タイトル:気まぐれな誤報マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/05 02:41

●オープニング本文


■ほんの少しの気まぐれ
 気が乗らない帰郷だった。
 父が倒れたと聞き慌てて帰郷したものの、待っていたのは居間で見合い写真を並べて笑う両親だった。
 まだ、結婚する気など無いと言うのに。
 怒りにまかせて実家を飛び出してきた私は、公園のベンチに座り込んでいた。
 赤毛の髪を掻きあげ溜息を吐き、ベンチの脇に置いた旅行鞄を眺める。
 まったくもって道化じゃないか。
 高速艇を使えば帰郷するのにそれほど時間が掛からないとは言え、これじゃあまるで道化だ。
 なんだかぐったりと疲れた体に気合いを入れて、ラストホープに帰ろうと立ちあがった瞬間――服の裾を引っ張られる気がして後ろを振り向いた。
 しかし、誰も居ない。
 いや、視線を下に向けると少女が居た。少女は目に涙を浮かべ、私を見つめている。
「なに?」
 我ながら泣いている少女に対して冷たく言い放ったものだ。
 幾ら、少し苛立っていたとはいえ、あ〜自己嫌悪。
 私の言葉にびくりとするが、少女は私の服の裾を放さない。
「コロをっ、コロを助けてっ」
 コロ? 一体何の事だ。
 良く話を聞いた訳じゃないが、どうやら飼い犬が大きな鳥に攫われたらしい。身振り手振りでその鳥の大きさを表現しようと必死である。
 本当にこの少女の表現を信用するのであれば‥‥5mくらいありそうだ。
 子供の話は大袈裟だ。大きいと言ってもカラスか何かに子犬を攫われたと言った所か。 
「で、その犬を助けて欲しいって訳?」
 ため息混じりに言うと、ぶんぶんと頭を縦に振り期待に満ちた瞳で私を見る。
「駄目よ。そんな大きな鳥、傭兵でもないと手に負えないわ。それに傭兵に依頼をするにはお金が必要なの」
 本当にそんな大きな鳥がいるのであれば、だが。
 私が言うと、少女は可愛らしい豚の貯金箱を差し出した。
「た‥‥」
 足りないわよ。と言おうと思ったのだ。なのに私の口からこぼれたのはこんな言葉だった。
「頼んでみるわ」
 別に考えがあったわけではない。
 ただ、口が滑っただけ。

 ほんの少しの気まぐれみたいなものなのだ。

■誤報かもしれない色々な事。
「と言うことで、この依頼流しといて」
「あ、先輩。了解です。鳥型キメラの調査依頼ですか」
「あくまでも可能性よ。見間違いかもしれないし」
 しかし、目撃証言があり民間人に危険がある可能性があれば、調査せざるを得ないだろう。
 あくまで私がしたのは、少女の目撃証言通りにUPCに報告しただけだ。
 5m近い大きさの鳥型キメラが、民間人の居住地区に入り込んでいるかもしれない。と。
 案の定、その調査依頼はうち――ULTに流れてきた。と言うわけだ。
 軍では対応する余裕は無いから、野良キメラは野良傭兵に任せればいい。と言ったところか。
 普段なら気に食わないが、そのおかげで今回は功を奏したのだから良しとしよう。
「あれ? そう言えば先輩。今日はお休みだったんじゃないですっけ?」
「誤報だったのよ。いろんな事がね」
 くすり。と私が普段しないような悪戯っぽい笑みが零れた。

 よろしくね。傭兵さん達。

 心の中でそう言って、依頼が映されたモニターを見上げた――。

●参加者一覧

ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
兄・トリニティ(gc0520
24歳・♂・DF
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
籠島 慎一郎(gc4768
20歳・♂・ST

●リプレイ本文

●消える鳥
 のどかな町だった。
 町の中心部は栄えているが、三十分も車を走らせれば農村が広がる様な、どこか時間がのんびりと流れている様な――そんな町。
 舗装されていない道を一台のジーザリオが走る。
「さっきの話、どう思ウ?」
 ハンドルを片手で切りながらラウル・カミーユ(ga7242)が、腕組みをしながら後部座席に座る國盛(gc4513)に聞いた。
 ラウルの問いに少し考え込むようにしてから國盛は応える。
「‥‥思っていた以上に目撃者が少ないな。五メートルもの鳥なら、もっと見かけた人間が居てもいいと思うが‥‥」
 現地で調べてみた結果、目撃者はたった数人しか居なかった。そして、その証言にも不可解な事が多い。
 農作業中に空を見上げたら大きな鳥の様な影が見えたが、少し目を離した隙に消えていたと言うのだ。各々シチュエーションは異なるが、それでも気付いたら消えていたと言う証言だけは一致している。
「消えル鳥。ミステリーだネ」
「目撃された時間帯も夜と言うわけじゃありませんしね」
 ラウルの呟きに助手席に座る黒瀬 レオ(gb9668)が、顎に手を当てながら考えを巡らせる。
 目撃証言を信用するならば、その鳥が目撃されているのは遅くても夕方の日が落ちる前だ。幾ら日が落ちるのが早くなったとは言え、それでも聞き込みの結果、すべての目撃者が日が沈む前にその鳥を目撃している。
「そんナ大きな鳥が隠れられそうなトコもない見たいだしネ」
 鳥が飛んで行った山に詳しい猟師達に、隠れられそうな大木の洞や洞窟が無いか等を確認したが、五メートルもある鳥が居るならば、気付かない筈がないと言う。
 ただし、あくまでそれが普通の鳥であればと言う条件付きだったが。
「居なかったら居なかったで依頼完了だが‥‥」
「どちらにせよ、僕らは僕らに依頼された事を精一杯努めるだけですよ」
 國盛の呟きにレオがそう返す。それに頷く国盛。
「何事もないのが一番だケド‥‥あっちの情報に期待するかナ」
 あっちと言うのは、最後の目撃者である少女に話を聴きに行った三人の事だ。子供の証言と言う事であまり正確な情報ではないかもしれないが、逆に真実が隠されているかもしれない。
 そう思いながらラウルは合流場所へとシザーリオを走らせた――。

●少女と犬と鳥
「鳥が‥‥多い町ですね」
「そぉか? 田舎ってこんなもんだと思うけど」
 上を見上げながら呟く籠島 慎一郎(gc4768)に、世史元 兄(gc0520)が頭の後ろで腕を組みながら、籠島に倣って電線にとまる鳥を見上げた。
 電線には雀やカラスが並んでおり、確かに都会から考えると少し多い様な気はする。
 その二人に沈黙したまま続くクアッド・封(gc0779)は考える。
(「キメラがどういう目的で攫っていくのかは分からん、が‥‥。ろくな事にならなそう、だな」)
 三人は、巨大な鳥を目撃した一人である少女の家に向かっていた。飼い犬が連れ去られた昨日からふさぎこんでいるらしい。
 少女の家に到着すると、少女の母親であろう女が出迎えてくれた。
「子供の言う事なので、少し大げさかもしれませんが‥‥聞いてやってくれますか?」
 母親に促されるままリビングへと招かれる三人。しばらくして母親が少女を連れてやってくる。少女は飼い犬が居なくなり、精神的にかなりまいっているように見えた。
「じゃあ、あった事を聞かせてくれるかい?」
 探る様に少女に問いかける兄。恐る恐る少女は口を開く。
「コロを助けてくれる?」
「その為に僕達は来たんだよ」
 兄がそう言うと、少女は僅かながらに笑顔を見せ話し始めた。
 夕方くらいにコロと公園で遊んでいると、突然大きな鳥に襲われた事。コロは自分をかばって連れ去られた事。鳥は傭兵達が事前情報で掴んでいた山の方に飛んで行った事等を、身振り手振りで一生懸命伝えようとする。
(「嘘を言っているようには見えない‥‥か。しかし、鵜呑みにも出来ない」)
 クアッドは少女の話を黙って聞きながらそんな事を思う。
 少女がひとしきり話し終えたところで、籠島が口を開いた。
「飼い犬が主人を命がけで守る‥‥いやぁ心温まる話です。皆様全力を尽くしましょう? おっと、言われなくても、ですね。これは失言でした」
 自分が口にした言葉にクアッドが冷淡な視線を向ける直前、籠島はそう言い繕う。そしてこちらに視線をやったクアッドににこりと笑みを返して言う。
「おやクアッド様、私の顔に何か?」
「‥‥なんとなく、お前がこの依頼を受けた理由が想像できなくもない、な」
 籠島の、どこかうわべだけの言葉にクアッドは視線を背けてそう呟いた。
(「‥‥だが、まぁいい。好きにすればいいさ」)
 そんな二人のやりとりを横目に、兄は少女の飼い犬――コロの話に花を咲かせる。
「コロって名前だから、仔犬かと思ったけど‥‥」
 少女の母親が出してきた写真を見せて貰うと、そこには大型犬のラブラドール・レトリバーが少女と一緒に写っていた。写真から大きさを考えると、コロの体高は60cm近くありそうだ。
「どんな風に連れ去られたの? 嘴で? それとも足で?」
 兄の質問に少女は「こう」と両手で抱き抱える様な仕草をするが、どうも説明しずらそうだ。仕草だけ見ると翼で捕まえて連れ去った様にも見える。
 その仕草に籠島は、とある可能性にたどり着き口元に手を当て呟く。
「直接‥‥身体に取りこんだ‥‥?」
 つまり、スライムの様な不定形生物、もしくは複数の生物の集合体の可能性に。
 そうなってくると――

 ――もしかしたらキメラは複数居るのかもしれませんね。

 籠島はどこか楽しそうに笑みを浮かべた。

●翼の洗礼
 山に入ると土の湿った匂いが鼻を突き、鬱蒼とした木々が日光を遮って薄暗かった。整備されていない獣道を進むのは、腰の辺りまである藪も相まって、確かに一般の人間が入り込むには難儀しそうだ。
「なるほど‥‥籠島の言っていた事もあながち的外れではない、か」
「どういう事だ?」
 足元に転がる牛の死体――おそらく件の攫われた家畜だろう――を見ながら呟くクアッドに兄が問いかけた。
 その問いかけにクアッドは、しゃがみ込んで牛の死体の損傷個所を指し示すと「沢山の鳥に啄ばまれた様な跡があるだろう?」と応える。
「つまり‥‥大きな鳥ではナく、多数の鳥の集合体ってコト?」
「可能性は‥‥高い、な」
 ラウルの質問に立ちあがりながらクアッドは言う。
「って、事は‥‥」
 兄が呟くと同時に周囲を警戒する。耳を澄まさなくても辺りからは鳥の鳴き声が聞こえ、その全てが自分達を嘲笑うかの様にも思える。
 もしかしたら自分達は既に相手のテリトリーの中に踏み込んでいるのかもしれないと思うと、三人は三人とも息を呑んだ。
 鳥の鳴き声以外には、身体に纏わりつく様に吹く風が木々を揺らす葉摺れの音‥‥それと――

 ――微かに聞こえる犬の鳴き声。

「犬の鳴き声だっ!」
 それに一番最初に気がついたのは兄だった。聞こえた瞬間兄は二人を尻目に鳴き声のした方に藪を掻き分け走り出す。
 それにラウルも続き、クアッドも足元の牛の死体を一瞥し、溜息を吐いてから二人を追った――。


 ――いたよ。見つけた。飼い主の犬を発見した。‥‥あーそれと例の化け物も‥‥でか過ぎだろ、おい。

 無線機から聞こえる兄の報告を受けながら、レオは「そうだね」と心中で思う。
「なるほど、群体であるならばこういう事も考えられる訳ですね」
 妙に冷静に呟く籠島の声がレオの耳に届いた。小さなキメラが集まって一体のキメラとなるのであれば、小さなキメラが別々に集まって二体のキメラになってもおかしくは無い。
「こちらも目標と遭遇した。交戦に入る。以上」
 ぶっきらぼうに無線機に言い放ち、通信を切る国盛。切る直前に兄が何か言っていたかもしれない。
 三人の目の前には巨大な鳥‥‥五メートル、いや、今も木々の隙間からやってくる鳥を取りこみ、見る見るうちに大きくなっていく。
「なるほど、この子が『鳥』さん‥‥ね」
 コロを確保したあちらの班も、これと同じようなものを目の当たりにしているのだろう。レオが紅炎を抜き油断なく構えると、その隣に国盛が並ぶ。
「油断するなよ、レオ」
「分かってますよ国盛さんっ!」
 叫びと共にレオの黒髪が銀色の輝きを放ち瞳が紅く染まった。そして裂帛の気合と共に炎の様な光を放つ手に持った紅炎を振り下ろす。
 その刃は空を裂き、甲高い音を立て宙を舞う鳥型キメラの翼を切り落とした。
 落下するキメラの胴を、衝撃波を追って駆けこんでいたレオが斜めに斬り上げる。
 胴を裂かれ怯んだキメラの頭に、国盛がテツと呼ばれるムエタイの回し蹴りを合わせる。靴に取り付けられたステュムの爪がキメラのフォースフィールドを貫き眼球を抉った。
 そして黙したまま片手でグレビレアを抜き、装填されている銃弾を全て撃ちこむとキメラはけたたましく断末魔を上げ地に倒れる。
「ふん、意外と脆かったな」
 もう動かなくなったキメラを見ながら国盛はそう言い捨てた。

 兄は膝に手を突き肩で息をしていた。
「はー、はー、やっぱり難しいなコレの扱いは‥‥」
 その両手には超機械「扇嵐」が握られている。考えていた新しい技を試そうとしたが、扇嵐で巻き起こせる竜巻のコントロールが難しい上に、両手の扇嵐を同時に起動させることも出来なかった。
 新しく考えた技は上手く行かなかった。しかし、それでも――

 ――取り合えず仕事はした。後は任せましたよ先輩方。僕は少しやすみます。

 兄達の目の前で宙を舞っていたキメラは、今、その巨体を地に這い蹲らせていた。
 ラウルと兄の攻撃で、空を舞う為の両の翼を奪われ地に落とされたのだ。
 しかし、キメラは失った両翼を他の部位で補い翼を修復して再び宙へと舞い上がる。翼を失った分、先程より二回りは小さくなったキメラは逃亡を試みる。
「群体キメラの特性‥‥か」
「逃がさないヨ! 任されたしネ!」
 クアッドの呟きをよそに、ラウルはそう言って素早く弓に矢を番える。
 木々の隙間から洩れる光を受け、まるでその白銀の弓自体が光を放っているように見えた。
 ラウルが白銀の弓を引く動作は無駄が無く、次の瞬間にはキメラの胸部を射抜き、近くの木に磔にする。
 そのまま動かなくなったキメラを一瞥すると、ラウルはゆっくりと弓を下し――

 ――磔刑に処すってトコかナ?

 と磔刑に処した後だが、そう言って不敵に笑った。

●少女と犬。それと私。
「コロっ!」
 日も落ちて辺りも暗くなった頃、傭兵達はコロを少女の家まで送り届けた。玄関先で少女は泣きながらコロを抱きしめ、コロはそれを気遣う様に少女の頬を舐める。
「ありがとうっ。お兄ちゃん達」
 コロを抱きしめたまま、目を赤くしてお礼を言う少女。悲しみに泣き腫らした瞳に、今は喜びの涙を浮かべている。
「構わないさ。僕も犬が好きだからな」
 兄はコロの頭を撫でながら少女に向かって言う。撫でられているコロの方もまんざらでもないらしく、しっぽを振って上機嫌そうだった。
「本当に‥‥ありがとうございます」
「い、いえ、僕たちは自分の仕事をやっただけですよ」
 頻りに頭を下げる少女の母に謙遜してそう言うレオ。コロとじゃれあう少女を見ながら優しげな笑みを浮かべて続ける。
「でも‥‥そうですね。助けられて良かったです」
「だネ。急いだ甲斐があったってものだヨ」
 満足そうに言う二人を、玄関から少し離れた所で煙草を咥え火を点けるクアッド。その口元には僅かに笑みが浮かんでいる様にも見える。
「おや? クアッドさんもああいうのには思うところがあるんですかねぇ。意外でした」
 クアッドの傍に立っていた籠島が、どこか含む笑いを浮かべながらクアッドに言う。クアッドはそれに「ふん」と鼻を鳴らし、まだ火を点けたばかりの煙草を、携帯灰皿でもみ消した――。 


 ――報告は以上だ。

 カウンター越しに大柄な男――国盛と言う傭兵は私に言った。
 私はそれに「そうですか」とだけ応え、いつものように依頼完了の処理を行う。
「お疲れ様でした。報酬は追って指定の口座に振り込まれます」
「ん? 少し‥‥多くないか?」
「そうでしょうか? 多いと言っても誤差の範囲内だと思いますが」
 振り込まれる予定の報酬の額面を見て首をかしげる国盛に、私は淡々とそう応じる。1000Cなど、傭兵達にとっては本当に誤差の範囲内でしかないからだ。
「まぁ、そうだな」
 私の説明に納得してくれたのか、傭兵はカウンターに背を向ける。
 傭兵の報告の中に少女の犬を助けた事も含まれていて、私は内心ほっとしていた。手遅れになっていてもおかしくなかったからだ。
 遠ざかっていく国盛の背中に、周りの後輩たちにも聞こえない程小さい声で「ありがとう」と投げかける。
 私は自分のデスクの隅に目立たない様に置いた、豚の貯金箱に視線をやる。薄いピンク色の子ブタもどこか嬉しそうなのは、当然私の気のせいだろう。
「あれ? 先輩‥‥随分可愛らしいものお持ちなんですね」
 不意に背後からかけられた声に私は豚の貯金箱を隠す様に後を振り向く。振り向くとその先には後輩が私に笑顔を向けていた。
「どうしたんです? それ?」
「‥‥ったのよ」
「え?」
「買ったのよ6000Cで」
「た、高くないですか? 普通の陶器の貯金箱ですよね、それ」
「高くないわよ――」

 ――少なくとも私にとってはね。

 不思議そうに首をかしげる後輩に、そう言って私は背を向けたのだった――。