●リプレイ本文
●しろいうそのために
先にティッシの冷たい体を見に来ていた橘川 海(
gb4179)は、毛並みの整った黒いウサギへと小さく黙祷を捧げた。
「ねぇ、ティッシ。オレガノちゃんのこと、私達に任せてくれるかな?」
鳴かないウサギは、いつも以上に大人しい。
それもそのはずだ。
ウサギはもう、既に――
●しろい うそ
硬く閉ざされた扉の向こう側で、泣き続けているオレガノを思い、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)は目を伏せた。
優しく扉をノックした霞倉 那美(
ga5121)が、同じく優しい声音で言葉をかける。
「オレガノちゃん、こんにちは。私達、あなたのお母さんに頼まれて、あなたのお友達を探す手伝いに来たの。友達のお話‥‥聞かせて?」
その言葉に、扉の向こうの泣き声がほんの少しだけ止んだ、気がした。
「嘘は‥‥私も、嫌いだけど‥‥」
「それでも、優しい嘘だってある。だろうしな」
扉から少し離れた場所から、扉に背を預けて座った那美を見つめながら、星月 歩(
gb9056)と麻宮 光(
ga9696)の2人は顔を見合わせて呟きあう。
「初めて会った人間から、突然友達の死を伝えられても、信用なんて出来ないだろうし‥‥。それになにより、きっと本当は知ってるんじゃないかな? お嬢様は」
朧 幸乃(
ga3078)の言葉は正しいのだろう。
何故なら、那美と会話を交わしているだろう小さな少女は、既に母親から本当の事を告げられているに違いないからだ。
那美と同じく扉に向かって話しかけるのは織部 ジェット(
gb3834)だ。
「はじめましてオレガノ。泣いてる君を放っておけなくて、俺達はここに来たんだ」
「‥‥ティッシを、さがして、くれるの‥‥?」
扉の向こうから、初めてはっきりとした返答が返って来た。
まだ涙声で、少し聞き辛いが、それでも初めての返答だ。
「そう。その為に、私達はここに来たのだから」
御沙霧 茉静(
gb4448)の凛とした声に、扉の向こう側からもう一度返答が返って来る。
「‥‥ほん、とう‥‥?」
「うん。だから、聞かせて? ティッシはいつ、オレガノちゃんのところに来たのかな?」
那美と同じく扉の前へと座った海の問いに、ゆっくりと答えていくオレガノは、まだ扉の向こう側だ。
「そう。それじゃあ、生まれたときからずっと一緒だったの」
ゆっくり、ゆっくり優しく会話を続けるお姉さんお兄さん達を信用したのだろう。
そっと。
そっと硬く閉ざされた扉が、音も立てずに開いたのだった。
●ないた かなりあ
まだ涙は止まっていないオレガノが、扉の向こうから姿を現した。
泣き腫らした瞳は真っ赤に染まっている。
「オレガノさん。お久しぶりですね」
視線を合わせる様に腰を屈めたハンナを確認したオレガノは、またボロボロと涙を零し始めた。
「ハンナねえさま、あのね。ティッシ、いない、のよ」
「えぇ。聞きました」
「それで、どうしたいのかな‥‥? 探しに行くのなら、もう少し詳しくティッシの事を聞かせてもらえると嬉しいんだけどな」
幸乃の問いに、オレガノはスカートのポケットから一枚の写真を取り出した。
「ティッシなの‥‥。ネザーランド、ドワーフの、じゅんけつしゅ、なのよ。カラーはブラック、シルバーマーチン‥‥。みみのおなかと、おなかと、あしのうらはしろいの」
「大事な友達がいなくなっちまったってんなら、そりゃ一大事だな」
ジェットの言葉に、こくんと頷きながらもう片方の手に握っていた籠をきつく握り締める。
全員の視線が、写真と籠の間を行き来した後、オレガノへと集まった。
「探しに、行こうか」
光の言葉に続いて、そっとオレガノを抱きしめたハンナが微笑みながら頷く。
「さぁ‥‥探しに行きましょう。オレガノさんの思い出を紐解きながら‥‥。きっと、ティッシさんも待っています」
●あるじの いない かご
オレガノの記憶を辿って、全員で様々な場所を巡る事にした。
まず向かったのは、彼女の家にある広い庭だ。
「そうなんだ。ティッシとはここでよくかくれんぼして遊んだんだね」
少女の手を引きながら、海は綺麗に整えられている草花をそっと掻き分けた。
「でも、最後は必ずオレガノさんのところに戻って来たんですか。いい子だったんですね」
同じ様に草花の陰を覗き込みながら告げた那美に、オレガノはひとつ頷く。
「ティッシは、かくれんぼ、じょうずだったの‥‥。でも、おやつのじかんには、ぜったい、もどってきたのよ」
小さな黒いウサギを一生懸命探す少女を見つめながら、歩と光は眉根を寄せた。
一生懸命探しているその少女の瞳に浮かんだ光を、知ってしまったからだ。
「オレガノ、やっぱり分かってるんだな」
「分かってても‥‥きっと、認めたくないんでしょうね‥‥」
二人とも知っている、その色。
大切な何かを、亡くした悲しみの色だ。
「それをすんなり認められるほど、まだ彼女は大きくない」
茉静の一言は、懸命に何かを探す少女には届いていない。
「一日で解決出来るほど、簡単な事じゃないでしょうけど‥‥。それでも、乗り越えるしか、ないでしょうからね」
幸乃の言葉は尤もだ。
いつかは理解出来るだろうが、だからといっていつまでも先延ばしにしていい事でもないだろう。
真実を受け止めてもらう為に、彼女達はここに来たのだから。
庭の次は屋敷の中だ。
「へぇ。それじゃ、つまみ食いしたティッシはお母さんに叱られたのか」
ジェットの苦笑に、涙目のままオレガノも小さく笑う。
以前、かくれんぼの最中にキッチンへと潜り込んだ小さなウサギは、その日の夕食に並ぶはずだったニンジンを齧ってしまったらしい。
「それから、どうなったんですか?」
「あのね‥‥」
ふ、と。
そこでオレガノは口を閉ざしてしまった。
「オレガノさん?」
ハンナの呼びかけに、少女は顔を俯かせた後。
涙に震える声で、ポツリと呟いた。
「‥‥ティッシ‥‥もう、いないのね‥‥?」
それは。
少女が大切な大切な友達の喪失を認める、一言だった。
●やさしい「さようなら」
泣き腫らした緑色の瞳が、艶やかな毛並みを保ったままの友達を見つめている。
「ねぇ、オレガノちゃん。ティッシを抱いてあげて?」
そっと背を押した那美の言葉に、少女がゆっくりと震えながら小さなウサギを抱き上げた。
震える少女とは正反対に、小さな黒いウサギはもうピクリとも動かない。
ウサギから体温が伝わってこないのは、タオル越しだからという訳ではない。
「冷たい‥‥よね‥‥?」
コクンと頷くオレガノに、那美は言葉を続けた。
「それは、絶対に避けられないお別れが来た合図なの‥‥」
「バイバイ、なの‥‥?」
きゅっとタオル越しにウサギを抱きしめたオレガノを見つめながら、ジェットは呟く。
「ティッシちゃんはきっと‥‥オレガノを悲しませたくなかったんだろうな。ある日突然、冷たくなった自分を抱きしめたら、今よりずっと辛い思いをさせるって、分かってたんだよ」
ボロボロと涙を零しながら、それでもしっかりとウサギを抱きしめているオレガノにそっと寄り添った海は、ゆっくりと促す。
「オレガノちゃん、目を閉じてごらん?」
言葉の通りに、泣きながらも目を閉じる少女を見て、茉静はゆっくりと頭を撫でた。
「ティッシちゃんは亡くなってしまったけれど、これだけは言える‥‥。貴女と共に過ごし、ティッシは幸せだった、と‥‥」
「しあ、わせ‥‥」
目を見開いた少女は、しゃくりあげながらきつく。
きつく、友達の亡骸を抱きしめた。
「う‥‥うわあぁぁんっ!!」
何度も何度も愛兎の名前を呼びながら、少女はきつくその体を抱きしめ続ける。
そんなオレガノを、那美は正面からぎゅっと抱きしめるのだった。
事前に用意しておいたスイートピーと花瓶。
そしてオルゴールを手にした幸乃の後ろから、銀のペンダントロケットを手にしたハンナ。
二名がその場に姿を見せたその頃には、少女の泣き声はだいぶ収まっていた。
それでも、涙が止まる事はないけれど。
ほんの少しだけその艶やかな黒い毛を拝借して、ハンナはそれを銀のロケットへと入れる。
「さ、オレガノちゃん」
促されて、少女は初めての友達を用意されていた綺麗な箱へと寝かせた。
代わりに渡されたのは、友達の一部が納められた銀のロケットだ。
ウサギの寝かされている箱の側に、幸乃がそっと花瓶に飾られたスイートピーとオルゴールを置く。
泣き続ける少女の傍らに立つ那美と海が、それぞれ少女の手をきゅっと握った。
「ティッシはいつでも、あなたと一緒だよ?」
歩の言葉に、コクリと頷くオレガノ。
「ティッシちゃんはオレガノにさよならを言わずにいなくなったけど、それはオレガノの心の中にずっと生きているからって意味なんだよ」
ジェットが数度、オレガノの頭を撫でる。
ボトボトと涙を落とす少女は、一生懸命泣き声を消そうとしているが。
「今は、泣いていいんだよ?」
ほんの少しだけ笑いかけた歩の言葉に頷いて、那美が言葉を紡ぐ。
「お別れは笑顔で、って言うけど、そんな事ない。泣きたいなら、思い切り泣いてもいい‥‥。悲しくない、寂しくないお別れなんて、ないんだから」
唇をかみ締めるオレガノに、那美は握った手をもう一度握り締めた。
「だから、ちゃんとお別れを言おう?」
「ティッシさんは、天に召されてしまいました。でも‥‥オレガノさん。貴女が過ごした日々の思い出も温もりも、誰にも奪えない。思い出の中で、何度でもティッシさんと会えるのですから‥‥」
「貴女がティッシにあげられる最後の贈り物は、貴女の『さようなら』の言葉と。そして、忘れない事、だから」
優しい声と、握られた両方の手から伝わる暖かい温度と、そして、眼前の箱に眠る初めての友達。
数瞬の後、涙で震える喉を叱咤しながら、オレガノはゆっくりと呟いた。
「さ‥‥さようなら‥‥おやすみ、ティッシ‥‥」
いい夢を。とまでは言い切れなかったが。
それでもしっかりとお別れを告げた少女は、那美と海に抱きつきながら。
今度こそ、大きな声で泣き声を上げたのだった。
●さいごの おともだち
歩は思い出す。
数刻前までの出来事と、そして小さな少女の言葉を。
泣いて泣いて。
それから暫くして、そっとオレガノは集まってくれた全員を見つめた。
「あのね。おねがいが、あるの」
まだ瞳に涙は浮かんでいたけれど、それでも少女は大切な友達の死を大事に受け入れていた。
その上でも、お願いだった。
「ティッシの、さいごの『おともだち』に、なってください。なの」
光は、歩の表情を見て無言のまま傍に立つ。
涙を流す歩は、何が悲しいのか、自分でもよく分かってはいないのかもしれない。
それでも、何かを失うという事が辛いのだ、という事は分かる。
やさしい『さようなら』は。
それでもやっぱり、悲しくて寂しい、お別れの言葉。
END