●リプレイ本文
●ポイントアルファ・到着5分前
それぞれの心中は当然のごとく異なっていた。
何故、今まで一緒に行動していたオレアルティアが独走したのか、分からないまま彼らはひたすら現場に向かっている。
「自分の問題だからって、一人でケリつける気か‥‥? 頼むから、早まるなよ‥‥社長‥‥」
ただ前だけを見て疾走を続けるフォルテ・レーン(
gb7364)の口から零れた言葉を皮切りに、次々とメンバーから言葉が漏れ出る。
「娘の事、忘れたわけじゃないだろ‥‥! あれだけ『大切だ』って言ってたじゃねぇか!」
バイクで先行する嵐 一人(
gb1968)の脳裏に浮かんだのは、先行する社長の大切な一人娘の姿だ。
満面の笑みを浮かべて母親に駆け寄る娘の姿は、いつだって一人が仄かな羨望を向けてしまう対象で。
あの小さな少女を泣かせたくない、その一心で一人は走っている。
「一人で行くなんて無茶な!」
望月 美汐(
gb6693)は、想像もつかなかった社長の先行に驚きを隠せない。
無謀な事をするタイプには見えなかった。第一印象では。
だからこそ、驚愕するのだ。
その僅か後方で、硬く銃のグリップを握り締めたユーリ・クルック(
gb0255)が、祈る様に銃身を額へと当てている。
「どうか、ご無事で‥‥」
疾走の先、終着点で待っているだろう金の髪を持つ女性の姿を思い出すだけで、日頃のユーリは心躍る。
初めて出会ったのは戦場ではなかった。
切欠はどうであったにせよ、導き出された自身のシンプルな答えに、ユーリは走り続ける。
今度こそ、伝えるのだと。伝えられないままは、絶対に嫌だ、と。
一人と同じ先行組み。無言のままにバイクを疾走させる月城 紗夜(
gb6417)は、ひたすらに敵だけを見据えていた。
オレアルティアの安全は、他のメンバー達が必ず見ると分かっている。
だから紗夜は敵だけに集中するのだ。
自分が殲滅すべき、憎むべき敵だけに。
ソーニャ(
gb5824)はきつく唇を噛み締めていた。
敵として立つウィリアム・バートンとの空での戦いを思い出していたのだ。
あの時、敵は確かに空へと上がっていたのに。
何故、今になって地上にいるのだと。
彼女の誇りとも呼べる愛すべき機体の兄弟を、一方的に奪い去っていったウィリアムを、どうしても許せなかったから。
「ポイントアルファまであと1分です」
開けていく視界を確認して、そう告げた大神 直人(
gb1865)も心中穏やかとはいえなかった。
一緒に解決しようとしていたはずの社長が独断先行した事に、怒りを感じていたからだ。
何の為に自分達は共に行動していたというのだろう。
まるでこれでは『裏切り』じゃないか。
それでも、どこかでオレアルティアの本心のかけらも理解出来る気がしたから、彼は急ぐのだ。
彼女の口から本心が。今回の行動の真の意味を聞かされるまで、立ち止まるわけにはいかないのだから。
他のメンバーの様々な表情を見やりながら、依神 隼瀬(
gb2747)はふいに以前引き受けた事のある依頼についてを思い出していた。
ひょっとしたらこれは、まだ続くのかもしれない。
そう思った自分の直感は外れていなかったのだと、今更ながらに実感しながら。
「どうだっていいのよ。結局は」
駆けながら、鬼非鬼 ふー(
gb3760)は、今まで通りの毅然とした態度を覆す事無く言い切った。
そう。誰がどういう思いを抱いていようとも、それは結局『どうだっていい』のだ。
正確に言い直すならば、今どうこう言ったところで、過去の事はどうしようもないじゃない。といったところだろうか。
現に、年上だというのにどこか脆い女社長は、一人で敵と対面している。
その事にとやかく言っても事実は変わらないのだから。
ならば、今自分達がすべき事はひとつだ。
今回のメンバーで唯一オレアルティアを愛称で呼ぶ今給黎 伽織(
gb5215)が思い出すのは、以前の依頼解決時に彼女が見せた激昂の瞬間だった。
張り詰めた糸が切れた様な、弱みを見せたがらない彼女が見せた、あの素顔と呼べるだろう一瞬。
強い母であろうと。頼れる社長であろうとし続ける彼女の『本音』は一体何処にあるのかと。
言ってきかせなければ彼女は『完璧を演じ続ける』だろうから。
そんなメンバーの中でも、黒川丈一朗(
ga0776)と湊 影明(
gb9566)だけは特出して参加理由が違っていた。
丈一朗はどこか、オレアルティアと自身を重ねてみている部分があった。
それは、敵に身内を殺された『過去』から、まだ進めずにいる、というところだろうか。
能力者になる前のあの過去を、彼は忘れられない。忘れるつもりも、ないのだが。
けれど、忘れない事と振り返らない事は違うのだと、そう思う。
忘れる必要はない。けれど、振り返り続けて前を見ないのは違う。
彼女が一体今どこを見ているのか、丈一朗には分からない。
どこを見ていても、構わないのだ。
囚われなければ。それで。
その一方で影明はひたすらに敵であるキメラとバグアにだけ集中していた。
紗夜とはまた違う意味で、影明は敵との戦闘を楽しむ為に疾走している。
戦いは敵がいなければ戦いにはならない。
戦場こそが自分の快楽を満たす舞台なのだと、そう信じているのだから。
メンバーの前に、開ける光景。
「間に合った! そこでカットです!」
そこには、金の髪を靡かせるオレアルティアの後姿と、その前方で低く唸る紅狼。
バイクでその場に割って入った一人と紗夜、美汐。
そして数個の貨物コンテナと、距離を取った場所で煩わしそうに目を眇めるウィリアム・バートンが、対峙していた。
●眼前の狼・後方の猫
「オレアルティア!」
咄嗟に呼んだ彼女の名には敬称をつけ損ねていた。
態と敵から遠ざける為にと紗夜が突き飛ばしたオレアルティアを見たユーリが、全力で彼女へと駆け寄って体を支える。
同時にオレアルティアと敵の間に割り込んだメンバー達も一瞬で覚醒状態へと引き上げた。
振り返った彼女が、声なく口を動かした。
どうして。と。
「それはこちらの台詞ですよ。どうして一人でこんなところに来たんですか」
手にしたエネルギーガンとキメラ、そしてウィリアムとを順に見やった直人の口調は僅かに強かった。
「説教はあとでたっぷりさせてもらうからな!」
前方で機械刀を構える一人も追従する様に言葉を紡ぐ。
とにかく今は眼前の敵。
低い体勢で唸り声を上げる紅狼を見据えて、各々が自身の武器を軽く握った。
先攻は能力者達だ。
「任務遂行の為、排除する」
「まずは足を止めてもらいます!」
美汐が投擲し炸裂した閃光手榴弾に、怯んだ紅狼。
進路を塞ぐ形で立っていた紗夜が、蛍火を鈍く光らせながら呟く。
スキルを使用して一気に間合いを詰めると、そのまま一閃。
凪ぐ様に振られた刀は、瞬時に身を翻した紅狼のほんの僅か毛を掠めた。
「成程。俊敏性に自信有り、というところか」
紗夜の背後から死角を突こうと体勢を低くしていた丈一朗が、言いながら力強く拳を振るう。
瞬間。鈍い音と共に、再度後ろへと飛び退った紅狼の足元へと弾丸が放たれた。
「『鬼』を相手に鬼事で勝てると思うの?」
牽制の意味を込めてスキルを乗せた、ふーの一撃だ。
一瞬気を取られた紅狼へと肉薄した一人と隼瀬が、タイミングよく其々の機械刀と薙刀を交差させた。
身を低くした紅狼が、若干の傷を負いながらも牙を剥く。
ガキンっ、と金属が合わさる音と、ギリギリのタイミングでそれを受けた影明の蛍火が震える。
「ククク‥‥。さて、狼。どちらが先に降参するか、楽しみだな」
それでも影明は紅狼を振り払わない。
均衡を崩したのは、態と飛び出さなかったソーニャだった。
「さぁ! 次はボクと踊ってもらうよ!」
バイクで助走を加えたまま、一気に大鎌を振り下ろす。
短い鳴き声と、僅かに上がった紅狼の鮮血の瞬間。
紅狼越しの前方に立つウィリアムが、僅かに目を眇めた。
下ろした力を生かして距離を取ったソーニャと、今度こそ飛び退った紅狼を探査の眼で確認した伽織が、軽く腕を引かれて視線を落とした。
「ティア?」
自身の服を本当に僅か引っ張った女性へと声をかければ、彼女は視線を逸らす事無く小さく口を開く。
「皆様、そのままで。‥‥周囲に、人影はありませんか?」
相手に聞かれたくないのだろう、低く小さく呟かれたその言葉に、オレアルティアの護衛を担当していたユーリや中衛の直人、フォルテがさりげなく視線を至る所へと移した。
「大丈夫だ。俺達以外は見当たらない」
同じ様に小さく答えたフォルテへと僅かに口角を上げて応えた女社長は、鋭い視線を前方のバグアとキメラへと戻した。
「けど、それが一体どうしたんですか?」
「理由は、この戦闘が終わったらにさせて下さいね。大丈夫。今度こそきちんと、話しますから」
直人の言葉に、小さく苦笑を漏らすオレアルティアは、彼らの良く知る彼女に戻っていた。
●開かれる道
後衛、中衛の援護射撃を受けて、前衛メンバーは紅狼との戦いに終止符を打とうとしていた。
「お前はお呼びじゃないんだよ‥‥! その息、今すぐ止めてやる」
機械刀を一閃させて叫んだ一人のその後ろから、見事な時間差で飛び出した影明が蛍火を閃かせる。
傷を負いながらも、影明の唇は小さく引き上げられたままだ。
隙を見せる様に大きく振り抜かれた刀のその意味を、紅狼が分かるはずもない。
翻された鋭い爪が影明とその前に立つ一人に向けられた、その瞬間。
空気をも貫かんばかりの銃声が断続的に続き、次に紅狼の甲高い鳴き声が響いた。
「さあ捕まえた。鬼に捕まったわね、愚かな子」
「タイミングばっちりだな!」
「これ以上オレアルティアに何かあったら、オレガノちゃんが悲しみますし俺も耐えられません」
音の主であるふーとフォルテ、そしてユーリの武器から放たれた攻撃が、見事紅狼の足を貫いたのだ。
そして畳み掛ける様に紅狼へと迫った紗夜が、無言のまま一息に蛍火を一閃させる。
喉元を掻き斬られた紅狼が、もんどりうって倒れた。
ほんの僅か残った息を、誰も見逃さない。
相手はキメラであり、倒すべき敵であり、このミッションをクリアする為の必要な行動なのだから。
影明が、地面ごと紅狼の胸元を貫いた。
●第一の策
血を流し動かなくなった紅狼を冷たい視線で一瞥し、ウィリアム・バートンは呆れた様に息を吐いた。
「廃棄物とはいえ、そうあっさりと排除されるのも癪なものだな」
簡単に言ってくれるものだ。
ここまででも前衛メンバーの体には大小様々の傷があるというのに。
ゆっくりと、だが正確に右腕を上げたバグアの手には、黒いオートマ拳銃が握られている。
身構えた能力者達を順に見やっていたウィリアムが、ふいに視線をとある2人へと止めた。
――そこに立っていたのは、鈍く光る銀の拳銃を構えていた、ユーリとオレアルティアだ。
「前回も言ったが。貴様達の『それ』は不愉快だな」
銃口が2人に向けられたその瞬間。
直人は頭で数えていたカウントの刻限をたった一言で放った。
「ゼロ!」
投擲されたのは ――ピンを既に抜かれていた閃光手榴弾。
突然の行動に動きを止めたウィリアムと、その声を合図に動き始めた能力者達には大きな差が現れた。
銃口の先に立っていたユーリとオレアルティアはその先から離れ、そしてウィリアムに一番近い箇所へと立っていた前衛メンバーが駆け出す。
カラン、と音を立てて転がる閃光手榴弾は炸裂しない。
――否。正しくは、閃光手榴弾ではない。
それは、ただの空き缶なのだから。
わざと声を上げて投擲したのは、敵の気を引き付ける為。
そしてこれは、次の行動の切欠となるカウントだったのだ。
「人間臭いな。情すら捨てられぬ出来損ないの兵器に、どんな意味がある」
蛍火を一閃させる紗夜の瞳は、強くウィリアムを捉えたまま。
その言葉を受けた人の皮を着たバグアが、咄嗟に回避行動を取る。
回避しながらも視線は放り投げられた空き缶へと注がれていた。
紗夜の一撃を避けたバグアを追い込む様に詰め寄った丈一朗が、コンパクトな動きで最大限の力を込めた拳を放つ。
「‥‥成程。認めよう。どうやら俺は貴様らを僅かばかり過小評価していたらしい」
掠った丈一朗の武器を物ともせず、ウィリアムが一気に加速した。
手にした銃の引き金をスムーズに弾きながら、それでも照準は狂わない。
けれど、能力者達も今回ばかりは簡単に引き下がらなかった。
回避が間に合わないと判断したメンバーは、最低限の傷で済む様にと各々の武器で銃弾を受けている。
「ウィリアム・バートン。何故『地上』にいる!」
回避の際に生まれた回転を生かす様に大鎌を振ったソーニャの声に、新しい弾薬を装填したウィリアムが首を傾げた。
「どこかで、会った事があるか?」
「お前が空で奪った『あの子』。あの時ボクは、あの空にいた!」
かつてウィリアムが奪取したソーニャの愛する機体の子。
その場で惜しくも奪われたそれを知っていたからこそ、ソーニャは許せなかったのだ。
早く、あの子を解放してあげたいのに。と強く願って。
「それはご大層な事だな。こういうときは何と言うんだったか‥‥遠路遥々、か」
その言葉が交わされる間も、能力者達の攻撃は続いていた。
●第二の策
影明の振りかぶった体勢に合わせて、今度こそ直人が投擲したのは本物の閃光手榴弾だ。
遮光対策の行動を取った能力者達と違い、若干遮光不足だったウィリアムが苛立たしげに銃を放つ。
銃弾を受けても尚、能力者達は退かない。退けない。
戦闘が始まってから時も経ち、日が暮れ始めるのではないか、という頃合い。
そろそろか、と構えた銃をそのままに口を開いたのは、最年少メンバーのふーだった。
「茶番ね」
「‥‥何の事だ?」
前衛メンバーを壁にする様に立っていたふーの姿は、ウィリアムからは見え辛かったのだろう。
視線が暫く彷徨った後、ようやく彼女の金糸を見つけた次の瞬間にはまた僅かにずれた場所から銃弾を受けている。
「敵同士なはずの男女が人目を忍んで海で密会。しかも過去というベッドの中、二人でピロトーク。これを茶番と言わずしてなんなのかしら?」
ふーの言葉を耳にしながら、小さく唇を噛み締めるオレアルティアを庇う様に立つユーリと伽織も、微かに眉を寄せていた。
撤退させる為に肉体的なダメージだけではなく、精神的なダメージも与える。
これが第二の策だ。
「貴様達がどう思おうと、俺には関係がない。勝手に貴様達が寄って来た。それだけだ」
「死人の皮着て、言いたい放題‥‥!」
武器をブラックハートへと変更したフォルテが放つソニックブームを避け、ウィリアムは淡々と言葉を続ける。
「先刻から貴様は隠れてばかりだな」
恐らく。言われている言葉よりも、ブラインドファイアを得意とするふーの姿が見えない事に若干の苛立ちを見せているのだろう。
銃口を微かに下げ、後衛メンバーの下へと一気に駆け寄ったウィリアムの前に立ち塞がったのは伽織だ。
「他人の姿を乗っ取るキミと違って、鬼非鬼さんのは戦法だよ」
スキルで先手を取り、そのまま照明弾を至近距離で放つ。
「バグアにとっては高等戦術だったかしら。ごめんなさいね」
そのまま反転したふーと前衛メンバー、そして照明弾を放った伽織を含む後衛メンバーに挟まれた状態のウィリアムへと、隼瀬と丈一朗、美汐が詰め寄った。
視界を一時的に塞がれ、激昂したウィリアムが照準もろくに合わさずに銃を乱射するその間も、詰め寄る事をやめない。
「ウィリアムはその体の持ち主の名だ。貴様の名ではないはずだろうバグア」
「俺の名は『ウィリアム・バートン』だ。貴様らに名乗る名は、それで十分だろう」
「人の名を名乗るから、貴様はいつまでも放浪するんじゃないのか?」
丈一朗の拳と言葉の次は、隼瀬の薙刀と言葉。
「その名前はオレアルティアさんの亡くなった旦那さんの名前じゃないか」
「だから何だと言うんだ。不愉快だ」
胴目掛けて薙がれた薙刀を、経験則だけで避けたウィリアムへと言葉で追従するのは美汐と直人だ。
「そんなにイラついているのも『人間のウィリアム』の記憶のせいですか? なら、吐き出してしまえば如何ですか、バートンさん」
「ウィリアムの過去の記憶に惑わされてるうちは、お前はバグアでもなければウィリアムでもない!」
ようやく視界が戻り始めたのか、今度こそ照準が合い始めるウィリアムを確認して。
幼いながらも力強い声が、弾丸より早く空気を裂いた。
「オレアルティア・グレイの! 命令よ、目の前のバグアを撃ちなさい!」
●カーテンコール
上に立つものならば、責任を持つべきだ。
少なくとも鬼非鬼ふーという一族の当主は、それだけの覚悟を持っている。
この戦場において、一度も自身の武器を使っていないオレアルティアの存在に気づいていたからこそ、ふーは『命令』した。
「まだ娘の顔を憶えているのなら撃ちなさい! この茶番劇に幕を引きなさい!」
それに応えるべく、命令を下されたオレアルティアが銀の小銃を今度こそバグアへと合わせる。
最後のカーテンコールは当人達で引かせるのがいい。
この場に集った能力者達は、それを確信していたからこそ援護の攻撃を一層強めた。
これで、終わらせる。
その強い意志を受けて、バグアは低く唸った。
純粋で、何も混じらない殺気だったからこそ、唸らずにはいられなかったのだ。
震える銃口のその先で、合図を待つ前衛メンバー。
丈一朗の拳と隼瀬の薙刀、嵐の機械刀と、紗夜と影明の蛍火、ソーニャの大鎌。
其々が交互に繰り出され、躱しきれなかった攻撃がウィリアムへと着実に刻まれていく。
そして前衛をサポートする中衛メンバー。
直人のエネルギーガンとフォルテのデヴァステイター。
更にその後方で前中衛をサポートし、オレアルティアの護衛も務める後衛メンバー。
ユーリのグロリア改と伽織のデヴァステイター。
そして、貫通弾を装填したふーの小銃が火を吹いた、次の瞬間。
最後の回避ルートすらも塞いだ12人の連携直後。
「ティア、今だ!」
伽織の鋭い合図を受けて引き金を弾いたオレアルティアの顔は。
悩みでも、悔やみでもなく、嘆きでもなく。
全員の信頼に応えるべく、鋭い瞳のままに口角を引き上げた、笑みだった。
●最後の意志
放たれた弾丸をそれでも回避して、ウィリアム・バートンは忌々しげに能力者達を見返した。
「‥‥不愉快、極まりないが。いいだろう。任務を『撤退』とする」
黒のオートマ拳銃を下ろした彼は、珍しく口角を吊り上げる。
「何が可笑しいんだ?」
フォルテの指摘を受けたバグアは、数回重々しく瞬きをしてから体を反転させた。
これ以上の攻撃の意思はない、という事だろう。
撤退させる事が任務内容なのだから、能力者達も深追いはしない。
「可笑しい? 違うな。どちらかといえば、安堵、か」
「安堵、だと‥‥?」
「正確に言えば、俺にとっての邪魔になるもの。それから解放される喜びだ」
丈一朗の視線の先に立つ、ウィリアムと更に後方で銃を構えたままのオレアルティア。
能力者全員を、順に見やってから、バグアは口癖の『面倒だ』を呟いた。
「面倒だが、言ってやった方が貴様らにはいいのだろうな」
そうして語られた言葉は、丈一朗や隼瀬、美汐がある種欲していた内容だった。
「貴様らが守っているそこの女。今、確かに笑っただろう。俺にはどうでもいいが、貴様らが口にした『人間のバートン』の最後の意志。それは、そこの女が笑っている事。なのだろうからな」
珍しく饒舌なウィリアムは、そう言ってから今度こそ身を完全に翻し。
そして、姿を消した。
●先行のわけ
「それで。戦闘は終わったわけだが社長? 約束通り、話してもらうからな」
「間に合ったとはいえ、どうなるか分からなかったんですよ?」
腕を組んで怒った様に眼前に立つ一人と、眉を寄せて眼鏡のブリッジを上げる直人。
社長の愛娘の友達でもある彼らは、ウィリアムと社長の関係よりも、まずは社長と愛娘の関係を確認したかったのだから、そうなるのも当然といえば当然だ。
「それは申し訳ないと思っておりますわ。 ‥‥ごめんなさい」
素直に頭を下げたオレアルティアが溢した謝罪の言葉は、珍しく飾られない謝罪のそれ。
「で? ようやくすっきり出来たのかい?」
肩を竦めて救急セットを抱えなおしたフォルテがそう問いかければ、社長はこくりと頷く。
「でも、本当にどうして一人でバートンと対峙したんですか? 私が聞く限り、グレイさんはあまりそういう行動を取らない人に思えるんですけど」
「話は、遡りますが。グロスターの一件のあと、社に戻った私に電話が入ったのです」
オレアルティアの話はこうだ。
グロスターで紅狼を倒した次の日に、彼女宛に電話が入った。
直通で電話が入った上に、相手が名乗らなかった為に誰なのかは分からなかった。
ただ、グロスターで同行していたメンバーから指摘を受けた『娘への護衛を見直す事』。
それを再度告げる内容だったらしい。
その上で、相手はひそりとした声でこうも告げた。
『今なら、ウェーマスにいるはずだ。このままでは娘への危険が高くなる一方だろう』
『今しかないはずだ』
と。
「それで突っ走ったの?」
「‥‥はい」
呆れた様に呟いたふーの言葉は尤もだった。
オレアルティアも、しょぼんと肩を落としたところを見ると、どうやら自身でもやってしまった、と分かったようだ。
非常に今更なのだが。
「意外と熱くなりやすいタイプ、だったりしますか?」
隼瀬の問いに、社長はもう一度こくりと頷く。
「よく言われました。 ‥‥治って、いませんね」
「気持ちは分からなくもないが、少しは落ち着く必要もあるな」
丈一朗が、落ちた社長の肩を軽く叩いた。
「ティア。きみは確かに『社長』で『母親』で『能力者』なのかもしれない。けど、僕たちにとってきみは、社長でも母親でもないんだ」
しっかりと言い聞かせる様に視線を合わせて紡ぐ伽織の言葉に、その場にいた全員が頷く。
「社長や母親の肩書きがあれば、きみは弱みを見せたり頼ったり出来ないのかもしれない。けれど、僕たちは頼ってくれていいんだよ」
「‥‥はい」
「僕たちも力になる。きみが望むなら‥‥いや、望まなくても僕は‥‥」
一瞬、視線を揺らした伽織だったが、もう一度しっかりとオレアルティアを見つめた。
「きみを心配している人がたくさんいるのだから。だから、1人だけで解決しようとしないで。約束だ」
「グレイの。これが最後の確認よ。 ‥‥割り切ったわね?」
いつでもふーの言葉は自信に満ちていて揺ぎ無い。
それに応える様に、オレアルティアはしっかりと視線を合わせて、凛とした笑みを浮かべた。
「はい。鬼非鬼様。あれは何者でもなく、ただの敵です」
完全に自分の亡くなった夫と、あのバクアを別のものとして区別がついたのだ。
もう、心配はない。
「恨んでくれていいのよ、私は鬼だから」
割り切らせる為とはいえ、まだ区別がつくかつかないかという人間に、撃てと命じたのだから、それは恨まれて当然だとふーは思っている。
けれど、オレアルティアはゆるりと、きっぱりと首を横に振った。
「いいえ。鬼非鬼様が仰ったのは本当の事です。私が弱かった。けれど、私は次がもしあっても、躊躇いなく撃ちますわ」
今までのどこか迷った雰囲気を漂わせていたオレアルティアとは違った、敵を本当に敵だと認識した上でのその発言を聞いて、ふーは眼を細めて満足そうに頷く。
「‥‥いい顔になったわね。本当に」
「鬼非鬼様にそう言って頂けると、嬉しいですわ」
もう、大丈夫だ。
全員が、オレアルティアの変化に安心して。
そうして、漸く張り詰めていた緊張の糸が切れたのか。
傷だらけの体を、そっと地面に腰を下ろす事で休め始めたのだった。
●泣ける相手と、笑って、生きて
ある程度の傷は簡単な処置を終わらせた頃。
ふと、ユーリは立ったままのオレアルティアの前に、片膝を付いてみせた。
やんわりと、けれどしっかりと握ったオレアルティアの手の甲へと唇を寄せたあと、澄んだ眼差しで彼女を見つめると、ゆっくり口を開く。
「俺が、貴女の泣ける場所になります。まだ、頼りなく見えるかもしれません。けど、きっと、絶対に受け止めてみせます」
全員の視線が一瞬だけユーリとオレアルティアに注がれるが。
次にユーリの告げた言葉に、全員が各々苦笑も含めて笑みを浮かべ、そっと少しだけ離れた場所に移動していく。
「だから、これからオレアルティアが進む道を、一緒に歩かせて下さい。この気持ちを伝えるのは2度目になりますが、あの時から変わらずに‥‥それ以上に、貴女を、愛しています」
言葉を受けたオレアルティアは、暫く俯いていたが。
そのまま、ユーリと同じ視線になるほどに腰を落として。
ポタリと、涙を零しながら、ユーリの肩口に頭を乗せたのだった。
「そっか。もう、本当に大丈夫だね」
見ていなくても、雰囲気と零れる嗚咽で分かる。
オレアルティアの悪夢は、終わったのだと。
そして、ホワイトヘイヴンから始まった、この過去と向き合い、決別するまでの一連の事件が終わったのだと。
【Seven and Jeas Another Story】 is END