タイトル:【東京】HeartBeat秋葉Jマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/16 13:42

●オープニング本文


『今まで見てたけど、キミたちの中にも面白い人がいるんだね。なら、こそこそしなくていいよ。 一緒に遊ぼ!』
 秋葉原のスクリーンから放たれた挑戦。それが、UPCの動きに対するこの街の支配者からの返礼だった。
 要約すると、彼が用意した戦力とこちらの能力者で勝負‥‥ということか。もっとも少年にとって、勝ち負けは二の次である。
『来ないならいいよ。秋葉原のみんなで遊ぶから。みんなボクの友達だし、倒され役もたくさんいるから』
 僕が楽しむために戦え。そう告げる支配者に対しUPC軍に拒否権はない。これはもはや提案ではなく、人質を持つ者からの命令なのだ。
 一方、レジスタンスや傭兵達の活動により、今の秋葉原を生み出した洗脳装置の場所は、三箇所にまで絞られている。できればもう少し情報を集めたかったが、これ以上は厳しいと考えていたのも事実――。
「よし、腹は決まった! エミールの挑戦を受け、同時に洗脳装置破壊作戦を決行する!」
 ならばこの挑戦を、敵の最大戦力であるエミールの気を引く絶好のチャンスと考えよう。
 隙を突いて、洗脳装置を破壊する。
 すぐさま、ULTに依頼として情報がもたらされた。

 ――それは、笑顔にあふれる平和な秋葉原に終わりを齎すことでも、ある。

 だが。
「私は、皆の心をつかむ作品が作りたい‥‥洗脳によってなどでは、なく」
 今はレジスタンスの一人であるアニメ製作局の青年が、慌しく走る兵士を見て、静かに呟いていた――

 

その高校は、秋葉原で制作されたアニメ、『じゃぽね!』の舞台となった高校のモデル、一昔前なら熱心なファンによって、『聖地』と称されたであろう場所である。
 
『来ないならいいよ。秋葉原のみんなで遊ぶから。みんなボクの友達だし、倒され役もたくさんいるから』

 天使のような、あるいは小悪魔のような笑顔で、実質上の人質の公開処刑を宣告したエミール。この言葉にも、洗脳された高校の一般生徒は、「やった、エミール様に遊んでいただける!」と歓喜の声を上げるだけだ。
 中でも、特に気勢を上げるのは、『側近』と呼ばれたり、呼ばれなかったりする10人だ。
 といっても、彼らは別に戦闘要員ではない。この高校のサッカー部に所属する生徒の中から、小皇帝エミールがサッカーを楽しむ際に、そのチームメイト役として選出されたメンバーというだけだ。
 彼らは、その役柄上、どうしてもエミールの側にいることが多い。よって、洗脳装置の効果も相まって、他の秋葉原の住民以上にエミールへの忠誠心が強い。
 当然、前述のエミールの宣言が、自分たちの死にも繋がりかねない非情なものであることを理解した上で従容として受け入れるつもりなのだ。
 が――この中に一人だけ、異分子が存在していた。彼は、洗脳されていなかったのだ。
 そして、それ故、彼は真実エミールに忠誠を誓っていた。
 
 彼は、エミールが秋葉原を支配する以前、毎晩こう呟いていた。
「もう一度、あのフィールドを走り、ボールを蹴る事が出来るのなら、悪魔に魂を売り渡してもいい」
 将来はプロになって、ワールドカップも夢では無い――あの事故までは、彼はそう噂されていたのだ。

「エミール‥‥さま。 今のゴールはオフサイドで、無効です」
 彼は、エミールの見かけに騙されている訳では無い。
サッカーに興じる侵略者バグアに、上の言葉を言ってやった時、エミールが自分を見たあの目つき、今思い出しても、背筋が凍りつくようだ。
 幸いだったのが、エミールが遊びには真面目になるタイプだったことだ。
 自分に御注進を試みた人間に興味を持ったエミールは、結果として彼を再びサッカーの出来る体にしてくれたのだ。
 もちろん、彼は強化人間という代償を支払わされた。
 後悔は無かった。
 彼の強化処置を担当したのは別のバグアだったが、その彼が、嫌味たっぷりに、強化に伴う代償につて説明してくれたのだ。
 エミールにしても、彼にヨリシロ候補としての価値を認めた訳では無いので、強化は強制という訳では無かった。
 だから、彼は完全に自分の意思で侵略者に魂を売り渡した。彼は純粋にサッカーが好きだった。名誉や栄達など関係が無い。もう一度あの充実感を味わえれば、それで良かった。
 サッカーは、エミールにとっては一時の遊びだ。飽きると同時に自分の存在価値は無くなるだろう。
 それでも構わなかった。始末されるその日まで、一回でも多くフィールドを走れれば、それで良かったのだ。

『来ないならいいよ。秋葉原のみんなで遊ぶから。みんなボクの友達だし、倒され役もたくさんいるから』
  
 陛下。その倒され役、喜んで仰せつかりましょうぞ。この高校に置かれた装置も、他の二箇所同様、エミールの悦楽の為には不可侵な代物。
 さして強化されていないとはいえ、強化人間である彼には、この学校に防衛用として配置された学生を模した人間型キメラをコントロールする能力くらいはある。
 この永遠の聖域(アジール)で、愉しい夢を見ながら、『友達』の為に死んでいく。
 バグアに魂を売り渡した、この自分にこそふさわしい。いや、勿体無いぐらいの死に場所と言うべきだろう。

●参加者一覧

漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM
天戸 るみ(gb2004
21歳・♀・ER
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
周太郎(gb5584
23歳・♂・PN
諌山美雲(gb5758
21歳・♀・ER
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
玄埜(gc6715
25歳・♂・PN

●リプレイ本文

「ハーッハハハハ! 聖地蹂躙に来てやったぞ!!」
 校門の門柱の上に立ち、マフラーをたなびかせ大音量で高笑いする玄埜(gc6715)の異様な姿に、生徒たちは嫌でも引き付けられた。
 黒と赤の地色に菊花が染め抜かれた振袖。帯は金襴緞子。忍者刀を背中に、蛇剋を帯に挿し、ついでに堂々とエアーバットを構えたその姿は、とっても危険なお兄さんである。
「くそお、エミール様に仇する、不届き者め! ここは通さん! 命に代えても貴様を倒す!」
 洗脳が十分に効いている生徒たちは、素手、あるいはせいぜい竹刀といった装備で一斉に殴りかかって来るが、当然能力者たる彼に当てられるはずも無く、逆に十人ほどが纏めてエアーバットで殴られる。
 ポコポコッ!という気の抜けた音が続く。が、しかし、その中に異様な音が混じった。無論、バットがFFに弾かれた音である。
「ここがじゃぽねの聖地か。記念撮影と洒落込みたいが、そうはさせてくれないみたいだね」
 緑川安則(ga4773)は、そう言って、玄埜が看破した偽装キメラを素早く切り伏せる。
「さて‥‥どうにも面倒なことだが、我らも参ろうか?」
 漸 王零(ga2930)も、こう呟いて手近なキメラを両断しつつ先を急ぐ。
 一方、周太郎(gb5584)は、玄埜の援護をするべくこの場に残っていた。
 周太郎は、緑川たちが校舎に突入していくのを見届けると、銃を構え、殺到してくる生徒たちを見据え、呟いた。
「‥‥鬱陶しいものだ‥‥」
 そう呟き、周太郎は飛び掛かってきた生徒の一人を足払いで転倒させる。FFが発生しなかったのを確認し、先程エアーバットに反応してFFを発生させた生徒型キメラを押さえつけ、その口に銃を突っ込んだ。
「‥‥この至近距離なら、残念ながら当たるだろうな」
 そう言うと、彼は、もがくキメラに容赦無く引き金を引いた。

 玄埜が、生徒たちを引き付けている隙に、傭兵たちはサッカー場へと続く廊下に侵入する。玄埜の陽動はかなりの数の敵の注意を引いたらしく、生徒、もしくはそれに擬態したキメラは数えるほどしか居なかった
「この程度の人数なら、子守唄によるエネミー識別も可能‥‥!」
 天戸 るみ(gb2004)が子守唄を歌う。結果、ほとんどの生徒は他愛も無く崩れ落ち、安らかな寝息を立て始める。
 明らかに抵抗して、直ぐには落ちなかった二体のキメラは、漸が容赦なく切り倒した。
「ひいいっ!?」
 と、ここで奇妙なことが起きた。咄嗟に教室から廊下に走り込んで来た新手の生徒たちが、それまでキメラが撃たれたり、切られたりするのを見ても、無反応だったのに、初めて悲鳴を上げたのだ。
 傭兵たちは、すぐに思い当たる。そう、洗脳装置の増幅装置の内、一つが破壊されたのだ。この時点で作戦開始より三十分が経過。破壊されたのは同人ショップ「うさぎのあな」に設置された増幅装置であった。

 サッカー場にも、それほど多くの敵は残っていなかった。
 更に、最初の兆候と違い解りにくい変化であった為、傭兵たちは気付いていなかったが、もう一つの洗脳装置も、既に破壊されていた。
 洗脳が弱まった生徒は、死への恐怖だけでなく、能力者の力を目の当たりにして戦闘自体を厭う心理状態にあり、本能的に飛び掛かって来るキメラとの識別は容易であった。
 それでも、念の為、漸と黒木 敬介(gc5024)は石やごみを投げつけてFFを確認した上でキメラを素早く掃討していく。
 この状況の中、アーク・ウイング(gb4432)が装置を破壊する為、守り手の少なくなった体育倉庫に向かって走り出した。少し遅れて、諌山美雲(gb5758)もアークに続こうとする。
 これを見て、遂に強化人間も、自分から正体を現した。圧倒的な脚力で、倉庫に向かうアークを止めようと、彼女との距離を詰めたのだ。
「はははは!! いい動きだ! さてはサッカー経験者ということか」
 だが、イアリスを抜いた緑川が、瞬速縮地で一気に突撃を仕掛け、その動きを妨害する。
「ここにある洗脳装置を壊しに来た。邪魔するのが君の仕事なら、壊すのが私の仕事だ‥‥緑川安則、推して参る!」
 そう言って、覚醒し、構える緑川。止むを得ず、緑川と白兵で干戈を交える強化人間。といっても彼の武器はそのシューズに生えた殺傷用のスパイク。鋭い針が、蹴りと共に緑川の身体に命中したが、獣の皮膚で硬質化した彼には弾かれてしまった。
「甘いな! その程度の攻撃! 防いで見せるさ。この鱗は伊達ではないのでな」
 緑川が言う。
 攻撃を受け止められた強化人間の隙を突いて、漸と黒木も戦闘に参加して来た。
 強化人間が、足への攻撃に反応することを見越した漸は、まず足を狙った一撃をティルフィングで繰り出した。
 やはり、体が動いてしまい、咄嗟に足を守る強化人間。その隙を突いた漸の上半身への攻撃が直撃し、強化人間は大きく体勢を崩した。
「皆さん、一回だけ、チャンスを下さい!」
 強化人間が深手を負った今が好機と判断したるみは、二人を制止し、強化人間の説得を始めた。
「一度解放に失敗したUPC軍‥‥バグアにすがるしか無い現実。あなたが、魂を売った気持もわかります!」
「けれど、今の地球側には極北での戦果として実験段階ですが、延命の技術がある。軍の監視下に置かれますが、いずれ社会復帰できるハズです!」
「ありがとう‥‥でも、無理だよ」
 静かに微笑みながら、強化人間が言う。
「ムリなら私がいつかきっと変えてみせます! そしたら今度こそあなたも心からサッカーが‥‥」
「今の身体になった時点で、俺はオフサイドを犯したようなものなんだよ。もう、自分の人生を生きる資格なんて、俺には無いよ」
 そう首を横に振ると、強化人間は自らの胸を親指で叩いた。
「まさか‥‥!」
 るみは息を飲んだ。
「AI入りの自爆装置だ。出血量や心拍数から、俺が深手を負ったと判断すれば爆発する。‥‥俺に、こんなことを言う資格があるとは思えないけれど‥‥戦争ってのはこういうもんだよな?」
「罪を償って、そのサッカーの才能を、次の世代に伝えようとは考えないんですか? 自分が叶えられなかった夢を教え子が叶えてくれるかも知れないじゃないですかっ!」
 るみの説得を助ける為に残った諌山が叫び、咄嗟に攻性操作を発動させた。
 諌山がボールペンを装って胸ポケットに入れていた超機械が火花を吹いて停止する。それと引き換えに、自爆装置のAIも判断を誤り停止する。
「現実に、オフサイドなんて無いんですよ!」
 強化人間を指差し、諌山が叫んだ。

 体育倉庫の中には、体育用具は何もなかった。そこに鎮座していたのは一目でバグア製とわかる異様な機械装置だ。
「バグアの悪趣味なお遊びの時間は、きっちり終わりにさせないとね。これが本命の装置かどうかは分からないけど、作戦を成功させるためにも全力でいくよ」
 アークはそう気合を入れ、攻性操作を開始。
 装置の構造はかなり頑丈なものであったが、搭載された人工AIが致命的な誤作動を起こし、瞬く間に火花を吹いて機能停止。そして、爆発した。
 微妙に黒焦げになったアークはけほんっ、と可愛らしく咳き込みながらも
「やったね!」
 とガッツポーズを決めた。

 これ以上の説得は無理だと判断し、止めを刺したのは、黒木である。
「何の事は無い。君は、逃げているだけだよ」
 彼はそう言って、如来荒神で、強化人間を切りつけた。
「足が使えなくなったって、人生やれることは多いさ。健常だから何でも出来るわけでもない」
 血しぶきをあげ、地面に倒れ伏す強化人間。黒木が手加減したおかげで、一命だけは取り留めていた。
「‥‥感謝しろとは言わないけど、恨みを言うつもりなら、言う口が残っていることぐらいは感謝してほしいね」
「いや‥‥これで良かったんだね‥‥きっと」
 強化人間は、仰向けになると、眩しい照明に照らされた夜空を見上げ、寂しそうに呟いた。
「罪から逃れることも俺には許されないんだろう‥‥それでも、「トモダチ」の信頼には応えたかったな。俺さ、サッカーが出来た頃から、チームメイトはいても、友達は‥‥ごめん。こんな話も甘えだね」
「貴方も、わかっているはずです。エミールはあなたの友達なんかじゃ‥‥!」
 自嘲気味に呟く強化人間に、るみがそう言った時、周囲の空気が変わった。
● 
 強化人間は、地面に倒れ伏し、洗脳が完全に解除されたショックで気絶した生徒たちが倒れているグラウンドをナイターの照明が照らしていた。
 作戦開始より二時間が経過。洗脳装置破壊作戦は成功した。異常が起きたのはその時である。
 グラウンドを囲むライトが一つずつ砕け、傭兵たちを瞬く間に暗闇が包む。
「‥‥来ないと、思っていたんだがな‥‥」
 最初に気付いたのは、追いついて来た周太郎であった。その表情こそ冷静だが、態度には緊張感が現れている。
 全ての照明が破壊された時、其処に立っていたのは、秋葉原をの支配者――エミールであった。夜風に吹かれる長い前髪のせいでその表情は伺えない。しかし彼が全ての状況を把握しているのはその全身から放たれる怒気からも明らかだ。
 まず周太郎が威圧感を振り払うように、囮になるべくこれ見よがしに相手の視界に入る。続いて、無言で頷き合った漸と、緑川の二名が素早く相手の死角に回り込んだ。
「ねえ‥‥コレ、どういうこと‥‥?」
 ポツリとつぶやくエミール。その表情はうつろで、焦点もあっていない。
 FFに阻まれつつも、威嚇射撃を続ける周太郎。エミールは一見隙だらけであったが、底知れぬ不気味さを漂わせている。しかし、勝機を逃す訳にもいかず、遂に周太郎は、他の二人に合図を出した。
 円閃を用いて、漸が跳躍する。さすがにこのエミールの雰囲気を前にしては、彼も遊ぶように戦う余裕は無かった。
「さぁ、常世の遊びは終わりだ‥‥あとは聖闇の底で遊ぶがいい」
 緑川も瞬速縮地で距離を詰め、獣の皮膚で防御を固めたうえで、流し斬りで漸と挟撃ちを仕掛けた。
「エミールだったか。アキバを制するものよ‥‥今ここで消えるがいい!」
 直撃する――傭兵たちの誰もが、そう思った時、突然うつろなエミールの瞳が、初めて傭兵たちを『見た』。
「なんで! なんで! ボクの大切な装置が壊されてるんだよぉっ!!」
 エミールの瞳が、深紅へと染まり、ソニックブームのような衝撃波が三人を次々と弾き飛ばす。
 エミールはグラウンドに叩きつけられた三人には目もくれず、倒れている強化人間の方へ歩いていく。
「いけない! このままでは彼が‥‥!」
 るみが叫ぶ。
 エミールの意向は明らかだ。装置の死守に失態を晒した強化人間を自らの手で始末しようというのであろう。
 その叫びに応え、エミールの前に立ち塞がったのは黒木であった。
「‥‥どいてよ」
 虫ケラを見るような目つきでエミールが言う。
「嫌だよ。 お子様の我侭に付き合うのは御免だ。大体、大切な装置をほったらかしにして、ヒーローショー何かに、二時間もはしゃいでいたのは、あなた自身だろ?」 
 不敵に、挑発する黒木。理想を追い求めても、常にリスクを考える彼が、このような居に出たのは、もちろん、勝機があると信じるからこそだ。
 痛い所を突かれたのか、エミールの色白な頬が微かに紅潮する。
「今の自分に出来ないことばっかり夢想する部下に、自分の失態の責任を人になすりつける上司。全くお似合いのコンビだね。粛清するなんて、勿体無いんじゃないかな?」 
 なおも、言いつつ、エミールに気取られぬよう、彼の背後の植え込みに目をやる黒木。そう、そこには陽動任務を終えた玄埜が、奇襲をかけるべく気配を消して機会を伺っていたのだ。
 エミールの実力は、先程の攻撃が、雄弁に物語っている。余裕ぶった、軽薄ともいえる表情とは裏腹に、黒木の頬を汗を滴り落ちた。
 邪悪な表情を浮かべたエミールが、片手を挙げる。その時、玄埜がエミールの背後に肉薄した。
「二人とも、最早、語ることはあるまい。座興は終わった。それだけのことよ」
 そう言って、エミールの腰骨の上、背骨付近にある動脈を狙う瞬即撃を繰り出す玄埜。
 だが、エミールのFFはあっさりとその渾身の一撃を防いだ。かくして、エミールの行動を阻害することは叶わず、黒木と玄埜も拳の一振りで跳ね飛ばされた。
「エミー‥‥ル、様、すみませんでした、自‥‥爆を‥‥スイッチを‥‥押して、下さい」
 自分を見下ろすバグアに弱々しく呟く強化人間。それは、エミールが保持しているスイッチで自爆装置を起動して欲しい、という哀願だった。
「俺は、あなたの、トモダチとして、充分楽しませていただきました。それなのに、大切なオモチャを守れませんでした‥‥」
「キミ、なに言ってるの‥‥?」
 驚くエミール。バグアであるエミールは、任務に失敗し、粛清される際に恐怖に泣き叫ぶ強化人間を幾人も見て来ていた。だが、助命ではなく、処刑を哀願されたのは初めてであった。
「俺が、彼らに、突撃したら‥‥自爆、装置を‥‥」
 身を起こし、エミールに取りすがって囁く彼の言葉は、傭兵たちにも聞き取れた。だがもう傭兵たちにはどうすることも出来ない。
 直接の戦闘を担当する五名が負傷し、アークはせめて重体だけでも避けようと彼らの錬成治療で手一杯。諌山も、自爆に備えて一般生徒の救助を優先するしかなかった。
「エミールさん‥‥! 友達はなって貰う物じゃ無く、なっているものなんです! あなたは、本当の友達を、自分の手にかけるというのですか‥‥!?」
 それでも、るみは必死に説得を試みた。
 この時の、エミールの行動を説明するのは、彼がバグアである以上中々に困難ではある。黒木の言葉通り、装置の破壊を許したのが、自分の失態であることは理解していたのか。型通りの反応を見せなかった、強化人間に興味を覚えたのか。
 また、装置が破壊された以上、一旦撤退した方が良い、という判断もあったのだろう。
 とにかくエミールは、この場を離脱するべく、強化人間を抱えたえたままで踵を返した。
「エ、ミー‥‥ルさま?」
「うるさいなあ! キミなんかが、ボクに指図するなよ! ボクは自分が楽しいことをするんだ!」
「それに‥‥まだ、サッカーには飽きてないもんね!」
 そう言うと、エミールはぷいっと部下から顔を背けた。
 そして、追撃の余力も無く呆然とする傭兵たちを差し置いて、エミールは強化人間を抱えたまま走り去った。