●リプレイ本文
●未知との遭遇(色んな意味で)
「‥‥ごめん‥‥」
玄関先に集められた能力者達は、ヴォルフガンクから、開口一番謝罪の言葉を聞く事となった。
一応、地図(正しくは間取り)を全員に渡した後、覚悟してね。と一言物騒な事を呟いてから。
空けられた扉のその先を見て。
「‥‥家ごと燃やした方が早いかも」
冗談とはいえ、アーク・ウイング(
gb4432)のその言葉は、全参加者の本音かもしれない。
只管、ごちゃごちゃと積み上げられた書類や雑誌。
「家、ノ、掃除、ト、聞いた、デス、カ‥‥戦場、トハ、シラナカッタ、デス‥‥」
長身を折りたたみながら部屋を覗き込んだムーグ・リード(
gc0402)が、片言ながらも驚きの声を上げた。
「とてもじゃないですけど、人が住むような環境じゃないですよ、これ」
皮肉っぽくそう言ったソウマ(
gc0505)だが、依頼を受けた以上、完遂する為に色々調べてきている。
居心地悪そうなまま、そっぽを向くヴォルフガンクの肩を叩いたのは、彼の友人の桂木穣治(
gb5595)だ。
「ずいぶんとまぁ散らかしたもんだ」
「‥‥ごめんってば」
「大丈夫ですよ。僕は掃除が得意ですから。弟の代わりに、今日はヴォルフさんのお手伝いと、掃除のし方をお教えしますね」
そう言って微笑むのは相賀琥珀(
gc3214)だ。
「おーそーうーじー! 汚い所をキレイにすると気持ちがいいの。オトナなカグヤにどーんと任せなさい」
小柄な科学者よりも更に小さなカグヤ(
gc4333)が、ぐっと手を突き上げながら高らかに宣言する。
「‥‥あれだ。使い終わって長い間、人が入ってないセーフハウス。しかも、ドンパチがあった後‥‥いや、少し違うか」
リック・オルコット(
gc4548)が呟いているその最中。
大量の掃除道具を買い込んで来たヨダカ(
gc2990)が、元気良く玄関先へとやって来た。
「掃除道具、これで足りるですか?」
「ん。ありがとう」
「はい、領収書なのです。経費で間に合うですよね?」
「大丈夫」
しっかりと領収書を受け取ったヴォルフガンクの後ろから、何故かメイド服姿の紫陽花(
gb7372)が笑顔でその肩を叩いた。
「大丈夫だいじょうぶ。ご主人様、頑張るよ!」
恐らく、この場合のご主人様、はヴォルフガンクだろう。
「琥珀先輩、この服どうですか?」
「えぇ。似合っていると思いますよ。ですが、その服装で動けますか?」
「大丈夫ですよー。僕は服の洗濯を担当しますから」
家の中を眺めて、天空橋 雅(
gc0864)は小さく溜息を吐いた。
「私の実家にも使われてない部屋があったが、ここまでではなかったぞ」
若干呆れ気味のその口調と、全員の言葉に珍しくも落ち込んだのか、肩を落としたヴォルフガンクの頭を軽く叩いて、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は小さく苦笑する。
「‥‥心配は、かけない方がいいな」
この場にいる全員が心配しているのは、あまりにも破綻してしまっている科学者の私生活(主に今回は部屋)と、休みを取らないらしいその生活態度そのものだ。
「努力、する」
多少自覚しているのだろう科学者は、ぐっと拳を握り締めるのだった。
●科学者の怒り(限定的に)
全員が部屋の見取り図と格闘している最中。
一人の男とヴォルフガンクも、ある意味格闘していた。
「洗濯をするなら、全て一気にいかんと、いかんだろう?」
UNKNOWN(
ga4276)はそう言うと、今着ている服も洗濯するから脱げ、と指示を出す。
「着替えがない」
「大丈夫だ。服が乾くまで、これを着るといい」
言いながら彼が取り出したのは、どう見ても女性ものの下着とワンピース。
「何コレ」
「見ての通り、服だ」
見れば分かる。科学者が聞きたいのは、何故、女性ものなのかという事だ。
彼は確かに童顔で、小柄で、女顔と呼ばれる部類の男性だが。
こんな趣味は欠片も持っていない。今後も目覚める気は毛頭ない。
「イヤだ」
「なら、服を脱いだままに掃除を続けるのかね?」
すい、と科学者の紅い目が眇められた。
「君、何しに来たの? 僕は、掃除のやり方を教えてくれ、って頼んだんだけど」
怒っている。科学者は、間違いなく、怒り心頭である。
「仮に『女物の服』を着たとしても。見合うだけの対価がない」
「対価は、掃除を教えるという事で成り立つはずだよ」
ああ言えばこう言う。そして、科学者の怒りは最高潮に達した。
ただでさえ、普段から『女顔』といってからかわれる事の多い科学者だというのに。
何が悲しくて、報酬を支払うというのに、女装。
「その服、貸して」
ずい、と手を出した科学者と、服を手渡すUNKNOWNを、離れた場所から心配しながら見ていたメンバーの前で。
「ちょ、待った!」
慌てた様子で科学者の行動を止めようとした穣治の制止を振り切って。
科学者は冷めた視線を黒尽くめの男性に向けたまま。
どこからともなく取り出したナイフで、ワンピースと下着を切り裂いた後、またもどこからともなく取り出したライターで衣類に火をつけた。
「火を消しましょう!」
琥珀の声に、我に返ったメンバーが慌てて燃える服へと水をかけ、科学者の友人達は今にも暴れだしそうな彼を必死に止める。
「気持ちは分かるけど、燃やすのはやりすぎだ!」
「僕はイヤだって言った」
「分かっけど、駄目なものは駄目!」
結局、服は原型を留めないまでに燃えて、科学者の怒りを治めるのに数刻時間が必要だったのは、言うまでもないだろう。
●『書類の山』
玄関先の燃えカスを掃除する。という行為もプラスされつつ、漸く魔境の掃除が開始される事となった。
「ゴミを溜めないコツは捨てることだが‥‥ちょっとした探検になりそうだな」
苦笑しながら手招きして科学者を呼んだホアキンが、テープとマジックペンを小柄な彼に手渡す。
「コレ、どうするの?」
「要不要を、これを貼り付けて判別出来るようにするんだ」
「いらないヤツは玄関先に出してくれ。アークさんが車出してくれるって言ってるからな」
そう言った穣治の後方、玄関の外で待っているのは、力仕事を担当するムーグだ。
「‥‥でも」
「いらないものは、きっぱり捨てなさい」
完全防備の雅にすっぱり指摘されて、科学者は小さく唸る。
「‥‥分かった」
「必要なものはこちらにお願いします。後で、もう少し詳しく、分かりやすく纏めましょう」
琥珀の言葉にひとつ頷いて。
ガムテープを準備した科学者の前で、書類の山の切り崩しが始まった。
「けど、本当に何書いてるのかさっぱり分かりませんね。これ、読めるんですか?」
ソウマの呟きに、科学者はこくりとひとつ頷く。
ゴミを一生懸命捨てに行っているアークが、車内でポツリと。
「そういえば、こういった家を取材した番組があったよね。確か、えーっと、番組名は何だったかな‥‥『ゴミ屋敷』?」
と呟いていたのは秘密だ。
「白ヤギさんの書類があった♪ 黒ヤギさんたら読めずに捨てた♪」
読めない文字を書く科学者の発案で、テープには『○(必要)』『×(不要)』の印だけが書かれている。
「ヴォルフ、これはいるのか?」
「‥‥う」
「悩むなら捨てなさい」
「本当にいる物ですか? よく考えるですよ」
「‥‥いらない」
ところどころ、鋭いツッコミを受けつつ、書類はバッサバッサと捌かれていく。
不要と書かれた書類達は、アークの車へと運び込まれ、アークはとにかく大急ぎで車をゴミ置き場へと走らせる。
「あ。書類の隙間からカタログ発見」
そう言って紫陽花が引っ張り出したのは、書類ではなく洋服ブランドのカタログだ。
「これはいるんだよね?」
「いる」
今度は即答。どうやら、このブランドのものだけは捨てたくないらしい。
「それじゃ、琥珀先輩。これは別に別けておいてもらえますか?」
「はい、預かりますね」
必要、の場所とは少し違う場所に選り分けて、琥珀はヴォルフガンクへと笑いかけた。
「これは、後でいい保存方法をお教えしましょう」
「いい方法?」
「えぇ。嵩張らず、不要なものはきちんと別けられる。そんな保存方法ですよ」
それは所謂、雑誌の切り抜きである。
「割れ物発見。これは必要、だろうね」
物凄い勢いで頷く科学者にもう一度苦笑して、ホアキンは近くにいたヨダカへとその割れ物を手渡した。
「悪いけど、これは箱か何かに別けて置いておいてもらえるかな」
「はいですよー」
ヨダカの近くにはダンボールがある。中は不要の書類で簡易クッションが作られているので、割れ物を入れても簡単には割れないだろう。
「これは不よ‥‥うわっ!?」
科学者の元へと書類を持っていこうとしたソウマが、くい、と服の端を別の書類の山に引っ掛けてしまった。
どさどさどさーっ。と音を立てて、漸く空き始めた室内で、書類雪崩が発生する。
「どぉあっ!?」
近くで書類を纏めて括っていた穣治が、運悪くその雪崩に巻き込まれる。
一頻り雪崩が止むまで待って、ふと、埋まった友人の事が心配になった科学者が書類を更に散乱させそうになるのを、リックが止める。
「大丈夫だろう。ただの紙だし、幸い数もそう多くない。判別しながら、救助すればいい」
「‥‥ごめん」
「あー‥‥いいから、判別続けてくれー」
にょき、と穣治の手が書類から生えたように突き出されて、ひらりと振られる。
気を取り直して、要救助者2名を救い出すため、科学者は更に真剣に書類の判別を再開するのだった。
●『本格的掃除』
雪崩も無事に片付き、不要な書類がゴミ捨て場へと送られた頃には、フローリングが見える様になっていた。
「洗濯機発掘だよ。動きそうだし、着る服で洗濯が必要なものはこっちにくれるかな?」
洗濯機をポンポンと叩いてそう言った紫陽花に頷いて、科学者はリビングダイニングへと戻る。
もう一度腕まくりをしなおして、琥珀はにっこりと笑う。
「使わないものはひとつに纏めてしまいましょうね。物が残っていては、埃が綺麗に掃除出来ませんから」
「分かった」
物の移動は力持ちのムーグが。高所のハタキは琥珀が。物を纏めるのはリックと穣治とヨダカと雅が。
見えてきた床の掃除は、カグヤとホアキン、そしてヴォルフガンクが担当する。
因みに科学者が床掃除に配置されたのは、掃除方法を教える為だ。
「物はある程度纏めたよ」
「‥‥後で、定位置に戻せる様、印もしておいた」
穣治とリックの作業が終わったところで、琥珀の作業は本格化していく。
パタパタ、と叩き落とされる埃の量に、一部メンバーはゴホゴホと咳き込み、慌てて窓を開けようとするが。
「あぁ、窓を開ける前に室内にスプレーを振ってもらえますか? 床を拭く時のものでも、消臭剤でも構いません。このまま開けると埃が余計に舞いますから」
と的確な指示を受けて、まずは消臭剤を部屋中に振り撒いた後、今度はホアキンが箒で埃を集め、屋外へと掃き出す。
換気はこれで大丈夫だ。
埃の除去が終わったら、次は最低限しかない家具や家電の移動と、床の拭き掃除。
「コレハ、移動、サセマス、カ?」
この際、模様替えしてしまおうと、ムーグは雑巾を片手に突っ立っている科学者へと声をかける。
しかし残念ながら、家具の配列なんて考えた事もない科学者は、首を傾げるだけだ。
「あれだ。家に帰ってくる理由がないから帰ってこなかったんだろ? ならば、理由を作れば良い」
「理由‥‥」
言われて考えて、科学者は首を横に振った。
「それは、そこでいい」
「分カリマシタ」
「パソコンとプリンタが離れてるのは何でです?」
ヨダカが準備した殺虫剤のラベルを読み終えて、こてりと首を傾げる。
「位置を変えた方がいい」
「分かった」
雅のアドバイスを受け取って、必要なものを必要な場所へと移動させていく。
そして空いたスペースは床拭きだ。
「きゅっきゅっきゅっニャー♪」
「疲れたら休んで下さいね?」
「うん、わかったー。でも休むならみんなと一緒の方が楽しいよね」
可愛らしく歌いながら床を拭き続けるカグヤから離れた場所では、困った様に顔を顰めて突っ立っている科学者の姿。
「んー? ヴォルフ、どうかしたか?」
「‥‥穣治。コレ」
覗きこまれて、ずいっと科学者が差し出したのは、手にしていた雑巾だ。
「あー‥‥まぁ、そうなるよなぁ」
苦笑して返すその理由は、雑巾がすでに真っ黒に変色してしまっている事だった。
まぁ、あの腐海の森跡地を、科学者なりに拭いたのだ。汚くもなる。
「‥‥雑巾で間に合わない時は、キッチンペーパーが便利だ」
同じく覗きこんで苦笑したホアキンが、準備万端片手に持って来たのは厚めのキッチンペーパーだ。
何枚かを重ねて、フローリング用のスプレークリーナーを床へ噴き付け、キッチンペーパーで拭いていく。
「‥‥溶けないの?」
「これは溶けないよ」
家事全般をしない人間らしい発言に、苦笑とお手本を見せる。
板の目に沿って、順番に。乾く前に踏んではいけない。室内の奥からやっていくと効率がいい。
全てを実践しながら教えた頃には、床は綺麗に拭き上げられていた。
「みんな〜、殺虫剤かけるですよ〜」
ヨダカの宣言の後、全員が部屋から出る。
数分後。もあっと室内を煙が舞った。
●『家』
全ての工程が完了して、ヴォルフガンクは宣言通りに、全員にコーヒーを振舞った。
勿論、今回は普通の濃度。一般の味覚にきちんと合わせてある。
「弟からクッキーを預かってきました。皆さんでどうぞ」
「俺からはこれな。ヴォルフも前に食べた事あるだろ?」
琥珀は料理上手な弟のお手製クッキーを。穣治はお手製のオレンジ色のケーキ(科学者に中身を教えると食べなくなるので、中身は教えていない)を。
ゆっくりと掃除後の休憩を取りながら、メンバーはどうやったら科学者がこの家に帰ろうと思えるかを其々提案していく。
「犬猫など動物を飼ったり‥‥家庭菜園を作ってみてはどうかな?」
「世の中には帰りたくても帰れない人もいるのですよ?」
「片付けさえきちんとしてくれるなら、帰宅に拘らなくてもいいと思いますけど」
色々な案が出るのだが、家に『帰る』という感覚がない科学者にはいかんせん分からない。
植物は枯らしそうだ、とは思ったけれど。
「なぁ、ヴォルフ。もしよかったら、たまにここで飯食わないか?」
そう提案したのは穣治だった。
定期的にここに『来る』から始めてみよう。そういう思いがあったのかもしれない。
それ以外にも科学者の偏りすぎた食生活や生活リズムも、気になっていたのかもしれないが。
「‥‥考えとく」
そう呟いてコーヒーを啜る科学者の表情が、決して提案を嫌がっている訳ではなく。
どちらかというと、照れているのだという事は、親しい友人でなくても、掃除を手伝いに来た全員に分かってしまうほど。
夏休みの最後の大掃除は、長くてそれでも充実したものとなったのだった。
END