タイトル:【TT】アーバインの死闘マスター:稲田和夫

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 18 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/27 01:18

●オープニング本文


 それは、深夜に始まった。
 ロンサンゼルス(LA)南部の前線基地の一つに警報が鳴り響く。指令室に飛び込んだ士官は兵士の後ろからモニターを覗き込んだ。
『遂に来たか! 大西洋岸か!?』
 集結の動きを見せていた中米バグア軍が攻勢をかけるのなら、防衛の厚いLAは避けるのが自然だったが――。
「宇宙です! 旧メキシコ領トレオン以西のメキシコ各所から次々とビッグフィッシュが打ち上げられて‥‥!」


 叩き起こされ深夜の指令室に集まったオタワの幕僚たちはアメリカンを啜るヴェレッタ・オリム中将を中心にメキシコの地図を睨んでいた。
「エルモジージョからも打ち上げを確認しました!」
 報告を受けた士官は地図に刺さっていたピンを抜くと、別の色のピンを突き刺す。
「ブースターの光跡は三機分、本星型HWも数機随伴している模様。付近の部隊が出撃許可を‥‥」
「駄目だ! It is too late to shut the barn door after the horse is stolen!(泥棒を見て縄をなってもしょうがないだろうに!)」
「兵の気持ちも察してやれ」
 オリムが幕僚にそう言った時、再びピンが入れ替えられた。
 赤いピンはBFの打ち上げが確認されていないバグアの基地。白いピン打ち上げが観測された基地を示す。今の所、白はカリブ海沿岸やメキシコ国境の小規模な基地に集中している。
「‥‥追撃の危険の大きい場所から順に、整然と、という訳か」
 バグアの宇宙への撤退自体は歓迎すべき事柄ではある。
「とはいえ、相応の代償は払わせるつもりだったがな」
 だが、オリムの言う通り討てる敵をむざむざ見逃すという意味ではない。
 宇宙軍のためにも感情的にも「確実に撃破出来る状況なら」傭兵や正規軍がBFを狙う、というのは当たり前の事だ。
 そして、退却戦における被害を減らすための鉄則は秩序だった行動を維持に尽きる。
 半島への移動が必要だったのはそこが、バグアの策源地であり宇宙との往還のための施設や装備が集中している為だろう。
 
 同時に、大規模な移動で注意をロスに向けておいて、まず半島以外の施設から一度に打ち上げを敢行。今から攻撃班を編成しても間に合うまい。メキシコ全土は未だバグアの勢力圏だ。前線基地からスクランブルをかけても、小部隊はあらかた逃げ終わった後だろう。
「部隊の移動は陽動――いや」
 彼女の有能な軍人としての直感がまだ何かあると告げていた。
 

『うふ、順番は守ってよお?』
 空が僅かに白み始める時刻。半島のどこかにある基地でドクトル・バージェスは中米全土のバグア軍に指示していた。東の空に近くの基地から発進したBFが吸い込まれていく。
 
 通信が入った。
『下っ端! 準備完了だ!』
 通信の先から聞こえるのは、シェアトの声だった。
『そのまま時間まで待機を――』
 
 沈黙。再びバージェスが口を開く。

『このような事に貴方を利用した咎は――』
『フン、負け犬のビルの奴の様に、か?』
 知っていたのか、と続けようとしたバージェスをシェアトは遮った。
「‥‥ゼオン・ジハイドの役割は何だ!?」
 特務部隊たる彼らの役目は、本来侵略戦争の最終段階で投入され、敵にその暴威を持って止めを刺す事にある。
『ジジイ‥‥佐渡のお気に入りの『道具』だ』
 確かに多数の部下を使い一つの地域を管理する能力を発揮した者もいるが、少なくとも自分の本質は戦士だと言いたいのだろう。人間の手強さに魅了されたリノやザ・デヴィルのように。
 
 だが、昨年リリア・ベルナールが死に、エミタ・スチムソンが去った北米の指揮が取れるバグアはシェアトしかいなかった。失策を犯したビル・ストリングスだけでは、攻勢を維持することは不可能であったろう。

『俺は別に、利用されるのは一向に構わん! それが、佐渡や俺様たちバグアの利益と一致するならだ!』
 もはや、親衛隊たるシェアトから見ても、佐渡は一線を越えていた。
 再生自体はバグアにとって偉業かもしれない。
 だが、彼ほどの自意識の塊にとっても――いや、自意識の塊だからこそその歪さも解る。

『調子こいたジジイのフォローで、下っ端共を離脱させる‥‥ゼオン・ジハイドの最期に相応しい仕事だ! お前は黙って作戦指揮に集中しろ!』

「拝命いたしました。『シェアト』様」

『さらばだ! ドクトル・バージェス! ハァ−アハッハッ』

 山間部に隠された蒼い巨体――ソルが震える。随伴するワームも次々と発進し始めた。
「フン、お前たちまでこちらに回すとはな」
 シェアトは、ソルの直衛についた、人間の脳髄を埋め込んだゴーレムとタロスを見た。
「まあ、俺達もそう長くは無いんでさ」
「去年、ピッツバーグでお会いしたころは、人間の頃の記憶もしっかりしてたんですが」
「最近、俺も兄貴もだんだん色んなことを忘れはじめてるんだよ〜」
 もともと肉体の損傷が限界を超えていた彼らは、人間の脳をキメラ化したようなものだった。通常の強化人間より更に劣化は激しい。この先調整を受け続けても、長くは持たないのだ。
 死を免れたとしても――人間としての記憶と自我を失いキメラと変わらなくなる。二機はそう語った。
 記憶と自我。それはバグアにとって正しく命より重い。

「‥‥お前たちは何故奴の下についていた?」
「競合地域で盗賊団みたいなことをしていて生き延びていたら戦闘に巻き込まれたんです〜」
「そこにあの博士が素材探し来たという寸法でさ」
「歪な再生、か‥‥」
 
 頭の中身を疑われるシェアトも本質は知識の簒奪者たるバグアだ。こういう言い回しだって、一応頭の中に入っているのだ‥‥多分。
「らしくないですよ〜!」
 目的地が近づいていた。作戦に参加する全てのワームがソルを中心に隊形を組み命令を待っていた。

「ハァーハッハッハッ! 誰に物を言っている!? では【Trail of Tears】最終フェイズを開始する! 俺様の輝きに さ あ ふ る え る が いい!」 


 LAの南に築かれた、中米バグアに対する絶対防衛ラインであったアーバイン橋頭保にソルを中核とした部隊が突撃を仕掛けた。
 ソルからのディメントレーザー照射の直後、本星型と突撃型BFが橋頭保に突撃。シェイド討伐作戦以来、鉄壁を誇っていたLAの守りに穴が穿たれた。

「やってくれるではないか‥‥ピッツバーグの性悪小僧め」
 騒然となった司令部で、オリムは呟いた。
 
 橋頭保に対する襲撃と同時に、半島から大規模なBFの打ち上げが再開。本来なら、即座に航空部隊を編制して、無防備なBFを大気圏離脱前に一隻でも沈める作戦になっていた筈だ。
 だが、ソルなどという代物が圧力をかけている以上、全力でそれを排除する必要がある。
 
 北京解放作戦の際にはドレアドルの駆るソルが、僅か一機で戦線を支え続けた。ソルとはそれほどの機体なのだ。
「【Trail of Tears】‥‥よかろう。屈辱の涙を流すのはどちらか教えてやる」

●参加者一覧

/ 榊 兵衛(ga0388) / 新居・やすかず(ga1891) / UNKNOWN(ga4276) / ゲシュペンスト(ga5579) / ロジャー・藤原(ga8212) / 百地・悠季(ga8270) / ルナフィリア・天剣(ga8313) / 狭間 久志(ga9021) / 崔 美鈴(gb3983) / ソーニャ(gb5824) / 山下・美千子(gb7775) / ラサ・ジェネシス(gc2273) / ハンフリー(gc3092) / ミリハナク(gc4008) / BLADE(gc6335) / 村雨 紫狼(gc7632) / D‐58(gc7846) / アシュリー・ベル(gc9018

●リプレイ本文

 それは、傭兵たちが出撃前に待機していた基地での出来事だった。
「ぐわっ、しまった。宇宙で仕事していたから変な癖が付いてしまった」
 BLADE(gc6335)は宇宙ボケでコーヒーをこぼしてしまい慌てていた。恐らく宇宙と同じように物が無重力で浮かぶと思い込んでコーヒーカップの手を放してしまったのだろう。
「ああぁモップ、モップ」
 そこに、基地の兵士が現れ事情を知るとモップを貸してくれた。
「ああ、あんたら例のソルに向かう傭兵か。頑張れよ。あんたらがソルをおさえてくれれば俺達北中央軍も安心してバハカリフォルニアへ攻撃できるからな」
 そう、何気無く言って笑う兵士。
 彼の背後の窓からは、出撃準備を終え滑走路に整列している正規軍のKVが見えた。


 前述の基地から順次発進した傭兵部隊は、まずサンディエゴ・フリーウェイを覆い尽くすキューブワームとメイズリフレクターの掃討に入った。
 BLADEは長距離バルカンで丁寧にワームを処理する。
「将を射んとすればまず馬ヲ! ‥‥珍しくあってるカモ」
 ラサ・ジェネシス(gc2273)がいつもの彼女らしくもなく諺を正しく用いながら歩槍で低空から立方体どもを砕く。
 時々メイズの反射が混じるが、まだ致命傷には至らない。
「ソルは本物、再生体とはいえシェアトは強敵‥‥でも敵が強いのも状況が厄介なのも、負けられないのもいつもの事だ」
 パピルサグ『フィンスタニス』に乗るルナフィリア・天剣(ga8313)も、気負わぬ様子で淡々と低空を漂う頭痛の元を駆除。
 一方、ミリハナク(gc4008)は機体の高火力故にメイズリフレクターを避けてキューブワームのみを火力の低い十式バルカンで的確に掃討していく。
『そっちはメイズが密集しているわ。もうちょい東方面の集団をお願い』
 管制を担当する百地・悠季(ga8270)の指示に従い、ミリハナクは機体を動かす。
「了解ですわ」
 しかし、よく見ると何やらミリハナクは浮かない様子だった。
「むー、バージェス君いませんわね」
 どうやら、この場にいないこの作戦の敵指揮官に何やら思うところがあるらしかった。
 
 敵の陣容を見たソーニャ(gb5824)が呟いた。
「なんでG3とT3がいるの?」
 しかし、彼女がその答えを得る前に、状況が急変した。


 最初にそれに気づいたのはラサのみだった。こちらに向かって地響きを立てて迫る陸戦ワーム部隊。それはいい。問題はその更に背後に不気味なエネルギーの揺らめきを感知したことだ。

「え‥‥何なの!?」
 崔 美鈴(gb3983)もそれの意味することまでは気づかない。ただ、彼女がイビルアイズでのロックオンキャンセラーに集中していた事は、結果としては貢献した。
 ソルの動向に注意を払っていたラサは、崔のキャンセラーの助けもあって何とかその攻撃を回避する。
「今のハ‥‥ソルの支援砲撃なのカ」
 その威力を目の当たりにしたラサは呆然と呟いた。


 榊 兵衛(ga0388)が雷電『忠勝』のスラスターライフルでゴーレムを牽制、愛用の千鳥十文字で止め刺そうとした時、遥か前方から赤い閃光がその機体に突き刺さる。
 一旦距離をとって確認する兵衛からも、前列の傭兵たちに向かって断続的にプロトン砲の支援を行うソルは確認できた。

「む‥‥」
 手近なゴーレムを雷雲で無造作に殴り潰そうとしたUNKNOWN(ga4276)も同様に妨害を受けていた。彼の鍛え上げた機体には並みのワームでは通用しない。しかし、相手は機体の状態だけなら万全に近いソルだ。
 プロトン砲と長距離ミサイルを集中されれば意にも介さないという訳にはいかず、ゴーレムを倒す効率が低下した。
『ピッツバーグでは世話になったな黒い機体! 今回の俺様ときたら一味本気だぞ! 心してかかって来い!!』

「理想は速攻なのは素人の俺でも分かるさ、でもこの壁は分厚いぜ‥‥っ!」
 苦戦しているのは、ゲシュペンストのために気概をもって敵の露払いに臨んだ村雨 紫狼(gc7632)も同じだった。
 自慢の愛機、タマモ‥‥いや、魔導鳥神ダイバードは早くも支援砲撃で損傷が目立ち始めていた。
「!」
 二刀流で、有人タロスの一体と切り結んでいたダイバードの足元にミサイルが着弾。バランスを崩したダイバードをタロスが突き飛ばす。
「シェアト、なあ。俺は会った事も奴の悪行を依頼で打ち破った事もねえ。あくまで渡された資料と写真だけだ、それ以上に繋がりはない。けどな、この不退転の陣容を見りゃあ、シェアトって奴の覚悟が分かるさ‥‥敵はどんな事情があろうと敵、だけどな‥‥」
 村雨はそう言って体勢を整えた。

『そこの派手な機体の人間! この俺には遠く及ばぬとはいえ、中々のセンスのようだが、そんな事ではこのソルにたどり着くことは出来んな! ハァーハッハッ!!』

「上等だ‥‥宇宙人も地球人も関係ねえ! 男と男、気合と意地のぶつかりあいだ、マジで行かせてもらうぜ!! 行くぜ、魔導鳥神ダイバ―――ドッ!」
 村雨は吼え、再びタロスと打ち合う。

「妙に真面目っぽいふいんき(なぜかry だと思ったら、この再生スーパーバグア様‥‥何とかは死ななきゃ治らないってアレ本当だったんだな‥‥相当手ごわいじゃないか」
 支援砲撃を受けたロジャー・藤原(ga8212)は一旦機体を、後退させながら苦笑した。まとめて榴弾砲でワームを吹っ飛ばす予定だったが、戦場の向こうから断続的に飛んで来るプロトン砲のせいで彼も思うような戦闘行動が取れないでいた。
 
 いや、彼だけではない。
 陸戦ワーム隊の対応に回った者も、キューブワーム処理を優先させていた者もごく一部を除いてはソルの長距離砲撃に翻弄されて思うような戦いが出来ず、キューブワームのジャミングも健在のまま敵を思うように処理できず時間だけが過ぎて行った。


 「まずは、あいさつ代わりの突撃だよっ!」
 その一方で、山下・美千子(gb7775)は善戦していた。敵陣に突っ込むと同時に、愛機であるタマモ『マックス』からディスクスステルラを撃つとマシンガンの二丁拳銃で敵のゴーレムを牽制。指揮官であるタロスと手早く分断した。
「いくよ! 蚩尤!」
 ステルラの爆発でよろめくタロスに打ちかかる山下。

 ――『スーパーバグア・ビィィィィィィムッ!』

 当然の如く、ソルが長距離砲を放つ。だが。

「そっちじゃないよ。こっちこっち!」
 ブーストを利用した機動で長距離砲を回避した山下はそのまま無駄のない動きで機昆を敵に突き刺し撃破する。
 何故、山下はソルの支援砲撃に動きを殺されなかったのか。それは単純に彼女が『ソルが支援砲撃に徹している』ということを意識して動いていたからに他ならない。
 山下と他数名ににあって、他のソルの支援砲撃に翻弄された傭兵にはなかった要素がこれだった。


 一方、初手からソルを狙った傭兵たちの戦況も芳しくはなかった。
 直接ソルに立ち向かったのは、新居・やすかず(ga1891)、ゲシュペンスト(ga5579)、狭間 久志(ga9021)の三名。これに彼らをサポートするべくアシュリー・ベル(gc9018)が加わっていた。
 更に、直衛たるG3とT3を抑えるべくソーニャとハンフリー(gc3092)、イツハという愛称で呼ばれるD‐58(gc7846)が二機と対峙する予定だった。
 だが、前衛よりも更に近距離でソルの支援砲撃を受けた二機は傭兵の想定よりも手強い相手だった。
「理想は速攻って事だ、あまりのんびり相手はしてやれん‥‥!」
 舌打ちするゲシュペンスト。
『今は俺たちに付き合えや!』
 G3がブレードで打ち掛かる。支援砲撃を受けているせいでゲシュペンストの愛機『ゲシュペンスト・アイゼン』でも容易に抜けなかった。
『エンセナーダで挑んで来た人間か! 貴様の相手もしてやりたいところだが‥‥『まだ』本気を出すときじゃあない!』
 
 傭兵たちにとって不利だったのは、新居がソルの元に辿り着けなかったことである。新居はソルの支援砲撃に対する妨害行動を画策していた。これが成功していれば多少は状況が変わったかもしれない。
 だが、前述のようにG3とT3がソルの支援を受けつつ六機の妨害に専念したせいで、新居の目論見はこの段階では実行できなかったのだ。

『行かせないぞ〜!』
 T3は、ハンフリーが自らを狙ってきたのをいいことに徹底的に彼の動きを阻害。更にD58と、ソーニャの相手も受け持っている。
「これなら!」
 ハンフリーのガトリングがうなる。狙いはソル。こうすればT3がソルを守って攻撃を受けるだろうという判断だ。
 だが、T3は一切躊躇せず回避する。そしてソルも平然とそれを受けた。
『痒い、痒いぞ人間!』
 ソルはその防御力を生かしてガトリングに耐える。
 タロスもそれなりにしぶとい機体だが小型要塞とも称されるソルは鉄壁。戦力を減らすぐらいなら自分がダメージを肩代わりすることに操縦者は躊躇しなかった。
「ならば‥‥!」
 ハンフリーは距離を詰め接近戦を挑むがT3もハルバード振るって応戦。一歩も引かない。
 ただ、ハンフリーが有利だったのは、彼が山下やラサ同様ソルの支援砲撃に警戒を怠らなかった事だ。
 T3と切り結んでいる最中にソルの砲塔に気付いたハンフリーは咄嗟に機拳のブースターを吹かして後退。危うい所で機体を守った。
「厄介だな‥‥」
 だが、依然として戦況は膠着している。 
「ハンフリー! 支援します!」
 イツハもドミネイターで打ちかかるが、近距離から飛んでくるフェザー砲で今ひとつ踏み込めない。
『ど〜りゃ〜!』
 T3はハルバードを振り回して一気に二機を弾き飛ばした。
 連続攻撃の危険性を感じたイツハは咄嗟に残像回避。フィーニクスが、道路の敷石を削って危ういところで、T3のフェザー砲を回避。だがその回避した先にソルの拡散フェザー砲が降り注いだ。
「く‥‥!」
『その機体‥‥貴様ともエンセナーダで会ったな! あれから色々考えたが、やはりこのシェアトの輝かしい伝記は200文字などでは表現出来ない事が解った! ハードカバーで2万ページが最・低・条・件! フゥーハハッハッ!』
「なんだ‥‥マスクドバグアとはシェアトさんだったのですね‥‥」
 しかし、ノリノリのシェアトは強い。まだ撃墜された機体はないが、このままでは押し切られるのが関の山だった。


 戦況はロサンゼルス軍の司令部も把握している。幕僚の一人は報告を受け腕組みした。
「戦線は膠着状態、か」
 基地の滑走路では、出撃準備を終えたKVの群れがバハカリフォルニア半島への攻撃を待っていた。しかし、最低でもソルとその部隊が脅威でなくなった、と判断されなければ出撃命令を下す訳には行かない。
「ソルからの支援砲撃が厳しく思うように押し切れないようです」
 士官の一人が説明する。
「‥‥」
 幕僚は傭兵を責めようとは思わなかった。
 少なくとも、半数以上の傭兵がソルの支援砲撃に注意していれば戦況は変わっただろうか。
「急がば回れ、か」
 それとも、防御に適した三列の陣形を取る敵に対し、進撃を急ぎ過ぎたのか。もしくは、目標の分担や連携に問題があったのか。
 とはいえ、現場の判断というものもある。これ以上過去を振り返るのは無意味だろう。
「待機中のKV部隊に伝達! 傭兵部隊への近接航空支援を実行! 兵装を対艦攻撃、対要塞攻略用のものから対地、対ワーム用へ換装! 作業急げ!」


 最初に、気付いたのは後方で管制に当たっていた百地だった。
「これは‥‥正規軍が来てくれたの?」

『傭兵部隊! こちらロサンゼルス方面軍第6航空大隊! これより我々も戦闘に参加する!』
 百地は一瞬固まったが、即座に管制としての役割を思い出した。
「了解! これからそっちにもメイズリフレクターのコアのデータを送るわ!」

「これなら、駆除も進みますわね‥‥」
 ミリハナクが呟いた様に、正規軍が参戦したことでキューブワームとメイズリフレクターの駆除は終了に近づいていた。

 こうなれば陸戦ワームの群れとも有利に戦える。
「悠季殿! ソルの砲撃への注意喚起ヲ!」
 ラサが通信を繋いで叫んだ。
「意識するだけでも、大分違うよ!」
 山下も叫ぶ。
「頼む!」
 とハンフリー。
 正規軍の参戦で余裕が出たことで、ようやくラサと山下にハンフリー、そして百地は認識の共有に成功したのである。
 またソルも敵の援軍に注意を向けざるを得なくなったことで傭兵たちはソルの砲撃に翻弄されなくなっていた。


 シェアトも戦況の変化には気付いていた。
 彼とその直衛部隊が傭兵相手に善戦すれば、正規軍がロスを守る為に出てくるのは当たり前の事だ。後はシェアトと配下が善戦すればするほど、敵は大戦力を投入し、最終的には彼らバグアは押し潰されるだろう。
『作戦は大成功! という訳だな! ハァーハッハッハッ!』
 元々、バグア側にとってこの戦闘は撤退する友軍を攻撃させない為に、時間を稼ぎ少しでも多くの人類側戦力を引き付ける事が目的だ。
 傭兵だけでなく正規軍までもソルの迎撃に引き摺り出したということは、それだけ友軍が安全になるということなのだ。
 もはや、戦闘を引き伸ばす必要はシェアトにはなかった。後は徹底的に暴れて正規軍の戦力をよりこちらに割かせるだけだ。
『待たせたな下っ端共! これよりソルを進撃させる!』
 
『閣下、すみません、お話が』
 G3からシェアトに通信が入ったのはその時であった。
『俺たちを空戦に誘ってるようでさあ』
『行け! 好きに暴れろ! お前たちもバグアの端くれとして死ぬら――最後までッ!』
 とシェアト。

 ――「最後まで鮮やかに生きよう。互いの存在を刻みつけよう。天国でも地獄でも再び会えるように。無邪気に。ただひたすらに今を生きよう」
 とソーニャは謳った。
『うわ〜ん、兄貴相変わらずあの子のいう事難しいよ〜』
 T3が叫ぶ。二機はソーニャの誘いに乗って急上昇した。
 シェアトが身体の限界を省みなくなった今、三機が連携して敵陣に突っ込めば敵に相応の痛手を負わせることも可能だっただろう。
 それでも、二機はソーニャの挑発に乗ることを選び、シェアトもそれを止めなかった。 彼らバグアの目的が達成されていて、尚且つ二機がソーニャとの戦闘に、生を刻み付ける意味があると感じ、それをシェアトが慮ったせいだろうか。

『直衛がソルから離れて行きます。どうやら傭兵が挑発した模様です』
『‥‥助かったか。これでソル単体に集中できる』
 予定外の戦場へ出撃した北中央軍だが、乱戦を未然に防いだソーニャの行動は高く評価したという。


「来たんだ。君たちとなら陸戦でも良かったけどね」
 飛行形態に変形、上昇したエルシアンを追ってきた二機を見てソーニャは少し笑った。
『何、お呼びとあれば付き合わないわけにはいくめぇよ』
 そして、ソーニャは二機の装甲を損傷を見る。ソルの援護があったとはいえ、今まで二機だけで六機のKVを抑えていたのだ。
「――ドクがいない」
『それがどうしたんだ?』
 G3が質問をした。
「ドクって皮肉ぶってるけど、意外と人情家だよね。合理的ではあるけど。そう、100人死ぬなら99人殺して1人を生かすってタイプ」
『さあね、俺にはああいうタイプは理解できん』
 そう言ってG3は肩を竦めた。
「彼が行かせたって事はそうなのね。こんな後のない戦場には似合わないのに。子供たちと鯉幟でも作っているか、おどけた漫才でしている方がらしいのに。ボクの事なんか覚えてないかもしれないけどね。とっても印象的だったんだよ?」
 沈黙が流れる。やがてG3が口を開いた。
『やっと思い出したよ。そうか、あの時演説をぶった姉ちゃんか。‥‥あんたの言う通りかもな。だが俺達はやっぱりバグアだ。それなりのケリのつけかたってものがある』
 そして、G3はプロトン砲を発射。それが戦闘再開の合図となった。

「ソーニャ、援護します」
 まず、低空の高度ギリギリからイツハが言う。二機の間に向けて発射されるPDレーザー。狙い通り二機は大きく分散してG3が低空に追いやられる。
 ソーニャがGP‐02ミサイルを発射。これは二対象までを同時に攻撃する兵器であり、G3とT3は同時攻撃に怯む。
「D58殿。合わせてくれ! ここで仕留める!」
「解りました、ハンフリー」
 孤立したG3に二機は猛攻を仕掛けた。
 まず、機体の火力を高めたハンフリーが機拳で殴りかかりイツハもドミネイターでの突撃を行う。
 G3は、まず自分のパンチで機拳と打ち合いこれを防御。さらにイツハの突撃を回避した。だが、ハンフリーはビートダウンによる連携で、切り札の雪村をゴーレムに叩き込んだ。
 イツハの方は最初から槍を使うつもりはなく、反対側の腕に持ったムーンライトですれ違いざまにG3の装甲を切断したのである。
「切り裂きます‥‥!」
 とイツハ。
『仕方ねえ‥‥あんただけでも、な』
 イツハがドミネイターのブースターで離脱したため、G3はハンフリーに最後の反撃でマチェットを振るう。
 結果、両機は相討ちとなった。
 爆発を起こし、地面に叩きつけられるハンフリーのヴァダーナフ。
 序盤、支援砲撃を意識していたハンフリーは、機体が健在だったお蔭で重体は免れた。

 ――「ねぇ、楽しかったかい? 面白かったかい?」
 とソーニャが通信で謳う。

『‥‥楽しかったかって? ああ、こんなに愉快な目にあった強化人間はそうはいねえやな。じゃあな、姉ちゃん、あばよ。博士もせいぜい――』
 それが、G3の最期だった。長きに渡って彼の体であり続けた機体は爆発した。
 
 そして――T3もまた、限界を迎えていた。知覚火力では圧倒的なエルシアンが相手ではソルの支援も無い状況では限界だった。

 ――「ねぇ、ドクって可笑しいよね。あんなに皮肉ぶっても優しさが透けてるよ」
 ソーニャの言葉がT3に届いた。同時に、ソーニャのレーザーライフルで動力部を直撃されたT3の頭部の飛行ユニットが崩壊していく。
『うん。博士は‥‥優しかったよ〜。俺と兄貴が人間だったころに会った誰よりも。ああ、また、鯉幟見たかったけど、もう終わりだ。この戦争が終わったら、次の子供たちはみんな嫌な想いなんかせずに鯉幟‥‥見られるよね〜‥‥?』
 撃墜されたタロス。だが、大地に激突する前にそのボディーは爆発したのであった。


 ソルはフリーウェイの北西にある橋頭堡への突進の構えを見せる。これと同時に、前線で戦っていた陸戦ワーム部隊が、次々とブーストを起動し、低空移動へ移行し始める。ソルに随伴する気だろう。
「そうはさせん! ソルの相手をする者は奴に食らい付け! ここは、俺たちが引き受ける!」
 これ以上、敵の思惑通りにはさせまいと兵衛はスラスターライフルで弾幕を張り、敵部隊の足並みを乱す。
「さて、悪いが俺達の相手をしばらく務めて貰うぞ!」
 兵衛が気勢を吐く。
 随伴のゴーレムを射抜かれたタロスが、覚悟を決めて兵衛機に挑む。
 タロスの慣性制御機動と、兵衛のブースト機動が激しく打ち合う。両者の獲物は共に槍だ。一瞬の交錯の後、敵の胴体を穿ったのは兵衛の槍だった。再生もさせまいとアテナイを連続で叩き込む忠勝。
 だが‥‥戦闘序盤に支援砲撃に晒された兵衛の機体もここで限界に達した。大破して膝をついた忠勝が仰向けになって体液を噴出するタロスを静かに見下ろす。
「‥‥生涯最後の敵がこの【槍の兵衛】であったことを誉れとして速やかに逝け」

「正規軍も来てくれた‥‥ウダウダやってる暇はねえぜ、ソルをぶち抜く生ゲシュペンストキックが見れなくなっちまう!! ‥‥もう一踏ん張りだ、みんな!!」
 村雨も、損傷の激しいダイバードを前に出し、同様に損傷の目立つタロスに突っ込ませる。閃く拡散フェザー砲。ダイバードの二刀流の一方が腕ごと吹き飛んだ。
「ダイバード、お前は地球を守るスーパーロボットだ!! ここで膝を着く訳にはいかねえ‥‥勇者は、勝つまで、負けない!」
 村雨は怯まず残ったほうの機刀を再生を始めようとしていたタロスの、胴体深くにねじ込んだ。
「ソルにも一太刀は浴びせてやりたかったが‥‥もう、こっちも出し惜しまねえ! チンタラ時間はかけてられねえからな! 小細工なしだ!」
 大きく爆発し崩れ落ちるタロス。ダイバードも立ち尽くしてはいたが、これ以上の戦闘は無理だった。

 山下は既に一機のタロスを撃破していたがなおも継戦していた。序盤の激闘と正規軍の援護で再生能力を用いてなお、満身創痍となったタロスが低空ブーストでハルバードを突き出す。同時に無人ゴーレムが山下の側面から廻り込んで指揮官機との挟撃を図る。
「させないからっ!」
 しかし、山下は落ち着いて銃器形のミサイルを発射。ゴーレムを撃ちまくりながらタマモのブーストで後退。
 さらに追いついてきたタロスと打ち合う。
「これでとどめっ!」
 マックスの振りかぶった蚩尤を脳天に振り下ろされたタロスは、低空移動の為にスライドさせていたリング状のパーツごと頭部を砕かれ倒れた。

「正直、UPC軍からのまあ色々で、楽しむ気にもなれなかったが‥‥」
 正規軍の介入で戦況が変化したことを見たUNKNOWNは、盾で敵の攻撃を防ぎながら呟いた。
「戦い続けなければ、命取りエミタを奪いかねんぐらい信用できる軍では既にないのは変わらないがまあ今回は‥‥かな?」
 UNKNOWNは機会を見てゴーレムに突撃。彼の機体も相応の損傷は負っていたが、まだ動く。流れるような動きでプロトン砲を回避しながらゴーレムに接近したUNKNOWN。
 殴る。殴る。殴る。
 ソルの支援砲撃が止めば、もはや彼の機体を止めるものはいない。
 アウトボクシングのスタイルでジャブやフックを華麗な連携で叩き込み、ワームを殴り潰していく。


『ソルをこれ以上橋頭堡に近づけないで! 橋頭堡前に展開している正規軍に被害が出るわ!』
 百地は叫ぶと自身のピュアホワイトでソルに対するヴィジョンアイによるロックを行う。

『ハァーハッハッ! 何機このソルについてこれるかな!?』

「変な美意識持ってるっていうからどんな顔かと思ったけど、私の彼の足下にも及ばないじゃない。その服ダッサ!」
 理不尽な罵倒を浴びせつつ、崔はイビルアイズのキャンセラーをソルに集中させ、同時にガトリングを浴びせる。少しでもソルの注意を引いて味方の援護を行う目的だ。

『ならば貴様の彼氏とやらを紹介してみろ! いかにその言葉が身の程知らずだったか、貴様らに纏めて教えてやる!』
 フェザー砲を対空砲の如くバラ撒くソル。

「お前の敵はこちらにもいるぞ、スーパーバグア!」
 ルナフィリアが長距離からRCMを発射。ソルを牽制するが、その装甲に阻まれ効果が無い。

「ようやくアメリカも落ち着いたと思ったのに、よりによって西海岸!? 冗談じゃないわ。ここはゾンビの遊び場じゃないのよ!」
 アシュリーも低空を失踪するソルの背後を取り、とにかく攻撃を集中させた。

『遊び場ではない! この俺様の為に用意された晴れ舞台だッッッ!』
 
「ソルは恐ろしい敵だが稼動には限界があるという‥‥付け込むならそこか。あとシェアトに挑発作戦が通用すればいいが」
 BLADEはそう呟くと、ペイント弾を装填。ソルへと向かう。
「交代だ! 完成の言う通り、被害が大きくなれば正規軍の負担がでかくなるぞ!」
 BLADEのリヴァティーがソルにペイント弾を放った。
『フン! 何だこの俺のソルをより美しくしようというのか!? ご苦労なことだ。ハーハッハッ!』
「どうしたスーパーバグア。その子機はアクセサリーか!」
 ペイント弾は効果がないと判断したBLADEは、子機を用いないシェアトを挑発する。無論、子機の使用で操縦者を消耗させるのが狙いだ。
『ちょこまかとやかましい蠅だ! 俺は羽虫に取っておきを使うほど単純ではないのだ!』
 攻撃は間断なく行われていたが、主砲を閉じた巡航形態のソルは外部のフェザー砲やプロトン砲のみで反撃。まだ子機を展開する様子は見せなかった。
「ハッ、逃げ回る奴を落としてこそスーパーだろうが!?」
 更に挑発するBLADE。
『フン! ほざくではないか‥‥』
 BLADEの言葉にニヤリとするシェアト。そして、彼は友軍の状況を確認した。
 この時、G3とT3は撃墜されていた。そして、陸戦ワーム部隊も傭兵の奮戦で中核のタロスを潰され、後は無人のゴーレムともはや障害物程度の意味しかなくなったキューブワームが正規軍に駆逐されるばかりだった。
 更に、外部の砲塔を狙った新居によって、数機の火砲が破壊されていた。
 『よかろう‥‥ここからがッ! 俺様の! このゼオン・ジハイドの9のスーパー本気タイムだっ!』

 電光石火、という表現が相応しかっただろうか。ソルは遂にこの戦闘で初めてその砲身を開放。同時に無数の子機が撒き散らされ――プロトン砲を連射し始める。それは正に光の雨だった。

 真っ先に食らったのはBLADEの機体だった。数箇所を貫通された機体は地面を滑走しながら数回バウンドして大爆発した。
 繰り返すようだが、ここに至るまでに傭兵たちの機体は消耗している。序盤の劣勢が無ければもう少し持ったのかもしれないがこの一斉射撃で数機がソルとのカーチェイスに脱落した。

「冗談じゃないわ! せめて‥‥!」
 アシュリー機も瞬く間に致命打を受けたが、それでも最後の意地に、地面に叩きつけられて滑る機体からガトリングを発射。
 数機の子機を道連れにする。
「きゃあっ!」
 崔も、機関部や背面にレーザーが刺さり、撃墜。キャンセラーの賜物か、前の二人と違って重体だけは免れた。
「3年半前、陥落を阻止できなかったアーバイン橋頭堡‥‥相手はあの時の、愛子のステアー以上の強敵ですが、2度目を許すつもりはありません!」
 新居は叫ぶとミサイル爪牙を発射。逃げ場を塞いだ子機を対空砲で撃ち落していく。

 ――『AACより、各機へ。子機の機動のデータを送るから、参考にして!』

 以前のエンセナーダ基地での交戦の経験か。百地は子機全体の動きをロータスクイーンでチェック。交戦中のメンバーをサポートする。

 ――『毬藻・極式、後ろに子機が集まってるわ。注意して!』
 
「サンキュー悠季殿、小さな事からコツコツとー!」
 ラサは素早く自機を旋回させ、スラスターライフルを子機に撃ち込んだ。

「ゆー姉! 発射角度を!」

 ――『フィンスタニス! やや上、そう、もう少し右よ』

「了解ゆー姉‥‥コンテナ開放‥‥とっておきを受けてみろっ!」
 同じく、ルナフィリアも管制の百地の支援を受けエネルギーミサイルのコンテナを解放。大量のミサイルが複数の子機とソル本体を巻き込んで爆発を起こす。

「死さえいとわない。それは最後まで艶やかに生きるため。意外と気持ちいい生き方をするんだね。ならばこちらもそれに応えるが礼儀」
『ほほう‥‥人間にしては心得ているな、女! ならば来い! 貴様の作法俺が判定してくれよう!』
 この時、G3とT3を葬ったソーニャが謳いながらエルシアンを降下させて来た。
「いくよエルシアン。フルアタック」
 エルシアンがプラズマミサイルを下方へバラ撒く。圧倒的な出力の知覚攻撃に、更に多くの子機が巻き込まれる。

「姉御も頼む! 畳み掛けよう!」
 総攻撃を行いつつ、ルナフィリアは追いついて来たミリハナクに叫んだ。

『了解ですわ〜!』
 ぎゃおちゃんが荷電粒子砲を一閃。

 この総攻撃でも、ソルは未だ大きな損傷を受けていない。機体の一時強化を行い損害を抑え込んでいたのだ。
 しかし、傭兵たちの猛攻が無駄だったという訳では無い。ソルの子機は、本質的には本体の一部である。故に、分離させた分だけ本体の耐久力を削る。つまり、子機を破壊すればソル本体の耐久力も低下するという事である。
 そして、何よりソル本体は万全でもその操縦者はそうではない。操縦者の身体能力が操作に直結するというワームの特性上、子機の展開と機体特殊能力の解放は、相応の代償となって再生体であるシェアトを蝕み始めていた。
『クッ‥‥ハハハッ! 流石にこの俺様でもキツいではないか! しかし、まだだ! まだここで終わりにしてはスーパーバグアイリュージョンの終幕に相応しい美しさでは無いッ!』
 だが、シェアトに、ソルにもはや後退や停止と言う選択肢は無い。身体の不調が限界を超えることなど無視してソルはただロスに向かって疾走する。

「私も‥‥あの方に助けてもらっていなければ、ああなっていたかもしれませんね‥‥」
 ソーニャに続いて降下して来たイツハは、安らかな残骸となった二機のワームを見て呟いた。
「もう、終わりにしましょう‥‥シェアトさん」
 そして、イツハは再びPDレーザーを発射。上空から発射された紅い光が子機を巻き込んでいく。
『ならば、奥の手だッ!』

 瞬間、ソル主砲であるレーザー発振器が唸りを上げた、周辺に赤い粒子がが漂い、輝きが増していく。

「させません!」
 と新居。
「撃たせはしない‥‥!」
 ルナフィリアも同時に叫んだ。二機はソルのディメントレーザーを阻止すべく輝く砲身にエネルギーミサイルと、螺旋弾頭ミサイルの残弾を集中させた。

 だが、再び一時強化で損傷を防いだソルは更に迎撃用のフェザー砲を集中。子機まで盾にして砲身を防御した。
『ハァーハッハッ! 惜しいな人間共! さあ! どこに撃ってやろうか!』

 咄嗟に、ソルに追随していたKVは一旦離脱する。だが、ソルの狙いは傭兵では無かった。そして、危ない所でまずラサが、続いて百地がそれに気付いた。

 ――フェイントカ!? イヤ、撃つ寸前に角度を変えテ‥‥!
 
 過去に、ディメントレーザーを使用した戦法に経験のあったラサは咄嗟にシェアトに狙いに気付いた。

「悠季殿―! 狙いはソッチだヨ! 正規軍の人たチを!」

 ラサは慌てて管制の百地に通信を繋ぐ。

 連絡を受けた百地はラサの言う通り幅を大きく取った回避コースを周辺の正規軍機体に指示した!
『AACより各機! 回避行動!』
 直後、ソルの放った赤い閃光が戦場を走った。その出力に周辺の大地は抉られる。
 その高熱が引いた戦場では正規軍の通信が飛び交った。

『状況は!?』
『何機か掠めましたが‥‥大丈夫です!』
 どうやら被害は最小限に抑えられたらしい。
「危なかっタ‥‥ああいう極太レーザーとは我輩相性悪いんだよ‥‥」
 ラサはほっと息をついた。
「もう、こんなに橋頭保の近くまで‥‥!」
 計器を確認した新居が焦りを見せる。
「‥‥我輩もシリアスで必死なんだナ、お互い慣れない事は苦労するネ。相手も覚悟しているようだし、ここは全力で相手しないとナァ」
 そしてラサは、ソルを見据える。

 ――だが、撤退はしない、それをマスクドバグアへの敬意としよう

「‥‥強敵ダケド、皆頑張ロウ!」

「この土壇場でスーパーバグアのお相手ができるなんてね。今頃になってツイてきたかな」
 ブーストと走輪走行でソルに追随していた久志が不敵は言うと、雪村とソードウィングを構えた。
「こうなったら、直接砲身を叩くしかないね」
 先刻の攻防を見ていた久志は、ソルの砲身を破壊するには直接近接武器で殴りに行くしかないと判断した。

「同時に仕掛ければ、スーパーバグア様の注意を分散させられるかもな」
 ロジャーも同様に練剣を構えた。

 それまでは、ツングースカとスラスターライフルの二丁拳銃で子機の射出口や、搭載火器を攻撃していたゲシュペンストもここに来て決意を固めた。

(俺の極技、ドリルは初めてKV依頼に出てから今日まで陸で空で宇宙で、何度機体を乗り換えても、どんなに戦場が変わっても変わる事無く回り続け、最も長く最も多くの戦場を共にし、遭遇したあらゆる窮地を突破して来た逸品‥‥)
 改めて愛用のドリルの事をを思い起こし、気合を入れたゲシュペンストは叫んだ。

「――この螺旋には己のKV乗りとしての歴史と伊達と矜持と気合と魂、それら全てが刻まれているッ! 行くぞ!」

「ならば、僕たちは」
 新居が言う
「ああ、援護に徹しよう」
 ルナフィリアが答えた。
 百地も機動砲による放電で援護する。


「ロスへは行かせません!」 
 まず、新居の機体がアームの基部に向けて残弾全てを叩きこむ。

「これで最後のミサイル‥‥全部受け取れっ!」
 周辺を飛び回る子機に対してはルナフィリア、そしてソーニャがミサイルの雨を降らせる。そして、子機のレーザーとミサイルが相殺し合うエネルギーの花火を潜り抜けて、接近戦を仕掛けるべく数機のKVがソルに肉薄した。

『ハァーハッハッハッハッハッ! 来い! 纏めて相手をしてやろう!』
 シェアトはもはや身体の崩壊など一顧だにしなかった。この時とばかり装甲内に格納されていた近接戦用のクローアームとレーザーブレードアームを全て展開。ソルの胴体を囲む傘の骨の様に全てのアームが不気味に軋む。

「それが貴殿の答えカ、ならば我輩も腹をくくらないとナ!」
 ラサはジグザグにアームと対空砲を潜り抜け、砲身を剣翼ですれ違い様に浅く切るも同時にレーザー刃の一閃を受け、遂に機体を撃墜された。
 ロジャーもレーザー刃の直撃を受けたが、AECで初撃に耐えると雪村の刃を深く砲身に叩きこみ、続いてチーェンソーをねじ込む。だが、ここで緒戦の支援砲撃で損傷していた機体の限界が来た。
 爆発したシラヌイが、地面を転がる。
「ふう、AECが無ければ即死だった‥‥」
 ようやく止まったKVの中で重体を負ったロジャーが呟く。実際何も間違てはいないのが逆に笑えない。
 捕獲用アームの追跡をかわして砲身に迫る久志。だが、遂に追い込まれた――と誰もが思った瞬間。
「ハヤブサのハヤブサたる所以、見せてやるッ!」
 超伝導で無理やり機動を変化させた久志は遂に雪村を発振器に突き立てる。だが、離脱までは間に合わず、傷ついていた彼の機体に背後からレーザー刃が襲い掛かり、彼の愛機も地面を擦る。そして、久志も重体となった。
 ここで、新手がソルに挑む。UNKNOWNの黒い機体が正面からアームに挑む。数回アームと拳をぶつけ合ったUNKNOWNは捕獲用アームの関節部を掴むと、解体する様にへし折った。
「うむ、このまま分解させてもらおう」
 だが、別方向から振るわれたアームが直撃。ソルの特殊能力か、重装甲をも貫く痛烈な打撃を受けた彼の機体が大きくバランスを崩した。

『ハァーハッハッハッハッハッ! どうした人間共! もう終わりか!?』

「いや‥‥まだ終わっていない! 勝負だ!! スーパーバグア!!!!」
 そして、空中で変形したゲシュペンスト・アイゼンがレッグドリルを突き出す。
『やはり来たか黒い機体! 良かろう! だが、今度の俺様は本気も本気! 純度100パーセントだッ!』

「究極ゥゥゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォォォッッ! キィィィィィィィッック!!!!」

「限界ィィィィィッ! イリュゥゥゥゥゥジョン! ハァァァァァァァァンドッッ!」

 そして、全ては一瞬で起こった。ゲシュペンストのレッグドリルは全方位から迫るアームの内、数本を破壊したものの、後一歩で発振器に届くという所で、横からのレーザー刃に切断された。
 だが、ゲシュペンストは諦めず強引に機体を反転させ、パイルバンカーを突き出す。

 パイルバンカーが正面から発振器を貫く。
 と誰もが想った。
『残念だったな! 人間!』
 しかし、ソルの捕獲アームがゲシュペンスト・アイゼンを捕獲していたのだ。
 だが、強引にブーストを吹かしていたゲシュペンストは気付いた。先刻、新居がアーム基部を狙って攻撃していたおかげで、アームが破損している事に。
「皆‥‥すまないっ! シェアト、レッグドリルはまだあるっ!」
『なにッ‥‥!』

 そして、アームをへし折って振り解いたゲシュペンスト・アイゼンのレッグドリルが発振器を直撃。それまで仲間につけられていた傷や、ひび。そしてロジャーのチェーンソーなどから傷が広がっていく――

『このソルに接近戦とは相変わらず愚かだなッ! 人間!』
 シェアトは悟っていた。ソルはまだもつかもしれないが自身が限界であると。そして、ソルの主砲は損傷がひどく危険だが、まだ『撃つ事は出来た』。この状況で彼の美意識に相応しい幕引きは一つしかなかった。
『だが‥‥『俺も』愚か者か! ハァーハッハッハッハッハッ‥‥――』
 シェアトは迷わず、ディメントレーザーを放つ――
 既に損壊していた砲身から膨大なエネルギーがソル本体に逆流。最後のゼオン・ジハイド専用機は自爆に近い形でその終焉を迎えた。
 エネルギーの逆流故かゲシュペンストは直撃を受け機体も原形を留めぬくらい大破したが、一命は取り留めた。
 恐らく幻覚だったのだろうが、意識を失う直前、彼は炎の中を舞う仮面を見た気がした。
「なんだ‥‥仮面はもう止めたのかい?」


 戦闘終了後、軍はバハカリフォルニア半島への攻撃を敢行しようとした。
 だが、KVのほとんどが万が一ソルが止まらなかった場合に備えて装備を換装していたので時間がかかり過ぎた。
 ロサンゼルス方面軍がが攻撃準備を整えた頃には、全てのBFが打ち上げを完了しており、作戦指揮が行われていた思しき場所を含めて各地の基地に部隊が到着しても、そこは蛻の殻だった。