●リプレイ本文
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――何でこんな事になるんだ!
駆ける。と言うより飛ぶように石田 陽兵(
gb5628)は市街を走る。
「愛華ちゃんっ! どこにいるんだっ!」
移動しながら声を張り上げ呼びかけると、それに気付いた町の人間が陽兵に向かってくる。
「邪魔するな! 退けよ!」
向かってくる住民に向けゴム弾が装填された番天印の引き金を引く。
着弾とともに呻き声をあげ吹き飛ばされる住民を見て、陽兵に付いてきたモココ(
gc7076)が続く。
「ごめん、気絶してもらうよ」
その手刀は的確に住民の意識を奪う。
どうやら人体の強化をされているわけでは無いようだ。
この状況を見て、モココは一人の強化人間の少女を思い出す。
彼女が同行した傭兵を手にかけた事件。それに繋がるような予感がするのだ。
「急ごう‥‥っ!」
「ま、待ってくださいよ!」
陽兵がそう口にすると同時に再び瞬天速を使い移動するのを、慌てて思考を戻しモココが追いかける。
しかし、モココの脳裏にはあの少女の影が浮かぶ。
聖さん‥‥あなたが見たのは‥‥何だったの‥‥?
モココは陽兵の背中を追いかけながら、胸中でそう呟いた。
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――こっちは順調に救助者確保してんぜ、瓜生さん。そっちは?
無線機から村雨 紫狼(
gc7632)の声が聞こえる。
瓜生 巴(
ga5119)はそれに応えず、先ほど拘束した住民へと視線を向けた。
その服に確保した場所、症状を書いた紙をガムテープで貼り付ける。
『うりゅーさーん?』
反応の無い巴に紫狼が伺うように問いかけるが、曖昧な返答だけ返し超機械を取り出した。
拘束された住民は未だ凶暴な瞳を巴に向け、口に貼られたガムテープの下で呻いている。
さて、効果はありますかね。
実験的な試みとして『虚実空間』を発動させると、住民は少し痙攣した後静かになった。
気を失ってはいるが、表情は穏やかなものに戻っている。
「効果‥‥ありでしょうか」
住民が目覚めて見ないと最終的には分からないが、何かしらの効果はあったとみるべきだろう。
巴はふむ。と鼻を鳴らし、運転してきたトラックにぽいっと住民を乗せ、自分も運転席に戻ると再び紫狼から通信。
『おぉい! 瓜生さん。なんかあったのか?』
「何もありませんよ。‥‥いえ――」
――多少の成果はあった。と言う所でしょうか。
原因まではまだ分かりませんが。そう応えて巴はアクセルを踏み、次の救助者の回収へと向かった。
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マヘル・ハシバス(
gb3207)は、巴と同じ様に凶暴化した住民を確保して思案顔をしていた。
「対象者に何か仕掛けられている訳ではなさそうですね」
電子魔術師、攻性操作を住民に試したが、機械的な影響を受けている訳ではないらしい。
元より望み薄ではあったが、可能性を一つ一つ潰していく必要があった。
巴からの連絡により住民を元に戻せそうである事は理解したが、原因を特定しなければ根本的な解決にはならない。
「せ‥‥アイリスさん。何か気にかかることはありますか?」
――‥‥蝶?
マヘルの問いに、黒い羽を持った蝶が妙に目についていたセラ(
gc2672)――アイリスは呟いた。
いや、異常なほど飛んでいる。と言うわけではないのだが、それでも事あるごとに視界の端に引っかかる。
「マヘルさん」
アイリスの言葉に頷くマヘル。疑わしきは確認するべきだろう。
ゆらゆらと揺蕩う様に宙を舞う蝶は、二人の視線からまるで逃げるように飛ぶ。
しかし傭兵である二人には、そんな動きは止まっているのとそう変わりはない。
容易くそれを確保するアイリスだったが、触れた瞬間――何かが精神に入り込んでくるような感覚。
異物感。とでもいうのだろうか。
ざらりとした悪意に似た何か。それがアイリスの心を蝕んで――
――ぱきん。
頭の中で、何かが割れたような音。同時にその異物感が消え去った。
「アイリスさんっ!」
マヘルの呼びかけに完全に意識が戻る。
心配そうな顔でこちらを見ているマヘルに「大丈夫‥‥だと思う」とだけ告げ、手に捕まえた蝶へと視線を落とす。
「これが‥‥原因だよ。マヘルさん」
精神的な疲労を隠し、マヘルに笑みを返しながらアイリスはそう応えた後、自分のエミタが熱くなっているのに気づく。
お前が、私とセラを守ってくれたのか。
そんな事を思い、エミタをまるで人の様に扱った自分に苦笑した――。
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中心街の少し外れた場所にその少女は居た。
誰もいない民家のリビングソファに、まるで二人を待っていたかの様に寛いでいる。
「少し、休んでいただけよ」
何をしているのかと問う月野 現(
gc7488)の言葉にティルナはそう応えた。
現の後ろでは大神 哉目(
gc7784)が油断なく少女を見据えている。
「被害者を増やしたくない。すまないが協力してくれないか?」
「見ず知らずの私に協力を仰ぐなんて物好きね」
「アンタが誰で、何が目的なのか‥‥。興味はあるけど、今はそれ所じゃ無いでしょ」
哉目の言葉にティルナは少し考えた後、「そう、‥‥そうね」と納得したかのように頷く。
「そっちの都合に私らを利用すれば良いよ、私達もそうするつもりだから」
哉目のその言葉が後押しされたのか、もう一度大きく頷いて笑う。
「そうさせてもらうわ」
ティルナはそう口にして窓の方を指差した。
少しだけ開かれた出窓に一つの鉢植えが置いてあり、鉢植えに咲く花に一匹の蝶が止まっている。
「その蝶に触れると人間は正気を失うわ」
「原因が分かっているのか?」
まぁね。とでも言う様に肩を竦めるティルナ。
「だからあなた達を待っていたの。傭兵ならどうなんだろうと思って、ね」
「アンタは傭兵じゃないっての?」
傭兵でもない一般人が、この場に留まり続けたという事か。この原因を伝えるために。
「私は知りたいのよ。あなた達傭兵ってヤツを」
ティルナがそう言った時、現の無線機にマヘルからアイリスの件で通信が入った。
「どうやら、傭兵が触れても安全。とまでは言えなそうだ」
「そう――」
――じゃあ、その子に会わせてくれる?
どういう症状が出たか、教えてもらいたいから。
ティルナはそう言って二人を急かすのだった――。
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逃げる。生きるために。
走る。生きるために。
戦う。私の好きな人たちにもう一度会うために。
――私は、戦う。
自分の居場所に帰るために。
私は覚悟を決めて追いかけてくる住民たちに向き直った。
唇を噛みしめ、勇気を振り絞る。
3人‥‥いや5人か。
それぞれ刃物や鈍器を持って、敵意をあらわに迫ってくる。
「私はっ! 負けないんだからっ!」
――強くなったね。
頭上からそんな言葉と共に振ってくる影。
その影は――彼は私に背中を向けたまま、顔だけこちらに向けて笑う。名前の様に太陽の様な笑顔。
「言ったろ、俺が全力で守るって」
「陽兵さんっ!」
私がそう声を上げると同時に、追い掛けて来ていた住民がバタバタと倒れた。
そして倒れた先に小柄な少女が、腕を組んでどこか呆れたように私たちを見ていた。
「‥‥いつまでもイチャついてないで行きますよー」
少女の言葉に私は陽兵さんの顔を見上げると目が合う。
恥ずかしくなって、私は陽兵さんから目をそらしてしまった。
「だからイチャつかなーいっ!」
そんな少女の叫びが、路地に木霊した。
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「ポイント032に急行! 蝶に気を付けて!」
「救助者の搬送! 急いで!」
拠点は騒然としていた。紫狼と巴が確保してきた住民を症状のレベルに合わせて処置していく。
凶暴化した住民は拘束し、即座に治療が可能な設備に送る。
アイリスはその光景を見ながら、先ほど蝶に触れた時の自分の症状を纏めていた。
そこに一人の少女――ティルナが話しかけてきた。その後ろには哉目が立っている。
「あなたが蝶に触わったの?」
「あぁ、そうだが。あなたは?」
「ティルナ。蝶に触ったのに平気なの?」
身を乗り出すようにして聞くティルナにアイリスは少し警戒する。
後ろの哉目に視線で伺うと頷きを返すと、アイリスは鼻を鳴らし言葉を紡いだ。
蝶に触れた時の症状を説明する度に、ふむ。と頷き考えを巡らす。
「なるほどね」
「ティルナさん?」
そう自分の思考に一人納得していたティルナに声をかける少女が居た。
ティルナが顔を上げると、愛華が笑顔を向けている。
「意外に早い再開だったわね」
そう言ってティルナが苦笑を漏らした時、紫狼からの通信が入った。
――救援頼む! 数が多すぎて手が回らねぇっ!
叫ぶような紫狼の通信に、傭兵達は駆けだすのをティルナと愛華は手を振って見送るのだった。
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「痛てて‥‥噛まれちまった」
傭兵が集まれば一般人の鎮圧は容易だった。
せいぜい、紫狼が凶暴化した住民から正気の住民を守るときに、腕を噛まれた程度で済んでよかったと言える。
ふぅ。とため息をつく紫狼が気づくと、周りの人間は少し遠巻きに警戒して紫狼を見ている。
「え? ‥‥なに?」
ぽかーんとする紫狼に巴が応える。
「噛まれたと言ったので何か感染してたりしないかと」
「ええっ!? そういうのなのっ!?」
「いえ、そんな事実ありませんが」
紫狼を冷たくあしらうそんな巴に、レポートを手にしたマヘルが声をかける。
「どうやら蝶型のキメラだったようですね」
「なるほど、そいつが精神的な効果を与えていたって事ですか」
マヘルのレポートを覗き込みながら巴が頷くと「もう少しきちんと調べてみないと、はっきりとした事は分かりませんが」とマヘルは苦笑を返した。
「それにしても、蝶を駆逐しないと原因の排除はできないと思いますが‥‥」
「全てを探して駆逐するにはちょっと時間がかかりそうですね」
逆に言えば、時間をかければ駆逐するのは一般人でも容易くできる程度のキメラだ。
もちろん接触には気をつけなくてはいけないが。
マヘルと巴が今後の駆逐方法を検討を始め、放置になってしまった紫狼は傍にいた哉目に気に掛かっていた事を問う。
「そういや、戦闘少女のティルナちゃんは?」
「いないよ」
「え? どして? 協力してくれたんじゃないの?」
「‥‥どう、なんだろうね。あの子はあの子の目的があったみたいだけど」
協力していたのかどうかはわからない。紫狼の呼び出しに傭兵がフォローに出て戻ってきたら、その姿は拠点にはもう無かったのだ。
一緒にいたはずの愛華も、気付いたら姿がなかったと答えた。言葉を止めた哉目の話を現が継ぐ。
「ティルナについては結局のところ、所属も目的もわからないままって事だ」
「‥‥へぇ」
紫狼は曖昧な返事を返しながら、以前刃を交えた強化人間の少女たちの事を思い出していた。
まさかな。
あれは既にすべて終わったことだ。しかし、紫狼の胸中にはまだ消えない火種のようにチリチリとくすぶっている。
ふと、モココに視線を向けると彼女も似たような事を思っているのだろうか。救護班が駆けまわる姿を見ながら物思いに耽っていた。
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「‥‥モココさん?」
物思いに耽っていたモココに愛華が声をかけてきた。
急に声をかけられたので、モココは少し慌ててしまった。もとより引っ込み思案なので、人との付き合いは得意な方ではない。
「今日は助かりました。ありがとうございます」
「あ、は、はい」
先ほどまで考えていた内容を、紫狼と同じ様に終わった事だ。と、とりあえず中断してそう応える。
しかし、そう思うと余計に今回の事件と、彼女が関わった事の相似性を考えてしまう。
だが、陽兵が愛華に話しかける事で気持ちを切り替える事が出来た。
「良かったよ。愛華ちゃんが無事で」
「あ、はい‥‥いつも、ありがとうございます」
二人ともまともに顔を合わせられず、そんな言葉を交わす話の輪にアイリスが加わった。
「ティルナは理想郷とやらについて何か言っていたかい?」
「あ、いえ‥‥」
「ふむ、そうか」
「でも、どうしてそんな事を?」
ティルナの言う理想郷とやらが、戦いを終えた自分たちの居場所に繋がるものなのか。
そう判断できる材料があればと思ったが、残念ながらそこまでは分からないようだ。
愛華の問いに「いや」と前置きをしてから、
「予感というやつかな、強い意思の片鱗に触れる気がするのだよ。善意か悪意かは知らないがね」
不敵な笑みを浮かべ、そう続けるのだった――。
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「うん、そう。エミタが効果を打ち消すみたい。普通の人間には影響が強すぎるみたいだけど」
車のハンドルに足を乗せ、片手に握った通信機にティルナはそう告げた。
「でも、彼ら傭兵の耐性を考えると、次の宇宙に向かうクルーとしては十全よね――あぁ、わかってるわよ。それじゃ意味ないって言うんでしょ」
少女はどこか楽しそうに通信機の向こうに話すが、不意に眉を顰めた。
「そう呼ぶのやめてくれる? 嫌いなのよ大げさで。私はティルナ。クイーンじゃない」
通信機の向こうの声が苦笑するのに、ティルナ自身は「いいじゃない」と笑みを浮かべた。
「結構気に入ってるんだから、このヨリシロの名前――」
――それに、今の自分もね。
そう言って、通信機の向こうと一言二言交わしたのち通信を切る。
ティルナはため息をついてから口を開いた。
「次の宇宙にはあると良いわね――私の、私たちの理想郷が」
少女は自分に語りかけるようにそう呟き、優しく微笑むのだった――。