タイトル:【残響】ともだちだからマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/03 04:02

●オープニング本文


「だが、あの子はセカンドだ! 直接人間を手にかけたわけじゃない!」
「強化人間に、セカンドもクソもあるか! 俺の部隊だって強化人間のせいで半分以上死んだんだ!」
 目の前で、唯一の拠り所だった『教官』を失ったハーモニウム・セカンドの少女、E・ブラッドヒルが収容された基地で、士官と基地司令官が怒鳴り合っていた。
 士官は、この基地がある都市がバグアに襲われた際、Hmに危ない所を助けられた士官である。基地司令は、この士官とは士官学校時代からの付き合いがあり、数多の戦場を生き抜いてきた戦友でもある。
 その二人をここまでの対立させたのは、偶々この基地にたった一人で拘留されることになったHm2ndの少女であった。
 少女は、友達やこの士官を助ける為にゴーレムを操作したことで肉体の劣化が進行したために応急処置を受けていた。
 この際、担当した軍医が同情か、好奇心から彼女のエミタ適正を検査した。結果は陽性であった。
 助けられた士官は、元々少女の境遇に同情的だったこともあり、少女を人間に戻す為の治療を上層部に懇願した。
 だが、基地司令官が強硬に反対し、結果冒頭のような争いが果てしなく二人の間で繰り広げられた。
 そして、【NS】に続く【AS】の発令となり、二人は少女の問題に構っていることが出来なくなった。
 その上、Hmに同情的であった士官が【AS】の作戦行動中、強化人間の襲撃を受けて重傷を負い長期の入院を余儀なくされたのである。
 この結果、ますますHmは治療から遠ざかった。
 当の本人も、その性格と境遇から従容として身体の衰弱を受け入れ、騒ぎ立てる事も無かった。
 世話を担当したスタッフの証言ではHmは時折、外出許可が下りた時に出会った学生から貰った動物のキーホルダーをじっと見つめていたようである。
 やがて、季節が冬に入り、遂に【AS】が幕を閉じた時、入院していた士官の意識が戻った。面会を許され、飛んで行った基地司令に、士官は開口一番Hmの安否を尋ねた。友人の意思が固いのを知った基地司令はようやくHmの治療の手配を行う事に渋々ながらも納得したのである。

 その日、Hmは外出した帰りに基地の前で半年前に知り合った少女と再び出会った。少女はクラスメートと一緒であった。
 思わず駆け寄ろうとしたHmは、少女の表情を見て、足を止めた。
「強化人間だったなんて‥‥!」
 少女の言葉にHmは衝撃を受けた。
「嘘つき‥‥!」
 目に涙をためてHmを見る少女。
「ちが‥‥うんです! 私は‥‥!」
 そう言って手を伸ばすHmの前で、少女の級友が少女を庇うように二人の間に割ってい入った。
Hmは為す術も無く手を下した。
 少女たちが立ち去った後、寒風の中呆然と太立ち尽くすHmの肩が叩かれた。振り向くと、意地の悪い表情を浮かべた基地司令が立っていた。
「これで解っただろう? どう取り繕っても、お前は強化人間なんだよ! 古い馴染みの頼みだから約束通り、救命は受けさせてやるが! それで状況が好転するなどとは思わぬ事だ‥‥」

「冗談じゃない‥‥! もうあの子の体力は限界の筈だ! そんな事に耐えられるものか!」
 士官が入院している病院では、再び士官が司令に食って掛かっていた。
 見舞いに訪れた司令が、最近ピッツバーグ近郊で発見されたバグアの施設の調査にHmを協力させると伝えたことが諍いの原因だ。
 オタワにエアマーニェの4という不確定要素を抱えつつ、北米各地では復興が徐々に進んでいた。
 その過程で、ピッツバーグ近郊にてバグアが放棄した設備が発見された。内部は小規模なキメラ並びに強化人間の調整施設であった。恐らくピッツバーグを管轄していたバグアのものだろう。
 大したことの無い施設だったが、頑丈な隔壁で所々閉鎖され、それを解除するには強化人間かバグアの生体認証が必要らしかった。
 軍としては、最低限の調査だけ済ませて、早く施設を破壊したかった。この為、これまでの経過観察からして反逆や逃亡の危険の少ないこのHmが選ばれたのだ。
「認証システム自体は、強化人間が力を行使する必要のないものだ。‥‥肝心のエミタを握っているのは、軍のお偉いさんだ。この作戦を成功させれば、あの強化人間への治療を実行すると上層部も確約してくれたんだよ」
 まだ寒さが続く中、郊外の洞窟に偽装された施設にHmを擁する小部隊が進入した。

「二度と娘に近づくんじゃない」
 作戦中、いきなり兵士の一人からこんなことを言われHmの制服に、手錠付きのブラッドヒルは訝しんだ。
 兵士は、基地の前で再会した少女の級友の一人の父親だった。
「あの後、娘はあの襲撃の事を思い出して塞ぎこんじまった‥‥お前何ぞ、早くグリーンランドに行っちまえ!」
 Hmの仲間とは言っても、セカンドである彼女にはお互いに寄り添う事の出来る『仲間』も居なかった。
 移送されても自分の居場所は恐らくないだろう。そしてHm以前の記憶は全て抹消されている。彼女には他に帰るべき所も無いのだ。
 通路の奥から悲鳴が上がったのは、Hmがそんなことを考えていた時である。

 兵士の一人が不注意に触れた装置が、触れたのが強化人間でもバグアでも無いことに反応して、施設内に保管されていたキメラを目覚めさせてしまったのだ。施設内に解き放たれたキメラは兵士たちに襲い掛かかる。
 娘の事でHmに突っ掛かっていた兵士は、運悪く施設の奥の方に押し込まれていた。やがて弾丸も尽きた兵士にキメラが圧し掛かる。
「でぅぅええぇええぇぇええい!」
 ローファーを履いた足が、キメラの頭部にめり込んだ。
 FFに弾かれ大したダメージにはならないが、キメラの注意が逸れた隙に、Hmは兵士を引き摺って、奥にある小部屋へ転がり込むと、装置に手を当て、隔壁を閉じさせた。
 部屋には他にも数名の負傷者、そして腹に重傷を負った基地の司令官が避難している。隔壁はかなり丈夫なものだったが、そう長くは持たないだろう。
「皆さん、準備をしておいて下さい」
 Hmが扉を睨みつけながら言う。
「どうするつもりだ」
 基地司令官が問う。
「‥‥私が、キメラをコントロールします」
 思わずその場の全員がHmを見た。
「ええ、長くは持たないと思います。この体では‥‥」
 そう言ってHmは咳き込んだ、指の間から赤い血が滴り落ちる。
「でも、皆さんが撤退する間、大人しくさせておくぐらいなら‥‥」
 そう言ってHmは弱々しく、しかし不敵に微笑んだ。
「その力を行使すれば治療の成功率が‥‥いや、それどころかお前の体は‥‥」
「構いません」
 Hmは短く答える。彼女は死ぬつもりはなかった。この状況が思い出させたある想いが、生きる意思を甦らせていた。
「何を勘違いしている! 私は、お前の『友達』じゃないんだぞ!」
 自分でも理解できない衝動に駆られて思わず基地司令は叫ぶ。これを聞いたHmはそれまでの寂しそうな笑いを浮かべた表情を一変させ、怒りを見せた。
「友達だから助けた訳じゃないッ!」

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
嘉雅土(gb2174
21歳・♂・HD
アセリア・グレーデン(gc0185
21歳・♀・AA
若山 望(gc4533
12歳・♀・JG
シャルロット(gc6678
11歳・♂・HA
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
レスティー(gc7987
21歳・♀・CA

●リプレイ本文

 E・ブラッドヒル(gz0481)は隔壁を睨みつけていた。既に覚悟は決まっている。
 爆音。振動。何かが隔壁に激突した。キメラだろう。隔壁にひびが入る。
「‥‥!?」
 驚くHm。
 気が付けば、Hmの周囲に動ける兵士たちが集まって来ていた。既に恐怖の表情は消えて気力を漲らせている。
「まだ弾も手榴弾もある。この人数なら、あるいはいけるかもな!」
「直ぐに力を使うなよ? 最初は俺達が戦う! ‥‥危なくなったら、頼む!」
「みなさん‥‥」
 言葉は必要では無かった。Hmとこの兵士たちは、お互いを守り無事に脱出するという合意に達したのだ。
 Hmは、傍らの基地司令を立たせて、肩を貸した。
「帰します‥‥皆さんを、皆さんの大切な人の所に」
 壁が大きく軋む。今にも穴が開くだろう。
 Hmは一歩前に出る。
「途中で私が倒れたら皆さんにお任せします」
 遂に隔壁が砕け、トンネルが開いた。
「キメラ共ぉ! 私はハーモニウム・セカンド! E・ブラッドヒル! 私の操作に‥‥」
「大丈夫!? 無茶してない!?」
 隔壁の穴からひょっこり顔を覗かせ、心配そうな声で叫んだのはキメラではなく人――月居ヤエル(gc7173)だった。
「やっぱり貴方だったんだ! あの後、心配してたんだよ‥‥! 少ししか話してないけど、私の事、覚えていてくれてる!?」
 ヤエルは、Hmがとりあえず無事なのを確認すると、笑顔になった。背後から襲って来た恐竜を盾の獣突で弾き飛ばして、Hmの手を取る。
 飛ばされたキメラを切り倒して、止めを刺したのはAUKVを纏った嘉雅土(gb2174)であった。先程、扉に群がっていた恐竜を騎龍突撃で纏めて叩き潰したのだ。勢い余って扉にもぶつかってしまったが。
「助かった、これから先は俺達が引き受ける、アリガトな。だからお嬢ちゃんは暫く休め」
 嘉雅土はそう言うと、まだ起き上がろうとする恐竜を竜の咆哮で吹き飛ばす。
「もしもし、こちら月居だよ! 嘉雅土さんと一緒に、救助対象を確保! あの子も無事だよ! 間に合ったよ!」
 月居が、応戦しながらも嬉しそうにトランシーバーで仲間に連絡する。
「あなたたちは‥‥傭兵の方たちですか?」
 質問するHm。嘉雅土は、Hmに支えられた基地司令と、兵士たちを眺めて言った。
「遺体の回収じゃない状況は有難いネ」
 そして、基地司令を支えるHmを見る。
「‥‥差し出された手の暖かさを、自分も返したくなるよな、人ならこの状況の理由なんてソレだけだろ」
 キメラがまた一匹、弾き飛ばされた。


 奥の部屋を脱出したHmが最初に見たのは、嘉雅土のペイント弾を眼に受けたところで止めを刺された巨大な三葉虫の死体を、バリケード代わりにして恐竜キメラをSMGで掃討している綿貫 衛司(ga0056)だった。
「貴女が問題のHmですか。貴女には個人的に訊いてみたい事もありますが、子供にばかり犠牲を強いるのは大人として申し訳ないのでしてね。全員、連れ帰るのが先決ですね」
「君が、やえるんの助けた子なんだね」
 Hmを見て、微笑したのは綿貫と共にキメラに応戦していたシャルロット(gc6678)である。疾風で回避率を高めた彼はキメラの牙を避けつつ、言う。
「やえるんが君を助けたんだから、僕も君の為に全力で戦うよ‥‥ここは僕と綿貫さんで終わらせるからから、すぐ脱出しよう」
 そう言うとシャルロットは、高らかに声を張り上げ呪歌を歌う。麻痺したキメラを、綿貫が先手必勝を発動。太刀で止めを刺す。シャルロットも電撃でキメラを焼き殺していく。
 キメラが全滅した後、改めてシャルロットは怪我人たちと、Hmを見た。
「遅くなってゴメンネ。でも、君がこの人達を護ろうした想いに応えるために僕はこの癒しの歌にその想いも込めて全力で歌うよ」
 再び、ハーモナーとしての力を振るうシャルロット。ひまわりの唄が、傷ついた兵士たちを癒していく。


「またあの子を戦いの場に出すなんて‥‥」
 丁度、途中にある二つの隔壁の中間で小銃を放ちながら、若山 望(gc4533)が呟く。彼女の怒りは、Hmを迂闊にこのような危険な所に連れ出した軍に向いているようだった。
「お気持ちは解ります。けれど、悲しみを乗り越えて人々の為に戦うブラッドヒルさんの為にもまずは皆さんを助けましょう」
 レスティー(gc7987)は防御陣形で自分と望の防御力を高めると、そう言って望を宥めた。
 二人の周囲にいるキメラは、既に足を攻撃され、無力されたものがほとんどだった。レスティーは彼女の信条に従って、ある程度、キメラの足を止めた後は無力化されたキメラに止めを刺すよりは、望のフォローに集中していた。
 望は冷たい表情で動けなくなったキメラに片っ端から止めを刺す。
「あの子の為に、さっさと死んで‥‥」
 望は、Hmの帰路の安全を確保すべくなおもキメラを撃ち倒し続けた。
 通路の向こうから兵士と傭兵たちが現れる。レスティーは一向に合流して治療を始めた。


「‥‥皆が戻るまでにここを掃除しておきましょう。ネル、背中は預けます」
 アセリア・グレーデン(gc0185)は、月居の報告を受けても、任務当初からの複雑な表情を変えなかった。狭い場所で愛用のインプレグナーを鈍器代わりにしてキメラの頭部を叩き潰していく。
 恐竜が執念深くアセリアに飛び掛かり左腕に噛み付く。が、その直後キメラの頭部がパイルバンカーに砕かれた。
(バグアは一族と、この左腕の仇‥‥その感情に揺らぎは無い)
 血に染まった義手を眺め、アセリアは瞑目した。
 ネルと呼ばれたエリアノーラ・カーゾン(ga9802)の前には、ネルによって歩脚を叩き潰された三葉虫が蠢いていた。
 突入直後、ネルはスキルでキメラを誘い出して、仲間に迅速に隔壁を通過させたのだ。
「止めは任せた!」
 既に周囲のキメラは全て倒されている。
 インプレグナーを剣に変形させたアセリアが猛撃でキメラの頭部を砕く。キメラが活動を止めた時、通路の向こうから兵士たちが現れた。
 その半ばで、傭兵と兵士に守られつつも、人手が足りないので基地司令官を支えている少女をネルは見た。
「あぁ、そっか。そういうことか」
 ネルは、Hmの方に駆け寄る。一人の兵士が、出口と救出に来た味方を見てへたり込んだ。傍らを通り過ぎるネルの耳に、これで娘の誕生日パーティーに間に合うと涙声で言う兵士の言葉が届く。

――例え強化人間だとしても彼女を死なせたくないのは、きっと。私のような親を殺された子供を、母のように夫を殺された妻を、彼女自身が生み出していないから。

 Hmがよろめいた。

――それどころか、今はその軽くない命を賭してでもソレを防ごうと

「ああもぉ。LHの傭兵。最後の希望。偉そうなコトは言えないけど。彼女はソレに十分な『覚悟』を持ってる‥‥!」
――そんな、未来の「仲間」をむざむざ死なせてたまるもんですか‥!

 ネルはHmから基地司令を受け取ると自分が後を引き受けた。

――軽くない。彼女の教官が望んだ命。その重さを理解した上で。彼女は誰かを、誰かの大切な誰かを守る為に賭けようとしてる――

「そう、バグアは仇‥‥だが‥‥その力を人類を守るためにだけ振るった相手はどう見ればいい‥‥」
 一方、アセリアは複雑な思いでHmを見守る。その彼女の様子に気づいたレスティーが、声をかける。
「彼女は、とてもつらい思いをしても、優しい心を失っていません。その心がある限り、皆と解り合える日が必ず来ると信じています」


 Hmは洞窟を脱出して味方と合流した後、気が緩んだのか再び咳き込んで僅かに吐血する。
 望は、誰よりも早くHmに駆け寄った。ハンカチを取り出すと、血や、顔についた汚れを拭き取る。Hmが咳き込むと、口を押えるよう言ってハンカチを渡す。
 呆然と望を見るHm。望はそのまま――Hmを抱きしめた。
「〜ッ!?」
 突然の事に、顔を真っ赤にしてわたわたともがくHm。
「心配しました」
 それは望にとっては、生まれて初めて本気の感情が込もった声であり、Hmの孤独な心に深く染み入った。
「ぁ‥‥」
 無言。望が、半年前タロスから自分を助けてくれた傭兵だと気付いた時、Hmの目が潤んだ。
 望はそのまま、正規軍兵士を無表情に眺めまわした。
「以前、自分の意思で人間を助けて命を削った彼女をまた危険に晒すとは、どういう事ですか?」
 自発的に強化されたかも判らず、人に危害を加えた事もない少女を危険に晒したことは看過できるものでは無かったのだろう。何人かの兵隊がいたたまれなくなって目を逸らした。だが、その時ようやく気力を持ち直したHmが、望の耳元で小さく言う。
「ありがとう‥‥ございます。望さん。私のために‥‥でも、どうか基地の方たちを責めないで下さい。これは、正当な取引だったのです。私が治療を受けられるようになる為の‥‥」
 気を失うHm。慌てて救護班が彼女を兵員輸送車に運び込んだ。


 Hmが意識を取り戻した時、車両はまだ基地への帰還の途上にあった。この時、Hmの近くにいたのは綿貫である。
 綿貫は、Hmに容体を尋ね、大丈夫そうなのを確かめると、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「旧米軍第75レンジャー連隊の規約に曰く、『仲間を決して見捨てない、たとえ死体になっても必ず祖国に連れ帰る』」
 急にそんな事を言い出した綿貫に、Hmは怪訝そうな表情を見せる。
「‥‥だそうで、我ら陸自レンジャーもバディ(相棒)は見捨てる事はありません。『我々の流儀』に照らし合せた場合、例え短期間であっても戦友、いわば仲間であった相手を助けるのは至極真っ当な事ではありますが」
 Hmが耳を傾けているのを意識した上で、綿貫は続ける。
「流儀を知らない筈の貴女が何故、この境地に達したか、興味が湧きますね」
 Hmは暫く沈黙した後、ようやく言う。。
 ゴーレムに乗り込んだ時は、単に街で知り合った『友達』を助けたいだけだった。だが、その友達を助ける事は出来たけど、その友達の先生を死なせてしまった、と。
「その子の泣き叫ぶ声を聴いて、気付きました」
 本当に何かを守る為に戦うのであれば、その守りたい人だけではなく、その守りたい人にとっての大切な人も守らなければならない。
「助けていただいた傭兵の方たちにも言われました。大切な人を悲しませたくないのであれば、その人の居場所も、世界も守らなければならない‥‥だんだん守りたい範囲が広がっていく、とも‥‥」
 沈黙。ただトラックの荷台がガタガタ揺れる。
「‥‥私はもう、『仲間』とか『友達』とは関係無く、これ以上目の前でバグアに人生を弄ばれた人を増やしたくなかっただけなんです‥‥」
「‥‥ならば、お前は我々の何になりたい」
 口を開いたのは、それまで座り込んで目を閉じていたアセリアであった。
 今度はアセリアを見るHm。彼女の中には、漠然とだがアセリアの問いに対する回答が生まれていた。しかし、それを口にして良いのかHmは躊躇した。
「ひとまず敵でないならそれでいい」
 短く言うアセリア。今はこれ以上のことを聞くべきではないと考えたのだろう。
 アセリアの心境は複雑である。Hmの力の出所は仇だが、Hmが力を振るった相手もまた自分にとっての仇だから――


 基地に帰還した後、当然ながら傭兵たちとHmは別れることになった。高速艇の時間が来るまでの一時、傭兵たちは基地の医務室のベッドから半身を起こしたHmと会話をしている。
「飴ちゃんいるか――じゃなく」
 嘉雅土はそう言うと、蕾のブレスレットを押し付けるようにしてHmに渡した。きょとんとするHmに彼はひらひらと手を振る。
「ご褒美だよ。じゃ、またな」
 あるいは照れくさいのか、嘉雅土は一足早く部屋を出て行く。
 綿貫は、先程トラックの中で話すべきことは終えていたので、やはり軽く一礼して部屋を辞した。
 望は、ハンカチの事を気にするHmに、それを渡すことを告げるともう一度笑いかけて別れた。
「良かった! 私のこと覚えていてくれたんだ!」
 月居はベッドそばに座っていた。
「忘れません。忘れたりしません。あの時あなたがたが助けてくれたから、私は‥‥また会えて嬉しいです‥‥ヤエルさん‥‥」
「えと、それでね。私も貴方と友達になれるかな?」
 月居からの申し出に、Hmは思わず相手を見た。
「傭兵はイヤ?」
 Hmが沈黙している事で不安になったのか、そう尋ねる月居。だがHmは慌てて首を振った。
「私は、貴方がHmでも友達になりたいよ‥‥」
「本当に、私なんかと‥‥」
 まだ固まっているHm。その時、シャルロットが二人の手を取って、強引に握手をさせた。
「はい握手♪」
 シャルロットが言う。顔を真っ赤にする二人の少女。
 次にシャルロットは自分もHmと握手を交わす。
「これで僕も、やえるんも、君と協力しあった仲間? それとも友達かな?」
 もはや、Hmは何も言えず、泣き崩れた。


「あなたには、グリーンランドでお世話になりました。貴女のおかげで、私は最後に教官と話す事が出来ました」
 最後にHmと言葉を交わしたのは、ネルだった。ネルは多くを語らなかった。Hmが礼を言った後、短く感謝の言葉を述べ最後にこう付け加えた。
「叶うのなら。貴女と共に戦える日が来ることを」
「‥‥はい! 叶うの、なら‥‥」
 Hmはそう答えて、まずネルを。続いて、ドアの側でネルを待っていたアセリアを見た。
 それは、先程のアセリアの問いに対しても答えでもあるのだ。アセリアは何も言わずネルを待って、二人で部屋の外に出た。
 そこで待っていたレスティーが二人に言う。
「ブラッドヒルさんが優しい心を失わない限り、皆と解り合える日が必ず来ると信じています。少なくとも私達は‥‥彼女を友達と思っているのですから」
 傭兵たちが去った後、ブラッドヒルは一人、病室の窓から外を眺め呟いた。
「私も、叶うのなら戦いたい‥‥私のような人をもう生み出さない為に‥‥」
「でも、私にその資格が‥‥あるのでしょうか? 教官‥‥」
 そう言うと彼女は、ブレスレットとハンカチ‥‥そしてキーホルダーを見た。Hmは気付かなかったが、その時基地の入り口に三人の女子学生が来て、Hmとの面会を求めていた。


 Hmの治療を願っていた士官は基地司令から見せられた、今回Hmの協力で調査した施設で発見された映像記録を見せられ、忌々しそうに言った。
「まだ彼女には見せるなよ」
「さすがに、俺もそんなことはせんよ」
 基地司令が言う。
「とりあえず概要だけ伝えるにとどめよう。彼女の『教官』を強化人間に改造したのが、この施設の持ち主だったピッツバーグのバグア‥‥ドクトル・バージェス(gz0433)だったという点だけな‥‥映像そのもは刺激が強いだろう」