●リプレイ本文
●勘違いと記者
年若い女性記者は顔を真っ赤にして狼狽していた。
「えあ、あの、えぇーっと‥‥」
「そんな‥‥人魚といったら古来よりゼンラと相場が決まっているはず‥‥!」
「‥‥ナチュラリストの場所ではなかったか」
はらりと落ちる1枚の写真。
そこに映し出されていたのは、今回ターゲットになる『半魚獣キメラ』の全身図。
「ぜ、ゼンラーさん、依頼内容、ちゃんと見てくれました?」
「『人魚キメラ退治』じゃなかったのかぃ‥‥」
「私ちゃんと書きましたよね!? 上半身は魚で、下半身がライオンだって!」
体全部で落胆を表現するゼンラー(
gb8572)とティアナは、以前キメラ退治の取材で一緒だった仲だ。
「セーヌと聞いてピンッと来たのだが‥‥」
「だからってどうしてこっちの方はこの格好なんですか‥‥!!」
紫煙を燻らせ首を傾げるUNKNOWN(
ga4276)は、仕立てのいいボルサリーノと脇のホルスターだけを見れば、まだ良かったのだが。
彼は何故か、普段着用しているコートもベストもカフスシャツも、センスのいい小物類も、更に加えてスラックスすらも小脇に抱えた状態でティアナの前に立っていた。
「あぁあの! 依頼内容、本当にちゃんと見て下さったんですよね皆さん!」
「‥‥何時までもからかってないで、服を着てやってくれ」
顔を真っ赤にして絶叫した新聞記者が余りにも哀れに見えたのだろう。
キメラ退治にのみ専念しようとしていた須佐 武流(
ga1461)が、溜息混じりに勘違いしていた男二人へと声をかける。
「新聞記者って大変やんなぁ‥‥」
「分かってもらえま‥‥。‥‥え?」
振り返ったティアナの目に飛び込んできたのは、おでこに『ねおちシール』を貼り付けた犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)の姿。
「‥‥あのー‥‥」
シール顔についてますよ、なんて言っていいのか分からなかった彼女が言葉を濁した原因をきっちりと理解していた犬彦は。
「このシールがある限り、うちはおちへんで」
などと真顔で言い切るものだから。
新聞記者は本当にどうしたらいいのだろうと途方に暮れる羽目になるのだった。
「‥‥色々な意味で無茶な取材だとは思いますが、えぇ‥‥。護衛はきっちりしますから、取材に専念してくださいね」
「‥‥記者って、大変なんですね。本当」
ドタバタから数十分後。
必死のフォロー発言はレイド・ベルキャット(
gb7773)と四十万 碧(
gc3359)のもの。
「‥‥もう、泣きたい‥‥」
「色々な人に出会うお仕事なのですね。新聞記者さんというお仕事は」
項垂れるティアナの肩へと手を置いて、微笑を浮かべるニュクス(
gb6067)は彼女の気を少しでも晴らそうと様々な話題を提供していた。
「ティアナさんはどうしてこんな危険なお仕事をなさっているんですか?」
「えぇと‥‥普段は、お茶汲みとかなんで、危険はないんですけど。たまに編集長が『特ダネ取って来い』って私に持って来るんです」
「わたくしには分からない世界ですわ」
お嬢様のファリア・レンデル(
gc3549)は目を丸くして驚くばかり。
まさかティアナ自身、こんな勘違いだらけの集団になるなどとは考えていなかったのだから、返せる言葉が見つかるはずもなく。
「よし、皆。油断せずに確実にいこう」
「ほぼパンツ一丁で来た人の台詞ですか、それはっ!」
きっかりいつも通りの服装を着こなし、タイを締めながらのUNKNOWNに、思わず数名がツッコミを入れたくなったのも、事実だ。
●戦闘開始
というのが、数十分前のお話。
「あれが、ターゲットか‥‥」
キメラを確認して呟いた碧が、くいっと日本酒を口に運んだ。彼が自らに課した覚醒条件は、日本酒の摂取だからだ。
それを受けて行動を起こしたのはゼンラー。
「支援はバッチリしてあげるからねぃ」
練成強化を前衛となるメンバーから戦闘経験の浅い犬彦、ファリアへと施す。
キメラも能力者達に気付いたのだろう、振り返り、体勢を低く構えた。
「‥‥先に行く」
「え、あの‥‥!」
誰よりも先にキメラへと疾走していく武流を見て、ティアナは驚いた様に声を挙げる。
止めるべきなのかどうすべきなのか分からずに伸ばされた彼女の手をそっと押し留めたのは護衛担当のUNKNOWNだった。
「大丈夫、だよ。彼は強いからね」
元々彼女は後方から現場の取材を行うと言っていたのだから、これ以上先には行かせられない。
「さて‥‥。記事になるわけですから、むやみに暴れ回ったり、公序良俗に反することをしないように気をつけないといけませんねぇ‥‥?」
「‥‥何で拙僧を見るのかねぃ‥‥?」
「こちらも任せてくれ。ティアナのカメラフレームに『写らない様』気を配ろう」
レイドの視線に一瞬怯むゼンラーと、真っ赤になってゼンラーを見ない様にするティアナと、紫煙を燻らせながら頷くUNKNOWN。
「いつまでも此処にいるわけにもいきませんからね。私達も参りましょう」
「護衛は任せました。わたくしは、ただ敵を切り伏せるのみ!」
「道を開く。真っ直ぐ突っ込め」
ニュクスとファリアが駆け出したのを確認して、碧は手にしたフォルトゥナ・マヨールーの照準をキメラへと定める。
背後でレイドと碧が其々の銃を構えた気配を察知して、瞬時に火線上から離れた武流のすぐ真横を、弾丸が飛び抜けていく。
「『銃』よく剛を制す。天国のじじい! あんたの口癖を試すときがきたぜ」
影撃ちを使用し、全弾を叩き込んだ碧が、リロード行為を行いながら言い放った。
キメラとの距離をその行動力で詰めた武流と、スキル竜の翼の連続使用で同じく詰めたニュクス、そして迅雷を使用したファリア。
接近してきた能力者を確認して、キメラはその口を大きく開いた。
キメラと最前線の能力者までの距離、約30メートル。
恐らく、これが情報にあった『水弾』のモーションなのだろう。
「‥‥来るか」
絶妙のタイミングで止められた後方からの援護射撃に合わせて、キメラの攻撃線上に態と体を滑り込ませ、武流はぐっと重心を後方へと移し立ち止まる。
その横を駆け抜けていくニュクスがヒベルティアを突き出すより早く、キメラはその口から大きな水の塊を吐き出した。
その大きさと勢いは、明らかに『ただの水の塊』とは違うと、素人のティアナにでも分かる。
「須佐さん‥‥!?」
一直線に向かってくる水弾を見ても、武流は回避行動を取る様子もない。
UNKNOWNの背中から顔を出した彼女が声を上げるが、誰も武流の行動を止めようとはしなかった。
「大丈夫だよ、ティアナ。‥‥彼は、強いからね」
コートを翻しながら戦闘開始前と同じ台詞を、このタイミングで口にするUNKNOWNのずっと前方で。
シュバルツクローを装備していた武流が、体の重心を一気に前方へと移し、その勢いのままキメラの水弾を叩き割った。
呆然。という言葉がキメラにもあるのかは分からないが。
確かに攻撃を叩き割られた直後、キメラは一瞬動きを止めた。
その隙を能力者達が見逃すはずもない。
「遠距離攻撃するキメラは初めてですが、わたくしの敵ではありませんわ!」
「随分激しい愛情表現ですわね‥‥。さぁキメラさん。ダンスにお付き合い願いますわね」
間合いを詰めたファリアのバスタードソードが一気に横薙ぎに振られる。
咄嗟に身をよじったキメラは致命傷を免れるも、タイミングをずらしたニュクスにまでは反応出来なかったのだろう。
先ずは一突き、そのまま体を舞うように回転させながら薙ぐように一閃。
その攻撃はキメラの脚部を見事切り裂いた。
痛みに呻き、鋭い爪で彼女を抉ろうとしたキメラへと、牽制の意味を込めた射撃を行うレイドが、離れた場所で息を呑むティアナをリラックスさせるべくなるべく柔らかい声を意識して口を開いた。
「人魚、と聞いていたのですが、これはどう見てもアレですよねぇ‥‥。マーライオン的な‥‥。何か水噴いてますし」
「‥‥シーライオン、か。シンガポールスリングを飲みたくなる、な」
「‥‥あ、あはは‥‥」
リラックスは、成功の様だ。
その最中も前衛はキメラと格闘を続けていた。
脚爪「オセ」を装備した武流が、一気に肉薄するとそのまま加速による勢いを伴ったハイキックを首筋へと叩き込む。
勢いを殺さず、着地した足と蹴りこんだ足を逆転させるよう、体を捻り胴体へとミドルキック。
三段目のローへと移る前に、キメラは勢いで僅かに離れてしまった。
「っと! お腹がら空きやでアンタ!」
キメラの繰り出す鋭い爪の攻撃をバックラーで受け流しながら、犬彦が近距離からスコーピオンのカートリッジ全弾を柔らかそうな腹部へと叩き込む。
痛みのあまりか、もう一度水弾を放とうとしたのか。
大きく口を開いたキメラと、バスタードソードを構え、僅かに距離を取っていたファリアとを確認した碧が声を上げた。
「今だ、行け!」
「私も目の前にいるのに余所見、だなんて。つれないお方」
碧の援護射撃を受けて、ファリアが一気に加速する。
ファリアの一撃を確実なものにする為、ニュクスも微笑を浮かべながらキメラの気を惹こうと口を開いて槍を突き出した。
腹部を刺し貫いたニュクスの槍が楔になって動けなくなったキメラには。
刹那と円閃を連続使用し、目にも留まらぬ速さでバスタードソードを横に薙ぎきったファリアの一撃は、正しく映らなかっただろう。
鈍い音を立てて、キメラは綺麗に二つに割られて地に落ちた。
●良い記事の条件
「それで。いい写真は撮れたかな?」
「はい。おかげ様で。きわどい写真はありません」
「面白い記事になりそうですか?」
「それは‥‥面白くしてみせます。だって、私は新聞記者ですから」
何故だろう。
妙にこの1日で打たれ強くなったティアナが、諦め半分の笑顔でカメラを掲げてみせる。
「いやはや、皆さん怪我もないようで何よりです」
全員に飲み物を振舞いながら笑うレイドに頭を下げて、ティアナは愛用の手帳と万年筆を取り出した。
取材の続き、というか、締めになる何かがなければ記事にならないのだ。
ふ、と彼女が視線を移した先には、碧とファリアの姿があった。
「四十万碧さん。今日は貴方に助けられました」
ゆっくりと頭を下げるファリアと、照れているのか少し慌てた様子の四十万のやりとりを、申し訳なく思いながらも、こっそりと聞かせてもらう。
「貴方と、貴方の銃に感謝を」
「いや‥‥僕はそんな‥‥」
なるほど。戦場を離れればこんな出来事もあるのだ。
バグアと戦う能力者、なんて怖いイメージが少しだけあったのだけれども。
当然のこと。
能力者も、人間。一般人と同じなのだ。
思わず笑ってしまったティアナの側にそっと立って、レイドは小さく笑いかけた。
「今回の記事がたくさんの方の目にとまればいいですね。ティアナさん」
「はいっ!」
●フレームに収まったもの
こっそりと。
新聞記者のカメラには様々なシーンが残されていた。
それは、戦闘直後、感極まって脱ぎ始め知人に苦笑されていた巨漢の僧侶が、倒したキメラへの供養をしている姿だったり。
戦闘中はそのコートを翻しながら記者を護り続けていた黒尽くめの男性が、戦闘後に紫煙を燻らせながら日光浴を楽しんでいる姿だったり。
記事に載せるには少しプライベートっぽいな。と考えた記者は、その写真達をそっとデスクの中に眠らせる事に決めた。
――能力者達の力で泡に還った人魚姫は、次に生まれ変わった時には幸せになるだろう。
だって、こんなにも皆、一生懸命に人類を護り続けているのだから。
END