●リプレイ本文
●お嬢様とのご対面
泣きっぱなしのお嬢様(心の中では従業員達も泣いている)のお願いを叶えにやって来たのは、6人の能力者だった。
「わたしのリトルラビット‥‥っ」
もう声も張り上げられない程泣いたのだろう小さな少女の頭を、ハルカ(
ga0640)が優しく撫でる。
「人がたくさん居る所に来て、ウサギさんもびっくりしちゃったのかな。大丈夫。かわいいウサギさんは、またお嬢様と遊びたいって、すぐに出て来るからね♪」
その隣でタンクトップにツナギ、サングラスといった、まるで従業員の様な格好をした翠の肥満(
ga2348)がこくこくと頷く。
「そうそう、大丈夫だよ。晩ごは‥‥ではなくお友達のウサギさんはちゃんとお兄さん達が連れてくるからね。これでも飲んで待ってなさい」
言って、どこからともなく取り出したのは、ビン牛乳。黙り込んでしまったお嬢様を見て、翠の肥満はまた、どこからともなく別の物を取り出した。
「牛乳は嫌い? じゃあ、こっち?」
二度目に取り出されたそれは、凡そ見た目からは想像がつかないリンゴジュース。
「いま、あなた、ばんごはんって‥‥」
びくり、と肩を振るわせる翠の肥満に、目を真っ赤にしたままお嬢様が睨みつける。
「ま、まさか‥‥!そんな事思ってな‥‥」
「ウサギか‥‥狩りの獲物としては少し物足りないか?」
翠の肥満の言葉を遮る形で、ある意味トドメ的な発言をしてしまったのは遠見多哉(
ga7014)だ。
一瞬、工場内に気まずい空気が流れ。
「わたしのリトルラビットーっ!!」
次の瞬間、枯れたはずの声を無理矢理に張り上げて、お嬢様は大泣きしてしまった。
「駄目ですよ遠見君。折角泣き止みそうだったのに。心の声は、心の中でだけお願いしますね」
必死に泣き止ませようと頭を撫でるハルカと、つい口を滑らして本音を言ってしまった遠見を叱咤するシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)。
そして、その様子を見ながら溜息をついて頭を振るのはディッツァー・ライ(
gb2224)だ。
「まさか、ペットのウサギ探しなどやる羽目になるとはな‥‥まぁ、子供が泣いてちゃ寝覚めが悪い。さっきと見つけてやるか」
「そうですね。早く見つけてあげましょう」
ディッツァーの言葉に頷いたのは、最後の参加者アルヴァイム(
ga5051)だった。
「ね、どんなウサギさんなのか教えてくれるかな?」
ハルカの問いかけに、お嬢様はぽつりぽつりと逃げ出したウサギの特徴を口にし始めた。
「名前はティッシ。イングランドでもゆいしょ正しい、ネザーランドドワーフなの」
「ネザーランド‥‥あぁ、知ってますよ。確か、有名な絵本のキャラクターもそのウサギがモチーフだとか」
アルヴァイムのその言葉に、こくりと小さな頭を縦に振って、お嬢様は言葉を続ける。
「色は、おなかとみみのなかは白くて、あとはとってもきれいな黒なの」
「黒‥‥それはまた見つけにくい色だ‥‥」
遠見の呟きに、思わず全員が心の中で頷いた。
この工場で黒くてしかも世界で一番小さな種類のウサギを探し出す。ある意味、キメラ退治よりも困難かもしれない。
「それで、ティッシちゃんは何が好きなんですか?」
腰を屈めて問い掛けるシンに、お嬢様は服のポケットから何かを取り出した。
「‥‥乾燥パイナップル?」
「そう。ティッシはこれがだいすきなの。でも、でも‥‥さっきからこれをだしてよんでも、ティッシでてこなくて」
「となると、ウサギの嗅覚でも気付けない程遠くの場所にいるのでしょうか‥‥?」
「ここから逃げられたら厄介ですね‥‥」
翠の肥満とシンの呟きの後、ハルカは周囲で自分達を眺めている従業員の一人へと声をかけた。
「あの、すみません。監視カメラなんかはありますか?」
「え、えぇ。このフロアの監視カメラの映像は、あのモニター室で見る事が出来ますが」
そう言って従業員が指差したのは、フロアの隅の扉だった。
「フロアの見取図なんかもあるといいんですが」
「それでしたら、これをどうぞ」
アルヴァイムの言葉に、他の従業員が人数分の見取図を差し出してくる。
「どうも。で、カメラの位置は?」
「ここと、ここ。それから‥‥」
アルヴァイムが詳細を全ての見取図にマーキングしていく。カメラには全てナンバリングを施し、分かりやすい様にしてもいる。
「分かりました。どうも」
どうやら全て書き込みがすんだらしい、アルヴァイムが従業員へと軽く頭を下げる。その後、書き込みの終わった見取図を全員へと配る。
「ひとまず、これと監視カメラの映像、それから人海作戦で探すしかなさそうですね」
「じゃあ、私は監視カメラのチェックをしますね」
最初に言ったのはハルカだ。
「それなら僕は、高所から双眼鏡で探してみましょう」
翠の肥満が片手に双眼鏡を持って言う。
「なら、私とアルヴァイム君、シン君とディッツァー君の4人は、フロアを虱潰しに探しましょう」
遠見の言葉に、他の3人が頷く。
「無線は常にオンにしておいて、随時連絡を取り合うぞ」
「了解」
ひとまず、お嬢様を従業員の一人に預けて。
いざ、ウサギの捜索開始!
●監視モニター室
「うーん‥‥色が黒いって事は、見つけにくいかなぁ?」
ハルカはポツリと呟いて、無線に向かって声を上げる。
「翠さん、何か見えますか?」
「‥‥銀食器と、その製造機器なら」
無線越しに聞こえてきた答えに、一瞬ぽかんとしてしまうハルカだが。
「真面目にいきましょうね?翠さん」
「ジョークですよ。こうも機械が密集していると、なかなか見つけにくくて」
「こっちも頑張りますから、翠さんもお願いしますね」
「全力を尽くしましょう。例えば‥‥」
そう言って、無線越しにガサゴソと音がしてくる。何事かと監視モニターで翠の肥満を確認すれば。
「‥‥何やってるんですか?」
そこに映し出されたのは、紐にくくりつけたニンジンをたらりとぶら下げた緑の肥満の姿。
「ダメで元々。釣れたらラッキー♪」
「魚じゃあないんですから‥‥」
幸先不安になってしまったハルカだった。
●フロア探索係
「ウサギは習性として、暗く狭い場所へが好きです。だったら、機械の間とか、そんな場所に逃げ込んでる可能性が高いんじゃないでしょうか」
遠見の言葉に各自頷く。
「人気が有りすぎるのもマズイでしょうから、覚醒して隠密潜行を使用しましょう」
シンは言うが早いか早速覚醒する。それを確認して遠見とアルヴァイム、ディッツァーも覚醒した。
「俺は見つかり次第、先手必勝で確保を優先する」
「我は配管の影等を優先して探す」
アルヴァイムの言葉の後、ディッツァーが無線機へ向けて声を上げる。
「ハルカ、どうだ?」
「それらしい影は見つからないんですよ‥‥モニター画面もあまり良くないし」
ハルカの返答の直後。
「ウサギらしき影発見!」
その声は、翠の肥満のものだった。
「見つかりましたか?」
シンが声を返せば、翠の肥満が頷いた(様な気がした。あくまで無線越しだ。大体の予想でしかない)
「今あなた方がいる地点から左に60mの地点にある、フォークの研磨機が稼動している場所です。その影に黒い小さな物体が見えました」
「なら私はその先に回りこんでおきましょう。後を頼みます」
言うが早いか、遠見が従業員と立ち並ぶ機械の間を駆けていく。
「遠見が回り込む。ハルカ、翠の肥満が言った場所を重点的にモニタリングしてくれ」
「了解です!」
「では、私達も参りましょうか」
無線でのやりとりを一旦止めて、アルヴァイム、ディッツァー、シンも従業員と機械の間を駆け出した。
●ウサギほいほい
「まだその周辺にいるはずです。そこから何かが出て行った様子はありませんから」
モニター室からのハルカの言葉に、遠見、アルヴァイム、シン、ディッツァーは注意深く機械の隙間を覗き込んでいく。
「翠の肥満。あんたからは何か見えるか?」
遠見の言葉に、翠の肥満が無線越しに言葉を返してきた。
「いや、そこから出た形跡はこっちでも確認出来ませんね」
「なら、この周辺には確実にいるでしょう」
そう言いながら、何故かシンが取り出したのは――派手な音の鳴る事で有名な『かんしゃく玉』だった。
「これを試してみましょうか」
「は? シンおまえ何言って‥‥」
少し離れた場所から無線で問い掛けたディッツァーの制止の言葉は間に合わず。
パンッ! パパパンッ!!
投げられた数個のかんしゃく玉は、予想通り派手な音を立てて炸裂した。
「!?」
それは偶々、本当に偶々、ディッツァーの足元で炸裂してしまい。驚きのあまりに彼は物凄い音を立てて転倒してしまう。
「? 何か今、凄い音がした様な‥‥」
「‥‥シンの野郎。覚えてろよ‥‥」
無線の向こう側から聞こえてくるシンの暢気な声に、固い床へと頭をぶつけたディッツァーが低い声で唸る様に呟いた。
「っていうか、私達だって驚きますよ!!」
従業員のツッコミもごもっともである。
次の瞬間。
「あっ!?」
遠見が慌てて自分の足元へと視線を落とすが。時既に遅し。
黒い毛並みに長い耳の小動物は、別の方向へと逃走経路を変更してしまったのだった。
●作戦練り直し
「翠の肥満、何か見えるか?」
「ちょっと待って下さいね‥‥あ、いました。今度はそこから右に80m、スプーンの研磨機の間です」
無線越しの返答に、今度こそはと意気込む追跡4人組。
「今度はかんしゃく玉はなしだぞ」
念を押したディッツァーに、シンは苦笑いして頷いた。
「なら、次は逃走経路を予めこちらで決めてあげましょう。それなら、先回りして捕獲が出来るはずです」
シンはそう言うと、見取図を広げて、指でウサギの逃走経路予想をなぞりだした。
「今、僕達がいるのはここ。翠の肥満君が見つけたのは、ここ。逃走予想経路は二つ。なら、その内の一つを潰してしまいましょう」
「先回りするのは誰にします?」
遠見が残りの3人を見渡す。と、挙手したのは先ほどかんしゃく玉を炸裂させ、従業員達から白い目で見られてしまったシンだった。
「このプランを立てたのは僕ですから。なら、僕が先回りします」
もちろん、今度こそかんしゃく玉はなしである。
「なら私は、捕獲係を担当しましょう」
「我は、ウサギを追いかける」
「退路を断つのは俺の役目だな」
其々、自身の行動を無線でその場にいない後の2人にも連絡する。
「ウサギはまだその場所から逃げてないみたい」
「こちらからも、ウサギがそこから逃げた様子は見られません」
ハルカの言葉の後、それを肯定する言葉を紡ぐ翠の肥満。
「今度こそ、捕まえるぞ」
ディッツァーの言葉に、全員が頷いた。
●今度こそ!
「こちら遠見。配置に着きました」
「我も配置完了。ウサギを視認した」
追い込む通路の直ぐ両隣の通路に、遠見とアルヴァイムが待ち構える。
「こちらディッツァー。位置についた」
「翠さん、ウサギから目を離さないで下さいね」
「あなたもね、ハルカさん」
「シンです。先回り完了しました」
そんな遣り取りの最中。遠見はポツリと本当に小さく(無線を通しても誰にも聞こえない程度で)呟く。
「音量が少し大きいか‥‥獲物が逃げるじゃないか」
言った後、そっと無線の音量を下げる。
因みに、彼の後ろにはせっせとスプーンを研磨機にかけていた従業員がいた。残念ながらその従業員には遠見の言葉が聞こえていたらしく。
「狩り‥‥今、この人狩りって‥‥!」
従業員は、これから捕獲される運命にあるお嬢様のウサギへと、心を砕く羽目になってしまったのだった。
●ウサギまっしぐら
わざと足音を立てながら、アルヴァイムがウサギを追いかける。
途中、何度も従業員をひきそうになりながらも、ウサギへ向かってまっしぐらだ。
ところが、ウサギは逃走ルートを遠見が待ち構えている場所とは違う方向へと変更してしまった。
そのウサギの前へ突然躍り出たのはシンだ。
「ここは通しません!」
突然現れたシンに驚いたウサギが、理想の進路へと逃走を再開する。
が、車は急に止まれない。人も急には止まれない。
ウサギの後ろから猛スピードで追いかけてきたアルヴァイムが、止まりきれずに机へと一直線に向かい。
物凄い勢いで頭を角にぶつけてしまった。
が、そんな事はお構い無しに、シンはウサギの行方を追う。そして彼は視線の先に最悪のもの――ウサギにしか入れないような小さな隙間を見つけた。
思わず自身の愛銃スコーピオンで射撃しそうになるが、ウサギの捕獲は当然の事ながら無傷でなければならない。射撃などしてしまえば、間違いなくウサギはお空の彼方へと旅立ってしまう。
視線を微かにずらせば、そこにいたのは退路を断つ係を請け負った友人、ディッツァーの姿があった。
迷う暇はない。このままではウサギは間違いなく小さな隙間へと逃げ込んでしまう。
「ディッツ!!」
銃を抜き、友人の名前を叫ぶ。
それに気がついたディッツァーが、反射的に首から掛けていたヘルメットを頭へと装着した。
そして、シンの視線の先――小さな隙間を確認すると、銃を抜いた彼の意図する事を瞬時に理解する。
「南無三っ!!」
青褪めながら、それでも逃げ道を塞ぐ為、次に来るであろう衝撃に備え。
景気良く鳴り響いた1発の銃声。
シンのスコーピオンから放たれた銃弾は、見事にディッツァーの頭(正確に言えばヘルメット)へと直撃する。
あまりの衝撃に、ディッツァーの体が吹っ飛ぶ。
「ディッツァーさん!!」
無線から、ハルカの叫び声が響いた。
吹っ飛ばされたディッツァーの体が、上手い具合に隙間を塞ぎ。ウサギは遠見が待ち構えている方へと駆けていく。
粉々になったヘルメットを見て、ディッツァーは額に大きく青筋を浮かべ。
「‥‥し、死んだらどうする‥‥っ!」
フルフルと拳を震わせ。ウサギが遠見へと一直線に向かっていくのを確認した後。
「‥‥よし。シン殴る」
自身はウサギではなく、発砲したシンへと向かっていった。
「遠見さん、今です!」
翠の肥満の声と同じタイミングで、遠見が素早く体を屈め。
「‥‥捕まえた!」
やっとの事で、黒く小さなウサギを捕まえたのだった。
●依頼は成功?
捕獲は無事(若干、怪我人が発生はしたが)成功。
「ありがとう! ティッシったら、にげたらダメでしょ?」
お嬢様は大切なウサギを抱きしめて、やっとの事で笑顔を見せた。
全ては万事解決、と思われたのだが。
「あぁぁぁ!! 私の作業台が〜!」
「研磨機が動かなくなったぞ!?」
「ぎゃーっ!? フォークが全部曲がってるー!?」
エトセトラ、従業員の叫び声が響き渡った。
「や、やり過ぎちゃった、かな?」
ハルカが冷や汗を流しながら乾いた笑いを零す。
とはいえ、ウサギは無事にお嬢様の元へと戻ったわけで。
従業員達は、ダバダバと(いろんな意味で)涙を流しながら、彼らへと感謝の言葉を述べたのだった。
高所で放置されたニンジンが、ブラブラと揺れていた。
END