タイトル:【残響】Via Dolorosaマスター:稲田和夫

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 24 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/30 11:49

●オープニング本文


 その映像記録だけが何故施設に残されていたのかは解らない。単に偶然置き忘れられただけなのか、記録者に何らかの意図があったのか、ともかく、その記録は二人の人物の会話から始まった。
 そこには十数体の少年少女が、それぞれベッドに寝かされて並べられていた。映像が不鮮明なので詳細は不明だが、どの学生も死にかけているようだ。
 会話によると、この少年少女はハーモニウムとして強化処置を受ける筈だったのが、極北でそれを担当した人員のミスで発生した事故により全員が強化に失敗して、衰弱が著しい状態らしい。
『うふ、折角BFの特急便で運んで来たのに、もうほとんどダメだねえ』
 幼い少年の声。それはこの施設の持ち主であったドクトル・バージェス(gz0433)のものだ。
『‥‥じゃあ、全員手遅れかい? ドク』
 その声を聴いた時、E・ブラッドヒル(gz0481)ははっとなった。それは彼女にとって聞き覚えのある声。そう、忘れもしない『教官』の声だった。ふと見れば、映像には懐かしい全身を戦闘服で覆い口元だけを出した教官の姿があった。
 映像の中のバージェスはベッドの間を動き回り、一人一人の容体を確かめていく。
『半分くらいは処置すれば助かりそうかなあ。でもぉ、助けられるのは一人だけみたい♪』
 そう言ってバージェスは説明を始めた。
 この場には人間の治療と強化処置を行う技術を持ったバグアは自分一人しかいない。また、処置にはかなりの時間と労力が必要なので誰か一人の処置をしている内に、今はまだ助かる見込みのある残りの被験者も衰弱して死ぬだろうと。
『ねぇ、誰か助けたい子いるぅ? 早く決めないと本当にみんな手遅れになっちゃうぞ♪』
『それを俺に決めろというのか?』
『まだ半分は『人間』であるキミが決めるべきだと思うなあ』
 教官は、手近な椅子に腰を下ろす。
『‥‥俺は、こう見えてドクの事は信用してるんだぜ? バグアとしてはな。‥‥あんたの言ってることは本当なんだろう』
『はっきり言ってよぉ?』
『あんたが選んでくれ。ドク』
『俺よりはマシかもしれんが、強化されることには変わりねぇ。このままくたばった方が幸せなのかもしれんが‥‥』
『そのガキ共の運命は、俺が背負うにゃ重過ぎる。解ってくれ、ドク。俺は生き残った奴に飛び方を叩きこまにゃならん。‥‥その時に、俺が『選ばなかった』ガキの顔がチラつくのは、御免だ』
 バージェスは躊躇しなかった。教官の意思を訊くと、即座に一番近い位置にいた少女に歩み寄る。同時に映像もその少女をアップで写す。意識不明の状態にあるブラッドヒルの顔を
『この子にき〜めた♪ だって、一番近い位置にいたしぃ』
『急いでくれ。他の連中は、せめて俺がここで最後まで看取らせてもらう。その後は‥‥』
『外にいるゴーレムとタロスの二人に渡しておいたらぁ? 彼らも『人間』だから、穴掘りくらい手伝ってくれると思うよ? あはっ、あははははっ!』

――そこで映像に編集が入った。

 次の場面でもブラッドヒルはベッドに寝かされていた。ただし、今寝かされているのはかなり狭い部屋で、なにやら機材が大量に置いてある。どうやらここが手術室らしい。
 ブラッドヒルには大量の管が繋がれ、包帯が巻かれていた。どうやら既に処置が終わった後のようであった。
『何してるんだ』
 ブラッドヒルの認識票らしきものを手に取り、何か細工を始めたバージェスに、『教官』が話しかけた。
『うふ、認識票から、この子のファーストネームを削ってるんだよぉ』
『なんでそんな面倒な事をしやがる?』
『どうせハーモニウムは、改造前の過去を完全に抹消されるんでしょう? なら僕も記念に何か貰っておこうかなってぇ♪』
『前から思っていたが、意外にあんたロマンチストだな』
『あはっ、君には負けるよぉ♪』
 やがて、『教官』が椅子から立ち上がった。
『さて、次は俺の調整を頼むぜ、グリ−ンランドに戻ったら、またコキ使われる日々が始まるからな』
『あれぇ? 向こうで調整受けてこなかったのぉ?』
『はん、向こうの連中はぞんざいでかなわねえ。やっぱり強化処置をした本人に調整を受けるのが一番具合が良いみてぇだ』
『あはっ♪ ゼイタクぅ』
 そして映像は終わった。


 映像を見終わったブラッドヒルは嘔吐した。嘔吐したHmに士官は慌ててハンカチを差し出した。少女はそれで口を拭うと耐えかねたように床に倒れ込んだ。基地司令が大声で医務官を呼び、Hmは再び治療室へと運ばれていった。
 数時間後、士官が部屋に入った時、少女は窓から街を眺めていた。
「何を考えていたんだね?」
「――何故、私はここにいるのでしょう?」
 今更な問いに、士官は深く考えず答える。
「さあな‥‥運命としか言えないんじゃあないか? 極北制圧戦の際、君を確保したのが我が北中央軍からの派遣兵力だったことも、その後、様々な偶然が重なってなし崩し的に君がここで生活することになったのも」
 士官の答えに、ブラッドヒルは泣くように怒鳴った。
「そして、私だけが、他の多くのバグアの犠牲者を、あの映像の『仲間たち』を犠牲にしてまで、のうのうと生き延びようとしていることも、運命ですか!」


 強化人間としての力を使用した経験の多い者は、バグアの細胞との親和性が治療の成功率を下げるという事情もあって、治療を受けられる見込みは極めて少ない。
 そうでない強化人間も、エミタ鉱石の希少性ゆえにそう簡単には治療を受ける事は出来ない。
「私にはその資格があるのでしょうか?」
 ブラッドヒルは言う。

――彼女と同じような立場に置かれた多くの強化人間を差し置いて、自分だけが生き延びるチャンスを与えられることが許されるのか?

 士官はブラッドヒルの言葉に答える言葉を持たなかった。
 仮に、彼女が治療を拒否したならば、上層部はすぐにでも手術を止めるだろう。しかし、その後、気が変わって再び治療を希望したとしても、二度と認められることはない。
 
 彼女の苦悩は、もはや自分で答えを見つけるしかないのだ。
 ブラッドヒルは、彼女にキーホルダーを渡した少女が中心となって集めてくれた寄せ書きを士官から渡されても、暗い表情のままだった。
 士官は、散歩にでも行けとブラッドヒルにアドバイスした。

●参加者一覧

/ 綿貫 衛司(ga0056) / 須佐 武流(ga1461) / UNKNOWN(ga4276) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / ゲシュペンスト(ga5579) / 飯島 修司(ga7951) / 椎野 のぞみ(ga8736) / 時枝・悠(ga8810) / エリアノーラ・カーゾン(ga9802) / 嘉雅土(gb2174) / 堺・清四郎(gb3564) / ソーニャ(gb5824) / 館山 西土朗(gb8573) / 奏歌 アルブレヒト(gb9003) / 夢守 ルキア(gb9436) / アセリア・グレーデン(gc0185) / ヨダカ(gc2990) / 若山 望(gc4533) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / 追儺(gc5241) / シャルロット(gc6678) / 綾河 疾音(gc6835) / モココ・J・アルビス(gc7076) / 月居ヤエル(gc7173

●リプレイ本文

●A Little Whippoorwill Cry!
 E・ブラッドヒル(gz0481)は基地の休憩所にやって来た。
 朝、高速艇の中継として傭兵の往来が多いこの基地でも人が少ない。
「で、お前はなんで今すぐ死なないのです?」 
 ブラッドヒル(以下BH)は呆然として、いきなり自分を罵倒したヨダカ(gc2990)を見た。彼女とて、移送直後の周囲の雰囲気を忘れた訳ではない。
「極北では強化人間を助ける為に軍の人間が見殺しにされた! 敵を助ける為に! 味方が切り捨てられたのですよ!」
 その記録はBHも知っていた。恐らくヘイエダール旅団と呼ばれる精鋭部隊が壊滅的被害を蒙った記録の事だ。
 BHは泣きそうな表情になる。
「その顔は何です!? 殺すだけ殺しておいて『私可哀想なんです』みたいな奴は実に不愉快なのですよ! お前のような奴らを助けようだなんて考えた連中のせいで、多くの人間が死んで! 守れなかった沢山の人がいて!」
「やはり――私は‥‥いきて、いては――?」
 BHは無意識にそう言った。
「始めから助からなければ良かったのですよ! 誰にも噛み付かなかったというだけのバグアの犬!」
 BHは完全に混乱していた。無力に横たわっていた仲間たちの姿と、お前は強化人間なのだといった人々の声が浮かぶ。
 救命を受ける受けない以前に、BHは自殺という選択を選んでもおかしくない状態になった。だが、ある単語が彼女の意識を辛うじて繋ぎ止めた。

 ――犬

 この少女は、私を、仲間たちを犬と呼んだのか? そして教官を?

「もっと生きるべき人間はいたのに! もっと守れた人がいたのに!」
「とりけせ‥‥」
 BHが小さく言う。ヨダカの方はBHの声など聴こえない。もう一度BHは声を張り上げた。
「ヨダカの大切な人はみんなお前らバグアに殺されたッ! どうしてお前がのうのうと馬鹿面さらして生きているのです?!」

「――取り消してくださいッ! 私の大切な人は、犬なんかじゃないッ!!」
 
 早朝の休憩所に響く二人の少女の罵声。何事かと集まる人々。
 ヨダカはもう一度BHを睨みつけ、その場を立ち去る。
 誰かが、またBHに声をかけた。
「ハーモニウム、また、こいつらか‥‥」

●Resolution
 須佐 武流(ga1461)は言った。
「最初に言っておきたいことがある。お前は所詮バグアだ。結果として人間と戦ってないだけでお前のお仲間は、人間を殺し俺達の同胞を殺した。お前はその中の一人にしか過ぎない」
「治療を受けて成功して‥‥待っているものはより過酷だ。LHやカンパネラの傭兵達、お前なら、街の人間は守ってくれるだろうが‥‥それ以外はどうだろうな? 守るとか何とか言うが‥‥不可能さ。エミタだって希少だ」
 BHが人間に戻って、能力者になるには二つのエミタが必要だ。治療に耐える為の体力をつけるために埋め込む一個目のエミタが、治療に成功すれば効果を発揮するだろう。
 だがエミタを二つ使っても成功率が100%に上がる訳では無い。成功しても一つ、最悪二つが無駄になる。
「どこにいて何をしたって‥‥白い目で見られる。今の子のように。その不条理と戦う覚悟はあるかい? 俺が問いたいのは覚悟だ」
 覚悟。それは今のBHにとっては重過ぎる言葉。
「誰かに守ってもらえるだろうから、治療を受ける‥‥だったらやめろ。今俺が止めをさす」
 力が抜けて椅子に座り揉むBH。須佐は彼女に時間を与える為か、それ以上は何も言わず立ち去った。


「まあ、彼らにも様々な想いがある」
 UNKNOWN(ga4276)が言う。
「だが――君が、生きたいと思うなら、生きるといい。選んだのが自分だ、という責任を持って。まあ、私は無理矢理でも生かす方が好きなのだけど、ね」
 適度な距離感を持った優しさに、BHは少しだけ落ち着く。
「まあ、頑張りたまえ――運命、といえば少し意味が重くなるかもしれん。だが、縁があったと思えば、再び機会があるということだ」
 そう言うとBHの頭を軽くぽんぽんっと、叩いて、去って行った。

●Do not Have a Robin mourns you
 外になんて出る気がしなくなり、自室の扉を開けたBHは思わず固まった。見知らぬ少女がそこにいた。
 その少女、ソーニャ(gb5824)は呆然とするBHの意向など関係無いかのように語り始めた。

「私が来た訳? ある少女の生きた証を確かめに。その子も強化人間。洗脳がとけ保護され、そして死を待つ。延命装置に繋がれ希望はない。苦痛。彼女は生きた。生きる1分、1秒のデータが誰かを救うと信じて」
「それが延命技術の累積。しかし、バグアを追い払っても多くの強化人間が地球に残される。彼らの大半は、仕方なくそうなった者」
「あなたは道を探りなさい。同じ境遇の者に呼びかけ、貴女の体と全てをかけて。極北で死んだ彼らの命に、少なくとも一つの意味を加えられる。同胞を救う礎。その名前と存在を歴史に刻みなさい」
「他を差し置いて? ならば死より辛い道を歩むがいいわ。憎悪。偏見。差別。それはその後も元強化人間やその家族を襲う。その身を呈して守りなさい」
「さらに多くの者が死ぬ。その時は、泣き、叫び、悔やみ、地面に額を押し付けながら生きるのよ。死に逃げないで」
「ボクはこれから強化人間を殺しにいくよ? 人の命と意思が未来へ続く。そんな夢を見よう‥‥君には期待している。さようなら」
 それは、会話と言うよりも詩の暗唱のよう。ソーニャは去る。
 一方、BHは基地内を彷徨い、気が付けばベンチに腰を下ろす。
「無理‥‥むり、です私には‥‥」
 ソーニャが淡々と告げた言葉の数々が、BHを激しく苛む。

 ――地面に額を押し付けながら生きるのよ。死に逃げないで

 自分がどういう存在かは、ヨダカと須佐が十分に教えてくれた。自分が救命を受け、既に士官には話してある進路を選べば、きっと。

 ――お前達の事情なんて関係なくバグアでひとくくりだ。

 ――『私達可哀想なんです』みたいな顔して

 BHは両手で耳を塞いで、すすり泣いた。

●A Tears
「もう治療を受ければ安心だと思っていたのに‥‥」
 若山 望(gc4533)の言葉に、BHは視線を合わせることも出来ない。
「本音を言えば、治療を受けて生きて欲しいのですが、私にはあなたを納得させられるような経験も言葉も持ち合わせていません」
 感情を抑えてそう言う望。
「後悔しない選択をしてください。私の望まない選択でも‥‥あなたの意思なら‥‥」
 突然、望はうつむいた。

 ――雨? BHは最初そう想った。違った。それは望が流した涙。

「ごめんなさい‥‥泣いても困らせるだけだから‥‥我慢してたのに‥‥」
 望は、そのまま、くるりと背を向ける。
「これ以上話すと‥‥泣き喚きながら‥‥私の希望を押し付けそうなので‥‥帰ります。‥‥また、会いに来ますね」
 それは、余りにも相反する感情をぶつけられたが故の懊悩。ヨダカからは犬と呼ばれバグアという存在全てをBHが体現しているかのようにぐちゃぐちゃの憎悪をぶつけられた。
 だが、望は泣いてくれた。自分の為に。
 僅かな時間にBHは愛と憎しみと言う人間の感情の両極を味わったのだ。動揺するなと言う方が無理だった。

●Memento Mori
 夢守 ルキア(gb9436)が、目撃したのはこの状態のBHだ。
「暗い顔してるケド、だいじょーぶ?」
 いきなり現れたルキアに驚いて BHは顔を上げた。
「え、ええ‥あなたは?」
 ルキアは答えず、BHの手を引いて五階建ての建物の屋上を目指す
「風が気持ちいいね」
 屋上に着くと下が良く見える。怪訝そうなBHに、ルキアはとびっきりの笑顔を見せた。
「ねぇ、本当に助かりたくないなら――死のうか」
「え?」
 拒否や思考の時間は無かった。ルキアはBHを抱きしめると屋上から地面へと飛び降りた。勿論、覚醒してである。

 その瞬間、それまでBHの心を蹂躙していた想いは全て払拭された。落着までの長くて短い時間、極めて単純な『死』という概念のみがBHを支配した。

「死ぬって、自分と言うセカイが、無くなると言うコト」
 気が付けば茂みの中に無事着地。ルキアがBHに言う。
「ねぇ、死の淵で、きみは、何を思ったのかな――?」
 BHは思い知った。死ぬ、といいながら死と言うものを本当には考えていなかった、と。
「私はルキア‥‥ホントに、死にたいなら、またおいで」
 手を振ってルキアは去って行った。BHは屈み込んで両肩を抱いたまま震えている。

「犠牲を否定すれば、全ての『生』を否定するコトになるのにね」
 その様子を振り返って眺めたルキアが呟いた。

 ――相棒の、昔に似ていたから、ちょっと放っておけなかったんだケド。やり過ぎじゃなかったら、いいなぁ

●A handful Memory
 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)は、ルキアと出会った後じっと考え込んでいるBHに声をかけた。
 ルキアの荒療治のおかげで、少なくとも混乱は収まっていた。今は、必死に自分を立て直している状態だった。

「こんにちは‥‥初めまして。頭の中ごちゃ混ぜで、でも‥‥吐きだしたい?」
 BHは一も二も無く頷いた。ヨダカや須佐に言われたことは、詳しく話さなかった。ただ、教官や仲間を犬呼ばわりされて思わず声を荒げてしまった事だけは話さずにはいられなかった。
「うん‥‥命は死ぬね。でも‥‥それは憎悪の種にしてはいけない。その人は君の記憶でほんの一握りでも、生きているから」
 ドゥは、穏やかな声でそう言った。BHは納得出来なかった。
 
 ――憎悪。あの少女も、BHの一番大切な人を『犬』と!

「偉そうだけど‥‥一つだけ問題。君の中の大切な人はこの場にいたら君に何て言うだろう?」

 ――犬ぅ? 光栄だねぇ! 犬は犬らしく‥‥最後まで吠えてやったぜ?

 BHの怒りが急速に引いていく。あの人なら間違いなくそう言って笑うだろう。あの人の誇りとはそういうものだ。

「今日君が会う人達も、君の行く先を示してくれる筈」
 BHの様子を見たドゥは、微笑むと立ち上がった。
「僕はドゥ‥‥覚えてくれたら嬉しいな」


 公園で休息を取る堺・清四郎(gb3564)の目に公園のベンチに座るBHの姿が映った。
「おい、大丈夫か‥‥?」
 多少は落ち着いていたBHは話を始めた。
「一言言わせてもらう。悲劇のヒロイン気取りか?」
 堺は本気で怒る。
「現実を乗り越えないで何を語れる? ああすればお前の罪は晴れる、犠牲になった人は報われるなんて無責任なことは言わん」

 それは、ヨダカや須佐の言葉を気に病むBHの心に深く突き刺さった。

「だがな、死ぬな! お前が死んでも誰も幸せにならん! 気に病むならどうするればいいかを考え生き抜け!」

 ――ヨダカと望の事が思い浮かぶ。
 望は悲しむだろう。ではヨダカはBHが死ねば全ての怒りと憎しみから解放されて笑顔で生きていける?
 いや、別の誰かに、憎みやすい誰かに、BHのような誰かに同様の憎悪をぶつけるだけだろう。

「生に理由を求めろ! 死ぬのに言い訳は必要ない!」
 
 ――須佐は自分に何を問うた?
 BHに立ち向かう覚悟はあるか、と問うたのではなかったか?

「背筋伸ばして、自分の足で立って前に見て歩け!」

 ―― 一人で立ち向かう覚悟。自分で決める覚悟。己の意思で生きる覚悟はあるかい?

 BHは、たった今言われたことを噛み締めるように、座ったまま拳を握りしめて震える。‥‥堺は、そんな彼女の頭を優しく撫で、別れを告げた。

●A Honor of War Dog
 今、BHの話し相手になっているのは追儺(gc5241)だ。
 極北でBHの教官の死に立ち会った傭兵。
「BHの命は仲間達の上に成り立っている。それを投げ捨てるのは冒涜じゃないか? そいつらの分まで生きる‥‥それが手向けになるんじゃないか‥‥」
 だが、BHには、そう簡単に割り切る事は出来なかった。
「でも‥‥私は、本当に偶々‥‥」
 言い返すBH。
「偶々って言うなら、世の中、偶々しかない! 起こったことは偶々でも、その中で選択したのは自分だ‥‥それを偶然で済ますって言うのは、許せない!」
 
 ――選択。都市が襲撃された時、自分はどうした? 『選択』したのではなかったか? 立ち向かう事を。   

「『教官』も、俺達も今ある中で自分を貫いたんだろうが! 勝手に悲劇ぶってるんじゃねぇ!」

 教官は、誰を恨むでもなく責務を全うして見せた。その誇りは誰にも汚せないはずだ。犠牲者がバグアへの怨念を彼女に叩きつけるなら、自分はそれに耐えよう。だが、あの人の誇りを汚すことは許さない!!

 ――目の前の男が、その事に気付かせてくれたのが、嬉しかった。自分もあの人のように、なりたいと思った。そして、やっぱり自分の大切な人を、救えなかった仲間を犬呼ばわりされたことが悔しかった。
 だから、BHは絞り出すようにして、想いを吐き出した。追儺は、時間が来るまで黙ってBHの話を聞いてくれた。 

●Warm False Arm
 BHは朝食を取っていなかった。大福の包みを抱えたアセリア・グレーデン(gc0185)がBHの目の前に現れたのは、そんな時である。
「食べるかい? 甘すぎなくて腹持ちもいい。味もまあまあだ」
 二人はベンチに腰掛けた。

「私は‥‥ね、一族皆の命と引き換えに今生きているんだ‥‥」
 アセリアは最初にこう言った。
「誰かの命の上に立って生きているという点は君と同じ‥‥君に資格が無いのなら、私にも無かったことになる」
 
 ――BHは再び、ヨダカの事を思い出した。彼女もまたバグアに家族や仲間や友人を殺されたと言っていた。何故、アセリアは同じように近しいものを全て殺され、身体まで奪われていながら自分に穏やかに語りかけているのか?

「だから‥‥生き抜く義務がある。復讐のためでもあるが、そう思っているから‥‥こんな生き恥を晒しても生きているんだ」
 そう言って、アセリアはあえて義手でBHに触れた。冷たい筈の義手から温もりを感じた。

「あの日のネルへの返事、私に対する答えでもあったんだろ?‥‥能力者として生まれ変わった君の、最初の友人になれることを願っているよ」

●Requiem for War Dead
 歌が聞こえた。椎野 のぞみ(ga8736)が綺麗なソプラノで戦死者を悼む歌を歌っていた。BHは、じっとその歌を聴き続ける。歌い終えたのぞみは、元気な笑顔でBHお茶に誘う。
「良かったら、クッキー一緒にどう?」
 二人は公園のベンチに腰掛けた。
 まずは自己紹介から入る二人。
「ボクはね、両親や、近所の人、そして子供達‥‥数多くの犠牲の中で生きてるんだ」
 BHの話を聴いたのぞみは語る。
 函館から一人生き残り、一旦心が壊れ、能力者の適正があった事で自己嫌悪に陥った事。救ってくれたのは、偶然無事だった二人の姉妹だった事。
 生き残ったんなら生きろ。そう言われたことを。
「ボクは生きるよ。他の人に恨まれようとも」
「嬉しいです‥‥私、だけじゃなかった‥‥」
 BHは言った。
「生きろと願う人が、一人でも居る限りは、生きるべき。でも生き方は‥‥自分で答えを出して」
 立ち上がりながらのぞみは言う。

 ――彼女を思う人達は必ず居る。
 でも短い生を生きるか、人間に戻り能力者として生きるかは彼女が答えを出すべき
 それがのぞみの想いだった。

●A Chance Factor
「それの何が悪い? 命に罪は無い。助かる事や生きる事に資格は要らない筈さ」
 BHの話を聞き終えたゲシュペンスト(ga5579)は、あっさりとそう断言した。
「‥‥俺が知る限り運命は最初からある物じゃない。この世は偶然に、偶然が重なって出来ている。意味などある訳が無い。だが偶然に意味を与える事は出来る」

 BHは再び、追儺の言葉を思い出す。

 ――それを偶然で済ますって言うなら、俺はそれを許せない!
 
「‥‥やりたい事をやるなら辛くても生きるしかないし、生きるのが嫌なら死を選ぶのもありだろうな。けど、『自分は今、生きているという偶然』にどんな意味を持たせたいか‥‥答はもう出てるんじゃないか?」

 ――君はどうしたい? 今度はアセリアの言葉が脳裏を反響する。
 BHは、深く頭を下げてゲシュペンストに別れを告げた。ゲシュペンストは去って行くBHを眺める。

 ――苦悩は優しさであり、辛い事を正面から受止めようとする強さの顕れでもあるんだろう‥‥目を逸らして逃げる事だって出来ただろうに

「‥‥どんな選択をするにしろその優しさと強さは大事にして欲しいね」

● 
 公園を出たBHが最初に出会ったのは、綾河 疾音(gc6835)である。
「なァに、女の子の相手は苦じゃねェさ!」」
 いかにもラテン系なノリと言うべきか。暫くの間二人は、話しながら街を歩いた。
「身を呈して命を落としたものにとっては、守った対象が生きている事こそが何よりの喜びだ。俺も妹を救うためならなんでもするぜ。死にかけたが、妹が無事なら俺は幸せでね」
 疾音は陽気に笑う。
「生き延びるっつーのが‥‥一番の手向けなンじゃねーかな」
 
 BHの『教官』は本気で『教え子』を守ろうとしていた。共に教練を受けた仲間の事も。同時に、自分の為に骨を折って治療を承知させた士官の苦労を改めてBHは思い出した。

「ま、一番大事なのはあんたの意志だ。好きなよーに生きてみな」
 男はそう言って去って行った。


「俺は、館山 西土朗(gb8573)。しがない傭兵だ」
 昼食を食べるために入ったダイナーで、BHはまた新たな傭兵に出会った。
「『自分は生きてていいのか』か‥‥大小はあれど、BHさんくらいの年齢になりゃ誰もが思うことだよな」
 BHは我が耳を疑った。この傭兵は今、誰でもと言ったのか。自分が、特別な存在であることは極北で保護されてからずっと理解して来た。今日も思い知らされた。
 
 だが、館山はBHを普通の少女として扱ったのだ。
「何かあるたびに頭をよぎる。一生ものの悩みってヤツだ」
 BHは混乱した。そんな風に言って貰えたのは初めてであり嬉しい反面、簡単に言わないで欲しいとも思った。
「で、俺は世話になってた人にそのことを話した」
 館山は話を続ける。
「‥‥ブン殴られた、思いっきり。『ンなこと考えるのは、自分がどれだけ生かされてるのか、分かってねぇ奴だけだ』とな。年取るにつれて良く分かってきたよ」

 ――本質的に、人間という弱い生き物は他人によって生かされている。その命を捨てる方が傲慢なのではないか?それは、今朝の自分なら頭から否定していた考え。だが、この言葉を聞いてからは、どちらが傲慢なのかBHにも解らなくなった。

「ゆっくり悩むといいさ」
 館山はそう言うと、先に席を立って去ろうとする。

 ――Hm‥‥またこいつらか‥‥

 ――どうしてお前が生きてるんです?  

 脳裏に二人の言葉が甦ってBHは思わず館山に言った。
「でも、私はHmだから‥‥!」
「BHさん自身の人生相談するのに、人もHmも関係ないだろ?」

●If Somebody Wish
 時枝・悠(ga8810)は、散歩中にBHを見かけた。悠自身はHmに対してさほど特別な感情は持っておらずいなかったが、気になった。多分、気に止めるには充分な理由になる表情をしていたから。

「あんまり悩むと――いや、なんでもない」
 禿るぞ、まで言おうとして悠は止めた。自分でこれは酷い、と思ったから。
「まあ、悩むってのは生きる上で必要な事だろう。偉そうな事を言えるほどの人生経験は無いけどさ」
 BHは黙って悠の言葉を聞いた。
「資格が無いと思うなら、手にすれば良い。生きて働け。簡単な話だろう?」
 巻き戻しが成功すれば、BHも監視はつくにせよ何らかの進路を選ぶ必要がある。
 別れようとする悠に、BHは頭を下げた。悠は考える。

 ――BHのような性格は嫌いではないと想う。‥‥生きてて疲れそうだな、とも思わなくもないが。
 
 それと、救命治療が決まっているのなら悩む事なんてないだろう。望んだ者が居るのは疑いようの無い事実なのだから。他人の口から尤もらしい事を言うのもアレだと、この辺りには触れなかったが。

●Sanguinis
「‥‥奏歌も一応‥‥治療技術の確保に‥‥直接関わった一人です‥‥やはり‥‥使って頂いた方が‥‥嬉しいですね‥‥」
 奏歌 アルブレヒト(gb9003)は、BHの話を聞き終えるとそう言う。ハンナ・ルーベンス(ga5138)も加えた三人は喫茶店にいた。
「命懸けで敵基地に篭城した挙句‥‥成功しても命令違反で罰金でしたから」
 そう言うと、奏歌は苦笑する。BHは呆然とするばかりだ。機体に乗った奏歌に極北とこの街で会っていた事に驚く。
 だが、それ以上にショックだったのは、奏歌が、強化人間巻き戻し技術の奪取に加わった当事者だという事だ。

 ――お前らを助けようだなんて考えた連中のせいで、何百何千と言う人間が死んで! そのせいで守れなかった沢山の人がいて!

 奏歌たち『連中』もまた、血を流したのだ。あの施設制圧に参加した傭兵からは死者も出ている。どちらが正しいという事では無く、あの作戦に加わった者は、その命を賭して自らの信じたものに忠実だった。
「生き残った事を‥‥負い目に感じるのならば‥‥生きるべきです‥‥犠牲にしてしまった方たちよりも‥‥より多くの方達を‥‥救ってあげて下さい」
 実際に、自分たちのために血を流したものが言うだけに、その言葉は余計にこたえた。
 ハンナが後を引き取る。
「生き残り、過去を失う事は苦痛でしょう。私も戦火に潰えた修道院の唯一人の生き残りですが‥‥何時か必ず命あることに感謝する時が来ます。私が、そうであった様に」
 ハンナも奏歌もまた、アセリアのようにそしてヨダカのようにバグアによって多くを奪われた者であった。
「私は貴女に生きていて欲しいのです。諸々の事情でバグアに与せざるを得なかった人々の痛みを知る貴女の力が、必要とされる時が必ず来ます」

 ――ソーニャの言葉。あの時のBHには重過ぎた数々の言葉が、今度は理解できた。
 
 ――彼らの大半は人質をとられ洗脳され仕方なくなった者

 『教官』は全てを受け入れた。自らの業を背負い、それと向かい合い心の底から笑って、散っていた。

 だが、人は全て同じではない。望まぬ強化を受け、恐怖と悲嘆の中で望まぬ死を味わいながら、ヨダカのような人々の憎しみの対象になり、死んでいく者。
 例え憎悪されても、彼らのために自分に出来る事があるのではないか? ソーニャはそう言ったのではないか?

「もう一度、飛びたくはありませんか? この空を。私は貴女と共に飛びたいのです。私の心の中に生きる、祈りの道の姉達と共に‥‥」
 ハンナが言う。
「‥‥北米で出会ったあの時、貴方ならば‥‥悲劇が続くこの世界を変える力になれると‥‥思えましたよ‥‥」
 最後に、奏歌がそう言った。

●Footmark for
 BHが嘉雅土(gb2174)と出会ったのは、午後も遅くなったので基地への帰途に着いた所だった。
「治療を推奨する。嬢ちゃんの為じゃなく、後からそれを受ける者達の為に」
「不要論と憎悪から救済なんて絶望的だった――それでも1stのノアとAgは未来の為の足跡(みち)になるかも知れない。だから俺達は望んだ。あいつは自分で択んで、望みを叶えた――仲間全員は助けられなかったケド」
 この二名については、BHも自身の治療が決まった段階で資料に目を通す機会があった。
「生きるって事は息苦しくって、でもその分幸せの形がよく見える。「苦しい」それだけを見ていたら見えないモノ――ソレが見えたら、きっと次への足跡を残してゆける‥‥お前はこの先にどんな足跡を創り、残すんだ?」
 足跡。生きた証。
「望む意志だけはあった‥‥それが何とか今に繋がった。スッチーにも感謝だけどな‥‥だが治療成功者達の先を創る者が必要だ」

 BHの中で、何かが繋がった。

 ソーニャの言葉――多くの同胞のために

 悠が言った――誰かがそれを望んだ。

 奏歌が言った――私がそれを望み、血を流した。

 ハンナが言った――『痛み』を知った者が必要だと

 嘉雅土が言った――先を作れと

「どっちにするにしろ俺が言いたい事はコレだな‥‥『それでいいの?』」
 嘉雅土は返答を聞かずに手を振って別れた。

●Do not come to nothing the『Lesson』
「他でもない貴女だからこそ、今、こうしているのよ」
 こう言ったエリアノーラ・カーゾン(ga9802)ことネルがBHと出会ったのは、基地のあるストリートである。既に夕暮れが周囲を赤く染めていた。
「その人たちの言葉を訊いて、解ったでしょう? 世界に、偶然なんてのは存在しないわ。ええ、世界ってのは、そんなに優しいモンじゃない。何かが起きる背景にはね。必ず何かの原因があるの」
 確かにそうだった。決して偶然などでは無かった。例え、正規軍と対立しようとも。何故、敵の為に血を流すのかと憎悪されても、甘いと言われても。
「私が戦う理由? 気に入らないのよ。あの赤い月。父を殺し、母を泣かせたから」

 ――自分たち強化人間もまた、犠牲となった『人間』だと信じてくれて、エミタに選ばれた力を振るって血を流してくれた人がいたから、自分はここにいる。

「どこかの誰かの、いつかの自分の。言葉と行動の結果なのよ」
「受け入れられる、気がします‥‥皆さんの、今日出会った『全ての』人のおかげで」
 BHの言葉を聞いて、ネルは笑った。

 ――ネルは信じていた。この空を大好きだと言ったBHと、教練を無駄にするな、と言った彼の言葉を覚えていたから。

●Please Prey to your Battlefield
 BHが基地に帰った頃には日が沈みかけていた。
 休憩所で出会ったモココ(gc7076)が言う。
「私にも助けたい人がいます。あなたと違い、多くの人を殺めていて救命措置を受ける事は絶対に不可能です。強化人間だとか、殺人鬼だとかは関係ありません。私が助けたいから。命を救う事は無理だとしても、心だけは解き放ってあげれるように」
 BHは自分の中に後ろめたい感情が戻って来るのを感じた。その人物は、救命を受ける資格はないという。自分がモココの前に現れて良かったのか。

「私は人を殺めた事があります。その償いを傭兵としてしているんです。あなたに資格がないわけないじゃないですか‥‥私が望んでも彼女の命は助けられません‥‥その貴重な機会を持っているあなたには助かって欲しいんです」
 
 ――救われた気がした。
 誰に何と言われようと、救いたい強化人間がいると述べた少女の言葉だからこそ、BHはそう感じた。

 ――何故、彼女ではなく、あなたが助かるチャンスを与えられるのか?

 モココはそう言う変わりに、あなたには助かって欲しいと言ってくれた。BHは心のどこかで、モココのような立場の人間から、許しを得たかったのかもしれない。
「最良の道を進めることを祈ってます‥‥じゃあ私は私の戦場に行ってきます」
 BHは、モココを必死に呼び止めた。
「ありがとうございます‥‥私に、今日、ここで私に会ってくれて、ありがとう‥‥私にも祈らせて下さい。あなたと、あなたの大切な人の為に‥‥! あなたたちがせめて、どういう形であれ最良の結末を迎えられるように!」
 ただ、嗚咽するBH。それでも言葉を絞り出す。
 モココは、振り向くと会釈して去っていた。


「生きる事は『戦い』そのものの‥‥貴女はその『戦い』で何を得たいと願いますか?」
 休憩室にいた飯島 修司(ga7951)が問う。かつてBHが飯島と出会った時に問われた事だ。
「守りたいんです」
 BHは言った。
「バグアに全てを奪われた人を。バグアによって全てを歪められた人を生み出さない為にも。そして、私のように一度はバグアにならざるを得なかった人を」

「簡単でない事は解っています。傭兵の方に言われました! お前はバグアだと! 私が死ぬべきだったと! でも、別の傭兵の方が言ってくれました‥‥バグアに与した人々の『痛み』を知った意味は、必ず来ると!」

「私知っているんです! 教官は、最初UPCのパイロットで精一杯戦って、それでも能力者では無かったから、撃墜されて、丁度その頃計画されていた私達ハーモニウムの指導くらいには、使えるだろうと!」

「傭兵の方でさえ、全てが私を許している訳では無い。まして、正規軍や一般の人は、須佐さんという方の言う通りなのでしょう」

「自分にはエミタ適正があった。生き延びれば、前線でバグアと戦う事が出来ます‥‥! もし、私が最後まで生き延びる事が出来たなら‥‥私のような立場に置かれた人の為に、何かしてあげられる事を探す為に、憎悪や、偏見と戦い続ける。それが私の願うことです」
 
 BHはようやく、言葉を切った。
「‥‥貴女の戦闘機動を見ました。貴女の教官は、貴女がどんな戦場にあっても『生き残れる』ように鍛え上げた。まるで、己が全てを託すように、ね」
 飯島は続ける。
「これでも場数を踏んでおりますからな。半壊したゴーレムであれだけ戦えていた事を鑑みれば相当な教練を受けたことは推測できます‥‥『選ばれなかったガキどもの分も、生き切るまでは死ぬんじゃねぇぞ?』などと彼が考えていた、と思うのは冒涜ですかね」
 
 ――いや、冒涜では無い。そうBHは信じている。

「酷な言い方ですが。『仲間たち』を犠牲にした事で生き延びる道を選ばない事は、論外でしょう。彼らを二度殺す事と同義ですからな」
 
 今なら、飯島の言葉が正しく理解できる。

 ――だからこそ、ボクは生きるよ。他の人に恨まれようとも

 ――だが偶然に意味を与える事は出来る

 ――『教官』も、俺達も今ある中で自分を貫いたんだろうが!

 ──世界に、偶然なんてのは存在しないわ

 ――お嬢ちゃんの為じゃなく、後から治療を受ける者達の為に、だ

「‥‥はい」
 静かに、だが力強く肯定するBH。
 飯島はそれを訊くと、満足したように席を立つ。
「あぁ、最後に、憎悪で『戦って』来た私が何を願うかを教えておきましょうか───あの寄生虫共を一匹でも多く殺した上で、死ぬ事、です」
 
●Transvaal Daisy from Dear Friends
 月居ヤエル(gc7173)と共に、都市を訪れたシャルロット(gc6678)が、BHを見つけたのは基地の食堂であった。
「ん〜悩みがあるのかな? お見舞いにお菓子も持ってきてるし食べながらお話しようか‥‥あまり美味しいもの食べれないでしょ?」
 お菓子がテーブルの上に広げられる。BHは目を輝かせたものの手に取ったクッキーの形を見て思わず二人の方を見る。
「ちなみに、普通のクッキーが僕で、そうじゃない方がやえるん作だよ♪」
「‥‥シャル君のに比べて、歪になったけど、味は大丈夫だから! ちゃんと味見してきたから、安心してね!」
 そんな二人のやり取りにくすりと微笑んで、BHはクッキーを口にした。
「美味しい‥‥お二人とも、すごく美味しいです!」

「ん〜仲間や友達と死に別れる事になったときにね、生き残った人は死んでしまった人達の存在をただの数字の記録にしない為にも‥‥生き抜いてその記憶を伝えていかないといけないと、僕は思うな‥‥」
 シャルロットはそう言った。
 後を継いで月居も言う。
「生き残った事、気にしてるみたいだけど‥‥仲間を犠牲にしたのは貴方が選んだ事じゃない。不可抗力、っていうのかな。過去に戻ってやり直すのは出来ない事だけど、犠牲になった仲間の分まで生きる事はできるよ」
 BHはそれを最早傲慢とは思わなかった。あの映像の『仲間』たち。最早どこに葬られたかも解らず、過去も抹消されている。
 そんな彼らがいた事を覚えていられるのは、もはや自分だけなのではないか?――いや、もう一人、あのドク、と呼ばれていたバグアが‥‥?
 BHがまた硬い表情になった所で、シャルロットが優しく言った。
「まぁ難しい話は置いておいて‥‥君には元気でいて欲しいな。これは僕の我侭だけどネ♪」
「‥‥上手くいえないけど、私は折角出来た友人に死んで欲しくないよ。生きる事は辛い選択かもしれないけど、元気で生きていてほしい、と思う」
 月居も言う。
 ふと、今朝泣かせてしまった望の事を思い出した。『友達』。こういう温かい言葉をかけてくれる人が一人でもいる限り、人は生きていけるのかもしれない。
 他の傭兵とはまた違った重みのある言葉。資格や生きる意味では無く、ただ、ともだちだから。

 別れ際、BHは月居の持参したオレンジのガーベラを受け取った
「部屋とか寂しいと思うので、お見舞いに花束を持って来たよ!」
「花言葉には、希望とか前進とかもあるの! 新しい一歩を踏み出せるように祈りをこめて‥‥」
 花束を受けとる。BHは自然に目頭が熱くなる。
「BHさんっていうのも他人行儀かなって思うんだけど、何て呼ばれるのが嬉しいのかな? 友達は愛称で呼ぶ事が多いんで、そういうのあれば教えてほしいな」
「‥‥ヒルダ、と呼んでください。Blood HillだからHild(a)と、私の本当の名前が解るまではそう名乗ることにします‥‥やえるん、さん、シャル、君。今日は、本当にありがとう‥‥」


 食堂でBHが友達と年頃の少女らしい一時を過ごしている間、綿貫 衛司(ga0056)はBHの救命に動いた基地の士官と談話していた。
「あの様子だと治療を希望するでしょう」
 士官が言う。
「生き残った者には、そうでなかった者に責任があるものです。義務、と言い換えてもいいかも知れません」
 綿貫はそう答えた。
「どの様な形で生起したにせよ、ね。戦場では、一寸の差で生き死にが分かれるものです。本当に、一寸の差で‥‥運命論によるのであれば、彼女が生き残った事にも相応の理由が在るのでしょう」
 士官は静かに同意した。彼もまた軍人として最前線で戦ってきたのだ。
「‥‥士官殿、自分は年端もいかん子供達を戦争に駆り出すべきではないと、思っとります」
 綿貫の言葉にはっとなる士官。
「戦争は、大人の仕事であるべきだ、と。情勢がそれを許さないことは承知しとります」
 既に、士官は綿貫に治療が成功した場合の、BHの処遇について話していた。BH自身が正規軍への入隊を希望している事。そして北中央軍にとってもそれは監視やその他の意味で都合が良い事。
「若い連中には相応の青春を謳歌して欲しいものですが‥‥ままならんものですね‥‥よき時代が訪れる事を祈りましょう」

●The Last Train
 夜も遅くなった。施設内に放送が行われる。

『間も無く、本基地発の高速艇の最終便の時間です――』

 ふと、BHが横を見るとヨダカいた。
「相変わらず皆、甘っちょろいのですよ‥‥!」
 BHは、静かに言う。
「甘い方なんて、一人もいなかった。それぞれの想いがあって、失ったものがあって、積み重ねて来たものがあって‥‥甘い言葉なんて、一つも無い」
 凄まじい形相で、BHを睨みつけるヨダカ。
「あの連中のおかげでのうのうと生きる気を出したのですね!? 忘れるなッ! お前らを憎悪している人間がここにいる事をッ!」
「ええ、憎んでくれて構いません。‥‥私も、あの人を、仲間を『犬』と呼んだ貴女を憎みます」
 怒りでヨダカが絶句する。BHはそのヨダカと視線を合わせる。
「私は、治療が成功したなら能力者として正規軍に入隊します。監視下に置かれるのと同義です。価値の無い私は、危険な戦場に送られるでしょう」

「治療が失敗するように願って下さい。私は戦闘の経験はほとんどありませんが、Hm時代に訓練と言う形でこの力を使っています。必ず成功するとは限らない。生き残ったなら、私が戦場で味方かバグアかどちらかに討たれるのを願えばいい」

「ですが、私にも願いはあります。憎まれても‥‥いいえ、むしろ憎まれている私だからこそ、やらなければならない事、不可能に近いとしても試みないのは許されない事があるからです」

「だから、あなたの願いが叶うとしても、最後まであの人のように吠えて、噛み付こうと足掻きます‥‥わんっ! て‥‥」
 最後の犬の真似は、さすがに照れ臭そうだった。
 ヨダカはただBHを睨みつけると、自分の荷物を取り上げ発着場へと去った。
 さすがに緊張が解けて息を吐くBHの後ろに、いつの間にか須佐が来た。
「今言ったような覚悟が、確かにあるのなら‥‥俺も治療に賭けよう」
 須佐も発着場へと去って行く。
「その意思があるなら、また会える事を楽しみにしていよう。その時は、とびっきりのケーキを奢ってやろう。人として味わいたまえ」
 UNKNOWNも軽くBHの背中を押した後、最終便へと向かった。


 長い一日が終わって、BHはベッドに倒れ込む。余りに多くの人に出会って、余りに多くのものを受け取り過ぎた。
 エミタによる巻き戻しの治療自体は明後日だが、明日は色々とその準備がある。今は、彼女にも休息が必要だった。


 二日後の夜。主のいないBHの部屋の窓は開けられていた。そこから見える木の枝には一匹のWhippoorwillが留まっていた。
 鳥は首をかしげると、鳴き声も上げず飛び去った。窓辺には、まだオレンジのガーベラが瑞々しさを十分に保っていた。

 Whippoorwill(ホイップアーウィル)とは北米大陸に生息する鳥類で、日本列島におけるヨダカと同種であり、死者の魂を捕えると喧しく鳴いて喜ぶという伝承がある。

 ――地面に額を押し付けながら生きるのよ。死に逃げないで

 また、ガーベラの花言葉は色によって種類があり資料によっては、オレンジのそれは『我慢強い』あるいは『耐える』であるとしている。『人間』へと『巻き戻された』BHは、翌日の昼過ぎ基地へと帰還した。