●リプレイ本文
●バカンスの権利とは?
目的地へと向かう能力者達は、辿り着くまでの時間を利用して様々な会話を続けていた。
「バカンスのための露払い‥‥ね。相変わらず人遣いが荒いよね、ティアは」
「グレイの。まさかとは思うけれど。私達に害獣駆除をさせておいて、貴女達だけで夏休みを満喫するつもりじゃないでしょうね?」
ナビゲーターのオレアルティアと縁のある今給黎 伽織(
gb5215)や鬼非鬼 ふー(
gb3760)の言葉に、女社長は慌てた様子で首を横に振る。
「ま、まさか! 私が今回依頼を出したのは、この夏に皆様と保養を取りたいと考えていたからですのよ?」
わざと意地悪く笑う伽織に顔を覗きこまれて、オレアルティアは僅かに頬を紅潮させる。
どうやら、今まで伽織達と過ごした中で、完全に過去を吹っ切った様だ。
素直に感情を表に出す様になった彼女を見て、伽織は堪えきれずに小さく声を出して笑ってしまう。
「今給黎様っ!」
「ごめんごめんティア。でも、いい傾向だよ。素直になった」
「今給黎の。あまりグレイのをからかわない方が良いと思うわ。‥‥ほら」
つい、とふーの指がオレアルティアの後方を指差す。
乾いた笑みを浮かべているフォルテ・レーン(
gb7364)の隣で、じとりと伽織とオレアルティアを見ていたのはユーリ・クルック(
gb0255)だった。
銀の片翼であるユーリの顔には『面白くありません』と書かれている様だ。
「今給黎さん。あんまりオレアルティアをからかわないで下さい」
掛けられた言葉に肩を竦めて笑みを浮かべたままオレアルティアの横を空けた伽織の代わりに、ユーリが彼女の横へと駆け寄る。
「オレアルティアが穏やかに休暇を過ごせる様に、俺もお手伝いします」
「有難う、ユーリ。心強いですわ」
にっこりと微笑まれて、ユーリも僅かに照れながらも笑みを返す。
「もしもーし。お二人さん。戦闘前だから、二人だけの世界に入らないでくれなー?」
フォルテの言葉に、顔を赤くして慌てる二人を眺めて、ロジー・ビィ(
ga1031)が悪戯っぽく笑いながら口を開いた。
「以前のハロウィンの時から、何となくは感じておりましたけど。やはりお二人は恋人ですのね」
「何でも、ユーリの一目惚れだったらしい。社長って意外とそういうのに鈍かったらしくて‥‥」
「フォルテ様?」
ロジーに解説するフォルテを振り返り見やって、オレアルティアはそれはそれは綺麗な笑みを浮かべる。
何故だろう。背筋に冷たい何かが落ちた気がした。
「いやいや、ほんのジョークでしょ、これ!?」
「ええ。分かっておりましてよ。ふふ‥‥」
怖い。微笑んでるのに、メチャクチャ怖い。
今回はこれ以上からかうのは止めようと、フォルテは心の中で誓った。
「社長も随分変わったもんだな。ま、多分この件が片付いて保養するとなったら、妹分も一緒なんだろうし。頼まれちゃ、やらないわけにもいかないな」
「嵐はグレイの知り合いなの?」
嵐 一人(
gb1968)の言葉に反応したのは亜(
gb7701)だ。
「まぁな。社長と、社長の娘とは結構長い付き合いだぜ」
「ふーん。俺は初めて会うから、よく知らないんだよね。ちょっと話してみるよ」
そう言ってオレアルティアへと寄ってくる亜を見て、今度はふーが社長の横を空けた。
「あのさ、銀食器ってどういうところが良いんですか?」
小柄な少女の突然の問いかけに、きょとんと目を丸くしてから、社長はにっこりと微笑む。
「そうですわね。古より銀食器とは、身分の高い人々の必需品とも呼べる品だったのです」
目的地まであと僅か、という距離に入った為、会話はまた後で。という事となった。
●潜伏と囮
4人1組で作戦を練っていた能力者達は、最終チェックを始めた。
「オレアルティアはここで待っていて下さいませ。鰐キメラはきっちり倒しましてよ」
ロジーの言葉に頷いて、社長はここで待機する事となる。
「湖に棲み着かれたままだと色々危ないわよね。早めに駆除しておくに限るわ」
アズメリア・カンス(
ga8233)の言葉に全員が頷く。
「囮役は俺とアズメリア、ネイの3人だな」
「我が速さで、囮を勤め上げましょう」
ネイ・ジュピター(
gc4209)は刀の柄へと手を掛けながら告げる。
「足場は泥濘もなく、戦闘に向いていると言えるわね。こちらが身を隠す場所も、しっかりある」
「駆動音で敵に気づかれるわけにもいかないからね。ドラグーンの皆は、囮が敵を引き付けるまでAU‐KVの駆動を止めておいた方がいいかもしれないね」
「分かりました。直前までは停止しておきますね」
地形を確認して言ったふーの後。
伽織の指摘を受けて、望月 美汐(
gb6693)達ドラグーンは身を潜める茂みの中で、飛び出すその瞬間までAU‐KVの駆動を停止する事にした。
「私と天莉くんは防御を担当ですね」
「防御はキャルバリーにお任せ‥‥ですよ♪」
顔を見合わせて頷きあう高梨 未来(
gc3837)と張 天莉(
gc3344)。
「それじゃ、後は作戦通りに。私達は湖へ一足先に行かせてもらうわ」
作戦の確認と武装のチェックを終えた能力者達は、それぞれの持ち場へと向かうのだった。
●短期決戦
湖の畔。
手にした妖刀で軽く指を傷つけたフォルテが、溢れ出た血を眺めて、残りの囮であるアズメリアとネイへとひとつ頷く。
そのままそっと湖の上へと指を突き出した。
ぽたり、と落ちた血液を確認して、そのまま僅かに後退する。
待つ事数十秒。
水面が揺れた。
「来た‥‥!」
アズメリアの言葉のすぐ後、湖から3体の鰐が姿を現した。
「味方の位置が定まるまで、我と遊んで頂こう」
中心の1匹の前にアズメリア。残りの2匹の前にフォルテとネイが立ち塞がる。
「A班はこの場での戦闘を継続する。残りは所定の位置へ」
ベオウルフを硬く握り締めながら告げたアズメリアへとひとつ頷き、二振りの日本刀を翻しながら1匹の誘導を開始したネイ。
同じく武装を超機械へと変更して距離を取りながら、フォルテが反対の方向へと後退しつつキメラを誘導し続けた。
そうして、作戦通りの箇所まで引き離しきったところで。
隠れていた箇所から陰が二つ飛び出した。
「さあ、もう水へは戻らせませんよ!」
「生憎、鰐革は趣味じゃないんでな! 吹っ飛べ!!」
「あれ? なんだか少し前にも似た様な立ち回りをした気が‥‥」
一瞬でAU‐KVを起動させ、竜の翼と竜の咆哮を使用した美汐と一人の2名が一気に湖と鰐の間へと割り込んだ。
別の場所で待機中に、事前に防御陣形を発動させていた未来が駆ける。
「それじゃあ、後はお願いします!」
「援護は任せなさい。さて、水辺の王にも鬼の恐ろしさがわかるかしら」
貫通弾を装填した散弾銃を手に、ふーが小さく笑いながら呟いた。
急所突きを発動させ、鰐の脚部を打ち抜く。
「これで少しは動きが鈍るでしょう。湖には戻れないわよ」
離れた場所では、現在の距離を保つ為に、伽織がオルタナティブMと真デヴァステイターを構えていた。
同じく待機ポイントから身を乗り出したユーリも、利き手にGloriaを、もう片手にクロススタッフを構える。
「さてっ、行きますよっ!」
●A班戦闘
「練成弱体完了! 社長閣下の休養を邪魔する不届きものの、成敗の時間ですね」
A班前衛のアズメリアは、後方からのふーや亜の支援を受けつつキメラの注意を常に自らへと向け続けている。
その間に湖への退路を断つべく、未来はキメラの背後へと回り込む。
「足一本潰れてるんだ。湖に戻れることは二度とないわ」
流し斬りを発動させ、ベオウルフを一閃させたアズメリアの攻撃が、キメラの胴を深く裂いた。
体を回転させた反動を利用して僅かに距離を取ったアズメリアを確認して、もう一度貫通弾を装填した散弾銃を構えたふーがキメラの瞳を捕らえる。
「逃がさない」
影撃ち発動。炸裂音と共に、どうしても守る事の出来ない眼球近辺への攻撃に、キメラが大きく身を捩る。
大きく振るわれた尾の先には、盾を構えた未来の姿。
「残念でした! キャルバリーの防御力、甘く見てもらっちゃ困ります!」
シールドスラム発動後、そのままスマッシュ発動で副兵装のストラスでキメラの尾を逆に薙ぎ返した。
鰐の動きを封じる為に、急所突きを発動させて残った脚部へとふーが弾丸を叩き込む。
恐らく最後の攻撃になるだろう事を見越して、亜はアズメリアへと練成強化を施した。
淡く光る武器の柄を刃から遠い位置で握り、アズメリアは駆ける。
「終わりよ」
全身を使って反動をつけ、流し斬りと加速したスピードを合わせた一撃を、キメラの腹部へ。
先ほどと全く同じ箇所へともう一度、深く深く叩き込んだ。
真っ二つに分断されたキメラは、それっきり動かなくなったのだった。
●B班戦闘
サイドに回りこんだロジーは、眼前のキメラを見て瞬時に武装を変更する。
「鰐の鱗‥‥堅そうですわね。でしたらこれならいかが?」
エネルギーガンの照準を、わざと地面とキメラの腹部の間に合わせてトリガーを引く。
ガン、っという音と共に土煙が舞った。
手に天魔を握ったフォルテが駆け出したのを見て、ユーリが一言後方から声をかける。
「フォルテさん! 革は無事でお願いします!」
「はいよ。努力はするよ。こっちも食いたいし」
短期決戦にすればするほど、そのどちらもが叶うパーセンテージが上昇する。
「まだ口は開けないか。だったらその目を貰うぜ!」
くるりと逆手に刀を持ち、キメラとすれ違い様に眼球へとその刃を突き立てた。
痛みに身を捩るキメラの尾が、危うく彼の胴を捉えようとした、その瞬間。
「大人しく鰐皮になりなさ〜い!」
美汐のセリアティスが、キメラの尾を地面に縫い止めた。
「助かったぜ、あんがとさん!」
バッと体を後退させたフォルテを追う様に、キメラが口を開く。
次の瞬間。
「屈んで!」
ユーリの声に、咄嗟に体を屈めたフォルテの頭上を、勢いよく通り抜けていく彼のクロススタッフ。
予定通りに開かれたキメラの口内に、まるでつっかえ棒の様な形で杖が固定される。
「口の中なら、そこまで堅くはないでしょう!」
杖を投げ入れた次の瞬間、ユーリの両手には銀に光る2挺の銃。
ありったけの弾丸全てを口内へと叩き込めば、キメラは体をバウンドさせて引っくり返ってしまう。
勢いで折れた杖と、仰向けになったキメラの隙を、誰も見逃さない。
「お腹はあたしが。口はフォルテにお願いします」
「はいよ任された!」
武装を二刀小太刀に変更したロジーが、側面からキメラの腹部へと流し斬りと紅蓮衝撃の合わせ技で二刀を一気に翻す。
妖刀を手に、豪力発現を発動させたフォルテが全力で飛び上がる。
次いで豪破斬撃を発動させると、重力を利用してそのままキメラの頭部へと落下。
ドォン‥‥という音と土煙。それらが晴れたその場には、フォルテの妖刀に顎から頭までを貫かれ、動かなくなったキメラの姿があった。
●C班戦闘
自身障壁を発動させた天莉が、囮役としてキメラに狙われていたネイへの攻撃をマーシナリーシールドで弾く。
「すまん! 助かった!」
そのままネイは疾風脚を発動させてキメラに肉薄する。
「我が速さ、風の様に柔らかに自在に、ただ速い」
呟きと同時に、二振りの刀を其々一閃させる。
キメラの脚部を薙ぎ払い、体勢が崩れた所を見逃さず、伽織が2挺の引き金を引いた。
狙うは、唯一むき出しの弱点である、目だ。
狙い通りに命中し、キメラが身悶える。
勢いよく振られた尾を器用に避けて、一人は愛用の機械刀を振るった。
「テメェはトカゲじゃねえよな? ならその尻尾、貰うぜ!」
ザン、という斬撃の音と共に、一人の機械刀によってキメラの尾が斬り落とされた。
畳み掛ける様に疾風脚を発動させながら天照と月詠を振るうネイと、援護役の天莉に向かって、大きく口が開かれる。
その瞬間を待っていたのは伽織だった。
ただ、火線上真っ直ぐ、という訳ではなかった。
僅かに目を細めた伽織の表情が目に入った一人は、顔の向きを変えるべく機械刀を下段からの斬り上げる様に翻す。
閃いた刀から身を逸らすべく、キメラは口を開けたまま顔の向きを変えた。
一直線上に開かれた口を確認して、伽織は小さく笑う。
「全く。美しい丘と湖に囲まれたこの地に現れるなんて、無粋この上ない」
強弾撃と影撃ちを発動し、一気にキメラの口内へと攻撃を叩き込んでいく。
「消えろ」
瞳は鋭く、口角だけは笑みの形のままで。
内側への攻撃にのた打ち回るキメラを見て、最後の攻撃を仕掛けたのは今まで防御に徹していた天莉だ。
シールドスラムを発動させ、マーシナリーシールドをキメラに叩き付けると、スティングェンドで喉下を掻き裂く。
音を立てて、最後の1体も地に倒れ伏すのだった。
●戦闘終了後のお楽しみ
とりあえず、戦闘後の休息地として、オレアルティアから提供された彼女の別荘の敷地内で、能力者達はゆっくりとした時間を過ごしていた。
「待っててくれなー。あと少しで焼けるから」
「食器の準備は出来てるわ。使ってこそよね」
倒した鰐をバーベキューにしたり、レーションに混ぜてみたりと食べてみる事にしたフォルテ、ふー、亜、天莉の4人と。
「これだけの革なら、ハンドバックくらいにはなるかな‥‥」
「えっと‥‥ホントに食べるんですか? あの方々」
倒した鰐から革を取って加工してみようと試みるユーリと美汐。
そんなメンバーを苦笑や微笑を浮かべながら見守るロジー、アズメリア、一人、ネイ。
そして『能力者って怖い』なんて思ってしまった未来。
「加工は素人では無理みたいだから、革を持ち込んで加工を依頼してみよう」
ポツリと呟いたユーリの言葉が聞こえていたわけではないだろうが、考えが読めた伽織は一人離れた場所から苦笑しつつ眺めていた。
「今給黎様は、参加されませんの?」
「ティアこそ」
ふと視線を上げたその先に立っていたオレアルティアに、伽織は小さく笑って肩を竦める。
「そうですわね。私は皆様の姿を拝見しているだけで、今回は十分です。次こそは、皆様をバカンスにお誘いしますわ」
視線の先、脅威が去って訪れた保養地は、初夏の色合いを濃く映している。
本格的な夏到来まで、あと僅か。
END