●リプレイ本文
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澄み切った空が広がるグリーンランドの、とある場所。
そこに、それぞれキャンプ道具を持った一団が訪れていた。
「おーろら、かぁ‥‥写真では見たことあるけど、自分の目で見てみたいなぁ」
まだ日も高い空を見上げて呟いたのはエルレーン(
gc8086)。厚手のコートをまとい、テントやコンロ、食材を積んだソリを引いている。
「オーロラですか‥‥楽しみです」
そう言って同じく空を見上げたのは終夜・無月(
ga3084)。彼の手荷物は少なめである。ほとんど料理のための道具だ。
その隣、手に三脚、首からカメラを提げているのは未名月 璃々(
gb9751)。彼女が持ち込んでいるのは、ほぼ全て撮影のための道具だ。どれだけ今回のオーロラ撮影に情熱を注いでいるか察することができるだろう。
そんな三人から少し遅れて。
「告白したのもグリーンランドだったね‥‥緑の地。かな」
そう同行者に語りかけたのは狭間 久志(
ga9021)。その言葉に、
「こんなに早くまた一緒にオーロラ見れるとは思わなかった♪」
そう微笑み返したのはキョーコ・クルック(
ga4770)。今回は最近恋人になったばかりである久志に誘われての参加である。
ちなみに、久志はこのまま戦闘でも行うのか、という重装備。集合箇所に集まるまで、依頼の『野営訓練』を真に受けたがため、
「‥‥え、キャンプ程度の意味で良かったの?」
と呟くことになってしまった。
集合箇所から数百メートル歩いた場所。ちょうど風避けになりそうな丘の下を今回の野営場所と定め、各自寝床の準備にかかった。
まず、キョーコと久志。風が当たりにくい場所へ、キョーコ自前のテントを設置しはじめる。キョーコがスコップで辺りに積もった雪を踏み固め、終わった個所から久志が杭を打ち‥‥という具合に分担しつつ、あっという間にテントが出来上がった。
そこから少々離れた場所。そこにエルレーンがやはり自前のテントを設置しはじめていた。彼女は今回の依頼を受けるまで野営の経験が無かったため、これが野営初体験。
「はぅ‥‥たのしみたのしみ!」
言葉通り動きも俄然軽やかになり、あっという間に数人は入れそうなテントが出来上がる。完成するとすぐさま中に入って寝心地を確かめるように転がりはじめた。
「結構広いねえ、ちょっとぐらい寝相が悪くてもへいきだね!」
今回、テントを持ってきていない璃々も同じテントで寝るため、その確認は大事だった。
その、さらに数メートル先。無月が覚醒状態で、辺りにある雪をブロック状に固めたものを幾つも作っていた。遭難を想定した広めのカマクラ作成の準備である。能力を使って作られたブロックはちょっとやそっと突いても崩れない、岩よりも固い‥‥かもしれない硬度だ。
それを持ち込んだ中華鍋で溶かした雪、つまり水で凍らせながら積み上げていく。一時間も経つ頃には十人程なら余裕を持って入れそうな大きさのカマクラがその場に出現した。
そんなテント設営から一人外れ、璃々は撮影準備を行っている。持ち込んでいたカイロを電池に張り付けそれが終わると、各々の設営箇所に行って写真撮影を始める。
特に巨大カマクラと、それを一人でどんどん作り上げていく無月を、定点カメラがごとく撮影していった。後から経過時間を書き込み並べたら面白かろうということである。
そうして、あらかた設営が終わった頃には、少々日も傾いてきた。
「さて、せっかくだから新鮮な肉や魚も調達しに行こうと思うのですが‥‥」
そんな無月の提案に、
「あ、じゃあ私も」
「そうだな、僕たちも手伝おうか」
「久志が行くなら、あたしも♪」
とエルレーン、久志、キョーコが答えた。
「じゃあ、私は留守番してますねー」
そう言う璃々を留守に残し、四人は食料調達に向かうのだった。
それから二時間後。
「ただいまです」
「肉は確保できましたよ」
エルレーンと無月が二人がかりで肩に抱えてきたのは、一頭のトナカイ。
「なかなか素早かったですね」
「なんとか捕まえられて良かったです」
そう微笑む二人に対し。
「トナカイというと‥‥クリスマスしか連想できないですよねー」
言いつつ、璃々が早速その獲物を撮影。その間に。
「ただいま〜」
「こっちも人数分、獲れましたよ」
竿とバケツを手にキョーコと久志も戻ってきた。バケツの中には小振りな魚が数匹。丸焼きでも食べられそうである。
「じゃあ、早速夕飯の準備にしましょうか」
久志がそう言うと、
「そうですね。あ、折角ですから食事は俺のカマクラでどうですか?皆で入っても狭くはないはずですよ」
と無月が答える。ということで、各自料理の準備が済み次第、無月のカマクラへ集合することとなった。
「たまねぎ、じゃがいも、それからキャベツ‥‥でも、にんじんさんはいれません!」
持参してきた野菜を切り、あっさりした味付けの野菜スープを作っているのはエルレーン。言葉通り、スープににんじんは含まれていない。
その隣では、無月が自身と久志が持ち込んでいたカレーとビーフシチューのレーションを温めている。ただ温めるだけでなく、そこに先ほど狩ってきたトナカイの肉も投入している。ちなみに料理は全て中華鍋一つで行っているため、いかにも料理人といった体であった。残りの肉と魚は、焼き肉用に隣に置かれている。
更に隣では、久志がアルコールストーブにアルコール度数の高いスブロフを燃料として投入しつつ、飯ごうで全員分の米を炊いていた。
「どお〜? ご飯できた〜?」
久志の横にちょこんと座り、キョーコが声を弾ませながら尋ねる。
「まだまだだよ、それにしても子供の頃にやったキャンプの感覚だ」
言葉通り、彼の手際は経験者のそれで、火加減も絶妙だ。
一方そう言われ、今度は良いにおいを漂わせるエルレーンと無月の元へ味見に向かう。彼女を見て、二人とも調理中のスープやシチューの味見を頼んできた。
「あむっ♪ ん〜美味しい〜♪」
そんな姿も、璃々はせっせと写真に収めていくのだった。
「いただきまーす」
一通りの料理が出来上がったところで、無月のカマクラへと移動した一同。目の前にはそれぞれご飯とカレーやシチュー、スープ、そして無月がカマクラ入口で調理している焼肉と魚が並んでいた。
「私はあまり食べられないのでー」
と言う璃々。
「じゃあ、私が作ったスープはどうですか? 野菜だけしか入ってませんよ」
すると、そうエルレーンが勧める。
「ありがとうございますー」
その横では、
「温まりそうなの選んできたけど‥‥割とイケるな」
温めたカレーのレーションを食べながら久志が呟いた。
「うんっ、あったかくて美味しい〜♪」
こちらもシチューを頬張りながら、キョーコが幸せそうな声を漏らす。
「こういう和やかなのも良いですね‥‥」
焼き肉を用意しつつ食事をとる無月の顔にも、笑顔が浮かんでいた。
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食事が済み、後片付けも終わると外も真っ暗になっていた。澄んだ空気のおかげか、星が空を埋めつくさんばかりに輝いている。
「プラズマの流れが、地球の磁場に引き寄せられ、大気中の粒子と衝突、降下。高いエネルギーを持った粒子が、エネルギーを放出する時に発光する――此れがオーロラですね」
食後のコーヒーをすすりながら、璃々がオーロラ蘊蓄を披露していた。
「オーロラは深夜だということですし、良ければこのまま皆で眠気覚ましに、話でもしませんか?」
「良いですねっ。一人だと寝ちゃいそうで‥‥」
「そうですねー、私も眠気覚ましなら考えていますがー」
無月に賛意を示すエルレーン。璃々も同様だが、ちらと久志達を見て。
「お二人は、そろそろ二人っきりになりたいのではー? というか一緒のテントで寝れば良いじゃないですか。丁度寝床も三つありますしー」
そんな提案。それを聞いた久志は途端にわたわたと挙動不審になってしまう。
「集団行動の中で露骨過ぎると思ってたから、流石に遠慮してたんだけど!?」
その隣に居たキョーコは、声もなく真っ赤になっていた。
「良いんですよー、思う存分お二人の時間を作ってくださいー」
璃々がそう言えば、他二人もうんうんと頷く。
そして、半ば追い出されるように、久志とキョーコは先ほど建てたテントへ。
「これで思う存分、怪談を語れますよー」
「ええ!そういう理由ですかぁっ!?」
三人になったカマクラ。無月の武器でもある刀『炎舞』の炎で焚火をする中、璃々がふふっと微笑んだ。
「良いですね。じゃあ飲み物でも用意しましょう」
そうして、用意されたコーヒー片手に真冬の怪談大会が開かれる。
「心霊写真を撮りに行きまして。影のない女がいまして、キメラだって影があるじゃないですか。バッチリ撮りました」
やたら淡々と話す璃々に、エルレーンは半泣きで、無月は穏やかな表情で耳を傾けている。
「で、ヒタヒタ、此方へ駆けてくるんです。面倒だなぁと思って、自転車で行こうとしたらハンドルが動かず、いきなりスピード出て崖に落ちました」
冷たい空気。カマクラ内ではあるが、何やら寒いものを聞き役の二人が感じる。
「死亡事故があったらしいです。私は能力者なので生きてました」
あんまりな結末に、二人が複雑な表情を浮かべた。笑うべきなのか、怖いと思うべきなのか‥‥確かに迷う場面ではある。その張本人はといえば。
「能力者だと、笑い話にしかなりませんよねー」
なんてあっけらかんと話すのだった。
さて、恋人達はというと。
「あ、じゃあトランプでもしよっか?」
テントへ戻るなり、キョーコが声を上ずらせながらそう言った。
「そうだな」
そんな彼女を眺めつつ、久志はついつい頬を緩ませてしまう。そうして、コーヒーを飲みながら二人でトランプを始めた。横には、寒さ防止のために一緒に入れておいたお茶をポットにつめて置いてある。
数分後。
「う〜また負けた〜久志強すぎ〜」
むぅっと悔しそうにするキョーコ。
「僕とキョーコの相性が良すぎるんだな」
実は仕草が無駄に素直で可愛いため、何の勝負をしても手が読めてしまうのだが、久志は笑顔でそう返した。その言葉を聞いて、キョーコはまた真っ赤になる。それをごまかそうと、テントから空を見上げた。まだ、星だけが瞬いている。
「オーロラまだかな〜‥‥」
時計を見れば、既に夜の9時を回っている。
「もう少しじゃないかな。さ、眠気防止にもうひと勝負しようか」
「次は勝つんだから!」
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そうして、各々まったりと時間を過ごし、時刻は夜11時頃。
最初に気づいたのはカマクラチーム。数分おきに外を見ていた時に、『それ』が空を覆い尽くさんばかりに輝きはじめたのだ。
「うわぁ‥‥綺麗‥‥」
暗い夜空に、緑のような赤のような、ゆらゆらと色を変え、形を変えていく‥‥まさしく天空に瞬く幻想的なカーテン。オーロラである。
無月は早速雪原の上に寝転がり、オーロラと夜空を視界いっぱいに収めている。
「自然から恵みを貰い‥‥自然を枕に大自然の芸術を見る‥‥」
小さく呟く間にも、光の帯はゆらゆらと揺らめいている。一瞬たりとも同じ形では居ない。
「素晴らしいですね‥‥」
彼の口元には、自然と柔らかな微笑みが浮かんでいた。
エルレーンもしばし、声もなくオーロラを見つめ続ける。ちらちらと輝く光が、彼女の見開かれた瞳に飛び込んできて‥‥。気づけば彼女の目から、ぽろり、と涙が一粒零れていた。
そして、おもむろに持ってきていた自前のカメラを取り出し、オーロラへ向けてシャッターを切る。
「えへへ、きれいにとってみせてあげるんだ‥‥」
家で彼女の帰りを待つ師匠に見せようと、その後も何枚も写真を撮る。この四角に切り取られた写真が、彼女のなによりのおみやげとなることだろう。
そして璃々も、オーロラに目を奪われながら、持ってきていた三脚を早速セットし、カメラを取り付け撮影をはじめた。揺らめくオーロラをあますことなく取ろうと、数秒単位でカメラを調整しながら、シャッターを切って行く。その合間に、周囲の仲間達の写真を撮ることも忘れない。これも、後で焼きまわしする予定だ。
キョーコと久志も外の声に気づき、テントから出て、カマクラチームの近くでオーロラを鑑賞し始めた。
「キョーコと一緒だと必ず見れてるな‥‥祝福されてるみたいだ」
そんな言葉に、
「きれ〜‥‥あの日とおんなじだ♪」
告白された日に見たオーロラを思い出し、キョーコも笑顔で久志を後ろから抱き締めながら囁いた。
しばしうっとりとオーロラを眺めてから、写真を撮る璃々へ久志が声をかけた。
「未名月さん、写真お願いしても良いですか?」
二人を見て、璃々も微笑む。
「ええ、喜んでー」
そうして、オーロラをバックに仲良く並んだ二人に向けて、シャッターが切られた。
先ほどまではっきりと見えていたオーロラも、気づけば空の色に溶け込むように消えてしまった。
そんな一時間後。既に日付を越しているため、それぞれ寝床に戻ることになった。
「エルレーンさん、お邪魔しますねー」
「はいっ、よろしくです」
璃々とエルレーンはエルレーンが持ってきたテントへ。
「さてと」
カマクラへ戻った無月は、付けていた火を消し、出入り口をふさぎ荷物からあるものを取り出した。竜のきぐるみ。これが彼の寝袋がわりだ。
そうして、あの二人は‥‥。
「その‥‥迷惑だったりしない‥‥?」
恥ずかしさでもじもじしながら、キョーコがそう尋ねる。その姿に頬を緩ませ、
「迷惑な訳ないだろ?」
そう言って頭を撫でる久志。そして用意してきた寝袋に入ったが、キョーコは恥ずかしさで背を向けていた。しばらくして、やはり真っ赤になりながら
「寒いから‥‥そっちに寄っていい‥‥?」
と問いかける。
「いいよ。こっちおいで‥‥?」
ようやく目の合った彼女へそう優しく言えば、キョーコがぴったり隣に寄り添い‥‥。心臓をどきどきさせつつ、二人もようやく就寝するのだった。
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翌朝。
まず、キョーコが誰よりも早く起きていた。傍らの彼を起こさないようこっそり外に出ると、コーヒーを淹れる。
数分して、久志が起きるとそこにはカップを手に笑顔のキョーコが居た。
「おはよっ♪ コーヒー飲む?」
「ありがとう」
受け取って口をつけながら、
「初めてのお泊りだったね‥‥どうだった?」
そう久志が尋ねれば、
「朝起きてまっさきに大好きな人の顔が見れるっていいね♪」
眩しいほどの笑顔で、キョーコはそう答えたのだった。
さて一方。
璃々とエルレーンも起きて辺りの撮影をしたり、景色を眺めていたのだが、そんな時。カマクラから竜がひょこりと顔を出した。
「あ、おはようございます」
何食わぬ顔で着ぐるみ姿のまま挨拶する無月。
「無月さん‥‥何か可愛い」
「では記念に一枚」
隠れる間もなく、最後に璃々のカメラには、着ぐるみの無月が収められるのだった。