●リプレイ本文
●命懸けの鬼事開始!
偶然にも社内見学に訪れていたジン・レイカー(
gb5813)は、社屋内が異常に騒がしい事に眉を顰めた。
「一体何が‥‥」
物音は凄まじい勢いでジンに向かって来ている。
思わず身構えた、次の瞬間。
さほど狭くもない廊下の角から、物凄い勢いで人影が飛び出した。
「ウィルー!」
「うぉっ!?」
絶叫をBGMにしたその人影。オレアルティアは、射殺さんばかりの視線をばったり出くわしたジンへと向ける。
――よく分からないけどヤバい。
殺気を感じたジンは、くるりと踵を返すとそのまま元来た道を全速力で駆けだした。
「お待ちなさい」
正直なところ、何故自分が逃げ出しているのか、ジンにも分からない。
しかし、彼の第六感が捕まればヤられると告げているのだ。
「待てるか!」
全力で逃げているにも関わらず、小柄な彼女は確実にジンとの距離を詰めていく。
「だから! あり得ないだろその速度っ!」
「逃がしませんわよ」
悪態を吐いて一瞬振りかえったのが運の尽き。
一気に距離を詰めた女社長が、手にしたクリップボードを振りかぶった。
そのまま、勢いよく投擲されたクリップボードは、一直線にジンの側頭へと激突する。
あまりの痛みにしゃがみ込んだジンへとにじり寄るオレアルティアの表情は、般若もびっくりな表情だ。
「お待ちなさいと言ったのに何故逃げるのですか」
問いかけというより詰問に近いその声も、常日頃の彼女からは想像もつかないほど低い。
「いや、何となく身の危険を感じたので‥‥」
クリップボードがぶつかった側頭部を押さえながら、ジンは口から出そうになった「貴方が恐ろしいから」という言葉を必死に抑え込んだ。
「ウィリアムを見ませんでしたか」
問われて彼は自分の記憶の棚をひっくり返す勢いで漁るが。
「や、見てないです」
「‥‥ちっ」
童顔の女社長が、小さく舌打ちをした後に冷ややかな視線でジンを見降ろし。
「知らないのならば用はありませんわ」
その言葉を残して、彼女はまた全力で廊下を走りだした。
「この書類、今日中にウィリアムさんに渡さなきゃいけないんだけどな。ここ、広いから迷いそうだ」
上司に頼まれた書類を手に、廊下を歩いていたのはヴィンフリート(
gb7398)だ。
前を歩く案内係の男性も、その言葉に苦笑しながら誘導しているのだが。
前方から聞こえてきた物凄い音に、ピシリと体を硬直させた。
「え? あの、どうかし」
ました。の最後まで言う事も叶わず。
「ウィルー!」
音と共に物凄い勢いと表情で現れたオレアルティアが、わき目も振らずに突進してきたのだ。
「邪魔です」
ヴィンフリートが聞き取れたのは、その言葉だけ。
次の瞬間、凄まじい威力の回し蹴りが彼の腹部へと蹴り込まれ、ヴィンフリートは衝撃を殺す事も出来ないままに備え付けのゴミ箱へと突っ込んだ。
何度もウィリアムの名前を叫びながら走り去っていく彼女が視界から消えたのを確認して、案内係の男性は引きつった笑みを浮かべながらヴィンフリートへと歩み寄る。
「と、とりあえず書類はこちらで届けておきますね」
そのまま、女社長が向かった方とは逆の方に早歩きで立ち去っていく男に向かって、ゴミ箱と共に置き去りにされたヴィンフリートは小さく声を上げるのだった。
「書類もいいけどおれ助けて〜」
秘書見習いとして訪れていたユーリ・クルック(
gb0255)は、物凄い勢いで駆けて来たオレアルティアを見て、柔らかく微笑んだ。
「オレアルティアさん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
彼女に密かな恋心を抱いているユーリは、勇気を振り絞って声をかけたのだが。
いつもなら同じく微笑で挨拶を返してくれる彼女が浮かべている表情は凶悪なもので。
「あの、何をそんなにあわて‥‥」
「ウィリアムは何処です」
初撃のクリップボードによる打撃が見事に頭へとヒットして、思わず目の前に火花が散りそうになった。
それでもユーリはくじけない。
「ウィリアムさんですか? 見かけませんでし‥‥ごふっ」
続いて見事な膝蹴りが鳩尾へ。
流石のユーリもこのコンボ技には勝てず、膝をついてしまった。
「知らないなら結構」
オレアルティアが物凄い勢いでその場を離れていく。
その後ろ姿を見ながら、腰を落とした体勢でユーリはどうしようかと表情を曇らせるのだった。
私用で訪れていた獅子河馬(
gb5095)もまた、巻き込まれた可愛そうな一人だった。
曲がり角でばったりはち合わせてしまった彼が見たものは、目を吊り上げ憤怒を顕わにしたオレアルティアの姿。
物凄い殺気を感じた獅子河馬が、とっさに護身用の武器へと手を伸ばそうとしたその瞬間に、女社長は右手を素早く動かした。
スナップを利かせた見事なアッパーは、クリップボードという凶器を伴って強烈な打撃を獅子河馬へと与える。
あまりの勢いに三回転半くらい身を捻って壁へと激突した獅子河馬をちらりと見やって、彼女はポツリと呟いた。
「違いましたか」
謝罪の言葉は、全くなかった。
「‥‥酷い」
壁と熱烈なお見合いをする羽目になった獅子河馬は、小さく呟いてぱたりと廊下へ倒れ込んだ。
呟きながら社外のカフェで休息を取ろうとしていたUNKNOWN(
ga4276)は、社屋内の騒ぎに、小さく息を吐いた。
「珍しいものだ。普段は穏やかな雰囲気だというのに」
暫く様子を窺っていると、後方から聞き慣れた声が響いてきた。
姿を現したのは、この社を纏める長であるオレアルティア。
いつもの様子とは違う彼女の表情に、僅か怪訝そうに眼を細めるが、突然繰り出されたクリップボードをまるでワルツを踊っているかの様なステップで避ける。
「――何を急いでいるのか、ね?」
空振ったオレアルティアの手をやんわりと掴んで、上手く力を流していく。
「ウィリアムを探しております」
問いに答えた彼女に微笑みかけて、UNKNOWNは落ち着かせる様に軽くリードしながら簡単なステップを刻む。
「それは大変だなティア。頑張るといい」
「絶対に仕留めます」
物騒な笑みを浮かべた彼女に、微苦笑しながらするりと手を離した。
「少し出掛けてくるが、戻ってくるまでに見付かる事を祈っているよ」
その言葉を最後に駆けだしたオレアルティアを見て、UNKNOWNは小さく肩を竦めた後。
「君、社内に今の状況を説明してくれるかな。私は少し外に出てくるから」
呆然と立ち尽くしていた従業員へ指示を出して、優雅に身を翻したのだった。
社内に連絡が行き渡ったのは、それからすぐの事だった。
社長の怒りはピークに達し、未だ見付からぬウィリアムに苛立つあまりに誰彼構わず攻撃を仕掛けている、と。
身の危険を感じたヒューイ・焔(
ga8434)は、段ボールに身を隠しながらジリジリと移動していた。
「絶対マズイ。足音こっちに来てんじゃねぇか」
ボソボソと小声で呟きながら、少しでも早く音のする方から逃げようとするが。
「お待ちなさいそこの段ボール」
低い。それはそれは低い声で制されて、ビクリと体を強張らせてしまった。
いつの間に自分の後ろまで迫って来ていたのだろう、オレアルティアは仁王立ちしてヒューイの隠れている段ボールを睨みつけている。
「にゃ、にゃぁお?」
「段ボールが鳴きますか。貴方、ウィリアムですか」
最早隠れている意味はない。
ヒューイは思い切り段ボールを跳ね上げると、両手を上げて降参のポーズを取って見せた。
「いや。俺ウィリアムじゃないって。ウィリアムなら‥‥あっちに行ったから」
そのまま適当な方向を指差して告げれば、彼女は頷いてヒューイに背を向けた。
その瞬間。
「チェストー!!」
隙を逃さず、ヒューイが踵落としを彼女の頭上へと繰り出そうとするが、鬼のオレアルティアも負けてはいない。
素早くヒューイの足から身を逸らすと、勢いをつけてクリップボードを鳩尾へと叩きつけた。
「邪魔は許しません」
走り去っていく彼女の後姿を見ながら、ヒューイはポツリと呟いたのだった。
「角は駄目だって‥‥」
更なる地獄絵図が、ある階の廊下で繰り広げられようとしていた。
「怖っ! あの社長の顔。捕まったら絶対殺されるぞ」
相賀翡翠(
gb6789)は一瞬だけ見えたオレアルティアの形相に怯えて、一生懸命逃げて来たのだ。
とりあえず、時間稼ぎとウィリアム確保の為のトラップを仕掛けておきながら。
角を曲がって、そこでばったりと顔見知りに出会ったのが、彼の運の尽きかもしれない。
「とりあえず、奴を捕まえるのが優先だ‥‥。ん?」
出くわしたのはアレイ・シュナイダー(
gb0936)だ。
翡翠を見て、次にアレイが取った行動は。
「翡翠、丁度いい。‥‥奴はどこだ! ウィリアムをだせ! 隠すと大事なものを失うぞ‥‥そう、命という大事なものが!」
「ウィリアムって誰だよ!? っつーかドラマの見過ぎ真似しすぎだ!」
武器を突き付けてくるアレイへと速攻でツッコミを入れる翡翠だが、アレイは耳も貸さない。
「嘘を吐くな! 奴を差し出さねば痛い目にあうだろうが! 俺が!」
「お前だけじゃなく全員だこの馬鹿!」
息も荒く、アレイの頭にハリセンを落とした翡翠が、事の次第を把握しようと短い時間の中で頭を整理し始めた。
「そのウィリアムって奴を探せば、巻き込まれずに済むんだな!?」
だったらこの悪友と協力してやろうと思い視線を向ければ。
「だが断る!」
すっぱり切り捨てたアレイの一言に、ピキリと青筋を立てる翡翠。
一触即発の雰囲気の中、反対方向から足音が響き始め、何事かと二人が視線をやれば。
「さて、どうしようか‥‥」
更なる混沌が、生まれようとしていた。
現れたのはアレイの悪友であり天敵である紅月・焔(
gb1386)だったのだ。
焔を確認した直後、アレイは翡翠に向けていた武器を焔へ方向転換させ、絶叫と共に飛び蹴りを繰り出す。
「何故ここにいる! 騒ぎに乗じて女子更衣室を漁りに行ったのではなかったのか!」
「行ったけど無人だった! だから未遂!」
さらりととんでもない事を言いながら、必死に攻撃から逃げる焔だが、白熱したアレイの攻撃は止まない。
「貴様のような奴がいるから! 犯罪が減らないんだ! 消えてもらう!」
「ちょっと待って! 俺攻撃されるなら社長さんからがいい!」
「知るか! 荒んだ心に煩悩は危険なんだ! 沈めぇー!!」
彼らが戦うべき相手は女社長だというのに、アレイと焔が戦っている。
果てしない間違いをどう食い止めようかと翡翠が青筋を増やしながら二人を睨みつけていると。
「「‥‥っぎゃーー!?」」
二人が、同時に翡翠の仕掛けていたトラップに引っかかった。
「んの‥‥何してんだー!」
ブツン。と堪忍袋の緒が切れた翡翠の怒声とハリセンの打撃音が、社内に響き渡った。
「どうやらこちらにはやって来ないみたいですね」
ほっと安堵の息を漏らして、傍にいたオレアルティアの娘であるオレガノへと笑って見せたのは天城・アリス(
gb6830)だ。
その傍らにはあちらこちらに傷を作ったジンとユーリの姿もある。
「ねーさま?」
こてりと小首を傾げる少女に、両親の大喧嘩を見せるのは頂けないと判断したアリスは、他のメンバーから社長の位置を教えてもらいながら、はち合わせない様にと気を配っていた。
「何でもありませんよ。お母様はまだお仕事忙しいみたいですね。もう暫く私達と一緒に遊びましょう」
笑いながら手にした折り紙に小さく息を吹き込めば、ぷくりと膨らむ胴体部分。
「うわあ!」
出来上がった鶴を見て目を輝かせた少女は、ユーリの持参したクッキーを頬張る。
「後でケーキも作りましょうね。お母様もきっと喜んで下さいますから」
「うんっ!」
その頃、鬼の形相のオレアルティアと出逢ってしまった瀬上 結月(
gb8413)は、あまりの恐ろしさに腰を抜かしてしまっていた。
「ウィリアムは何処です」
「ええっと、えと‥‥う、ウィリアムさんなら、2分24秒前に下の階の、に西側のエレベーター前ですす、すれ違いました! 営業課の方へ‥‥も、物凄い速さで。でででも、息もかなり荒かったので! 疲れてるかと、早く行けば捕まえられ‥‥」
普段の結月からは想像出来ないほど、怯えきったその口調に女社長はずいっと顔を寄せる。
「真実ですか」
「ほほ本当ですっ! お願い、命だけは助けてぇ!!」
涙目で必死に頷く結月の言葉に、ひとつ頷いて鬼は提供された情報先へと駆け出した。
呆然と消えていく姿を見やって、結月は気を取り直して先程の動揺を微塵も見せずに溜息を落とす。
「しかし、予想以上の迫力だったな‥‥。これ以上ここにいたら危険そうだし、早く帰‥‥どあぁぁあ!?」
一歩踏み出したその先には、運悪く翡翠の仕掛けたトラップがあったのだ。
その頃、ターゲットであるウィリアムはというと。
「こ、こっちなら安全だと思いますよ」
ばったり出くわしたキド・レンカ(
ga8863)と共に一生懸命逃げていた。
小柄ながらも俊敏な動きで逃走を続けるレンカが案内する通りに、ウィリアムも必死に逃げ続ける。
「ところでウィリアムさん。一体何をしたんですか?」
追われている理由を尋ねれば、ウィリアムは弱弱しい声でポツリと呟いた。
「うん。オレガノがパパって呼んでくれたから、その記念に銀食器を作ろうと思って。ティアに内緒で会社の経費使っちゃったんだ」
「‥‥‥‥」
あまりの内容である。
そりゃ、自分の子供の成長が嬉しいのは分かるが、何故会社の費用で銀食器を作る必要があるのだ。
しかも、内緒で。
「ウィリアムさん。それ‥‥」
自業自得です。とレンカは溜息をひとつ落とすのだった。
「あらあら大変な事になってますね〜」
怪我人の山を見て、苦笑するのはリティシア(
gb8630)だ。
救護室はすし詰め状態。屍もどきだらけ。
「大丈夫ですか〜。生きてますか〜? 今助けますね〜」
さながら災害後の救助隊。
怪我人を片っ端から治療していくリティシアの姿に、怪我人達は感激のあまり涙を流し始める始末だ。
「お茶ありますよ〜ジュースありますよ〜」
今後も増えるであろう怪我人の数に、リティシアはひたすら苦笑するしかなかったのだった。
最終的に、ウィリアムを捕まえたのは焔とアレイ、翡翠の三人だった。
どうやらレンカと途中で逸れてしまったのが敗因だろう。
「覚悟は出来ていますね」
にじり寄る鬼に、ガクガクと震える四人。
「巻き込まれない様に離れた場所から突き出したのに、何で近寄ってくるんだよ!」
「こ、こっち来るなウィリアム! しゃ、社長さんも待った!」
翡翠とアレイの必死の抵抗虚しく、本日最高の恐ろしさと美しさを誇る笑みを浮かべた彼女の口から放たれた言葉は。
「問答無用」
長らく続いた鬼ごっこは、外出したUNKNOWNが戻るまで続く事となったのだった。
全ての出来事は、真夏の夜の夢‥‥?
END