●リプレイ本文
●Welcome!
「ようこそおいで下さいました。こんな格好で申し訳ありませんわ」
別荘で出迎えたオレアルティアは、仕事中のスーツ姿とは違い、普段着のラフな服装の上に、エプロンを着けていた。
「ごきげんよう、オレアルティア。今回はお招き、有難う御座いますの。お元気でいらして?」
ロジー・ビィ(
ga1031)の優雅な一礼に、同じく礼を返してホストの彼女は笑みを返す。
「お早うございます。毎日暑いですね〜」
「ママー。おはようなの〜」
まだどこか眠そうな望月 美汐(
gb6693)の後ろから、ぴょこんと頭を出したもう一人の小さなホストを見て、大きなホストは苦笑した。
「あらまぁ。オレガノ。お客様の前ですよ」
「にゅっ!」
どうやらオレガノもついさっき到着した様だ。
「んっとんっと。おはようございます、なのっ!」
母親の元へ駆け寄って、お客様に向かってぺこりと頭を下げてご挨拶。
「まぁ、小さなレディ! ごきげんよう。あたしはロジーと申しますわ」
「んっと。あたしは、オレガノ・グレイです。よろしくおねがいします、ロジー姉さま」
レディと呼ばれて照れてしまった小さなホストを見て、ロジーはふわりと柔らかく微笑むのだった。
「社長、オレガノ嬢ちゃん、おはようさん!」
「あら? フォルテ様‥‥ですわよね? おはよう御座います。ようこそ」
「いらっしゃいなの〜」
いつもとは違う白のスーツに青のYシャツと白いネクタイ。サスペンダーと黒の皮ベルトに、革靴。
そして何より違うのは。
「髪型、変えられました?」
そう。トレードマークともいえるドレッドを解き、ソバージュ風に下ろしたフォルテ・レーン(
gb7364)を見た社長が、目を丸くしながらも挨拶を返した。
「社長、天然そこで展開しなくても! この格好で分からねぇ!?」
「えぇとそうですわねぇ‥‥。いえ、分かりましてよ。えぇ。分かりますとも」
「オレアルティアさん、酒の貯蔵庫のことなんですけど‥‥」
そういって別荘の地下から現れたのは、実は一番乗りだった五十嵐 八九十(
gb7911)だ。
「もしかして足りませんでしたか?」
「や、逆にあれだけあるのに驚きましたけど‥‥。あれ、本当にどれでも使っていいんですかね?」
「構いませんわ。美味しく飲んで頂けるなら、お酒も嬉しいでしょうから」
大人組は、早くも夜のお楽しみに向けての準備を開始していた様である。
それから少し後。
扉の前から可愛らしい声が聞こえてきた。
「わぁ、素敵なお屋敷ですっ! ほらほら、ルノアちゃんいきましょ!」
「そう、ですね‥‥。でも、本当に‥‥大きなお屋敷、です‥‥」
楽しげな声に笑みを浮かべながら、オレアルティアが屋敷の扉を開いた。
「いらっしゃいませ、獅月様、アラバスター様。さぁ、どうぞ中へ」
招かれて、獅月 きら(
gc1055)とルノア・アラバスター(
gb5133)はぺこりと頭を下げる。
「オレアルティアさん、ご無沙汰しておりますっ」
「今日は、ご招待、有難う、御座い、ます‥‥」
「お久しぶりです。お二方とも、変わらず仲の良さそうでなによりですわ」
「ルノア姉さま、きら姉さまっ!」
ぴょんと飛びついてきたオレガノをどうにか抱きとめると、二人は交互に小さなホストのご挨拶を受けた。
「こんにちは、オレガノさん‥‥。お元気、そう、ですね」
「今日は花火を持って来たんですよ。夜になったら、浴衣を着て、一緒にやりましょうね」
「ユカタ?」
「きっと楽しいですよ」
ほわほわ、と笑いながら浴衣や花火についてを教えてくれる二人のお姉さんに囲まれて、オレガノはにぱっと笑うのだった。
「だいぶ集まっている様だな」
「おじさま、ファリスとおなじくらいの子がいるの」
次にやって来たのは榊 兵衛(
ga0388)とファリス(
gb9339)だ。
「にゅ?」
声に反応したオレガノが、きらとルノアへのご挨拶を終えて離れ、こてりと首を傾げる。
「ラビットのぬいぐるみ‥‥。あたしといっしょねっ!」
そう言うオレガノの背中には、うさぎのリュックが背負われていた。
「はじめまして、なの。あたし、オレガノ! オレガノ・グレイなの。あなたのお名まえは?」
「初めましてなの。ファリスはファリスというの。宜しくお願いしますの」
そして白くてもこもこしたうさぎのぬいぐるみを示す。
「この子はファリスのお友達の『イリーナ』なの」
「ファリスちゃんと、イリーナちゃんねっ! おぼえたのよっ♪」
「ファリス、オレガノちゃんとお友達になりたいの。良いかな?」
「お友だち? うんっ!」
小さなレディ二人が仲良くご挨拶している姿を見て、兵衛は小さく笑った。
「心配はいらなかった様だな‥‥」
「ちわーっす」
「オレアルティアさん、この度はありがとうございます。久々にゆっくりできそうです。今度は嫁を連れてきたいぐらいです」
セージ(
ga3997)とクラーク・エアハルト(
ga4961)の挨拶に、オレアルティアは笑いながら振り返る。
「そうですわね。どうぞ次は、奥様と御一緒においで下さいな」
と、屋敷の外から車の停まる音がした。
誰だろうとグレイ親子が扉から顔を覗かせると。
「‥‥アルヴァイム様、目的地は戦場ではありませんのよ?」
「あーっ! ママのたいちょーさんと、悠季姉さま! いらっしゃいなの〜」
アルヴァイム(
ga5051)の運転する車の助手席には、妻である百地・悠季(
ga8270)の姿。
そして、目を丸くした後に苦笑したオレアルティアのその笑みの理由は。
防虫剤に多めの食材達。そして地図とラジオ、予備の乾電池と手回し充電器。
加えて大量のライフジャケット。
「オーレ、今日は宜しくよ」
綺麗な仕草で一礼する悠季に、頭を下げて挨拶を返すオレアルティア。
「それで、アルヴァイム様? 一体その荷物はどうなさったのですか?」
「いや。近くに湖があるという情報を手に入れたからな。水難事故や遭難防止の物資を持って来た」
「あの、ここは確かに保養地で、街中ではありませんが。遭難はしないと思いますわ‥‥」
「いつものアルの癖だから。気にしないで」
「あらまぁ。奥様からそう言われてしまうと、何だかこの光景も微笑ましく思えますわね」
二人が夫婦で、仲睦まじい事を人伝に聞いていたオレアルティアも、悠季のフォローには思わず苦笑を返すしかない。
「ん。おれがの、ひさしぶり」
「冥華ちゃん!」
ぴょこんと扉から顔を出したのは舞 冥華(
gb4521)だ。
「べっそー、すごい。さすがあるてぃ。しゃちょーはすごい」
「んっとねー。ママが買ったんじゃないんだって。前からグレイのべっそうだったんだって」
両手を握りながら飛び跳ねるオレガノに釣られて、冥華の体も揺れる。
「ぷれいんぐるーむがあるって、聞いた。冥華、おれがのとげーむしにきた」
「プレイングルーム? うん、あるよっ! 何してあそぶー?」
そう言ってオレガノは片手を離して、大きく振った。
その先に立っていたのは先に到着していたファリスだ。
「ファリスちゃんも、いっしょにあそぼー?」
「はい、なの」
少し遅れてやって来たのは今給黎 伽織(
gb5215)だった。
エプロンをしたままのオレアルティアに迎えられて、伽織は楽しげに目を細める。
「せっかくの休みなんだから、恋人と二人っきりで過ごせばいいのに‥‥。まったく色気がないね、ティアは」
「‥‥今給黎様は、私をからかうのがお好きなのですか?」
「どうだろうね? もしかしてティア、君『人遣いが荒い』って言ったの、根に持ってる?」
「そんな事で腹を立てるほど、私は子供ではありませんわ。今給黎様こそ、バカンスにどなたかといらっしゃるかと思っておりましたのに」
頬を膨らませながらそう言って先導するオレアルティアに苦笑して、伽織は小さく呟いた。
「相変わらず『そういう方面』には奥手というか、鈍いよね。ティアは」
「‥‥? 何か仰いました?」
どうやら伽織の呟きは、オレアルティアには聞こえていなかった様だ。
やっぱりちょっと鈍いよね。
伽織がそう思ってしまうのも仕方のない事だろう。
「ところでティア。少し焦げ臭い気がするんだけど‥‥」
「‥‥!! オーブン!!」
一瞬で真っ青になって駆け出すホストの女社長を見て、今度こそ伽織は喉を震わせて笑う。
「笑った罰に。お手伝い、お願いしますわね『伽織』様!」
キッチンの扉を開きながらの予想していなかった呼びかけに、ほんの一瞬だけ伽織は目を見開いてから。
「‥‥お手並み拝見。ティア」
扉の奥に消えていった彼女を、ゆったりとした歩みで追いかけるのだった。
ソウマ(
gc0505)の出迎えをしたのは、小さなホストのオレガノだ。
「初めまして、オレガノお嬢さん。今日はお世話になりますね」
「はじめましてなの、ソウマ兄さま。みんな、もう中でまってるのよっ!」
早くから着ているメンバーから少し遅れてしまったらしい。
「何してあそぶ? いろいろあるから、言ってほしいの」
「人数が多いなら、トランプとかいいんじゃないかな?」
「ソウマ兄さまはカードゲームがすきなの? あるのよっ♪」
ビデオの最終チェックを手早く済ませて、ソウマは前を歩く小さなレディの後ろを追いかけていく。
優雅に車から降り立った鬼非鬼 ふー(
gb3760)は、屋敷を眺めてひとつ頷いた。
「グレイのの別荘は一応2回目、かしら」
以前、キメラ退治の後に庭先は使った事があるが、中に入るのは初めてだ。
「ようこそ、鬼非鬼様」
「束の間の休息を、楽しんでるかしら? グレイの」
「はい。到着なさった皆様は先にフロアで休まれていますから。鬼非鬼様もどうぞ」
エプロン姿のままのオレアルティアを見て、ふーはゆっくりと頷き返し、耳を澄ませる。
「‥‥元気ね」
1階からは、賑やかな子供の声が聞こえてくる。
「グレイの。少し良いかしら」
「はい? 何でしょう?」
賑やかな声をBGMに、ふと軽く目を伏せながら、ふーは口を開く。
「貴女の教育方針にとやかく言うつもりはないわ。貴女の娘と私じゃ色々違いすぎるもの」
ふーの耳に響く声は、まだ家を継ぐという実感のない幼い子供の無邪気な声。
自身がその歳の時はどうだっただろうと、思い出して、そして小さく首を振った。
「家督を継いで7年になるけど、私もまだまだ子供ということよ」
目の前の女性の一人娘は、今年で9歳になるという。
ふー自身が9歳の時。それはすでに、鬼非鬼家の当主として、頂点に立っていた年だ。
あれほど無邪気には、遊んでいなかったと言えるだろう。
「遊びというとベッドの中しかなくて、ね」
9歳の『鬼非鬼家当主』の姿をゆっくりと首を振る事で払い、わざとらしく手を動かしてみせる。
「試してみる? 私の手」
その指の動きに、一瞬何故かデジャヴを感じたのは、何故だろう。
首を振ってやんわりと拒否してから、オレアルティアはふーを案内するのだった。
「さて、もうすぐ大規模も始まるだろうから息抜きをしておくか」
「けーちゃんと二人でゆっくり出来るなんて、久しぶりやな‥‥」
Cerberus(
ga8178)と白藤(
gb7879)の二人は、軽く別荘の主に挨拶を終えてから、湖へと向かっていた。
騒がしい屋敷の中ではなく、まだあまり人も向かっていない湖を選んだのは、ゆっくりと二人きりの時間を過ごす為だ。
「それにしても、小さい、と聞いていたわりには大きい湖だな」
対岸は、肉眼で辛うじて見えるだろう、というくらいの大きさの湖。
「久しぶりですわね、Cerberus‥‥。あら? そちらのお嬢さんは? もし宜しければ、ご紹介下さいまして?」
その一体どの辺りでゆっくりしようかと考えていたCerberusを呼び止めたのは、屋敷の中にいたはずのロジーだった。
ロジーの声に、Cerberusは自分の横に立つ小柄な彼女と視線を合わせる。
「うちは白藤、や。よろしゅうに」
「あたしはロジーと申します。‥‥そう。Cerberusにも、居場所が出来たのですね」
嘗て、ロジーとCerberusは共通する依頼人の下で仕事をしていた事があった。
その時の彼と、目の前の彼には、圧倒的に違うと、ロジーは実感する。
「お二人の邪魔をするのは嫌ですから。あたしはこれで失礼致しますわね」
そう言って、そのまま別方向へと歩いていくロジーの次に、二人の下へとやって来たのはクラークだ。
「部隊を離れて久しいですが、お変わりは無い様で。白藤さん、ケルベロスさんをよろしく。‥‥それと、湖の方はまだ人が少なそうですよ? 二人っきりになるには良いかも」
軽く挨拶をして離れていくクラークを見送って、白藤はそっと大切な彼の服の端を摘んだ。
くい、と、その力は小さくとも、必ず彼は気づいてくれる。
「ん? どうかしたか?」
「出来るだけ‥‥人気の少ないとこが‥‥えぇ‥‥」
小さく呟いたその言葉に、Cerberusは小さく笑って彼女の手を取るのだった。
能力者としての初めての仕事が別荘での休養でいいのだろうか。
そんな事を考えつつも、整えられた庭の大きな木の根元に座っていたのはリック・オルコット(
gc4548)だ。
「‥‥にしても。昔じゃ考えられないね、どうにも」
気がつけば能力者。それも、カンパネラ学園に所属するドラグーンという学生ポジションだったのだから、やり切れない。
「今更学生はないだろ‥‥畜生め」
ポツリと呟いた次の瞬間、コロコロと足元に転がってきたボールに視線を向けた。
「ごめんなさい、なのっ!」
ボールを追いかけて来たオレガノを見て、自然な動作で吸っていた煙草を携帯灰皿へと放り込む。
その仕草に首を傾げる少女に、小さく肩を竦めてみせた。
「タバコは体に悪いものさ。小さい子供には特にな」
「‥‥兄さま、お名前は? あたしはオレガノなの。オレガノ・グレイ」
「リック。リック・オルコット」
リック兄さま、と何回か呟かれる呼び方が、妙にくすぐったい。
「リック兄さまは、ジェントルマンなのね」
「‥‥紳士? 俺が?」
「ママが、いつも言ってるの。マナーを守る人は、ジェントルマンなのよって」
でも、どうして煙草を吸うの? と無邪気に問われて、本を開いたままリックは答える。
「何で吸うのかって? それは俺が悪い大人だからさ」
「ジェントルマンなのに、わるいの?」
「紳士、ってガラじゃないのは確かだな」
リックの言葉に重なる様に、屋敷の中から少女を呼ぶ声が聞こえてくる。
「呼ばれてるぞ、小さなレディ」
「あっ!」
慌ててボールを拾って走っていく少女を眺めて、リックは小さく溜息を吐き、もう一度本へと視線を向けるのだった。
別荘の主がまだキッチンから出てこられないのを確認して、レイミア(
gb4209)は持参したコーヒー豆を掲げてみせる。
「キリマンジャロ・コーヒーを持って来たのですが、みんなで一緒に飲みませんか?」
2階にいたのは大人組が数名。
ちらほらと挙がった手を確認すると、彼女はそのまま席を立ち広間の片隅にあった簡易コンロを使い、手際よくコーヒーを淹れていく。
「下の階は賑やかですね」
絶え間なくあがる歓声に、思わず頬が緩くなってしまうのも無理はないだろう。
本当に、楽しそうに遊んでいる姿が目に見える様だ。
ゆったりとした2階と、賑やかな1階。
それぞれで楽しんでいるだろうメンバーを思い浮かべる。
別荘での休養なんて、一体どうなることかと思っていたけれど。
「こういうのも、いいですよね」
柔らかく微笑んで、レイミアは銀のトレイに人数分のコーヒーカップを載せると、それぞれへと配る為に歩みを始めた。
「準備に時間掛けすぎたかな‥‥」
慌てた様子で屋敷の門を潜ったユーリ・クルック(
gb0255)を、偶然ハーブを摘みに外へと出ていたオレアルティアが見つけ、そっと手を振る。
会いたかった人に出会えた嬉しさからか、彼女の元へと駆け寄ったユーリは、その勢いのままにオレアルティアの手を握った。
「お久しぶりですっ。ほんとに会いたかった」
「えぇ、お久しぶりですね、ユーリ。お元気そうで、安心しましたわ」
きょとんとしながらも、そう返した彼女の手と硬く握られた自分の手を交互に見て、はた、と気づきぱっと手を放してしまう。
「‥‥あっ、思わずはしゃいでしまって‥‥」
顔を紅くしながらも、それでも会いたかった。と告げられ、思わずオレアルティアにまで紅潮が移ってしまった。
「‥‥はい。有難う御座います、ユーリ」
くすくすと笑う彼女に先導されて、庭から屋敷へと入った頃には頬の赤みも、舞い上がってしまった気分もだいぶ落ち着く。
「えと‥‥女性はこういう物が好きだと伺いまして‥‥鰐型キメラの革、というのが申し訳ないですが、よかったら受け取ってください!」
この日の為に特注し、自身で綺麗にラッピングまでした。
どんな色が好きなのか。どんな包装紙なら綺麗に、可愛らしく見えるのか。
とにかく、彼女が気に入ってくれる様にと、心を込めた一品だ。
差し出されたプレゼントと、ユーリの真っ赤になりながらも真っ直ぐな視線を見て。
「‥‥本当に、有難う。ユーリ」
ふわりと笑まれて、彼も満面の笑みで応えるのだった。
「喜んでもらえるとうれしいです!」
その頃。
別荘に向かってスピードを上げながら走る車が一台。
スピードは出ているのに、運転は実に安定していて静かだ。
「――さて、間に合うかな?」
一瞬、懐中時計を取り出して時刻を確認し、もう一度アクセルを踏み込む。
助手席に置かれたバカンスの招待状が、かさりと音を立てた。
紫煙を上げた幌から逃す、その人物は――。
●Day!
1階の賑やかな遊びは続く。
「こういうのは知ってるかしら?」
器用に歌いながらお手玉を放っては掬い、また放っては掬いと見本を見せるふーの手元を見て、オレガノは目を輝かせる。
「ふー姉さま、じょうずーっ!」
パチパチと手を叩きながら、純粋に歓声を挙げるオレガノを見て、ふーは心中で思った一言はあえて言わずにおこうか、と思った。
(まさか、これが『相手を手玉に取れ』という暗喩だなんて、思いもつかないでしょうからね)
「冥華ちゃん、ファリスちゃん、ふー姉さまのこれ、できる?」
「‥‥冥華は、やったことないから、分かんない」
「やってみますの。お借りしても良いですの?」
「えぇ。どうぞ」
小さな子供達に教えながら、ふーは小さく笑った。
まさか、自分がたったひとつだけ覚えている子供らしい遊びを、誰かに教える日が来るなんて。思ってもみなかった。
お手玉の後は、ソウマの教えるトランプゲームだ。
「簡単にババ抜きがいいかな? 同じ数字が揃ったら、場に捨てられるからね。最初にカードがなくなった人が勝ち」
やり方を簡単に教えて、子供達は顔とトランプカードとをつき合わせながらカードを合わせていく。
来るカードによって表情が変わってしまうオレガノが負けてしまうと可哀想かもしれない。
そう思ってソウマは自身のキョウ運を器用に発動させながら、自分が最後にあがれるようにとゲームを操作していく。
「‥‥冥華、いってなかった。まけた人は、おれがののかんがえた罰ゲーム」
「‥‥え」
思わぬ所にも、キョウ運はついて来てしまったらしい。
1階メンバーは、途中で水着に着替えて湖でも泳いで遊んでいた。
そことは離れた場所では、白藤とCerberusの二人がゆっくりとした時間を過ごしている。
「ひゃっこ‥‥♪ けーちゃんもどない?」
「待て、あまり進むと滑って転ぶぞ」
ニーハイソックスを脱いだ白藤が、コートと帽子を脱ぎ、ズボンを折り返したCerberusの腕を引っ張った。
引っ張られたお返しにと水をちょっと引っ掛ければ、白藤は一瞬きょとんとした後、猫の様に笑いながら水を掛け返す。
一頻り水辺で遊んだ後は、木陰に座り込んで、白藤お手製の昼食タイムだ。
「簡単なもんで堪忍な?」
「いや。手作り弁当か‥‥頂こう」
Cerberusの感想を待つ白藤に、小さく笑いながら頷いてみせる。
「うん、上手いぞ?」
自分の為だけに作ってくれた、最愛の彼女のランチが美味しくないわけがない。
そっと頭を撫でられて、彼の為にと小さな西瓜を切り分けていた白藤は笑う。
自分は大好物の葡萄を。
ゆっくりと一粒一粒食べていた彼女を眺めていた彼の視線に気づいたのか、ふと皮を剥き終えていた一粒を口元へと差し出した。
「一個食べよる?」
差し出されたそれと、準備されていた食事を食べ終えた二人は、温かい日差しの中でうとうとと夢現をさまよい始める。
「けーぇちゃん、おいで?」
膝枕を、と指されてそっと彼女の太ももへと頭を乗せたCerberusの髪を梳き。
「少し‥‥伸びたなぁ? 長いんも白藤は好きやけど‥‥」
そっと小さく呟かれた声に、いつのまにか返ってこなくなった答え。
覗き込めば、そこには安心した様に眠りについた最愛の彼の寝顔があった。
ふわり、と柔らかく笑って、白藤は擦り寄ってくる温かい彼を起こさない様に、小さな声で呟いた。
「ここが‥‥白藤のいっちゃん安心できる場所、や」
温かい日差しに、浮かんでは降りていく瞼。
微笑の形のまま、そっと白藤は瞳を閉じた。
その姿を遠くから一瞬だけ確認して、アルヴァイムは目の前に座る妻へと視線を戻した。
「どうかした? アル」
「‥‥いや。何でもない」
そうだ。自分は妻の背に日焼け止めオイルを塗っている最中だったのだ。
広げられたビーチチェアシールドに寝そべる悠季の背、ゆっくりとオイルを塗る作業へと戻ったアルヴァイムの手に。
悠季は彼だけに見せる柔らかい笑みを浮かべた。
「アルは本当に面倒見がいいわね」
さっきから彼が湖で遊ぶメンバーを見ているのは、何かあっては大変だと心配しているからだと分かっている。
そんな彼の傍にいる事が、悠季にとってはたまらなく幸せなのだ。
「‥‥二人っきりの夏は今だけだから」
そっと呟いたその言葉の先にあるのは、これから先訪れる夏は二人きりではなく、きっと、という祈り。
夕食を作るべくキッチンで作業を続けるルノアときらは、目の前に並んだ食材を一生懸命調理していた。
「これは、多分、この、位?」
普段は料理を作らないルノアが、首をこてりと傾げながら不恰好にじゃがいもを切り分ける。
「‥‥ルノア、ちゃん? 大丈夫?」
その手元をハラハラしつつ見ていたきらの目の前で。
「わぅ‥‥痛い」
「あぁっ!? やっぱりお料理あんまりした事ないんですね‥‥。絆創膏は‥‥」
ちょっと指先を切ってしまったルノアの指に絆創膏を貼って、きらは小さく笑ってみせる。
「大丈夫、一緒にゆっくり作りましょうねっ!」
こくりと頷くルノアに、包丁の持ち方から手解きするきら。
そんな二人から少し離れた場所では、ホストのオレアルティアと手伝いを頼まれた伽織。
そして率先して手伝いを買って出たユーリが料理を続けている。
「‥‥もうそろそろ良いでしょう。お二方、味見をお願い出来ますか?」
よそられた小皿に口をつけて、伽織とユーリが口を開く。
「美味しいですっ」
「ん? ‥‥これ、塩と砂糖、間違ってない?」
同時に発せられた全く逆の台詞に、作った当人である女性は目を丸くした後。
顔色を変えて鍋の中を覗き込んだ。
「今給黎さんっ!」
「ごめんごめん。冗談だよ。‥‥すごく美味しいよ」
冗談だ、とからかい混じりに言う伽織にユーリが批難の声を上げる。
「‥‥伽織様、意地悪ですわ」
「知ってるくせに」
頬を膨らませながらそっぽを向いたオレアルティアに、伽織は片目を瞑ってみせた。
そんなキッチンに顔を出したのは、湖での水遊びから戻って、シャワー室を使用すると伝えに来たふーとオレガノだ。
からかわれているオレアルティアと、そんな彼女を一生懸命励ますユーリ。
からかった当人の伽織の三人を見て、ふーは小さく肩を竦めるのだった。
「お手玉は、オレガノよりもグレイのの方が得意かもしれないわね」
2階では楽しいサプライズが行われていた。
それは、普段しない格好で別荘へとやって来たフォルテのダンスだ。
「この日の為に自室で映像記録を何十回も見て、踊り通す毎日を過ごしたんだ」
別荘に来て直ぐに、オレガノからこのフロアの音響機器と照明機器の使い方は教えてもらっている。
曲をかける用意を終わらせると、1階にいるオレガノへと連絡を入れた。
「オレガノ嬢ちゃん、準備完了だ。オーバー」
「オレガノなのー。それじゃ、しょうめいおとすのよっ」
音が反響しているのは何故かフォルテには分からなかったが、オレガノの言葉の後、確かに2階の照明は落とされる。
「よっしゃ! いくぜー!」
音楽と同時に点けられた照明の下に飛び出して。
フォルテは少し前の有名なアーティストが踊っていた、一風変わったダンスを披露し始めるのだった。
「お? あれって確か、前向いたまま後ろに下がるって変な動きする人のダンスだよな」
「随分練習されたんでしょうね」
「斜めに立ったりするのもありましたね、確か」
セージやレイミア、クラークの視線の先で、練習の成果を存分に発揮するフォルテが、最後の最後、斜めに体を傾けて立つポーズを取ろうとするが。
「‥‥ん? どうしてこんなところにオレガノやファリスがいるんだ?」
兵衛の視線の先では、斜めの体勢を取るフォルテの背中を、一生懸命押さえるちびっ子3人組の姿。
どうやらちびっ子達は、この時だけつっかえ棒をしに来たらしい。
●Night!
「さて、確かスコッチのいいのがありましたよね〜♪」
見た目の可愛さと正反対に、スコッチをストレートで飲み始めた美汐の傍で、八九十とリックはバーテンダーの作業を始めていた。
オレアルティアと伽織がダーツを楽しんでいるところに、給仕をしていたユーリが歩み寄っていく。
「僕の負け、かな? 後一歩だったんだけどね」
「あら。伽織様、本気を出していらっしゃらなかったでしょう?」
タンッ、と音を立てて刺さるダーツを見て、伽織は軽く手を挙げた。
「あのっ! オレアルティア、今給黎さん。何か飲み物はいりませんか?」
意を決して声をかけたユーリに微笑みながら、それではバーテンダーのおススメを。と返す彼女に紅潮しながら頷く。
音を立てずに、けれどどこか慌てた様に八九十達の下へと向かうユーリの後姿を眺めつつ、思わず二人は顔を見合わせて苦笑するのだった。
外では浴衣姿のルノアやきら、そして浴衣を着せてもらったオレガノと冥華、ファリスが手持ち花火を楽しんでいる。
2階の窓からその姿を眺めていた兵衛を見つけて、オレアルティアは首を傾げながら歩み寄った。
「榊様、何か楽しいものでも見えまして?」
「いや。不審者に見えたのなら、心外だが素直に謝罪させて貰おう」
「いいえ。そういうつもりではありませんわ。ただ、何に興味を持たれたのか、と思いましたの」
窓の下では、兵衛の大切な姪が、新しい花火に火をつけようとして、ふと2階の窓を見上げる。
どうやら兵衛の姿が確認出来たのだろう。
「‥‥おじさま、ファリスはここなの!」
「ファリスちゃんのパパなの?」
「ファリスの叔父さまなの」
「そっかぁ。‥‥あ! ママもいる! ママー!」
手を大きく振る子供達に手を振り返して、兵衛は口を開いた。
「ファリスの様子が気になってな。 俺は、親代わりとしては大層頼りないが、何しろ色々戸惑う事が多くてな」
突然出来た子供が、赤子ではなく大きな子供だった兵衛が戸惑うのも、無理はないのかもしれない。
「まあ、俺なりにファリスの事は愛していると思うが、突然可愛い大きな娘が出来たら、大抵の男は戸惑うと思うぞ」
「‥‥そうでしょうね。私の場合も、そうなってしまうかもしれませんから」
小さく笑うオレアルティアが既に夫と死別していて、今は母一人で娘を育てている事は兵衛も知っている事だ。
「苦労するのは、私ではなく、もしかしたらの相手、かもしれませんけれどね」
「‥‥そうだろうな」
ユーリは伽織へと飲み物を配り終えた後、二人分のカクテルを手にオレアルティアを探していた。
「あっ、オレアルティア。ここにいたんですね」
「ごめんなさい、ユーリ。少し、気になった事がありまして」
はい、と差し出されたカクテルを微笑みながら受け取って、そして彼女は首を傾げた。
「あらまぁ。もうひとつ、同じものをお持ちですけれど。どなたに?」
ユーリが持ったままのグラスを誰が受け取るのか、疑問に思ったのだろう。
そんな彼女に小さく笑って見せて、ユーリは「俺です」と言葉を返した。
「五十嵐さんとリックさんが、二人で飲んでみてくれって」
カップルには特製カクテルを作るから、よかったら飲んでみないかと言ったリックの姿を思い出して、ユーリは一瞬顔を紅く染めた。
「ユーリ、お酒を飲めますの?」
「‥‥いえ。実は、あんまり」
苦笑に変わったユーリの表情と、手元にあるグラスを交互に見てから、オレアルティアはひとつ頷く。
そのままグラスに口をつけて、カクテルを口に含んだ。
「‥‥なるほど」
もう一度頷いて、オレアルティアはユーリへと視線を向けた。
「ユーリ、一気に飲まない様に気をつけて下さいませね」
「はい」
そのままユーリはカクテルに口をつけて。
「‥‥飲みやすくておいしいですね」
と微笑を返すのだが。
「気をつけた方がいいよ。それは、果物を混ぜて口当たりは良くしているカクテルだけど、度数が高いから」
ユーリの背後からひょい、と顔を覗かせてカクテルを覗き込んだ伽織が苦笑しながら告げる。
「ご存知でしたか、伽織様」
「まぁ、ね。ティアはお酒に強いの?」
「酔った事はあまりありませんわね。けれど、ユーリはお酒があまり得意ではない様ですから。急には飲まないように、気をつけて下さいな」
そんな三人の姿を見ていたフォルテとふーは、小さく呟いた。
「うーん。今のところはユーリが半馬身リード、ってところか? でも、どうなる事やら」
「グレイのも、意外と一筋縄ではいかないみたいね」
食事やつまみの給仕を続けていた悠季の姿を、アルヴァイムは思い出していた。
様々な食材を手馴れた手つきで調理していた悠季は、とても生き生きとしていて。
今は一息ついて、自分の横でゆっくりと座っている悠季は、片手に団扇を持ってアルヴァイムへとゆっくり風を送っている。
「‥‥もう直ぐ、忙しくなるわね」
「そうだな‥‥」
窓から見える湖畔は、今はまだ静かだ。
ここはまだ、静か。
けれど、いつかこの静かな時間も終わってしまう。
「でも、今くらいは、いいと思うのよね」
今だけはまだ、ゆっくりとした時間を過ごす事を許されているから。
夜は、更けていく。
もうそろそろお開きだろうか。
フォルテはそっとスツールから立ち上がると、カクテルを作っていたリックへとすい、と一通の封筒を差し出した。
「社長の傍にいる、執事服着てる若い男に『シルバーバレット』と『こいつ』を」
「‥‥了解です」
そのまま退室していくフォルテの意図が見えないまま、リックは頼まれたカクテルを作り、封筒と一緒に銀のトレイへとそれを乗せる。
BGMにと持ち出したチェロを演奏しているオレアルティアの傍で、音楽に耳を澄ましていたユーリへと、リックはトレイを差し出した。
「先ほど、レーンさんがこれを貴方に、と」
「俺に、ですか?」
カクテルと封筒を受け取ったユーリは、そっと封を切る。
すっと目を通して、ユーリは窓の外へと視線を移した。
一足遅かったのか、もうフォルテの姿は見えない。
『護るべきものを守護し
災いを打ち払おうとする
聖なる翼に銀弾の加護を』
それが意味する事はひとつ。
ユーリはその手紙の裏に、そっと添えられた一言を見て、硬く拳を握った。
『P.S
社長達がヨリシロにされるのは、絶対に止めろよ?』
「そんな事は、させません。絶対に」
静かに響くチェロの音に乗せる様に呟いて、ユーリはもう一度決意を強くするのだった。
●Ending‥‥?
お土産に、とグレイ親子がひとつずつ綺麗にラッピングして渡していったのは銀でコーティングされた小さなミュージカルボールだった。
「内緒で、作っていたのです。皆様におひとつずつ、私からの夏の思い出に」
振ると様々な音が鳴る仕組みの、小さなそれはまるで風鈴とオルゴールを混ぜた様な品物だ。
一人ひとりに、違うリボンの色をかけたそれを渡し終えて、殆どのメンバーが帰宅していったのを確認して。
「じゃ、俺らも帰るか」
セージとクラークの二人が最後だったらしい。
屋敷の外まで見送りに出てきていた親子に軽く挨拶をして、踵を返した瞬間。
屋敷に、一台の車が滑り込んできた。
「‥‥あれは‥‥」
静かに停まった車から降り立ったのは、紫煙を燻らせたUNKNOWN(
ga4276)だった。
「おや‥‥少し遅かった、か」
「少しではありませんわ。もう皆様お帰りになって、あとお二方だけですもの」
苦笑したオレアルティアに、帽子を軽く抑えて目元を隠した彼は小さく笑う。
「でも、UNKNOWNさん、もうお開きですよ? どうするんですか?」
「ふむ‥‥。そうだね、私は女王陛下とお姫様を送る、従者になるよ」
クラークの言葉に、UNKNOWNはそう言って、苦笑するオレアルティアへと挨拶を落とし、眠そうに目を擦るオレガノをそっと抱き上げた。
「――オレガノも大きくなったのかな?」
抱き上げた重みが、以前あったハロウィンの時よりも大きい。
身長も、どうやら大きくなっている様だ。
「招待受けたのに、遅れてすまん」
「UNKNOWN、送るのはいいけど、送り狼は禁止だからな。それだけは絶対駄目だからな?」
「おお、セージ。そんなに怒らなくても、紳士的に送るさ」
そっとオレガノを後部座席へと乗せたUNKNOWNに釘を刺して、セージはひとつ溜息を吐いた。
あんまり気にしても仕方がないし、社長だって大人だ。
大丈夫だろう。と信じるしかない。
「それでは、私は屋敷の者に連絡をして参りますわね」
「それじゃあ、自分達もお暇しますね。今日はありがとうござました。オレアルティアさん」
クラークの礼儀正しい挨拶に、挨拶を返して屋敷へと一旦戻っていく社長を見てから、クラークとセージは連れ立って屋敷を出るのだった。
オレガノにコートをかけてやりながら、UNKNOWNは小さく空を見上げる。
つい先ほどまでは、戦場にいたというのに。今のこの静かさは何だろうか。
けれど、悪くはない。
星でも眺めながら、ゆっくりと送るのもいいだろう。
そんな事を考えながら。
それは、とある夏の日の事。
硝煙の香りも、血生臭い戦場も全く関係のない場所で、そっと開かれた。
ひと時の、休養のお話。
お土産のミュージックボールが、内部で音を反響させながら、多種な音を鳴らして、揺れた。
END