●リプレイ本文
●悪夢の為の保険
「稼動しない機械にはシートをかけて置いて下さい。万が一、という事もありますから」
ユーリ・クルック(
gb0255)の言葉に、早くも顔色の悪い従業員達はコクコク頷きながら、手分けして作業を始める。
少し離れた場所で、天城・アリス(
gb6830)が従業員達に市販のマシュマロやキャンディを手渡していく。
「いたずらをされた時には、こちらのお菓子をお渡しくださいね」
「度の過ぎた悪戯は、拙僧達がしっかり叱ってやるからねぃ」
大きな体のゼンラー(
gb8572)が隣に立っていて、似てはいないがまるで親子の様だ。
「天城さん、ゼンラーさん。機械の保護、終わりました」
「ご苦労さん! じゃあ、拙僧達も仮装と洒落込むかねぃ」
先に仮装を始めているだろうメンバーがいる臨時の控え室からは、早くも賑やかな声が響いていて。
従業員達は、怯える一方だ。
●それぞれの仮装
「お嬢様、また来たよ! 今年もまたお兄さんと一緒に大暴れしようぜッ!」
「うんっ! ぎゅうにゅうのにいさま!」
それはそれは楽しそうに笑う翠の肥満(
ga2348)とオレガノの後ろから、ひょいと顔を覗かせたのはロジー・ビィ(
ga1031)と龍深城・我斬(
ga8283)、夜刀(
gb9204)だ。
「貴女がオレガノですわね? あたしはロジー。今日は思いっきり楽しみましょうね」
「お嬢ちゃんが依頼主さんか。龍深城・我斬だ。お招きありがとう」
「はじめましてお嬢様。俺は夜刀。よろしくね?」
ほんの少しだけ人見知りしながらも、お嬢様はきっちり頭を下げる。
「よろしくおねがいします、なの。ロジーねえさま、我斬にいさま、夜刀にいさま」
挨拶を終えたオレガノの服を引っ張ったのは、お嬢様のお友達、舞 冥華(
gb4521)だ。
「おれがの、はろうぃんの仮装きまった?」
「うんっ! ママにおねがいして、きょうは冥華ちゃんと『よーせいさん』になるのっ♪」
ほらこれ、とお嬢様が引っ張り出して来たのは、色違いの2枚の服。
白いパフスリーブのシャツに、ハイウエストのミニスカート。
裾には白いレースがあしらわれている。
襟元にはスカートと同じ色の大きなリボン。
スカートには縦に2本、スカートカラーが真ん中に通ったレース。
お色は赤と紫の2色。
「可愛いとは思うんですけど‥‥それって、仮装っていうよりコスプレじゃ‥‥?」
赤を冥華が、紫をオレガノが、頭にちょこんと乗っけるスカートと同色のミニハットまで一揃え、着替える為に持った所で、流月 翔子(
gb8970)が突っ込んでしまったのは、まあ、お約束である。
まずは、女性陣の仮装タイム。
「あたしは『小悪魔』に変身ですわ〜」
黒革のレースアップビスチェと、丈の短いチュチュスカート。
背中に小さな羽根と、スカート部分に取り付けたとんがり尻尾。
黒のサイハイブーツを履いて、手に巨大ぴこハンを持てば、あら素敵。
小悪魔ロジーの完成である。
「それじゃ、私は小悪魔ロジーさんの付き猫、黒にゃんでいきましょー!」
給湯室から何故か砂糖を大量に仕入れてきた相澤 真夜(
gb8203)が、それを手近なテーブルへとどっさり置いて、持参した紙袋から衣装を取り出していく。
ベロア地のキャットスーツを着て、首輪代わりのピンクゴールドの羽飾りを可愛らしく。
両方の拳を顔の横に持っていくと、にっこり満面の笑みで
「にゃんごにゃんご〜♪」
すっかり黒猫になりきってしまった。
「うぅ〜ん。妖精さんに小悪魔に黒猫さん。なら、私は魔女っ子です」
漆黒の膝上ワンピースに、長いマントをひっかけて、頭の上にはとんがり帽。
手には工場フロアから拝借してきた高箒。
黒いタイツに革のニーハイブーツを履けば、翔子の魔女が完成だ。
「ん‥‥これ着て、とりっくおあとりーと、って言えばいい?」
着替えを終えた冥華が、言い辛そうに聞きなれたフレーズを口にして、お嬢様がそれなら二人で分けて言おうと提案した所で。
「あ‥‥皆さん、もう着替え終わっていらしたんですね」
工場フロアから戻って来たアリスが呟いて、手にしたバッグの中から自分の衣装を取り出した。
所々に銀糸で小さな六花弁が刺繍されている真っ白な着物に、雪結晶の髪飾りを挿す。
ちょっと首元が寂しいかな、と鈴のチョーカーを巻けば、アリスの仮装『雪女』が出来上がった。
「か〜わ〜い〜い〜! 天城さんも、おいでおいで〜!」
仮装の終わった子供3人を、満面の笑みで抱きしめる真夜を見て、小悪魔ロジーはくすりと笑みを零したのだった。
一方、男性陣の仮装はどうかというと。
「いいねいいね。なら、僕はルー・ガルーの仮装をしようかな」
衝立の向こう側から聞こえてくる楽しげな声に、夜刀は楽しげに紙袋の中からフェイクファーで作られた耳と尻尾を取り出した。
狼男だから、全身着ぐるみにするかどうしようか、と悩んでいた様だが、今回は人狼でいこうと決めたらしい。
黒のアンサンブルスーツに白のドレスシャツ。
細いサテンのリボンタイを蝶結びにして、頭とズボンに耳と尻尾をそれぞれセット。
夜刀が狼男を完成させたその傍で、我斬は持参したダンボールマスクへとペイントを始めていた。
「ハロウィンっていえば南瓜だよね」
南瓜のイラストを描き終えると、大鎌に安全対策として布のカバーを取り付ける。
真っ黒のロングローブをぐるりと体に巻きつけて、片手にハロウィン仕様のキャンドルホルダーを持てば。
「南瓜怪人のできあがりっと。ヒーホー」
愉快なパンプキンゴーストの出来上がりだ。
「フフ‥‥フハーッハハハーッ!」
と、そこで突然笑い声を上げた翠が、自身の仮装によほど満足したのか、うんうんと頷き始めた。
視線を向けた夜刀と我斬は、思わず絶句した。
それもそのはず。
去年のハロウィンで、フロアを恐怖のどん底へと叩き落した翠の、今年の仮装は。
「俺は地獄のピエロでいく!」
大きな赤鼻と、顔面への不思議なペインティング。
ド派手なとんがり帽の下には、攻撃的な赤いカツラまで装着して。
トランプのジョーカーの様な服装な翠は、確かに地獄のピエロそのものだ。
「何だか賑やかで‥‥」
仮装の為に部屋に戻って来たユーリまでもが、言葉を失ってしまう。
「‥‥こりゃ、叱り甲斐のある仮装だねぃ」
その後ろから部屋へと入って来たゼンラーが、既に暴走を始めようとしている翠を眺めて、ポツリと呟いた。
「ゆ、ユーリ。とりあえず、仮装しないと」
はたと気づいた我斬の言葉に、こちらもはと気づいたユーリがこくりと頷く。
持参したバッグの中から、大き目の包帯を取り出すと、執事服の上からぐるぐると自分に巻きつけていく。
更に、中身を刳り抜いた大きな南瓜を頭から被り、緑色のロングマントを羽織る。
「ミイラ男だけじゃ物足りないかもしれませんからね。南瓜男にもなりますよ」
電池と電球でライトアップした小さいジャック・オ・ランタンを手に持って、ユーリの手の込んだ3段構えの仮装が出来上がった。
「悪い子にはお叱りを。悪い大人にもお叱りを。これが拙僧の青坊主ウェイ!」
特注品の下着と、器用に作られたダンボールの角材というシンプルイズベストな仮装を完了させたゼンラーが、言いながら視線を翠に向けるが。
既に心はフロアの絶叫へと向けられている翠は、気づかないのだった。
●お化け、勢ぞろい
「‥‥ふむ。今日はハロウィン、だったな」
別室で、お嬢様の母親と仕事の会話を続けていたUNKNOWN(
ga4276)が、ぽつりと呟いて視線を落とした。
下のフロアから響いてくる笑い声の持ち主は、恐らく去年、こってり絞った最凶コンビの片割れだ。
あれからもう1年経ったのか、と思いながらも、腰掛けていたソファから立ち上がる。
「さて。私は先に、フロアで悪戯っ子を吊るしてこよう。君も、後から参加するのだろう?」
小さく笑みを返した母親に片目を瞑って、UNKNOWNは普段のボルサリーノからシルクハットへと帽子だけを変更して、部屋を出て行くのだった。
彼の仮装は吸血鬼だ。
その頃、変身を終えたお化け達は工場フロアの入り口にいた。
「準備はいいかい、お嬢様!」
「うんっ!」
翠の小脇に抱えられた紫色の妖精が、元気よく頷く。
「ん。おかしをくれないひとには、いたずら。冥華、がんばる」
「よーし。いたずら、頑張っちゃうよっ♪」
「仮装の前に、実はちょっとだけ従業員の皆さんに脅かしを入れてるんですよ。今年のハロウィンはもっと凄いですよ〜。って」
「ワクワクしてくるね、少年」
「お菓子と悪戯、両方いきますよ!」
赤色の妖精と、黒猫。魔女っ子に南瓜怪人、狼男がうきうきと告げれば。
「あの、皆さん。ほどほどに。ほどほどに!」
「ユーリさんゼンラーさん、頑張って止めに入りましょうね」
「任せろぃ!」
ストッパー役のミイラ南瓜男と雪女、青坊主が顔を見合わせて頷きあう。
それでは、いざ!
全員の先頭に立った子悪魔が、バタンと音を立てて扉を開く。
恐怖にびくりと体を竦ませた従業員達に向かって、にこりと笑みを浮かべると。
「従業員の皆さん、覚悟なさいませ」
まるで語尾にハートでも付きそうな口調で、恐怖の悪戯タイム開始を告げたのだった。
●最凶コンビ、再び
「「トリック・アンド・トリィーック!!」」
去年はまだ『オア』と言っていたのに、今年の紫妖精と地獄ピエロは更にどん底へと叩き落すべく、新たな言葉を作り上げていた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「アンド!? 今、アンドって言ったよね!?」
従業員の悲鳴が、フロアに響き渡る。
声だけで怖がらせるとは、流石は去年の最凶コンビだ。
そんな2人に注意を向けていた従業員の背後へと回りこんだのは、黒猫真夜。
「トリック・オア・トリート!」
覚醒して上がった能力値を生かしながら、叫び声と共に、給湯室から仕入れてきた砂糖を大量に降りかける。
突然の襲撃に悲鳴を上げた従業員へと、にんまり笑って真夜は手を突き出した。
「お菓子ください悪戯もします!」
それじゃあ何の為の掛け声なんだ、と思いながらも事前にストッパーから配られていたお菓子を差し出す。
「ハッピーハロウィン!」
お菓子をもらったそのついでに、と、またも砂糖を振り撒いて真夜は次のターゲットを探すのだった。
「トリック・アンド・トリート!」
言いながら、小悪魔ロジーは手に持ったエノコロで従業員の首筋を擽る。
背後からの攻撃に、悲鳴を上げて腰を抜かした従業員へと笑顔を向ければ、これでもかと言わんばかりのマシュマロがロジーの手に乗せられた。
「はい、ハッピーハロウィン」
獲物は頂いたし、悪戯も大成功で、ロジーは大満足だ。
「でも、こんなに沢山あたしに渡して大丈夫かしら?」
フロアの片隅でオドオドしながら研磨機を動かしていた従業員の背後に回りこんだのは、覚醒した南瓜怪人我斬だ。
「くくく。お菓子をくれなきゃ悪戯するヒーホーッ!」
「トリック・オア・トリート!」
「うわっひゃぁ!?」
耳元で大声を出された従業員は、そのすぐ後ろに隠れていた狼男夜刀に気づかなかった。
首筋にコンニャクを落とされ、驚きのあまりに本来押すはずだったスイッチとは別のスイッチを押してしまう。
ギギギィ、と嫌な音をたて始めた機械を尻目に、我斬と夜刀はそれぞれ手を突き出した。
さぁ、菓子をくれ。くれったらくれ。
そんな雰囲気の2人に、従業員は涙目になりながらキャンディを渡したのだが。
「ん。こんなんじゃ足りないホー」
貰った先からお菓子を食べてしまう我斬は、もっとくれと促すのだった。
「あはは。ハッピーハロウィン。はいこれ、フォーチューンクッキー。天使様のお告げが詰まったお菓子なんだ。君にもあげる」
笑顔でクッキーを置いて立ち去って行く夜刀だったが、そのクッキーの中身もまた、ハロウィン仕様なのは言うまでもないだろう。
「我斬さん! 仕事に支障の出る悪戯は駄目ですよっ!」
と、お菓子をごねる我斬の元へと覚醒して一気に詰め寄ったユーリが、びっと機械を指差した。
「見て下さい。研磨機が異常なスピードで動いて‥‥あぁ、オレアルティアさんが困る姿が目に見えます」
「オレアルティアさん? って誰?」
「オレガノさんのママさんです」
ユーリの目的は悪戯ではなく、お嬢様との交流と、お嬢様のママとの出会い、だったりする。
「あ、ひょっとして少年ー。お嬢ちゃんのママさんの事す‥‥」
「いいから、機械を止めるの、手伝って下さい!」
「トリーック♪」
「あんど」
「トリィィィックウッ!」
紫妖精オレガノと、赤色妖精冥華、そして地獄のピエロ翠が、分担して声を上げる。
言いながら、翠は自信作のマジックハンドと指さし君1号で、ターゲットの脇腹を勢いよく突っついた。
言葉にはし難い叫び声を挙げた従業員へと、最凶コンビと冥華は一斉に手を突き出した。
「クケーッケッケッ! 選べ! お菓子をよこすか、これら秘密兵器でイジられるか!?」
実はこの3人(というか、元凶は翠とお嬢様)。
さっきから既にフロア内の数十人の従業員を屍に変えてきている。
途中、正直にお菓子をよこした人間には、何故か翠が板チョコを投げつけて。
それを知っている人間は、お菓子を渡した所で悪戯が止まない事も知っているので、どうすればいいのかと恐怖に体を震わせるしかなかったのだが。
「見つけましたよ、オレガノさん」
「やり過ぎた悪い子には、青坊主から説教だねぃ」
「にゅ!」
「‥‥つかまった‥‥」
そこに救世主が現れた。
雪女アリスと、青坊主ゼンラーだ。
それぞれが1人ずつを確保して、しっかりと叱りつけているその最中、逃走を謀った翠だったが。
「うぎゃあっ!?」
一歩足を踏み出したところで、勢いよくすっ転んだ。
翠の足に絡まったのは、1本の荒縄で、その先を辿っていけば。
「ふむ‥‥。やはり『コレ』が釣れたか」
恐らく覚醒し、スキルを使用したのだろう吸血鬼UNKNOWNが、珍しく口角を上げて佇んでいた。
「あ、いやあの、今日はハロウィンですヨ?」
滝の様な汗を流す翠は、これから先訪れるだろう身の危険を感じ、一生懸命口を開くのだが。
「ハッピーハロウィン、だ。翠」
次の瞬間、フロアにいたお化け、従業員の全員が目を閉じ、耳を塞いでしまうほどの大絶叫が、響き渡ったのだった。
●騒動の後は
今年のハロウィンは、機械や設備にさほど被害がなかったと社長は笑って告げた。
負傷者は出たし、未だに最凶コンビの片割れは荒縄で吊るされたままだが。
「冥華ちゃん、たのしかったね!」
「ん。冥華も、せんりひんがいっぱい」
別のフロアで開かれた小さなパーティでは、ちびっ子達がお菓子を見せ合ったり。
ママさんと目の合ったユーリが赤面したり。
そんな可愛らしいシーンも、きっちりあったわけで。
ハッピーハロウィン!
ただし。悪戯のし過ぎには、くれぐれもご注意を‥‥。
END