タイトル:雨降る寺の紫陽花マスター:壱南 藍

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/29 09:02

●オープニング本文


 日本の山奥深い場所にある寺。
 普段はその立地故、あまり人が立ち入らない場所であったが、今の季節だけ寺には訪問客が絶えない。
 その理由は庭を見ればすぐにわかる。

 鬱蒼と茂る森と接した日本庭園には、細い遊歩道が設けられ、その両脇にはたくさんの紫陽花が咲いている。
 晴天の日は勿論、雨の日もその風情を求める人は後を絶たない。
 その中には、取材でその場所を訪れた者も‥‥。

「せっかくここまで登って来たっていうのに、雨かぁ‥‥」
 黒い肩掛けカバン、手には手帳とボールペンを持ちながら、折りたたみの傘を差している男性が一人、そうぼやいた。
 とある町にある小さな新聞社、そこに一人しか居ない記者が彼だ。今回は地元を飛び出し、出張でこの場所へやってきている。
「良いじゃないですかっ、雨の日の紫陽花も風情があるってもんですよ」
 同行しているのはカメラを構えた女性。フリーのカメラマンで、新聞用の写真を撮っているのだが、最近は以前撮影したキメラや傭兵達の写真で、地元でのみ有名になっている。

 そんな二人の目の前には、薄い紫、赤寄りの紫‥‥幾種類もの紫陽花が咲き誇っていた。
 雨ということで客足はそこそこだが、それでもそこかしこで小さな話声や、シャッターが切られる音がしている。
 写真撮影はカメラマンの彼女に任せて取材でもしようか、と記者の男性が歩き始めたその時だ。

 唐突に、悲鳴とばたばたと二人の方へ走ってくる足音。

 どうしたのかと問う暇も無い。
 あっという間に見えなくなる人々を見送れば、今度はカメラマンの女性がファインダーを覗いたまま硬直していた。
「どうしたんだ?」
「‥‥カタツムリがこっちに向かってきてます」
 カシャッ
 その方向に向かってシャッターを切ると、女性は「逃げましょう!」と言って全速力で走って行く。
 確かに、見ればかなりのスピードでするするとこちらへ向かってきているのは、カタツムリのように見えた。
 ‥‥かなりサイズは大きいが。

「君、前はカメラマンだからとか言って、俺が止めても写真撮ってなかったか?!」
 自分の目の前を走るカメラマンに、男性記者がそう言えば。
「いやー、だって前に怒られちゃいましたからねっ。 キメラに会ったらすぐに逃げる、確かに写真を持ち帰れないなんて、カメラマン失格ですもんね!」
 と高らかに言った。
「‥‥いや、そういう意味じゃ、多分無いと思うんだけどな‥‥」

 その後、彼ら二人をはじめとする通報が相次ぎ、キメラ討伐の依頼が出されることになる。
 ちなみに、その時資料に添付された画像は、目撃者である女性カメラマンが撮った写真で、かなり鮮明なものであったことは、ちょっとした話題になったという。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG

●リプレイ本文

●カタツムリを駆除せよ!

「庭園の中だと、紫陽花に被害が出ちゃうよ。 何か、広い場所があると良いと思う」
 集まった場所で、夢守 ルキア(gb9436)がそう言った。
「全員で分かれて‥‥このあたりにおびき出せれば良いんじゃないかしら」
 百地・悠季(ga8270)が指差したのは、庭園内の地図に示された一角。
 丁度遊歩道が一度は通る池の周り。そこが広場のように空いているのだ。
 まずは全員で巡回し、その場所へとカタツムリを誘き出すことになった。

「梅雨時ともなると、こういう空気を読み過ぎるのが現れるのが道理‥‥したくないけど」
 悠季が呆れたように呟きながら庭園内を歩いていた。
「上手く事を収められたら、情景を楽しめたいわね」
 本来ゆっくりと眺められるはずの紫陽花を見ながら、微笑を浮かべる。と、見れば紫陽花の合間に何かが動いている。それを確認すると、広場まで踵を返すのだった。

「無粋なキメラですね‥‥」
 そう言いながら、あらゆる神経を張り巡らせ歩いているのは終夜・無月(ga3084)。
 小さな変化も見逃すまいと、視覚や聴覚、触角や嗅覚を駆使し、キメラの痕跡を探っていた。折しも雨の中、だが彼の鼻が何か独特な匂いを一瞬嗅ぎつけた。
 それはほんの一瞬、すぐにその方向へ向かえば、二体の大きなカタツムリが紫陽花の間を移動している。
 まだ、こちらに気づいていないそれを、どうにか広場まで誘き出すため動くのだった。

「それにしてもカタツムリか‥‥アレに似ているお陰で、あまりいい気はしないな」
 庭園内を巡回しながら、黒羽 拓海(gc7335)は以前赴いた依頼の事を思い出していた。今回の討伐対象によく似た、嫌な生き物を模したキメラだ。
「まあ、殻の無いアレよりはマシなんですけどね‥‥」
 隣に居て、一緒に見回りをしているのは義妹兼恋人の黒羽 風香(gc7712)。彼女も以前拓海から聞いていた生き物を思い出しそう呟いていた。
「んー、見当たりませんね」
 風香がそう言いつつ、辺りを見回していると、視界の奥、寺の中へ這い上がろうとしているカタツムリキメラを発見した。
 それをどうにか、決めた地点へと誘き出そうとする。
「向こうか?」

 探査の眼を発動させ、更に双眼鏡を覗いていたのは、メシア・ローザリア(gb6467)。赤薔薇の模様のレインコート姿は雨の中でも良く映えていた。
 その近くには、こちらは紫陽花の浴衣を纏い、帯にアサシンダガーを挟んだ格好の未名月 璃々(gb9751)が居る。彼女はバイブレーションセンサーで辺りを探っていた。
 と、璃々が近づいてくるカタツムリをいち早く見つけ、二人で広場へと向かうのだった。

 ルキアもレインコートのフードを被った状態で、バイブレーションセンサーを使い辺りを探っていた。
 しかし、こちらは何も見つからず‥‥、その足でぐるりと回って広場へと辿りついてしまうのだった。

「雨の日の庭園は風情があるが‥‥キメラねぇ‥‥。 早いところ片づけて庭園を見て回りたいな」
 辺りを見回し追儺(gc5241)がそう呟いていた。彼としては庭を見て回りたいのだが、プロとしてキメラを掃討することが先だ。しかし、目につく範囲には何も現れない。
 そのまま歩いて指定されていた広場へ行けば、一番乗りをしてしまった。別の方向へ向かおうか、と思っている矢先、無月とメシア達がほぼ同時に、後ろにカタツムリを従え走り込んできたのだった。

 広場まで出ると、無月は一転して手にした魔剣を構え、一気にカタツムリへと叩き込む。
 それは目にも止まらぬ、といった様子で、数体を相手取りながら、舞うかのような剣さばきを披露していた。
 その間、ずっと雨を凌ぐために差しかけていた混元傘で、カタツムリが伸ばしてきた首を押さえこみ、更に剣で一撃。
 それは戦闘なのだが、同時に風流な姿でもあった。

 敵へと練成弱体をかけた璃々は、そのまま敵から離れる。
「頑張ってくださいー」
 そう言いながら、紫陽花とカタツムリを写真に手早く収める。
 入れ替わりに、メシアが仁王咆哮で二体を引き付けて、盾を掲げながら自身障壁で身を守る。
「皆様、引き付けておきますので今のうちに!」
 それに応じるのは、つい先ほどここへ来た悠季。強化した脚に装着するタイプの超機械で隙を与えず、蹴りあげる。
 更に無月の攻撃が一閃。
「未名月様、貴女も支援して下さいませね」
 流石に無傷とはいかないメシアが、後ろで写真を撮る璃々へ、声をかける。
 その言葉に、メシアへ練成治療を行いながらも既に全員が集まった場で璃々が、それまで見たカタツムリキメラの解析結果を報告した。
「表面は非物理攻撃が良いと推測します、弾力があるので。殻は斬撃より、刺突の方がいいでしょう」

 その間にも、やたらと好戦的に動いてくるカタツムリを、悠季が呪歌で押さえ込み、その隙に無月が切りこむ。
 無月が切り込んだ後に、メシアが追撃する。
 気づけば、この騒ぎに気付いたのか、更に三体ほど何時の間にやら近づいてきていたカタツムリ。
 それにいち早く反応したのは無月。少々の距離も瞬天速で近づき、剣が一閃すればカタツムリにとっては致命傷となっている。まさしく目にも止まらぬ、といった様子だ。
 そうしているうちに、そこまで大きくないものも数体現れ、それは悠季やメシアが連携して倒していく。

 また、別の方向ではカタツムリを視認すると、合流したルキアが知り合いでもある追儺へと声をかけた。
「同時進行したら、早いと思うんだ。 追儺君、タッグ組まないー?」
「ああ」
 追儺へと強化を施した後、二人は別方向から向かってきている二体を前後から挟撃する態勢を取る。
 ルキアが一定距離を保ちながら、強化したエネルギーガンで攻撃すれば、その死角から追儺が、殻と体の節目や、首の根っこといった辺りを重点的に刀で切りつけていく。
 少々皮膚は攻撃を弾いてはいるものの、反撃しようにもルキアは相手からの攻撃が届かない場所に、追儺は常にカタツムリの側面へと回り込んでいるので、カタツムリも反撃ができない。
 最後の力を振り絞ったように首を回すものの、そこをルキアに狙い撃ちされ、追儺が止めの一撃を振り下ろした。

 そこに合流した拓海と風香。拓海は自身が誘き出したキメラへと、手にした刀『血桜』で切りつけ、更に脚爪で蹴りを見舞う。
 拓海が離脱すると、風香が手にした弓で殻から出た部分を狙い、射る。だが、それが弾かれてしまうため、急所突きを使ってから更に一本打ち込む。どうやらこれは効いたようで。
 その間に、拓海は距離を置くと鬼剣・破刃を使い、重い一撃を上からカタツムリへと叩き込んだ。

 しかし、こちらも一体どこに居たのか、更にカタツムリは増え、いつの間にか拓海が二体に囲まれてしまった。同時に攻撃されそうになったところを、拓海は回転舞を使って脚爪で空間を蹴り、空中へと逃れる。
 その合間に、今度は即射を使って、風香が弓を連射。ここでルキアと追儺も応援に駆け付けた。

 後から後から現れるカタツムリを、上手く連携することで一匹ずつ確実に仕留めていく。
 気づけば、どこにこんなに隠れていたのか、というほどのカタツムリの屍が小山となるのだった。


●守られた景色

 数分後。
 ようやく、辺りに静寂が戻った。

 一通り目に入る場所を確認した後、ルキアが辺りをバイブレーションセンサーで確認する。
 とりあえずは、近場に自分たち以外大型で動くものは居ないようだということが解った。
 とはいえ油断は出来ないので、全員でもう一度手分けして庭園内の巡回を何度か繰り返し、何処にもカタツムリキメラが残っていないことを確認する。それが終わると、一旦戦闘を行った池の近くへと戻ってきた。
 戦闘はこの場所だけだったため、被害は思っていた以上に少なく済んだ。しかし、周りに植えられていた紫陽花や遊歩道には少々被害は出てしまってはいる。
「はぁ‥‥やってしまいました」
 風香が思わずため息をついたものの、全員で片づければ何とかなる程度だ。
 遊歩道を出来る限りで直し、紫陽花を植え直す。
「この美しい庭の為ですもの、協力は惜しみませんわ」
 メシアの言葉通り、全員の思いは同じで。
 一時間もすれば、辺りは元の静かな庭園の姿を取り戻していた。

 総出での後片付けも大体終わったところで、集められたカタツムリキメラを眺めていたのはルキア。
「‥‥みかがみ君、美味しく料理出来ない?」
「エスカルゴ料理もありますから、後でやってみましょうか」
 顔なじみである無月にそう尋ねつつも、既にちょっと切って食べて見たりしていた。


「ああ、ご住職。 今年も、綺麗な紫陽花が咲きましたね。 手土産です、お納め下さい」
 メシアからの連絡を受けて帰ってきた住職へ、璃々が事前に買ってきていた芋ようかんを差し出す。
 キメラ退治をしてもらった上にと恐縮する住職へ、璃々が微笑む。これでより安心して写真が撮れるということもあって彼女の表情は明るい。
 その足で、小隊の隊長でもあるメシアの横顔と紫陽花のツーショット、寺と紫陽花、他の仲間達との写真を撮って行く。
「それにしても、貴女の様なカメラマンが他にもいたのね」
「そうですねー」
 依頼にあった写真を思い出し、メシアがそう呟いた。璃々も言われ依頼書を思い出していた。
 しかし、より間近の写真も戦闘中に取れた上、戦闘中の仲間の写真も撮れていたため、矢張り璃々は満足げ。
 そうして、一通り撮り終えた頃、芋ようかんとお茶を持ってきた住職と共に、璃々はお茶の時間を楽しむのだった。

「それにしても、とても美しく咲き誇っているわ」
 写真撮影が終わったメシアも、紫陽花をゆっくりと見ていた。
「確か、紫陽花の花言葉は‥‥移り気、ね」
 自身が身に纏う薔薇とは違った、落ち着いた色合いの花を見ながら、彼女は心の中で呟いていた。
(わたくしは、わたくしを庇い死したあの方を思い、移ろう心を封じてしまいましょう)

 ルキアはと言えば、紫陽花を見つつも蛙やカタツムリを探して遊んでいた。先ほどまで着ていたレインコートは脱いでいる。曰く、「雨の中は濡れながら、遊ぶのがダイジ」ということであった。
 軒先で写真を撮ってもらったり、同部隊のメシアや璃々へと、
「見てー、見つけた!」
 と言いながら、手にした蛙を見せに行ったり、こちらはこちらで満喫しているようであった。

「たまの休息も大切だ。 自分達が守ったものを見るってのも良いだろうしな」
 追儺はそう言いながら紫陽花を眺めて歩いていた。
 一通り見終わった後は、寺で知り合いであるメシア、ルキア、璃々達と話したり、写真撮影してもらったり、一緒にお茶を飲んだりして、束の間の平和な時を過ごすのだった。

 写真撮影組からは少々離れ、無月は散歩しながら紫陽花鑑賞をしている。
 静かな庭園で、ゆったりと時は流れていく。たまにはこんな風流な日もありだろう。傘を差しながらそんな時間を満喫しているようだった。

 悠季もゆっくりと、今度は風景を楽しむために遊歩道を歩いていた。
「こういう優美な眺めを維持して、後々に繋げたいものよね」
 頷きながら、時間をかけてぐるりと庭園を見て回って行く。

 一方、拓海と風香は寺でお茶を飲んでから、庭園内を散策していた。
 拓海としては、最近あまり風香と一緒に居られていない分、風香の好きに甘えさせるつもりである。
 風香としては、自分だけズルい気もしつつ、拓海に軽く寄り掛かったり、手を繋いでみたり、甘えていた。
(折角だし、あの人にこの庭園の写真を送ろうかな)
 ふと風香が思うのは、拓海を共有する幼馴染のお姉さん。
 先ほど璃々が撮影していた写真を貰えないかな、と考えていた。


 いつの間にか上がった雨。
 こうして守られた紫陽花の葉の上で、水滴が光り輝いていた。

 余談ではあるが、その後無事観光客も戻ってきて、紫陽花のピークが過ぎるまで、また参拝客で賑わうようになったのだった。