそうヒルダに問うた。
「すみません‥‥まだ、余り考えていないんです」
 申し訳なさそうにするヒルダにアオカはツーンと。
「アオにとって、あなたはまだヒルダさんでしかありませんわ。やりたいことは何ですの?」
「今は、軍隊で自分の勤めを果たす‥‥としか。バージェスを倒してから出ないと、何も」
 アオカはキッとヒルダを睨んだ。
「それも大切ですわね。でも、貴女自身は? 自分に胸を張れない奴が、人をどうこうしようなんておこがましいと思いませんの?」


「アオカさん――!」
 ヒルダはアオカの表情を見た瞬間、唐突に気づかされた。彼女は自分のやるべきことをしているのだ。呪歌を途中で中断させる訳にはいかない。無謀な行動だろうか? いや、違う。
 ヒルダは駆ける。自分を信じてくれているであろうアオカの元へ。
 
 ――私が! 守るんだッ!

 アオカの前に立ったヒルダは、正面からバージェスの烈風に敢然と立ちはだかる。
「ああああああああっ!」
 アオカはヒルダの方を見ない、全ての力を自らの呪歌に注ぎ込む。
 ただ、一度だけヒルダの方を見る。ヒルダが、真っ直ぐに、前だけを見ているのを確認すると満足そうに目だけで笑って。

「そう、そうやって前を向きなさい。そうでなければ、アオの友人に相応しくありませんものね――!」

「‥‥初対面で、しかもこんな時に何だがな、Eちゃん」
 強風に耐えるヒルダに放しかける村雨。
「バージェスやキミの顛末は、渡された資料で把握している。その上で、キミに言いたい事がある」
「え‥‥?」
「許されない事など、この世にはないんだ」
 そう言って、村雨は笑った。
「喪ったものに悲しみ、得たものに迷ってもいい。それをキミは赦し難い過ちだと思っている、その考えを俺には否定する権利はない。それでも、俺はキミを許す‥‥許させて欲しい」
 ヒルダに近づく村雨。防御スキルで庇う彼のお陰で、強風が僅かに和らいだ気がした。一瞬、戸惑ったような顔をしたヒルダだったが、すぐににっこりと笑い。
「ありがとう‥‥ございます。今はその言葉が力になります」

 この時の烈風の威力は凄まじく、範囲の木々は根こそぎ吹き飛ばされ、ほとんど遮蔽の意味を成さない。
 村雨の行動をきっかけに11人は全員防御体制をとったものの、その余波で直ぐには動けない状態であった――二名を除いては。

 一人は姿勢を低くして武器を構えたラサ。

 そして、脚甲の爪を地面に食い込ませて耐えたミリハナクである。この二名は即座に反撃できる状況であった。

 ――あははぁ♪ やっぱり恐竜お姉さんはさすがだねぇ!

「ほらほら、こっちを狙えばお姉さんがハグしてあげますわよー♪」
 感嘆の声を上げるバージェスに、ミリハナクは挑発。更に得物のインフェルノを地面に突き立て、バージェスを誘う。

 ――わぁい♪ 愛してるよぉぉぉぉおおおおお!

 バージェスは哄笑を上げながら滑空。ミリハナクへ突っ込む。ニヤリと微笑んだミリハナクは盾を構え、正面から突撃を受ける!

「くっ‥‥、流石に、キツいですわ♪」
 少しずつバージェスに押されるミリハナク。

「お姉サマーッ!」
 ラサは捨て身でバージェスに組み付き、ナイフを振るう。

 ――いやぁん、えっちぃ♪

 ラサを振りほどこうとするバージェス。自然その動きに隙が出来る。がっちりとバージェスに組み付いたラサが叫ぶ。

「今デス、我輩ごと奴を攻撃してクダサイ!」

「やれやれ‥‥躊躇する方が失礼か。とんだ消化試合だ」
 駆ける悠。

「錬成弱体は効いているです!」
 ヨダカも叫ぶ。

 正に、全力。ミリハナクに突撃し、ラサに阻害され低空に留まったバージェスに渾身の紅炎が振り下ろされ――。

 ――クリティカルぅ!? 

 バージェスの片羽が根元から切り飛ばされた。

「今なら‥‥!」
 続いて、村雨の防御で直撃を避けた望が愛銃を構えて駆ける。バージェスが反撃として悠に突き刺そうとした嘴に小銃を叩きつける。

 そのまま口腔内にねじ込まれる拳銃。
「おしゃべりすぎる男の人は嫌われますよ」
 連続で放たれる銃弾。急所には至らなかったものの、悠が跳び下がる隙は稼げた。

 ――ネクラな女の子も嫌われるんだぞぉ?

 爪が望に振り上げられる。しかし。

「させないヨ! 望殿、早クー!」
 ラサがなおもしがみつく。
 結果、望も致命傷を避けたが、ラサは鉤爪をもろに受けた。
 
 翼竜は再度衝撃波を発生させ、ミリハナク、悠、ソーニャ、望をそれぞれ倒木に叩きつける。

 ――さぁて、さっきからうるさいのは君かな?

 バージェスが呪歌を発動させているアオカを見た。アオカも、それを正面から睨み返す。

「技術のみ、随分な音楽を子どもたちに教えるじゃありませんか?」

 ――あはははぁ! いかにも君たちの言いそうな言葉! でもさぁ、技術が無ければ君たちは何も出来ないでしょお?

「なにをっ‥‥!」

 ――僕の実験で仕込めるはそこまで。それ以上を獲得するのは‥‥あの子ら一人一人の問題だよ。

 ――なんですの‥‥? この、バグアは‥‥?

 アオカは奇妙な感情を抱いた。このバグアははっきりと言ったのだ。自分に技術以外の事を教えることは出来ない‥‥と。

 ――そこまで認めているのなら‥‥何故?

 本来、異質なものであるはずのバグア。その言葉が、何故。

 ――お父様の言葉を思い起こさせますのっ‥‥?

「お前の音楽にはまだ技術しかない」

 アオカが家を飛び出すきっかけであり、同時に様々な事を教えられたその言葉。
 それと、自分が人間に伝えられるのは技術だけだと、語るこの異星人の言葉は、まるで表裏一体であるかのように響いた。

「‥‥!」
 アオカはぶんぶんと首を振って、改めて呪歌に集中する。傍らには、アオカへ攻撃がいかないよう立ちはだかるヒルダ。

「アオが迷って、どうしますの‥‥!」


「学び舎が最初で最後というのがお前らしい。ここは言葉‥‥あるいはお前のいう技術をを教え知る楽しみを覚える場所だ。だが‥‥獄舎にも見えない事はない。地球に居た間で、どれだけを得られたかね?」

 ゆらり、とヒルダの更に前に立つUNKNOWN。

「‥‥さっきお前が語っていたそれが、出した答えかね? あるいは、得られた応えかね? いずれにしてもその一つではあるようだが」

 煙草の火が、木々を渡る風を受けて明滅する。立ち昇る煙の間から覗く男の双眸は、不思議な色を湛えていた。

 ――そう、実験で解った事は色々あるよぉ。でも駄目だねぇ! 誰かが言っていた事だけど、本当に果てがないよぉ! 知っても知っても、知りたい事が一杯だぁ♪ ‥‥我々は何者なのか? どこから来て、そしてどこへ行くのか? 

 ――それを考えるのは、楽しかったけれど。もう後は別の誰かに引き継ぐことにするよ。

 UNKNOWNは帽子を目深に被り直し――。

「よかろう。知識を残したいのであれば語り、書き記したまえ。知恵を残したいのであれば子孫を作りたまえ。知性を育てたいのであれば教師になりたまえ。だが、存在を残したいのであれば‥‥」
 男は一旦言葉を切り、爪を構えなおす。

「ただ、向かってきたまえ」
「そういう事だ、バージェス」
 二刀流を構えた村雨もゆっくりと踏み出し、UNKNOWNに並ぶ。
「お前は死を覚悟しているが‥‥俺は、まだ死ねない。お前が保護してくれた子供たちも、世界の陰で今も死を待つだけの人々も、ただ、生きたいと願う魂を守る事が俺の使命だからだ」
「だから、負ける訳にはいかない‥‥ッ! お前とも初対面だが、遠慮なくやらせてもらう‥‥」
 決然と、剣の切っ先を突きつける村雨。

 ――あはっ

 ――あははははははははははははははっ! いいよ、最高だよぉ! 

 腹の底からそれは笑い――強靭な脚で大地を蹴って攻撃を仕掛けた!


 村雨とUNKNOWNの目的はは日下の呪歌を最終段階まで効かせるために時間を稼ぐこと。
 翼を叩き斬られたバージェスは恐竜の如く強靭な脚は大地でも素早い動きを生み出し、爪や嘴といった格闘で二人の傭兵を追い詰めていく。

 ――後少しの筈だッ‥‥! 

 渾身の一撃を叩きこむ村雨。しかしバージェスはそれを嘴で押さえつける。そのまま鍔競り合う両者。しかし、遂に烈風が二人を弾き飛ばす。
 
 ――いっくよぉ!

 狙撃しようとした悠を狙ったのと同じ、鋭い烈風が一直線に後衛を襲う。

「‥‥っ!」
 ヒルダは即座にアオカの前に立ち塞がる。アオカにダメージを負わせないために防御の低下を承知でするボディガードを使用して、だ。

「余計な手間かけさせるんじゃねーですよ!」

「ヨダカさんっ!?」
 先刻の大衝撃波の直後、ヨダカはヒルダら前衛メンバーの治療を行ったが、戦闘中では時間が足りずヒルダのダメージを完全には治療し切れなった。

 ――キャルバリーのスキルで、防御の低下した状態でアレを直撃されると不味いのですよ!

 盾をしっかり構え、アオカを庇うヒルダの更に前に飛び込むヨダカ。強烈な衝撃波が二人に直撃、纏めて吹き飛ばす。ヨダカは盾ごと地面に叩きつけられ大量の血を流す。
 だが、ヨダカのおかげでヒルダは立ち上がる事が出来た。その視線の先にはミリハナクが地面に突き刺した斧。

「死ななきゃ何でも良い。行け」
 悠が激励する。
「バージェスの言葉の意味を考えるのは倒してからです。隙になります」
 望も言う。

「‥‥お待たせしましたわね、貴方に教えて差し上げますわ! 本当の音楽を!」

 スズランでバージェスを指すアオカ。――そう、アオカの呪歌が、完全に決まったのである。目に見えて翼竜の動きが鈍くなる。

 やはり、悠が飛行を封じたのは大きかった。そうでなければ、空中からの攻撃でアオカの行動は阻害されていただろう。勿論、UNKNOWNと村雨が粘ったおかげもある。

「さあ‥‥お望み通り奪ってあげますわよ。何もかもを」
 
 突進したミリハナクはそれまでに比べれば遅い速度で振った嘴を盾で弾き――その盾の陰から自動拳銃を引き抜く。

「誰かさんから習いましたの♪」
 
 だが、バージェスは。

 ――うふ、そう来ると思ったよぉ!

 バージェスは、爪でミリハナクの拳銃の銃口を逸らした。麻痺した状態でも、その程度の力と速度なら出せるようだ。
 そう、以前別の傭兵に同様の戦法で痛い目にあわされた彼はこの戦術を看破していたのだ。翼竜の爪が光る。だが、その時。

「バァァァジェェェエエエスッ!」
 ヒルダが吠え、大地を蹴って走り出す。その手には地面から引き抜いたミリハナクの大斧が握られていた。
 同時に、ソーニャも再度攻撃をかける。
「ねぇヒルダ、夢の話をしよう。飲めば飲むほど渇く海の水のような」
 ヒルダと並んで駆け、ソーニャは歌う。

「飲み干すことなど出来る筈もなく、おぼれてゆくだけなのに飲まずにはいられない――届かぬ思いに身悶えせつなさに涙して、手を伸ばす」
 前回のシェラ・デ・ラグナでの戦闘でのソーニャの選択をヒルダは思い出していた。――であれば、ヒルダにはソーニャが何を言っているのか解る気がした。
「わらってくれていいよ。蔑まれてもいい、無様で滑稽な事は知ってる。それでもボクは求めずにはいられない」
 
 ヒルダは、駆けながら静かに首を振って見せる。

「それでも、笑いかけて欲しかったんだ。ボクの想う人がボクの思うように笑っている。そんな、とてつもなく大それた夢のお話」
 ソーニャとバージェス。二人の事はヒルダには理解の及ばないものだ。
 自分は、あのバグアが憎くいからここまで執着していたのか? 恐らく、違う。それでも、いやだからこそ、きっと自分はあのバグアを決着を着けなければならないのだ。
 そして、それは傍らを駆けるソーニャにとっても同じ事。
「行こう。ヒルダ。まずは――ドクを奪おう」

 跳躍し、空中で回転したヒルダは――渾身の力で大斧をバージェスの方に打ち込む。ソーニャは体を急旋回させ、背後からハーメルンを振り抜く。
 二方向から刃を叩き込まれ、体液を噴出させるバージェス。アオカの麻痺が効いていなければ、バージェスはこの連続攻撃をいなしただろう。更にミリハナクが再度拳銃を突き付けた。
 
 ――うふ、無粋だなぁ。折角綺麗なおねえさんたちと不倫してたら、娘に邪魔されちゃったよぉ!

「ふふふ、私の目的はバージェス君を手に入れる事、連れ子なんて私たちの間では障害にもなりませんわ」
 
 銃声。弾丸は相手の胴体を吹き飛ばした。同時に嘴がミリハナクを貫く。

「生き残ったものは、敗者を思い出という知識としていつまでも心に置くものですわ。だから」

 ――倒れたものは、勝者の中に記憶という知識になっていつまでも居座るよぉ、だからぁ♪


「あなたは、私のもの」
 ――ぼくは、おねえさんたちのもの

 二人の声が同時に響き。
 どさり、とミリハナクが倒れる。

 同時に、ぱりん、と。

 繊細なガラス細工が壊れるような音が、嵐が過ぎ去った後の様になった樫の林に響いた。


 翼竜の身体は砕け散った。雪とガラスの砕片のようなものが周囲に舞い散る。後にはただ、血に染まった白衣を着て横たわる、外見はあどけない少年のような――ドクトル・バージェスというバグアが辛うじてその存在の最後の欠片を留めているのみ。

 傭兵たちは、UNKNOWNの錬成治療や村雨の手持ちの道具で応急手当てを済ませ、重体者も含めてバージェスの側に集まっていく。

 ある者は、単に依頼で示された討伐目標の最終的な生死を確かめるためだけに。

 また、ある者はそれぞれの想いから。

 アオカのひまわりの唄で回復したヒルダが言う。
「届いたのでしょうか‥‥アオカさんの、歌が」
 バージェスを見るヒルダ。
「別に、彼にアオの音楽を解釈できるとは思っていませんわ」
 しれっと言ったよ、この人。あはは、と引きつった笑いを浮かべるヒルダ。

 林の向こうから大勢の人の声が聞こえてくる。作戦区域内にいた正規軍だ。その中に交じって明らかに子供の声らしきものも聞こえてくる。

 ――ねえ、これどうしたの? 何があったの!? せんせい、せんせいはどこ!?

 不安で騒ぐ子供。それを慰める年長の子供の声も聞こえてくる。

「バグアの癖に‥‥義理とか人情とか人間の真似事をするからこうなるんダ。結局自己満足じゃないカ‥‥こうやって、残った人はどうなる、最後まで勝手な奴ダ」
 その声を聞いて、ラサが吐き捨てる。
「彼に集まる生徒の怒りや悔しさ、悲しみの『気持ち』が理解できないのなら、当然ですわね」
 ラサの言葉に頷いたアオカは、ヒルダに向かってそう言った。

 一方、ヨダカは冷たく言い放つ。
「あの子たちが聞いて来たらはっきり言ってやる。お前を殺したのはヨダカ達だと。お前は北中央軍の軍人を千何万と殺したんだ。殺してるんですから、殺されもするですよ‥‥ッ!」

 バージェスが答える。

「僕は少ない戦力で仲間の為に効率的に戦争しただけぇ♪ ‥‥もっとも、教えなくても解っていると思うけどねぇ?」
「あの子らが全員心から僕に懐いていた訳じゃない。ただ、年下の子を守るために、今日を生き延びて、何時か僕達バグアを討つため‥‥うふ、ロマンチックだよぉ!」

 ――憎悪の螺旋を楽しんでいたとでもいうのですか‥‥っ? いや!

「お前はここでみじめに死ぬです。それを学者らしい小難しい理屈で糊塗しているだけだ」

「ああぁん、ばれちゃったよぉ♪ 僕ちょお寂しい! リリア閣下ぁ、僕をたっすけてぇ♪」
 ケラケラと笑うバグアに、ヨダカは嫌悪の目を向けて黙る。流石に体力の限界だったようだ。UNKNOWNはそれを治療する。
「こんな時にしか話す時間が取れないのは残念だった、が。では、楽しい時間だった、よ」
 UNKNOWNはそう言って静かに、帽子を取った。
「俺は、お前という存在に敬意を払う」
 目を閉じる村雨。
「敵に送る言葉はありませんが。せいぜい悪役らしく、自分のしたことに胸を張ればよろしいんではなくて?」
 そう言ってから、アオカはヒルダに言う。
「‥‥でもこの男は『気持ち』を理解したからこそ、耳を傾けたのだと、少なくともアオは信じたいですわ」
 
 それを聞いたヒルダはゆっくりと、バージェスに近寄り――屈み込む。

 それから一分も立たずして、バージェスの身体は完全に風化――雪とガラスの砕片のようになって、林の中に撒き散らされた。後には何も――何も残らなかった。

 ――じゃあねぇ? 僕も最高の気分だよぉ、あはっ、あはははははははははははっ!
 最後まで癇に障る高笑いを除いては。

 しゃくりあげる幼い子供の頭を撫でながら、ラサは優しく言う。
「せんせいは皆が幸せになるように神様にお祈りに行ったんだヨ‥‥だから君達も頑張って幸せになるのダ」

「因縁やら何やらは、皆ケリを付けられたみたいだな」
 悠は周囲を見回す。
「こんな終わり方――どこまでも贅沢な話だ」


「ま、今ぐらいは感傷に浸るといいのです。でも首輪つき、お前は2個エミタを使ってるんだから人の2倍働いて一人前だって事を忘れるんじゃないですよ?」

 サンルーカスでの戦闘が終わった二日後、ロサンゼルスの街角にて。包帯だらけのヨダカはそう言って高速艇の発着場へと向かう。
「肝に銘じます。でも、もう行かれるんですか? お茶くらいは‥‥」
 そう言ったヒルダは、他の数名と小さなカフェの前にいた。
 ヨダカはふん、と鼻を鳴らし。
「ヨダカはもう正社員なのです。傭兵以外も忙しいのですよ」
 颯爽と去って行った。

「美味そうなスイーツの店が見つかって良かっタ。落ち着いたら一緒に服とかショッピングにもレッツゴーだヨ」
 店に入ったのは、ヒルダ、ラサ、望だ。
「ええ、是非!‥‥そうだ、望さん。忘れない内にこれを」
 ヒルダが手渡したのは、北中央軍入隊案内のパンフレットだ。
「曹長にお話したら、まずはこれを読んで下さいとのことです。正式な申請は、いつでも自由に出来る筈ですから」
「‥‥やっぱり任務の後で良かった‥‥死亡フラグにはしたく無かったですから‥‥」
「大丈夫デス! 吾輩はフラグどころでは無かっタ!」
 やはり包帯だらけで笑うラサ。一同も釣られて笑う。

 ふと、ヒルダは真顔に戻る。自然に、あの時バージェスに向って最後に言った言葉が口をついた。

 ――Good Bye My‥‥Daddy