●リプレイ本文
●Bell that does not ring
ウィリアム・バートンは身動きひとつしない。
待っているのだ。
――彼が、人間とは全く別のところにあると認める、能力者という存在達を。
「この惨状‥‥やっぱり、報告に来た人は‥‥」
クラリア・レスタント(
gb4258)の呟きと同じく、村の惨劇に顔を歪ませているのは、フォルテ・レーン(
gb7364)だ。
蹂躙された命を思えば、誰も軽口など叩けない。
「人間見下す割には、やることはガキと一緒か」
視線の先。能力者達を見やるウィリアムに向かって、彼は普段の陽気さが信じられないほど低い声で吐き捨てた。
「‥‥お前ら、やっぱり最悪だ」
その言葉が聞こえていたのかは分からない。
だが、確かにその言葉の直後に、ウィリアムは口角を上げてみせたのだ。
「『彼女』にとってのいままでもこれからも一番である為に、あなたを倒させてもらいます」
ユーリ・クルック(
gb0255)が両手に握る2挺の銀の銃は、その決意の表れだ。
「今日はあの躾の悪い犬は連れていないんですね」
望月 美汐(
gb6693)の揶揄する犬とは、彼の姿と共に今まで発見されてきた紅色の狼キメラの事。
この村の状況を目で確認したが、どこにも爪痕や噛み千切られた箇所はない。
「こちら新居です。射撃位置につきました」
「同じく。こちらも位置についたよ」
「‥‥了解。後方狙撃、配置完了との事です」
緑(
gc0562)の無線から聞こえてきたのは、スナイパーの新居・やすかず(
ga1891)とUNKNOWN(
ga4276)の声だ。
「瀕死の者に言伝してまで僕たちを呼んだワケは‥‥退屈凌ぎ? ‥‥流石は寄生虫だ。詰らない冗談しか言えないなんてね」
今給黎 伽織(
gb5215)は何処か忌々しげに今回の敵を見やっていた。
彼との直接邂逅はこれで何度目だろう。もういい加減、敵の顔も見飽きてくる頃だ。
「ウィリアムの野郎が覚えてるかどうかは知らんけどな。こっちにゃ借りってモンがあるんですよ」
五十嵐 八九十(
gb7911)が敵と初めて遭遇したのは空だった。
機体の奪取を阻もうとしたあの時に味わった屈辱は、忘れられるものではない。
手足に装備した爪を意識して、熱くなりそうな自分の精神を統一する。
「‥‥そうだ。重傷者が出たら搬送するから、病院を開けておけ」
携帯で軍に連絡を入れ終えた月城 紗夜(
gb6417)は、そのまま視線をウィリアムへと向けた。
「で。肩入れしていた人間に解放され、バグアとして目覚めたか?」
今までの彼は、ある人物によく関わっていた。勿論、紗夜もその一連の事件に関わっていた為、その時の事をよく覚えている。
面倒だ、という言葉を口癖にする敵が、余程暇を持て余しているのだろうと想像し、ふと思う。
やけに、人間臭い発想だ。と。
「とにかく、敵の対応能力を飽和させる為の攻撃が必要だな」
そう言って殺(
gc0726)は忍刀を逆手に持ち直し、機械剣を左手に構えた。
覚醒した全員が各々の持ち場まで移動し、戦闘態勢に入ったのを確認して、エレノア・ハーベスト(
ga8856)はそっと翠閃の柄に手を掛ける。
「ほな‥‥はじめましょ」
低い体勢から一気に直刀を抜刀し、2種のスキルを併せた一撃を放った。
開幕のベルたる閃光が予定より小さく遠かったのは、彼等が立案した作戦とは少し違っていたが。
変わりにエレノアの初撃が、戦闘開始の合図となった。
●First‐half game
エレノアの一撃を回避したウィリアムを、3つの班に分かれた能力者達が包囲する。
回避以外、まだ手を出してこない敵を注意深く観察しながら、クラリアはスキルを使用してウィリアムの死角に潜り込んだ。
大鎌の爪をブレーキ代わりに地へ突き立てて体を停止させると、もう一度同じスキルで一気に肉薄する。
「嘶け! ディオメデス!」
勢いよく地面から大鎌を引き抜いて横に薙ぐ。
「人は! 星は、貴方の興味を満たす為にあるんじゃない!」
下段気味の攻撃を飛び上がる事で回避したウィリアムを追走したのは美汐の槍だ。
「五十嵐さん、フォローよろしく!」
「任されました!」
わざと大振りに振られた槍の先端を睨みつけて、敵が素早く懐へと手を突っ込む。
コートの下、括り付けられたホルスターから抜き出されたのは黒光りする自動拳銃。
ガキンっ、という音と共に、美汐の槍は彼の銃身で受け止められた。
美汐が敵と距離を取る為にと、後方から八九十がウィリアムの正面へとデコイの缶を放った。
「これも当たらないか。まあ予想通りかな」
「手足は難しいか。なら胸か頭か」
投擲後すぐに横っ飛びに直線上から移動した八九十の後方から、緑と伽織の銃撃がタイミングよく放たれる。
その合間を縫って駆け込んだフォルテは、愛用の斧を硬く握り締め、下から上へと斬りかかった。
浅く頬を裂いた一撃に、ウィリアムは小さく「成程」と呟いた。
フォルテが距離を取るべく飛び退るタイミングに合わせて引き金を引こうとした敵のその腕に、一発の弾丸が叩き込まれる。
「‥‥お前、がなのかな?」
バラキエルの引き金を引いたのはUNKNOWNだった。
すい、と細められる視線に映される闇色の男は、小さく肩を竦めながらもう一度銃弾を放つ。
タイミングを合わせて飛び込んだ紗夜が、ウィリアムの銃を持つ手を、剣道の籠手を打つ様に蛍火を払った。
「次は何を出す」
拳銃で受け止めるには、少々重過ぎる一撃を繰り出した紗夜を確認した直後。
「そうだな。折角の『退屈凌ぎ』だ‥‥。お前達と、遊んでやろう」
ウィリアムの動きが、変わった。
●Preconception
「なっ‥‥!?」
ギィン‥‥という鈍い音が鳴る。
紗夜の蛍火を受け止めたのは、ウィリアムが銃を持つ手と反対の手で取り出したもの。
それは、彼が能力者と対する時、今まで使用しなかった『ナイフ』だ。
「武器は、銃だけじゃなかったんですね‥‥」
最後方で伏せた体勢から銃を構えていたやすかずが、小さく呟く。
紗夜の蛍火を払い除け、ウィリアムはナイフを器用に回転させた。
「俺の武器が銃だけだと、言った覚えはないが?」
そうだ。
今までのウィリアム・バートンの戦闘スタイルは、銃を使用した中・遠距離タイプだった。
だから、そうだと思っていた人間も多かったのだ。
彼の得意な戦闘が、銃撃なのだと。
「むしろ俺の得意な戦闘スタイルは‥‥接近戦だ」
ナイフを逆手に持ち直した彼が、一気に加速する。
一気に反撃を始めたウィリアムを含め、戦場は混乱を極めた。
「そうだとしても!」
銀の小銃へと、まるで誓いの言葉を口にする様な表情を向けた後、ユーリは叫ぶ。
前衛メンバーへの攻撃を逸らすべく、左手のリボルバーの照準をウィリアムの頭部へと向け、そのまま引き金を引いた。
声に反応し、ナイフを掲げながら自身へと向かってくるウィリアムへと放たれた5発の弾丸は、全てがペイント弾へと変更されている。
「‥‥馬鹿にしているのか?」
ユーリへと駆けるウィリアムを阻止すべく、やすかずとUNKNOWNの銃撃が放たれるも、彼は止まらない。
「ペイント弾如きで、足を止めるほど俺は優しくはない」
「でしょうね」
失敗すれば、自身の危険が一気に高まるというのに、ユーリは動かず銃口を定めたままだ。
それどころか、彼は小さく笑みすら浮かべてみせた。
――それは、この攻撃が当たった時の敵の姿を、イメージ出来たからかもしれない。
「その銃では出来ない芸当でしょう?」
間近から叩き込まれた一撃は、腕を深く裂かれたユーリの負傷と引き換えに。
「ぐ‥‥ぁっ!!」
ウィリアムの左肩を、貫通弾が文字通り貫いた。
●Counteroffensive
左肩を撃ち抜かれたウィリアムが、初めて表情を怒りのものに変える。
倒れこみかけたユーリを庇う為に前進したUNKNOWNを援護すべく、前衛メンバーのうち数名が敵へと肉薄した。
「灼け! ウリエル!」
武装を機械剣に変更したクラリアが、一撃目を下段から。二撃目を上段からと流れる様に斬りかかるも。
自らに痛みを与えた『能力者』への憎悪から、攻撃に見境のなくなったウィリアムが、加減なく彼女の腹部へと銃弾を叩き込んだ。
崩れ落ちたクラリアとは別の方向から攻め込んだ八九十は、味方の姿を見て一瞬青褪める。
「包囲を抜かれた!? だがそう簡単に逃がすかよッ!」
「切り返して来るなら此処、捌き切ります!」
スキルを発動させ、連携を取りつつ槍を突き出した美汐の攻撃をナイフで逸らし。
鋭い爪のつけられた八九十の拳をまず初撃避け、反転しつつの攻撃は身を沈めてかわしたウィリアムは、そのまま手にした銃を近距離から放った。
破裂音と共に散る鮮血が、地面を濡らす。
「五十嵐さんっ!」
鋭く飛んだ美汐の声を耳に、傷を負いながらも八九十は諦めない。
崩れそうになった自分を追撃しようとしたウィリアム目掛けて、上体を地に伏せたまま足を蹴り上げた。
低い体勢から、渾身の力を込めて蹴り込まれた足にも、鋭い爪が装備されている。
右足の大腿部を裂かれて、ウィリアムは更に顔を歪めた。
「この‥‥人間風情がっ!」
「その人間風情に、お前は痛めつけられている。これは事実だ」
敵の背後から一気に蛍火を薙ぎ払った紗夜が、凛とした声で言い放った。
●Second‐half game
血と、硝煙と、何かが焼ける匂いと。そして、複数の声と。
ウィリアム・バートンが。 ――否。この個体へと乗り換えてからの、このバグアが、ここまで傷を負わされたのは初めてだった。
そう。確実に目の前のバグアは、消耗し始めている。
「しぶといな」
「何度だって立つさ。立てるという事は戦えると言う事。戦える傭兵に敗北はない、と俺は信じているからな」
スキルを発動させて瞬時に回りこんだ殺が、先ずは一振り機械剣を横に薙ぐ。
逃走されるのは予想済み。翻した剣をもう一閃させると、もう片方の手に逆手で持たれた忍刀を一気に横に薙いだ。
敵の胸部を浅く切り裂いた攻撃を確認した次の瞬間、殺は咄嗟に身を捩る。
大きく振られたナイフの一撃が、殺の右腕を切り裂いた。
「いい加減に、しろ!」
仲間を次々に攻撃していくウィリアムをまだ、己の斧の射程に入れる事が出来ずにいたフォルテが、叫ぶ。
咄嗟に武器を超機械に変更し、もう片方の手で自分の携帯品の中から1本の瓶を取り出した。
それは、ウィリアムも想像していなかった攻撃だった。
投擲された瓶は、敵の後方に流れていく。
超機械の照準を瓶に合わせたフォルテの一撃が、ウィリアムを掠る様にして瓶を割った。
「月城さん!」
「了解」
割れた瓶から、アルコールが漏れ出した。次の瞬間。
携帯品からジッポライターを取り出した紗夜が、瓶に向かってそれを投げ放った。
瓶の中身はスブロフ。濃度99%の、時には燃料代わりに使われる酒だ。
一気に燃え上がったそれは、ダメージを与える役割ではなく、視界を狭める為の一撃だった。
炎の奥から飛び出してきたウィリアムに向かって、エレノアは翠閃を振りかぶる。
「この間合いなら、掠るくらいは」
唐竹状に2種のスキルを併用した攻撃を放てば、敵は動かなくなった左腕を犠牲にその攻撃を受けた。
飛び退った彼女の後方で銃剣を構えていた緑は、今度こそ絶好の機会だと声を上げながら引き金を引く。
「エメラルドブラスト!!」
貫通弾を装填し、スキルを発動した一撃を避けられても、緑は怯まない。
口角を上げて勝利を確信した敵に向かって、もう一度引き金を引いた。
「こっちが本命です!」
再び同じ弾撃は、敵の腹部を抉る事に成功する。
「いい攻撃だが、まだ浅い」
接近され、銃弾を受けた緑が体勢を崩す。
そんな彼を援護したのは伽織の攻撃だった。
「寄生虫の分際で、何時までこの地を荒らす気だ?」
「‥‥いいだろう。お前が先か」
後方からのやすかずの銃撃は、間違いなく目の前のバグアに当たっている。
それでも尚動くのは、目の前のバグアが『キメラではない』せいだろう。
恐らく、能力者と同じ様に、彼らにもあるのだろう。
その身のダメージを回復させる術が。
一撃、オルタナティヴMを発砲。回避されても、怯む事無く二撃目、真デヴァステイター発砲。右足の脛を削る。
「‥‥っ!」
反撃、ナイフの一閃を咄嗟にスキルを発動させつつ回避するも、まるでその防御すらも抉じ開けるかの様な銃弾が降った。
銃撃を受けて地に膝を着いた伽織に、ウィリアムがナイフを振りかぶった。
「人間を甘く見た。それがお前の敗因だよ。『寄生虫』」
口角を上げて、オルタナティヴMの銃口を敵の眉間に突きつける。そのまま発砲。
重傷かと思われた伽織の奇襲は貫通弾とスキルの合わせ技。
この攻撃に、咄嗟に身を捻って回避するも、ウィリアムの左米神からは血がボタボタと落ち始める。
「‥‥‥‥」
無言のままに、ウィリアムはその場に立つ。
反撃があるだろうと身構えた能力者達を一瞥して、血だらけのバグアは、漸く口を開く。
「‥‥面倒だ」
それは、倒れた能力者達へ攻撃を続ける事が面倒になったのか。
それとも、能力者達からの攻撃を受ける事が面倒になったのか。
●Time limit
戦闘が面倒になったのだと判明したのは、ウィリアムが自身の武装を仕舞った時だった。
「退屈しのぎは終了だ」
能力者達の負傷も酷い。
重傷を受け、身動きが取れない者も出ていた。
「お前達は、やはり『人間』という種には当てはまらないな」
自らも傷を負いながら、身を翻した敵の行動は即ち、撤退だ。
遠ざかっていく姿を追えたのは、傷を負っていない者だけ。
そしてその追走も、追撃にはならなかったのが、真実である。
「‥‥何か、俺に用事でもあったか」
「――彼女は元気、だと思う」
追走し、予め道の端に隠し置いていたエネルギーキャノンの照準を合わせた彼はそう告げた。
邂逅は血塗れのバグアと、闇に溶ける様な黒い男の、二人きりで。
何も言わず立ち去っていく男を見て、黒い服の男は帽子を目深に、ふと、呟く。
「私は‥‥やはり弱い、な」
「何とかなったけど、次はしとめたいもんやね、出来るなら。ああいった手合いは野放しにするわけにはいかへん」
深手を負った者達は、軍の手によって病院へと搬送される。
残った者達は、それぞれ応急手当を施し、村人達の供養を行った。
「こんなことしかできなくて、悪いね‥‥」
ポツリと呟いたフォルテの声を合図に、全員が祈りを捧げる。
この村にもう人はいない。
けれど、今はもうこの村に脅威もない。
どうか、心安らかに。
能力者達の祈りが、空へと解けて、消えた。
ウィリアム・バートンのドイツ進攻、阻止。
ミッションクリア。
END