●リプレイ本文
●
辺りには死臭が漂っていた。アンジュ・アルベール(
ga8834)はあまりの匂いに、思わず顔をしかめる。
「ひどい‥‥です」
そう呟くのも無理はない。
戦場跡。そこに広がる悲惨な光景に、一同は圧倒されていた。
「これほどたくさんの人が亡くなったのですね」
水無月・翠(
gb0838)が言う。老兵が敗走したであろう山道には、数日前の戦闘の痕がまだ、残っていた。
ほとんどの遺体が、原型をとどめていない。腕が欠け、足がもげ、頭部が吹き飛ばされた遺体がそこら中に散乱している。四肢がまともに残っている遺体の方が少ない。
「こんなの‥‥信じられないです」
「でも、これが戦争なんです」
遺体の傍に座り込んで、様子を見ているアンジュに水無月が話しかける。
「こうやって、人が死んでいくのが戦争なんです。おそらく、こういったことが嫌だったから、件の老兵は自分の命を顧みず、誰かを守ることを優先したんでしょう」
数多の戦場を経験したが故に、数多の死の経験を余儀なくされた老兵。その結果、誰かを守ることを最優先にしたのだろう。
「亡くなった方たちには悪いですが、まずはお爺さんの刀を探すのが先決です。この方たちの弔いは、その後でやりましょう」
依頼者の話では、目的のものである老兵の刀はこの辺りにあるということだ。詳細な場所が分からない以上、丁寧に探索を進めるしかない。しかし、それは即ち、この凄惨な戦場跡を、くまなく探すということだ。血に濡れた岩や木の陰を、そして転がっている死体の隙間を。
探索を進めていく。最初の頃は大丈夫だったアンジュだったが、あまりに状態の悪い死体が多いため、堪えきれずに涙ぐんでしまう。
「大丈夫か?」
レイヴァー(
gb0805)が座り込んでいるアンジュの肩をぽんと叩く。その気遣いに、アンジュはこくんと頷いて、
「はい‥‥。ちょっと、悲しくなってしまっただけですから」
両手をあわせると、アンジュは小声で祈りの言葉を口ずさむ。
「‥‥主よ、みもとに召された人々に、永遠の安らぎを与え、光の中で憩わせてください」
●
ぐちゃ。
不意に聞こえた怪しい音に、前方を警戒していた稲村 弘毅(
ga6113)と銀龍(
ga9950)は歩みを止めた。
「‥‥なに?」
銀龍が首を傾げると、稲村は頭を振って、
「さぁな。銀龍、静かにしろよ。音を立てるな」
銀龍に向かって、「しーっ」というジェスチャーを見せる稲村。2人は足音を立てないように、その怪しい音の源に近づいていく。音源はどうやらこの先にあるようだ。一歩、近づくにつれて、その音は大きくなっていく。
広場に出ようとするところで、木の陰に隠れて、様子を窺った。
「‥‥あれは!?」
稲村が絶句する。それほど、それは凄惨な光景だった。
広場には折り重なるように死体が転がっており、そして体長2メートルほどの猛獣型のキメラが数体、その死体に群がって、死肉を食んでいた。さきほどの音は、肉を咀嚼したときのものらしい。くちゃくちゃ、ぐちゃぐちゃと肉を噛み切る音がうるさい。
「アタックビースト‥‥! あいつら‥‥よりにもよって」
ギリ‥‥と歯を食いしばる稲村。悔しさが滲む。殺すだけでは飽き足らず、その死体を食べるというのか? 何という冒涜だ。
「あのキメラ、あんまりかわいくない」
「当たり前だ」
目の前の惨状とは対照的な、あまりにのんきな会話に、稲村は思わず溜息をついた。
「銀龍、他の奴らにこのことを伝えてきてくれ」
「分かった」
銀龍は頷くと、他の警戒隊や探索隊に伝令に走った。
●
「ここまでするのか‥‥」
キメラが死体を食んでいる光景を見て、蓮角(
ga9810)は胸に不快感を覚えた。
今まで数沢山のキメラと対峙してきたが、このような姿を見るのは初めてだった。
「ゆるせない‥‥!」
アンジュが怒りに身を震わせる。
「とにかく、奴らを倒さないことには先に進めません。行きましょう!」
水無月がクロムブレイドを抜いて、突進する。それに気付いたアタックビーストが、頭を上げ、己が敵の存在を認識する。食事をやめ、一同の方に向かって、敵意を剥き出す。
アタックビーストは全部で6体。8人は散開して、アタックビーストに攻撃を仕掛ける。
「うおおおおおおおお!」
気合と共に、天道・大河(
ga9197)が刀で斬撃を繰り出す。命中し、胴体部にダメージを追わせる。
「‥‥ここまでして、まだ満足出来ないと言うのですか!」
走って、アタックビーストとの距離を詰めるレイヴァー。両手に装備したファングが、鈍く光る。
「はぁっ!」
腕を切り裂く。怯んだアタックビーストが、レイヴァーから距離を取る。追撃しようと、レイヴァーが足に力を込めた時、
「危ない!!」
背後から叫び声。振り向くと、飛び掛ってくる別のアタックビーストが視界に入った。
「くッ!?」
「レイヴァー君、どいてください!」
レイヴァーとアタックビーストの間に飛び込んできたのは、トリストラム(
gb0815)だった。槍を繰って、アタックビーストの攻撃を防ぐ。
「やれやれ、レイヴァー君。貴方を見ていると自分までハラハラします。戦闘中は常に周りに気を配っていないと」
「うっせえ」
ふん、と鼻を鳴らすレイヴァー。やれやれ、と再び溜息をつくトリストラム。この任務が始まる前からの知り合いだった2人は、お互い悪態を吐きつつ、やはり信頼しあっているようだ。
「おいおい、喋ってる暇はねぇぜ?」
稲村が一体、ダメージを追ったアタックビーストにトドメをさす。他のメンバーも、順調に戦闘を続けているようだ。
「あまり長引くと、増援が来るかも知れない。さっさと片をつけようぜ?」
「分かりました」
「了解」
2人は首肯すると、残りのアタックビーストに向かっていく。
「あなたたちなんて、大嫌いです!」
さきほどの光景がショックだったのだろう。ほとんど半狂乱に近い形で、アンジュはキメラに攻撃を仕掛ける。刀を振りかざし、流し斬りでキメラに深いダメージを与える。
「くっ!」
一方、キメラからの攻撃を喰らい、後ずさる水無月。傷跡に、血が滲む。
「水無月、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
そう言うと、水無月は活性化を使用して、体力の回復を図る。
「ここで死んでしまうと、その老兵に叱られてしまいます。『わしの目の前で死ぬとは、なんてことだ!』とね。そういう訳には参りませんので」
にっこりと水無月は微笑むと、
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合と共に、クロムブレイドを振り降ろした。その一撃が、アタックビーストの頭を落とす。その場にいた最後のキメラが、悲鳴を上げる間もなく、絶命した。
最後の一体を水無月が倒して、とりあえず敵の殲滅に成功した。水無月だけはそれなりにダメージを負ったが、それ以外には特に大きなダメージを負ったものはおらず、一同は戦闘態勢を解除する。
「‥‥こいつら、死者を愚弄しやがって」
天道が刀を納めながら、唇を噛む。それは他の7人も同じであっただろう。戦闘は終了したが、気持ちは晴れない。
「‥‥まだ、任務の達成は終わっていない。さぁ、行くぞ」
稲村が苛立ちを隠せない乱暴な口調で、出発を促す。再び警戒組と探索組に別れ、山道を進んでいった。
●
山の頂上付近にたどり着いた。特に戦闘が激しかった場所らしく、今までよりも酷い状態の遺体が多い。
「あるとしたら、ここか?」
「とりあえず、探しましょう」
探索隊の3人が探索を再び始める。本来は警戒の任につくはずの他の5人も、周囲に気を配りながら、探索に加わることにした。
「これ、お爺さんの刀じゃないですか?」
刀が一振り、地面に突き刺さっていた。話に聞いていた形状とも一致する。老兵の刀には、柄頭に娘から貰ったアクセサリーがつけられているのだ。
トリストラムがそれを引き抜く。風雨に曝されていたからか、刀身は錆び、欠けている。柄はうっすらと赤く染まっていた。おそらく、血が滲んでいるのだろう。
「これが、爺さんが何かを守った証明、か」
蓮角は刀を天にかざして見る。長年老兵と共に連れ添ったその刀は、ぼろぼろになってはいるが、老兵の想いが詰まっているかのように、重かった。
「分からない‥‥、これが老兵が生きていた証なのか?」
銀龍が尋ねる。
「これは、ただの刀じゃないのか?」
「これ自体はただの刀でしょう」
トリストラムが言う。
「重要なのは、これに込められている老兵の気持ちです。どんな気持ちで、老兵がこの刀を振るったのか‥‥。自分たちは、それを理解する必要があります。この老兵が世界に在ったという証明は、刀自身ではなく、刀に刻まれた彼の魂です」
「結局の所、コレが即ち生きた証に直接繋がるとは到底思えん。残された者が‥‥コレをどう感じるか。それが重要なんだ」
稲村がそう言うと、一同は黙り込んでしまう。それぞれ、思惟を重ねているのか、神妙な面持ちでその刀を眺めている。
「俺、思うんだ。この人こそ、本当の英雄なんじゃないかって」
蓮角の言葉に、何人かが同意するようにうんうんと頷く。
「とにかく、老兵に対して、祈りを捧げましょう」
水無月が言うと、一同は数刻、老兵に対して黙祷を捧げた。
「よし、これで任務達成だ。帰還しよう」
●
帰りの道中で、亡くなった人たちのドッグタグを回収した。遺体の損傷が激しいため、故人を見分けることができるのがそれしかなかったのだ。ドッグタグはUPC本部に頼んで、遺族に渡して貰う予定である。
そして、一同は下山後、山の麓に故人の慰霊碑を作ることにした。
男勢が手ごろな岩石を削り、そこに分かっている限り全ての故人の名前を刻む。アンジュと銀龍は慰霊碑に供えるための花を探す。
やがて、立派な慰霊碑が出来上がった。一同はその前に集まる。
「本当は、空からまきたかったんだがな」
天道が持ってきていた日本酒を慰霊碑に供える。
「ま‥‥酒でも飲んで休んでくれや」
「この地に散った数多の兵に、冥福のあらんことを‥‥」
「安らかにお眠りください‥‥」
レイヴァーが、そしてトリストラムが両手を合わせる。それに倣い、他の6人もしばらくの間、故人に対して黙祷を捧げるのだった。