タイトル:魚とじゃがいもマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/01 21:32

●オープニング本文


 ロバート・ヘイリング少佐には何も思い残すことなど無かった。先日の戦闘でエミタ自体の破損を含む致命傷を負い、こうして、ベッドに横たわって死を待つ彼の心境は不思議なほど穏やかだ。
 困難な作戦であった。それ故に彼が駆り出されたのだ。敵地で孤立した友軍を寡兵でもって救出に当たる。この任務にKV乗りのエースである彼の力が必要だったのだ。
 その任務に全力で当たり、見事多くの兵士たちを救い出すことに成功した。だから彼に後悔はない。
 もはや傷の痛みは無かった。今際の際の夢の中で、彼は懐かしい故郷の街並みを彷徨っていた。
 ロバートは生粋のロンドン子である。
 彼はロンドンの街並みを散策した後、行きつけのパブに入っていた。早速ビールを注文する。腹の突き出た顔見知りの親父が愛想良く尋ねる。
「つまみはどうするんだい?」
 ロバートは満面の笑みで答える
「Yes! Fish and Tips!  Please!」
 ロバートの口から洩れたこの言葉を聞くなり、彼に付き添っていた部下は全力で病室から駆け出し、集まっていた仲間たちに報告した。
 全員、ロバートの歴戦の部下である。

 約半日が過ぎた。カフェテリアに集ったロバートの部下たちは疲労と悲嘆の面持ちである。
「ダメだ! この辺でフィッシュ&チップスなんて手に入るわけがねえ‥‥!」
 まず基地内外の食堂は全て全滅であった。魚料理がうまいと評判のどの店に行ってもアクアパッツァだのヒモノだのツナだのサシミだのシュールストレーミングだのはあるのだが、肝心のものはどの店でも供していなかった。
 ならば最後の手段、自分たちで用意しようにも今度は材料の壁があった。
 まずジャガイモは問題ない。これはこの戦時下何処へ行っても非常食として引っ張りだこである。ケチャップ。レモン。タルタルソースといった調味料はそれこそ外食施設なら用意できない方がおかしい。
 もう一品、本場のフッィシュ&チップスに欠かせないモルトビネガー、すなわち、米ではなく麦などから作る西洋の酢はとある軽食堂の冷蔵庫の奥に未開封で眠っていたものを探し当てることが出来た。
 しかし、肝心のFishがどうしても手に入らなかった。
 無論これはどんな魚でも良いという訳ではない。ロバートは常々部下たちに行っていたのだ。
「いいかてめえら! 本物のフィッシュアンドチップスは白身の魚でなきゃあダメだ! それも白身なら何でもいい訳じゃあねえ! 新鮮なタラか! せめてアレだ! アレ! ヒラメか、カレイのでっかい奴だ!」
 そして、タラも、ヒラメも、カレイもこの基地周辺では流通や食文化の関係で手に入らないものであった
「クソォ! 世話になった隊長に最後の晩餐も用意してやれないとは‥‥!」
「諦めるのはまだ早い! 何か代わりになるものがあるはずだ! 隊長が言うカレイヒラメのでっかい奴というのが、何かわかれば‥‥!」
 この時突然基地内に警報が鳴り響いた。
 同時にモニターに映し出される緊急事態発生の表示。続いてオペレーターが事件の詳細を告げた。
「URT所属の哨戒艇が魚類型キメラに襲撃された模様です! 生存者の証言によると、乗員の一人が釣りをしていたところ、そのキメラが突然深海から浮上して来て船を尻尾の一振りでぶっとばして転覆させたそうです!」
「あ、今偶然撮影されたそのキメラの画像が送られてきました! モニターに出します!」
 そのキメラは確かに不気味といえば不気味だが、キメラに馴れた歴戦の勇士たちの関心を引くほどのものでもなかった。
 単にヒラメやカレイが8メートル級に巨大化しただけのものであった。
「これは‥‥ヒラメかカレイ型キメラと称すべきでしょうか? 博士?」
「いやいや‥‥これはオヒョウ型キメラとしょうしたほうが適切ぢゃなあ」
「お‥‥おひょう?」
 ヒラメやカレイといった名前に比べればなじみの薄い名前に首をかしげるオペレーター。
「まあ。単に2メートル近くなる カ レ イ や ヒ ラ メ の で っ か い の をそう呼ぶだけぢゃ! カレイ型と称しても一向に構わんがのお」
 歴戦の、兵士たちの眼が怪しく輝いた。

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
篠崎 美影(ga2512
23歳・♀・ER
クライブ=ハーグマン(ga8022
56歳・♂・EL
周太郎(gb5584
23歳・♂・PN
龍鱗(gb5585
24歳・♂・PN
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
カグヤ(gc4333
10歳・♀・ER
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA

●リプレイ本文

「海はいいですね。 特に北の海は。 刺す様な冷気が心地いい」
 八葉 白夜(gc3296)の言葉通り、北の海の空気は冷たくはあっても、清澄だ。
 ましてそこに、祈宮 沙紅良(gc6714)が、高らかに歌う美しい旋律が加わったとなると戦闘中であることを忘れるような雰囲気が醸し出されるのも無理はない。
「くぅー! これで演歌ならもっと気分出たりしてな! 北の海だけによ!」
 などと豪快に笑う伊佐美 希明(ga0214)。
「演歌はさて置き、たまには生の音もいいもんだな」
 普段は携帯用ミュージックプレイヤーを愛用している周太郎(gb5584)もそう言って歌に耳を傾けた。
 祈宮が歌っているのは呪歌である。既に三段階まで麻痺が決まった、今回のターゲットであるオヒョウ型キメラは、船体側面の海面で無様にプカプカ浮かぶばかり。
「フィッシュアンドチップスには色んな調味料があるのー。 まずはタルタルソースにケチャップつけるのー。 ちょっと飽きてきたら口直しにお酢とレモンなのー」
 操舵手担当のカグヤ(gc4333)に至って、このように実際に食べ始める時のことを考え始めている。
「衣は水よりもビールで溶いたほうが美味しいですな、少しボテっとするくらいがベストですぞ、マダム」
 クライブ=ハーグマン(ga8022)は、依頼が完了したら夫にもフィッシュアンドチップスを振る舞おうと張り切る篠崎 美影(ga2512)にコツを伝授していた。
「まあ、ありがとうございます! あの人もきっと喜んでくれますわ!」
 篠崎は最愛の夫の笑顔を思い浮かべ、嬉しそうだ。
「さて、血抜きといくか。 すまないが、そろそろ止めを刺してくれ」
 龍鱗(gb5585)はそう仲間に呼びかけると、自らも装備している槍、リューココリネを構えた。
 本来のオヒョウの生態を考え、甲板に引き揚げる前に仕留めるのが、得策であると傭兵たちは判断したのだ。
「スタンバイ‥‥スタンバイ‥‥!」
 ライフルを構えたハーグマンの号令の下、銃器を装備した伊佐美、篠崎、龍麟、八葉が射撃体勢に入る。
「オープン・ファイッ――」
 静止目標の、頭部に対する精密射撃。その認識が傭兵たちの判断をコンマ一秒遅らせた。
 頭部を下にして、海面から大きく跳躍するキメラ。牙を剥き出しにして獲物を狙う。
「蒼き水司りし神々よ その腕にて彼の――っ!?」
 キメラの狙いは、当然呪歌で自らを縛ろうと図る祈宮、の命綱だ。
 船の左舷側から右舷側へ飛び移る、一瞬の間に祈宮の命綱を食い千切り、そのまま彼女を厳寒の海へ引きずり込んだ。
 だが、傭兵たちもやられてばかりではない。キメラが海中へ飛び込む直前に八葉が、投擲用小太刀『八葉・氷響』を放つ。それは、狙い違わずキメラの尾びれと胸びれを穿った。
「せめて、動きを封じさせて頂きます!」
 そう叫ぶ八葉。
 しかし、キメラは一旦着水すると、祈宮を放り投げ再度跳躍した。今度は甲板に飛び乗るキメラ。その強大な筋力を最大に発揮して甲板上を無差別に跳ね回り、次々と命綱をかみ切っていく。
 まず周太郎が、続いて伊佐美と八葉が命綱を失った挙句、尻尾に跳ね飛ばされ寒中水泳の憂き目にあう。
 篠崎も落水は免れたが、代わりにキメラの一撃を急所に受け、かなりのダメージを負ってしまった。
 四人を落水させ、フォーメーションを崩壊させたキメラは再び水中に飛び込む。
「くそ! 小賢しい真似を!」
 とにかく落とされた仲間を救助しようと、龍麟が命綱を切り離そうとする。しかし、それをハーグマンが制止した。
「貴様! みすみすファッキン・ハリバットの罠にかかるつもりかァ!」
 いきなりの貴様呼ばわりに、一瞬唖然とする龍麟。しかし、これがハーグマンの覚醒だということを思い出して、気を取り直すのであった。
「ハーグマンさんの言う通りです‥‥。 私たちが、溺れた人を助けようとするのを待ち伏せて、自分に有利な場所で戦うつもりのようですね」
 篠崎もハーグマンの判断に同意して、海面のキメラを睨む。
 この間、海に落とされたメンツはというと、一応無事ではあった。
 全員がライフジャケットを着用しており、しかも能力者である。覚醒することによって低温の海水に体力を奪われることにも、何とか耐えていた。だが、このままでは凍死寸前まで体温が低下するのも、時間の問題であろう。
 思わぬ膠着状態はしかし、さらなる不測の事態によって打開された。
「‥‥おい。 なんだ、この、音」
 きっかけは周太郎のライフジャケットが空気漏れを起こしたことである。キメラの攻撃で傷ついていたのだ。
 瞬く間に浮力を失う周太郎のジャケット。しかし金槌である彼が溺死の危険に陥ったことは、エミタAIの発動のトリガーとなった‥‥のかもしれない。
「あ、あれ。泳げる!?」
 手足が泳ぎ方を覚えているような、そんな感覚。単に能力者の身体能力が優れていて、適当にばたばたしててもおぼれないというだけかもしれない。が、そのばたばたが膠着を破る。それまでじっと傭兵たちの出方を待っていたキメラが、反射的に周太郎に襲い掛かった。
「うわ!?」
 反射的に、逃げる周太郎。普通なら、泳ぐのはキメラの方が速かっただろう。だが、キメラのひれは八葉がさっき投擲した小太刀によって傷つけられていた。
 結果として、キメラは思うように泳げず、周太郎と追いかけっこを演じる羽目になったのである。
「操舵手! 今のうちに他の連中を引き揚げろ!」
 ハーグマンが、素早くカグヤに指示を出す。
「頑張って運転するの! おー!」
 エレクトロリンカーとしての特性を発揮したカグヤの的確な操舵で、周太郎以外の三名は手早く救出された。
「周太郎さん! 私が援護します! 船に上がってください!」
 そう叫んだ篠崎が、超機械「クロッカス」を起動する。周囲に発生した電磁波にキメラがひるんだ。
 その隙をついて、周太郎は反撃に転じる。
「少し我慢しろ‥‥目を潰すだけだ」
 覚醒した周太郎の、ピジョンのブラッドの瞳は怒りの色を滲ませている。スピネルが、キメラの二つ並んだ目の、右を狙った。フォースフィールドに阻まれるかも事は予期の上だ。
「周太郎、合わせるよ。 全く、いい加減大人しくしてろ!」
 同時に、龍麟が縄を結んだリューココリネを甲板上から投擲、こちらは、キメラの左目を狙ったものだ。
 キメラの左目が貫かれた時、哨戒艇から黒炎の翼が一瞬揺らめき、そして消えた。
「‥‥死ぬかと思った」
 キメラがのた打ち回っている隙に、ようやく甲板に上がった周太郎が呟いた。
「ようし! 今度こそファッキン・ハリバットに、ケツ穴を大盤振る舞いだ! オープンファイアッ!」
 甲板上からハーグマンのアンチシペイターライフルに伊佐美のアサルトライフル、篠崎のハンドガンと龍麟のターミネーターが猛然と火を吐いた。加えて救助された八葉のシエルクラインと、祈宮の矢もこの総攻撃に参加した。
 だが、キメラはこの集中砲火を浴びながらも猛然と哨戒艇に突撃してきた。見れば、残っていた筈の右目も撃ち抜かれている。
 「もう、目は見えない筈なのに、何故‥‥。 そうか、こちらの攻撃から方向を見定めているのか」
 そう呟いた八葉は、慈悲を込めて言葉を続けた。
「普通の生き物なら、とっくに逃げているでしょうに。 バグアの先兵とは言え、キメラというのは哀れな生命ですね‥‥」
「根性あるじゃねえか‥‥ヤベェな。 手加減はできねぇ。 みんな! 悪いけど原型留めねえ勢いで食らわせるぜ!」
 血まみれになりながらも突進を止めないキメラに、業を煮やした伊佐美は、そう言い放つと銃をおろし、アルティメット包丁を構えた。その左顔はすでに彼女が覚醒していることを示していた。
 そこに、キメラが海面から甲板に向かって躍り掛かった。
「しゃらくせえ!」
 伊佐美の包丁が一閃する。
 彼女の後方に落下したキメラは、見事に三枚に下ろされていた。
 こうしてキメラの討伐は無事終了した。
 ほっと胸を撫で下ろす一同に向けて、周太郎は八人分のコーヒーが入った魔法瓶を取り出して見せる。
「みんな飲むか?‥‥とりあえず、寒い」
 哨戒艇の甲板に七人分のくしゃみの音が響いた。

「おーえす!おーえす!‥‥てか、おーえすって、何だ!」
 周太郎のコーヒーで冷えた体を温め、無事基地に寄港した傭兵たちは、伊佐美の号令の下、キメラが入れられたクーラーボックスを全員で引きずっていた。
 ようやく、調理室がある棟に着くと、基地の料理人たちが肉を切り分け始めた。
 
 いよいよフィッシュアンドチップスの調理が始まった。
 周太郎と龍麟は、じゃがいもの下処理担当である。この料理は、皮を剥く必要はないので芽を取ったら、後はフレンチフライの形に切り分け下茹でに入る。
「よし、もういいだろう。周太郎、火を止めてくれ」
 龍麟の指示で、早速じゃがいもに櫛を刺し、茹で具合を確かめる周太郎
「ん‥‥ちょうどいいかな。 しかし‥‥」
「何だ?」
「最後に食わせるのが、キメラでいいのか」

「あ、ちょっと火が強すぎますね。 こういった衣でしたら、温度はもうすこし低目が良いかと‥‥」
 大きなフライヤーの前では、ハーグマンと祈宮が衣の調合と、火力の調節で相談中の模様である。
「なるほど‥‥さすがテンプラのお国柄ですな。お若いレディ。 ところで、そっちのフリッターのような衣は一体‥‥?」
「あ、これがその天麩羅用の衣です。 天麩羅の種にも、種類は違いますけど白身のお魚を使いますし、ビールと天婦羅を一緒に頂くこともありますから。 喜んで頂けると良いのですが」
 
 食堂では、他の四名が食器の準備にいそしんでいた。
「そいやぁ、倒したキメラを喰う機会は良くあるけど、喰う為にキメラ倒せっていう依頼は、初めてかもしらんねぇな。 キメラ食って、どうなの、普通なの? 私は、普通に喰うけど」
 ナイフとフォークを並べる伊佐美は傍らで皿を置いているカグヤに話しかけた。
「待望のお食事会ー晩餐ー 食べるの、たくさん食べるの。 キメラでも関係ないのー いい匂いがするのー」
 カグヤの返答に苦笑する伊佐美。確かに厨房からは、程よく熱された油の良い香りが流れてくる。
 それに、カグヤが特に腹を減らしているのも無理はない。彼女は哨戒艇の操縦に始まって、魂の共有による祈宮への錬力供給、さらに戦闘終了後の錬成治療と覚醒し通しだったのだ。いつも以上に食欲旺盛なのも仕方のないことである。
 篠崎は気の利くことに、ビールのグラスを冷やしていた。
「ビールを嗜まれる方が多いみたいですからね」
 八葉は基地の医師に患者、つまりヘイリング少佐の容体を確認していた。今のところ小康状態であり、一口ぐらいならビールもフィッシュアンドチップスも良いだろうとのお達しであった。
 
「サー、お待たせいたしました、フィッシュアンドチップスと、スタウトビールです」
 ハーグマンが運んで来たものを見て、全員集合していたロバートの小隊から、歓声が上がった。
 よく冷えた真っ黒なスタウトビール。そして、黄金色に程よくフライされたオヒョウの切り身とポテト。
 これにケチャップとモルトビネガーの大瓶が屹立し、周太郎と龍麟が調合した自家製のタルタルソースと、大量のレモンが添えられている。
 ちなみに場所は基地内のKV格納庫である。ヘイリングのKV小隊が、一番馴染みのある場所で最後の晩餐を開いた為だ。
 格納庫の高い天井の下、本場のパブさながらの豪快な乾杯が行われた後、ハーグマンは儀礼上グラスを干し、一口料理に手を付けた後は、早々にその場を退散した。
 無論ロバートと部下たちに、最後の時間を水いらずで過ごさせる為である。
 格納庫のドアが背後で閉じた後、紙皿に残っていたフィッシュとチップスをつまんだ。 
 ハーグマンは静かに呟く。
「うん、うまい。 少し薄味ですが、彼らにはちょうどいでしょう‥‥」

 一方、食堂でも傭兵たちがフィッシュアンドチップスの晩餐に興じていた。
「イギリス料理はマズイってよく言うけれど、ちゃんと愛情を持って作れば大丈夫だったのー」
 カグヤは口いっぱいに頬張りながら、そんなことを言っていた。
 篠崎は、カグヤのほっぺたについた汚れを吹いてやりながら、自身も料理を楽しんでいた。
「こんなに美味しくできるものなんですね。 私も愛情を込めたものを、あの人に作ってあげたいです」

 実際の調理で大活躍した周太郎と龍麟も、出来栄えに満足した様子だ。
「‥‥意外と美味いな、これ」
 そう周太郎が呟く。
「うん、我ながら最後の晩餐にとびっきりのが用意できたと思うよ。‥‥ああ悪い、醤油をとってくれないか? イギリス料理もいいけど、こっちも捨てがたいからな」
 そう言って、渡された醤油を焼いたキメラの切り身にかける龍麟であった。

「天麩羅にフィッシュアンドチップス‥‥どっちも故郷の味か‥‥」
 祈宮の用意した天麩羅を天つゆで味わい、江戸っ子気質が呼びさまされたせいか、伊佐美はそんなことを呟いた。
「いつか、帰れっかな。‥‥東京によ」
 しんみりとそう呟く伊佐美に、祈宮は大丈夫ですよ、と優しく笑ってビールを注いだ。
「そうだな‥‥へっ! イギリスの故郷の味は、塩味がきいてるじゃねえか!」
 ビールを飲み、今度はフィッシュアンドチップスに口をつけた伊佐美もそう言って笑うのであった。
 
「ふむ。これがイギリスの名物料理ですか。 初めて食しますが、中々に美味ですね。 今度妹達にもご馳走するとしましょうか」
 八葉はそう言って、にこやかに微笑みながら、料理を味わっている。
 その言葉を聞いた八葉に、ハーグマンが持っていた古新聞を差し出す。
「この新聞紙に包んで持っていってあげると良いでしょう。 わが国ではフィッシュアンドチップスをテイクアウトする時、こうやって包むのが習慣でしてな」

 かくしてその晩、傭兵たちは存分に食事を楽しんだ。

 その翌日、八人の傭兵たちは早くも、それぞれ次の任務に向かう為に帰りの高速艇の中に乗り込んでいた。
「‥‥ところでクライブのおっさん。 それって、どこまでが髭で揉みあげなんだ?」
 などと隣の座席の伊佐美に聞かれ、苦笑していたハーグマンが、ふと窓の外を眺めると高速艇の背後からKVの小隊が、一糸乱れぬ見事な編隊飛行で飛来するのが見えた。
 編隊が、高速艇を追い越して行くのを何気なく眺めていたハーグマンは、編隊の最後尾を飛行するKVを見た瞬間、驚きの余り我が目を疑った。
 そのKVが、昨夜格納庫で見たロバート・ヘイリング少佐の専用機体に酷似していたからである。
 単に、どこか別の部隊の誰かと、機体が似ていただけなのか。あるいは、ロバートの部下の誰かが、隊長の機体を受け継いだのか。
 そのどちらでもないのか。
 それを確かめるには、すでに編隊は遠ざかり過ぎていた。