タイトル:【残響】空はより蒼くてマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/27 18:37

●オープニング本文


 ベッドが並んだ病室の中で歓声が上がった。

「見えたぞ‥‥!」

「何て青いんだ‥‥」

「ああ‥‥アメリカは、俺の故郷はあの辺りか‥‥」

 暗い虚空の中、徐々に大きくなる、青く輝く母なる大地、地球。包帯に巻かれ、呼吸器に繋がれた負傷者たちは、口々に歓声を上げた。中には感極まって、涙を流す者さえいた。

 昨年末に宇宙に歩を進めたばかりの人類は新たなる領域で激闘を繰り広げて勝利を重ね、着実に赤い月へと迫っていた。
 だが、その犠牲は決して少なくは無い。

 【崩月】月面会戦のきっかけとなったL2における分遣艦隊の全滅を始めとして、多くの兵士がKVや輸送艇、そして巡洋艦と共に斃れた。
 そして‥‥奇跡的に命を拾いはしたが、もはや戦えぬ体になった者。あるいは兵士としてはまだ持つが、宇宙と言う環境でこれ以上の兵役は不可能と判断された者。宇宙での戦いにはまだ持つが、治療と療養の為に一旦地上への帰還を余儀なくされた者。
 こういった負傷者もまた、宇宙での激戦に伴い大量に発生していた。現在、軌道上から大気圏へ突入しつつある二隻の兵員輸送用シャトルにはこういった人員が満載されていたのである。

 だからこそ、このシャトルのフライトについては通常の人員輸送以上に細心の注意が支払われた。
 航路は厳重に秘匿され、降下地点も人類側勢力圏に指定された。‥‥なのに、敵は現れた。

「待ち伏せ‥‥!?」
 レーダーに反応を確認したシャトルの操縦士は驚愕した。
 シャトルが大気圏突入によって発生するブラックアウトと呼ばれる通信途絶状態に入る直前に、眼下の状況を確認した所、シャトルの降下コース上で三機の本星型ヘルメットワームが待ち構えているのが確認されたのだ。
 既に、突入が始まっている以上コースの変更は出来ない。数分後には確実にシャトルが本星型の攻撃を受けるだろう。
 船外の気温が上昇していき通信不可能な状態が迫る中、操縦士は慌てて地上との通信回線を開いた。

――『こちら兵員輸送船! 本船の降下コース上にワームを確認! 高度20kmで接触される! 大至急応援を送られたし! 繰り返す‥‥!』


 その時ヒルダことE・ブラッドヒル(gz0481)は競合地域に近い前線基地にいた。

「兵員輸送船が襲われた!?」

「ああ。怪我人を満載して宇宙から帰る途中でな」

 通路を、滑走路に向かって走るヒルダと、彼女の教官でもあり現在はKV部隊の隊長に戻ったコバシガワ。既に滑走路では整備班がKVに高空用のスクラムジェットブースターを取りつけていた。人員が終結し次第発進。加速後空中給油を経て作戦地域へ向かう事になる。
 だが、ブースターはこの基地に三基しか用意されておらず出撃出来るのはコバシガワと彼の古い部下、そしてブラッドヒルの三名だけである。

「別の前線基地からは急遽集結していた傭兵たちが上がる。ブースターは八基用意出来たそうだ」

 コバシガワが状況を説明中、突然現れたヒルダの上司であり監視役でもあるエレナが二人を呼び止めた。ヒルダはエレナと少しだけ話した後、コバシガワの後を追った。
 

「これが‥‥空」

 ――教官の、飛んだ、そして私の望んだ

 蒼い

 どこまでも、蒼かった。空中給油を受け、スクラムジェットブースターで更に高高度、成層圏へ――

 蒼が、濃さを増して行く。

 ――教官。そして、士官さん、私ここまで来ました。

 ヒルダは、脳裏に教官と、北米で自分の治療に骨を折ってくれた士官の事を思い出した。彼らだけではない、あのグリーンランドから、ここまで、傭兵を始め、多くの人達のおかげで自分はこの空を飛んでいるのだ。

 ――『人間』として

 無論、能力者である以上、訓練施設でも何度か飛行訓練は行った。既に何度か前線に駆り出された彼女は、KVでの陸戦も経験している。しかし、空戦の実戦はこれが始めてでもあった。

「だからこそ‥‥!」
 ヒルダは、出撃直前にエレナに言われたことを思い出す。

「解っていると思いますが今回の任務猪は兵員輸送シャトルの死守が最優先です何故貴女の出撃が許可というかむしろ命令されたか解りますねそうです貴女は初陣の時の様な新兵でも訓練所の時の様な訓練生でもない」

「解っています‥‥エレナ曹長!っ」

 レーダーがバグアのワーム、そしてシャトルを捕える。あのシャトルに乗っている兵士たち。宇宙と言う最前線で戦い、傷ついた仲間。そして彼ら一人一人にはそれぞれ大切な人、彼らの帰りを心待ちにしている人々がいるのだ。
 ここまで来て、彼らをやらせる訳にはいかない。

「私は‥‥」

 もうこれ以上、増やしてはいけないのだ。自分のようにバグアのよって全てを狂わされた人々を生みだしてはいけないのだ。その為に自分がしなければならない事は――

「シャトルは『死守』するッ! 何としても!」

 ヒルダは操縦席で気勢を吐いた。

●参加者一覧

エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
アセリア・グレーデン(gc0185
21歳・♀・AA
若山 望(gc4533
12歳・♀・JG
シャルロット(gc6678
11歳・♂・HA
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 E・ブラッドヒル(gz0481)ことヒルダ達三機と、ヒルダ達とは別の基地から出撃した八機は空中給油を終え、遂にスクラムジェットブースター(以下SJB)の加速を始めた。
 
 ――ふと、眼下を見るヒルダ。眼下には白い雲海が広がる。そして、空を見れば、その青さは機体の上昇につれて増々濃くなっていく。

「‥‥そういえば、SJBの加速は初体験だったな」
 アセリア・グレーデン(gc0185)の声が眼前に広がる蒼い成層圏に引き付けられていたヒルダの耳に入った。
「ああん、ゾクゾクしちゃう」
 恍惚としたソーニャ(gb5824)の声。
 アセリアが問う。
「高高度の経験が?」
「開発試験の時も乗ったんだよ。あと作戦で数回。めったに乗れないんだ」
 ソーニャの声には、この蒼い空を愛機エルシアンと共に駆ける。その事に対する純粋な高揚があった。
 ヒルダも確かにソーニャのような高揚感に浸っていた。
 だが、その感情は今のヒルダを突き動かすもう一つの感情とせめぎ合い、ヒルダの心をかき乱す。
「‥‥傷つきながらも生き残った人達を死なせません」
 若山 望(gc4533)の言う通りだった。
 
 ヒルダは何としても、シャトルを守り抜く覚悟だった。
(そのためなら――)
「‥‥変なことは考えるんじゃないぞ?」
「!?」
 突然のアセリアの言葉に固まるヒルダ。
「泣いてはやらんからな」
 冗談めかしてはいるが、まるでヒルダの心境を知っていて釘を刺すかのようなアセリアの言葉。
「まあ、続きは地上に降りてからだな‥‥帰還したらお茶にでも付き合ってもらおうか」
 やや、声の調子を優しくしてアセリアは続ける。
「‥‥シャトルの護衛は任せろ。落とさせやしない」
「‥‥ありがとう、ございます」
 ヒルダは返事をすると少しだけ微笑んだ。
「戦局は大詰めだけど、怪我人とか大勢でてるんだよね‥‥そういう人達の乗ってるシャトルを襲うなんて。ちゃんと無事に、地上まで帰還させてみせようね! ヒルダさん」
 月居ヤエル(gc7173)の言葉も、ヒルダには心強い。
「憧れの空なんだよね。任務だけど、無理はしないで欲しいな‥‥」
 ヤエルが指で頬を掻きながら笑う。彼女もヒルダの様子を心配していたのだろう。
「やえるんさん‥‥私、大丈夫ですから‥‥」
 友達に、多くの人に支えてもらった命。私の命にどういう価値があるのかは解らないけれど、この人達に心配をかけたくない。そうヒルダは思った。
「KVで‥‥一緒に‥‥戦うのは初めてですね‥‥KVでは勝手が違うでしょうが‥‥自分と教えを信じて下さい」
 奏歌 アルブレヒト(gb9003)の言葉にヒルダが答える。
「正直言って‥‥不安です。でも、奏歌さんや皆さんが一緒なら‥‥!」
「あの赤い月まで、もう少し。貴方の「教官」が、最後の最後に何をしたか。覚えてる?
覚えてる、わよね」
 頭上の赤い月を眺めていたエリアノーラ・カーゾン(ga9802)ことネルがヒルダに言う。
「ネルさん‥‥ええ、覚えています」
 ヒルダの脳裏に『教官』の最期の光景が甦った。その時も赤い月は驕慢な輝き振りまいていた。
 ヒルダは唇を噛んだ。
「なら、輸送船を待ち伏せするようなクソッタレどもをさっさと叩き潰しましょう。そして、あの赤い月を叩きに行かないと、ね」
「わかりました!」
「それにしても‥‥」
 ネルが続ける
「待ち伏せまでして、シャトルを狙ったのは偶然か故意か分からないけど、兵站を脅かす形になるのかしら。WW?当時のUボートじゃあるまいし‥‥強化人間か、軍人のヨリシロが考えたのかしら。ま、ロクなモンじゃないわね」
「ええ‥‥怪我人を満載したシャトルを襲撃だなんて‥‥絶対にやらせない」
 シャルロット(gc6678)も決意を新たにした。
 
 そして、マキナ・ベルヴェルク(gc8468)も怒りを感じていた。
「‥‥本音を言えば、HWに登場している方々にも問いたい。『傷付いた者を乗せたシャトルを、何の呵責もなく撃つのですか』――と」
 マキナが呟く。
「その問いが無駄だとは思いたくない。彼我は、立場が違うだけで同じ物の為に戦っているのだと、そう信じているから‥‥殺したいだけで、戦っているのではないのだと」


 やがて、まずHWが、続いて二機のシャトルが現れた。HWは滞空していた。シャトルが進路を制御できない内に狙う魂胆だったのだろう。
 だが、接近して来るKVを察知したのか本星型の動きにも変化が起きた。咄嗟に終結しようとする三機。だが――

「PDレーザー掃射します‥‥! 各機、散開を!」
 全機が一斉にブースターを切り離した後、マキナのフィーニクス、アスト[フレスヴェルグ]のフィーニクス・レイにエネルギーが収束し――赤い閃光が濃い青空を切り裂く。

 この一射で陣形を壊されたHWは分断され、フェザー砲を放ちながら反撃して来た。
「G放電ミサイル‥‥一斉発射‥‥敵を抑えます‥‥」
 奏歌のSchwalbe・Schnellのミサイルが爆発。凄まじい放電でHWは足を止める。その隙に各機は各々の担当する相手に突撃していく。


「まずボクが突っ込む。HWがシャトルに行かない様にフォローお願い」
 ソーニャはコバシガワとその部下に声をかけ、一機のHWに奏歌と同じミサイルを集中ロックオンした。HWの反撃を螺旋機動で回避するソーニャ。HWはミサイルのせいもあり、ソーニャを捕え切れず、ソーニャに接近されてしまう。
「優雅な見てくれの割に、凄まじいな」
 勝算とも呆れともつかぬ感想を述べ、コバシガワもスレイヤーで部下と共にスラスターライフルを本星型に浴びせる。
「駆逐戦型の称号は伊達じゃないよ?」
 ソーニャはそう言って片目を瞑ると、アリスシステムで命中力を増したレーザーライフルを本星型に放つ。だが、高出力のレーザーを浴びたにしてはダメージが少ない。
「強化FF!」
 部下が叫ぶ。
 だが、ソーニャは意に介さず、コバシガワと部下が攻撃している隙にブーストターンで踵を返し、ミサイルによる連続攻撃を叩きこむ。
「長引けばシャトルが危険。一気にいこう」


 HWの内、マキナたちが相手をした機体は執拗にシャトルを狙うつもりらしかった。
 マキナがDRAKE STORMで進路を遮るように弾幕を張る。回避機動を取りつつフェザー砲でそれを迎撃する本星型。
「それほど‥‥殺しがしたいのですか‥‥!」
 答えは無いだろうとおもいつつ、回線で呼びかけるマキナ。
『ああん!? うるせえぞサル! これはお前らの戦闘員を削る立派な、『戦術行動』なのだァ! ヤッハー!!』
 正面突破を狙うHW。だが、その前に月居のTuranが立ち塞がる。高速ミサイル「イースクラ」がHWを襲う。
「援護‥‥します‥‥!」
 更に月居とは別方向からフィロソフィーの射撃を浴びせる奏歌。
『邪魔だあ!』
 しかし、本星型はここで強化FFを起動。イースクラの威力が低いのを利用して強引に突撃してクローでニェーバを一閃する。
「月居さん!」
 マキナが叫んだ。
 撃墜は免れたが、弾かれる月居。それでも月居はオーブラカでHWを攻撃する。
「シャトルに‥‥近付ける訳には‥‥」
 一旦HWとすれ違う形になっていた奏歌も、イメルマンターンで再び相手を補足。バレットファストを起動してレーザーとAAEMを降らせた。


「さて‥‥剣を振り回して暴れるだけではない所を見せるとするか」
 シャトルの直衛についていたアセリアも、HWの接近には気付いていた。まず敵に向かってスパートインクを投射。同時に白金蜃気楼を起動した。
 これにより本星型のプロトン砲の照準が狂う。
『小賢しいんだよぉ!』
 機体を加速させる本星型。どうやら体当たりでシャトルを撃墜するつもりらしい。
「やらせない! シャトルの安全はボクが護ってみせる‥‥駆け抜けろツークンフト‥‥シャトルの人達の為に未来を!」
 咄嗟に横から飛び出してきたシャルロットのツークンフトが盾になり、本星型を押し戻す。
「いてて‥‥みんなにあとで怒られるかな」
 コックピット内で強打した個所をさすりながら、ぼやくシャルロット。
「すまない、シャルロット!」
 アセリアはミサイルを本星型に連射。爆圧によって更に本星型はシャトルと離された。

「殺したいだけと言うのなら――是非もない。私は『死守』する為に、死力を尽くして貴方達を排除するのみです」
 体勢を立て直したHWに、冷却を終えたマキナのフィーニクスが再びPDレーザーを照射した。
 高熱に炙られる強化FF。さっきからの連続攻撃で既に錬力が限界だったのだろう。遂にHWは強化FFを切った。
「ハイサイト起動‥‥何も‥‥やらせません」
 そこを、奏歌がガンスリンガーのハイサイトで狙撃した。HWの脆い個所にレーザーが直撃。断末魔を上げる暇も無くHWは爆散した――


「‥‥本星型とはいえ1対3です。無理せず確実に当てていきましょう」
 望はそう言って、管狐の残弾を本星型に投射する。
 相手が怯んだところで、ネルのリーヴィエニを併用したアサルトカービンが本星型の強化FFに命中。敵の錬力をガリガリ削っていく。
 本星型も果敢に反撃するが、至近距離のネルのせいでヒルダと望には照準が回らず、ネルのビリュザーの装甲には思うように攻撃が通らない。
 そこで、HWはまだ強化FFが使えるうちに高速で離脱を図る。望とネルの猛攻を振り切ったHWは一気に急上昇。その砲の先端にはエネルギーがチャージされていた。長距離からの狙撃でシャトルを狙う気なのだろう。
 咄嗟に、ネルは相手の進行方向へ高性能ラージフレアを撒くと、ビリュザーをシャトルの方へ移動させた。
「ヒルダ、行きなさい! シャトルはこの機体で守るわ!」
「ネルさん!?」
 ネルの指示に戸惑うヒルダ。しかしネルは言う。
「言ったでしょ? ‥‥貴方の教官が最期に何をしたか覚えているかって」
「‥‥!」
 ヒルダが素早く機体を上昇させる。
「私がフォローします‥‥空戦なら、私が先輩ですから‥‥」
 少しだけ微笑むと望も、ヒルダ機に追随する。
 空戦が専門であり、高高度戦闘や宇宙戦闘の経験もある望は相手を補足すると、長距離狙撃が可能なプレスリーで本星型を牽制し、スラスターライフルを撃ちながら突っ込んでいくヒルダを的確に援護。ネルのラージフレアやアセリアの蓮華の結界輪のおかげもあり、ヒルダは攻撃を回避する。
 そして、敵を直接叩くためにシャトルの側から離れて戦闘に参加して来たシャルロットがフィーニクス・レイを構えた。
「荒事を女の子達ばかりにまかせる気はないよ」
 PDレーザーが発射された。HWは何とかこれを回避するが、その隙をついて今度は月居がアサルトライフルとリーヴィエニを撃ちながら突っ込んで来た。
「いくよ! ヒルダさん! 皆揃って地上の還って任務完了、だよ!」
「やえるさん‥‥わかりました!」
 二方向からの攻撃にHWは立ちすくんだ。
 まずニェーバが弾丸を撃ち込みつつHWとすれ違う。続いて真下からヒルダのリヴァティーが急上昇。スラスターライフルを連射した。
 弾丸がHWに、いやその背後の蒼い空に禍々しく輝く赤い月へ吸い込まれていく。
「穿てぇぇぇええええ!」
 かつて彼女の教官がそうしたように、あの赤い月へ向かって撃ち続けるヒルダ。やがてHWが木端微塵に吹き飛んだ――

 この時、ソーニャのエルシアンも、HWを撃墜していた。ほっとするヒルダの耳にシャルロットと月居の声が飛び込んで来た。

「そうそう、忘れてたけど」
 月居が言う。

「忙しくて言いそびれていたね」
 シャルロットも言う。

 ――「「空の世界へようこそ」」
 月居とシャルロットの声が唱和した――。
 

「こちらで安全なコースを再設定する」
 無事、戦闘が終了したアセリアはシャトルに改めてコースを指示していた。再び編隊を組んで帰還する傭兵と正規軍。
 ソーニャがヒルダに言う。
「ちゃんと生きていたね。空専門だからかな。会う機会がなかったね」
「はい‥‥ソーニャさんに言われた通りに、自分に出来る事は今これくらいしかありませんから‥‥」
 ヒルダが言う。
「君に、最後まで必死に生きて欲しいと言うのはボクの勝手なエゴ」
 はっとなるヒルダ。
「みんな生きたくて生きたくて、死んでいく。それを妙に納得して諦めるのはね。彼らを否定された気がして。だから君にも悔やみ、苦しみながらも生きる事を願ってしまった」
 改めて、ヒルダの脳裏に教官や、仲間たちの姿がよぎった。
「過去は変えられない。謝罪も後悔も苦痛や死も罪は消せない。ボクたちは背負い続けるしかない。既に死体の山は築かれた。立ち止まっても死は増え続ける。ならばさらなる死の山を築いても、せめて彼らが生きた証をと思うんだ」
 そして、ヒルダは唐突に気付いた。ソーニャの言葉は味方だけでなく『敵』にも向いている、と。
「一緒に歩いて欲しいと思ったの。ボクの方が罪深いけどね。ボクは空の為にその代償に誰も彼も殺す」
 ソーニャの苛烈なるまでの空への想い。それは今のヒルダには計り知れないものだった。
「ボクに出来る事はこの空と、彼らの命でできたこの世界が何処へいくのか、力尽きた時それをみんなにお話しする事かな」
 でも、何故かソーニャのこの言葉は素敵だとヒルダは思った
「君は後から来てね。そしてお話を聞かせて。彼らに恥じない生き方をしよう。誇れなくとも、精一杯生きたと」
「‥‥はい」
 ヒルダは静かにそう言った。


 地上が近くなった時、望はヒルダと会話していた。
「‥‥初めて実戦で使う機体はなんとなく落ち着きませんでした‥‥」
「傭兵の皆さんは、結構色々な機体に乗られますよね。私も『KVは』このリヴァティーしか乗った事は無いですけど」
「いきなり高高度なんて特殊環境でしたが空戦はどうでしたか?」
「やはり、まだブーストの感覚には戸惑います‥‥でも思ったよりは‥‥やはり、『昔』の訓練のせいでしょうか」
 和やかな雑談。やがてアセリアもヒルダに言う。
「さて、基地にもカフェくらいあるだろう。お茶に付き合ってくれるな?」
「勿論です。‥‥そうですね。私も少し温かいものでも‥‥」
「‥‥ヒルダは‥‥冷たい‥‥飲み物のほうが良いのではないでしょうか‥‥少し、熱血なようですから‥‥」
「か、奏歌さんっ!?」
 奏歌の意外な言葉に、びっくりするヒルダ。
「いえ‥‥冗談です‥‥」


 無事基地に着陸して、機体から降りたヒルダはふと自分の機体の側で佇むマキナの独り言をきいた。
「戦って。戦って。それでも果てが見えない。答えが、見つからない。貴方に逢えば――数多の知的生物を糧にしたと言う貴方にもう一度逢えば‥‥貴方は、答えをくれるでしょうか‥‥?」
「貴女にも、いるのですか?」
 マキナがヒルダの方を振り向いた。
「会わなければいけないバグアが‥‥!」
 マキナはヒルダを見つめたが、何も言わなかった。