タイトル:【残響】記憶と確執マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/05 23:43

●オープニング本文


 北中央軍の訓練施設にて、二体の訓練用KVが激しい模擬戦を繰り広げている。遮蔽物の影からペイント弾が飛び交い、弾が尽きれば二体が激しい白兵戦を演じる。

 ――やがて、片方のKVがもう一方を地面に打ち倒した。と思いきや打ち倒されたほうはその不利な体勢から強引に反撃を行う。
 
 これは予期していなかった相手側は強烈な一撃を受け、そこで戦闘終了の合図が送信された。
 動きを止めた二体のKVの周囲に教官や他の新兵が集まって来る。

 土壇場で相手を仕留めた方のKVから降りて来たのは、E・ブラッドヒル二等兵。もう一方のKVから降りて来たのは、同年代の女性兵士クレア・アトキンス上等兵である。

 「ありがとうございました」
 礼儀正しく一礼するヒルダに、しかしクレアは答えない。視線を逸らし、自分を抑え込むように唇を噛み締める。

 だが、ヒルダにはどうすることも出来ない。新兵の分際で手を抜いて訓練に参加するなどという行為が許されるものでは無い。

 そんな周囲の空気を無視してKV戦の教官である日系人の士官ジョン・R・コバシガワが淡々と号令をかける。

「訓練終了。なお、明日の模擬戦では俺とブラッドヒル二等兵で行う」

 新兵たちや他の教官たちまでががざわめく。無理も無い。主任教官との模擬戦は本来全ての教練が終了した後に行うものだからだ。


「ここ――良いかしら?」
 基地内の食堂にて一人夕飯を取るヒルダの席にクレアが現れた。そのまま無言で夕食を食べる二人。最初に口を開いたのはクレアだった。

「‥‥随分と諦めが悪いのね。根性とかそう言う事?」
 口に出してからクレアは後悔した。勝敗を判断するのは教官であり、油断した自分が悪いのだという事は自分でも解っていた。
 
 それでも――悔しさは拭いようも無い。
 
 共に学ぶ今期の訓練生の中では、ヒルダの操機の技能が飛び抜けている事は誰の目にも明らかだった。それはヒルダが来るまでは操機で一番の成績を誇っていたクレアにとって納得のいくものでは無かった。

 ――シミュレーションは完璧だった‥‥! なのに!

 クレアはヒルダとの対戦が決まった時から、何とかして勝とうと事前の準備に抜かりは無かったのだが――結果は先述の通りである。

「でも‥‥次は、負けないから‥‥!」
 それっきり黙るクレア。

(何か、言わなくちゃ‥‥!)
 ヒルダはひたすら焦る。

「ク、クレア先輩の動き、すごく綺麗でした! あそこまでKVに格闘の『型』を再現させられるなんて――」

 それは、ヒルダにとっては純粋な称賛のつもりであった。
 だが、それを聞いたクレアは、空になったコップをテーブルに叩きつけ、それ以上ヒルダを見ようともせず、彼女の前から立ち去った。

 引き留めようとしたヒルダの脳裏に、ふとある言葉がよぎる。

 ――教官‥‥ずるいです。 あんな動き、講義では習いませんでした
 
 ――お前の空戦機動が、小綺麗過ぎるだけだ

「私は‥‥そんなつもりじゃ‥‥」
 それっきりぽつんと一人っきりで食事を続けるヒルダ。


 コバシガワのの執務室では、エレナとコバシガワが会話していた。

「まああの子の過去が操機に影響を与えているのは間違いないですねコツとか経験というか微妙かつ曖昧な所で」
 コバシガワもエレナ同様ヒルダの事情を知らされている。
 それ以外の人員は、ヒルダの事を施設出身の孤児だと知らされていた。
 これは、現段階では事情を知る者は、監視役以外は最低限にとどめた方が、集団行動が基本となる軍隊では都合が良いという上層部と情報部の判断によった。

「あれは人間なら誰でもぶつかる壁に過ぎない。オタワにも伝えろ。KVでの実戦投入に問題は無いと」


 
 訓練施設は、割と競合地域に近い立地だ。
 
 基地に接近する敵部隊を確認したコバシガワは訓練生たちをシェルターに逃がしてエレナと共にKVの駐機場へ向かおうとする。

「近場にいた傭兵さんたちがすぐ来てくれるそうです」
「それくらいの時間なら持つだろう。ブラッドヒル二等兵の機体も出せ」
「あーやっぱりそうなります?」
「遊ばせる余裕は無い。最後尾で施設を守らせる」


「どういうことですか!?」
 エレナの命令に声を荒げるクレア。
「抗議も不服従も愛の告白ものーです」
 そう言って立ち去るエレナと、ヒルダを見送るクレアの拳は震えていた――

 草原を走る国道を背景に、前衛にコバシガワ。後衛にエレナ。そして最後尾ではヒルダが訓練所を守るという布陣で、人類側はバグアの陸戦ワーム部隊と対峙する。

 両軍の間には迂闊に突撃して撃破されたゴーレムの残骸が転がっていた。バグアも容易な相手ではないとみて、慎重に様子を伺う。それは傭兵を待つUPCにとっても好都合であったが――

『突撃します! 援護を!』
 
 僅かに眉をしかめるコバシガワ。そしてあちゃーとなるエレナ。驚愕するブラッドヒル。その通信は、駐機場のゲートを破って現れた二体目のリヴァティーからだった。
『クレア先輩! 待って!』
 制止するヒルダ。

『だらしないのよあなた! 根性を見せるのは訓練の時だけ!?』
 
 言い捨て、エレナもコバシガワも追い抜いて突進するクレア。
 だが、援護とかいわれてもその動きは味方の射線とかそういうのを考慮した動きでは全く無く、ベテラン二名も効果的な動きなど出来る訳がない。
 
 結果――

『やった――!』
 
 首尾よくタロスにディフェンダーを叩きこんだクレアがそう油断した瞬間、配下のTWの砲撃が、綺麗にKVの手足をもぎ、ついでに瞬く間に傷を修復させたタロスは胴体だけになったKVを戦利品の如く掲げる。
『こいつはラッキーィィ! 丁度良い盾を俺様ゲーットォ! いやいや‥‥こいつはひょっとしてヨリシロもかなあああああ!?』

 わざとオープン回線で挑発する、眼球の大量に生えた頭部に目立った口の無い異星人バグア。

『クレア先輩!』
『動くな!』
『二人分の後始末とかマジ勘弁』
 咄嗟に飛び出そうとしたヒルダだが、二人の声で固まる。

 いや――本当は二人の制止などなくてもヒルダは止まっただろう。
 自分は最早兵士なのだという自覚を強く持つヒルダにとって、命令は絶対だ。
 
 そして‥‥何より彼女はバグアの恐ろしさを肌で知っている。グリーンランドで何度かヨリシロのバグアと接触する機会はあった。
 
 奇特な奴は模擬戦につきあってくれたりもしたが、その度に感じた違和感や、バグアの強さに対する本能的な恐怖は今も残っている。
 その記憶が足をすくませるのではない。蛮勇だけで簡単に勝てる相手ではないと良く理解しているだけだ。

 だから、ヒルダは決して動かず、しかし敵の動きに即応出来る態勢と緊張を解かず、自分の持ち場を死守することしか出来ない。

 そして、その事実が彼女の心を抉る。

――でも、だからって! 仲間がこんな状態なのに黙って見ているなんて、卑怯じゃないですか!

●参加者一覧

エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
アセリア・グレーデン(gc0185
21歳・♀・AA
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
若山 望(gc4533
12歳・♀・JG
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
シャルロット(gc6678
11歳・♂・HA
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
日下アオカ(gc7294
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

 朝もやに霞む国道の向こうから地響きを立てて八機のKVが姿を現す。
 素早く布陣して、手早くコバシガワやエレナと打ち合わせを行う傭兵たち。

 既に詳しい概況は各々知らされていたが、実際に捕えられた胴体だけのKVをモニターで確認するとそれぞれ思う所があるようだ。
「なんというか‥‥放置されても文句は言えないな」
 クレアの行動に呆れたように溜息をつくアセリア・グレーデン(gc0185)。
「クレアさん、1人突撃とか、ちょっと無謀過ぎだよ‥‥でも、ちゃんと助けて、皆で帰るの」
 月居ヤエル(gc7173)もさすがに驚きというか、呆れを隠せない様子。
「‥‥実戦を嘗めていますね。自業自得、ではありますがヒルダさんに免じて助けましょうか」
 狙撃に有利な地点を探すためにリンクスを走らせる若山 望(gc4533)の言葉は更に辛辣だ。
「うんまぁ、クライアントから「救助しろ」って言われれば、全力は尽くすけど。徹底的に再教育した方がいいと思うな。うん」
 望と並走するエリアノーラ・カーゾン(ga9802)もほぼ同意見らしい。

「とはいえ、助けないことには寝覚めが悪い」
 再び呟くアセリア。

「仲間は絶対に助けマス」
 ラサ・ジェネシス(gc2273)はアセリアに答えた後、静かに呟く。 
「――それが我輩の存在理由なのだカラ」
「とにかく行こう。あの胸くそ悪いバグアを黙らせたい。はっきり言って不快だ」
 追儺(gc5241)の言葉は短く、それ故彼の怒りを端的に表していた。

「え〜と‥‥猪突猛進した挙句に捕まったって‥‥あれ‥‥なんか妙にデジャブ‥‥」
 友人二人の脳筋ぶりを思いだしたのかシャルロット(gc6678)はコックピットで小さく呟いた。しかし、彼の言葉はしっかり聞かれていた‥‥!

 ――「アオは捕まったことはないですの!」
 日下アオカ(gc7294)が怒鳴る!

 ――「私は捕まったことはないんだから!」
 月居も怒鳴る!

「そうならないようにフォローしているんだよ!」
 だが、シャルロットも負けじと言い返す。

「シャルロットの癖に!」
「け、喧嘩は止めて下さいっ!」
 アオカが再び言い返したところで、たまりかねたE・ブラッドヒル(gz0481)ことヒルダが叫んだ。
 
 しばし、沈黙する三人。ややあって――
 クスクスという笑い声が【Album】の三人の機体から響く。嘲笑するような意図を込めたものでない。他愛の中で自然と聞かれるような暖かい空気だ。
「さてと、緊張がほぐれたところで任務に集中しようか‥‥」
 シャルロットが言う。その声はそれまでとは打って変わって状況に相応しい緊張感に満ちていた。
 余談だが、この同小隊の三人――演劇部の仲間でもある。
「持ち場を守るのも大切な事だよ‥‥後ろでヒルダさんが守ってるから前を見ていられるのだし」
 月居がTuranを前進させて言う。

「施設の防御、任せましたわ!」
 アオカのアブソールテ・フォレンドゥングも準備は万端だ。

「僕はね、仲間や友達の事を信じているから――迷いも躊躇いも恐怖ですらも心の内に抑えて自在に動けるよ? 僕達じゃまだそんな風に思えないかな?」
 そう言って自機ツークンフトでフィーニクス・レイを構えるシャルロット。
 
 一瞬呆然となるヒルダ。だが、自然と目に熱いものが込み上げて来たのか、素早く目を拭うと、彼女も明るい声で応える。
「いいえ‥‥私も、皆さんの事を友達の事を、信じますっ!」
 
 その声を聞いた追儺も安心したようだ。
「悩んでいたようだが‥‥こう言うときは行動した方が早い。動かなければ何も変わらないからな」
 追儺の言葉に後押しされるヒルダ。そうだ、かつてあの人にも同じことを言われたのではなかったか――!
 もう、ヒルダは前に出られなかった事を悩んではいなかった。迷いがあったとしても今は悩む時では無い。ヒルダは力強く銃口を構えた。


「クレアさん。応答なさいな、生きているのでしょう?!」
 アオカがクレアに呼びかける。

『ヘイヘイ、Honey〜! お仲間が呼んでるゾ〜? 助けて〜って言ってみろよ! よ!』
 タロスの(多分)顔に当たる部分をKVの胴体に密着させるムーズオという名前のバグア。見え見えの挑発だが当のクレアにとっては恐怖が募るばかりだ。
『‥‥い、いやあ‥‥』
 クレアが弱々しく言う。

「下衆めっ‥‥」
 険しい表情で吐き捨てるアオカ。だが、同時に彼女は、敵がクレアをどう認識しているかを知った。それは彼女たちの作戦にとっても都合が良い。

「獲物を前に舌なめずり、三流にふさわしい脳味噌ダナ」
 ラサは注意をこちらに向けるべく、挑発する。
『なんだと! この一流たる俺様に向かって〜!』
 あっさり挑発に乗るバグア。この隙に傭兵たちは救出のための行動を開始した。


「相手の意識を逸らすのにも使えますしね。その後は下がってもらって構いません」
 アセリアの提案を聞いたエレナは、いきなり掃射を開始した‥‥訳では無く、きちんとラサが後衛TWに煙幕銃を使用したタイミングで攻撃を開始した。
「かわいい子ちゃんに手を出すバグアにお仕置きだふぁいあー!」

「チャンスは一瞬‥‥信じているから僕もその信頼に応えてみせる‥‥!」
 シャルも、丁度反対側の無人機と中央のタロスを分断する様にプロトディメントレーザーを発射した。

 ムーズオの敗因は幾つかったが、最大の問題はクレアを『盾』ではなく『ヨリシロ』と見ていた事であろう。
 彼は拘りがあって今の体なのでは無く。機会があれば早く人類の、それも強力な能力者のヨリシロが欲しかったのだ。
 突然の大火力による掃射で、文字通り無数の眼を白黒させる彼にラサの千本毬藻が肉迫。ラサはSESを切った機剣でクレアを掴んでいない方の手に、大振りの攻撃を加える。
 当然これはガードされ、いい気になったムーズオの槍がラサ機を浅く抉る。
 
「照準完了――いきます」
 テールアンカーで機体を大地に固定した望のリンクスがライフルを発射。クレアを掴んでいる側のタロスの肩を撃ち抜いた。

『く、俺のヨリシロは渡さねえぞ!』
 だが、ムーズオの執念か、タロスは再生で何とか握力を維持してクレアの機体を掴む。しかし――

「‥‥貴方の下衆が予想範囲内で助かりましたわ」
 ラサと共に近づいていたアオカがスパークワイヤーでクレア機を絡め取る。再生してはいても、完全に治ったわけではないタロスの握力では保持は困難。クレアの機体は奪還された。
『ああッ! てめえらああ!』
 怒り狂ったタロスがプロトン砲を連射。アオカ機はダメージを受けるがクレアは即座に割って入ったアセリアの幻龍に確保された。ブーストで後退しつつタロスをガトリングで牽制。アオカが後退する時間を稼ぐアセリア。
「我々が‥‥撃てないとでも思ったか?」
 吐き捨てたアセリアはヒルダの所まで後退。ヒルダにクレアを託す。
「彼女と‥‥バックアップは任せた」
「はい‥‥アセリアさんも気を付けてください!」
 クレア機を守りつつ、蓮華の結界輪を起動して前線に戻るアセリアを見送るヒルダ。

「お前の手番は終わりだ‥‥今度はこっちから行かせてもらうぞ!」
 救出成功を見届けた追儺はシコン改の種子島を発射。機械的に指揮官と合流しようとしていたゴーレムごとタロスを焼く。
『冗談じゃねえ! 俺はまだ‥‥!』
 吠えるムーズオ。だが、そこに今日は真面目モードのラサが容赦なくコックピットを狙って機剣を突き出す。よろめくタロス。

「‥‥教え子が世話になったな」
 ムーズオと傭兵、どちらに言っているともとれる言葉を言いつつ、コバシガワはスレイヤーの機剣で一息にタロスをの腕を切り落とし。シコン改の方にタロスを蹴飛ばした。
「お前の顔を‥‥近づけるな、不快だ‥‥」
 相手の方から密着して貰った追儺が吐き捨てるように言うと、種子島でゼロ距離射撃を行う。
『俺だって好きで密着した訳じゃね〜!!』
 コックピットのムーズオはそう叫びながら高出力レーザーに吹き飛ばされた。

「11対5‥‥戦いは数ってどっかの偉い人が言ってたと思うけど‥‥」
 機槍を撃ち込まれてもがくゴーレムにリーヴィエニで止めを刺しつつネルは呟いた。強引な突撃で少々傷を負っているが、大した損害では無い。

 周囲を見れば、既に決着はついていた。


 戦闘終了後、クレアは医務室に搬送された。ベッドに寝かされたクレアにヒルダが付き添っている所に追儺が入って来た。
「あ、追儺さん‥‥」
 立ち上がって挨拶しようとするヒルダにそのままでいいと言うと追儺は説教を始めた。
「戦場に私情や嫉妬を持ち込むな‥‥お前だけではなく皆を危険に晒す」
 クレアは黙り込むしかなかった。自分の行動が一歩間違えればどう言う結果を生んだか‥‥彼女とて優秀な訓練生なのだ。解らない筈は無かった。
「ヒルダは悩みすぎだ。人に対して遠慮ばかりしていても進まない。もっと自分勝手になれ」
 ヒルダは、思わず追儺を見た。
 自分勝手に、という言葉には少々語弊があったかもしれない。
 だが‥‥ヒルダは考える。あの時、無理にクレアと話そうとしたことが返って良くなかったのかもしれない。
 自分だって、どんな親しい人にもそっとしておいてもらいたい時はある。あの時は変に気を使わず、最低限の礼儀を保って、それこそ自分勝手に切り上げるべきだったのではないか。
 ――時には、そうした方がお互いのためにプラスになる事もあるのだから。
 そう考えると、目の前の男の言葉は能力者では無く、人生の先達として重い言葉を贈ってくれたのだと、改めてヒルダは思った。

 ――だが、肝心の追儺は、後ろを向いて医務室を去る時、少し照れくさそうな表情だった。
(まぁ‥‥お前が何様のつもりだって感じもするがな‥‥)
 二人の後輩に見えないよう苦笑するのだった。

「クレア殿も助かったし結果オーライデス」
 同じく医務室に来ていたラサが言った。
「そう‥‥ですよね。あ、初めまして、確か資料だとラサ、さんですよね‥‥? ありがとうございました」
「そうデス! ブラッドヒル殿、よろしくお願いしマス!」
 礼儀正しく敬礼するヒルダと、元気よく挨拶するラサ。――しかし、この二名はある違和感を拭えなかった。
「勿論、ラサさんだけでなく皆さんのおかげですが‥‥無事クレア先輩を助ける事が出来ました‥‥でも、あの、すみません以前どこかでお会いしませんでしたっけ‥‥そう博物館とかで‥‥」
「むむ‥‥吾輩もなんかそんな気がしてしょうがないのですガ‥‥きっと気のせいデスよ! それより、ヒルダ殿、自分を責めても何も得られないのデス。だから‥‥」
「‥‥はい。そう言っていただけると‥‥」
 
 少しだけ微笑むヒルダ。
「良かったデス! そうだ‥‥コバシガワ殿にもお会いしておきたいのですが、案内して貰えマスか?」


「あらお久しゅう、と暢気に語らっているヒマも無かったですわね‥‥あの方、ヒルダさんのお友達ですの?」
 挨拶ついでに、ヒルダに質問するアオカ。
「え‥‥? 友達‥‥?」
 だが、ヒルダは言い淀んでしまう。クレアとの関係を、訓練所の同級生意外にどう考えるべきか解らなかったのだ。
「えっと、だからクレアさんって、ヒルダさんの友達なのかなって?」
 ヒルダが言い淀んだので、月居も不思議そうに尋ねる。
「友達では‥‥ないかもしれません」
「‥‥はっきりしませんわね」
 ウジウジ迷うのは嫌いなのか、アオカが少し語勢を強める。

「でも『仲間』ですっ!」
 断言するヒルダ。

「いいご返事、気に入りましたの」
 アオカは性格がヒネているだけに、素直な本音は好ましく思ったのだろう。
 その後、四人は楽しく談笑して一時を過ごした。


「遅くなったけど、はいコレ。治療の成功のお祝い」
「あ‥‥これ」
 ネルがヒルダに渡したのは、香水とアロマキャンドルだ。
「ありがとうございます! あ‥‥でも、これどう使えば?」
 一瞬はっとなって苦笑するネル。ヒルダの過去を考えれば、彼女がこう言ったものになじみが無いのは当然であろうか。
 なのでネルは軽くその用途を説明する。馴染みが無くても、やはり女性なのか目を輝かせて説明を聞く。
「あ、そうそう。模擬戦とか諸々の話、聞いたわよ?」
 ネルの言葉に表情を曇らせるヒルダ。
「‥‥私だったら、負けた相手に負けた分野で褒められても素直に喜べない。特に「同じ立場」相手なら、ね」
「‥‥そうですよね。やっぱり‥‥私‥‥」
 自分でも薄々気づいていたのか、顔を伏せるヒルダ。
「それよりは「悪かった点」を事実として指摘してくれた方が有難いかな」
「‥‥」
 悩んだ顔をするヒルダ。
「私もまだ若輩の身ですから‥‥でも、そうですね‥‥でも、私もそうして貰った方が嬉しいかもしれません‥‥!」
 ようやく納得したのか、少し明るい表情になったヒルダを見てネルも微笑んだが――
「っと、言い忘れてた。私はエリアノーラ・カーゾン傭兵軍曹です。共にバグアと戦う仲間として、今後ともよろしく頼みます」
 そう改まった口調で言って敬礼するネル。ヒルダは一瞬戸惑ったが――
「は――はい! 自分、UPC北中央軍ヒルダ・ブラッドヒル二等兵を、これからもよろしくお願いします!」
 その様子を見守っていたアセリアも、優しく微笑んだ。


「あの‥‥望さん。そろそろ高速艇が‥‥」
「迷惑でしょうか‥‥」
 ちなみに、望は戦闘終了後はず〜っと、ヒルダにくっついていた‥‥その態度は控えめではあったが、高速艇の出発時間まで離れるつもりは無いらしい。
 その様子は大人しい妹が姉に甘えているようでもある。
「あ! いえ! 別にそう言う訳では無いのですが!」
 慌てて言うヒルダ。
「次、いつ会えるか解りませんから‥‥ヒルダさん分補給です」
 大真面目な顔で言う望。
「分!?」
 顔を真っ赤にしてびっくりするヒルダに、にっこり笑うと望は、時計を気にしつつヒルダ分の補給に勤しむのだった‥‥


 治療を受けたクレアが目を覚ました時、アロマの優しい香りが室内に漂っていた――
 
 その時、医務室に入って来たコバシガワはベッドのクレアを見下ろす。無言で目を逸らすクレア。その彼女に、コバシガワは無言である物をひらひらと振って見せる。
「それは‥‥?」
「傭兵の一人が書いてくれたものだ」
 その紙にはでっかい文字で『げんけいたんがんしょ』と書かれていた。ラサのお手製である。
『お前にも意地があるなら、この行為の意味することは理解できるはずだ。モンキーハウスは短縮してやる。その間に必要なことを考えろ』
 コバシガワはそれ以上の事を言わなかった。彼も教官として多くの新兵を見て来た。クレアのようなタイプにはくだくだ言うより伝えるべきことを伝えたら、後は本人が自分で自分の恥を思い知るであろうという考えであった。

 クレアは、涙を拭いて表情を引き締めた。