●リプレイ本文
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「ちょっと前まで桜だったけど、もう夏アルね」
そんな台詞を呟きながら、自分の屋台の準備をしているR.R.(
ga5135)。彼の屋台は生業でもある中華料理だ。食べやすいものとして、切麺(チェンミェン)と肉饅頭の下準備を始めている。切麺には、会場である沖縄で採れた魚介を。肉饅頭に使う材料も、直に調理が出来るよう、切って下味をつけていく。
手際良く自身が手がける屋台の準備を終わらせると、隣近所の屋台へと顔を出す。
「材料を切るくらいなら任せるアルよ」
周りの手伝いが済んだ頃には、祭りが始まり客足も増え始める。地元の魚介を炒めて作った切麺や、食べ歩きに最適な肉饅頭の匂いにつられ、入れ替わり立ち替わり客足は絶えない。
R.R.は、自身が濃い味付けにしてしまいがちなことを考慮して、自分にとっての薄味で作っている。それをたくさんの人が美味しいと喜んでいく様を見送り、満足の表情を浮かべていた。決して高級飯店ではない、たくさんの人にたくさん美味しいものを食べてもらう、がポリシーの彼にとって、これほど喜ばしいこともなかった。
一方、必要な材料を用意された屋台の前で、海賊少女が不敵に笑っていた。彼女の屋台はたっての希望で海に一番近く、逃げ場のない、普通の屋台が出店を最も渋っていた場所。万一キメラが現れても、自分が標的になるという、それは覚悟の表れだった。少女、ビリティス・カニンガム(
gc6900)の想いは実行委員を通じて地元民にも届き、それならと周辺に出店を決めた屋台も多々ある。
「おっしゃ、目一杯盛り上げていこうぜ!」
そう言い屋台の上に、針金の入ったジョリーロジャーを掲げ、店頭には海賊船の帆船模型、おもちゃのマスケットや宝箱、宝の地図を設置していく。彼女自身は、ジョリーロジャーがプリントされたバンダナで頭を巻き、ボーダーシャツ、黒ズボン、首にスカーフという海賊船員風の格好だ。そして、下ごしらえが終わると、元気に営業を開始した。
「ビリィ・ザ・バッカニアの海賊ステーキだぜ!」
バッカニアというのは猟銃で仕留めた獲物の肉を捌き、大西洋を渡ってくる航海者に売って物資を得ていた海賊の名である。
それにあやかり、鉄板の上で分厚い肉切れを焼き、何時もは武器として使っているマチェットでぶつ切りにしていく。味付けは、客の嗜好に合わせて、数種類取り揃えてある。その豪快さと、海賊風の雰囲気に足を止め、注文してからその調理風景を眺めていく客達。
出来上がり差し出されるパックの中には、肉と一緒に下ごしらえしてあったキャベツの千切りが入っている。
「キャベツがありゃ胸やけが防げるぜ!」
材料が尽きた時には、用意した札をかけ、屋台を一時閉店に。
『海賊ビリィ逃亡中!』
札にはそう書いてあり、たまたま通りがかった客達の目を楽しませていた。
そして、昼も数時間が過ぎた頃。ビリィは屋台を閉め会場を見て回り始める。服装は借りた琉装へと変え、色々な屋台で買い食いをしつつ、爬龍船の乗船体験場へと差し掛かった。色鮮やかな龍の船に、一般客に混じって乗り込むビリィ。ノリノリで漕いで、ぐるっと辺りを一周。祭りも目一杯楽しむのだった。
まだ準備時間中の会場事務所。そこで、入間 来栖(
gc8854)の浴衣を未名月 璃々(
gb9751)が着つけていた。璃々は瑠璃色の浴衣に銀の髪飾りを刺した格好、来栖のものは薔薇の柄が入った可愛らしいものだ。そんな時、入口から視線を感じる二人。璃々が来栖を逆側に向かせてから、扉を開く。見れば、そこに居たのは甚平姿のサウル・リズメリア(
gc1031)だった。
「うーん、やはり俺としては年上の方が‥‥」
そこまで言い終わる前に、璃々によって蹴り飛ばされる。覚醒していないものの、その脚には脚甲が装備されていた。痛いはずだ。が、音を立て閉じられた扉の前で、けろりとしつつ、
「いや、巨乳の方がいいんだけど、体が勝手に引き寄せられてよ」
呟き頷いてから、お決まりは達成したと言わんばかりに、祭り会場の方へ歩いていった。サウルの担当は祭り会場全体の護衛である。他の仲間達が屋台に付きっ切りで護衛をしているため、そこと連絡を取りつつ、彼はあるものを安価で配り歩いていた。その名も『サウル茶』。味は‥‥な代物である。
「あんたも漢になれる、サウル茶だぜ!」
釣られて呑んだ人達は悶絶するはめになるが、その頃には既にサウルの姿は無い。
一方、サウルを蹴りだし、わたわたしている来栖の着付けを再開する璃々。最後に浴衣とお揃いの薔薇の髪飾りを元々しているリボンに合わせるように飾る。
「はいな、これで大丈夫ですよー」
「ありがとうございます♪」
初めて袖を通した浴衣に、来栖はご機嫌である。
その姿で、来栖はたこ焼きとお好み焼き屋台が隣同士に立っている場所にやってきていた。本日彼女が手伝いを行う店である。
「家では家事担当でしたので、高いところに手が届かない以外は大抵のことが出来ます。そうじが出来ますし、たこやきも、おこのみやきだって作れます!」
その言葉通り、てきぱきと彼女は準備から販売までの手伝いを行っていく。材料の下準備は勿論、調理の手伝い、道具類の片付けやゴミの仕分けを頼まれると、
「ろじゃーです!」
と明るく了解し手伝いをこなしていく。勿論、この場所にキメラが現れることも想定し、合間合間に双眼鏡で周囲を警戒することも忘れない。
屋台主の手がようやく空いてくる昼も二時間ほど過ぎたところで、栗栖は持ち込んでいたお茶を、他の屋台の手伝いや、屋台自体を切り盛りする仲間達へと差し入れに行く。
「特製ブレンド茶です。ご飯が美味しくなります」
手が離せなかったり、食べ歩きをしていた仲間達に感謝されつつ、会場を渡り歩くのだった。
他方、来栖の着付けを終えた璃々は護衛を希望していた屋台へ。他の仲間達が居る屋台よりも爬龍船の近くなためか、片手で食べられるような軽食や飲み物を取り揃えている、やや大きめの屋台だ。
「沖縄の海ですかぁ。やはり夏が書き入れ時でしょうし、大変ですねぇ」
と屋台主のおばさん達に言いつつ、持ってきたカメラできらきらと輝く海や、その海に浮かぶ爬龍船を撮影していく。祭り開始直後こそ、海を警戒し爬龍船の体験乗船も閑古鳥が鳴いていたが、傭兵達が来ていることが浸透してか、一時間ほどした頃には乗船を希望する客も来るようになっていた。
「海にも敵がいるかもしれませんし、気は抜けないです」
護衛と言いつつ、体験乗船の係員に有難がられながら、そんな客と共に璃々も爬龍船へ乗船する。護衛なので漕ぎはしない、と理由をつけながら海上から見える海、祭り会場、体験している客達や爬龍船の姿をカメラに収めていった。その合間に係留所でお茶を配り歩くサウルと出くわす。よく依頼で一緒になり、顔なじみの二人である。つまり、相手のことを多少なりと知っているわけで。この時もサウルが手にしたお茶を見た璃々が突然。
「あ、あのビキニの方綺麗ですねー」
「何っ?! どこだっ!」
釣られお茶から目を逸らした一瞬を見逃さず、璃々は彼が紙コップに注いであったサウル茶を、彼の口へと放り込んだ。
「ぐぁぁっ、す、ストップレスの巨乳美女が見え、る‥‥」
痙攣しながら悶えるサウルをいじった所で、璃々はさっさと屋台の警護へ。放置されたサウルは、数分悶えた後、ようやく立ち直り、「やられたぜ」とあっさり言って巡回へと戻る。
そんな警護中、不幸にも彼の目の前で喧嘩が発生していた。どうやら若い学生数人のようだが、
「喧嘩してるやつはいねぇがぁぁあ!」
そんな声と共に、サウルが乱入。喧嘩している双方を覚醒は勿論せずに、お灸をすえる。が、今度は近所にいたR.R.がそれを仲裁。率先して喧嘩をしていたサウルは叱られることになるのだった。
そうこうしているうちに午後。サウルはといえば、ナンパという形で祭りを満喫していた。
「なぁ、今からハーリーでも一緒にどうだ? 俺はサウル、雇われた能力者だぜ」
発言は笑顔だが、どこかウザさも醸し出している。
そんな風に見かけた女性をナンパしていくのだが、ある女性は遠くから「おかあさーん」なんて声がかけられ、あっさりとスルーをされてみたり、爬龍船で数人のノリが良い女性達と会えば、とんとん拍子に体験乗船の漕ぎ手をさせられたりしていた。しかしそこはサウル。むしろハーリーを全速力で漕ぎ、それはもう無邪気に遊ぶのだった。
結局その後、あっさりと女性達は待ち合わせていたらしき彼氏達と居なくなり、そう思っていれば、女性は女性でも、幼稚園児くらいの少女が泣きじゃくっていたのに出くわし、一緒にはぐれた親を探したりもした。その後には、母国では貴族なためにやったことのない買い食い初体験、と称して屋台のメニューを片っ端から制覇にかかったりと各所で遊び尽くすのだった。
会場の一角。その屋台で目を引くのは、微笑みを湛えた屋台主。美しい銀髪を鈴の付いた紐で高く結いあげ、露わになったうなじが艶めかしい。そうかと思えば、浴衣の合わせが大きくはだけ、たわわな胸が零れそうになっている。性別を問わず、目のやりどころに困らせられる美女は、覚醒した終夜・無月(
ga3084)である。しかも、そんな格好にも関わらず、迫力ある調理で客を魅了していた。
注文を受け、にこりとほほ笑んだかと思えば、手にした肉や魚を空中へ高々と放り投げる。次の瞬間には両手に持った包丁が一閃。気づけば捌かれたそれが、まな板の上に鎮座していた。そんな荒業の後だというのに、食材の新鮮さは損なわれていない。歓声が上がるが、その合間にも今度は色取り取りの野菜が、またも空中へ。傍で見ている人々には魔法のような一瞬の間に、別の包丁が両手に握られている。幾筋もの閃光。気づけば、これまた何時の間にか手に持ったまな板で受け止めている。そして調理場にまな板を置きなおすと、眼にも止まらぬスピードで微塵切りにしていく。材料が揃うと、幾つも置かれた鍋やフライパンを一人で同時に操っていく。つい先ほどまでスープを優雅にかき混ぜていたかと思えば、炒め物は高く空中を舞い、フライパンの上に乗った肉をフライ返しで高く躍らせるように返す。ソースなども市販のものではなく、その場で作っていく。泡立てすらも美しい。
「お待たせしました」
そう言って並べられるのは和洋中からデザートまで、つい先ほど客が『何でも』と聞いて頼んだものばかり。無月の調理姿を眺めているだけだった客達も、すぐさま新しく注文をしていく。無月は、微笑んでまた超絶技巧の調理を繰り広げていくのだった。
そして昼過ぎ。無月の屋台に来栖が差し入れにやってきた。と、来栖の通信機に、璃々から連絡が入る。爬龍船の船着場に、タコのような姿のキメラが現れたというのだ。直ぐに向かえば、煙草をふかし祭りを見物していたR.R.が避難誘導をしている。来栖もそれを手伝い、無月は璃々とキメラを包囲する。そこにはぱっと見おもちゃのようなデフォルメされたタコが数十匹、海から祭り会場の方へ入ってきていた。
「このかけがえのない場所を護ります‥‥、護ってみせますっ!」
璃々や無月が攻撃する間、誘導から戻った来栖も二人の支援を行う。あっという間に、三人の周囲にはこげ落ちたタコが山になっていた。念のため周囲を確認するが、これ以上キメラの仲間は居ないようなので、護衛として来栖と璃々がその場に残り、祭りは再開。
ちなみに、そのタコ達は無月が美味しくたこ焼きやお好み焼きに調理して、仲間達に振舞った。
また、他の屋台では。
「お手伝い兼、護衛頑張りますね!」
焼きそば屋台の中、そう屋台主に挨拶しているのは鈴木 悠司(
gc1251)。その横で、
「‥‥あー‥‥祭りね。良いんじゃない? ぼちぼち楽しませてもらうよ」
そう呟くのは鈴木 庚一(
gc7077)、悠司の兄である。
「海の家での焼きそばとかって美味しいしね!」
ちなみに本人曰く、焼きそば屋台なのは、自分が食べたいから、という訳じゃないらしい。
「俺は何を手伝いましょうか?」
言えば呼び込みを頼まれたので、悠司は屋台前に立っていた。しかし二人が居るものの、やはりキメラの襲撃を気にしている屋台主に庚一はさりげなく。
「‥‥あー‥‥まあ、俺らも居るし、そう肩肘張らんでも大丈夫だ。‥‥いざという時には何とかするしね」
とフォローを入れている。
「いらっしゃーい! 美味しい焼きそばだよっ! 寄って行ってね!」
優しげな笑顔と明るい声に、主に女性が足を止める。祭りが始まって一時間もした頃には、店の中もてんてこ舞い。
「っていうかさ、庚兄ぃも手伝おーよ」
「‥‥あー‥‥というか、俺も確り手伝ってるよ。ほら、こうして」
悠司が手伝いに走り回る中、屋台の奥で突っ立ってる庚一。煙草を吸いそうになって悠司に怒られたりという一幕もありつつ、昼も回って、ようやく客足も落ち着く。せっかくだし祭りを回ってきたら、という屋台主の言葉に悠司と庚一は連れ立って祭り会場を巡回と言う名目で歩き始めた。先程までは祭りの云わば盛り上げ役だったが、やはり参加者としても楽しみたい。そんな悠司は庚一を引っ張っていく。
「ほら、庚兄ぃも行くよっ!」
「‥‥あー‥‥はいはい。んじゃ、行くかね‥‥」
二人で歩き出すと、ふと小さい頃の事を悠司は思い出していた。
「そういえば、庚兄ぃと二人で出かけるのって久しぶり?」
「言われてみれば‥‥」
「何か変な感じだねぇ。お祭りとか庚兄ぃ似合わないし」
言われ、そもそも兄弟と一緒な事自体が珍しいことに庚一も思い至る。
「でも小さい頃は、近所のお祭りとか、手ぇ繋いで一緒に回ったっけ」
淡い思い出、さすがに今も手を繋ごうとは思わないものの、悠司は居心地が良いように感じていた。
「なんか、こういうのも良いね」
「‥‥お前は変わらんねぇ‥‥」
楽しそうな悠司を見ながら、自身も変わらないから一緒なものの、弟と一緒というのは、どうも駄目な気がする兄だった。
そう言いながら『折角だから』と冗談交じりに悠司が言えば、庚一に奢られて一寸、子供に返った気分を味わう。
そうやって歩いていけば、仲間達が出している屋台を通りかかる。浴衣姿の璃々や来栖、無月。その姿は祭り会場に良く似合っていて。
「可愛いね。皆良く似合ってる。お祭り気分も盛り上がるね」
そう笑顔で言えば、庚一は「色気より食い気かと思ってたけど、浴衣の女の子褒める位の甲斐性はあるわけね」と妙な関心の仕方をしていた。
こうした全員の働きの甲斐もあり、祭り会場は終日楽しい雰囲気に包まれるのだった。