タイトル:【AS】青い鳩は二度死ぬマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/12 13:01

●オープニング本文


【NS】より【AS】へ。北米を巡る激戦においては、多くの血が流された。それは、リリア・ベルナール(gz0203)が撃破される少し前の事に遡る。
 戦域の空に突如発生した鳩を模したキメラの群れ。その数でもって、人類の反撃を少しでも抑えようと、バグアが繰り出した窮余の一策は、しかし傭兵の活躍によって、僅かに戦闘を遅滞させただけで空から駆逐された。

「怖いなあ。そんな物騒な物しまってよお?」
 ドクトル・バージェス(gz0433)はオズワルドと彼の部下であるもう一体のバグアの方を見ながら薄笑いを浮かべた。
 北米の東海岸にある、オズワルドというバグアが滞在しているバグアの簡素な前線基地。
 その休憩室に踏み込んで来たドクトルの首に、最速で反応して刃物を突きつけたのはオズワルドの部下である強化人間の少年だ。
「‥‥何の用だ! 何でお前がここに来る!?」
 少年は相手を知らないで反応したのではない。相手が解っているから反応したのだ。
「おお、心の友よ! 久し振りじゃねえか!」
 部下とは対照的に、壮年のUPC士官をヨリシロにしたオズワルドは、下品かつ大仰な仕草で両手を広げた。
「うふ、何か、臭いよお? その制服、ちゃんとクリーニングしてるのお?」
 オズワルドの制服は既に、擦り切れ汚れ、ボロボロだった。
「くす、キミのお抱えメイドも案外使えないよねえ?」
 横目で、少年の方を見るドクトル。
 勿論、彼は知っていて嘲笑っているのだ。リリアに続きシェアト(gz0325)まで討ち取られたこの状況下では上司の身の回りの世話にまでは手が回らない。
 何と言ってもこのメイド本来は強化人間なのだから。
「お前は‥‥! 僕とオズ様がどれだけ‥‥!」
 刻々と悪化する北米で、上司と共に頑強に抵抗を続けていたであろうメイドは怒りを露わにする。
「オイオイ、お前らが仲いいのはよく解ってるからよ。じゃれ合うのもそれくらいにしてそろそろ本題に入ってくれや」
 だが、ドクトルとは旧知の仲らしいオズワルドは気にせず先を促した。
「‥‥マーサ、覚えてる?」
 ドクトルが言う。
「あー‥‥あの、リリア司令のギガワーム防衛の時に使ったキメラだろ? それがどうしたよ? あの戦闘でおっ死んだんじゃあねえのか?」
「それがさあ、ちょっと面白いことになってるんだよねえ」
 そう言ってドクトルは、現在そのキメラが置かれた状況について説明した。それを聞き終えたオズワルドが言う。
「まあ確かに回収出来れば使い道はあるわな」
「解った。僕が行くよ。オズ様」
 メイドが素早く立ち上がった。
「いや、俺が行くわ」
 そのオズワルドの言葉に一同は意外そうな表情をした。

 『マーサ』が目覚めたのは、ふかふかした布の上だった。どうやら空き箱の底に布を敷き詰めたものらしかった。飲み水の入った小皿と、小鳥用の飼料の入った皿も一緒に置いてある。
 人の気配がして、キメラは身構えた。現れた少年は、鳩が目を開けて喜んでいるのを見て嬉しそうな表情になった。
 キメラは、状況を把握するのにしばし時間を要した。
 自分はあの時、リリア・ベルナールのギガワームを防衛する戦闘に参加して配下の鳩の群れを指揮していた筈だ。
 だが、自分と連携して指示を出していたバグアがダメージを受け、群れへの指示の出し方が解らなくなった。
 そこに、人間の攻勢が来て、耐え切れなくなり群れは瓦解した。マーサ自身も、その混乱の中で攻撃に巻き込まれ落ちたのだ。
 そして、何とか生き延びたマーサはどこかのバグアと合流しようと試みた。しかし、おりしも北米東海岸一帯は、【AS】発動により、正に戦乱の渦中。
 単体での戦闘能力は皆無に等しい彼が、自力で自軍と合流するのは難しく、結果として戦火の北米を彷徨する羽目になっていた。
 そして、無意識に激戦区を避けて移動していた彼は、割に戦火から遠い小さな街の近くで力尽きていたのだ。
 どうやらそこをこの少年に助けられたらしい。マーサは困惑した。何故この人間は敵である自分を助けたのか。
 マーサに人間の言葉は理解できなかったが、少年は一方的に話して聞かせた。この少年の戦死した父親が、出征前に買ってくれた青い小鳥が最近寿命を全うした。少年は父親に続いて、その形見までも失って悲しんでいたところでこのキメラを発見したのであった。
 かくして、キメラは少年の世話を受けた。少年の母親も息子が明るくなったのを見て喜んだ。マーサは、味方と合流する機会が訪れるまでは、この状況に甘んじるのが最善だと判断した。
 そして半月くらい後、少年の家に客が来ることになった。その男は何でも、少年の父親の古い戦友であり、北米の戦況がひと段落したので、これを機に挨拶に来たいとのことであった。
「なんていう人なの?」
 少年が尋ねる。
「さあ、なんでも、オズワルドさんという方よ」

 BFの内部では、オズワルドがメイドの洗濯して、繕って、ついでにアイロンもかけたUPC制服に袖を通してご機嫌である。
「こいつはいいぜ。ヨリシロを新調した時にも迫る爽快感を感じるぞ!」
「それ本気い?」
 そう言いうドクトルの口調は、かなりこの状況を面白がっているようであった。

 ここLHに新しい依頼が届いた。北米の非戦闘区域での哨戒任務である。その街はオタワに近く、現段階での前線からは遠いのだが、それだけにバグアの潜入工作の危険性も無いとは言えない。そこで、現在多忙な正規軍を補助する為に傭兵が募集されたのだ。
 そして派遣された傭兵たちは、住人から不自然な振る舞いを見せるUPCの士官らしき服装の人物についての証言を聞いた。
 その士官の後頭部に空き地で野球をしていた子供たちが間違って飛ばしたボールがぶつかった時、「赤い光」が見えたというのである。
 しかし、問題の男はただでさえ悪い頭がこれ以上変になったらどうするんだ、とか言いながらも自然に投げ返して来たので、子供や目撃者たちも、華麗にスルーしてしまったということであった。


 オズワルドと歓談していた少年の母親は早い段階で異常に気付いていた。この男が戦友だったというのは嘘であった。オズワルド自身、こういう時、回りくどく振る舞うという事が出来ないものだから話の進むのは早かった。興味本位で居間を覗いた少年に、バグアはあっさり言った。
「ところで俺の鳥ちゃんはどうしてる? いや、助かったぜ、お前の行動のおかげで貴重な戦力が回収できそうだ」
 その時、インターフォンが鳴った。傭兵が来たのである。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
会津 幣(gc6665
30歳・♂・HA
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

 玄関で各自が挨拶をした。
「軍の方から来ましたが、何か変な事はありませんでしたか?」
 会津 幣(gc6665)がまず、そう言ってドアを開ける。家の中にいた三人は一斉に彼の方を見た。
 彼の後から玄関に入り、周囲を一瞥した終夜・無月(ga3084)は、まず場を和ませるために挨拶をする。
「傭兵の、終夜・無月です‥‥以後お見知りおきを‥‥」
 無月の穏やかな物腰は親子を安堵させた。しかし、やはり傭兵という言葉は彼らに警戒心を抱かせもした。
 ミルヒ(gc7084)も小さくお辞儀してから、AUKVを駐車する場所を尋ねた。彼女にはある考えがあった。もし、この怪しい男がバグアなら、強化人間か、キメラが姿を現すかもしれないという懸念である。
 ミルヒは、敵の存在を感知する不眠の機龍を発動させた状態で、バイクを固定した。
 続いてUNKNOWN(ga4276)も挨拶をした。
「奥様、美人だね‥‥おっと違った。こちらに何か、なかったかね?」
 彼のお世辞と、洗練された振る舞いに傭兵と聞いて僅かに身を固くした母親も、どうやら安堵した様子であった。
 母親の薦めるままにテーブルについた一行は、オズワルドと当たり障りのない会話をしながら、彼を観察した。
 合間には、UNKNOWNが出された紅茶の銘柄を当てて見せたりした。最も、本人は戸棚に置かれた未開封のブランデーの方に興味がある様子であったが。
 幣は、元警察官としての観察力で、オズワルドの正体や目的を看破しようとしたが、それは中々に難事であった。
 何故なら‥‥このバグアには、自分の目的を隠す気は全くなかったのだから。
 何しろ、会話の端々で『キメラ』という単語を平然と口に出した上に、どう考えても言ってらまずいことを平然と口にするのだ。
 傭兵の内、二人はかつて交戦した鳩のキメラの事を覚えていたし、そうでなくてもわざわざバグアらしき男が探しに来る鳩が、キメラであることは明白だった。
 それでも、幣は念の為、電話を借りてオズワルドも身元を軍に照会してみたが、その結果を聞くまでも無かった。この男がバグアであることはもはや間違いなかった。
 だが、このオズワルドの態度は、事態を複雑にもした。
 オズワルドと傭兵の話から、男が自分の鳩を連れて行くために来たことを明確に理解した少年は、バグアと傭兵がお互いを警戒し合っている隙に、鳩を連れて家の裏口から逃げ出したのである。
 殆どの者はそれに気づかず話し続けた。しかし、オズワルドの正体と目的が明らかになった以上、状況的に少年に子守唄をかけた方が良いと考えた無月が、異常に気付く。だがその時、遂にオズワルドが、決定的な発言をした。
「はっ、ティターン持ちとはいえ俺も所詮は、下っ端よ」
「小さな街にまで潜入工作とは、バグアさんは仕事熱心ですね」
 ミルヒが紅茶を啜りつつ相槌を打った瞬間、彼女とオズワルド以外の全員が、お茶にむせた。
 幾ら何でも、大っぴらにし過ぎである。
「――ここではなんだ。お互いの軍の機密的にアレだから、ね。あー、外に‥‥少し外れまで、行かんかね?」
 さすがのUNKNOWNも、呆れつつミルヒとオズワルドをたしなめた。
 けたたましいクラクションが鳴り響いたのは、その時であった。勿論ただのクラクションでは無い。ミルヒが不眠の機龍を使用して、裏手の林が見渡せる場所に駐車させていたAUKVが、マーサの存在に反応したものだ。
 そのクラクションの意味を良く知っているミルヒが真っ先に立ち上がって、鳩を追おうと、玄関から走り出た。
「おおっと! そうは風呂屋が卸さねえぜ!」
 問屋と言いたかったのか、すかさずオズワルドも反応して動こうとした。が、背後から殺気を感じ、そちらに注意を向ける。
 いつの間にか、母親がテーブルに突っ伏し、すやすやと眠りこけていた。ゆっくりと無月が立ち上がる。少年が居ない事に気付き、バグアの目の前で衝動的に外へ飛び出そうとした母親の安全を確保するため、彼が子守唄をかけたのだ。
「確かあの時の司令官ですね‥‥お久し振りです‥以前貴方の機体を斬り裂いた傭兵ですよ‥‥」
 オズワルドの声や話から判断した無月が、挑発する様に語りかけた。
「互いに此処は面倒が多い‥‥強行するなら此処で、貴方を殺すだけです‥‥」
「俺を殺すぅ? 面白え! やってみろ、と言いてえところだが‥‥」
 いきり立つオズワルドだったが、同時に彼は状況を把握してもいた。ミルヒが少年とマーサを追って行ったことは、彼も理解している。ここは、相手の言う事に従って外に出た方が、自分の目的も果たしやすいと彼は判断した。
 かくして、残り三名の傭兵と敵は、林へと移動した。

「賭けを、しないかね?」
 人気も無く、周囲に被害も出ない林の中程にまで出た所でUNKNOWNがオズワルドに提案した。
「あ? ババヌキでもしようってのか?」
 普通、こういう場合はポーカーじゃねえの? と突っ込みたくなるようなことを言うバグア。
「なぜ、ここに来たか。教えて貰えんかね? ――君が勝てば、私達の誰かがヨリシロになるだけ、だよ‥‥判定条件は8割被害、だな。それ以上だと君から話が聞けなくなるし、我らもヨリシロの価値がなくなる、だろう?」
 オズワルドはしばらく沈黙していたが、やがてゲラゲラと笑い出した。
「ハッ! 俺の目的なんぞとっくに見透かしてる癖に笑かすじゃねえか? 第一賭けつったって、所詮は殴り合いじゃねえか。負ける気なんざ無いのが見え見えだぜ!‥‥まあ、いいさ! 吠え面かくなよォ!?」
「決まり、だな」
 そう言うとUNKNOWNは、優雅に煙草に火を点け、戦闘開始の合図となるコイントスを行った。
「貴方は、ミルヒさんを追って、彼女を手伝って下さい‥‥」 
 無月は、マーサを確実に仕留められるよう、幣を離脱させた。元々、後衛でサポートに専念するつもりであった幣はこの指示に従い、ミルヒの後を追う。
 同時にUNKNOWNがオズワルドに、ミルヒの後を追わせない目的で超機械の火炎弾を放ち高速射撃戦を仕掛けた。
 オズワルドも着弾した火炎弾を、片手で掻き消しつつ小銃で応射する。
 林の中に銃声が響く。そして、リロードのタイミングを見計らって、無月が敵に突進した。オズワルドの足を狙って、鋭い一撃が繰り出される。
「俺の愛機のようにはいかねえぞ! オラ!」
 しかし、バグアも素早く無月のデュランダルをブーツで踏みつけその斬撃を妨害する。更に小銃の銃床で無月を殴打しようとするバグア。
 ここでUNKNOWNがライトニングクローを構えて相手に飛び掛かった。爪が一閃してオズワルドの制服が切り裂かれた。
「なんと! 俺様の卸し立てが‥‥! こいつはキレたぜ!」
 言葉とは裏腹に薄笑いを浮かべたオズワルド。その瞳が怪しく煌めいた。嫌な感じがしたUNKNOWNは、咄嗟に虚実空間を発動。相手の特殊能力を防ごうと試みた。
 しかし、残念ながらサークルブラストと呼ばれるこの衝撃波を発生させる能力は、虚実空間で効果を無効化できるタイプの能力では無かった。
 猛烈な衝撃波がバグアの周囲に吹き荒れ、二人を大きく弾き飛ばし、巨木に叩きつける。その衝撃に音を立てて木が倒れた。

 激しい銃声。そして倒木の音に、林の中を走っていた少年は怯えてしゃがみこんでしまった。かれの胸元では、鳩が暴れ出していた。鳩も同様に、怯えているものと思った少年は鳩を優しく撫でて何とか落ち着かせようとした。
 しかし、実際の所マーサが暴れたのは、主が戦闘している事を感じ取り、自分も援護に向かおうとしたからに他ならない。だが、キメラとはいえ、本当に普通の鳩並みの筋力しか持たぬこのキメラは、少年の手を抜け出すのも一苦労であった。
「ここにいましたか。どうか誤解しないで下さい。私たちはその鳩の本来の持ち主が心配しているので、探しに来ただけなのです」
 苦も無く少年に追いついたミルヒと幣。まず幣を安心させるためにこう言いながら、近づいていく。
 ミルヒの方は、既にAUKVを装着して臨戦態勢であった。オズワルドが部下の強化人間を帯同しているのではないかと警戒している彼女としては、早く鳩を処理したかった。しかし、出来れば子供の目の前で鳩を殺したくないという幣の意見をにより、警戒しつつ彼の説得を見守っていた。
 UPC階級章を見せられたこともあり、少年は、あのオズワルドは鳩の本当の飼い主ではない、という幣の嘘を一旦は信じた。
 が、状況は急変した。先刻、サークルブラストで二人を吹き飛ばしたオズワルドが、この場に現れたのだ。
「よう、人間に世話させるとは好い御身分じゃねえか? だが、休暇は終わりだとよ! お前の飼い主がご用命だ!」
 オズワルドの命令はキメラであるマーサにとって絶対である。ようやく、少年を振りほどいたマーサは、素早く飛び上がって主たるバグアの肩に止まった。
 遂に事実を知った少年は、呆然として、見開いた目から涙を流した。
「なんだあ? ここは泣く所なのかァ? ひゃは! やっぱり人間ってのは良く解んねえが、面白えやな!」
 オズワルドがそう言った時、突然森の中に、コブシが効いた演歌が響き渡った。
「‥‥この歳になって歌を外できかせるなんて思ってもいなかった」
 幣であった。彼は既に少年に配慮した形でキメラを処理することは不可能と判断して、ハーモナースキルで敵を撹乱する行動に出たのだ。
「おお!? 何か知らねえが景気のいい音じゃねえか!」
 残念ながらオズワルドには対して聞いた様子は無い。しかし、どうやらマーサには効果抜群だったらしい。鳩は、嘴を開いて、狂おしげな絶叫を上げた。
「仕方ねえな、お前は下がってろ!」
 鳩に命令するオズワルド。だがミルヒは素早くエネルギーガンを抜くと、マーサに向かって躊躇無く発射した。
 だが、オズワルドは素早く自らの体を射線に割り込ませ、銃撃を遮る。勿論彼自身は無傷だ。そのままミルヒに制圧射撃を行うバグア。ミルヒも、幣も動けない。
「悪いが、このまま殺らせてもらうぜ!」
 牽制の後間髪入れず二人に突進するバグア。銃床で二人を叩きのめそうとするが、そこに、拳銃の弾丸と、火炎弾が飛来してオズワルドを弾き飛ばす。
 銃弾を放ったのは追いついて来た無月とUNKNOWNであった。既に、先程の負傷はUNKNOWNの錬成治療で治療済みである。
 動きの止まった相手に、無月が両断剣・絶を叩きこむ。
「‥‥闇裂く月牙(LUNAR†FANG)」
 確実に相手の隙をついたはずの斬撃は、しかし突き出された小銃の銃身で受け流された。威力に耐え切れず、主人を守って砕け散る小銃。
「ヒャハ、ビリビリくるぜ!」
「‥‥ならば!」
 だが無月もすかさず二連続で両断剣・絶を繰り出した。しかし、オズワルドは柔軟に上体を逸らし、紙一重でこれも避ける。
「さて、選手交代、かな」
 だが、無月が深追いを避け、一旦下がると同時に、UNKNOWNが間合いを詰めた。まるで、ソシアルを踊るような優雅な動きで、クローによる攻撃を繰り出す。
 さすがにオズワルドが回避に専念した所で、ミルヒが不敗の黄金龍と静寂の蒼龍を発動、サザンクロスを構え渾身の一撃を繰り出そうと突っ込んで来た。
 そちらに注意の逸れるオズワルド。その隙をついて無月も最後の両断剣・絶で切り掛かかった。
 各人の武器の刃が、バグアを捕えたかに見えた。しかし、この時再びバグアの周囲の空気が軋んだ。再びサークルブラストが炸裂するのだ。
 傭兵たちは各員射撃武器を携行していたものの、敵への決定打となり得る無月の攻撃を始め、この時は全員がオズワルドに接近していた。
 オズワルドはほくそ笑んだ。
 が、この時オズワルドにも計算外の事が起きた。この間、幣はひたすら演歌で敵の攪乱に努めていた。その効果のせいか、先程オズワルドの指示で機の上に退避していたはずのマーサが再び滑空して来たのだ。
「オイ! 何で出て来た!?」
 既にサークルブラストは発動しており、キャンセルは出来ない。錯乱したマーサは飼い主の動向には注意を払わず手近な人間に襲い掛かる。
 それは、付近で呆然とへたり込んでいた少年であった。小さな体とはいえ、狂暴性を剥き出しにして襲い掛かるマーサに、少年は悲鳴を上げて逃げようとした。が、マーサに頭部に飛び掛かられ、そのまま大地に倒れ込んだ。
 その少年の体の上を殺人的な衝撃波が、吹き抜けた。無月が、UNKNOWNが、ミルヒが、幣が吹き飛ばされた。
 マーサも吹き飛ばされた。
 幹や、地面に叩きつけられた傭兵たちはすぐに、起き上がった。が、マーサはそのまま動かなかった。
 そのマーサを、少年は見た。彼は泣き出した。
「なんてこったい。任務失敗だぜ」
 オズワルドはボリボリと頭を掻きながら、徐々に分解され、土に還って行くマーサを見た。
「一本取られたというのか、それとも‥‥まあいいさ。元々大した用事でもねえしな」
「回収するべき対象が失われた時点で潜入工作は失敗かと思います。このまま大事にせず、撤退してくれると助かりますので、宜しくお願いします」
 最初に声をかけたのは、UNKNOWNの錬成治療で起き上がったミルヒである、彼女以外の傭兵も改めて武器を構える。
「腹いせにもう少し遊んでもいいが‥‥まあ俺も依頼で来てるしな。報告が優先だわなあ」
 オズワルドも壊れた銃を投げ捨て、無月につけられた傷に手を当てて具合を確かめると、ニヤリと笑い素早くその場から撤退した。
 まだしゃくりあげ続ける少年の肩に無月が手を置いて、優しく言った。
「ごめんね‥‥」
 既に、マーサは分解し尽し、後には粘液の小さな水溜まりがあるだけだった。それもやがて土に染み込んでしまうだろう。
「失ったものはどうしようもありません。悲しみの上に覆い尽くす幸いを探してみてください。今は無理でもいつかきっと。私もそうしていますので」
 ミルヒのこの言葉に、少年は振り向いて彼女を見た。それが慰める意図なのか、突き放す意図なのかは、ミルヒ本人以外は知る由も無い。
 ただミルヒの素直な気持ちだけは伝わったのか、少年はとにかく、泣くのを止めて立ち上がった。
 一度はその静寂をかき乱した戦闘が終わり、林は静寂を取り戻した。野鳥の鳴き声がかすかに響く中、傭兵が少年を家に送る為に立ち去った後には、小さなペットの墓標らしき石が、地面に置かれていた。