タイトル:うたうたいの歌マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/28 22:34

●オープニング本文


 オーストリア・ウィーン郊外のあるオペラハウスで、不可解な事件が発生した。
 それに気が付いたのは、まだ駆け出しの男性オペラ歌手。
 日々、ソリストを目指して練習に励んでいた彼は、ある日自分の歌声に合わせて鳴る『音』に気が付いた。
 その音は、彼がどんな歌を歌っても、必ず鳴り響くのだ。

「最初は空耳だと思っていたんです。けど、音は鳴りやまなかった‥‥」

 意識して聴いてみれば、その音はまるで『鳥の囀り』の様だったのだが。
 彼は、音と共に見てしまったのだ。
 その『音』を発生させているものの、姿を。

「あれは‥‥そう。まるで鷹の様な姿をしていました。でも、違う。鷹じゃない」

 思い出すだけで背筋が凍るかと思った。
 彼が見た姿は、鷹よりも一回り大きな、2羽の鳥だったのだ。
 しかし、ただの鳥であれば彼も恐怖する事はない。
 その鷹の様な鳥は、鋭い嘴を真紅に染めていたのだ。
 ぽたり、ぽたり。
 嘴から滴り落ちる滴も、同じく真紅。

「そこで、思い出したんです。最近、オペラハウスの近所で飼われている動物が襲われている、という話を」

 襲われた動物達は全て、何か鋭利なもので貫かれた様な傷を持っているという事。
 そして、襲われる直前に、彼が聞いたものと同じ鳴き声が響いていた、という事。

「私は近々、小さいコンサートですがソロで1曲歌う事になっているんです。でも、怖くて仕方がない」

 一流の歌手を目指す彼にとって、今回のコンサートは是が非でも成功させたいものだ。

「どうかお願いです。あの恐ろしい鳥を、退治して下さい」

●参加者一覧

天・明星(ga2984
13歳・♂・PN
優(ga8480
23歳・♀・DF
結城加依理(ga9556
22歳・♂・SN
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
紅桜舞(gb8836
14歳・♀・EP
流月 翔子(gb8970
20歳・♀・SN

●リプレイ本文

●其は双頭なる鷹に非ず
 依頼者の報告通り、そのオペラハウス周辺を歩いていた優(ga8480)は、双眼鏡と周辺地図を交互に見やっていた。
「また、空を飛ぶ敵ですか‥‥」
 そこから少し離れた場所で待機していた結城加依理(ga9556)が、誰にも聞こえない様な小さな声でポツリと呟く。
 無線機から聞こえてくる他のメンバーの声が、はっきりとした声ではないものの、自分が一人ではない事を教えてくれていた。
「しっかし、オペラハウスとはまた‥‥雅なキメラもいたもんだねぃ」
 今回のメンバーで一番の最年長者、ゼンラー(gb8572)は、その巨体を震わせながらも空中の監視を続けている。
「囮役は僕と優さんが引き受けます。索敵も続けますけど、そちらも上空の監視を続けて下さいね」
 天・明星(ga2984)の連絡を受けた流月 翔子(gb8970)が、手にした洋弓「リセル」をほんの少し力を込めて握った。
「流月さぁん。もうすぐごじ、ですよ〜」
「作戦通りに、いってくれるといいですね‥‥」
 翔子の隣で準備を整えていた紅桜舞(gb8836)ののんびりとした声が、無線に響く。
「他の歌手でもいいんですかね? 何なら、歌ってみましょうか」
 明星の提案に、隣を歩いていた優は苦笑しながら持参していた呼び笛を取り出した。
「歌でなくても、音に反応するかもしれませんよ? 時間も時間ですし、呼んでみましょう」
 オペラ歌手の歌声とは全く違う、笛の音であってもキメラは現れるかもしれない。
 その仮定を立てた優は、小さく息を吸い込む。

 ――ピーっ‥‥

 空を裂く様な、高い音が響いた。
 次の瞬間。

「見つけた‥‥!」

 能力者達の居る場所に、力強い羽音が2羽分。
 全員の視界に、鋭い嘴と爪を持った大きな鷹が――否。鷹に類似したキメラが、姿を現したのだった。

●翼を貫け
「敵を捕捉しました! 皆さん!!」
 既に能力者全員が覚醒状態へと自らを高めていた。
 囮役の明星が高らかに叫ぶ。
 その声を無線とその耳で確認した射撃担当の加依理は、隠密潜行を使用しながら敵との距離を詰めていく。
 そのまま、狙撃眼で射程を延ばし、貫通弾を装填した銃を構える。狙いを定め、引き金を引いた。
 鈍い音と共に、勢いよく射出された貫通弾は、空気をも貫かんばかりに上空の敵へと向かう。
「よ〜く狙って‥‥せ〜の、シュート!」
 同じく、隠密潜行を使用して加依理と別の場所から上空の敵を狙っていたのは翔子だ。
 洋弓「リセル」の弦を引き、加依理の貫通弾が敵右翼の一部を貫いたのを確認し、反対の翼へと強襲をかける。
「鳥さん、覚悟」
 紅桜舞も、強弾撃を使用しながら拳銃「ルドルフ」の引き金を弾き、翼だけでなく脅威になる脚部へとその銃弾を叩き込んだ。
 鳥の絶叫が、石畳の道に反響する。
「僕の爪と貴方の爪。どちらが鋭いのか、勝負です!」
 囮役の明星が、瞬天速で一気に距離を詰め、二段撃を併用しつつディガイアを閃かせた。
 片翼を削がれた1体のキメラが体勢を崩す。
 しかし、キメラもただでは終わらない。
 そのまま明星の横をすり抜けたキメラは、彼のすぐ傍に位置していた優を鋭利な嘴で貫こうとした。
「残念。その攻撃は予想済みだよ」
 優が、淡々とその攻撃を若干食らいながら、流し斬りで威力を上げた月詠をすらりと躍らせる様に空へと滑らせる。
 その先は、攻撃を仕掛けてきたキメラの、加依理が貫通弾で貫いた方と逆の翼付け根だ。
 再び、耳障りな鳴き声が道路に響く。
 片翼を完全に失ったキメラは、地に落ちながらも必死に体勢を整えようと試みる。
「回復ならお任せあれ、ってねぃ!」
 後方で待機していたゼンラーが、練成治療を優へと施した。
 地に落ちたキメラを追い詰めたのは、宙で体勢を整えた明星。
「さぁ捕まえた!」
 まるでタクトを振っているかの様に、両手を交差させた明星の鋭い爪は、一気に地に落ちたキメラを引き裂いたのだった。
「残り1体。こちらも早く落ちてもらいましょうか」
 再び貫通弾を装填した加依理が、まだ飛行を続ける残り1体のキメラへ照準を合わせる。
 射程内に正しく飛び込んできた敵へと、的確な射撃で最初と同じく翼を貫いた。
「さぁて、無粋な輩には退席してもらおうかねぃ」
 ゼンラーの練成弱体によって、キメラの能力が下がる。
「残り1体。気をつけないとね」
「落ちなさい」
 翔子の弓と紅桜舞の銃が、前衛メンバーの援護と片翼に傷を負いながらもまだ宙を飛び続けるキメラへと少しずつだが確実にダメージを与えていった。
 しかし、キメラも唯では落ちない。
「ちぃっ!」
 鋭い爪を使った引き裂きは、前衛メンバーに少しずつダメージを加えていく。
 普段の明星からは想像もつかない悪態を吐いて、それでもなお彼は手にしたディガイアを翻し続ける。
「こちらの事を、忘れられては困るな」
 明星とキメラの更に死角、後方から注意を引き付けるように叫んだ優が、ソニックブームでキメラの体勢を一気に崩し、もう片手に握られたクルメタルP−38の引き金を弾いた。
 ありったけ、放てるだけ全弾を撃ち込まれ、さすがのキメラも地面に向かって一直線に落ちていく。
「ソリスト目指して頑張っているオペラ歌手の夢、潰させません!」
 優と正反対の場所から、落ちていくキメラへと肉薄した明星が、両手のディガイアを渾身の力で交差させる。
 耳障りなキメラの絶叫が、空間に反響する。
「お勤めご苦労さん! さて、マナーを守れない観衆にはさっさと帰ってもらわないとねぃ!」
 支援を担当していたゼンラーも、力の落ちていくキメラへと超機械で追い討ちをかける。
「今はまだ、一般の方々に被害がないとはいえ、その翼は脅威に違いありません」
 丁寧な口調の中、それでも弓を引く翔子の手は緩まない。
 そして、その隣。
「大丈夫。貴方が落ちても、その翼、その爪、その嘴の姿を、私達は忘れませんから」
 大きく、最後の抵抗とばかりに翼を広げるキメラへと、どこか優しさを含んだ紅桜舞の言葉が降りかかる。
 ルドルフから放たれる、銃弾と共に。
「‥‥さようなら」
 一方、離れた場所で、武器を回転式銃「エレファント」へと持ち替えていた加依理が、目を細めながら残された鋭い爪を供えた脚部へと、銃弾を食い込ませる。
「これで、終わりです!」
 振りかぶられた、優の月詠が、綺麗な軌跡を描く。
 最後の最後、甲高い鳴き声を路地――そして、町へと響かせて。
 2体目のキメラもまた、その命を途絶えさせたのだった。

●誰も寝てはならぬ
「ありがとうございました。本当に、ありがとうございました」
 一生懸命に能力者達へ感謝の言葉を贈るのは、今回の依頼人である駆け出しのテノール歌手だ。
「いいえ〜。これで、心置きなく歌えますよ〜」
 ほんわりと、紅桜舞は戦闘中とは正反対の柔らかい笑みを浮かべて応える。
 彼らがいるのは、小さなオペラハウスのその中だ。
 舞台に近い客席部分で話している彼ら以外、オペラハウスには誰も居ない。
 まだ、彼が歌う予定の日まで数日あるのだ。
 リハーサルは行われているが、それも昼間の話。
 夜になれば、楽団員達も帰路についている。
 ゼンラーにせがまれるままに、慣れないサインを記しながら、テノール歌手は声を上げた。
「楽団員も、私より上手い歌手の方々もいませんが‥‥。本当に、私でいいんですか?」
 オドオドとしたテノール歌手の姿は、きっちりとした正装。
 そう。
 彼は今から、この舞台で歌うのだ。
 無事、依頼を達成してくれた、能力者達の為だけに。
「ええ。私達は他の誰でもない。『貴方の歌』を聴きたいんです」
 微笑を浮かべた優にそう言われてしまえば、テノール歌手には拒否出来ない。
「ごめんなさい。僕は少し風に当たりに‥‥。また、機会があれば聞かせてください」
 戦闘の後と、万が一の敵の襲来を考えたのか。それとも、人との付き合い方が少しばかり苦手なのか。
 加依理だけは、そう告げてホールから出て行ってしまったのだけれども。

 ――彼らは、自分の為に、傷を負いながらも戦ってくれたのだから。
 ――そして恐らく、これからも誰かの為に、戦っていくのだろうから。

 小さく唇を引き上げて、テノール歌手は舞台に上がる。
 楽器の奏でる音も、会場一杯の歓声もない。
 ただ、彼と、依頼を受けてくれた能力者達だけの、その舞台に。

 曲目は、テノール歌手ならば一度は必ず歌うだろう、名曲。
 息を吸って、吐いて。

 ホールに響く、荒削りながらも心の篭ったその歌声に、能力者達は暫し、戻る事になる戦場を忘れ、至福の時間を味わうのだった。


 END