タイトル:【JK】仕立て屋の絵本マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/09 01:27

●オープニング本文


 むかしむかしあるところに、ひとりの若者がおりました。
 若者は小さな村の生まれだったので、家族のためにと大きな町にある仕立て屋さんへと奉公に出ておりました。
 まだ若いというのに、彼の仕立てる服はそれはそれは大好評。
 いつかきっと、有名なお店を作るのだと、彼は夢見ていました。


 ■□□■


「‥‥で。僕は何でこんな事してるんだっけ‥‥」
 寝不足の目を擦り、大きく欠伸をひとつ。
 特製コーヒーを啜りながら、ヴォルフガンクは小さく溜息をついて頭をガシガシと掻いた。
 彼の目の前にあるのは、彼特製の情報端末 ――ではなく、一枚の原稿用紙。
「僕は、科学者であって、絵本作家じゃないんだけど‥‥」
 とはいえ、引き受けてしまったものはしょうがない。
 原稿用紙は、一番最初の行だけが埋められていた。
『ジャックの仕立て屋』
 おそらく、この原稿用紙に綴られていくのであろうお話の、タイトルになるものだろう。
 しかし、肝心のその後は白紙。
「‥‥やっぱり、安請け合いしなきゃよかった」
 もうひとつ溜息をついて、女顔の科学者は原稿用紙へともう一度目を移した。


 ■□□■


 ヴォルフガンクは想像力、というか物語を作る事には長けていない。
 彼が得意とするのは設計と実験。データ収集だ。
 だったら、こういうのはどうだろう。
 思いついたアイデアに、珍しく機嫌よさそうな表情を見せたヴォルフガンクは、別の用紙を引き出すのだった。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ヴィー(ga7961
18歳・♀・ST
相賀翡翠(gb6789
21歳・♂・JG
朧・陽明(gb7292
10歳・♀・FC
ソウィル・ティワーズ(gb7878
21歳・♀・AA
八尾師 命(gb9785
18歳・♀・ER
美村沙紀(gc0276
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●配役・登場人物
猫・花屋:相賀翡翠(gb6789
謎のお客さん:八尾師 命(gb9785
若者の友人:ヴィー(ga7961
若者の友人:ソウィル・ティワーズ(gb7878
小悪魔:美村沙紀(gc0276
衣服の妖精:朧・陽明(gb7292
仕立て屋の若者:ヴォルフガンク
語り手:UNKNOWN(ga4276

●むかしむかし
 ――むかしむかしあるところに、ひとりの若者がおりました。
「‥‥で、どうして僕が仕立て屋なの‥‥」
「まぁそう言うなって。似合ってるぞヴォルフ!」
 若者の不思議な独り言に、何処からか仲のいい友人の声が返ってきました。
 若者の名前はジャック。ですが、何故か渾名はヴォルフです。
 突っ込みは受け付けませんのであしからず。
「翡翠。僕、参加するつもりなかったんだけど‥‥」
「主役はお前だ。がんばれ! 指示通りに演じればOKだから!」
 すっごくいい笑顔で親指を立てている姿が想像出来ます。
 ヴォルフは溜息を吐いて、目の前に置かれた台本(という名のカンペ)へと視線を移しました。
「‥‥きょうもいいてんきだなあー」
「ふむ。ヴォルフ、もう少し感情を込めて台詞を言ってみないかね」
 と、ここで語り手であるUNKNOWNから苦笑交じりの指導が入ります。
「そう言われても、僕は、得意じゃない」
「台本通りの言葉が難しかったら、自分風に変えてもらっても大丈夫ですよ」
 にっこり笑って絵本の舞台に上がってきたのは、友人役のヴィーでした。
「がんばれー」
「うわぁ、すっごくいい笑顔。翡翠さん容赦ないなぁ」
 さっきまで舞台袖で翡翠と共にスタンバイしていたソウィルも舞台へと上がってきました。
 お話を続けましょう。

「おはようございますヴォルフさん。今日もいい天気ですね」
「おはようヴォルフ。朝ごはんまだでしょう? 焼きたてのパンを持ってきたから、一緒に食べようよ」
「ん‥‥おはようヴィー、ソウィル。降水確率は10%だから、今日は晴れるよ」
 仕立て屋さんだというのに、若者は妙な方向に詳しい人間でした。
 布を裁ちきるときも、抵抗がうんぬんとか効率的な裁断方法は、とか口走る人間です。

「って、こら待てヴォルフ。科学者精神はそっと横に置いとけ。今は芝居に集中!」
「‥‥分かった」
「‥‥話を戻しても構わないかな?」
「ん。どうぞUNKNOWN」

 今日は若者が店番の日でした。
 ここの店主は放浪癖があり、よく旅に出てしまうのです。
 何でも、自分の仕立てた服を大勢の人に見てもらうため、だとか。
 自分で仕立てた服を着こんでよく店を空ける店主ですが、腕は確かです。
「今日の予定はどうですか?」
「ん‥‥。仕立ての仕事なら、今日はないよ」
「まぁ、たまには暇なのもいいかもしれないけどね」
 ヴィーとソウィルと一緒にお茶を飲んでいた若者でしたが。
 カランカラン、というドアベルの音に、視線を上げました。
「おはようございます〜。腕のいい仕立て屋さんは、ここでしょうか〜?」
 見た事のない若い女性が、手に大きな荷物をもって来店したのです。
「‥‥店主なら、留守。腕は、自信ない」
「‥‥カット」

「頼むヴォルフ。アレンジしてもいいけど、正反対の内容になってる」
「ここは『いらっしゃいませ。お客さん』ですよ」
「‥‥僕は、裁縫の経験ない」
「それでは話が進まないのだよ。お芝居とは、自分とは真逆の人物を演じる事もあるのだからね」
「‥‥気をつける」
 さぁ、話を戻しましょう。

「いらっしゃい。今日は何の御用?」
 大きな荷物を持った女性をいつまでも立たせておくわけにはいきません。
 椅子をすすめて、ヴォルフは女性へと問いかけました。
「実は、奥様の新しいドレスを、貴方に仕立てて頂きたいんです〜」
「‥‥僕?」
 女性は頷くと、大きな荷物をどさりと机の上に置きました。
 それは、とてもとても広くて長い反物でした。
「うわぁ、すっごく上等な布ですね」
「ドレス作るのにこんなに布がいるのかしら?」
 ヴィーとソウィルが目を丸くしています。
 それもそのはず。反物の長さはとても長く、いくらドレスを仕立てるにしてもこんなには使わない、というほどだったのですから。
「‥‥ねぇ。これ、どうやって持ってきたの? 重さが半端ないと思うんだけど‥‥」
「カーット!!」

「だって」
「だって、じゃない。絵本なんだから、そういう所はスルーだ!」
「でも」
「ヴォルフ!」
「‥‥了解」
 お話に戻ります。

「それで、どんなデザインがいいの?」
 若者の問いに、女性は笑みを浮かべたまま口を開きました。
「夜空と満月を連想させるようなドレスにして下さい〜」
「それ以外は?」
 首を傾げたヴィーに、女性はにっこり笑ったまま首を横に振ります。
「それだけです〜。あとは、仕立て屋さんにお任せしますから〜」
「サイズはどうすればいいのかな?」
「それはこちらに書いてあります〜」
 一枚の紙を手渡されて、ソウィルはそれをヴォルフへと渡しました。
「それでは、出来上がりを楽しみにしていますね〜」
 それだけを言って、女性はお店を出て行ってしまいました。
 とても大きな布と、一枚の紙切れを前にして、若者は途方にくれてしまうのでした。
「そりゃそうでしょ。誰だって困るんじゃ‥‥」
 ポツリと呟いた若者は、どこからともなく感じた悪寒(というよりも、舞台袖でハリセンを振りかぶっていた翡翠の視線)に口を閉じました。
 若者は、目の前の布をひとまず置いておいて、型紙を作る事にしました。
「布の大きさが‥‥だからここはこう‥‥でも少し‥‥」
 大きな布ですが、それでもお客さんの持ってきた大切な布です。
 少しでも余分なところを削って、効率よく布を活用しようと、若者は一生懸命に設計します。
「設計、はちょっとおかしい気がするんですけど‥‥」
「しーっ! 折角ヴォルフが頑張ってるんだから、ここは見守ってあげようよ」
 若者の友達であるヴィーとソウィルは、仕立てに関しては素人ですから、本職の若者にどうこう言えません。
 けれど、根をつめそうになっている若者の気分転換と休憩に、お菓子や飲み物を差し出したりする手助けをしていました。
「ヴォルフさん。余ったハギレでコサージュを作る、というのはどうですか?」
 ヴィーの提案に、型紙と睨めっこしていたヴォルフは顔を上げます。
「コサージュ?」
「そうだね。そういう小物も作ってみるといいかもしれないよ。これだけの布なんだから」
「‥‥聞いてもいい?」
「うん。何?」
 ソウィルを見上げたヴォルフが、不思議そうに口を開きました。
「ハギレ、って、何」
「はいカットー」

「ハギレ、っていうのは‥‥」
「ふぅん。知らなかった」
「よし。話を続けようぜ」
 ということで、お話に戻りましょう。

 どうにかこうにか型紙を作り終えた若者は、早速ヴィーとソウィルに手伝ってもらいながら布を型紙どおりに切り抜いていきます。
 時々、はさみの使い方にハラハラしたヴィーやソウィルが、布を裁断するのは自分達がやろうかと言ってくれましたが、若者は頑張って自分でやると言いました。
「やってもらった方が、早いのに」
「聞こえない。俺は何も聞こえない!」
 ポツリと呟かれた若者の言葉に、何処からか声が聞こえてきますが、これはお話の中には出てこない会話なので、スルーしましょう。
 若者は頑張って仕立てを進めていきますが、なかなか上手くいきません。
 そんなときでした。
「むふふふ、もう諦めちゃいなよ〜」
 ポンッと音を立てて、小さな悪魔が若者の作っていたドレスの上に現れたのです。
「‥‥僕もそうしたい」
「駄目だめー! ここまで頑張ってきたんだから、最後まで頑張ろうよ!」
 もう一度ポンッと音を立てて、今度は羽の生えた妖精が若者の前に姿を現しました。
「折角、ここまで頑張ったんだよ? 諦めたらもったいないよ!」
 妖精の陽明の言葉に、小さな悪魔の沙紀はえー、っと頬を膨らませます。
「でもさぁ、頑張っても無駄ならやめといた方がいいとおもうよ〜?」
「そうだね」
「むふふふ、彼だってこう言ってるしさ〜」
 小悪魔・沙紀はどんどん若者のやる気をなくしていこうとするのです。
「駄目ったらだめ! だって、ヴォルフが信頼されて任された仕事なんだよ!」
 その言葉に、若者はピクリと動きを止めました。
 いくら彼に自信がなくたって、お客さんは彼に仕立てを頼んだのです。
 若者にだって、プライドがあります。
「‥‥任された以上、やる」
「そうそう! みんな応援してるよっ!」
 やる気を取り戻した若者は、今まで以上に頑張って仕立てをすることにしました。
 小悪魔・沙紀はその姿を、珍しそうに見ながら、時々挫けそうになる若者へと。
「むふふふ、もうだめだめ諦めちゃいなよ楽になるよ〜」
 などとちょっかいを出していましたが、若者は頑張ります。
 それこそ寝る間も惜しんで仕立てを続けようとするので、ヴィーやソウィルが休憩の時間をしっかりと作って、休ませてあげなければならないほどに、頑張ったのです。
 そうしてついに。
「‥‥何とか、なるかな」
 若者は、一枚の素敵なドレスを完成させようとしていました。
 お客さんの要望に沿った、見事なシルエットでした。
「へぇ。なんとかやり遂げようとしたんだ‥‥じゃあ、私の役割はここまでだね」
 そのドレスを見て、沙紀は笑いながら若者の頭を撫でます。
「ごめんね、色々ちょっかいかけて。これは貴方の心の強さを試していたんです。でもこれで大丈夫。後は頑張ってね〜!」
 どうやら沙紀は、若者が本当に仕事をやり抜くかどうかを見定めたかったようです。
 けれど、みんなのアドバイスを聞きながらも頑張った若者を見て、安心したのでしょう。
 現れたときと同じ様に、ポンッと音を立てて姿を消してしまいました。
「あと少しだね。頑張ってヴォルフ」
「ん‥‥」
 後は細部のデザインを加えていくだけ、というその時。
「腹減ったー!」
 大声を上げながら、ドレスの置かれていたテーブルに、どかりと猫が現れたのです。
 ドロドロの足のままドレスの上に乗っかった翡翠は、テーブルの上に置かれていたお菓子を口に運ぼうとしました。
「‥‥翡翠」
「あぁっ! ドレスが‥‥!」
 若者がテーブルの上でお菓子を食べている翡翠を睨みつけます。
 仕方ありません。折角あと少しで出来上がるところだったドレスが、猫の肉球スタンプつきになってしまったのですから。
 物凄い視線を感じながら、翡翠はだって、と口を開きました。
「腹が減ってんだから仕方ねぇだろ」
「‥‥いい度胸だね、翡翠」
 と、そこで若者は何処からともなくクリップボードを取り出し、思いっきり猫目がけて振り下ろし‥‥。
「ちょ、待て! ヴォルフ、これ芝居だ!」
「どうするの、これ」
「クリップボード禁止! 駄目だカットーーー!!!」

「だって、折角ここまでやったのに、翡翠が乗っかるから」
「だーめーだっ! シナリオ曲げるの駄目絶対!!」
「‥‥分かった」
 お話に戻ります。

 汚れてしまったドレスを見て、全員が途方にくれてしまいました。
 元凶の猫はといえば。
「仕立て屋ならなんとかしろよ」
 と言って、逃げていきました。
 しっかりちゃっかり、お菓子は持っていっています。余程おなかがすいていたのでしょう。
「取り込み中でした〜? ‥‥まぁ、大丈夫だとおもいますが‥‥」
 そこに、猫と入れ替わるように、ドレスを頼んだお客さんがやってきました。
「あ‥‥」
 どうしたものかと口を閉ざしてしまう若者とその友人を見て、女性はにっこり笑ったままこう言いました。
「受け渡しの日ですが、お城まで来てもらえますか〜?」
 お城には、この国の女王様が住んでいます。
 滅多なことではお城の中には入れませんが、前にこの店の店主はそこへとよく行っていました。
 きっと女性の言う奥様は、お城で働く誰かなのだろうと思って、若者は頷きました。
「それでは、受け渡しの日を楽しみにしてますね〜」
 笑顔のままお店を出て行く後姿を見て、若者と友人は顔を見合わせるのでした。
「でも、どうしたらいいんだろう」
「うぅ〜ん‥‥」
「一から作る時間は、もうないしね‥‥」
 気分転換に外へと出た若者とヴィー、ソウィルが困り顔で歩いていると。
「ん? どうしたどうした、3人とも表情が暗いぞー?」
 顔見知りの花屋さんが声をかけてきました。
 さっきの猫とよく似た顔ですが、彼は花屋さんです。
「あと少しで完成っていうドレスに、何処かの猫が乗っかった。泥まみれの足で」
 トゲトゲした口調の若者に、花屋さんはひくりと顔を引き攣らせながらも考えました。
「それなら、足跡の上に花を飾ったらどうだろう?」
 とてもいい案です。きっと素晴らしいドレスになるでしょう。
 けれども、花は生き物です。切って飾っても、そう長くは綺麗に咲いていてくれません。
「それなら陽明におまかせっ!」
 ポンッと音を立てて姿を現した妖精・陽明が、花屋さんの用意した花へとおまじないをかけます。
 すると不思議な事に、見た目は先ほどまでと同じなのに、なんとそれは布で出来た花に変わったのです。
「これならドレスに縫い付けても平気だって!」
「早速仕上げに戻りましょう!」
「お客さんとの約束まで、あと少しだからね」
 目の前で花が布製になったことに驚いている若者が、それを指摘する前に。
 ヴィーとソウィルは若者を連れてお店へと戻りました。
 沢山用意してもらった花を、上手に足跡の上へと縫い付けて、最後の仕上げも終わらせた若者の目の前には。
 それはそれは美しいドレスがありました。

●めでたしめでたし
 依頼人の顔を見て、若者は驚きました。
 それもそのはず、お客さんとして来ていた女性が、女王様が座る椅子に座っていたのです。
「やはりあなたに依頼したのは正解でしたね〜」
 命女王様は、態と大きな布を持っていって、仕立て屋さんの噂が真実なのかどうかを試そうとしたのだと教えてくれました。
「このドレスを作っているときのお話を、聞かせて貰えますか〜?」
 若者は嘘偽りなく、手助けしてくれた友人と妖精と小悪魔、そして猫と花屋さんの事を話します。
 女王様は若者の正直な性格と、見事なドレスの出来栄えに喜んで、若者を女王様のお抱え仕立て屋として援助していく事にするのでした。

 こうして、若者は『女王様も満足する腕利きの仕立て屋さん』として、有名になったのでした。
 今でも、何処かの町の片隅に、そのお店はあるのかもしれません。
 お店の名前は『ジャックの仕立て屋』
 そこには時々、おなかをすかせた猫や、若者の友達、顔見知りの花屋さんに、若者に仕立てを教えてくれた師匠。
 そして、妖精や小悪魔も現れるという噂です。

「めでたしめでたし」
 そこまで読み終えて、UNKNOWNは眠ってしまった知人の娘の頭を撫でる。
 即興のわりには、なかなか楽しい話に出来上がったはずだと、緩く口角をあげながら。

END