タイトル:【残響】ラ・パス解放戦マスター:稲田和夫

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 18 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/27 07:32

●オープニング本文


 ヴェレッタ・オリム(gz0162)中将の退役は旧アメリカ合衆国の人間にとって最大の祝典であるクリスマスまでに、というのが大方の予想だった。

「え‥‥クリスマスまでに手続きを済ませないのですか? ヴィー御姉ちゃん」
 ビビアン・O・リデル(gz0432)は、プライベートでオリムから直接話を聴いた時、僅かに驚きを示した。
「けじめをつけていないのでな」
 オタワ近郊のあるレストラン。飲み物を啜りながらオリムは静かに言った。
「リリア・ベルナール(gz0203)とエミタ・スチムソン(gz0163)は去った。‥‥だが、まだやり残したことがある」


 司令室に現れたオリムに幕僚は一斉に敬礼した。
 
 北米大陸西海岸バハカリフォルニア半島で行われた【TT】‥‥【Trail of Tears】は西海岸ロサンゼルスに再生されたゼオン・ジハイドによる陽動を実行。その隙に中米の旧エミタ配下と、リリア配下のバグアが一斉に撤退する作戦であった。
 陽動部隊は迎撃に当たった傭兵たちを苦戦させ、最終的には正規軍まで引き摺り出す。結果、無防備な打ち上げ中のBFへの攻撃は遅滞。バグアの本隊は全く被害を受ける事無く撤退を完了した。

 半島の北部に点在する基地は次々と無血開城され正規軍は呆気なく軍を進めた。大量に残存している筈の無人機及びキメラの抵抗すらないままに。
 
 しかし、州境を越え南部バハ・カリフォルニア・スル州の首都、ラ・パス近郊へ迫った時点で人類を待ち受けていたのは先の【TT】で破棄された無人のワーム、そしてプラントをフル稼働させて培養したキメラの大群だった。

「小競り合いの後、敵はこちらの追撃を許さぬよう整然と南進してここへ籠城」
 西海岸方面軍の士官が地図の一点を指す。
「シェラ・デ・ラグナ‥‥」
 とオリム。
「徹底抗戦の構えです」
 と士官が言う。
「降伏勧告は? 指揮はバグアではなく強化人間だろう? この辺りのバグアは全て宇宙へ去った筈だ」
 オタワから来たオリムの幕僚は怪訝な顔をした。

「恐らく、無益でしょう」
 そう言っての士官は続けた。
 
 掃討戦の最中、半島全土ではバグア支配下の人々の投降が相次いだ。大半は労働力として辛うじて生かされていた人々だ。
 そうした難民は必ず数十人規模のグループで整然と投降して来た。そして、その中には必ず強化人間が混じっていた。
「投降に見せかけた自爆などは皆無です。そして‥‥」
 瞑目していたオリムがゆっくりと眼を開けた。

「前線の兵による降伏を無視した攻撃も皆無、か‥‥恐らく、基地に立て籠もっている敵兵はそこを死に場所と決めたのだろう。生き残るチャンスを自ら蹴ったのだからな。そして‥‥ここにはまだ、少なくとも一匹バグアが残っている」
 幕僚の視線がオリムに集まる。
 強化人間だけが少数で投降しようとすれば、感情を持て余した前線の兵士による暴発も容易に起こる。
 
 だが、多数の一般人に少数の強化人間を帯同。しかもそれが数十人規模で投降して来たとなると、民間人は巻き添えにしたくないという感情、複数の強化人間の抵抗への警戒から兵士も慎重になる。

「難民や戦意を失った強化人間がそこまで整然と行動する訳がない。まして、多くの強化人間は、自発的な裏切りや投降を阻止するための洗脳を施されているはずだ。必ず背後でそれを指示している者がいる」
 オリムには心当たりがあった。
「『奴』の艦と思しき大型BFが半島最南端の海岸と基地を数回往還しているのが確認されています」
「‥‥ピッツバーグの小僧‥‥」
 敢えて、そう呼ぶ。
 そもそもドクトル・バージェス(gz0433)というのは一種の通称のようなものだ。
「柄にもなく上位者への忠義か? この私と決着を着けようとでも? ‥‥もはや問うまい。望み通り、相手をしてやる」


 シェラ・デ・ラグナ山脈の麓の熱帯雨林。その森に人類は攻撃を繰り返す。
 だが――ミサイルやロケット、フレア弾が着弾する直前、木々の間を縫って針のようなレーザーの奔流が打ち上げられ、次々とミサイルを迎撃する。
 迎撃を免れたミサイルも赤い光に阻まれ、ほとんど森にダメージを与える事が出来ない。

 苦戦は地上部隊も同じだ。只でさえ、視界の最悪な山林でゲリラ戦を仕掛けるワームとキメラ。加えて――。

「ジャミングの発生源に近づき過ぎた! 一旦後退する!」
 兵士たちを悩ませる猛烈な頭痛はキューブワームだろう。だが、通常と違い明らかに効果範囲が広範過ぎる。

「迎撃砲火網『オルバース』、ジャミング強化装置『ヴィルト』どっちも北米バグア謹製の兵器ですな」
 E・ブラッドヒル(gz0481)ことヒルダの上官、エレナ曹長が呟いた。ヒルダの所属する部隊は、包囲網の最外縁で突出して来るキメラや無人機の掃討に明け暮れている。

「加えてこの熱帯雨林全部がバグアの栽培したキメラの森‥‥動いて攻撃して来る訳では無いにせよ、FFと地面に埋め込まれたオルバースのせいでまともに駆除出来やしない。おまけに大型BFも温存とはいやはや」
 盛大な溜息。
「ヴィルトと接続したCWの位置は解らないのですか? CWは恐らく地上のトーチカに隠されている筈、あれと繋がったCWは移動出来ないのですよね? そうでなくとも、CWと装置本体を繋いでいるケーブルを攻撃すれば」
 ヒルダが質問する。
「この森とジャミングの中でどうやって? 見つかったとしても出鱈目な量の無人機がジャミングの恩恵を受けつつ全裸待機は確定的に明らか」
 唇を噛むヒルダ。
「ま、司令部は傭兵さんたちを招集しました。本格的な攻略戦が決行されれば、きっと会えます貴女の唯一の『過去』に」
 ヒルダは無言で目を閉じた。


 轟音が響く基地内。基地の司令官である初老の強化人間は司令室で報告を受けていた。
「思ったより早かったですな」
 それを聞いてバージェスは肩を竦めた。
「まあ時間の問題だったよお」
「しかし、申し訳ない。我々の『調整』に来て貰ったその日に攻撃が始まるとは‥‥」
 
 この基地に最後まで残った強化人間たちは、本来なら【TT】の際に死ぬはずだった。
 ソルが早期に撃破され、正規軍の半島への攻撃が行われていれば彼らが最期の防衛線となってBFを守る筈だった。この基地にいる強化人間は、宇宙への逃亡も、投降も良しとせず地球で死ぬことを選んだ者たちだ。
「少しは手伝うよお? あっちをほっとく訳にもいかないから適当に切り上げるけどぉ。あ、僕の艦は間に合ったら適当に使ってねぇ? その方が幸せだと思うよぉ」
「よろしいのですか?」
「実は僕の『愛娘』がここに来てるみたいなんだあ! 顔ぐらい見て行こうかなって♪」
「‥‥娘、ですか」
 指揮官は、デスクに置かれた写真を見た。それは先日無事投降が受け入れられた彼の娘――バージェスがここの指揮官に就任するまでは、人質に取られていた彼の娘の写真だ。
「武運を、とは言わない。君達が選択して、望んだ結末を迎えられるように」
 バージェスは白衣を翻して踵を返す。司令室に集まっていた強化人間たちは敬礼でそれを見送った。

●参加者一覧

/ 鯨井昼寝(ga0488) / 西島 百白(ga2123) / UNKNOWN(ga4276) / 百地・悠季(ga8270) / 時枝・悠(ga8810) / ソーニャ(gb5824) / 殺(gc0726) / ラサ・ジェネシス(gc2273) / ヨダカ(gc2990) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / 若山 望(gc4533) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / カリスタ・アルマグロ(gc5084) / 追儺(gc5241) / BLADE(gc6335) / ミルヒ(gc7084) / ジョージ・ジェイコブズ(gc8553

●リプレイ本文

「“恐ろしい魚”が起き出す前に帰りたい所だが、いやはや。まあ、面倒なのはいつもの事か。いつも通りに‥‥と行きたい所だが、この頭痛はたまらんな」
 時枝・悠(ga8810)は潜入の報を聞くとそう呟いて頭を抑えた。
「アルスター・アサルト・カスタムより各機。なるべくあたしの支援の範囲から離れないでね」
 管制担当の百地・悠季(ga8270)も、キューブワームの怪音波による頭痛に顔をしかめながら、その悪影響を緩和すべく、ピュアホワイトの支援機能をフル活用する。
 一方、自機のコックピットで地殻変化計測器に目を凝らしていたヘイル(gc4085)は眉を顰めた。
「駄目か。そっちは?」
「反応アリ‥‥いや‥‥反応が多すぎる‥‥」
 僅かに舌打ちするのは愛機、虎白(コハク)に乗る西島 百白(ga2123)。
「‥‥地殻変化計測器には頼れないみたい」
 悠季も肩をすくめた。彼らは地殻変化計測器で、基地の構造やプラントの位置を探るつもりだった。

 しかし、計測器はあくまでも敵の『振動』を捉えるもので、基地の構造などをそこまで把握できる訳ではない。
 持ち寄った計測器では基地全体を把握するには足りず、ワームやキメラは地下の全域に格納されており反応が多過ぎて、却ってそこから敵の配置などを読み取ることも不可能だった。
「BFの格納庫の見当がつかないのはまずいな」
 とヘイル。
「使えそうな情報はないのか? 敵の配置‥‥は、ゲリラ戦でもヒントから予測は出来る‥‥指揮者の癖ってのもあるだろう」
 ヘイルの要請で第一陣に参加していたワイズマンのパイロットが応える。
「BFの格納庫なら事前の偵察で大体判明している」
 山の一点を指すワイズマン。
「指揮者の癖については‥‥データーは無いな」
「とりあえず、突入班の護衛は必要ね。後は皆の希望を考慮してあたしが分担を決めるわ」
 悠季はそう言って回線を開いた。


 キメラの熱帯雨林の中を陸戦形態を取った三機のKVが、UNKNOWN(ga4276)の漆黒の機体先頭に疾走する。
「カリフォルニア半島では酷い結果になったな。今回はそういうわけには行かない」
 
 真ん中を走るカリスタ・アルマグロ(gc5084)のクノスペを守るように最後尾を警戒するのはBLADE(gc6335)のクルーエル。
「カリスタ、まだ前に出るなよ」
「了解! みんな、『多少』揺れるけど我慢してね〜!」
 元気よく返事をした後、コンテナ内部に声をかけるカリスタ。
「大規模作戦の時と同じ。今回は突入部隊の送迎ってだけ。護衛もいるから大丈夫‥‥」
 だが、その後でカリスタは自分に言い聞かせるように呟く。彼女にとって通常の依頼はこれが始めてでもあった。
「うう、この下にレーザーが一杯埋まってるんだよね〜」

「『オルバース』対実体弾迎撃専用の兵器です。KVに被害を与える火力では無い筈です」
 ヒルダがコンテナの中から声をかけた。
「それに、大丈夫ですよ。多分皆さんクノスペには馴れていますから」
「うん‥‥ありがと〜」

「人の緊張をほぐすのも良いですがね、首輪つき。お前自身はどうなのです? ここにいるバグアの事といい、色々噂は聞いているのですよ」
 ややキツい言葉をかけたのはヨダカ(gc2990)である。
「『向こう』にいた時の暗示や後催眠で洗脳されないとも限らないですからね。その時は容赦なく叩きのめすですから」
 ヨダカはヒルダが強化人間から治療された過去を知っている。
(そうだ。私は‥‥)
 果たして自分はあのバージェスというバグアを目の当たりにした時冷静でいられるのか?

「ちょっと良いかな」
「はい? 何でしょうか、鯨井‥‥傭兵大尉殿?」
 鯨井昼寝(ga0488)は今や特殊作戦軍大尉殿。しかし、同時にこう言った作戦ではあくまでも傭兵として扱われる規約。二等兵のヒルダとしては言葉遣いに困る。

「ヴィルトまでの道は切り開く。でも、その後は好きにやらせてもらう。‥‥興味があるからね」
 依頼主と傭兵という関係上説明くらいはしておこうと思ったのか鯨井は続けた。
「境地に至った寡兵全てが、自身の全てを賭けて倒す価値のある存在だから」
 この戦いがもはやバグアではなく強化人間たちの意思に基づいているのなら‥‥
(ある意味では、『人間』同士の戦いって訳)
 それは彼女を突き動かす想いとも無縁ではない。むしろ、その試金石ともいえる事例になるかもしれない。ごく微かに鯨井は微笑んだ。

「私たちも、別行動よろしいかしら?」
 次に声を上げたのはミリハナク(gc4008)だった。
「バージェス君がどこにいるのか解らないのなら、誘き出せば良い事ですわ」
 と、ここでミリハナクは傍らのミルヒ(gc7084)の肩を抱き寄せる。
「ミルヒと一緒に、BFを探して派手に破壊すれば、大切な研究施設ですもの、きっと出て来てくれますわ♪」
 そう言って全長1mを超す重機関銃を構えるミリハナク。
「ミリハナクのお手伝いをします。自分に出来ることでがんばります」
 とミルヒ。
「貴方とバージェス君のなんたらは私には関係無い、ということですわ」
 悪びれもせず言い放つミリハナク。そのあっけらかんとした態度にヒルダも笑い返した。
「構いません。‥‥今回の主目標でないとはいえバグアは一体でも脅威です。討伐できるのならそれに越したことはありません」

「大丈夫デスよヒルダ殿。昼寝殿もお姉様もしっかりした考えガあっての事デス」
 割とフリーダムなお姉様二名をフォローするラサ・ジェネシス(gc2273)。その時、比較的近い場所で爆発が起き振動が伝わって来た。
「なんだか大変な作戦ダケド、ヒルダ殿が過去を糧にして色々乗り越えてくれるといいト思うのデス‥‥」
「大丈夫です。ラサさん、本当に」
 昼寝とミリハナクはそれぞれ目標こそ違えど戦闘そのものを目的としている。その強い意志――欲望と言い換えても良い――には一切の迷いは無い。それはヒルダにとってむしろ眩しくさえ映った。

「ヒルダさん、バージェス絡みだからといって無茶は駄目ですよ?」
 若山 望(gc4533)はやや張りつめた面持ちのヒルダにそう言った。
「ま、作戦の本分を離れない範囲でなら好きにすればいいのですよ。チームとしてのバックアップはするですから」
 ヨダカもそう続ける。
 その時カリスタが叫んだ
「見えたよー! 基地の入り口!」
 
 数分後、突入班を降ろしたカリスタは、基地の出入り口に自機を陣取らせる
「人員を下ろした。キメラ、ワームの来た方向の報告を頼む。そこから割り出しをする」
『AAC了解。そこのハッチから見て南西の方に反応が多いわ。余裕が出来たら確認してね』
 味方の降車を支援しながら、BLADEは管制の悠季と情報の遣り取りを行う。

「BLADEさんも護衛ありがとうですよ。いってきまーす!」
 ジョージ・ジェイコブズ(gc8553)がSMGを構えながらBLADEに手を振る。
「お代はヴィルト破壊でOKだよ〜」
「どうか気を付けて下さい!」
 ヒルダが言う。そして一行は基地内に突入していった。
「さて、BLADEは情報収集に専念するのだったね。私が二人を護衛するとしよう」
 UNKNOWNの機体も悠然と武器を構え、向かってきた無人機の群れに突撃して行った。

● 
 生身班は別行動に移ったミリハナクとミルヒを除き、基地のメインシャフトに突入。徐々に狭くなっていく通路を駆け抜けて下へ。下へ。安易な道中では無かった、途中無数のキメラが湧く。それを掃討しながらさらに下へ。
「隔壁やトラップの類がないのは楽ですが、さすがにこの数は閉口するのですよ」
 とヨダカが漏らした時、一行は複数の小道が合流した場所に出た。

 眼前には一際大きな扉。

 静かに佇む初老の強化人間。それが率いる無数の恐竜型キメラ。即座に六名は理解する。この先に、目指す物があると。

「昼寝殿!」
 ラサの叫びが戦闘開始の合図となった。まずヨダカの突風がキメラの大群に吹き寄せ、足を竦ませる。
 続いてラサは全弾をキメラの群にバラ撒いた。昼寝が強化人間へ至る道を切り開くためにキメラの壁を少しでも薄くする。
 瞬天足で防衛網に空いた穴に突っ込む昼寝。何頭かのキメラがそちらに向かい、昼寝のシュナイザーに頭を刎ねられる。

「‥‥残党と言うには凄い数ですな〜。ま、いつまでも新人気分ではいられないし! 皆さんついて来て下さい」
 ジョージは貫通弾を一発。扉までの道を作るように放ちそのまま先頭を走る。キメラの爪やら牙が、やったら体を傷つけて来るがそれも気にならない。
「く〜このシチュエーション! 正にSMGにぴったり! ふ、不謹慎ですけど‥‥」
 FPS愛好家であるジョージにとってDMGを抱えて敵中突破などというシチュにトリガーハッピーの血が騒ぐなという方が無理なのだ。
 とはいえ乗りに乗った彼のお蔭で突破口が開かれつつあるのだから、誰も文句は言わない。無事扉の前に辿り着く五名。
 隔壁は火器の攻撃であっさり破れる強度だった。


 カリスタたちを除いたKV班は、悠季を中心に歩調をそろえ、プラントや発進口を破壊しながら熱帯雨林の中を進む。
「面倒の元‥‥破壊‥‥開始‥‥さて‥‥行くか‥‥虎白」
 百白は手近なプラントに肉薄すると、護衛のキメラごと爪でそれを切りまくる。

「出てくる、出てくる。さて、どこまで行けるかな?」
 巨大なキメラをチェーンガンで撃ちながら呟いたのは殺(gc0726)だ。
「大層な置き土産だけどいつも通りというか何と言うか‥‥進歩は‥‥最早言わずともか」
 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)も、TWをプレスリーで打ち抜いて呟く。
「あれ、BFの発進口じゃあないかしら!?」
 ロータス・クィーンで周囲をモニタリングしていた悠季が叫ぶ。彼女が示した山肌には明らかに人工物と解るハッチらしき物が見えた。だが、一行の側面から撃たれたプロトン砲が一行の進路に着弾。

「キャハハハハ! 敵ダ! 敵ダ! ヤッツケロ!」
 バージェスの実験用AI機が獲物を補足したようだ。同時にハッチを守るようにタロスが一機立ち塞がる。
「どうやら、BFはあそこで間違いないようだ」
 とヘイル。
「先行して抑える。二人はBFを頼むよ」
 と悠はヘイルとシャアに言った。

「‥‥AI機‥‥か‥‥食らうぞ‥‥虎白!」
 百白は機体を走らせる。


 隔壁の手前で昼寝は強化人間と対峙する。静かな高揚に、微かにではあるが微笑む昼寝とは違い、初老の強化人間はあくまでも冷静な能面を崩さない――表面上は。
 四方から迫るキメラを踊るように避ける昼寝。
 男は対能力者用という以外は何の変哲も無い拳銃で援護射撃に徹する。
「この期に及んで、隠さなくてもいいじゃない」
 跳躍、壁面を蹴って距離を詰めた昼寝の爪を拳銃で受け止める男。
「死に場所を見つけたんでしょう? 生存本能をどこかに置き忘れるような。例え理性が否定しても血が求めてしまうような。今のお前はそれを紳士ぶった仮面の下に隠している」
「――」
 白い光の線が両者の間に閃く。滴り落ちる血は、昼寝の流したもの。その返り血は男の胸ポケットに飛散し、男の娘の写真を真っ赤に染めた。
 大振りなコンバットナイフを構え、男はゆっくり腰を落とす。キメラは男の最期の命令に従いまるで潮が引くように隔壁の向こうへ。
「逃げる機会はあった。投降しても助からぬなら穏やかに死ぬ道も」
 男の表情は伏せているので見えない。いや、それは極わずかに笑っているのか?
「そう。花には花の――」
「兵には兵の正しい散り方、か?」
 鯨井の台詞の続きを受け、上げたその顔は完全に笑っていた。それは狂気ではなく。
 期待でも無く。
 希望でも無く。
 ただ、自らの決意を微塵も恥じる事の無い清々しい笑み。

 二人の兵士は腰を落とし、得物を構え互いに間合いを測る。数秒後には訪れる決着。どちらかがどちらかを捩じ伏せてこれは終わる。そんな関係にもかかわらず両者は相手に敬意と礼意を失しなかった。

 ――捩じ伏せる
 お互いがその意思のみを宿して地を蹴り、全てが決着してゆっくりと男が崩れ落ちるまで。


「ざぁんねん♪ 僕が何か知っていると思ったぁ?」
 眼前の。これこそキューブワームのジャミング強化装置『ヴィルト』と思われる、巨大な機械の前でケラケラと笑う白衣の少年――バージェスの言葉にヒルダは呆然とした。

 全てが呆気なかった。
 
 装置があるドーム状の部屋に踏み込んだ瞬間、あれほど会うことを望んでいた相手があっさり目の前に立っていた事も。その相手が、あっさりヒルダをここまで繋ぎ止めていたものを打ち砕いて見せた事も。

「考えても見てよぉ? 僕は只の調整役で君の処置を最初から担当した訳じゃないんだよぉ? 知っているのは君のフルネームだけなんだよぉ? エレクトラ・ブラッドヒル」

 ああ、それが私の本名なのか。だが、その言葉が余りに空虚に響くのに驚いた。

 ――何も、思い出せない‥‥!

 その名前を聞けば、せめて何かが甦るのではないかという希望があった。だが、やはり思い出せない。
 
 ここでヴィルト中枢に辿り着いた五名の状況を説明しておこう。ヒルダたちはそれぞれ大量のキメラに囲まれ分断されていた。制御室への突入直後、天井やら床やらから湧いて来たキメラに囲まれたのだ。

 その状況でなおもバグアは。

「ハーモニウムは記憶の消去はかなり徹底的にやるって聞いたしぃ? 君を調達したバグアはとっくに死んじゃってるよぉ! ほとんど全滅した所から調達したみたいだから家族とかもどうかなあ?」
 
 ヒルダの頭の中でバグアの言葉がグルグルと回る。武器を握り締める手から力が抜けそうに――。

「首輪つき! そいつが事実を語ってるとは限らないのですよ? 知った所でどうにもならない事も沢山あるのです!」
 反射的に、手斧を握る手に力が甦った。

「お前が一人で殺されるのは勝手ですがね! ここで私たちが失敗したら外にいる軍人さんや他の人が死ぬのです! 軍人らしくなったのはその格好だけですか!?」

 ――そうか、ヒルダは突入組の方か。
 ヒルダが思い起こすのは、出撃直前の悠との会話だ。

 ――なら‥‥、いや。ま、頑張れ。私の他にも顔見知りが一緒みたいだしな。

 そして悠は立ち去ろうとしたが振り返って、少しだけ笑った。

 ――いつまでも新兵じゃないだろうからな?
 
 あの時、悠は自分を気にかけてくれた。

 自分には確かに過去が無く、それは二度と取り戻せない物なのかもしれない。――だが。

「ありきたりですガ、過去がどうであれ大事なのは今とこれからだと思うのデス。我輩ハどんな道でもヒルダ殿や皆には幸せになってほしい、それが我輩の願いなのデス!」
 ラサの叫び。

 ラサだけではない。これまでに、彼女が極北から北米に移送されてから出会った様々な人々の顔が浮かんで来る。そうだ、自分に過去が無い何て嘘だ。例えHm以前の事が思い出せなくても。

「多くの人に支えられ、与えらえたこの命、今まで出会えた人たち、それが私の『過去』だ!」
 ヒルダはバージェスに渾身の力で打ちかかった。

 あっさりと躱して、ひらりと高所に降り立つバージェス。だが、ヒルダの斧が抉った床が破壊されているのを見ると目を細めた。
「なぁんだ、良く解っているねぇ?」
「何をッ‥‥!」

 ―― やあ、久し振りだね。僕の事‥‥覚えていてる?
 
 再び、ヒルダは出撃前に会話した傭兵の事を思い出す。

 ――勿論です! ‥‥お元気でしたか?

 ドゥもヒルダが人間への巻き戻し治療を受ける決断をした原因となった傭兵の一人である。

 ―― 一応共に戦線を張れるのは、光栄だね‥‥消える前の僥倖と思えば
 そう言って前会った時と変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべたドゥ。その彼も、軍の資料によればラストホープに来る以前の経歴が一切不明な傭兵だった。それが意図的に隠しているのか、あるいはそうでないのかはともかく。
 いや、ドゥだけではない。本人たちと話したわけではないがヘイルも殺も――作戦参加前に正規軍が確認する資料によれば、である。

 だが、彼らは傭兵として現在を生きている。

 ――自分だけ可哀そうだと思っているのような顔している奴は実に腹がたつのですよ!

 あの日のヨダカの言葉を思い出す。初めてヨダカに会った事を思い出す。

「私だって止まる訳にはいかない!」

 それがヒルダに戦う意思を取り戻させた。

 一方、この間望は必死に考えていた。
(色々な想いと目的があるのは解ります。でも、私は、ヒルダさんを無事に‥‥!)
 ヒルダを直接援護するかあるいは庇おうにもこの距離では不可能。ならば。

 この突入班の中で、特にヴィルト破壊に対して強い意志を望は持っていた。それこそ徹底的に破壊すると。

 だから、彼女は気付いた。

「ジョージさん! 援護を‥‥!」
 近くに居たジョージに叫ぶ。
「任せて下さい! いろいろ気にせず撃ちまくれるのも足止めの役得ですからなあ!」
 制圧射撃で望周辺のキメラを牽制するジョージ。その隙に望は狙撃銃を構える。バージェスが望の動きに気付いたが、ラサが、望を守ろうと素早く閃光手榴弾を投擲。
「若山殿―! みンナ、眼ヲ!」
 その僅かな隙を突いて望が装置に発砲。的が大きく正確な照準は必要ない。攻撃を受けた装置が火を噴く。
「あれえ?」
「‥‥そうそう無様は晒せませんから」
 と望。
 バージェスがそちらに気を取られ、キメラの動きが鈍る。その隙に。

 望の動きを見て、ヨダカも反応した。再び旋風を発生させヴィルトを損傷させる。
「バージェスッ! これ以上ヒルダ殿を苦しめルのは許さナイヨ!」
 ラサも装置に銃を乱射した。まずヴィルト本体が、爆発。続いてそれに接続されていたケーブルが次々と爆発して跳ね回る。
「‥‥ざぁんねん。じゃあ今回はこれで失礼するよぉ‥‥BFの格納庫が騒がしいみたいだしぃ♪」
 バージェスはふわりと跳躍して天井の通路に入る。
「逃がさないのです!」
 叫ぶヨダカ。しかし、ヴィルトを破壊したといっても相変わらずキメラが邪魔して思うように攻撃できない、また、バージェスが強化の類を使用していない以上、虚実空間も使用しようがない。
 突入班は踵を返すしかなかった。


「AACより、各機へ。数か所で爆発の振動を感知したわ。‥‥もしかして」
 百地の言葉を待つまでも無かった。それまで能力者たちを苦しめていた頭痛が潮の引くように消え失せた。同時にその他のジャミング効果も解除される。
 ヴィルトの破壊に伴い、接続されていたキューブワームも爆発したのだ。
 
 煙幕の中からドゥの機体が放った自動歩槍の弾丸が実験用タロスに着弾する。怯んだ所に虎白が短距離ミサイルを発射。更に飛び掛ってタロスを組み伏せる。
「ネコサンダ! ネコサンダ!」
 壊れた機械のように騒ぐタロス。その不快さに百白は吼え一気に機体を切り刻む。
「ガアアアアアアアッ!」
 そこに、ドゥや悠季が武器の照準をつける。百白が飛び退いた時、タロスは二人の砲火の直撃を受けて爆発した。

「まだだな、この程度では止まらない」
 タロスのハルバードを、盾で受け止めたシャア。
 だが、彼とヘイルの目的は突入。本命は足回りを生かして背後からビームコーティングアックスを降りかぶった悠のディアブロだ。タロスは反応しきれず、胴体を切断される。そこに、ハッチに近づいていたヘイルとシャアが火線を集中させ止めをさす。

『これで、やっと‥‥』

 タロスのパイロットはそう呟いて爆発に巻き込まれた。

「‥‥好い加減終わらせないと、誰も得をしないだろう、こんな戦」
 悠は、コックピットの中でそう呟いた。

「面倒だが‥‥仕方あるまい‥‥コッチのが‥‥狩れるからな‥‥」
 その後百白は、BFの格納庫に突入したヘイルとシャアを守るべく、立ち止まると新たに湧いてきた敵のキメラにミサイルを放つ。
 悠季もジャミングが薄れたの機に、Gバードカノンで残った無人機の掃討に専念した。


「突入する」
 ヘイルとシャアはハッチを破壊、格納庫に踏み込んだ。

「やはり、砲台が多いな」
 散発的に抵抗して来る砲台を潰しながら進むと、直ぐに巨大な機影を視認出来た。
 ヘイルは迷わなかった。敵の発進阻止が第一だというなら、狙うべきは只一つ。タマモの腕がゆっくりと動いて銃身を固定。
 だが、その時広い格納庫の物陰から一機のゴーレムが飛び出した。
「任せろ。そっちはBFに専念してくれ」
 すかさずシャアのスカイセイバーが跳躍。エアロダンサーの一段目でゴーレムの刃を受け、二連続で剣を振るい敵を撃破した。
「これで少しは役に立てたかな?」


「最近、本気で遊んでくれるお友達がみんないなくなって寂しかったのよね。バージェス君、遊びましょ♪」
「あはっ、お姉さんこんにちは! やっぱり来てくれたんだぁ! 僕も寂しかったよお!」
 ミリハナクとミルヒは、基地内を駆け抜けダンクルオステウスの駐機場に到着していた。ミルヒの白い衣服やパイドロスの車体、そしてミリハナクの鎧に付着した大量のキメラの体液が、二人がここにたどり着くまでに屠った敵の数を示している。

 高い天井から照明に照らされた格納庫は、本来大量のBFを駐機させるための物だったのかひどく広い。だが、今ここにあるのは一隻のBFだけだ。
 周囲にはやはり、無数のキメラ。

 ミリハナクは地面に設置した重機関銃から手を放し、素早く愛用の小剣と銃に持ち替える。一方のミルヒもAUKVを装着、ミリハナクと並んで構える。
 
 しかし、直ぐに戦端が開かれる訳では無い。ミリハナクとミルヒも下層のヒルダたちと似たような状況だった。
 首尾よく格納庫に突入したは良いが、やはり大量のキメラに襲われてBFに近付けないでいたのだ。幸いミリハナクの重機関銃が集団戦に向いた得物であったのが幸いして、二人は押し寄せるキメラ軍団を薙ぎ倒しまくっていた。
 また、ミリハナクが攻撃に混ぜた貫通弾は背後に聳えるBFの装甲をも穿ってもいる。しかし、最大サイズのBF相手では点の火力が優れていてもそう簡単には致命傷に至らない。
 両者が会話を交わしたのはこんな状況でだった。

「ふーむ、お邪魔虫が多過ぎますわね」
 頬に指を当てて考え込むミリハナク。

「ミリハナク」
 ミルヒの声に振り向けば、そこにはAUKVに跨ったミルヒが。
「突破します」

 敵を足止めしたと考えていたバージェスは、突然の轟音と共にキメラが宙を舞う光景に、驚いた。背後にミリハナクを乗せたミルヒのパイドロスがキメラを掻き分けてバージェスへ向かう。
 咄嗟に翼を生やして跳躍するバージェス。同時に、ミリハナクの体も宙を舞う。
「これが最後かもしれませんから、悔いを残さぬように本気でいきますわね」
当然ながらミリハナクが飛行する事は出来ない。そこで、ミリハナクは小剣を振るい衝撃波を叩き付ける。体制を崩して吹き飛ばされるバージェス。しかし、即座に翼で姿勢を安定させると地上に突風を叩き付ける。
「やりますわね!」
 ミリハナクはシエルクラインを空中に撃ちまくる。
「さて、バージェス君? 地球に数少なく残ったバグアという、絶滅動物になった気分はいかがかしら?」

 広い格納庫で、ミリハナクの声は良く響いた。
「あっはぁ! 僕たちの同胞はまだ健在なんだから、絶滅というのは正しくないよぉ!」
「そう言えばそうでしたわ。でも、あなた自身はどうなの? あれほど生き延びる事に執着していたのに何故残ったのかしら?」
「うっふぅ、それはねぇ‥‥」
 ミリハナクは敵の逃げ場を塞ぐような射撃を試みていた。しかし、空中を縦横に飛び回る相手にそれは難しい。逆に、バージェスは何度目かの掃射をひらりとかわしたかと思うと。空中で反転、急降下。
「この素敵な星でまだやることがあるからだよぉ!」
 バージェスの滑空はその速度ゆえに天然のソニックブームを発生させる。ミリハナクの側面を掠めるだけで衝撃波がその身体を斬り刻む。

「いけない子ですわね。まだお姉さんと遊び足りないのかしら?」
 ミリハナクはたたらを踏みつつも、飛び去る敵に怯まず射撃を続けた。
「それも理由の一つ、かなあ?」
 再反転したバージェス。その手が鉤爪のように変形する。ミリハナクへの止めを狙っているのは明白だが、ミリハナクは引かない。既に勝敗は関心の外。ただ、愛しき敵を食らえ。その本能のみが彼女を突き動かす。
 そのままなら。ミリハナクはもろに攻撃を受けていただろう。だが、そこにキメラを跳ね飛ばしながらパイドロスが突っ込んできた。
「お手伝いします」

 正面から激突するバージェスとミルヒのAUKV。両者はもつれあったまま地面を転がる。
「あは、ちょっと痛かったよぉ!」

 ミルヒは素早くパイドロスを装着しようとしたが、その前に起き上がったバージェスの手がミルヒを掴み上げた。怪しく煌くバグアの鉤爪。

 ――接近戦では‥‥
 
 ミルヒの脳裏に甦るのは幾度となく刃を交えたある少年の言葉。

 だが突き刺さる直前にミルヒも懐のナイフを引き抜き、爪を弾いた。傷は受けたものの浅い。
「あれぇ‥‥良く反応したねぇ」
 バージェスの目が細められた。続いて、ミルヒの身に着けていたナイフにバージェスの目が留まる。
「これは‥‥大切なものなのであげません」

「そう‥‥君が『彼』のプンダリカの、か。うふ、彼も隅に置けないなあ。しっかり自分の存在を刻んでから死んでいったよぉ!」

「何やら素敵ですわね、じゃあ私たちも楽しく食らいあいましょう」
 自慢のドレスと鎧を血に染め、ミリハナクが小剣を構える。咄嗟に掴んでいたミルヒを投げ捨てるバージェス。だが、今度はミリハナクに軍配が上がった。
 バージェスの衝撃は、地上で放つには翼を大きく振る必要がある。一方、ミリハナクのソニックブームの発動は一瞬。
 先に、ミリハナクの衝撃波がバージェスを吹き飛ばした。
「あいたたたぁ‥‥」
 傷を受けたバージェスが起き上がった。重症というほどでも無いがダメージを受けているのは間違いない。
 だが、ミリハナクも先の負傷が効いている。ミルヒも無傷ではないし、何より純粋なバグア相手にやはり二対一はきつい。
 だが、この危機をヘイルが救った。


 幾つかの砲台を破壊しながら格納庫を進むヘイル機のカメラに、遂に目標であるBFが写った。
「やはり、ミリハナクたちが来ていたか」
 予め、ミリハナクから格納庫を探す旨を伝えられていたヘイルは即座に二人に気付くと、当てないように注意してスラスターライフルを放つ。目標はBFの機関部。

 BFに着弾した弾丸が、その巨体を揺るがす。味方の攻撃に気付いたミルヒは素早くバイクを起こすとミリハナクを便乗させる。

「ここまでかぁ。ま、しょうがないねぇ」
 機関部を狙ったヘイルの判断は正しかった。駐機中で無防備なBFはヘイルの攻撃で機関部に重大な損傷を受けたのである。
 バージェスはそれ以上BFに固執しなかった。素早く安全な位置に飛び上がるとBFの操縦者にも撤退命令を出して、あっという間に格納庫から飛び去っていった。

「逃がしたか。だが、今はこっちが優先だ」
 シャアは構えた盾で、KVの足元に非難してきたミルヒたちを爆風や、BFの僅かな反撃から庇いつつなおもライフルを撃ち込む。
「む〜、逃げられてしまいましたわ〜!」
 
 一気に不機嫌になったミリハナクは八つ当たりとばかりに改めて重機関銃でBFを撃ちまくる。シャアも加わってチェーンガンで攻撃。やがて、戦死したのか、退却したのかBFからの反撃も途絶え――格納庫は炎に包まれていった。


 時間は少し戻る。傭兵たちが戦場に行く前に一旦集結したロサンゼルスの拠点にて、一人の少女がオリムら幕僚を前に、訴えていた。
 少女の名はソーニャ(gb5824)。現在はUPCの飛行部隊に所属しているのだが――。
「戦争が終わり、人類の保護下には調整の必要な強化人間が大勢います。ドクがいれば調整の効率化や、適合性やエミタ無しで人間に戻せる可能性もでてくる筈です。それは強化人間の叛意を鎮め安定化に役立つ筈」
「皮肉ぶってるけど、大きな戦争責任はない筈。10人死ぬ所を一人助けたり死にかけをワームへの脳移植で助けたりしただけです」
「だから、停戦を、共存を模索する機会を。降伏は出来なくとも、互いの存在を認めあえるはず。強化人間の為に最後まで残った最後のバグア。ドクなら強化人間を説得できる。ボクがドクを説得する」
「説得で強化人間達が抵抗をやめたら、戦いを止めて欲しいのです。中将」
 ソーニャの言葉に幕僚の反応は様々だが、概ね否定的な意見が多い。だが、オリムは手で彼らを制してからソーニャに言った。
「貴官の主張には訂正が幾つかある。まず、奴は、バージェスはピッツバーグでシェアトと共同戦線を張った際、こちらの兵に大きな犠牲を強いている。また、その後ピッツバーグ市の一部を浮上させたが、作戦が成功していれば相応の犠牲が出ていた筈だ」
「それを知ってもらった上で、行動自体は許可する。仮に生きたバグアが捕虜になって情報や技術をもたらしてくれるなら、それは悪い話ではないからな」
 ソーニャの表情が明るくなる。だが、オリムは続ける。
「だが忘れるな。既に彼我の立場ではいかなる言葉を使おうと、貴官のそれは単なる降伏と虜囚を求めるのと同義だ」
「奴が我々に協力するとしても、その処遇は間違いなく貴官が今考えているようなものにはならない‥‥そして、奴はそれが解らないような相手ではあるまいな」


「あれは‥‥ソーニャさん!?」
 密林の一角で、作戦目標破壊成功の報を受け応戦しつつ撤退の構えに入っていたドゥは蒼穹を駆けるソーニャのエルシアンに驚いた。
 ソーニャはこの時までバージェスの居場所がわからず戦場を彷徨っていたのだ。通信で何度か呼びかけても返事は無く、ようやく格納庫からバージェスが飛び出したと聞いてそちらに向かったのである。
「ドク、話がしたい!」
 通信で強く呼びかけるソーニャ。だが、その時密林の中からタロスが現れた。
『博士、行って下さい! ‥‥どうか、残された時間はあの子達のことを頼みます!』
 渾身の力で打ちかかるタロスと、無人機やキメラの攻撃に流石のエルシアンも不覚を取り損傷を受けた。
「お願いです神様。この物語を、憎しみと悲しみだけで終わらせないでください」
 ソーニャの切実な声。何とか敵を振り切ろうとするが最初のダメージが大きい。
 ドゥは考える前に体が動いていた。といっても、次の瞬間には持ち前の冷静さを取り戻して、正確に指揮官機を狙う。
「俺は君たちに恨みがある訳じゃない‥‥だけど、今は彼女の邪魔をしないでくれ!」
「うむ、援護しよう」
 UNKNOWNが驚異的な威力のエニセイで周囲の敵を薙ぐ。その隙にドゥはブーストでタロスに肉薄。
 エミオンスラスターの美しい光が揺らいだ後には、ツインブレイドの刃が交差するようにタロスの装甲を貫通していた。なおもハルバードを振るおうとするタロス。しかし、直後にコロナの光がタロスを真っ二つに断ち割った。
 ちなみに、ハルバードはコロナに触れたが、すり抜けた。光輪を普通の剣で受け止めるのは不可能だ。
「ソーニャさん、どうか‥‥」
 ドゥはギリギリで飛び立ったエルシアンを見送った。
「まにあえー!」
 既に追いつくことは不可能だったろう。だが、ソーニャに気付いたバージェスが持ち出したらしい通信機で話しかけてきた。

「ああ、思い出したよぉ。その声。機体。東京で話したお姉さんかぁ」

「G3、T3のこと、ボクの望みを叶えて。強化人間たちに未来をあげて」

「あはっ、いきなり何言ってるのぉ?」

「まだ取り残された強化人間が多くいる。ドクが力を貸してくれれば、もっと強化人間が生きる道を開ける。望みはある。僅かながら強化人間の自治区もある。ここで死ぬくらいなら力を貸して。共存への道。これがきっとドクのやり残した事でしょう?」
「現実を受け入れられない。戦わずにはいられない。死に場所を求める者。その相手はボクがするから、最後の最後までボクが殺しあうから、だから未来を生きようとする者に希望をあげて」

「‥‥」
 沈黙。
「ドク」
「無理だよ。お姉さん。UPCがそんな善意のボランティアみたいなことを僕にさせる訳が無い。感情の問題だけじゃない。僕たちはいるだけで、君たち、というか一般の人類にとって脅威過ぎる。待遇の良い捕虜が関の山だ」
「僕は科学者じゃない。技術者だ。バグアの施設でなければ出来ない事も多い。それにG3とT3、他の強化人間たちに会ったなら解るかな。強化人間は例えバグアの調整を受けても、普通の人間より寿命が短い。強化度合にもよるけど、長くは持たない子もいる。彼らを本当に救うのならそれは、君たちのエミタによるそれしかない」
「UPCが僕の降伏を許可するのは、バグアにとって致命的となる情報や技術を求めるからだ。僕は同胞だって愛している。君たちとの関係がどうなるか解らない状態で同胞を危険に晒す気はない」
「僕が綺麗に『後片付け』を出来たのは僕がここを、リリア閣下とシェアト閣下、それにエミタ様の領土を受け継いだからだ。他で同じ事をしようとしても、まだ残っている同胞も当の強化人間も納得はしないよ」
 通信が徐々に遠ざかっていく。バージェスは最後に言った。
「それに、僕の目的は違う。‥‥じゃあね、お姉さん。貴女のその想いは、人間である君たちが実現するべきことだ。僕に出来ることは、ここまで」
 遂に不時着するエルシアン。コックピットの中で顔を伏せたソーニャはどんな顔をしていたのか。


「こっちです! みんな急ぐのですよ!」
 突入班の内、格納庫でヘイルとシャアに救出された二人を除く六名はマッピングを行ったヨダカの先導で帰路を急ぐ。
 基地の指揮機能はもはや機能していなかったが、それだけに制御を離れたキメラの数が多い。
「邪魔なのです!」
 帰りも突風で、キメラを吹っ飛ばすヨダカ。やがて、基地内を巡って強化人間と交戦していた昼寝も合流。一行はカリスタたちの確保する出口に戻って来た。
「お帰り〜。後はボクの仕事だよ。お疲れ様っ!」
 カリスタの笑顔に迎えられ、一行は再びクノスペへと乗り込んだ。

「結局ですね、首輪つき。お前の意志でどうするのか、誰を選ぶのかと言う話なのですよ」
 相変わらず『ちょっとだけ』揺れるコンテナの中、じっと考え込むヒルダにヨダカが言う。
「はい‥‥その、さっきは」
「解ったのなら、次に会う時にはクゥ・クランとでも呼べる様になるのですね」
 それっきりヨダカは黙ってしまった。

「ヒルダ殿の人生を決めるのはバージェスではなくヒルダ殿自身デス、でも我輩もお手伝いくらいならできると思うのデス」
 ラサが優しく言った。
「ありがとうございます。私もまだ、何も見えていない状態ですけど‥‥自分の足で歩けるよう探したいです」
「そのことですけど‥‥ヒルダさんは、バージェスの件が片付いた後も軍に残るのですか?」
 ここで望が言う。
「はい」
 ヒルダははっきりと即答する。
「元々、バージェスの事が目的で入隊をした訳では無いですから。世界がどうなっていくのかは解りません。でも、すぐに能力者が不要になることは無いはずです。なら、必要とされる限り能力者であり軍人であり続けるのが私の義務です」
「そうですか‥‥いえ、私が軍に入ってもすぐには軍務に就けませんから、傭兵のままの方がヒルダさんと一緒に戦えるかなと‥‥」
「そうですね‥‥でも、傭兵の方は軍務についても、並行して傭兵としての任務を請け負うことも出来ますから」
 現に、この作戦には昼寝とソーニャがそう言った立場で参加している。
「‥‥ヒルダさんは北中央軍でしたよね? ‥‥同じ部隊なら相部屋や同じテントでヒルダさん分を‥‥」
「脱出完了〜。安全地帯に入ったよ〜」
 ヒルダが望に何か突っ込もうとした瞬間、カリスタが告げた。


『総員、総攻撃を開始せよ』
 作戦は第二フェイズに移行した。既に基地で生き残っている強化人間は二人。基地の陥落は時間の問題であった。
「プラントの破壊は今のうちだ。後になればなるほど軍が動きにくくなり、面倒になるぞ」
 BLADEは後退間際、プラントの位置のデーターを軍に送信する。
「すまんな傭兵! ここからは俺達の仕事だから、拠点でゆっくり休んでくれ! 南米産の熱いコーヒーが待ってるぜ!」
 正規軍の一人が通信で言う。
「コーヒーか、悪くないな」
 とBLADE。
「今度は溢すなよ!」
「そうか、あんたはこの前の」

 ヘイルの方は、補給を受け正規軍の総攻撃に参加していた。さっきBLADEに話しかけた兵士が声をかける。
「あんたはコーヒーいらんのかい?」
「‥‥掃討作戦、というには敵の戦力が多からな。まだまだ平和は遠いという事か」
「さあな‥‥確かに、遠いかも解らん。だが、前より近づいているのも確かだろうよ。俺はそう信じたいね」

 夕暮れがシェラ・デ・ラグナを染める頃、基地の制圧が完了した。