●リプレイ本文
●ただそこにある闇
「托された情報、無駄には出来ません。必ず‥‥!」
クラリア・レスタント(
gb4258) は薄明かりの下を進みながら呟く。
その呟きに終夜・無月(
ga3084)が、こくりと頷きを返し口を開く。
「此処は決して落せない戦場です。作戦通りに行きましょう」
傭兵達に指示を出すその手慣れた様は、自らが小隊を率いていると言う経験もあるからだろう。
しかし、竜宮城入口での囮作戦から続いての連戦に、僅かながらに疲れが見えた。
無月は同じく連戦となっている、砕牙 九郎(
ga7366)と同じ小隊の秋月 愁矢(
gc1971)に視線を向けると、やはり少なからず疲労の色が見えた。
愁矢は無月の視線に気がつくと、手を上げて問題ない旨を伝える。
「放っておくわけにもいかねぇしなー、ここでぶっ潰してやるさー」
一方の砕牙は笑みを浮かべながら無月に返す。
――それは楽しみだねぇ。
暗い闇の奥から、良く徹る声が傭兵達の耳に届いた。
規則正しく立ち並ぶ、まるでオブジェの様なキメラの調整槽の陰から、一人の少年が姿を現す。
白衣を身にまとい、あどけない笑顔を向ける少年の後ろには三体の人影――いや、三体のキメラ。
「歓迎するよ。この子たちの戦闘力評価には少々物足りないと思っていた所だよ」
少年――イーノ=カッツォは傭兵達を睥睨し、薄く笑う。
――蹂躙しろ。
ただ、悪意は闇の底でそう囁いた。
●負けられない戦い
「御掃除の御時間の様ですね」
鏡音・月海(
gb3956)はそう口にすると身にまとっていたメイド服を脱ぎ捨てる。そしてその下から現れたのは――露出度の高いメイド服。
胸元が大きくはだけて居ながらも、戦闘用に調整されたそのメイド服は一体どこの戦場に行こうと言うのか。
しかし、その手に持った大鎌「紫苑」は実にミスマッチで、薄く笑みを浮かべる月海の表情は、艶めかしくも不気味さを感じさせる。
「ここは潰すぞ。‥‥先発隊の分まで暴れてやる」
崔 南斗(
ga4407)はそう口にしながら、イーノへと牽制の為に銃口を向け発砲するが、その射線上に玄い影が割り込み、その銃弾を弾いた。
「ち」
多少のダメージでも与えられればとも思ったが、そう上手くも行かないかと舌打ちを打つ。
苦し紛れ。と言うわけでもないが周囲のプラントにダメージが行くように弾丸をばら撒き、多少なりとも損傷を与える。
それにしても――
――鳳凰ってのはどこに居るんだ?
報告の中に特に強力そうなキメラの情報があった。しかし、それらしいキメラがこの場には居ないのはどういう事だ。と崔は心の片隅で思う。
注意深く辺りを見回すが、それらしい影すら見えない。空になった薬莢を排出し、弾丸を詰め直す。
何度も繰り返してきたその動きは、ほんの一瞬。ほんの一瞬だったはずなのだが、その隙をみて白と呼ばれていたキメラが、その拳を振り上げ目の前に立っていた。
崔は心の中で、もう一度舌打ちを撃つ。
決して侮っていた訳ではないが、相手の力量の見積もりが甘かったのかもしれない。
その拳の一撃を一発まともに食らう事を覚悟して歯を食いしばる。報告によればこの拳の一撃で命を落とした奴もいると聞いている。
ふと、娘の顔が崔の脳裏をよぎった。娘の顔だけではなく、今までの人生が刹那の内に思い浮かんでいく。
(これって‥‥もしかして走馬灯ってやつかよ? やべえんじゃねぇのこれ!?)
しかし、体は自分の思うようには動いてくれない。
ただ、引きつった笑みを浮かべ、その拳が自分の体にぶち込まれるのを、どこか第三者的な気持ちで見る事しか出来なかった。
――悪いが、ここは一方通行だ。
そんなセリフが崔の耳に届いたのは、幻聴だったか。
いや――崔の目の前に立ち塞がる一つの影。白の拳はその影に逸らされ床に激突し、その床に大きなクレーターを作り出す。
その拳の破壊エネルギーが周辺の調整槽に伝播し、かなりの数の調整槽を撃ち砕くのをみて、崔は冷や汗をかく。
「大丈夫か?」
「‥‥あぁ、助かった」
崔は声をかけてきた愁矢に、ひきつった笑みのまま感謝の言葉を伝える。
「隊長達がキメラを掃討するまで援護を頼む。崔、鏡音、お前らは俺が守る」
「お任せください。ちゃんと守ってくださいね秋月様」
にこりと笑みを浮かべ、月海は鎌を手に取り白へと飛び出す。それは愁矢を信じた故か。それとも生来の性格ゆえか。
ただ言えるのは、覚醒によって腰まで伸びたその美しくたなびく髪が、月海をまるで海を泳ぐ人魚の様に見せているのは間違いない。
この竜宮城と呼ばれる場所には、相応しいのか。それとも、相応しくないのか。
その後ろ姿を見送り崔は愁矢に言う。
「んじゃ、任せるぜ。俺を殺さないでくれよ?」
「あぁ、俺が死なない限りは任せてくれ」
「正直だな」
「あぁ、戦場で気休めを言っても仕方ないからな」
敵に対して意識を外さないまま、そんな会話を交わす。
二人とも苦笑を浮かべては居るが、こんな所で死ぬつもりは毛頭ない。
「俺を殺さない為に死なないでくれよ」
「当然だ」
お互い、不敵な笑いを浮かべて言葉を交す。
――それじゃ、行くか。人類の未来の為に。
どちらからともなく、どこか気障なセリフを吐いて。
どこかハードボイルドな雰囲気に少しだけ酔って。
男二人は、今やるべき事に向かって駆け出した――。
●更なる悲しみを重ねない為の悲しみ。
「死んだ傭兵達の仇討たせてもらう!」
鳳 勇(
gc4096)が、愁矢に逸らされ、床を破壊した拳を引き抜いた白に向かいアイムールを振り下ろす。しかし、その間に玄の影が割り込んできた。
玄は強化外殻で覆われた籠手で勇のアイムールを弾く。その膂力に勇は大きく体勢を崩された。
「ぐぅっ!?」
想像以上の反動に勇の口から呻きが漏れる。外殻の硬さに手に痺れすら感じるほどだ。
歯を食いしばって盾を構え、体勢を立て直そうとする勇に、玄の横から白が拳を振りかぶって跳躍する。
「そうはさせないさーっ!」
勇に飛びかかる白を砕牙が横からアラスカ454で撃ち落とす。撃ち落とされた白は四足獣の様にして床に爪を立てて体勢を立て直した。
その白に向かって勇が再びアイムールを突き入れる。利き腕である右手に盾を構え、隙の少ない動作で突き出されたそれを、白は俊敏な動作で辛うじて避ける。
しかし、それは勇の誘導した動きだった。
白が避けようとした方向に盾を突き出し、白の体勢を崩す。そしてそこに必殺の振り下ろしを重ねる。
「鳳隼剣流 剛打! 撃倒砕!」
アイムールが風を斬る音と共に、白の頭に直撃する瞬間――勇の目の前が真っ白になった。
体が宙を舞い、周辺の調整槽をいくつも割り砕きやっと止まった時、勇は自分の身に何が起こったか理解した。
玄が勇に向かって体当たりをしたのである。その強化外殻は防御力もさることながら、キメラの膂力を持って体当たりをする事で、巨大な鈍器へと変わる。
自らの防御を強化していたにも関わらず、深刻とも言えるダメージを受けた。
調整槽の瓦礫の中で項垂れる勇に虎牙 こうき(
ga8763)が駆け寄り、練成治療をかける。
「大丈夫!? 生きてるよね?」
練成治療をかけるのに近付く必要は無いのだが、こうきは勇を心配して、思わず近寄って来たらしい。
勇は痛みが和らいでいくのを感じながら、こうきの防御陣形が無ければ死んでいたかもなと思う。
「すまないな」
「気を付けて、普通のキメラじゃない」
こうきは、二人並んで立つ白と玄に視線をやり呟く。
人の姿をしたキメラ。こうきとしては正直やりにくい。
しかし――
――相手もこちらを消す気なんだよね‥‥
それならば、戦うしかない。
戦って倒す。自分が生き残る為に。
このキメラたちが後々起こすであろう悲劇をこの場で止める為に。
「守りに入ったら押し切られる。こうきっ、勇っ! 頼むさーっ!」
勇の回復の時間を稼ぐために白と玄をなんとか抑えている砕牙が叫ぶ。
こうきはそれにこくりと頷くとすっくと立ちあがった。その瞳からは涙が零れていた。
命を守る為に、命を奪うと言うその矛盾に啼く。
どちらかしか選べないと言う事に心が吠える。
白と玄を見るこうきの瞳が紅に染まった。
それは自らが作り上げたキースと言う人格ではなく、こうき自身が戦う覚悟を決めた証なのかもしれない。
勇も立ちあがり、再びアイムールを構える。
「あんたの力が必要だ」
「うん」
勇の言葉に力強く頷くこうき。
そして、二人が白と玄の抑えに戻ったのを確認してから砕牙は心中で呟く――
――三人だけじゃ、いつまで抑えられるか分からないさー。
砕牙は少なくないダメージを受けながら、残った一体のキメラ――蒼を相手にしている他の傭兵達が、少しでも早くこちらの増援に来てくれる事を祈った。
●嗤う悪意
同時に始まった戦闘は、ほぼ傭兵達の作戦通りに進んでいた。
「三位一体など、条件を崩されれば脆いものよ」
刀を模した武器を持つ蒼に対して、攻撃を仕掛けては調整槽の陰に隠れると言うヒットアンドアウェイを繰り返し、蒼の動きを封じているのは美具・ザム・ツバイ(
gc0857)だった。
小柄な体格を利用し、蒼の持つ大太刀とも呼べる武器の隙を狙い、その武器の威力を間接的に抑え込んでいる。
上手くいっている。
その筈なのに、美具の心には不安がしこりの様に残っていた。
(もう一体いるはずよね‥‥)
作戦上、鳳凰と呼ぶことになった炎を纏った鳥型キメラ。報告では巨大だと聞いている事もあり、もし近くに居る様だったら見逃すはずがないのだ。
調整槽が立ち並んでいて、視界が開けていないから。等と言うように楽観的には美具は考えない。
(‥‥どこかに潜んでいるはず)
調整槽の隙間を縫い、蒼の背後に回りながらも周囲に何かないかと視線を巡らせる。そうしながらも蒼への攻撃の手を休めない。
「派手に行くゼ、派手によォ」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は不敵な笑みを浮かべながら、蒼に攻撃を仕掛ける。
蒼はその攻撃を太刀を切り上げて弾き、背後に回った美具へと振り返る。そして流れる動作で、肉厚の刃をもった太刀を振り下ろした。
まるで雷が落ちる様な速度で迫る白刃を、すんでのところで美具は避け、再び調整槽の陰へと逃げ込む。
それを確認しないまま、一瞬背を向けたヤナギに向かって太刀を横薙ぎに振るうと、ヤナギは舌打ちしてスウェーバックでその刃を回避した。
ヤナギの鼻先を白刃が走る。
しかし、その一瞬をヤナギはその刃の腹を掌低で跳ね上げた。 その勢いでバランスを崩した蒼の横から、クラリアがハミングバードを突き入れるが、太刀の柄で弾き落とされた。
「貰ったぜ!」
波状攻撃出来た蒼の隙に、ヤナギが瞬時に懐に潜り込み脇腹を狙って拳を振るう。蒼はそれを防ごうと左手をかざすが、その隙間を縫って蒼の腹部に突き刺さった。
苦悶の呻きが蒼の口から洩れるが、二、三歩たたらを踏んだだけで踏みとどまった。
かなりの数がいなされているが、それでも傭兵達の攻撃は少なからず蒼にダメージを与えている。
だと言うのに。この人型のキメラはまだ落ちない。
確かにダメージは与えているのだ。だが、蒼は致命的な一撃だけはその独特な剣術で凌いでいた。
強化人間ならばともかく、ただのキメラにはこんな芸当はできない。
「ただのキメラじゃない‥‥?」
そう呟くクラリアにイーノが実に嬉しそうな笑みを浮かべ口を開いた。そして値踏みをする様な目で傭兵達を睥睨する。
「あは。ただのキメラだよ。君達の様な傭兵を素体にした、ね」
どこか得意げに語るイーノ。特殊なキメラと戦闘を続ける傭兵達に、まるで物語を読み聞かせる様に語る。
「例えば――そこの蒼は、恋人を人質に取られて捕まった。玄は娘を。白は老いた母親を。それぞれ人質に取られて代りに捕まった‥‥そしてここに居るんだよ――皆、結構名の知れた傭兵だったらしいけど」
――可哀そうだねぇ。
全くそんな感情の見えない笑みを浮かべ続ける。
「もっと可哀そうなことに、人質はキメラにもなれなくて死んじゃった」
傭兵達は今まで、これ程までに無邪気を装った邪悪な笑みを見た事があっただろうか。闇よりも暗く、まるでコールタールの様に凝った禍々しい悪意。
「あ、あなたの目的はっ‥‥!?」
戦闘中の戸惑いは死を招く。クラリアはその事を分かっていないわけではない。
しかし、問わずには居られなかった。
「決まってるじゃないか――」
――人間が苦しむのを見る為だよ。
そう口にしたイーノの瞳を見て、クラリアは息をのむ。
それは、明らかに実験動物を見る蔑んだ目。その濁った瞳には何も映っていない。傭兵も、自らが生み出したキメラすら。
ただ、このバグアの瞳に映るのは自らの欲望のみ。
「遊びはそろそろ終わりにしようか――蒼。とっとと始末しろ」
イーノはサディスティックな笑みを浮かべ、蒼の名を呼ぶ。
蒼はその声に応え、目の前に居たヤナギへと太刀を逆袈裟に切り上げる。身を逸らしてその白刃を避けるヤナギに、蒼はそのまま体ごとぶつかってヤナギを地面に押さえつける。
「なっ、に!?」
地面に叩きつけられ擦れた声で呻くヤナギ。その目の前には組み敷いたヤナギに太刀を振りおろそうとする蒼の、感情の無い瞳が映った。
それを見て、助けに入ろうと他の傭兵達が蒼に組み敷かれたヤナギへ駆け寄る。
それを見てイーノが口元に笑みを浮かべた。
「よせっ! 不用意に一か所に集まるな!」
無月の叫びに、駆け寄る傭兵達の足が止まる。
しかし――
――おいで、紅蓮。
イーノのその言葉と共に、傭兵達の視界が紅に染まった――。
●残された想い
耳を劈く様な轟音に柳凪 蓮夢(
gb8883)は振り返った。
先程まで暗かったプラント内が、まるで昼間の様に明るくなり、かなり離れている蓮夢のところまで息が詰まる程の熱風が吹きつけてくる。
「っ! なんだ‥‥っ!?」
振り返った蓮夢が見たものは――巨大な炎の柱。
ただ、そうとしか表現しようのないそれは、離れた所に居る蓮夢からでも、今も辺りに火の粉をまきちらしながら範囲を広げていくのが見えた。
「急がなければ‥‥」
蓮夢はそう呟き、再び次のポイントへと移動を開始する。
皆がイーノ達を引きつけている間に、プラントを爆破する為に可能な限りの爆弾を仕掛けなければならない。
このプラントを確実に破壊する為に、かなり数の爆薬を軍から受け取ってきていた。
辺りを油断なく見回し、その中の調整槽の一つに目を向ける。
中には人間の子供の様な姿をした――しかし、既に人間とは言えないキメラが眠る様に目を閉じていた。それだけ見ていると、どこか安らかに眠っている様にすら見える。
蓮夢が爆薬を仕掛けて回る間、いくつもの調整槽の中に人間を素体にしたであろうキメラを見かけていた。
「‥‥ごめん、ね」
円筒状の調整槽のガラスに触れ、どこか悲しそうに呟く。
中国の沿岸部でかなり大規模な誘拐事件があったのは耳にしていた。蓮夢がここで見てきた人型のキメラ達は、その誘拐事件で攫われてきた人たちの成れの果てなのだろうと想像がつく。
――最低の気分だ。
声にならない声で呟く。
瞬間記憶能力を蓮夢は目にした物を忘れない。いや、忘れる事が出来ない。
人間が覚えていた事を忘れる。と言うのは人間の防衛機能の一つである。自分の心に負荷をかける様な記憶は、心へのストレスを軽減する為に忘れられるように出来ているのだ。
ただ、蓮夢はそれが出来ない。
「‥‥急ごう」
爆弾を設置し次第、皆のもとに戻らなければならない。
そう口にして爆薬を設置した時、調整槽から身を離す蓮夢の視界に何かが見えた。
そして、無意識のうちに歯を食いしばる。
傭兵の遺体。
一瞬見ただけではそれがなんなのかは分からなかった。
焼け焦げたその遺体は、まるで天を仰ぐ様に上を向いている。
恐らく、先行していた――自分達にこのプラントの情報を託した傭兵のものだろう。
物言わぬ傭兵に対して、託された情報に感謝し冥福を祈った。
「これは‥‥」
蓮夢は傭兵の遺体が何かを握り締めているのに気付く。強く握りしめられた手の指をゆっくりと開くと――意匠を凝らした金のロケット。
中を見るのは気が引けたが、この傭兵の遺族に届ける必要がある。
「申し訳ありませんが、中を確認させていただきますね」
そう断りを入れてからロケットを開く。
中にはこちらに優しく微笑みを向ける女性の姿。それは間違いなく、この傭兵に向けられたものだろう。
「すまない、私には此れ位しか出来ないが‥‥届けさせて頂くよ」
そう言って蓮夢はロケットの蓋を閉めポケットにしまう。そして、もう一度だけ遺体に目をやり――
――あなたの想いは必ず私達が遂げて見せます。
そう、残された想いを未来へと紡ぐ為に。
●炎を纏う翼
「これが‥‥鳳凰の正体――」
地面に這い蹲り、視線を宙に向けながら月海が呟く。
薄暗かったはずのプラントの上空は今や炎に照らされて紅に染め上げられていた。
その上空を埋め尽くす様に飛び回る――無数の小さな鳥。
小さな鳥達は傭兵達を嘲笑うかのように、口々に耳障りな鳴き声を上げていた。鳥が翼をはためかせる毎に火の粉が舞う。
そして、鳥たちが集まると、それは一体の巨大な炎を纏う鳥となった。
「あははははは。どうだい? 千にして一つのキメラは。まぁ実際の数は千以上なんだけどねぇっ!」
床に這い蹲る傭兵達を見下しながら、実に愉快そう哄笑するイーノ。
「こうき! 負傷者の手当てをっ! 皆、一度散開して立て直せ!」
傭兵達に無月の指示が飛ぶ。その腕には蒼に押さえつけられ、鳳凰の攻撃の直撃を受けたヤナギが抱かれている。
敵も味方も巻き込んだ炎の嵐。
個々の鳥が辺り構わず焼き尽くした。
その結果、ヤナギを抑えつけていた蒼は炎の海に沈んだが、まだ白と玄の二体のキメラが残っている。
「動けますか?」
「ち‥‥とう、ぜん‥‥だ」
練成治療をかけながら無月が問うと、ヤナギは擦れた声で憎まれ口を返す。
しかし直撃を受けた事もあり傷はかなり深い。立ち上がろうと手を床に突くも、腕が震えて身体を支えて居られない。
「動ける人間は作戦通り、白、玄の撃破をっ。愁矢、鳳凰を少しの間抑えられますか?」
問われた愁矢は崔と視線を合わせこくりと頷き同時に動く。
崔が装填されていた全ての弾丸を、鳳凰とイーノに向けてばら撒き動きを止める。
「自由に動けると思うなよ?」
痛む身体に鞭を打ち、それでも崔は不敵に笑みを浮かべ銃を向ける。
イーノに狙いを定めた崔に、生き残った白が拳を振り上げて飛びかかるが、それを月海が横から鎌で斬り付け吹き飛ばし「崔様には手を出させません」と言い放つ。
「お前の相手は俺さぁ!」
菫色に光を放つ直刀を持った砕牙がそう叫びながら、吹き飛ばされ調整槽の瓦礫の中から起きあがる白に追撃を行う。
しかし、玄がそれをさせまいと砕牙を狙った。
「コンビネーションがお前たちの専売特許と思うな」
その玄の目の前に立ち塞がったのは鳳だった。身体に未だ消えぬ炎を纏いつつも盾を構え、玄の進行の邪魔をする。
「大人しく相棒がやられるのを見ているんだなっ」
真正面から玄の体当たりを歯を食いしばりながら受け止め、頭を狙いアイムールで殴り付ける。玄の強化外殻とぶつかり会い、激しく火花を散らした。
刃を持たない打撃武器は、その厚い装甲の上からでも内部へとその衝撃を徹す。鳳と玄の組み合わせはある意味ベストと言えるだろう。
頭部への攻撃を受け怯んだ玄を、鳳は盾で押し切る様に身体ごとぶつかった。金属の体の様な玄から自らに返って来る反動で、傷ついた身体が悲鳴を上げるが痛みに耐えて鳳は吠える。
「うおおおぉぉぉおぉぉっ!」
気合いと共に盾を突きだし、玄を白から大きく弾き飛ばす。そしてその先にはいつの間にか無月が回り込んでいた。
片手で持った明鏡止水を両手で構え直し、目を閉じ軽く息を吸う。
そして吐く息と共に明鏡止水を振り下ろす。玄の外殻の薄い個所――首の部分に冷たい刃が滑り込むと、その刃は肉を断ち切り玄の首を刎ねた。
――安らかにお眠りください。
元傭兵のなれの果て。バグアに弄ばれた男に無月はそう呟いた。
そして無月は白に相対している砕牙へと視線を向けると、そちらも大勢は決していた。
砕牙が刀を白の胸から引き抜いているのを確認すると、明鏡止水を握り直し炎を纏う鳥へと走り出した。
●鳳凰と呼ばれた紅蓮の炎
「掻っ斬れオセ!」
クラリアの蹴りが鳳凰の翼をえぐり取り、炎の羽毛を散らす。
しかし、小さな鳥の群体である鳳凰は、別の部位を構成している鳥型キメラによって損傷部分を修復していった。
それはあたかもその姿と同じく、炎の中から蘇る不死鳥の様にも見える。
攻撃が効いているのか分からない相手に、クラリア達は肉体的にも精神的にも消耗していく。
「けれど‥‥推し通る! 行きます!」
鳳凰に直接攻撃する事で引火した炎を振り払い、自分を鼓舞するかのようにハミングバードを手にして叫んだ。
クラリアの攻撃の間隙を縫って、それに続く様に月海が大鎌を振るう。
一面赤々と燃え盛るプラント。その炎の海の中を巨大な鎌を手にした人魚が泳ぐ。
鳳凰は月海の方へと首を向けると、翼を羽ばたかせ炎の雨を降らせる。避けきれない炎が月海の美しい髪を焦がした。
「動きが止まってるわよ」
そう口にしたのは、調整槽を足がかりに上空の鳳凰へと飛翔した美具。
自らの身長よりも巨大な大太刀――紅炎を手に鳳凰の背後から斬りかかる。
その刃が鳳凰の身体に食い込むと、肩口から腹の辺りまで斬り裂いて止まった。鳳凰の傷口から炎が噴き出し、炎が美具の握る刀を伝いその小さな体を飲み込む。
――ああぁっぁぁぁぁっ!
その身体に炎の衣を纏いながら、美具が咆哮を上げる。
同時に美具の筋肉が収縮し、その身体からは考えられない膂力を発揮した。
美具は途中で止まっていた刃を更なる力で振り抜き鳳凰の体を裂く。
美具の手に握られた紅炎が、その呼称にふさわしく炎の尾を引いて引き抜かれると、鳳凰が苦悶に啼き喚いた。
地面に着地した美具は、がくりと膝を突きながらも鳳凰を見上げる。
鳳凰は先程と同じように損傷部分を修復させるが、一回り小さくなっているのが見てとれた。
怯んだ鳳凰の隙を逃さずクラリアが斬り込む。ダメージを重ねれば倒せない相手ではない事が分かり、ここで押し切るつもりだ。
クラリア自身かなりの傷を受けてはいるが、言う事をきかなくなってきている体に鞭を打つ。
「補助しよう。これで決めろ!」
全ての予定ポイントに爆薬を仕掛けた蓮夢がクラリアのハミングバードに練成強化をかける。それを受けハミングバードがぼんやりと淡い光を放った。
歯を食いしばりながら細身の剣を構え、クラリアは鳳凰に向けその剣に意匠された翼で羽ばたくかの様に飛翔する。
鳳凰はクラリアに頭を向け炎の壁を展開するが、飛翔したクラリアは止まらない。
――馳せ! ハミングバード!
それはまさに折れない一本の矢。光の尾を引き流星の様に鳳凰へと飛ぶ。
敵を打ち砕く意志を、力を、その切っ先に集め、迅雷の如き勢いで灼熱の壁を貫いた。
炎の壁を抜けたその切っ先は、鳳凰と呼ばれたキメラの胸に突き刺さり巨大な穴を穿つ。
鳳凰の中を抜けたクラリアは炎に巻かれたまま、空中で体勢を崩し床を転がった。
クラリアは震える腕で起き上がり、息も絶え絶えに貫いた鳳凰を見上げる。
胸に風穴を空けられた鳳凰は――再生しない。
「なん‥‥だと」
鳳凰の再生が止まったのを見てイーノがそう口にする。
その顔には驚愕の表情が貼り付いていた。
「おい‥‥紅蓮! どうしたんだ!? 傭兵共を焼きはらえよっ!」
イーノの表情には先程までの余裕は一切ない。
「へへ‥‥余裕無くなったじゃねぇか。てめぇも覚悟しやがれ」
肩で息をしながらヤナギが挑発的な笑みを浮かべ、ゆっくりとイーノに近付いていく。実際は拳を振るう力も残っていないがそれでも、イーノをここから逃がすつもりは無い。逃がしてはいけない。そうヤナギは思う。
「来るな‥‥来るなよっ!」
先程までの自信に満ちた表情は消え、怯えた顔を浮かべ後ずさる。しかし、その後ろには愁矢が立っていた。
「逃がすかよ‥‥」
イーノの口から声にならない悲鳴が上がる。
そして未だ宙を漂う鳳凰――紅蓮の残骸へと視線を向け手を伸ばす。
「紅蓮! 爆ぜろっ!」
イーノが叫んだその瞬間――
――眩い閃光がプラント内を包んだ。
●約束
――哄笑。
――プラント内に狂った様なイーノの哄笑が響く。
鳳凰の残骸が炎を撒き散らし、蓮夢が設置した爆薬を誘爆させプラント内で爆発を繰り返していた。
燃え盛る炎の中、イーノは憎悪を込めた瞳で傭兵達を睨みつけ口を開いた。
――約束だ。
そう口にしたイーノは爆発に巻き込まれたのか左腕を失っていた。痛みに涙を流し、喉をからしながら静かに続ける。
――お前たちの大切な物を壊す。
あちこちで響く爆発音の中でも、イーノの声だけは傭兵達の耳に呪いの様に届く。
「逃がすかよ‥‥っ!?」
「駄目だ! 目的は達成したんだ撤退するさー」
追おうとするヤナギを砕牙が止める。目的だったプラントの破壊は出来たのだ。これ以上こちら側の被害を大きくする事は無い。深追いすれば、爆発に巻き込まれ撤退が出来なくなる。
二の足を踏む傭兵達にイーノは嗤いながら言う。
「約束する。お前たちの考える最悪の状況よりも最悪な方法でお前たちの世界を壊す。忘れるな。僕の名前はイーノ=カッツォ――」
――お前たちの世界を壊す者だっ!
爆薬の炎がイーノを叫び声にも似た言葉と共に飲み込んでいく。
傭兵達が撤退する間、ずっとイーノの哄笑が狂ったようにプラント内に響いていた――。