タイトル:【福音】紅の翼は混沌へマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/08 02:50

●オープニング本文


 ヘラ攻略戦は熾烈を極めている。
 前方では、封鎖衛星の猛攻に耐えながらヴァルトラウテ、ハルパー、カドゥケウスの三隻が、ヘラへと肉薄しつつある。
 その背後を任されたソード・オブ・ミカエル、そして病院船ラス・アルハゲの二隻は人類側の予想通り、人類側艦体の背後を突こうとして乱入して来たバグア宇宙艦隊と正面から激突していた。
 後背を任された部隊の目的は、敵の奇襲に備えて近傍のデブリ帯に潜伏していたメギドフレイムの到着まで戦線を維持することである。
 現在、ソード・オブ・ミカエルとバグア巡洋艦が激闘を繰り広げている宙域では、戦線が徐々に拡大するのは避けられない。
 細かく言うと、巡洋艦が中心となって形成されている人類側の防衛線の外周部に、敵味方が混戦を繰り広げる一帯が自然に生まれていたのである。
 ここで戦闘しているワームとKVは、いずれも母艦からはかなり離れてしまっていた。が、敵に背を向ける訳にもいかず、結果戦闘が長引いた。そして、徐々にではあるが、KV部隊が優勢になりつつあった時、一隻のビッグフィッシュが現れたことで戦況は一変した。
 このBFは、例の紅い新型機を発進させたのである。その液体に満たされたコクピットの中では、直立歩行して触碗が生えたイルカ、としか形容の出来ない生物が無機質な眼で、KVを見据えていた。
『見事! 宇宙に出て間もない種族がここまで俺の手を煩わせるとは‥‥しかし!』
 バグアではフィーニクスと呼ばれる紅い新型は、KVの銃撃を回避すると、相手の真横の死角で変形。同時に飛行形態では機体下部に装着されていた固定のビーム砲を二丁に分割して、そのまま右の方でKVを撃ち抜いた。
『悪く思うな‥‥異星の戦士よ』
 また一つ新たな閃光が生まれた。
『左上、八時ノ方角』
 その声の主はイルカの側頭部から聞こえた。人間の頭より一回り大きい芋虫のような生物が、イルカの側頭部にグネグネと絡みついていた。芋虫の体節から伸びる細い触手はイルカの体表から体内に食い込んでいる。
 フィーニクスは不動のまま左のビーム砲だけを動かしてビームを発射。接近するKVを貫く。
 このように、フィーニクスは正規軍のKVやラインガーダー、そして輸送艦を撃ち抜いていく。
 前述のように、両軍ともにかなり本隊からは離れており、またメギドフレイムの進路からもずれている以上ここの戦局が、ヘラ攻略作戦の大勢に影響を及ぼす懸念は無かったが、少なくない数の味方がここでまだ戦っている。正規軍としては見殺しにはできない。
 ソード・オブ・ミカエルに近い位置で指揮を取っていた、傭兵のKVを積んだ輸送艦の艦長が、救援要請を受け決断する。
「本艦を急行させろ! 一人でも多く、味方を救出する!」
 そして、輸送艦が問題の宙域に近づいていく。戦場には無数のKVが残骸となって漂っていたが、まだ損害の少ない機体が遠くに一機だけ確認できた。しかし、そのKVは微動だにしない。もはや弾薬も錬力も尽きていたのだ。
 そこにフィーニクスが現れた。
 パイロットが広域通信に空しく助けを求める。だが、まだ現場までは距離があり、KVを出してもとても間に合わない。
 ところが、紅い機体は構えたビーム砲を放とうとはしなかった。そこに、無数のワームが殺到して来た。
 紅い機体が右手を上げてそれを制する。そして、後方から黒い塗装のBFと、HW、それに多数のキメラの群れが追撃を妨げるように、傭兵たちの乗った輸送艦の前に立ち塞がろうとしていた。
『何故止めを刺さない? 私がやる!』
『無傷で捕まえろ! あれにはこの星の原住民が乗っているんだ! 俺がいただく!』
 ワームに乗るバグアが口々に叫ぶ。
『力を失った者を討つのは戦士ではない』
 イルカは静かに言った。
『なんだとてめぇ! 立場解ってんのか? 生意気なことを言うと‥‥』
『 黙 レ 』
 芋虫が抑揚のない声でドスを効かせた。
『宇宙戦闘ノ経験ガ少ナイカラト敵ヲ侮ルカラコウナル。二度言ワセルナ。手遅レニナラヌ内ニ帰艦シロ』
 イルカが言う。
『‥‥意外だな。私の矜持を尊重するのか?』
『私ハ、同胞ノ損失ヲ抑エタイダケデス』
 通信に様々な言語で罵声が飛んだあと、結局ワームは撤退を始めた。それでも、指揮系統が混乱している為に中々撤退が進まなかった。
 輸送艦の艦長は、敵の意図を測りかねていた。しかし、味方を見捨てる事はできず、出撃する傭兵に、まず味方の救助を依頼しようとした。
『ぴんぽんぱーん♪』
 しかし、その時艦内にBFからの広域通信が入った。
『人類の皆に、嬉しいお知らせ〜♪ 何とびっくり、僕たちはそこで漂っている人を助けるのを邪魔しないんだあ!』
 その声を聴いた艦長の表情が険しくなった。彼はこの声の主を知っていた。ドクトル・バージェス(gz0433)という名のかつてピッツバーグを支配していたバグアだ。
『約束するよお? ボクの艦も、ボクの新しいカッコイイ玩具も、そのKVを収容した船が、離脱するまでは何もしないよぉ!』
『でもぉ、無人機やキメラは反応して隙だらけの君たちを撃っちゃうかも! あのね、僕ってよくプログラムミスしちゃうんだあ! てへ! ぺろっ♪』
『いっぱい迷ってねえ♪ あはっ、あははははは!』
 艦長はじっと考え込んだ。彼は、このバグアからピッツバーグを救う作戦に参加した縁で軍の資料からある程度この相手の手口を聞き知っていた。
 悩んだ後、彼は自分の知っている情報を簡潔に傭兵に伝え彼らの判断に任せる事にした。

「原住民との交戦に浮かれた連中の援護にBFが来たようです」
 戦場に近い宙域で戦況を見守るバグア巡洋艦。その指令室で、会話が行われていた。
「他の隊は、ワームの損耗率一割を維持。ヨリシロにもならん使い捨ての分際で、やるようですな。貴重なフィーニクスと交換で、無人機の指揮をする強化人間を借りたのは損な取引では無かったようですが‥‥」
『くらえぇぇい! フォースフィールド・アターック!!』
『すげーや兄貴!』
 無人機の指揮を取る宇宙用ゴーレムとタロスに向けて、主砲を発射しようとした副艦長を艦長が止めた。

「放せ! 僕もフィーニクスで出る! 兄さんを助けなければ!」
 同じくバグア巡洋艦の内部。騒ぎ立てる一匹のイルカを、周りの数名が必死に押しとどめていた。
「無理だ! お前は兄のように闘い慣れしていない! 迂闊に出ては‥‥」
「それに、許可が下りるものか‥‥!」
「兄さんは単純だから‥‥! またうまく利用されて‥‥監視役にあんなものまでくっつけられて‥‥」
 触碗で精一杯苦悩のジェスチャーを示すイルカ。その彼の脳裏に小さな声が響いた。
(みんなのいうとおり さわぎをおこしてはだめ きっと きっとチャンスは来るから  )
 ともすれば途切れそうな小さな声。
「この声‥‥? また‥‥」
 宇宙は未だ混沌の中にあった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ゼロ・ゴースト(gb8265
18歳・♂・SN
カークウッド・五月雨(gc4556
21歳・♂・DF
月見里 由香里(gc6651
22歳・♀・ER
クローカ・ルイシコフ(gc7747
16歳・♂・ER

●リプレイ本文

 出撃した傭兵部隊は、救助すべきKVの周囲にキメラが群がっている状況を予測しており、メンバーの多くはキメラを掃討する予定を立てていた。
 しかし、キメラは救助活動を開始した時点では、10km以上離れた位置に密集してこちらを伺っている状況であった。
 それでも、念の為クローカ・ルイシコフ(gc7747)の機体が射程ギリギリでミサイルを発射。だが、キメラもHWも動こうとせず、流れ弾を迎撃するに留まった。
 BFも、紅い機体も不動のままである。それを見たクローカは舌打ち。
「ちぇ、外道のくせして変なとこはマジメだね。いいよ、取引だ。オモチャぶち壊されたくないなら邪魔しないこと」
 砕牙 九郎(ga7366)の機体が、救助を待つKVの前面に向かう。敵は相変わらず動く様子はなかったが、九郎は気を抜かず、KVの前に立ちはだかり盾を構える。救出作業中の味方への攻撃を全て引き受ける気構えだ。
「こんなとこにいる味方を、放っておくわけにはいかねぇな。さっさと助けないと!!」
『そんなに急がないでよぉ♪ お互いゆっくりしようねえ?』
 わざわざオープンで話すドクトル・バージェス(gz0433)。
「この声‥‥BFはいつぞやのクソガキか。相変わらず趣味の悪いガキだわ‥‥監視、最大でお願い。念のため、ね」
 鷹代 由稀(ga1601)は油断無く自機のスナイパーライフルで敵の艦載戦力を牽制する。救出対象に向かうキメラがいれば、即座に狙撃で牽制するつもりである。
 ドクター・ウェスト(ga0241)は、自機のファランクスのスイッチを切った上で、救助活動の護衛につく。
「今は地球生命の救出が先だね〜」
 バグアを憎む彼もこの状況下では人命を優先して、自動追尾武器の万が一の誤作動を避ける為の配慮を見せる。
 このように味方が万全を期す中、赤崎羽矢子(gb2140)の機体が要救助者の方に、機動力を高めるためにドレスAを使用した状態で進み、接触する。
「敵さんに、どないな意図があるか分からしまへんけど、救援を待っとるお味方はんを助けるんがうちらに課せられた任務やからね」
 先程、由稀に敵の監視を頼まれた月見里 由香里(gc6651)は、幻龍の蓮華の結界輪で味方を支援しつつ敵を分析、分類して来たるべき戦闘に抜け目なく備えた。
「これタンクに繋げれる?」
 KVに接触した赤崎は練力タンクが付属したKVトンファーを相手に投げ渡し、行動回復を試みるよう指示していた。
 パイロットは辛うじてマニュピレーターは動くので、何とか言われた通りにしようとするが、すぐ後ろに味方を壊滅寸前に追い込んだ赤い機体がいることもあり、恐怖から手許がおぼつかない。
 まともな戦闘なら命とりを通り越して三回は死ねる時間が過ぎて、遂にパイロットはヒステリーを起こしかけた。
 だが、赤崎は盾でKVをしっかり守っていることをパイロットに見せながら、励ましの声をかけ続けた。
 赤崎の行動は通常の戦闘なら実行に時間がかかり過ぎて、味方にとって命取りとなったかもしれない。だが、この場合は救助に時間をかけてくれることこそが、バージェスの望みでもあった。
 結果として、パイロットは時間をかけつつも接続に成功して、自力で輸送艦まで帰艦出来る事になった。
『悠長なことだ』
 イルカが呟いた。その口調やジェスチャーからは、呆れか称賛かの区別はつかない。
『コチラノ意図ヲ見越シテノ行動ナラ、大シタモノデス』
『うふ、なーんにも考えてないだけかもよお!』
 三者三様の感想を述べるバグアたち。
「仲間を射たないでくれて感謝するわ。ついでに彼を避難させるまで見逃して貰えない?」
 その時、赤崎が通信で紅い機体に呼びかけた。
 この音声を聞いて、イルカが短く鳴いた。それを受け芋虫は触手と発声器官で人類には理解できず、イルカには理解できる言葉を発した。
 イルカはすぐに納得したような様子を見せて、構えた銃を下げて見せた。
 この行為の意図は赤崎にも伝わったらしく、彼女はKVと輸送艦に避難を促した。味方が安全圏に離脱したのを確認した彼女は、改めて赤い機体に呼びかける。
「あなたは何者なの?」
 相手の機体が、バグアと別種の技術のように思えること、スッチーの情報ではワームの操縦にはFFが必要らしいことから、パイロットがバグアでなく強化も受けてない存在ではないかと、赤崎は疑ったのだ。
「後、017は戦いを嫌がってた。あなた達はヨリシロでも強化人間でもなく、何か理由があって戦わされてるんじゃないの?」
 この赤崎の通信を聞いた時、コクピットの中で両者が交わした会話の密度は、その時間に比して実に濃密であった。幾度となくイルカの高音の鳴き声と、芋虫の声が、触手のジェスチャー交じりで飛び交った。
 もっとも、それは揉めているという雰囲気ではなかった。単に事務的にお互いに確認しているだけのようであった。そして最後にイルカが芋虫に言う。
『不要だ。威嚇射撃の後戦闘を再開する』
 赤い機体の銃が再び火を噴いた。それは、明らかに赤崎の機体をわざと外して撃たれたものだった。
 赤崎は一瞬躊躇する。しかし、既にキメラやHW、それにBFが動き出していた。彼女は仕方なく一旦下がり、戦闘に備える。

「ペットのしつけは飼い主の責任ではあるけれど‥‥ここまで躾けがいいのも腹が立つね」
 味方が安全圏に撤退した途端に迅速かつ整然と味方への包囲と波状攻撃を開始したキメラに、クローカが再び舌打ち。
 最初に射程の長いホーミングミサイルを装備しているカークウッド・五月雨(gc4556)の機体が攻撃を行い、キメラの群れに損害を与える。
 それでも突進を止めないキメラに、九郎もミサイルポッドを使用した。この連続ミサイルで数匹のキメラが撃破され、残った者もダメージを受けた。
 九郎は更に高分子レーザーを放ち、一体の三葉虫を仕留めた。が、傍らのオパビアニアがすかさず目玉からフェザー砲を放つ。それを盾で受ける九郎。
 だが、五連発された光線の一発が、盾が防いでいない場所に着弾。九郎機が体勢を崩した。
 そこ狙って泳いできたキメラが自慢の鋏つきの鼻を伸ばして九郎の機体を捕える。振り解こうとするリヴァティーの頭部を潰そうと鋏が開いた時、飛来した狙撃銃の弾丸が、キメラの体を貫く。
「味方は‥‥やらせません!」
 着弾を確認したゼロ・ゴースト(gb8265)が呟いた。管制の由香里の素早い報告で支援が間に合った。だが、今度はゼロの方に二匹のキメラが遊泳して来た。
「よっと」
 キメラの放つプロトン砲を回避するゼロ。だが、直後にもう一匹が体を丸めて突進して来た。このキメラは弾丸にも一発は耐え、ゼロの機体に体当たりを食らわせた。
「くっ‥‥」
 ゼロは呻きながらも、ドリルライフルの白兵戦でキメラを無理やり引き剥がす。そこに、今度は九郎機がマシンガンとミサイルの攻撃でキメラを倒してゼロ機を救った。
 一方、ある程度キメラの特性を外見から判断して用心していたカークウッドは、敵との距離に注意して距離100m以下まで近付かれないよう用心した。
 これが功を奏してカークウッドはオピバニアの鼻にも三葉虫の体当たりにも不覚を取ることはなかった。
 カークウッドはオパビニアのフェザー砲も五連装であることを意識した上で回避しつつレーザーライフルとミサイルで確実にキメラを駆逐する。
 管制の由香里は、カークウッドの戦い方をゼロと九郎に教え、他のキメラの動きを伝えた。こうして、すぐに体勢を立て直したゼロと九郎もこれ以降は危な気なくキメラを倒していった。
 ある程度キメラの数が残り少なくなった段階で、クローカとカークッドは、残った敵の掃討をゼロと九郎に任せ、目標をHWに切り換えた。
「大型HW撃破は、任せてもらうよ」
 クローカが前に出る。
「前線任務に長期契約していたとはいえ、KVでの戦いは久しぶりか。腕が衰えていないことを祈りたいものだな」
 カークウッドも、クローカに続いた。
 各個撃破を企図するクローカが機関砲でまず一機を狙う。打ち返すビームをシャベルで防いだ時、機関砲に怯んだHWにカークウッドのスキルで強化されたレーザーが突き刺さった。
 なおも抵抗するHWに、今度は由香里がミサイルを放ち、HWは爆発の中で沈んだ。
 もう一機のHWも、先程の由香里のミサイルに巻き込まれ損傷している。二人はこれも同じように撃破しようとしたがこの無人機は突然逃げの姿勢を見せた。それでも二人は相手を追い機関砲とレーザーで少しずつ傷を負わせる。

 時間は戦闘開始時に戻る。
 ドクターと由稀の二人はキメラが襲って来た後すぐにフィーニクスへと仕掛けた。
 輸送艦の避難を確認したドクターはファランクスのスイッチを入れて叫んだ。
「けっひゃっひゃっ、我輩にその機体のデータを取らせたまえ、貴様らがどんなに強くとも必ずコノ世界から消滅させてやるからね〜」
 その叫びを伝えられたイルカは嬉しそうにビーム砲を構える。
『敵意ノ方ガ戦イ易イ‥‥ガ、コノ機体ヲムザムザ渡ス義理モナイノデスナ』
『無論!』
 イルカは接近するドクターの機体をビームで牽制すると同時に、もう一丁で側面から回り込んで来た由稀の機体にもビームを浴びせた。
 ドクターはこれにアサルトライフルで応戦。一方、由稀は人型形態を取るとムーンライトで切り掛かる。
 レーザーの刃が赤い機体を捕えた‥‥と思った瞬間、赤い機体が霞むように消えた。残像か、と由稀が計器を見る。敵機の反応は、自機の側面に移動していた。
 そのままイルカは、強引に機体を旋回させ、一旦ビーム砲の射程ギリギリまで距離をとるとドクターの機体に向かってビームを放つ。
 ここで、ドクターはドレスA、Bを連続起動、装甲が飛び散らないようにして写し身を形作った。
 咄嗟に反応してビームを撃ってしまうイルカ。その隙をついてドクターの天が、格闘を挑む。
「質量のある分身、ソコへ、バ〜ニシング、ナッコォー!」
 だが、イルカの機体はビーム砲の射程分ドクターから離れていた。これでは折角の隙も、生かしきれない。
 イルカはドクターが近づいてくる間に体勢を立て直してビーム砲を連射する。ドレスで装甲を切り離していた天は、高まった回避率でこれを避けるが、ナックルの射程まで到達した所で遂にビームを浴びた。今度はドレスが災いして一気に大破に追い込まれる。
 が、最後に放ったナックルは大きく敵を吹き飛ばす。装甲の軋む赤い機体の中で液体が泡立った。
『実に面白い!』
『同感デス。シカシコレ以上機体ヲ傷ツケテハ』
 そこに、由稀の機体が変形して向かって来る。ライフル二丁拳銃で敵を狙う由稀。イルカは律儀にも相手に付き合って機体を変形させると、真っ向勝負を挑んだ。
 両機はビーム砲とスナイパーライフルで撃ち合いつつ距離を詰める。砲火がお互いをかすめるが決定打には至らない。
 距離が詰まり、由稀はレーザーライフルでの牽制に切り換えた。しかし、赤い機体はそのまま距離を詰める。
 交錯する一瞬、フィーニクスは機体のクローで由稀のレーザーライフルを切断した。
『上手イ。デスガ残弾ガ心許ナイ』
 計器を見た芋虫が告げた。
『まだ持つ! ディメント機能を使う!』
 赤い機体が狙撃の構えを見せる。そうはさせまいと由稀が相手の方へ機体を加速させた時、両機の間にBFが割って入った。
『あんまりおもちゃを壊さないでよぉ♪』
「邪魔よ、クソガキ」
 由稀は、コロナでBFの機関部に切りつける。しかし、直前でクローカとカークウッドに追われていた満身創痍のHWが母船を庇った。
「しまった‥‥!」
 大爆発を起こすHWを眺め由稀が言う。このままではフェザー砲の餌食だ。コーティングで攻撃に備えた時、クローカ機のガトリングが機関部に命中した。
「さーて、次は、きみ達の番だよ。それが嫌なら、よい子はもうおうちへ帰る時間だよぉ?」
 クローカが遠距離からBFに照準を向けた。
「うーん、参ったなあ! でもこのままだと痛い思いをするのはお兄さんたちもだよぉ?」
 管制の由香里が切迫した声色で警告を発する。フィーニクスが長距離ビームの発射体勢に入っていたのだ。
 由稀もクローカもこの距離では間に合わない。そこに、キメラを全滅させたゼロの機体が飛び込んでくる。
「赤い奴、廃衛星の時以来ですね。あの時は何もできませんでしたが‥‥いえ、何もできなかったからこそ、今できることを為します!」
 ゼロはライフルの射程にまで距離を詰め、由香里の補助で照準を合わせ引き金を引いた。
「仲間をむざむざとやらせはしない!」
 イルカは、チャージを中止して弾丸を回避する。
「‥‥どうやら間に合ったようですね。今回はあの時のようには行きませんよ!」
 叫ぶゼロ。
 だが、イルカはゼロにビームを撃った。その光線を飛び込んで来た九郎機が盾で弾く。由香里の管制が、彼らを上手く連携させていた。
『見事だ。戦士よ』
 イルカはコクピットで、人類には理解できない言語でそう感想を述べる。
『撤退ヲ提案、イヤ命ジサセテイタダキマス』
 芋虫が静かに告げた。見れば、既にバージェスのBFは離脱を開始している。バージェスと芋虫は、既にバグアの巡洋艦が人類の予想より早く撤退し始めたことに気付いていた。
『承服した』
 イルカも機体を翻す。そこに、今度は由稀が呼びかけた。
「随分余裕じゃない。バグアには珍しいタイプよね‥‥名前は? 機体じゃなくてアンタのね」
 先程の赤崎の時と同様、イルカが短く鳴いた。それを受け芋虫は触手と発声器官で人類には理解できず、イルカには理解できる言葉を発した。イルカは触手で考え込む仕草を示したが。また短く鳴いた。
 芋虫は自分の触手で回線を入れると、今度は人間に理解できる言葉で一言言った。
『トゥシエク』
 その通信を受けて、由稀は自分の名前を伝えた。
『私は、鷹代由稀よ』
 フィーニクスはその通信を最後まで聞き届けてから、今度こそBFの方へ飛び去って行ったのであった。
●Inter Mission
 BFの格納庫で、バージェスは両手で抱えた芋虫の体表を撫でる。
「ああん、やっぱりキミをつけておいて良かったよぉ! ちゃあんと、そこの人の代わりに潮時を見極めてくれたんだねぇ♪」
『当然デス』
 芋虫は素っ気ない。かといって不快という訳でも無い様だが。一方、芋虫が離れたイルカは、即席でバージェスが用意したらしい水槽の様な物の中で体を休めていた。
『しかし‥‥今度の相手は理解しがたい』
 トゥシエクは愚痴にもとれるような口調で言うと、触手でため息に近いジェスチャーを示した。
『?』
 芋虫が問いかける。
『戦場で名乗りを上げるのは理解も出来る‥‥しかし、多くの同胞を葬った只の敵に対して、戦意の有無を問うとは‥‥私の地位など、私に討ち果たされた者と、そのものの一族にとっては何の意味もなかろうに』
『確カニ理解シ難イ。ソシテ、彼ラハ確カニ手強イ』
 芋虫はそう言うにとどめた。