タイトル:【崩月】残骸艦隊マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/11 22:48

●オープニング本文


●Like A Stone Razor!

 月――地球が有する唯一の衛星は、ここラングランジュ2前方の視界を埋め尽くさんばかりの大きさであり、その表面には死の世界が広がっている。

 それを背景に、暗黒の宇宙空間に無数の残骸が太陽光を反射して輝きながら漂う。まず目に付くのは、無数のKVの残骸。それにほとんど原型を留めていないエクスカリバー級の船体だ。周囲にはラインガーダーを発進させる暇も無かったのか、それらを係留したまま沈没したと思しき輸送艦も見える。
 
 少し遠くには、艦橋を避けて破壊されたのか、辛うじて原型を留めているエクスカリバー級も確認できた。

 だが、それらにも増して目を引くのは細かい破片に紛れて漂流する宇宙服――紛れも無い人間の遺体であった。
 その遺体は、L2で物資集積所の設営作業を行っていた艦隊の人員である。ヘルメットは暗く、遺体の素顔は見えない。

 ――だが、今ヘルメットには宇宙を飛び交うGブラスター砲の光条を始めとして、戦闘を示す無数の輝きがギラギラと反射していた――

「敵キメラ群急速接近中! 艦隊を押し包むように展開していくのだ!」
 凛とした、言うよりは元気一杯とでも表現するべき声が通信で響いた。
 L2に散乱する艦隊の残骸と、その背後の月面を背景に展開しつつある艦隊を率いるUPC宇宙軍中央艦隊所属の新造艦エクスカリバー級巡洋艦『サンディア・ピュルム』から発せられたものだ。
 周囲には、二隻の輸送艦も随伴。一隻は艦隊防空を担うラインガーダーを、もう一隻は8機の正規軍KVを搭載している。

「全艦、警戒航行序列を解いて戦闘序列に移行。ラインガーダー隊を優先して布陣。KV隊の係留解除を急いで」
 CIC(戦闘指揮所)で指示を出すのは艦長のコンラッド・マルティネスは、58歳の男性少佐だが外見はそうは見えない。
 髪は見事な白髪だが、ひげが薄くまた皺も目立たないので、かなり若く見える。
 軍人とはいっても前線勤務から遠い事務職や補給任務が主体の軍歴である彼は、年齢の割には健康‥‥というか頑健なのを買われて、一般人には過酷な宇宙軍に抜擢された。
 そのせいか、実務能力は申し分ないのだが、その穏やかな口調が示すように、いわゆる艦長と言う職には必須の威厳や威圧には欠けるところがあり、何より、冷静なのは良いとして声が小さかった。
 一時は士官学校で教鞭をとっていただけあって決して聞き取りにくい声ではないのだがこういう場面ではやはり、物足りないと感じるクルーもいるようだ。

「了解なのだ! 総員、対空戦用意なのだー!!」
 その彼を補佐するのが、下士官待遇の能力者の少女ノラ・ベルナリオである。こっちは見た目通りまだ十代前半の少女に過ぎない。
 しかも、適正発覚後急遽軍属となったせいで、この通りの口調だった。

「簡易ブースト、機動するのだ!」
 ノラが、叫ぶ。特に目立つ覚醒変化は見当たらないが、CICの雰囲気が変わった。

「なるべく、残骸群からは距離をとるように、それから砲撃の際は、万が一にも火線が残骸群を通らないように注意して」
 穏やかな口調で命令するコンラート。

「了解なのだ! ‥‥あそこで頑張っているよーへーさんたちを危険に晒す訳にはいかないのだ!」

 ――サンディア・ピュルムとはニューメキシコ州で発掘されたピュルム(尖頭器)と呼ばれる先住民の作り出した石器である。
 極めて薄く鋭いそれは、原住民の高度な技術を示している。
 人類にとって『伝説』では無く『最古』の武器の名を冠する艦は、分艦隊の意思を継ぐため、傭兵たちの調査時間を稼ぐ戦いに挑む。
 バグアへの鋭い刃と化して――
 

●サンディア・ピュルムが敵と接触する数日前、ラストホープにて

「ラグランジュ2へ資材集積拠点を設営に向かっていた分艦隊が消息を絶った。状況から、おそらくは通信妨害を併用した奇襲。予想以上の戦力が存在した物と推測される」
 
 月と地球、カンパネラやバグア本星などの配された作戦図を背に立つUPC士官は、そこまで語ってから傭兵達の様子を伺うように言葉を切った。見つめ返してくる視線に、頷いてから説明を続ける。

「予想会敵地点は、連絡途絶のタイミングからこの範囲。月の裏側であるために確認は出来ないが、おそらく間違いないだろう」
 
 スクリーンに、艦隊の予測進路と攻撃を受けた予想地点が表示された。

「諸君に要請するミッションは、この地点の撮影だ。実際に直接ここへ向かうのは危険が大きすぎるゆえ、撮影、という事になる。第一優先順位は予測交戦地点の撮影。これは艦隊の状況を把握する意味だ。優先順位の第二は、月の裏側の撮影となる」
 
 士官が操作をすると、月がスクリーンで拡大された。

「諸君も知ってのように、月の裏側は地球からは見えない。宇宙空間へある程度観測拠点を配置した現状では、月の総表面積の70%ほどを確認できるのだが、死角となる30%は見えない位置にある。本部としては、ここに何かがある、と考えている」
 
 その何かを確認できる位置に出たが故に、艦隊は壊滅したのではないかとUPCは予測していた。バグア得意のステルスなどで偽装している可能性も高いが、複数の映像から精密観測をすればどこかに何かがあるか、それとも無いかは判断できる。

「今後の作戦行動を占う情報となりうる。諸君らの協力に期待する」


●サンディア・ピュルムが敵と接触する数時間前。L2への航路上

 傭兵たちに任務の説明をしようと、ノラ・ベルナリオがサンディア・ピュルムの艦内に設けられた傭兵たちの詰所に元気よく入って来た。UPC女性制服を着た小柄なワンサイドアップの少女だ。
 キラキラと輝く大きな黒い瞳と髪を纏めるリボンが可愛らしい。元気よく敬礼すると、片側に纏めた髪が揺れた。

「こんにちわなのだ! 私はサンディア・ピュルムの航宙管制士のノラなのだ! 既に話は聞いていると思うけど‥‥これからみんなには『生身』つまり戦闘用宇宙服でL2に生まれたデブリ群‥‥」
 ここでノラは言葉を詰まらせる。下を向き、自分が口にする言葉の意味を考えているのだ。

「分艦隊の残骸に侵入して貰いたいのだ」
 絞り出すように言うノラ。

「決して気持ちのいい場所では無い筈なのだ。危険も一杯なのだ‥‥でも、上手くいけば全滅させられた人々の無念を晴らすための重要な何かが手に入るかもしれないのだ!」

「そーげーは、ノラのKVで牽引するのだ! 心配はいらないのだ! かんちょーは、ああ見えて肝が座った人なのだ! 時間が来たら、ノラが必ず迎えに行くのだ! だから絶対に無事で帰って来るのだ!」

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

 ヘイル(gc4085)は天井や窓が破損し、宇宙空間に剥き出しになった通路を手すりに掴まって進みつつ、時折立ち止まっては周囲のKVの残骸を観察する。残骸は、視界を月面が占める方向に多く、逆に月が見えない方向には少なかった。
「‥‥これは酷いな。ここまで壊滅させる必要があった、と言う事か?」

「艦橋は、アッチみたいだね」
 夢守 ルキア(gb9436)が、巨大な残骸を指す。こうも艦体が穴だらけでは、艦内を探索するより、外側から回り込んだ方が近い。二名は沈黙と漂流物が支配する宇宙空間へ踏み出した。

 時折、交戦する両軍の爆発光が煌めく。ヘイルは移動しつつ、付近を漂う遺体を調べる。
「‥‥少なくともこの艦については白兵戦があった訳では無い様だ。この遺体は恐らく‥‥」

 ヘイルが指した遺体は、爆発の熱で焼け焦げていた。恐らくこの惨状を引き越した張本人に砲撃された際に、一瞬でやられたのだろう。


『こちらは傭兵のヘイル。生存者がいれば反応してくれ』
 通路に漂う宇宙服のヘルメットに取り付けられた通信機から、ヘイルの声が響く。

『救助を行う。繰り返す‥‥』
 倉庫の荷物に寄りかかるその宇宙服は、一見生きてヘイルの通信を聴いているようにも見える。

 ヘイルは定期的に無線で全方位に呼びかけつつ艦橋に急ぐ。しかし、彼の通信応える声は無かった。


 艦橋は地獄絵図であった。そこかしこに遺体が、それも酷く破損した原形を留めていないそれが浮遊している。
 人間くらいの大きさの、手と口と無数の眼球をつけた黒いナマコのようなキメラが遺体を漁る。艦のメインコンピューターは、そのキメラ集団の向こうだ。

 突如、無音で数匹のキメラが爆ぜる。貫通弾による攻撃だ。慌てて死体から口を放すキメラに黒いAUKVが突撃。キメラを槍で突き殺していく。
 
 飛び掛かって来たキメラを、残骸を蹴って跳躍。回避したヘイルはそいつを小銃で倒すと、周囲に敵が残っていないことを確認して呟く。
「宇宙は音がしないから奇襲が楽でいい。‥‥これはお互い様か」

「無線は繋がるかな、一応艦橋の放送室が活きてたら、傭兵が来たってコトを知らせよう」
 ルキアはそう呟くと、艦橋にあった艦内用の通信装置を作動させた。
『傭兵のルキア。喋らなくていいから、意識があったら、手を上げて知らせて』
 だが、やはり応える者はいない。
 続いて、ルキアは辛うじてメインコンピューターが動くことを確認して調査を始めた。
「データの判別はSFとしての知力トカ能力も使ってみるよ。研究者としての能力はワカンナイケド、パイロットとしてはそれなりのツモリだし」

「頼む」
 ヘイルはそう言うと残り時間を確認した。
「俺は、もう一度艦の外を調べてくる」

「ここまで徹底的に破壊されているとはな‥‥碌な抵抗もさせずに艦隊を壊滅させるとは、バグアもまだ何か隠し持っていると言う事か?」
 
 ヘイルは暗黒の宇宙空間を漂いながら、周囲を双眼鏡で注意深く観察した。彼はKVなどがどの方面に多いかを確認し、攻撃を受けた方向を測る事を目的としていた。
 時間を気にしつつも、注意深く観察を続けるヘイル。

「‥‥艦隊は内周から攻撃を受けたのか」
 調べた範囲で解ったのは、艦隊が隊列を組んで航行している際に、何者かがそのど真ん中から全周に攻撃を行ったらしいという事だ。この事を心に留めたヘイルは時間が迫っていることを確認して艦橋に戻った。

「やっぱり相当強力なジャミングを受けたみたいだね」
 艦のコンピューターを調査していたルキアは、艦隊がジャミングを受けていた事を調べ上げた。
 更に調査を進めたルキアは、遂幾つかのデータを抽出した。

「木っ端みじんってコトはデータも抜かれているかもと思ったんだケド‥‥時間的に不可能だったみたい」
 データそのものは相当破損していたが、それは敵が意図的にそうしたというより、攻撃の余波でそうなっただけのようであった。
「修復は‥‥デューク君か、正規軍にお願いでも良いかな。ま、カメラは完全に壊れているケド」
 
 ルキアはそう呟くとレコードを回収。そこにヘイルが合流した。二人は、ヘイルがペイント弾でつけた目印を頼りに合流地点へと急ぐ。


「死者の庭か‥‥」
 周囲を見回し、終夜・無月(ga3084)が呟いた。

 今、彼はバイブレーションセンサーと、探査の眼を併用して大宇宙のど真ん中を移動している。彼を囲むように複数の輸送艦の残骸が周囲に浮遊しており、それに交じって大小の破片が全天を囲んでいた。彼は残骸の一つ一つに触れ、振動を確認しては飛び移って行く。
 そこに、無月とバディを組んでいる綿貫 衛司(ga0056)が戻って来た。

「どうでした‥‥?」
 呼びかける無月。
 
 綿貫は無言で首を振る。彼は比較的原型を留めているKVのコックピットを確認していたが、奇妙なことにいずれもコックピットブロックが射出された形跡が無いにもかかわらず、その中は『空』であった。遺体すら残っていないのだ。
 二人は場所を変える事にした。

 やがて無月のバイブレーションセンサーが何かに反応する。手を触れたKVの残骸の内部からの反応だった。
「数は二つですね‥‥大人よりは少し小さいか‥‥」
 呟く無月。綿貫がハッチに手をかけて、豪力発現でこじ開けようとするが――

「‥‥!」
 無言で無月が綿貫の肩に手を置く。彼の探査の目が、何かを捕えたらしい。綿貫は無月の方を振り向くと、納得したように先手必勝を使用。二人は同時に拳銃を抜き、綿貫がハッチをこじ開ける。
 直後、両名は一切の躊躇なくクルメタルとケルベロスの全弾をコックピットの中に向けて連射した。

 ――やがて、コックピットの中から鉛玉をたっぷり撃ち込まれたキメラの死体が二体漂い出てくる。
 コックピットの中には食い荒らされた遺体があるだけだった。
 綿貫は無言で、遺体を調べその認識票を回収した。

「フライトボックスも回収しておきます」
 綿貫はそう言うとコックピット内を調べ、レコーダーを回収した。次に綿貫と無月は漂流する輸送艦の残骸を目指す。
 輸送艦は、既に原型を留めておらずラインガーダーが係留されたままだ。
 
 綿貫は宇宙空間ならではの距離感覚に留意して、不自然な揺れ方をする残骸などがないか注意を払いつつも、可能な限り急いで輸送艦に向かう。
 
「現場検証遂行に関するモノは全て見逃しません‥‥」
 何気無く宇宙を漂う物体にも気を配る無月。そのおかげか、彼は幾つかの認識票を見つけた。これは、先刻綿貫が回収していたのを見ていた為だ。逆に言えばこれ以外に注目に値するような漂流物は今の所無かった。

 やがて、輸送艦の艦隊に二人は辿り着く。

「残り時間が厳しいですが‥‥やれるだけの事はやりましょう」
 こう言ったのは綿貫だ。
 綿貫は、悲観主義者だが絶望主義者ではない。楽観論に依って行動して失敗した時の損害やダメージが大きい事を経験則的に知っているだけだ。
 だからこそ、綿貫は残された時間で最善を尽くしたかった。
「自分は、艦橋と倉庫に向かいます。無月さんはラインガーダーの方を頼みます」
 事前に輸送艦の構造についての資料を把握していた綿貫の指示で二人は二手に分かれた。


 格納庫を調査しながら綿貫はため息をついた。既に艦橋も調べたが、そちらは損傷がひどすぎて得るものは何もなかった。
 格納庫は、構造こそ保たれていたが中にあるのは死体ばかり。
 綿貫が発見したのは、認識票その他の小さな遺留品のみである。
 
 だが、コンテナを調べていた綿貫はあるものを発見する。それは、漂って行ってしまわないようコンテナの隙間に無理やり挟み込まれていた。

 手帳だ。どこの店でも売っているようなごく普通の手帳である。これも持ち帰ろうとページを捲っていた綿貫はある記述に眼を留めた。

 ――非常に強力なジャミんぐ 衝撃 振動 閃光 爆発 何が起きたか不明 警報 倉庫内できゅう助ヲマツ 援軍 救援要請 だれかくる さわぐ もう一度―(以下判読不能)

 輸送艦の外部では無月がキメラに聖剣デュランダルの猛威を振るっていた。全てのラインガーダーの残骸を丁寧に調べたが解ったのは、圧倒的な火力で瞬時に貫かれたという事のみ。
 後は時折、何処からともなく湧いてくるキメラだけだ。
  一匹のキメラを倒した無月は、接近して来る者を感知した。素早く銃を構え、苦笑して下す。それは撤収して来た綿貫であった。


 ドクター・ウェスト(ga0241)とメシア・ローザリア(gb6467)は、艦橋を避けて破壊された比較的原型を留めている巡洋艦に進入した。
 ドクターは艦橋に着くと、生きているコンソールに電子魔術師を使用してセキュリティを解除。手早く艦内の捜索を進める。
「ふむ、封鎖されているブロックがあるね〜」

 表示されたは、艦の比較的安全な位置にある一画だ。いざという場合の避難所らしい。

「では、そちらに向かいましょう」
 ローザリアも言う。

 この巡洋艦は別の艦と比べると不自然なくらい原形を留めている。今の所、艦内では死体は見つかっていない。
「やはり、生存する望みがあるとすればココかね〜」
 ドクターが言う。

「急ぎましょう」
 班の中でも、生存者の救助を最優先に考えるローザリアもそう言う。だが、直後に警戒のためにバイブレーションセンサーを起動した彼女は険しい表情になった。

「先に行ってください。ここはわたくしがお相手を致しますわ」
 そう言ったローザリアの視線の先には、個室のドアが‥‥
 ドクターは躊躇せず先を急ぐ。
 生存者の救出を最優先に考えるの彼も同じ。まして現在の彼は様々な経緯から、能力者への不信が芽生えてしまったらしく彼がノーマルと呼ぶ非能力者の負傷だけを治療しようと考えるような心境なのだ。
 
 キメラなら殺しておくべきだが、今は問題の場所に辿り着くことを優先したのだ。
 ドクターを見送ったローザリアは、ハッチの前に跳躍する。
 その瞬間自動ドアが開き中からキメラが数匹飛び出してきた。ローザリアはそいつに脚甲「イキシア」の回転させた爪先を抉るように撃ち込む。
 キメラは多数の眼球の生えた頭部を抉られ、息絶えた。
「宇宙服を纏っているのは難いけれど、救助小隊の隊長としてめげませんわ」
 薔薇の紋章が縫い付けられた宇宙服が華麗に無重力空間を舞い、キメラが次々と仕留められていく――


 問題の区画に辿り着いたドクターは呆然としていた。そこには確かに頑丈な隔壁があった。だが、それは今無残に破壊されている。そして避難所の中には生存者どころか死体すらなかった。
「コレは、何で破壊された跡かね〜」
 それでも、先見の目で周囲の状況に注意しつつドクターは調査を開始する。
 やがて、あることが解った。この隔壁は艦が武装を破壊され、無力化されてから改めて破壊されたのだ。

「‥‥一体なんのためかね〜」
 一旦覚醒を解き、思案するドクター。
「この隔壁にしても、まるで中にいた『人間を傷つけないように』丁寧に破壊されているような〜‥‥」
 
 突如、ドクターは覚醒した。無数の覚醒紋章が足元から全方位に広がる憎悪のリコリス(曼珠沙華)が現れる。
 周囲に敵がいた訳では無い。

「バグアめ‥‥!」
 ドクターはいきなりエネルギーガンを引き抜くと周囲に乱射し始めた!


「もう撤退の時間ですわ!」
「吾輩の邪魔をするな〜!」
 キメラを倒して仲間を探しに行ったローザリアが見たのは艦内を彷徨い、遭遇したキメラを片っ端からエネルギーガンと機械剣で殺戮するドクターの姿だった。

「わたくしも探してみましたが、この艦には何もありませんわ! 死体さえ‥‥!」

「何故死体が無いと思うかね〜!」
 乱射される光線から身を守るために、物陰から呼びかけていたローザリアはドクターの問いにはっとなる。
「もっと早くに気付くべきだった〜! 何故わざわざ乗員を傷つけないように破壊されている艦があるのか〜!」
 怒りのままに暴れ続けるドクター。その時ヘイルが打ち上げた照明弾が周囲を照らした。
 それを見たドクターはようやく落ち着いた。
「‥‥最後にどうしてもやっておかなければならない事がある〜。 もう少しだけ待って欲しい〜」
 ドクターはそうローザリアに言った。


 巡洋艦のコンピューターにアクセスしたドクターは一心に残っている情報を引き出していた。彼が特に重要視したのは乗員名簿である。
「艦18隻、乗員総数数百名‥‥死者、行方不明者‥‥いや、もはや行方不明者も『死者』だ。この数百名の命、すべてバグアに支払ってもらうぞ‥‥」

 作業に夢中になるドクター。ローザリアも彼の想いを解っているので、せかすことができない。
 しかし、艦橋の外に一機の小型HWが迫っていた。サンディア・ピュルムの部隊と交戦している機体がこちらに迷い込んだらしい。
 無人機のようだったが、何かを感知したのか武器を構えるHW。
 慌てて外を見る二名の前でHWの砲身に赤い粒子が集まり――直後、スナイパーライフルの弾がHWを貫いた。
 飛来したリヴァティーがHWを蹴り飛ばし、艦橋が爆発に巻き込まれないようにする。

――『もう限界なのだ! 急いで撤収するのだ!』
 
 艦橋の前に手を差し伸べるリヴァティー。リヴァティーから伸びる命綱には、既に他の傭兵たちがしっかりと掴まっていた。


 任務を終え、全速で離脱するサンディア・ピュルムの艦橋ではコンラッド艦長が沈痛な面持ちで傭兵たちが提出した品や書類を分析していた。
 調査の結果自体は、満足すべきものであったが判明した事実はこれからの厳しい戦局を暗示している。

「‥‥やはり、生存者は全て連れ去られたということだね‥‥ヨリシロとして」
 目を閉じるコンラッド艦長。

「ヘイルさんの報告によると艦隊の中央から全方位に強力な攻撃が行われている。
 更に、ルキアさんによれば相当強力な電波妨害も確認されている。この二つはほぼ一つの回答を示している、か‥‥ユダかそれに匹敵するワームの存在は、確実かな」
 艦長は報告書を手早く書きながら綿貫の回収したドッグタグを静かに見つめた。
 
 月が、遠ざかっていく。