タイトル:【残響】憧憬【TT】マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/20 11:57

●オープニング本文


 フロリダ半島での戦いは集結し、エミタ・スチムソン(gz0163)はシェイドと共に討ち取られた。その前には南米のベネズエラ攻略も完了しており、南北アメリカ大陸のバグア勢力は実質壊滅した。
 しかし、これでこの大陸から一定規模のバグア勢力が全て駆逐され訳では無い。中米バグア軍――エミタがフロリダに移動する以前に指揮していたバグアの勢力が旧メキシコ領に残存していた。
 北中央軍としても無視は出来ず、メトリポリタンX周辺とフロリダ一帯の掃討戦を進めつつ対岸に当たるメキシコの動向には注意を払っていた。
 そして、本星攻略戦も大詰めを迎えた2012年秋、ついに彼らは動き始めた。


 メキシコ及びカリブ海のバグアが北西のバハカリフォルニア半島方面に大規模な移動を開始したとの報告がオタワにもたらされた。
「【Trail of Tears】(涙の道)だと‥‥フン」
 その直後、ドクトル・バージェス(gz0433)が友軍に向けて行った広域通信を傍受したヴェレッタ・オリム(gz0162)中将は司令室でそう吐き捨てた。
 放送は、人類側に「聞かせる」ことを前提にしたものだろう。その証拠に具体的な内容は全く語られていない。
 この「涙の道」とは1883年、当時北米先住民であるインディアンから土地を奪い続けていた時の合衆国政府が、東部ジョージア州のチェロキー族を後にオクラホマ州となる地域に強制移住させ、その過酷な道中でインディアンに多くの犠牲を出した出来事の呼称だ。
「‥‥ギガワームの時を思い出しますね」
 そう幕僚の一人が応じた。
 2011年の秋に砲戦型ギガワームがオタワに侵攻した際、かつて人類が北米大陸で全滅させたリョコウバトを模した悪趣味なキメラで戦線に余計な彩りを加えたのもこのバージェスであった。
「相変わらず嫌味だけ一人前だ。まあ、この機会に纏めて‥‥」
 そう気軽に言った副官は、オリムの険しい表情に口をつぐんだ。
 この作戦名が、侵略者であるバグアがその支配地を追われることが、その引用元のケースとは全く違うことを十二分に理解しての皮肉だということは間違いない。だが――。

「‥‥なるほど、存外やりがいのある相手かもしれん」

 自分の趣味と目的に興じて人類に害をなすだけの小物、というのがオリムこれまでのバージェスに対する認識だった。
 だが、オリムはここに来てその認識を幾分かは改めていた。
 中米のバグア軍が彼の提案により明確な目的を持った軍事行動を開始しているのは紛れもない事実なのだ。
 上下関係や派閥意識の徹底したバグアが、さほど強力な個体とも思えずエミタ派でもないバージェスの趣味に、諦念やソルと再生バグアの存在といったくらいの理由で付き合う訳がない。
「メキシコ湾内の警戒を怠るな。ロスアンジェル方面軍と太平洋軍にも連絡を。何か仕掛けてくるとすれば‥‥恐らくロスだ」
 オリムの命令に、副官は一気に緊張を取り戻した。
「【FF】の次は【TT】か‥‥バグアの命名というのが不愉快だがな」


 フロリダで掃討戦に従事していたE・ブラッドヒル(gz0481)は半島北部の拠点へと帰還した時、上官に当たるエレナ曹長から翌日の作戦行動について指示を受けた。
「ユカタン半島、ですか?」
 ヒルダは、意外とは思わなかった。恐らく大規模移動に伴う牽制なのだろうが、ここ最近はメキシコ湾を横断して飛来する無人機やキメラの迎撃に対するスクランブル発進が飛躍的に増えていた。
 たまには、こちらからユカタンに攻め込もうとうことなのだろう。
「残念ながらそーいう事ではないのです」
 そう言って、任務の内容を説明するエレナ。見る見るうちにヒルダの顔色が変わっていく。
「脱走兵の‥‥確保!?」
「そうです曲がりなりにも大部隊が移動中の敵地への潜入ですから私と二等兵。後は傭兵さんという構成になるでしょうね」
 エレナがそう言ってから、ヒルダに説明した今回の任務は以下のような内容であった。

 ヒルダ達同様、メキシコ湾で敵の迎撃に当たっていた別の部隊の駐屯地から、待機命令中に一機のリヴァティーが離陸。帰還命令を無視してユカタン方面へ飛び去った。
 
 操縦者は最近北中央軍に入隊した能力者の少年兵。年齢は11歳。
 去年までバグアの支配下に会ったピッツバーグでドクトル・バージェス(gz0433)というバグアに直接教育をうけていた。
 しかし、強化人間化、洗脳、更には思想面での調査は厳密に行われたがいずれもパスしているとの事。
 また、前述の教育は通常の子供が受ける初等教育のカリキュラムと同一であり、親バグア育成のためのものでは無かったこともUPCによって報告されている。

 入隊まで通っていた学校では、途中編入にもかかわらず成績優秀、特に音楽については高い適正を示していた。ただし音楽の基礎を誰に習ったかについては固く口を閉ざしていた。また同級生の証言では時折『先生に会いたい』と口にしていた模様。

 以上がエレナの説明であった。

「バージェ‥‥ス」
 
 その名前は、ヒルダにとって決して無視できるものでは無い。バグアの強化人間実験部隊『ハーモニウム』として改造された故に、人間としては一切の過去を抹消された彼女にとっては、唯一の過去の手掛かりであるバグア。
 同時に、強化処置の失敗によって、一旦は廃棄されるはずの彼女を直したのもこのバグアであることが解っている。
 現在はエミタによる『巻き戻し』によって人間に戻ったヒルダだが、見方によってはこのバグアは彼女の命を繋ぎ止めて重い宿命を負わせた、と言えるのかもしれない。

「また‥‥私の様に人間の運命を弄ぼうというのか‥‥!」
 ヒルダは拳を握りしめる。ピッツバーグでバージェスに教えられていたというのも、考えてみればバージェスの玩具のようなものなのかもしれない。もし、今回の脱走がバージェスの手引きによるものなら‥‥
「もちつきなさい二等兵」
 エレナがぽん、とヒルダの肩を叩く。
「こういうややこしい任務では下手な先入観は逆効果ですよ今はあれこれ考えるのではなく必要なことだけを考えようぜ」


 その少年は両親を失っていたために、バージェス支配下のピッツバーグでは、他の生き残りの住民に共同で面倒を見てもらっていた。
 能力者適正が発覚した時点で、どんなに戦うことが怖くても、両親の庇護が無い彼にはUPCへの入隊を断るという選択はなかった。
「せんせいは‥‥この先の半島にいるんだ‥‥そこまでいったら、また昔みたいに教えてくれるよね‥‥会いたいよ‥‥せんせい」
 夜通し飛んで、ようやくユカタンに着いた少年は、密林を進むリヴァティーのコックピットで泣きながら、それでもKVで進み続けた。
 彼は、『教育』の成果ゆえ自分の行動がどういう意味を持っているかしっかりと自覚していた。
 それでも、彼はかつてのピッツバーグでの日々に対する憧憬を忘れられなかった――

●参加者一覧

時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
若山 望(gc4533
12歳・♀・JG
シャルロット(gc6678
11歳・♂・HA
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
日下アオカ(gc7294
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

 密林の中を慎重に着陸した7機のKV。その内迷彩塗装を施したニェーバの中でエリアノーラ・カーゾン(ga9802)こと、愛称ネルは独り心地た。
「何かこう、その11歳の「脱走兵」クンの軌跡を思えば、色々と考えさせられる状況だけど。ま、それは身柄を確保してから考えるべきコトか」

「ちょっと揺れますヨー、ダケド我輩のあり余るドライビングテクニックを信じるのダ!」
 ラサ・ジェネシス(gc2273)はそう言うと自機のクノスペを上手く海岸の空き地にVTOLで着陸させた。クノスペのコンテナから降りた時枝・悠(ga8810)は体をほぐしつつ呟く。
「自機のシートほどじゃないが、割と乗り心地良いんだな。産廃を掴まされて以来クルメタル嫌いだけど」
 
 ネルがラサのクノスペのコンテナ内で待機していた三人に言う。
「生身の人は、キメラ以外にもボアには気をつけた方が良いわよ? 毒は無いけど、動物食だし。最長で5mくらいになるし。模様とかエキゾチックで綺麗で、飼いたいくらいなんだけど‥‥獰猛なのよね」
『聞いたてた!? 二人とも! 僕が見て無いからと思って悠さんに迷惑かけないようにね? ハンカチ持った? ティッシュは? 密林で使う道具に忘れ物は無いよね!?』
 ネルの警告でより危機感を煽られたのかKVに乗ったシャルロット(gc6678)が、小隊【Album】の仲間で、今回は生身で行動する月居ヤエル(gc7173)と日下アオカ(gc7294)に矢継ぎ早に言う。
「シャル君は心配し過ぎだと思うんだけどな‥‥」
 多少、頬を膨らませる月居。何といってもこの場にいる小隊【Album】の中ではシャルロットは最年少である。まあ、緊張をほぐそうとしてくれているらしいことは月居にも解るのだが‥‥
(それに‥‥心配といえば、アオちゃんの体力も心配だな〜‥‥もっと走り込みの距離を伸ばしておくんだった)
 どうやら月居まで心配になって来たらしい。
「無理しちゃダメだよー?」
「どういう意味ですの‥‥」
 二人を睨む日下であった。

「あの、ネルさんそれって蛇さんを殺さないよう気をつけろって意味じゃあないですよね‥‥?」
 一方、ヒルダは何となくネルの口調に爬虫類に対する愛を感じ、恐る恐る尋ねる。それと彼女はネルがペットにイグアナを飼っている事を思い出した。
「あ、ヒルダは蛇や鰐みたいな爬虫類は平気?」
 笑顔で訊いてくるネルお姉さん。
「いえ、特に‥‥」
 そう言ってから、急にヒルダは真面目な顔になる
「‥‥恐竜でなければ」

「ヒルダ殿、落ちついてね、無茶しちゃ駄目デスヨ」
 そのヒルダの口調から、恐竜からバージェスを想起している事を察してラサが慌てて言う。

「バージェスって、ヒルダさんの過去に関係してるバグアだよね。それを先生って慕う子、か‥‥何となく‥‥誘因されてるような気がしてしまうけど‥‥十分、気をつけて追いかけなきゃね! だからヒルダさんも落ち着いてっ!」
 ヒルダを心配していた月居が明るい声を出して、周囲を励ます。

「ん〜、バージェスってバグアにとっては酔狂だったのかもだけど‥‥その子にとっては心の支えだったのかも? なんにせよ‥‥連れ帰らないとね。ヒルダも、いろいろ思うところがあるみたいだけど‥‥ここは敵地だから今は任務に集中して‥‥」

「シャルさん、やえるんさん‥‥、ラサさんもすみません。
「とりあえずは、脱走兵の捕縛任務と。バージェスとかその辺の話は落ち着いて話せる所に着いてからですね」
 ピュアホワイトで付近の探索を行っていた若山 望(gc4533)がそう言ってその場を纏めた。
「音楽に高い適正‥‥その少年と落ち着いて話がしたいですわね」
 一方、日下の興味は他の傭兵とは少し違う所にあるようだった。


 さて、生身で先行した悠、月居、日下の三名は三人とも地図を片手に、密林内部の空き地のような場所で進路を相談していた。
 地図上には、悠によって基地から目的地を繋ぐ線上に脱走兵の降下したと思しきポイントが書き込まれている。
 また敵戦力の移動経路も矢印で示されていた。
「私たちの進路が正しければ、そろそろ追いつくはずなんだがな」
 と悠。
「そうですね‥‥そろそろ日も傾いてきたみたいだし、急がないと‥‥」
 月居もそう応じてから、傍らの日下を見た。
「大丈夫? もっと走りこんでおくんだったね‥‥」
「こ、この、体力バカ兎っ‥‥!」
 叫ぶ日下。
 その時、望から通信が入った。

 ――『北東の方角にKVが通過したと思われる痕跡を発見しました。生身班の方たちは先行して確認していただけますか?』


 脱走兵のものと思しき痕跡を発見した後、一向はいったん合流。その後再び生身班が先行して痕跡をたどる形で二手に分かれていた。
 現在、両班の距離は1km程度離れている。
 KV班においては、ピュアホワイトに乗る望がワームの警戒と地形の調査に集中。それを他のメンバーが補佐する形を取っていた。
 
 望の機体が発見したKVの足跡や倒木のデータを味方機に送信する。時たま、こちらを感知して襲い掛かってくるキメラはヨハン・クルーゲ(gc3635)が白桜舞で手早く片付けていった。

「生身の方々は大丈夫でしょうか?」
 ヨハンがそう言って練機刀で焼き切られたキメラを見下した時、突然シャルロットが言った。
「ちょっと待って下さい! あれ!」
 その方角では、木々の間から色とりどりの熱帯の鳥が次々と飛び上がるのが見えた。鳥の動きにも注意を払っていたシャルロットだから気付いたのだろう。
「あの鳥の騒ぎ方‥‥ワームかな?」
 シャルロットが心配そうな様子を見せる。
「いいえ 重力波は検知出来ません‥‥でも、シャルロットさんのおかげで目標を見つけられました」
 シャルロットの言った方向をカメラでズームアップした望が報告した。


 数十分後、生身班の三人は遂に発見した脱走兵のリヴァティーを、発見されないように追跡していた。
「まずは話し合いたいな‥‥時間はないけど、無理矢理は好きじゃないし」
 走りながら月居が言う。
「その辺は任せるさ。誰かが警戒してきゃならないからな」
 そう言ってから悠は、バージェス云々の話には割と無関係な人間だしな、と付け足した。
 やがて、少年兵のKVが休憩か進路確認のために一旦動きを止める――。
「説得は任せるわ。ただ、私は状況次第では実力行使での身柄確保もやむを得ないと思ってる。‥‥勿論、出来れば荒事にはしたくない。彼自身の確保と心情が優先されるけど乗っている機体だって大切な「地球の戦力」なんだし」
 ネルはそう言った。

「じゃあ、まずは私が説得してみるね! 多分だけど生身の人間の方が安心してくれると思うし、いざとなったら瞬速縮地で逃げられるから‥‥」
 そう言って、月居が駆けだした。


「!?」
 KVに乗っていた問題の少年は、いきなり足元に飛び出して来た月居に驚いてKVを起動させる。

『誰なの! 危ないから其処をどいて下さい!』

「申し訳ないんだけど‥‥貴方をこれ以上行かせる訳にはいかないんだよ‥‥」
『‥‥っ!』

 月居の言葉から察したのか、少年は再びKVを停止させた。
 その様子を見たヨハンはこう言った。
「‥‥どんな気持ちでこんなことをしたのかはまだわかりません。でも、あの様子なら穏便に済むかもしれません。次は、私に任せていただけますか?」

「お願いします。ヨハンさん」
 ヒルダがそう言い、周囲も賛同したのでヨハンは回線を繋ぐ。

『まずは、落ち着いてこちらの話を聴いて下さい。そちらからも解ると思いますが、こちらは7機です。貴方の機体の武器や手足を破壊することも容易ですが、私もそんなことはしたくない。どうか、お話だけでもさせていただけませんか?』

『‥‥わかり、ました』
 ややあって、少年はKVを止めた。
 ヨハン以外のKVの存在を感知したのだろうが、ヨハンの説得や月居が生身で体を張ったのに心を動かされたせいもあるのだろう。


「‥‥! ワームが‥‥」
 ヨハンの説得の途中で、望が遂に敵機の存在を確認した。
「TWが二匹で南と東からですかこの動きだと本隊から離れた無人機みたいですがほっとくわけにもいきませんね」
 データを確認したエレナの言葉に望は説得を切り上げさせようとしたが――。

「こっちの方は私が引き受ける。‥‥折角説得が上手き行きそうなのに、邪魔されちゃ面倒だ。生身で雑魚ワームの相手ならいつもの事だしな、多分」
 小銃を担いだ悠は、サプレッサー(消音器)もあるしな、と付け加えて要撃へと向かう。

「私はこっちを。離陸時にTWから狙撃とか笑えないし。無人機一機ならウチの子、比較的堅くてタフだから多分大丈夫。感づかれないよう。重火器は使わないで串刺しにしてくるわ」
 そう言うとネルのビリュザーも機槍を振りながら密林の奥へ歩いて行った。


「貴方は先生に会いたいようですが、このまま向かってもその方に会う前に他のバグアに刈られてしまうのが関の山です、引き返した方が賢明ですよ」
「あるいは、その先生は貴方の言うように受け入れてくれるのかもしれません。しかし、周囲のバグアはどうでしょうか?」
 少年もヨハンの言うことは理解したらしい。いや、最初から自分でも解ってはいたのだろう。

 ――そう、この少年も頭では理解していたのだ。脱走の重さと同時に、今バージェスの元に走っても、どうにもならないという事は。それでも敢行してしまったのは精神のほうが彼の成長に追いついていなかったと言う事かもしれない。

「分かっていたんです‥‥分かっていたのに‥‥」
 そのままコックピットの中から嗚咽が聞こえてきた。

 この時、一行が居る場所から離れた二箇所で何か重い物が倒れる音がしたが、原因は解っていたので警戒を行っていた望以外は誰も気にしなかった。

「うン、そんなに泣かないデ。‥‥我輩モ寂しかった気持ち、分かるヨ」
 次に口を開いたのはラサだった。回線の向こうの声が泣き止んだ。
 正に天使のようなフォロー。飴と鞭の大切さが‥‥ゲッフン!
「でモ、やっぱり間違ってるヨ。もしかしたら、別の誰かが死んじゃっていたカモ知れないンダ」
「! ‥‥ごめん、なさい‥‥」
 ウンウンと、コックピットの中で安心するラサ。しかし、彼女の頭にある疑問が浮かぶ。
(でもちょっと疑問が残るナに‥‥あのバージェスが普通に教育をするとは考えにくい‥‥)
 ラサが逡巡している間に、次は日下が、回線を繋いだ。
「‥‥流石に敵地で余り音を出したくないですから、一小節しか吹きませんわよ」
 それは、少年がよく奏でていた曲の一節であり、クノスペの中で移動中日下が鼻歌と指で奏でていた曲であった。

『なるほど、こういうことだったんだね!』
「凄いよ、アオちゃん!」
「この解釈であっていますわよね?」
「‥‥違う」
「え!?」
 少年の返答にちょっとずっこける日下。
「‥‥アオちゃ〜ん」
『‥‥アオちゃ〜ん』
 親友二人からの視線が痛い!

「せんせいは‥‥」

 ――僕の中身は宇宙人だから、解釈とか難しいことはよく分からないよお? だけど、確かにコレには君たちを進歩させてきた何かが詰まっているような気がするなぁ♪

 バージェスは技術的な部分のみを仕込んで、後は生き残りの前で事あるごとに演奏させるなどして、技術を磨かせたらしい。

「そう。‥‥いい先生ですわね」
 日下は静かに言った。
「ただ、それならそれでちゃんと軍に報告すべきですわ、彼女のように思う人もいることですし、ね」
 そう言うと、日下は呆然と少年の話を聞いているヒルダの方を見た。
 話し合いが上手く言った事もあり、少年はKVを自力で操縦して行く事になったついでに監視役と言う名目で、日下も少年のKVに同乗する。

 何事も無く戻っていたネルが殿を務め、悠も再びクノスペに乗り込む。
 
 ちなみに、一行の離陸地点から離れた密林の中には小銃で頭を吹っ飛ばされたTWと、槍で一突きにされたTWの残骸が転がっていた。


 無事8機のKVを着艦させた空母がフロリダへ向かう途中。愛機から降りた望は飛行甲板で黄昏れているヒルダを見つけた。
「望さん‥‥どうしたんですか? 今日はいつもお洋服ではないんですね」
 そう言ってヒルダは笑って見せた。
「機体を降りての行動もあるかもと思って‥‥以前の生身戦闘で懲りましたし‥‥」
 そう照れ笑いしながら、答えた後、望は気づいた。
 その笑みが、ヒルダが自分を心配させまいと無理に浮かべた笑みであると。望は駆け寄ると、ヒルダをそっと抱きしめた。

「‥‥大丈夫ですか」

「ごめんなさい‥‥心配かけて」

「分からなくなってしまったんです‥‥あのバグアのことが。あの子はヤツにそそのかされたのではなく、自分の意思で抜け出した。あの子にそこまでさせるあのバグアはいったい何なのでしょう‥‥? また、分からなくなってしまって‥‥」

 望が体を放して何か言おうとした時、日下の声が聞こえた。
 
「別にいいんじゃありませんの? そういう極端な評価の『先生』であっても」
 
 目を見張るヒルダ。日下は続ける。
「‥‥過去を奪われるのがどれほどのことか、アオにはわかりませんわ」
「‥‥」
「ただ、大河は両岸から望むべし、らしいですわよ。アオの先生である父の言葉は今も胸にありますわ‥‥残っているものがあったなら、それはきっと本物ですわよ」
「でも‥‥ッ」
「アオも自分の先生、嫌いですし」
 そう言ってニヤリと笑ってみせる日下。ヒルダは暫く呆然とした後、思わず笑った。

「私も‥‥憎んでいるのとは違うと思うんです。あのバグアを。ただ、実際に会ってみたい。それが私の過去の唯一の手がかりで、そうしなければ、私は前に進めないと思うから」

「余計な事かもしれないがな。ま、あまり気張ると持たんぞ」
 そこに、やって来た悠がコーヒーを運んでやって来た。


「まさか、また減刑嘆願書を書くことになるトハ‥‥」
「いつもすみません‥‥ラサさん」
 空母の休憩所でヒルダは今度はラサと会話していた。
「ヒルダ殿が謝る事じゃないですヨー。‥‥しっかし、いくら能力者とはいえ精神は普通の子供なんだよナ‥‥子供に戦わせるのもどうなんだろう‥‥こんな戦いは早く終わらせないとデスネ」

「はい‥‥バージェスの事はともかく、あの子も戦争の犠牲者だと思います。最初から普通の学校にいけていれば‥‥」
「我輩も戦争終わったら学校にって‥‥これはまぁいいカ」
「いいえ、ラサさんなら、きっと学校生活も楽しいと思いますよ? ‥‥私も、きっとあそこでの思い出だけは‥‥」
 そう言って寂しそうに笑うヒルダ。
 何故か、きゅんとなるラサ。
(ヒルダ殿の事は心配でほっとけない感じ‥‥これって恋!?)

「キマ(以下略)あ、そういう書類は私の方に回してくださいねー」
 その二人の背後を、今回の件についての書類を大量に抱えたエレナが背中に哀愁を漂わせながら通過していった。