●リプレイ本文
陣地はここに
●下準備編
目標地点から、西側に数百メートル離れた丘の更に向こう。周囲を警戒しながら功刀 元(
gc2818)がバイクを走らせていた。彼は他のメンバーから先行し、陣地に相応しい場所の斥候を行っている。
「えーっと、この辺りなら‥‥」
バイクを止めたのは、目標地点とは逆側に下った丘の中腹。
「ちょっと斜めすぎかなー‥‥でも、これだけ起伏があれば見つかりにくいかな?」
辺りへの警戒を緩めず、丘の上へと歩いて行く。そして丘の天辺まで来ると東側へ視線を投げた。
「あれですかー。うん、これだけ距離があれば、直には見つからなさそうですー」
辛うじて小さく見える、建造物らしき影。さっと丘の下を眺めるが、特に危険そうなものは無い。
「見晴らしは抜群、今来た道を使うなら敵は飛ばない限り迂回しなきゃいけないしー」
ぶつぶつ、と候補地についたらチェックしようと思っていた項目をなぞり。
「予定のポイントに到着しましたー。こちらの状況を報告しますー」
無線機を取り出すと、後方から荷を運んでくる今回の試験仲間達へ、連絡を取るのだった。
話は遡り、カンパネラ学園分校前。今回の試験に挑む四人の姿がそこにあった。
「えと、必要そうな物のリストを作ってきました。お願いしますっ」
顔を合わせて打ち合わせた後、まずは必要物資の確保‥‥ということで学校前で待機していた教員にそう言ってリストを手渡したのはヨグ=ニグラス(
gb1949)。学校側には一度、あるかどうか確認してあったものをリスト化して最終確認してもらう、という形だ。
「それと、これもお願いしますー」
更に追加のリストを未名月 璃々(
gb9751)が差し出した。そこには、設営道具はもとより、居住空間には必要と思われるものが一通り記入されている。ヨグのリストが用具や生活物資、璃々のリストが調査用具と言った具合だ。
受け取った教員が、ふとリストのあるものに目を止めた。
「ボードゲーム? これは?」
「あ、見張りを交代して休むにしても、暇つぶしは必要かと思って」
そう、ヨグが説明する。
「なるほど。では、倉庫からの持ち出しを許可する」
サインされたリストが二人に返された。
「じゃあボクは斥候に行きますねー」
「はい、よろしくお願いしますっ」
物資運搬を三人に任せ、元は一人先行することに。これも先の打ち合わせで決めていたことだった。
「実習は苦手ですが、医者を目指しているので頑張りたいところですー」
「今回はわたくし、サポートに回らせていただきますわね、未名月様」
倉庫へ向かう璃々の隣。迷彩服に赤薔薇の腕章、そしてロザリオを下げた出で立ちのメシア・ローザリア(
gb6467)が居る。彼女の小隊の隊員でもある璃々と共に、今回の試験に参加しているのだ。
倉庫に付くと、リストに書かれたものを三人で手分けして運び出す。既に倉庫前にはこれまた申請しておいたトラック二台が置かれていた。一台には現地までの運転手つきである。テント用具一式や調理器具、ライトやスコップ‥‥そういったものを運び出し、一つ一つリストと照らし合わせてからトラックへ。一時間も経たないうちにそれぞれのトラックに物資が詰め込まれた。
「じゃあ、お願いします」
ヨグが乗り込んだのは運転手のいるトラック。
「ローザリアさん、よろしくお願いしますー」
「ええ、では参りましょうか」
もう一方、メシアが運転するトラックには、璃々が同乗している。
そして、三人は先行する元からの情報を聞きつつ、陣地となる場所へと向かったのだった。
「お待たせしましたっ」
「あ、こっちですー」
西から始まり、南側の丘、東側の海沿い‥‥までを元が調べ終わったところで、ヨグ達からもうすぐ到着するとの連絡が入った。南側は少々丘が低く、東側は視界が悪く撤退もしにくい、との報告からひとまず西側の丘へと集まることとなったのだ。
既にそこへ戻ってきていた元は、バイクからアーマー形状にしたAUKVを身に纏って、地面にがりがりと大雑把な設置場所の当たりを書いていたところ‥‥二台のトラックがやってきた。
「向こう側はどうなってるんですかー?」
トラックから降りた璃々がそう尋ねる。
「割となだらかな斜面が続いてますー。結構距離あるし、こっち側に居れば問題ないかと。ここもちょっと斜面になってますけど、この辺りならテントも立てやすそうなので、大体の目安を書き込んで置きましたー」
元がそう集まった三人に報告する。
「一応、もう一度周りの確認をしておきませんかっ?」
「そうですねー、それから設営でも遅くはありませんしー」
ヨグの言葉に璃々も同意し、元とメシアも頷きを返した。そして、四人で手分けをし、四方を確認しなおす。
幸い、目につくようなものは発見されず、この場所に陣を敷くことになった。
●陣地敷設
「まず設営に必要なものはこれだけですわね」
下準備に必要な道具は先に出し、元とヨグが先行してテント設営を行っている間、璃々とメシアは荷降ろしを行っていた。
「後はトラックに積んで置けば、邪魔にならないですねー」
「ええ、それではわたくし達も、設営に加わるとしましょう」
設営箇所に戻ると、既に杭をうちロープが張り巡らされている。
「ああ、そうですわ。これを下に敷いてからにしましょう」
そう言って、メシアが持ってきた防寒シートを広げる。
「底冷えが、一番恐ろしいわ」
「ですねー、特にここでは」
確かにグリーンランドだけあって、雪も多く寒い。
「じゃあボクはこっちに」
聞いて、ヨグもシートを別のテント下となる場所へと運び、設置。その間に、元はテント自体の設営も始めていた。そして約一時間後‥‥二つのテントがそこに完成する。
「天幕はこっちにしようかとー」
事前に書き込んだ場所を示しながら元が言う。
「じゃあ次は天幕ですねー、持ってきますよー」
「ボクも手伝いますねっ」
そう言って、璃々とヨグが再びトラックへ。そんな三人の様子を、メシアは穏やかな瞳で見ていた。彼女はこの場で唯一の非学園生。そして、この試験においては自らをサポート役にして観察役と位置付けている。手が空き、尚且つ自身へ注意が向いていない時を見計らい、持ってきていたメモに気づいたことを書き込んでいくのだった。
そうして、現地到着から二時間後、要と言うべきテントや天幕設営が完了した。
「後は持ってきた物を運びこみますかー」
「そうですねー。それが終わったら、私はちょっと北にあるっていう川に行ってきますよー。ここで水が必要になった時、使って良いか確認しておかないとですしー」
元の確認を取る言葉に、璃々がそう答えた。
「えと、ボクは隠れる場所を作ったらどうかなっと。スコップもあるから穴を掘ったら隠れられないですかね?」
「そうですわね。搬入が終わり次第、手分けして行えば良いのでは?」
ヨグの言葉に頷きながら、メシアがそう纏める。そこから、トラックとテントとの往復が始まった。
トラックに残るのは日用品として使うものばかりで、それほど大きなものはない。調理器具や食料、その他諸々を大体半分ほどにして、二つのテントへどんどん運びこみ、片隅へと積んでいく。
元々設置したテントも一つが十人程なら余裕を持って眠ることができるものだ。それなりの物資を積んでいっても、別段邪魔というほどではない。どちらのテントにも足りないものが出ないよう運び込み、更にリストを取り出しもう一度全員で確認。
一通り終わる頃には一時間半ほど経過していた。
「では、私はちょっと川の方に行きつつ、周りの確認もしてきますね」
「あ、いってらっしゃいー」
元がそう言って、ヨグとメシアも彼女を見送る。
なるべく隠密行動を、ということで璃々は一人で数百メートル先の川へと向かっていく。何かあった時のことも考え覚醒こそしているが、本来ならその際に生じるオーラのような変化は隠していた。
一方残った三人は、ヨグが提案した隠れ場所用の穴掘りを行っている。隠れる場所だけでなく、トイレ用にも掘らなければいけない。ということで三人はそれぞれ場所を決め、必要な穴掘りを行う。一時間もして、璃々が戻ってきた頃には、テントから数メートル離れた場所に、数人はいっぺんに隠れられそうな穴、それとは別にテントの両サイドに二つ、トイレが設置されていた。
「ただいまですー」
「おかえりなさい、未名月さん」
「おかえりなさいー」
「どうでした? 北側の方、時間なくて見て回れなかったんですよー」
元がそう尋ねる。
「聞いてた通り、ちょっと広い川が流れてました。でも平地なんですよねー。遮蔽物が少ないので、少し上流から様子を見てみましたー」
「そうですかー。敵が見えるところまで近づけば、こちらも見つかってしまいそうですね」
「ですねー。あ、水は綺麗でしたけど、後で有害物質が無いか確認しておきますねー」
そう報告を締めくくった。
「さて、後は‥‥」
「この周りに、音が鳴るような仕掛けをしませんかっ?」
ヨグの言葉に璃々が答える。
「侵入者感知ですねー。やはり地雷式の罠、でしょうかー」
「どのようになさいますの?」
メシアが尋ねると、淡々と璃々が答える。
「こう、筒の中にスイッチ式で点灯するランプを入れましてー、上から綿で覆って、やや重みのある板などを載せれば、踏み込んだ時にランプが光るはずです。地面の中にコードを通して‥‥と言うものがあるんですが」
そこまで言って、言葉を一度切る。
「理論では簡単ですが、行うとなると難しいですね」
下準備も必要になる上、動作不良が起きては元も子もない。しかもそれを敷いた陣地の周辺全てに行うのは、手間も時間もかかってしまう。しっかりした一個団体の陣地ではなく、少数用の陣地。そこまでしっかりした仕掛けを施すまでもない、と言えばない。
「えと、人が通りそうな場所に、この釣り糸張ったらどうですか? で、何か音が出るようなものをつけてー」
ヨグがそう提案した。
「なるほどーそれなら、結構簡単に出来そうですー」
それに元が頷く。
「ですねー。落とし穴も、外側に掘っておきましょうかー」
「そうですわね、隠れる場所は作ってありますけれど、その他に侵入者を足留出来る物は必要、ですわね」
璃々の言葉にメシアが賛同する。
「じゃあ、また分かれて設置にかかりましょうかー」
「では、わたくしは探査の目で周辺を警戒しておきますので、気にせず準備を進めてくださいませ」
「よろしくお願いしますー」
メシアの言葉に元が笑顔でそう返した。彼女は大体の作業が終わってきたことから、行動観察や、この陣地を作る現実味を醸し出すために別行動を取っているのだった。遠方の確認を行える能力者がこの場では彼女だけだったことも、それに一役かっている。
(知識は培うもの。主よ、人の子も、こうして育っているのです――)
丘の向こうを眺めながら三人の様子を観察し、心の中でロザリオへと語りかけるメシア。そうとも知らず、三人の学園生達は懸命に罠の設置に取り掛かっていた。
「逃げられるようにしとかないとっ」
杭を陣地から数メートル離れた周辺に打ちながら、ヨグが言った。
「ですねー。無駄な戦闘は、極力避けるに限りますー」
元々が戦闘に関してのやる気がない璃々は深く頷きつつ、釣り糸を人の足首辺りへ次々と張って行く。二人が釣り糸の仕掛けを施している間、更に外側では元が穴を次々と掘っていた。
そうして、周囲への仕掛けが終わった頃。
「こっちも穴掘り終わりましたよー」
「ご苦労様ですー」
スコップ片手に、元が戻ってきた。
「こちらも、別段変ったことはありませんでしたが、油断は禁物ですわね。こんな目と鼻の先に敵が居るのですから」
真剣そのものの口調に、三人も改めてここが敵地の近くであることを思い出す。幾ら静かだからといって、油断は出来ない。
「えと、あと火を使った時の遮蔽物、作ったらどうでしょうかっ。夜このまま使うと、結構目立っちゃうかなって。さっきから掘った土とか、雪もありますしっ」
ヨグが指し示す先には、先ほどから掘った穴の土と雪が山になっている。
「ああ、なるほどー。確かに夜なら目立ちますねー」
「じゃ、火を使いそうな、テント横に作りますかー」
璃々と元がそう返し、早速準備に取り掛かる。メシアもそこに加わりながら、警戒は怠らない。
スコップで土をある程度盛って、崩れないようにする。これで火を使っても視認はされないだろう。
「うん、良い感じじゃないですかー」
元がそう満足げに言い、
「そうですねー。大分陣地らしくなりましたねー」
璃々もその言葉に頷きながら、自分達が作った陣地を見る。
「思いつく限りのことはやり尽くした感じですっ」
ヨグも言葉通り、やることは全てやった、と嬉しそうに言う。
「そうですわね、皆さま御苦労さまですわ」
一緒に作り上げつつ、三人の働きを見守っていたメシアも、微笑みながらそう言った。一通りの作業を終えたところで、少し陣地から離れその全容を眺める四人。
「中をもう一度確認しておきましょうかー」
そんな璃々の言葉に、テントや天幕の内部を確認。トラックにも持ってきた物資が残っていないことを確認し終える。
「あ、そうでしたー。さっき川の水を簡単にですが調べましたけど、特に害は無さそうですー」
「じゃあ、ここを使う人達が使っても、問題ないですねー」
璃々の報告に、元をはじめ三人が胸をなでおろす。
「んと、じゃあ無事全部終わったので、プリンで乾杯しましょうっ!」
ヨグの言葉に三人は「え?」と思ったものの、嬉々として渡されたプリンを受け取り‥‥。
「乾杯っ!」
言葉と共に、プリンを掲げる‥‥ちょっと変わった締めで今回の試験は終了したのだった。
そして、教員達へは学園生達のレポートと、メシアからの客観視点の報告が上げられた。
●試験結果
後日、この試験の総評がチームごとに張り出された。
四人のチームについては、以下のとおりである。
首席、ヨグ=ニグラス。
陣地における居住性の確保に対する行動。また、場所に応じた隠れ場所の確保、夜への対処を評価。更に細やかな配慮があれば尚良い。
二位、功刀 元。
斥候として、陣地設営のためのポイントを押さえた情報収集が評価される。また、設営時の連携も評価。陣地設営時に、独自の提案等あれば尚良い。
三位、未名月 璃々。
他の者が気づかない点への配慮、知識の活用、周囲との連携に評価。その場で直ぐに行える発案があれば尚良い。
また、メシアは学園生では無いため総評に名前は無かったものの、先達としてサポートに徹してくれたこと、学園生達が試験を円滑に進めるための配慮をしてくれたこと、そして三人の動向を詳細に伝えてくれたことに対し、謝意が述べられたのだった。