●リプレイ本文
BFに乗っているドクトル・バージェス(gz0433)に、非武装のフェイルノートIIに乗る緑川 安則(
ga0157)が声をかけた。
「感謝しておく。英霊の亡骸を使った要請、気にくわんが、理には叶っている」
『理にかなっているかどうかは、あなた達次第だよお? 東京戦役でお世話になった眼鏡のお兄さん』
そう言いつつも、ドクトルはほくそえむ。
『ひいふうみいの‥‥うふ、5機は武装解除してるよぉ』
「そしてG3にT3、久しぶりだな。相変わらずおバカなことしているようだな」
緑川は、今度は二機に声をかけた。
『久し振りだが、ご挨拶だな! アホなのは俺達じゃ無く上司だ! ギャース!』
『だよね〜兄貴! ギャース!!』
頭を抱える緑川。その彼にK−111改、UNKNOWNに乗るUNKNOWN(
ga4276)が言った。
「あいつらも、大変なのだよ」
次に、天(TIAN)【白】に乗るミルヒ(
gc7084)が、ドクトルに質問した。
「死ぬと、私という全てが終わってしまうから、私はたくさんのものを失っても、生に縋りついています‥‥バグアの方は死ぬことは怖くないのですか?」
狂狼の真意についての推察を、ドクトルから知らされていたミルヒの疑問である。
『別に、バグアに限った事じゃ無いでしょお?』
ドクトルが言う。
『ミスターS閣下が放棄した東京の、上野辺りに犬を連れた人の銅像が立ってるでしょお?』
『あの西南戦争とかいう内戦だって、勝てない戦で、自分の統治機構に物言いを試みた訳だよねえ?』
『まあ、あの人は、かなり熟考したんだろうから、頭に血が昇っているボクの同胞と一緒にするのも失礼かなあ?』
狂狼の部隊と、傭兵の部隊が、お互いを視認した時、最初に声を上げたのは非武装のウーフー2、フラウ・ジャンヌ・クローデルに乗るハンナ・ルーベンス(
ga5138)である。
「バグア・アフリカ方面軍幹部『砂漠の狂狼』へ。こちらはUPC特殊作戦軍麾下傭兵航空小隊所属ハンナ・ルーベンスです。停戦の履行に伴い、他小隊所属傭兵と共に貴官との会見を希望します。繰り返します‥‥」
『半数以上が丸腰か。姑息な企みは無いようだが‥‥』
そう言って、狂狼は他の機体より後方に位置するUNKNOWN機を見た。
『戦闘態勢の機体がいるのも、万が一を視野に入れた保険だろう』
そう言うと、狂狼は回線に怒鳴った。
『前方にある岩山地帯が見えるか? そこで応じよう!』
●
会談の口火を切ったのは、緑川である。
「今、諸君から引き金を引けばUPCはこれ幸いと、殲滅を図るだけだ。ただ無駄に死ぬだけだぞ」
『それこそ本望よ』
狂狼が答えた。
『遠慮なく俺たちに銃口を向けてくれ』
「それでは困る。我々の目的はドクトル側が保管している英霊たちの亡骸だ」
あえて、ドクトルの蠢動を緑川は相手に晒す。なまじ隠すより正直に話した方が良いという判断なのだろう。
『北米の小僧、そのようなモノでお前たちを焚き付けたのか?』
狂狼は不快そうな表情を見せた。彼とて地球が長いバグアだ。ヨリシロ化の危険を除いても、遺体と言うものに人類が抱く感情について、無知という訳では無い。
「‥‥その遺体の交換条件は、諸君が停戦を受諾し、転進することだ」
緑川の言葉に狂狼が沈黙する。
次に、非武装のミカガミ、白皇月牙極式に乗った終夜・無月(
ga3084)が説得に参加した。
「俺は‥‥月狼と呼ばれる者‥‥砂漠の狂狼よ‥‥退いて下さい‥‥」
『小僧の悪巧みに巻き込まれた事は、気の毒だ。だが、それは俺が矛を収める理由にはならぬ』
狂狼が言う。
「此方に、今戦う意志は無い‥‥貴方の真意は、果たされないと考えるが‥‥?」
つまり、無月の言いたいのは、狂狼が戦いを望んでも、この場にいる傭兵たちは応じない。だから、自らの戦闘を敵味方に広く知らしめたいという、狂狼の思惑に反するという意味だ。
『なら、別の相手を探すまでだが?』
狂狼が言う。しかし無月も説得を諦めない。
「‥‥俺達と貴方達は、何れ必ず合間見える運命に有る‥‥今急いて命を賭す必要は無い‥‥」
ミルヒも、説得に参加した。
「戦えば、敵も味方も、死にます。他の方が言うように義も利もあるのですから、お互いに引くことは出来ないでしょうか? 生き続けることで出来ることはあるはずです」
ハンナも言う。
「私達は戦い、多くの命が散るでしょう。だから、この停戦には、遵守を願うだけの意味があるのです‥‥」
だが、狂狼は穏やかにではあるが反論した。
『生きてこそ為せることもあれば、死してこそ為せることもある。それは、お前たちも理解できる筈だ』
狂狼の穏やかな口調は、このバグアの冷静さと、それ故の説得の困難さを感じさせた。
番場論子(
gb4628)の斉天大聖、女爵―Baroness―が進み出る。この機体も、非武装だ。
彼女は、自分の説得は最後にしたかったが、自分の視点の違う説得が切欠となり全体の流れが変わることを期待して、あえて前に出た。
「ピエトロ・バリウス(gz0166)の軍による粛清が開始されれば、我々人類は、被害を受けぬ処よりその推移を監視して、粛清対応部隊の数と機種や、部隊特定できる癖‥‥といった貴重な情報を我々人類は労して、手に入れられます」
番場は、なおも言葉を続ける。
「そして‥‥停戦協定破棄後に、該当部隊を発見したならば、その事前情報最大限活用して対応させていただきます。これは、交渉決裂の場合、連絡を仲介するであろうドクトルに粛清依頼が来た場合も同様です」
狂狼は、黙って話を聞き続けた。
「お分かりですか? 停戦しなければ、バグアのマイナスが、貴方の部隊の−1だけではなく、他部隊巻き込んだ−2以上になるのですよ? 安易な攻勢は、自方面だけでなく他方面との連帯にも悪影響を及ぼすからこそ、司令官は停戦を決意したと思いませんか?」
狂狼は、僅かな沈黙の後、遠吠えの様に大きな笑い声をあげる。
『恐れ入った! 数多の惑星で鉄火場に身を置いて来た俺でも、このような脅迫を受けたのは初めてだ!』
狂狼の部下たちに動揺が広がり、彼らがざわめく。『論理の魔女』の面目躍如という処であろう。しかし、狂狼は冷静に反論する。
『だが、俺は粛清は甘んじて受ける。俺の部隊が無抵抗なら、督戦隊の連中も、お前たちに手の内を明かさず目的を遂行できる』
しかし、狂狼の態度は僅かにではあるが、軟化していた。
次に、ストロングホークII、クリムゾン・クラッツァーを操る美紅・ラング(
gb9880)が、説得を始めた。
「面白いか、バグア。美紅も、今日初めてバグアの事を面白いと思ったのである」
「バグアの事は、知性のかけらもない愚かな害虫として駆除してきた。人間らしい対応をする者もいたが、それも擬態であってバグア自身の物ではないと思ってきた」
狂狼は、害虫という言葉に、牙を剥き出して、しかし自嘲気味に嗤った。
『確かに、どう取り繕っても、我らは知識と肉の簒奪者だ。この体も、その前の体も、皆望んで我が肉の器となったのでは無いからな』
「だが、お前たちは停戦という形で、全く異質の存在と、コミュニケーション可能な事を、図らずも証明した。それはバグアが虫ではないということの証左である。だからお前たちに興味を持ち、今回の任務に志願したのである」
美紅はなおも言い続ける。
「お前達の行動は、戦いと言う玩具を取り上げらたくない一心で、味方がこう思う筈だという願望に依拠した上での、幼稚なわがままにすぎない。それは、愚かしい人間が、よく仕出かす過である。だから、お前たちのことを惜しいと思う」
狂狼は笑った。
『我侭か‥‥自らにとって心地よい選択を選ぶ為の言い訳、という事だな‥‥』
「そうだ。そのような行動は破滅を招く。お前たちの愚虚はより大きな大義もしくは利益の為に、無視されるだけである。死して物申すなどとは、自己犠牲の精神に陶酔しているに過ぎないのである」
『お前たちにとっては無駄かもしれない。だが、俺達が討たれても、俺達を討った者の知識によって、俺達の存在は我々全体に還元される。故に、俺たちは酔って死ねるのだ』
狂狼が言う。緑川が再び口を開く。
「最後まで戦い抜く事も、お前の言う通り、武人として、いやバグアとしての生き様だろう。それを完全に否定するつもりは無い」
「だが、転進して再起を図る事でもお前の言う還元は可能な筈だ‥‥人類は、能力者の誕生までバグアに駆逐されるだけだった。いや、能力者が生まれてもなお弱く、ようやく失地回復を始めた所だ。何故、人類が出来たことを精強なる戦士である諸君が出来ない?」
『ふむ、我々は人間と言う種の底力について認識が甘かったようだな。‥‥我らがお前たちを下等生物と呼ばわるなら、その下等に出来ることが、自称高等である我らに出来ぬというのは、成程、可笑しな話だ』
狂狼は、眼を閉じて呟く。
「解ってもらえたか? 我々は撃たない。味方にも撃たせない。諸君は次なる戦いに備える。そして次こそ勝利する。いい取引ではないだろうか」
緑川はそう締めくくった。
交渉を見守っていたUNKNOWNも、口を挟む。
「確約は出来ないが、先走った部隊が、形だけでも厳しい処罰を受けるように提案してみても良い」
狂狼たちが、人類とバグアを同列視する理論に、怒らなかったのは、アフリカ解放作戦で人類が見せた想定以上の力への、素直な称賛でもあったのだろうか。この様子を見て、再びハンナが口を開いた。
「我ながら、奇妙だと思います。でも‥‥貴方と部下の皆さんを見て、言葉を交わして確信できました。‥‥貴方々は今この地で死すべきではありません。どうか、武器をお納め下さい。『今』、貴方方がそうなされば、皆倣う筈です‥‥」
狂狼たちの徹底抗戦の意思は、彼ら自身が大声でアフリカ中に触れて回った。そして、この交渉の顛末は、アフリカ中に伝わるだろう。つまり、人類、バグア両陣営の停戦に納得しない者に対して一種の宣伝効果を持つのだ。
では、どちらが同胞を救うことになるのか?
恐らく、賽を投げてみるまでは解らない。美紅の言う通り、この段階ではどんな理由も自身の願望に依拠した仮説に留まる。
大騒ぎをした彼が、説得されて矛を収める事で、同胞は失望して戦意を失い、人類は気を良くして追撃の手を鈍らせるかもしれない。無論、これも願望だが。
確かなのは、番場が言う通り、自分達が散る事は単純な−1では済まないという事だ。勇将ドレアドル(gz0391)が、ピエトロ・バリウス要塞を、喉元まで迫りながら陥落させるに至らなかったのは、有人機の不足が原因である。
このような思索を巡らせ、狂狼は呟いた。
『人騒がせな臆病者、と呼ばれるのも一興か‥‥』
彼は名誉を重んじる気質ではあるが、名誉を絶対と奉じる気質では無い。彼はコクピットを開き、ワームの武器を大地に置く。部下たちもそれに習う。
それを見た無月は、僅かに微笑んで言った。
「貴方は、臆病者では無い‥‥外す事の叶わないモノが一つ残っているからです‥‥己の牙‥‥己の誇りと同じ類のもの‥‥貴方にそれがある限り、誰も臆病者とは呼べないでしょう‥‥」
狂狼は、その言葉に穏やかな表情で苦笑した。
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戦場では目の前で死んでいく味方を見ても何かを感じる暇は無い。しかし、戦場を離れた場所で、変わり果てた同胞の姿を見れば、生者の胸に万感が沸き起こるもまた当然。
BFから、狂狼達の手で運び出された遺体が、UPCのトラックに積み込まれていくにつれ、UPC兵士たちの動揺が大きくなっていた。中には、嗚咽するものもある。
一人の若い兵士が、遺体の中にかつての戦友を見出した時、頂点に達した。
「ふざけるな‥‥! こんな、芝居‥‥っ! こいつには、結婚したばかりの人が‥‥それを貴様らが‥‥!」
その兵士が、狂狼の顔面を殴りつけた。FFが発生し、空気が軋む。狂狼は何も言わず、ただ正面からその兵士を見据えた。同僚の何人かも、これを止めるどころか、自らも武器を取り始めた。中には、覚醒した兵士もいる。動揺は瞬く間に広がって行った。
「少し、いいかな?」
危険な兆候を見て取ったUNKNOWNが遮るように声を発して、機体から降りて来た。
「少し、熱いな」
日差しを見上げ、そう呟くと彼は、冷静と余裕をもって語り始めた。
「――芝居でも付き合おう。私は、ただ市井の文化を残していきたい――君の言う通り、茶番ではあるかもしれない。それでも、彼らは遺体を扱うに当たって、形だけでも我々の文化に沿いはしたのだ」
「双方が頭を冷やすべきではないか? 無駄に命を亡くしたくはないものだ、よ」
ミルヒも言う。
「バグアにも死者に花を手向ける人がいます。その行為に謝意を表し、人としての誇りを胸に停戦条約の遵守をお願いします」
そう言って、ミルヒは並べられた納体袋に添えられた、小さな野の花を指した。
殴りかかった兵士は、それを見て、がっくりと崩れ落ち、戦友の袋に取りすがって号泣し始めた。
その兵士に酒を持ったUNKNOWNが声をかける
「少し、飲まんかね?」
だが、その酒を受け取ったのは、狂狼だった。
「芝居でも、流儀は通そう‥‥それで、俺を八つ裂きにしたいと言うなら、いずれその機会もある」
そう言うと、狂狼は、その酒を遺体の上に勢いよく撒き散らした。同時に、それまで直立不動だったG3とT3が、手にしていたライフル銃で『捧げ筒』の動作をした後、弔砲を発射した。
アフリカの砂漠に夕日が沈む、等間隔で撃たれる弔砲の響く中、UPC欧州軍は作業を完了した。
停戦ラインの方角に移動を開始した狂狼に無月が声をかける。
「個人的には‥‥狼の名を冠する貴方と刃を交えてみたい‥‥次‥‥また戦場で‥‥」
一方、ハンナは離陸しようとするドクトルと会話していた。
「経緯はどうあれ‥‥お引渡し頂き感謝致します‥‥お花、供えて頂いたんですね‥‥」
そう言って微笑するハンナに、ドクトルは嘲笑を返す。
「あんな下らない事するのは、あの二人の方だよお?」
白衣を翻したドクトルに、無月が声をかけた。
「貴方にも何れ仕置きをしますので待っていなさい‥‥」
「あはっ、お仕置きだってえ! 何かイヤらしいよお?」
振り向いてわざとらしくドクトルは笑う。
「――土の死は水の誕生、水の死は空気の誕生、空気の死は火の誕生、その逆もまた然り
アッシュールバニパルの書庫の如く、私が覚えておこう」
UNKNOWNも、そう声をかける。
「四元素のリゾーマタ(古代ギリシア語で根、の意)? エンペドクレスぅ♪」
ドクトルはそう応じて、BFのハッチを閉じた。
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「で、私はこれをどうすれば良いのでしょう?」
リリア・ベルナール(gz0203)は、ハンナがドクトルに託した暑中見舞いの葉書きを受け取って、悩んでいた。
「成る程‥‥あんまり暑いから、私のギガワームの力で、心胆寒からしめて欲しい、という訳ですね‥‥」
リリアは、そう言って微笑んだ。