タイトル:【初夢2】恋人達の初夢マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/20 03:39

●オープニング本文


※ このオープニングは架空の物になります。このシナリオはCtSの世界観に影響を与えません。



 初夢。
 それは、元旦かもしくは2日に見る夢の事だ。
 普段見る夢と違って、この初夢というものはその日だけしか見る事が出来ない。
 もし、そんな特別な夢で、愛しい人と過ごせたり、片思いの相手と恋人になれたら、それは幸せな事この上ないだろう。
 能力者だって人間だ。
 恋人同士でも片思いの相手でも、そんな人との夢は見たいだろう。
 幸せな夢を見る権利は、誰にだってあるのだから。

 これは、貴方の夢の物語。
 甘く、現実ではなくても幸せな、貴方だけの夢。

 貴方はどんな夢を見たいですか?


 12月31日の朝。
 枕元においてあったカードには、そんな不思議な内容が書かれていた。
 傍には、一錠のカプセル。

『初夢用 ステキユメミールZ』

 真っ白な薬のパッケージには、そう印刷されている。
 これを飲めば、望む幸せな夢が見られる、という事なのだろう。

「‥‥‥‥」

 飲みたくなるのも、仕方のない事である。

●参加者一覧

/ 藤田あやこ(ga0204) / 榊 兵衛(ga0388) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 伊藤 毅(ga2610) / UNKNOWN(ga4276) / ユーリ・クルック(gb0255) / 八葉 白雪(gb2228) / ファブニール(gb4785

●リプレイ本文

●<また、夢で> 出演:ファブニール(gb4785
 制服に身を包んだファブニールは、ぼんやりと自分の掌を見つめていた。
「‥‥あれ?」
 不思議な感覚が彼を包んでいる。
 どうして制服を着ているんだろう。どうして学園に向かっているんだろう。
 どうして‥‥。
「‥‥そっか。今日は珍しく早起きしたんだっけ」
 忘れていた事を思い出して、彼は小さく頭を振った。
 ファブニールは学生だ。
 学生が登校する事は何もおかしい事ではないのだから。
 再び歩を進めだしたファブニールが、最後の角を曲がり、その視界に校門を映した。
 次の瞬間。
「あの‥‥おはよう御座います! 今日からこの学園に通います! よろしく!」
 ばったりと出会ったのは、見知らぬ少女だった。
 元気のいい声と、真新しい制服。そしてよく似合っているツインテール。
「え‥‥っと」
 目を丸くしながらファブニールは考える。
 いきなり声をかけられて驚いたのもあるが、目の前の少女が緊張しながら自分の次の言葉を待っているのにも気づいているから。
「転校生?」
「あ、はい!」
「それじゃ、職員室が分からない、とか?」
 困った様に頷く少女の前を通り過ぎる。
 今度は少女が目を丸くしていた。
 ほんの数歩だけ先を歩いて、ファブニールは少女へと振り返った。
「場所、分からないんだよね? 案内するよ」
「‥‥はいっ!」

 その時は、それだけだったのだけれど。

 廊下ですれ違う度に、彼女は元気よく声をかけてくれた。
 最初は挨拶。そして雑談が出来るほどに仲良くなって。
「なぁ。お前とあいつ、付き合ってんの?」
「だから、何でいきなりそうなるんだか‥‥」
 茶化し半分で周りからそんな事を言われたりしたけれど、確かにファブニール自身も、元気で可愛いあの子が気になって仕方なかった。
 だから、本当のところ、あの言葉を口にしたとき。
 平気そうな顔をして、ふざけ半分で言ってるみたいに見えただろう彼に、彼女は真剣に受け止めてくれた。
「僕と、付き合ってくれる?」
「うん。いいよ」
 真っ赤になった二人は、お互いに顔を見合わせてその後笑いあった。

 幸せは、いつだって夢の様。

 普通の学生みたいに、デートしたり、学園祭で何だかちょっといい雰囲気になったり。
 そんなちっぽけで、だけど手放したくない幸せだったのに――。

「――っ!?」
 勢いよく跳ね上がった体は、小さく震えていた。
 灰色の天井から、ほんの少し日に焼けた壁紙へ視線を移して、ファブニールは前髪を掻きあげる。
「‥‥そうか‥‥今は、ラスト・ホープにいるんだ‥‥」
 眠りに着く前の事を、ちゃんと覚えている。
 枕元に置かれていた薬を、ほんの少しの希望を持って飲んだ。
「それで、あんな夢を見たのかな」
 幸せだったあの頃。
 幸せを、幸せだと思う間もなく過ぎていってしまった、あの頃。
 そして絶望を覚えた、あの、忘れる事の出来ない事件を。
「改めて思い出すなんてね」
 そう。切欠なんてどこに転がっているか分からないものだ。
 あの事件は、そう。不幸な事故だったとしか言えないものだった。
 どれだけファブニールが悔やんでも、恐らく回避できなかった、そんな『タイミング』の問題。
 待ち合わせに遅れて、走っていたファブニールと、恐らく待ち合わせ場所で頬を膨らませて待っていただろう彼女。
 彼が待ち合わせ場所に着いたそのときには、もう全てが終わっていた。
 いなくなってしまった彼女と、命を摘み取ったキメラと。
「でも‥‥今は、少し違うんだ。怨んだり、呪ったり。それだけじゃないって、気づいたから」
 だから、もう少しだけ待っていてほしいと思う。
「自分の守りたい人達の敵となるものを打ち倒す。少しでも皆が笑顔でいられるように‥‥」
 だから、もう少しだけ。
 もう少しだけ、待っていてほしい。
「愛してる‥‥これからはずっと、一緒にいよう」
 小さく笑みを浮かべて、ファブニールは小さく小さく呟いた。
「また、夢で逢おうね‥‥」
 伝えられる日は、まだ、遠い。

●<夢は、夢> 出演:藤田あやこ(ga0204
 メルヘンチックな花畑の中を、あやこは踊る様に駆けていた。
「うふふ‥‥」
 反響する笑みに応えるのは、白いスーツを身に纏った黒髪の美男子だ。
「あはは‥‥」
 あやこを追いかける様に現れた男は、この辺りで有名な伯爵ヴォルフガンク。
 つい先日、あやこと彼はとある教会で結婚式を挙げた。
 少しばかり気の急いてしまったあやこが、お決まりの台詞『健やかなる日も‥‥』という牧師の言葉を遮って。
「伯爵は私の婿ー」
 と叫んでしまったのはいい思い出。

 ヴォルフ伯爵の妻であるあやこは、大きな天蓋つきのベッドで睡眠を取っていた。
「んー、ムニャムニャ‥‥もう鉄くず食えねぇ‥‥」
 お世辞にもいいとは言えない寝相だが、それでも愛した人の姿は可憐なバラの様に見えてしまうのが、新婚夫婦の恐ろしいところ。
「全く。しょうがない眠り姫だな」
 トントンと、リズミカルに響く包丁の音。
 音の主が夫であるところが、この家庭の魅力の1つ。
 包丁を置いてベッドへと歩み寄った夫が、あやこの頬へと小さなキスを落とした。
「ほら、おはようあやこ‥‥。FRの煮付けも、刻みHWのサラダも出来てるよ」
「むにゃむにゃ‥‥」
 朝に弱い妻を見て、苦笑しながら夫は呟く。
「フッ‥‥『あやこだからしょうがない』か‥‥」
 新婚家庭の幸せいっぱいな情景が広がっていた。

 そして景色は急激に切り替わる。
 あやこは自身の愛機を巧みに操り、戦場を駆けていた。
 もちろん夫であるヴォルフ伯爵も共に。
「伯爵夫人とお呼び〜」
 高笑いが付いてきそうなそんな台詞と共に、巨大ゴーレムをゲシゲシと足蹴にするあやこを見て、夫は少しタジタジだ。
「そのへんにしておけよ‥‥」
「あ〜た! ゴーレムは1体見つけたらその百倍はいるザマスよ」
 実はカカア天下なこの家庭。
 物凄い形相で叱られながら、夫は小さくなるしかない。
「ホーッホッホッホ!」
 もうそれ以上は過剰防衛だ。そんな声が聞こえてきそうな次の瞬間。

「‥‥なんだ、夢かぁ」
 目を覚まし、気だるげに髪を掻きあげたあやこは枕元の目覚まし時計を眺めた。
 昨日飲んだ薬が、本当にそんな夢を見せたのだろうけれど。
「もう少し、余韻に浸りたかった‥‥」
 ぽつりと残念そうに呟いて、そろりとベッドから足を下ろす事になるのだった。

●<夢で逢えたら> 出演:ユーリ・クルック(gb0255
 動物園の入り口。
 少し離れた入場ゲート前では、デートのお相手が金色の髪を靡かせながら待っている。
「お待たせしました、オレアルティアさん」
「いいえ大丈夫ですわ。お気になさらずに」
 微笑を湛えたままのオレアルティアに同じく笑みを返して、ユーリは彼女のほんの少し前へと立った。
「やはり動物園というものは混雑するものなのですね」
 その言葉を受けて、ユーリは軽く拳を握って息を呑む。
「あ、あの‥‥オレアルティアさん。混雑してますし、その‥‥」
 首を傾げた彼女へと、顔を赤らめながらそれでも、立派に『男の子』の表情で。
「えっと‥‥手、繋いでもいいですか?」
 きょとんと目を丸くした後、ユーリの表情を見つめて、彼女はふんわりと微笑んだ。
「えぇ。喜んで、ユーリ」

 好きな人と手を繋いでデート。
 緊張から顔を赤くしていたユーリも、暫く経てば慣れて笑みを返せるようになっていた。
「今日は本当にいいお天気ですね」
 絶好のデート日和です。
 本当なら、堂々とその続きを口にしたかったのだけど、やはりそれは照れくさかった。
 そのかわり、と握った手にほんの少しだけ力を込めれば、隣を歩く彼女も擽ったそうに笑みを浮かべる。
 動物園に来たというのに、どうしても視線の先には彼女がいる。
 いつもは柔らかい微笑みだけを浮かべている様に見える彼女が、自分の前でだけ色々な表情になるのが、嬉しかった。

「オレアルティアさん、はいっあ〜ん」
 昼時。
 言葉に合わせて口を開いた彼女へと、一口サイズに整えた卵焼きを与えたユーリは、手製のそれを褒め称えられて嬉しそうに目を細めた。
「私だけはズルイでしょう? さ、ユーリ。あーん」
 同じ様に卵焼きを差し出してくる彼女を見て、一気に赤面したユーリが慌てて顔を伏せるも、眼前の愛しい彼女は許してはくれない。
「‥‥あーん」
 意を決して口を開けば、甘い甘い卵焼きが放り込まれる。
「美味しいですわね」
「‥‥はい」
 自分が作ったはずなのに、こんなに甘かったかな。
 そんな事を考える余裕くらいは、あった。

 帰り道。動物園のゲート前で。
 くいっと引っ張られる感覚を覚えたユーリは、そのままの勢いで振り返った。
「?」
 眼前に広がった金色に、目を丸くして固まってしまう。
 そっと、触れ合ったのは――。

「うわぁっ!?」
 けたたましいアラーム音に驚いたユーリは、勢いよく身を起こした。
「‥‥あれ?」
 さっきまで夕暮れの中、好意を寄せる相手と一緒にいたはずなのに。
 外は、今日も晴れ渡った空が広がっている。
 あれが夢だったのだと気づいた時もまだ、彼の心臓はまるで跳ねる様に勢いよく胸を叩いていた。
「‥‥もう一回寝たら、続き見れないかな?」
 赤くなった顔を片手で隠しながら、小さく苦笑をもらす。
 枕元に残っていた薬のパッケージが、ユーリの背中を叩いていた。
 あれが本当に、夢のままでもいいのか、と。

●<あたたかい夢暮れ> 出演:榊兵衛(ga0388) クラリッサ・メディスン(ga0853
 傭兵として過ごした日々を超えて。
 兵衛とクラリッサは夫婦として、夫の生まれ故郷に程近い田舎での生活を始めていた。
 妻であるクラリッサは、小さな診療所で医者を。夫である兵衛は田畑を耕し、農作物を育てる日々。
「それでねぇ‥‥。 ? 金髪先生、どうかなすったかい?」
「‥‥いえ、ごめんなさいねお爺さん。少し、思い出していたんです。昔の事を」
 このささやかな幸せを得るまでの日々は、けして楽なものではなかった。
「きんぱつせんせー、たいへーん!」
 幼い声に、思わず笑みが零れてしまう。
 最初に産んだ双子と同じ年くらいの男の子が、パタパタと駆け寄ってくるのが見えたからだ。
 その声に続いて聞こえてくるのは、三つ目の結晶の泣き声。
「あかちゃん、ないちゃったよー」
「教えてくれて有難う。そろそろ、ご飯の時間なのね」
「おぉ、忙しいねぇ金髪先生は」
 苦笑して去っていく老人と男の子を見送って、クラリッサはそっとベビーベットへと歩み寄る。
 眠っていたはずの黒髪の赤子は、母親を確認して張り上げていた声をほんの少しだけ小さくした。
「‥‥あらあら。寂しがりやな所は、誰に似たのかしら?」

「おとーさーん!」
「おべんとー!」
 幼い声に、兵衛は持っていた耕具をそっと降ろした。
 駆け寄ってくる黒髪の男の子と金髪の女の子は、数年前に妻が産んでくれたかけがえのない結晶達だ。
「あぁ、もうそんな時間か。有難うな」
 娘の頭を撫で、息子を一気に抱き上げれば、弾ける様に子供達は笑う。
 この子供達が産まれる前、兵衛も妻も戦場にいた。
 あの頃の自分には、果たしてこんな未来を想像する事が出来ただろうか。
「おかーさんのごはん! はやくたべようよ!」
「おなかすいたー!」
「そうだな‥‥。でも、好き嫌いは駄目だぞ?」
 しっかりものの妻は、きっと上手な料理方法で子供達の苦手な野菜を美味しくしてくれている。
「うー」
「おとーさんのいじわるー」
 顔を見合わせて口を尖らせた子供達を見て、兵衛は小さく苦笑した。
 そんな子供達が、結局残す事もなく全てを食べ終えて、そして一通りお手伝いと称した遊びを続け。
 そして農園の片隅で眠ってしまう事なんて、父である兵衛にはお見通しである。

 夕暮れ。
 元気よく前を駆ける子供達に続いて、兵衛は家へと帰宅する。
「おかえりなさい、あなた」
 玄関で軽く背伸びをして口づけを落とす妻は、変わらず彼にとっての一番だ。
「ただいま。‥‥あぁ、そうだ。今日の収穫は外に置いてあるから」
 そして、挨拶の口づけにすら照れてしまう夫もまた、変わらず彼女にとっての一番。
 戦場を駆けていたあの頃と唯一違うのは。
 一番があと三つ増えた事。
「夕食はもう出来てますから。さ、皆手を洗ってきて下さいな。しっかり洗わないと、ご飯の後のデザートは抜きですよ」
 クラリッサの後半の言葉は、子供達に向けられたものだ。
 一番はひとつだけでなくてもいい。
 自分と、比翼の存在と、子供達。
 その全てが、クラリッサと兵衛にとっての、一番。

「‥‥という夢を見たんです」
「成程な。あの薬は本物だった、という訳か」
 目覚めたときに感じた不思議な予感は、2人に共通するものだった。
「いつか‥‥そんな生活を送りたいな」
「ええ‥‥きっと」
 この愛を、見た夢を確かなものにする為に。
 今はまだ、この争いの世界を生きていく。

●<光と影の夢に> 出演:白雪(gb2228
「‥‥き。白雪。大丈夫かい、白雪?」
 は、と目を見開いた白雪が声のする方へと視線を向けた。
「本当に、大丈夫かい?」
 問われて白雪は自身の置かれている状況について、再確認する。
 高砂の上に2人で座り、彼の纏う服は紋付袴。
 そして自分は白無垢。
「‥‥あれ? 私‥‥今、何をして‥‥」
 そうだ。
 自分は今、彼との結婚式を‥‥。
 やっと状況を飲み込んだ白雪が、心配そうに自分を見つめている夫となる幼馴染へと笑みを浮かべた。
「そっか、結婚式‥‥ごめんね。うたた寝しちゃってたみたい」
 幸せなはずなのに、零れる涙は何故だろう。
 優しくその涙を拭ってくれる彼が優しくて、そして嬉しくて。
 だから涙が出るのだと、白雪はそう決めたのだ。

 スクリーンの向こう側で映されている様な感じ。
 真白のこの『夢』へのイメージは、まさにその言葉に尽きるものだった。
「‥‥嫌なものね。折角都合のいい夢を見られるというのに、夢だと気づいてしまうなんて」
 夢を見ている最中の白雪はきっと気づかない。
 これは、夢なのだという事実には。
 何故なら白雪は暖かい日差しの元にいるのに、真白の頭上には満ちた月が昇っているのだから。
 そう。これは、夢なのだ。
 愛しさと、羨ましさを抱かせる妹の見る、夢。
 ふいに後ろに『現れた』人影へと、真白は声をかける。
「‥‥夢の中でも、貴方はいつも影なのね」
 振り向いても振り向かなくても、真白の声を受け止めるものは常に『影』だ。
 だから、振り返らない。
 けして自分の手に得られるものではないと、知っているから。
「相変わらずよ。あの子は元気にしているわ。‥‥そう。まだ、貴方の事を忘れられないみたいだけど」
 スクリーンの向こう側で、白雪が微笑んでいる。
 影が姿を持てばああなるだろうと確信が持てる、幼馴染の男と共に。
 婚儀は滞りなく進んでいく。
 影ふたつは、それを向こう側から見ているだけ。
 ふ、と真白は顔を上げた。
 白雪の覚醒が近い事を感じ取ったからだ。
 目覚めてしまえば、夢は終わる。
「‥‥最後に聞かせて。私という存在は、貴方にとって何だったの?」
 世界に生れ落ちる前に、終わってしまった自分と言う存在が、幼馴染にとってどんな対象だったのか。
 友人? 恋人の姉? それとも‥‥
「‥‥やっぱり、いいわ。こんな答え、聞いたって意味がないから」
 後ろの影は答えない。
 それも、分かっていた事だ。
 急速に落ちていく夢の記憶を眺めながら、真白は自嘲気味に開いた唇から言葉を零す。
「だから、夢は嫌い‥‥。夢の世界ですら、私は辛いだけだもの」

 いつもよりぼんやりとした覚醒だと実感しながら、白雪は伏せたままちらりと視線を移した。
 視界に入る、昨日飲んだ薬の空きパッケージ。
「‥‥お姉ちゃんは、どんな夢を見たの‥‥?」
 白雪の問いかけに答えるものは、いなかった。

●<夢は仔猫と狼で> 出演:UNKNOWN(ga4276
 成程。とUNKNOWNは目を通していた書類からちらりとそれを一瞥して、ひとつ頷いた。
 どうやら彼の膝元で丸まっている仔猫は随分弱っていたらしい。
「悪戯には飽きたのかな?」
 そっと金糸を撫でてやれば、ぐずる様にそれは彼のカフスシャツをきゅっと握り締める。
 お互いに忙しかった年末を無事乗り切って、この部屋へと休憩にやってきたのだが、どうやらそれは正解だった様だ。
「折角同じ日に休みが取れると思ったのに‥‥どうして私、後2時間で仕事に戻らなければならないのですか‥‥」
「‥‥そうしていると、まるで本当の仔猫だね、ティア」
「いっそ本当に仔猫になってしまえば良いんです」
 部屋に入ってくるまで微笑を絶やさなかった彼女が、UNKNOWNの顔を見るや思い切り抱きついてきたのは、泣きそうになった顔を見られたくなかったからかもしれない。
「まぁ、そう言わず。暖かい暖炉も、柔らかいソファーも、特製のローストビーフも。狼も、いる、ね」
 忙しなく過ぎていく時間に、ほんの少しだけ作ったゆったりとした時間。
 折角なのだから、気を抜いてもらいたいとも思う。
 心細さから親に縋る子供の様に自分から離れないオレアルティアを眺めて、彼は低く小さく笑った。

 漸く落ち着いたのか、膝の上に頭を載せた金色の仔猫は、白い手で悪戯を再開し始めた。
 最初はUNKNOWNの手にした書類を奪おうと。
 次は眼鏡を。そして革製の手袋を奪おうとするその白い手に、彼は表情にこそ出さなかったが楽しさを感じていた。
 さっき自分が言った言葉の通り、本当に構ってほしくて仕方のない仔猫なのだ。
「ティア。あまり悪戯が過ぎると、後がどうなっても知らないよ?」
「‥‥あと、1時間と13分ですわ」
 頬を膨らませた彼女が伸ばした手を、書類を持っていた手と反対の手で受け止めて、彼はそのままするりと彼女の頬を撫でる。
 目を細めて、擽ったそうに笑うオレアルティアの手の甲に態と悪戯を返す彼に、今度は彼女が彼の掌に悪戯を。
 成程。この悪戯の意味に気づいている様だ。
 金糸を掻きあげた額に悪戯をすれば、彼女は少し不満げに彼の頬へと。
「さて、マイ・キティ? 私はあとどちらに悪戯をすればいいのか、な?」
 低く耳元で落とされた声に、体を起こした仔猫は内緒話をするように彼の耳元へと手をやった。
「マイ・ディア・ウルフ。さてその他は?」

「‥‥という夢を見たよ」
「‥‥あらまぁ。随分と可愛らしい仔猫と過ごされたのですね」
 街角の公衆電話で、移動中の空き時間を利用したUNKNOWNが彼女との通話を行っていた。
「拗ねてそっぽを向かれません様に。構ってもらえないと、その仔猫は臍を曲げてしまうでしょうから」
「それは困った」
 受話器の向こう。
 ゆらりと満足げに揺られる尻尾を想像して、彼は小さく口角を上げるのだった。

●<幸福な悪夢> 出演:伊藤 毅(ga2610
(あぁ、これは夢だ)
 毅には確信があった。
 自分の右手と、繋いだ左手薬指に銀の指輪を輝かせて笑う彼女がいる。
 だからこれは、夢、なのだ。
「‥‥うん、ごめん。聞いてるよ。少し、寝ぼけていただけなんだ」
 大丈夫なのかと問うてくる彼女は、自分の妻なのだ。
「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」
 履き慣れた靴のつま先を何度か地面に当てて。
 毅は、家を出た。
(あぁ、これは夢だ)
 だって、そうじゃなければおかしいじゃないか。
 彼女の名前も、口に出せないなんて。

 行き先は決めていなかった。
 ラスト・ホープをゆっくりと回るだけでも、十分な楽しみを得る事が出来る。
 自分の右隣を歩く彼女が、楽しげに笑う。
 妻となった彼女は、記憶の通りに自分にとっての美しさを具現化していた。
 途中、知り合いに出会っては簡単な挨拶と会話を交わし。
 そうして歩き回ってるうちに、彼女が足を止めたのは一軒の紳士服屋だ。
「どうしたんだい、男物の店なんて覗き込んで‥‥」
 毅の言葉に、彼女は店先のトルソーを指差して何かを伝えてくる。
「‥‥僕に? いや、ファッションとか分からないし‥‥」
 大丈夫だ、似合うからきっと。
 そんなニュアンスの事を口にした彼女が、一生懸命毅の腕を引っ張った。
「‥‥ああもう、分かったから引っ張んないで!」
 結局根負けして店に入る事になってしまったのは、惚れた弱み、というやつなのかもしれない。

 古い映画のリバイバル上映があるらしい、と映画館でその作品を観た後の事。
「‥‥うーん。古き良き飛行機野郎ものと聞いていたけど‥‥」
 首を捻った毅とは違い、どうやら彼女は感動していたらしい。
 ラストの主人公とヒロインの別れが気に入ったのだとか。
「まぁ、話はよく出来てたよ。大量の突っ込みどころを見逃せば」
 男性と女性の感性は違う、と聞いたことがあるが、まさかこんなところで知る事になるとは思ってもみなかった。
 ストーリーの良さを力説する彼女の言葉に、思わず言い返してしまう。
「だって、あそこであの飛び方はないだろ! 説明間違ってるとこもあったし‥‥」
 ぷいっとそっぽを向いてしまった彼女を見て、慌てながらもどこか毅は不思議な感覚に陥っていた。
(こんな会話が出来るなんて、思ってなかったから‥‥)
 喧嘩してもそれが嬉しい。だなんて。

 ラスト・ホープには路上販売の店も結構出ている。
 その中の、アクセサリーを取り扱う店先でふと毅は足を止めた。
 さっき機嫌を損ねてしまった妻に、何か贈ろうと思ったからだ。
 同じ戦闘機乗りとして活躍していた彼女は、付き合う前からあまり装飾品を身につけていなかった。
 けれど、ペンダントくらいならどうだろう。
 目に留まったそれならきっと、彼女はつけてくれるんじゃないだろうか。
 値段はこの際気にしない。
 似合うと思った。だから贈る。それで十分じゃないか。
「えーと、そのネックレスひとつ下さい」
 毅の言葉に驚いた彼女が、いきなりどうしたんだと目を丸くしていた。
「‥‥んー、まぁ。日ごろお世話になってる奥さんに、ささやかなお礼って事で、納得してくれない?」
 最初は戸惑った顔をしていた彼女も、毅のその一言で笑ってくれるのだから。
(だから、受け取ってよ。夢の中でくらい、さ)

 急な発進でどちらかだけが出なければならない時もあるから、と寝室は分けていた。
 これが今の毅にとっては、少しの救いだったかもしれない。
「じゃあ、明日のフライトも後ろは任せたから‥‥うん。おやすみ‥‥」
 扉の向こうに消えていく彼女は、最後まで笑っていた。
 胸元に光ったペンダントを思い出して、毅は笑う。
「‥‥おやすみ‥‥」
 最後まで、君の名は呼べなかったけれど。
 それでもこの夢は、きっと――。

 目覚めた自分の目尻に溜まった水は、眠気のせいだ。
 そう言い聞かせながら毅は体を起こす。
 ダストボックスに無造作に放り込まれた空パッケージを見やって、片手で目元を覆う。
「何が『ステキユメミール』だ。あんな、とびきりの悪夢を見せておいて‥‥」
 泣いてなんか、やらない。
 あの時感じた幸福感を忘れたわけじゃないけれど、それでもこれは『悪夢』だ。
「だって、そうじゃないか。叶わなかった幸せな日々を見せるなんて」
 そんなもの、悪夢だ。

●<記録>
「ふぅん。しあわせもふしあわせも、ひとによってそれぞれなんだ」
 空の遥か上から地上を眺めていた彼女は、隣に立っている男へと視線を移した。
「ねぇ。そのひとがのぞんだ、しあわせなゆめをみせたのに。なんでだとおもう?」
「‥‥俺には理解出来ない。答えを求めるな」
 つまんないの。
 呟いて、彼女は翡翠の瞳をもう一度地上へと向ける。
「ね。あなたなら、どんなゆめをみる?」

END