●リプレイ本文
地下鉄構内に踏み込んだ綿貫 衛司(
ga0056)は、暗視ゴーグルで進路を確かめる。坑内には無数のワイヤーが張り巡らされていた。
「解除は、私が」
綿貫はペンチを取り出し、慎重にワイヤーを手繰った。だが――
「時間は余りないみたいだな」
時枝・悠(
ga8810)が言った。地下鉄の坑道では音が良く響く。前方から聞こえる声と物音は切迫した状況を伝えるには十分であった。
「根元から吹き飛ばします」
前に出たミルヒ(
gc7084)が超機械で旋風を起こす。設置されたワイヤーが支えを失って垂れ下がる。
「トラップの類無し‥‥と。いいよ私がやる」
愛刀、紅炎を一閃させる悠。その凄まじい威力にワイヤーが千切れ飛んだ。
「メトロポリタンX、か。ついに、と言うべき所なのかね。人類としちゃ重要な場所でも、個人的に思う所は特に無いんだが。まあ、変に意識して失敗するよりかはマシか。いつも通り、気張らず行こう」
そう言いながら悠は、手早くワイヤーを切除していく。
「よくよくまずい状況に巻き込まれるな‥‥望んだことの代償とはいえ」
アセリア・グレーデン(
gc0185)も、ブラッドヒルの状況を案じつつインプレグナーでワイヤーを切断していく。
坑道の端では、E・ブラッドヒル(gz0481)が謎のメイドと睨みあっていたが――
――隙!?
メイドの注意が反対側に逸れたのを見たヒルダは、一足飛びにナイフで挑む!
だが、メイドは反対側を向いたまま、ほぼノーアクションで袖からナイフを出すと、それを握ってヒルダのナイフを止めた。
一方反対側には複数のワイヤーが走り――悠の刀を絡め取った。
「時枝さん!?」
通路の向こうに現れた人物に覚えがあったヒルダが叫ぶ。
「よ、久し振りだな」
とりあえず、悠は挨拶すると刀を斜めに構え――ワイヤーを引いた。
「綱引きでも負ける気は無いが」
金属の軋む音が坑道を騒がす。
「‥‥!」
悠の力に、僅かに眉を上げるメイド。
「手を打つなら早い方が良いんでね、伏せろ!」
悠の言葉の後半はヒルダに向けられたものだ。小銃を構える悠。しかし、メイドは悠が銃を放つ瞬間――
まず、ヒルダを蹴り飛ばし、続いてワイヤーをパージした。
「!」
綱引きを失った事で、悠は重心を失い、後ろによろけた。倒れる事は避けたが、当然銃の狙いは狂う。その隙にメイドは跳躍して最優先攻撃目標である諜報員へ向かう。
「こっちくんな」
エレナもボサッとしていた訳ではない。諜報員を抱えて猛ダッシュ。メイドが空中から投擲したナイフを受けながらも反対側の六名と合流する。予め傭兵たちがワイヤーを切断しておいたおかげであった。
咄嗟にナイフを投げるメイド。
「守るべき命がある限り、わたくしは全力を尽くします‥‥!」
だが、諜報員に張り付いていたレスティー(
gc7987)がプロテクトシールドを構え、その刃物を弾く。
「レスティーさん! 大丈夫ですか!?」
ヒルダが叫ぶ。ヒルダとレスティーは初対面ではない。かつて、ヒルダが治療をうけるきっかけとなった事件で二人は出会っていた。
「ブラッドヒルさん‥‥、いやヒルダさん、お久しぶりです。私の事を覚えていてくれたんですね‥‥」
レスティーは、ヒルダに微笑んでみせる。
「これ以上ここにいては‥‥急がないと‥‥」
レスティーの背後で諜報部員を治療していた朧 幸乃(
ga3078)が言う。朧の言う通り、今回の任務の骨子は、このアトランタのついての情報を入手した諜報部員の生還だ。
傭兵たちはこの場にいる六人以外に、四人を退路確保班として一足先に先行させている。
「道を塞いでも迂回されないとも限らんし‥‥やはり撃退が望ましいな」
目で周囲に合図する悠。綿貫、アセリア、ミルヒの三人が頷くと事前の打ち合わせ通り前に出てメイドに対して構える。
同時に、レスティーと朧が素早く諜報員を支えたエレナの護衛についた。
間髪を入れず、ミルヒが超機械の突風で敵の足元を狙い、綿貫がヒルダを巻き込まないよう注意して、SMGで弾幕をはる。
メイドはその尽くをふわりとスカートを翻しつつ、掴みどころのない動きで躱す――
「エレナ! ヒルダは!?」
アセリアが問う。ヒルダをこの強化人間の対応に残すのか、それとも護衛として先に行かせるかの判断を乞うたのだ。
「にとうへいかもーん!」
エレナは即決した。優先順位を考えれば、諜報員の護衛は多い方が良い。
指示を受けたヒルダは僅かに躊躇。しかし、エレナの指示に従い護衛に合流した。
こうして、諜報員と二人の正規軍兵士、二名の傭兵は坑道内を南側のシビック・センター駅へ駆けて行く。
「後は任せろ」
すれ違い様、アセリアそう言ってぽん、と軽くヒルダの肩を叩いた。
「アセリアさんも、どうかご無事で‥‥!」
そう言うとヒルダはもう一度、メイドを見てから去って行った。
仲間の撤退を確認した綿貫は着地したメイドにショットガンを向けた。正確な照準で散弾を浴びせる。回避するメイドに執拗に射撃を繰り返す。
綿貫の表情は暗い。彼は年少者の戦場投入に否定的な考えの持ち主であり――ヒルダも、この少年に対しても想う所が無いではない。
――ですが、撃たなければ戦友が撃たれるだけですからね
そう綿貫は加減など考慮せずメイドを射撃で追い込んでいく。
「時枝さん!」
悠が、跳んだ。空中でその愛刀を大上段に振りかぶり――天地撃!
強烈な斬撃がメイドを打ち据えんと迫る。同時にミルヒが悠の天地撃で生まれる隙を当て込んで、竜の翼で高速移動、竜の咆哮を乗せたサザンクロスを振りかぶる。
だが、紅炎は何も無い筈の中空で何かに引っ掛かり、僅かに火花を散らす。
ワイヤーだ。
悠の圧倒的な攻撃力により、それは僅かに抵抗しただけで切断されたが、二本目、三本目のワイヤーが僅かに斬撃にタイムラグを生じさせ、メイドは悠の天地撃を避けた。しかし、悠のパワーは凄まじく、攻撃がかすっただけでメイドに僅かな隙が生まれた。
それを利用して、ミルヒがサザンクロスを当てる。ダメージを受けたメイドは一旦バックステップで距離を取る。
「なんとなく、待ち構えているような気がしました。今回も戦術を享受して受け継ぎますね」
「君も来ていたんだね‥‥悪いけど今日はスパルダだよ?」
そう言うとメイドは跳躍して、支援射撃を行う綿貫にワイヤーを伸ばす。
「甘い!」
メイドが伸ばして来たワイヤーを、義手武装の「Gheara de foc」で纏めて掴むアセリア。
「――義手? でもこのワイヤーより丈夫かな?」
「舐めるな」
メトロニウム製の義手が白熱し、ワイヤーを熱してゆく。
アセリアは先刻、悠がされたことを見ている。敵がまたワイヤーを放す前に焼き切ろうと義手を強く引いた。
メイドは抵抗しない。アセリアがワイヤーを切断する。
その瞬間、メイドがスカートを翻して回転。暗闇に熱された、ワイヤーの光が揺らめき、アセリアは文字通り焼ける様な痛みを感じた。
メイドは熱されたワイヤーを振るって、逆にアセリアにダメージを与えたのだ。思わず膝を付くアセリア。
この時、レスティーから地上への出口に到着した旨の連絡がった。だが、この強化人間、やはりそう容易な相手ではない。最重要の救出対象である諜報員は一足先に脱出させたとはいえこのまま長引けば、彼ら対応班の脱出は困難になるだろう。
「‥‥今度はこっちの番だよ‥‥?」
優雅な仕草でスカートをたくし上げるメイド。その脚には、大量の手榴弾が用意されている。メイドはそれを四方を囲む傭兵たちの方に一斉にバラ撒く。メイド自身は直撃を避けてFFで耐え切るつもりか、閉鎖空間など全く考慮しない正に無差別爆撃だ。
綿貫は迅速に反応した。理由は、彼にはワイヤートラップに爆弾が仕掛けられていれば逆用する、という意思があったことによる。
彼は足元に転がって来た榴弾を掴み上げると咄嗟に投げ返し、同時に傷を負ったアセリアを庇って地面に伏せる。
轟音が地下鉄坑内を揺るがす。手榴弾は強力だったが、傭兵たちもかなりの傷を負いつつもまだ重症者はいない。そして、綿貫の咄嗟の反撃はメイドの動きを僅かに止めていた。
「総員退避を!」
叫ぶ綿貫。いまがそのチャンスであった。坑内は一本道なので、全員逃げる方向は解っている。
まずアセリアと綿貫が目的の方向に駆けだすが、すぐに背後から走って来た一台のバイク――ミルヒのアスタロトが、悠を便乗させ二人に追いつこうと走って来る。いや、それだけでなくミルヒは機龍突撃を併用。メイドに体当たりをする。
「‥‥僕からだけじゃない。大分経験を積んだんだね‥‥」
命中の直前、メイドはそう言って微かに笑った。
「そのまま寝ていて下さい。それ以上傷付けば技術を振るえることもなくなり、その身体を求められませんよ」
ミルヒは去り際に後ろを振り返って言う。長時間の戦闘を避けるために、早期に敵の撤退を促す行動のようであった。
最後尾を守る綿貫は牽制のためにSMGを粉塵の向こうに吹き飛ばされたメイドに撃ちながら後退を急いだ。
●
地上の光りが差し込む地下鉄シビック・センター駅からの出口で、朧とレスティーはこれからの脱出に耐えられるようにするべく諜報員の治療に当たっていた。時折襲って来る犬のようなキメラは、ヒルダとエレナが素早く切り伏せている。
「共に支え合う友達を、進むべき道を見つける事が出来たのですね。ヒルダさん。微力ながら、私にも貴女のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「微力だなんて‥‥レスティーさんの方が先輩なんですから、私の方こそ宜しくお願いします!」
ヒルダは嬉しそうに言う。
「あたしゃともだちでなく上司ですよ」
こっそり突っ込むエレナ。
「命を守る為、頑張りましょう」
そう微笑むレスティー。だが、最初の難関は突破したとはいえ、ここからが本番でもある。
「メトロポリタンXへの一歩、ですね‥‥取り戻さないと、いつまでもアメリカに、平和が来ないから‥‥」
一方朧は、治療や応急セットによって多少持ち直した諜報員と会話していた。
「君も、アメリカ人か」
レスティーが気を効かせて渡した水で、口を漱いだ諜報員は話す余裕も生まれていた。
「ええ‥‥私は西海岸、ロスアンジェルスの出身ですが‥‥今も、昔も、米国全土は大切な地です‥‥」
ロスのスラム出身である彼女は、普段は冷めた態度でありながら過去にLAが戦災を受けた際、米国大統領へLA復興への思いを唱えた事もある。
最近では大規模作戦へも参加せずひっそりと過ごしている朧が、この任務に協力したのは、ただひたすらに祖国を救うためだったのだろう。
――『残念だが、これ以上この大陸をお前たちに進呈する訳にはいかない』
その声は、街路にあるスピーカーから突如響いた。慌てて周囲を警戒する一同。
それは、無機質であり、中性的な声であった。しかし、それは機械のものであって機械ではなかった。
『私はアルヴィト。この都市の守将である。これ以上の蠢動は許さない』
その声には確かに何がしかの感情が含まれていた、人間のそれとは余りに異質ではあっても。
『お前たちを速やかに抹殺する』
やがて、すぐ近くのビルの間から機械の駆動音が響き、一体のゴーレムがリフトでせり上がる。いや、ゴーレムばかりではない。廃ビルや道路に隠されていた数機の対人用無人砲台も、侵入者を包囲する様に攻撃準備に入る。
●
先行班の四人――藤村 瑠亥(
ga3862) 、キア・ブロッサム(
gb1240) 、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)、エリアノーラ・カーゾン(
ga9802)の四人は、万全の注意を払ってダウンタウンコネクターを進みながら敵の露払いに専念していた。
だが、この時点では諜報員以外の誰も知らない事であったが、これこそがこの都市を統括する『アルヴィト』の能力であった。
アルヴィトは、侵入者たちの動きを観察。ある程度先行班と護衛班の間が離れた段階で無人ワームと砲台を起動させたのである。
このアルヴィトの正体とは何か? それを述べるのは少し後の事になる。
真っ先に構えたのは、藤村であった。この状況ではとにかく一旦護衛班と合流しなければならない。
だが、既に無人砲台とそれまで少数しか姿を見せなかった犬型キメラの群れが終結し始めていた。
「駆け抜けるぞ。付いて来れなければ、置いていく」
ラナに声をかける藤村。ラナは彼にとって現在同居中の妹の如き存在だ。同時に自分の後を追い、すぐそこまで来ている事を実感する存在である。
――だが、同時にそう安安と追いつかれるほどある年季ではない
確かな自信、そして信頼を胸に、男は駆けた――!
道路に群れるキメラの群れの間を、黒き稲妻の如き速度で藤村が突破する。
敵を引きつけるために、あえて道路の中央を行く彼に、群がるキメラ。だが、キメラは全て藤村の残像斬によって断ち割られ、体液を撒き散らす。
迅雷を使用した藤村の速度は、キメラの飛び散る体液がまったくかからないくらいだ。
そして、藤村を狙う砲台はラナが狙撃。砲台は根元から吹き飛ぶ。
一方、藤村とラナの背後から現れたキメラの群れには、エリアノーラ(愛称ネル)とキアが応戦していた。
「ああもう! 長丁場だってぇのに! 後戻りさせられるなんて!」
そう言いながらネルはひたすらキメラや砲台を狙撃。
キアもネルと分担してキメラに制圧射撃を行い、藤村とラナを援護する。
「もう‥‥少し」
道路の出口まで迫った二名を見てキアが呟く。
「何よアレ!」
だが、その時ネルが叫んだ。もう一機のゴーレムが地下からリフトでせり上がり、四人の奮戦するハイウェイの下から現れたのだ。ゴーレムは明らかにラナと藤村を狙っていた。
「ここは俺とラナが抑える‥‥キアとエリアノーラは先に行って保護対象を確保しろ」
藤村が言う。
「直ぐに‥‥追いつきます」
ラナも言う。
キアとネルの決断は速かった。まだ後続班が追いついていない以上、護衛対象に可能な限りの人員を割くのが望ましい。
「義兄妹、御一緒だからと‥‥張り切りすぎぬ様に、ね‥‥」
キアのそれは二人を信頼しているが故の軽口だった。
「張り切るのは‥‥当たり前、ですよ。‥‥油断はしないよう、するつもりですが」
『当然』と言い切るラナ。そんな彼女にキアは苦笑いを返す。
「‥‥私へもその位素直ですと‥‥良いのに、ね‥‥」
自分の事は棚に上げるキアであった。
「気負わなければ問題ないだろう」
藤村がそう言ったのを合図に、四人は二手に分かれた。ゴーレムはこれ見よがしに攻撃を仕掛けるラナと藤村を狙う――筈であった。
「これは‥‥」
ラナが絶句する。
ゴーレムは切りつける藤村を無視して、キアとネルの方にプロトン砲の照準を合わせる。より正確には、状況が状況なので、歩調を合わせず先行していたキアの方に。
ネルが先にキアを庇おうとしたのか、あるいはキアがネルを盾にしたのか。とにかく攻撃の瞬間、ネルが敵の射線上に居たのは事実だ。
「悪かったわねトロくてっ! 受け一択よ一択!」
ヤケ気味に叫ぶネル。流石は、というべきだろう。ガーディアンとしての防御力は、性能の低い無人機のものとはいえワームの攻撃を受け切った。更に、距離を稼ぐキア。ネルも体勢を立て直し、平然と後を追う。
「どこを、見ている‥‥のですか?」
背後を晒す格好となったゴーレムの背部スラスターを、跳躍したラナがイオフィエルで抉る。
サイズ差もあり、一撃で破壊とはいかないが、ゴーレムの注意は再びそちらに向く。二人のPNを纏めて叩き潰そうと広刃のブレードを振り回すゴーレム。
だが、速度を信条とする二名のPNはこれを余裕で回避。当たれば切断どころか一撫ででミンチになりかねない刃をダッキングで回避した藤村はそのままカウンターに二刀小太刀を振るい、まず、ゴーレムの足首を、続いてゴーレムの手首を切断した。
握っていたブレードごと落下したワームの手首が、道路を激しく揺るがす――
●
シビック・センター駅の方に現れたゴーレムがブレードを振り上げる。治療したとはいえ、怪我人を抱えている傭兵と軍人は思うように動けない。だが、危ない所で朧が超機械を取り出して攻性操作を使用。ショートした超機械αと引き換えにゴーレムが一時停止する。
その隙に、エレナが指示を出す。レスティーと朧は諜報員を守って、ダウンタウン・コネクターと立体交差しているウェスト・ピーチツリー・ストリート・ノースウェストの高架からコネクターへ降りる。
そして、エレナとヒルダはゴーレムや迫る犬キメラを食い止めるべく、そして強化人間対応班を待つために、その場に踏みとどまる!
「ヒルダ! これ!」
諜報員を確保して再びとって返す他のメンバーから離れ、ネルが高架の上のヒルダに声をかける。
「ネルさん!? ‥‥わっ?」
ネルが何かをヒルダに向かって投げ上げる。それはネルの愛刀、月詠だった。
「踏み止まるなら、それを」
「にとうへいーうしろうしろー」
エレナが叫ぶ。ヒルダは咄嗟に振り向くと同時に、背後に迫っていたキメラを一振りで切り捨てた。
「何て威力‥‥」
感心するヒルダ。
「あ、気に入ったならそのまま使って。でもま、その場合は大切に使ってね? 一応、4年近く私の相棒だった刀だし‥‥」
「‥‥はいっ!」
ヒルダは返事をすると、エレナと共に攻性操作から回復したゴーレムとキメラに対峙した――
●
コネクターを走る傭兵たちは次のような陣形を取っていた。まず確保した諜報員に歩調を合わせて、レスティーとエリアノーラがこれを守る。
本来なら、朧もここに加わる筈なのだが、この時朧はあえて歩調を合わせずコネクターの先でゴーレムと交戦する藤村とラナの方へ急ぐ。
同様にキアもあえて歩調を合わせず、二人の元へ急ぐ。
その目的は、とにかくゴーレムの排除を優先するためだ。PN三人の中でも特に火力に優れた藤村と、朧の攻性操作があれば、ゴーレムの撃破も不可能ではない。
「先に行って‥‥時間を、稼ぎます。頼みます、ね」
キアは、元雇い主(小隊長)である朧こう言って手を振り、高速機動を発動。ゴーレムとの交戦に備え、更に加速した。
この地に想い深く、また逸ってミスする方でも無いという朧への信頼から出たキアの言葉に朧もまた微笑む。
「厄介‥‥ですね」
ゴーレムが上方から撃ち下すフェザー砲を左右へのステップで避けながらラナが呟く。
「妙だな。無人機にしては動きが的確過ぎる」
藤村も言う。
それは彼らがずっと感じていた事だ。藤村とラナの連携で片足と片腕を失ったゴーレムは、戦法を変えた。ギリギリ彼らの近接攻撃が届かないような低空に浮かび、執拗にフェザー砲を撃つ。
二人にとって回避は容易だったが、決定打を与えられずにいた。
「近くに‥‥有人機も、見当たらないのに‥‥」
ラナの言う通りだった。もう一か所に出現した方も、攻性操作が効いた事からして無人機なのは確かだった。
そしてこちらも、有人機のような動きではない。しかし単なる無人機とも思えない。明らかに、この場の状況を細かく把握できる位置で誰かが指揮しているような動きなのだ。
「任務前に、聞いた情報通りですか‥‥」
朧は、アトランタを守る無人機の統率された不気味な動きについての情報を思い出していた。そして、ゴーレムは再び不気味な動きを見せる。ラナと藤村の相手を止め、まだ遠くにいる諜報員たちの方へ移動しようとしたのだ。
「‥‥! 行かせ、ません、よ‥‥!」
キアは空中のゴーレムに向けて制圧射撃を行う。藤村やラナに傷つけられたゴーレムにとって、この攻撃は無視出来なかった。
このため、ゴーレムは至近距離から拡散フェザー砲をキアに浴びせる。
「‥‥! これ、は‥‥」
至近距離で、しかも頭上から降り注ぐ、散弾を完全に回避するのは、PNたる彼女にも困難だった。
ついに一発が彼女を捕えた――と思いきや、迅雷で飛び込んで来た藤村が、危うい所でキアを抱えて離脱する。そして、ゴーレムはその隙に朧の接近を許した。
「気負って、下手な姿も見せられんからな?」
藤村にそう言われ、キアは少しだけ困った顔を見せた。――彼女の藤村への恩と、微かな情がそんな表情をさせたのかもしれない。
攻性操作を使用する朧、彼女からゴーレムに光の線が伸びる。第一の命令はゴーレムを着地させる事だった。朧はもう一度光の線をゴーレムに繋ぐが、次はどんな行動を取らせるべきか少し迷った。
「朧さん‥‥あそこを‥‥」
近くに同士討ちさせる相手がいないので、とりあえずゴーレムの動きを止めようとした朧にキアが、ビルの間にあるハッチを指す。
それは、ついさっき先行として付近の掃討を行っていた際にキアが発見して、メモしておいたものだ。見ればハッチがゆっくりと開き始めている。
さっきはハッチを破壊するなど不可能だったが、ゴーレムのプロトン砲なら――!
咄嗟にゴーレムへの命令を入力する朧。ゴーレムの内臓プロトン砲が発射され、ハッチが爆発を起こした。どうやら内部機構が被害を受けたらしく、リフトの上昇が停止。ワームが現れる事は無かった。
そして、ようやく攻性操作を逃れたゴーレムに藤村が急接近。跳躍してその頭部を切断した!
こうなったら傭兵たちは、擱座した相手に弾丸を撃ち込むだけだった。
●
一方、シビック・センター駅付近に残ったヒルダとエレナは苦戦していた。こちらのゴーレムは先に倒しやすい敵から排除するつもりなのか、二人に対する攻撃を緩めない。
「‥‥!」
遂に、キメラの波状攻撃に気を取られたヒルダが膝をつく。そこを狙って、ゴーレムがプロトン砲を構える。
だが、エネルギーを集めていたプロトン砲の発射口に、突然弾丸が命中。発射口を破壊した。
そこで、衝撃波がゴーレムを襲い、ゴーレムが怯む。ソニックブームを放ったのは、ようやくシビック・センター駅に辿り着いたアセリアだった。
「ハルカッ!」
アセリアが叫ぶと同時に悠が飛び上がり、ゴーレムの上半身に両断剣・絶を叩きつける。この超破壊力には生身対ワームのハンデも意味が無く、ゴーレムの上半身は爆ぜた。
ほっとしたヒルダは、自分を救った銃弾が飛んで来た方向を見た。そこには、テレスコピックサイトでこちらを見つつライフルを構えるラナの姿があった。
その姿に向かって、ヒルダは敬礼して見せた。
「怪我はないか? ‥‥友と認めた者の危機を何度も見るのは‥‥心臓に悪い」
ヒルダを気遣いつつ胸を撫で下ろすアセリアにヒルダは申し訳無さそうな表情になる。
「す、すみません‥‥」
一息ついた時枝は、ヒルダが握っている刀を見た。
「ナイフしか無いようなので、必要ならどれか貸そうと思ったが、やっぱり誰かが気を回したか」
続いて地上に出て来た綿貫は、遥か南まで伸びるコネクターを眺め、溜息をつく。
「さて、モガディシオ・マイルならぬアトランタ・マイルか‥‥」
「‥‥走る距離はこっちが10倍位あるんですがね。とはいえ、今までの経験上、こういう時に焦ると大概碌な事にならないので、慌てず急ぎましょうか」
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「とりあえずは、情報部員さん、怪我だいじょぶ?」
さっきの襲撃を乗り切った後、敵の襲撃は散発的なものになっていた。時折道路両面の砲台から放たれる弾丸を、遮音壁の影で防ぎつつ、傭兵たちは先を急ぐ。
「‥‥『アルヴィト』について必要なことだけは話しておく」
大体半分くらい来たところで、レスティーから水を貰った男は手短に語り始めた。場所はスタート地点から、目的地までの中間地点、旧スチュワート・レイクウッド・ショッピングセンターの廃墟が臨める立体交差の付近であった。
『アルヴィト』とはこのアトランタの防衛を担うバグアの司令官の名前であり、同時に都市全体の防衛を管理するシステムの呼称でもある。
つまり、アルヴィトは都市の防衛システムのメインコンピューターに機械融合を果たしたバグアなのだ、と男は言った。
「現在『アルヴィト』あそこに――旧バンク・オブ・アメリカ・プラザビルにいる――いや設置されているらしい」
そう言って男は、一行が歩いてきた方向に聳え立つビルを示した。
「バグアにとって、機械融合は本来屈辱的な行為の筈だ‥‥その代償として、奴は広域の索敵から戦況の把握、無数の無人機械の同時操作、防衛と迎撃までを一人で行える」
傭兵たちに納得したような雰囲気が広がる。それならさっきの無人機の的確な動きも説明出来る。
「‥‥今まで見てきたとおり、285号線内と外周20km圏内は高度に機械化され、その範囲内では都市防衛の主役が無人機械となる。バグアの有人機でさえ、その指揮下に置かれているみたいだな」
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その後、一行は散発的に現れるキメラや砲台と交戦しつつ、更に道路を南下すると、遂に目的地である空港が見えて来た。
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広大な面積に相応しく、かつては世界有数の利用者数を誇ったハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港であったが、現在はバグアによる利用すら無く荒れ果てた光景が広がっていた。
滑走路は雑草に侵略され、ターミナル中も廃墟と化している。
その中を傭兵たちは急ぐ、目的地はコンコースEと呼ばれた場所だ。この空港は各コンコースの間を地下鉄が走っていたのだが、その地下鉄の西の端付近に作業用の小さな地下通路がある。そこを通って行けば、一気に285号線の外周に出る事が出来るのだ。
そして、現在傭兵たちは空港内を走る地下鉄の西の端に辿り着いていた。この場所にある作業用の小さな地下通路から一気に285号線の外周に抜けられるのだ。
空港が完全に廃棄されていた事が幸いして、市内の様な迎撃システムに悩まされる事はなかったが、空港内を徘徊していたキメラがしつこく傭兵たちを襲う。
傭兵たちは相手にせず、ようやく地下通路にたどりついた。
飛び掛かって来たキメラをネルに借りた月詠で一刀両断するヒルダ。それを横目で見た綿貫は、エレナに言った。
「粗削りだが悪い動きではない。指導者は優秀だったのでしょうね。若い者にさせたい事ではないですが‥‥それが彼女の意思なら」
「メトロポリタンXの奪還がなればそういう時代の一歩にはなると信じたいですねホント」
エレナが答える。
そうこうしている内にキメラは全て倒された。まず、レスティーが諜報員を守りながら地下通路に踏み込む。だが、レスティーは足元に違和感を覚えた。見れば、彼女のあしは細いワイヤーに引っかかっていた。
「危ない!」
咄嗟に綿貫が叫ぶ。
その声に反応したレスティーがボディガードで諜報員を庇う。そのレスティーに機銃の弾丸が着弾した。ワイヤーに繋がっていた機銃が反応したのだ。
「レスティーさん!」
慌てて倒れたレスティーを介抱しようとするヒルダ。
「大丈夫です。ヒルダさん。皆さんが無事である事、それが私にとって一番の喜びなのです」
レスティーはそう言って立ち上がった。
一行は地下道の入り口で、諜報員を庇うように身構える。しかし、あの強化人間が現れる気配は無かった。
やがて、暗視スコープで罠の様子を確かめていた綿貫が言った。
「‥‥ここは随分丁寧にトラップが構築されていますね。恐らく、あの少年が、我々の潜入以前に仕掛けたものでしょう」
トラップはかなり精密な物であり、さっき地下鉄の駅で対峙した時の様に強引に進むことは不可能だった。一行は綿貫を先頭にして、トラップを解除しつつ注意深く進むしかなかった。
ここで、綿貫の多目的ツールが役に立った。ペンチで丁寧にワイヤーを切り、トラップを解除していく綿貫。
「私にも手伝わせて下さい。訓練なら多少は」
取りあえずやらせてみる綿貫。ヒルダは綿貫のアドバイス通り、作業は遅いながらも丁寧に解除していく。
「粗削りだが悪くない」
綿貫はヒルダの手際を見ながら、エレナに伝えたのと同じ評価を口にした。
年少者にさせたい事ではないと、相変わらず複雑な想いを抱きつつも。ヒルダの意思を尊重して、そこまでは口に出さなかった。
ミルヒも、側で手伝いを申し出た。何故なら――
「これも、受け継ぐべき彼の技術ですから」
ミルヒはヒルダに道具を渡しながらそう言った。
やがて、途中からはトラップもなくなり、ついに一行は地下通路を抜けた。出口の周辺はバグア襲来により、人の手が入らなくなった森だ。静かではあったが、時折、遠くから国道20号線で交戦する両軍の砲撃音が響く。
後は交戦が収まるのを待って、味方の陣地に急ぐだけだった。
悠は、ヒルダが何故か心残りのある様子で地下通路を見ているのに気付いて声をかける。
「何を考えているのかは大体わかるが、過去の記憶より今の命だ。優先順位を間違えるなよ」
「そうですね‥‥すみません」
そう言いながらヒルダは礼を言って、月詠をネルに返した。ヒルダが言うには、もう少し色々な武器に馴れておきたいという事らしい。
「あのメイドの声、どっかで聞いたような。聞いてないような気がしたけど、知り合い?」
武器を受け取ったネルが質問する。
その時ヒルダは、ふと近くの樹を見て目を丸くする。
そこにはあのメイドが使用していたナイフで、一枚の手紙が樹に縫い止めてあり、その紙には何かが書かれていた。それを読んだブラッドヒルはその紙をしっかりと握り締めた――
その後、一行は数回野良のキメラに遭遇しただけで、無事北中央軍の陣地に帰還した。諜報員の持ち帰ったデータは、北中央軍の前線指揮官と首脳部に届けられた。