タイトル:在る証明マスター:深水巧

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/03 23:11

●オープニング本文


 かつて、バグアやキメラと戦った老兵がいた。誇り高いその老兵はどんな強敵だろうと一歩も退くことなく、常に前線で戦い続けた。彼のその尊厳に満ちた姿は、たくさんの弱いものを勇気づけ、若い兵士たちを奮い立たせた。

 老いてなお、戦場に立つことを止めなかった彼にとって、戦場で誰かを守って死ぬということは本望だったのかも知れない。
 その老兵は、敗走する最中、若い兵士を庇って命を落とした。
 老兵にとって、それは確かに本望だった。しかし、家族や仲間を守るために命を賭して戦った彼は、彼が守った人間たちに対して、何も遺さなかった。自身の体、自身の骨すらも。つまり、彼がこの世に生を為していた証明が、何もないのだ。
 それでは、いけない。彼が生きていたという証明を遺さなければ、彼の死が無駄になる。彼の家族は、そして彼と共に戦った若い兵士たちはそう思った。
 彼が生きていた証明。彼が自身の命を省みず、何かを守った証明。それはきっと、彼と共に幾千の戦場を駆けた彼の相棒ではないだろうか。幾千のキメラを屠り、時には彼の命を幾度となく護ったであろう、彼の武器。
 彼の、刀。
 敗走の際に紛失してしまったそれは、きっとおそらくまだあの戦場に残っているはず。逃げ延びた兵士は、敗走したときに通った荒れ果てた山岳地帯にあるのではないかと話していた。おびただしい血が流れ、幾多の兵士が倒れたその跡の何処かに。
 
 かくして私たちは、その証明を取り戻すため、キメラが闊歩する戦場跡に向かう。

●参加者一覧

稲村 弘毅(ga6113
23歳・♂・GP
アンジュ・アルベール(ga8834
15歳・♀・DF
天道・大河(ga9197
22歳・♂・DF
蓮角(ga9810
21歳・♂・AA
銀龍(ga9950
20歳・♀・DF
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
トリストラム(gb0815
27歳・♂・ER
水無月・翠(gb0838
16歳・♀・SF

●リプレイ本文


 辺りには死臭が漂っていた。アンジュ・アルベール(ga8834)はあまりの匂いに、思わず顔をしかめる。
「ひどい‥‥です」
 そう呟くのも無理はない。
 戦場跡。そこに広がる悲惨な光景に、一同は圧倒されていた。
「これほどたくさんの人が亡くなったのですね」
 水無月・翠(gb0838)が言う。老兵が敗走したであろう山道には、数日前の戦闘の痕がまだ、残っていた。
 ほとんどの遺体が、原型をとどめていない。腕が欠け、足がもげ、頭部が吹き飛ばされた遺体がそこら中に散乱している。四肢がまともに残っている遺体の方が少ない。
「こんなの‥‥信じられないです」
「でも、これが戦争なんです」
 遺体の傍に座り込んで、様子を見ているアンジュに水無月が話しかける。
「こうやって、人が死んでいくのが戦争なんです。おそらく、こういったことが嫌だったから、件の老兵は自分の命を顧みず、誰かを守ることを優先したんでしょう」
 数多の戦場を経験したが故に、数多の死の経験を余儀なくされた老兵。その結果、誰かを守ることを最優先にしたのだろう。
「亡くなった方たちには悪いですが、まずはお爺さんの刀を探すのが先決です。この方たちの弔いは、その後でやりましょう」
 依頼者の話では、目的のものである老兵の刀はこの辺りにあるということだ。詳細な場所が分からない以上、丁寧に探索を進めるしかない。しかし、それは即ち、この凄惨な戦場跡を、くまなく探すということだ。血に濡れた岩や木の陰を、そして転がっている死体の隙間を。
 探索を進めていく。最初の頃は大丈夫だったアンジュだったが、あまりに状態の悪い死体が多いため、堪えきれずに涙ぐんでしまう。
「大丈夫か?」
 レイヴァー(gb0805)が座り込んでいるアンジュの肩をぽんと叩く。その気遣いに、アンジュはこくんと頷いて、
「はい‥‥。ちょっと、悲しくなってしまっただけですから」
 両手をあわせると、アンジュは小声で祈りの言葉を口ずさむ。
「‥‥主よ、みもとに召された人々に、永遠の安らぎを与え、光の中で憩わせてください」


 ぐちゃ。
 不意に聞こえた怪しい音に、前方を警戒していた稲村 弘毅(ga6113)と銀龍(ga9950)は歩みを止めた。
「‥‥なに?」
 銀龍が首を傾げると、稲村は頭を振って、
「さぁな。銀龍、静かにしろよ。音を立てるな」
 銀龍に向かって、「しーっ」というジェスチャーを見せる稲村。2人は足音を立てないように、その怪しい音の源に近づいていく。音源はどうやらこの先にあるようだ。一歩、近づくにつれて、その音は大きくなっていく。
 広場に出ようとするところで、木の陰に隠れて、様子を窺った。
「‥‥あれは!?」
 稲村が絶句する。それほど、それは凄惨な光景だった。
 広場には折り重なるように死体が転がっており、そして体長2メートルほどの猛獣型のキメラが数体、その死体に群がって、死肉を食んでいた。さきほどの音は、肉を咀嚼したときのものらしい。くちゃくちゃ、ぐちゃぐちゃと肉を噛み切る音がうるさい。
「アタックビースト‥‥! あいつら‥‥よりにもよって」
 ギリ‥‥と歯を食いしばる稲村。悔しさが滲む。殺すだけでは飽き足らず、その死体を食べるというのか? 何という冒涜だ。
「あのキメラ、あんまりかわいくない」
「当たり前だ」
 目の前の惨状とは対照的な、あまりにのんきな会話に、稲村は思わず溜息をついた。
「銀龍、他の奴らにこのことを伝えてきてくれ」
「分かった」
 銀龍は頷くと、他の警戒隊や探索隊に伝令に走った。


「ここまでするのか‥‥」
 キメラが死体を食んでいる光景を見て、蓮角(ga9810)は胸に不快感を覚えた。
 今まで数沢山のキメラと対峙してきたが、このような姿を見るのは初めてだった。
「ゆるせない‥‥!」
 アンジュが怒りに身を震わせる。
「とにかく、奴らを倒さないことには先に進めません。行きましょう!」
 水無月がクロムブレイドを抜いて、突進する。それに気付いたアタックビーストが、頭を上げ、己が敵の存在を認識する。食事をやめ、一同の方に向かって、敵意を剥き出す。
 アタックビーストは全部で6体。8人は散開して、アタックビーストに攻撃を仕掛ける。
「うおおおおおおおお!」
 気合と共に、天道・大河(ga9197)が刀で斬撃を繰り出す。命中し、胴体部にダメージを追わせる。
「‥‥ここまでして、まだ満足出来ないと言うのですか!」
 走って、アタックビーストとの距離を詰めるレイヴァー。両手に装備したファングが、鈍く光る。
「はぁっ!」
 腕を切り裂く。怯んだアタックビーストが、レイヴァーから距離を取る。追撃しようと、レイヴァーが足に力を込めた時、
「危ない!!」
 背後から叫び声。振り向くと、飛び掛ってくる別のアタックビーストが視界に入った。
「くッ!?」
「レイヴァー君、どいてください!」
 レイヴァーとアタックビーストの間に飛び込んできたのは、トリストラム(gb0815)だった。槍を繰って、アタックビーストの攻撃を防ぐ。
「やれやれ、レイヴァー君。貴方を見ていると自分までハラハラします。戦闘中は常に周りに気を配っていないと」
「うっせえ」
 ふん、と鼻を鳴らすレイヴァー。やれやれ、と再び溜息をつくトリストラム。この任務が始まる前からの知り合いだった2人は、お互い悪態を吐きつつ、やはり信頼しあっているようだ。
「おいおい、喋ってる暇はねぇぜ?」
 稲村が一体、ダメージを追ったアタックビーストにトドメをさす。他のメンバーも、順調に戦闘を続けているようだ。
「あまり長引くと、増援が来るかも知れない。さっさと片をつけようぜ?」
「分かりました」
「了解」
 2人は首肯すると、残りのアタックビーストに向かっていく。
「あなたたちなんて、大嫌いです!」
 さきほどの光景がショックだったのだろう。ほとんど半狂乱に近い形で、アンジュはキメラに攻撃を仕掛ける。刀を振りかざし、流し斬りでキメラに深いダメージを与える。
「くっ!」
 一方、キメラからの攻撃を喰らい、後ずさる水無月。傷跡に、血が滲む。
「水無月、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
 そう言うと、水無月は活性化を使用して、体力の回復を図る。
「ここで死んでしまうと、その老兵に叱られてしまいます。『わしの目の前で死ぬとは、なんてことだ!』とね。そういう訳には参りませんので」
 にっこりと水無月は微笑むと、
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
 気合と共に、クロムブレイドを振り降ろした。その一撃が、アタックビーストの頭を落とす。その場にいた最後のキメラが、悲鳴を上げる間もなく、絶命した。
 最後の一体を水無月が倒して、とりあえず敵の殲滅に成功した。水無月だけはそれなりにダメージを負ったが、それ以外には特に大きなダメージを負ったものはおらず、一同は戦闘態勢を解除する。
「‥‥こいつら、死者を愚弄しやがって」
 天道が刀を納めながら、唇を噛む。それは他の7人も同じであっただろう。戦闘は終了したが、気持ちは晴れない。
「‥‥まだ、任務の達成は終わっていない。さぁ、行くぞ」
 稲村が苛立ちを隠せない乱暴な口調で、出発を促す。再び警戒組と探索組に別れ、山道を進んでいった。



 山の頂上付近にたどり着いた。特に戦闘が激しかった場所らしく、今までよりも酷い状態の遺体が多い。
「あるとしたら、ここか?」
「とりあえず、探しましょう」
 探索隊の3人が探索を再び始める。本来は警戒の任につくはずの他の5人も、周囲に気を配りながら、探索に加わることにした。

「これ、お爺さんの刀じゃないですか?」
 刀が一振り、地面に突き刺さっていた。話に聞いていた形状とも一致する。老兵の刀には、柄頭に娘から貰ったアクセサリーがつけられているのだ。
 トリストラムがそれを引き抜く。風雨に曝されていたからか、刀身は錆び、欠けている。柄はうっすらと赤く染まっていた。おそらく、血が滲んでいるのだろう。
「これが、爺さんが何かを守った証明、か」
 蓮角は刀を天にかざして見る。長年老兵と共に連れ添ったその刀は、ぼろぼろになってはいるが、老兵の想いが詰まっているかのように、重かった。
「分からない‥‥、これが老兵が生きていた証なのか?」
 銀龍が尋ねる。
「これは、ただの刀じゃないのか?」
「これ自体はただの刀でしょう」
 トリストラムが言う。
「重要なのは、これに込められている老兵の気持ちです。どんな気持ちで、老兵がこの刀を振るったのか‥‥。自分たちは、それを理解する必要があります。この老兵が世界に在ったという証明は、刀自身ではなく、刀に刻まれた彼の魂です」
「結局の所、コレが即ち生きた証に直接繋がるとは到底思えん。残された者が‥‥コレをどう感じるか。それが重要なんだ」
 稲村がそう言うと、一同は黙り込んでしまう。それぞれ、思惟を重ねているのか、神妙な面持ちでその刀を眺めている。
「俺、思うんだ。この人こそ、本当の英雄なんじゃないかって」
 蓮角の言葉に、何人かが同意するようにうんうんと頷く。
「とにかく、老兵に対して、祈りを捧げましょう」
 水無月が言うと、一同は数刻、老兵に対して黙祷を捧げた。
「よし、これで任務達成だ。帰還しよう」


 帰りの道中で、亡くなった人たちのドッグタグを回収した。遺体の損傷が激しいため、故人を見分けることができるのがそれしかなかったのだ。ドッグタグはUPC本部に頼んで、遺族に渡して貰う予定である。
 そして、一同は下山後、山の麓に故人の慰霊碑を作ることにした。
 男勢が手ごろな岩石を削り、そこに分かっている限り全ての故人の名前を刻む。アンジュと銀龍は慰霊碑に供えるための花を探す。
 やがて、立派な慰霊碑が出来上がった。一同はその前に集まる。
「本当は、空からまきたかったんだがな」
 天道が持ってきていた日本酒を慰霊碑に供える。
「ま‥‥酒でも飲んで休んでくれや」
「この地に散った数多の兵に、冥福のあらんことを‥‥」
「安らかにお眠りください‥‥」
 レイヴァーが、そしてトリストラムが両手を合わせる。それに倣い、他の6人もしばらくの間、故人に対して黙祷を捧げるのだった。