タイトル:【QA】少女と終焉の舞台マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/08 23:37

●オープニング本文




 ――ねぇ。

 そんな声がして私はそちらへ頭を上げる。
 ウェーブのかかった髪の少女が、私にその大きな瞳を牢屋越しに向けていた。
「あら‥‥可愛らしい子ね」
「あなたが、イーノの叔母さん?」
「違うわ」
「え?」
「私は四条 藍。四条 蒼衣の叔母よ」
 まだ、叔母さんと呼ばれたくない歳だけど。と続けて少女に笑う。
 私の言葉に「あお‥‥い?」と首を傾げる。
「イーノのヨリシロの名前よ」
 どうやら私のセリフの端々の単語が分からなかったらしく、少女は眉根を寄せた。
 私は苦笑を漏らしながら、言葉の意味から説明していく。この子もここに居る以上、ただの人間ではないのだろう。
 しかし少女は、私の話をふむふむ。と興味深そうに聞き入っていた。
 そして「しじょう あおい。かぁ」と呟く。
「そうよ」
「そっか」
 そう言って少女は立ち上がると、おもむろに牢屋の鍵をこじ開けた。
 牢の中に入ってくると、カギを取り出し私を繋いでいた枷を外す。
「叔母さん。逃げて。イーノは私が何とかするから」
 少女の言葉に私は目を丸くする。そして私が笑いを漏らすと、少女は不思議そうに私を覗き込んだ。
「いいのよ。私の馬鹿娘が助けに来るから」
「むすめ?」
「イーノ‥‥蒼衣の妹よ」
「そうなんだ! 会って、見たいな‥‥」
「きっと会えるわよ。友達になってやって」
 しかし、少女は私の言葉に口を噤む。そして寂しそうに笑うと「だめなの」と言う。
 いや、寂しそう。と言うのは私の思い違いなのかもしれない。

 その笑みはきっと『覚悟』。

 この子は何かしらの覚悟を決めている。
 私はそれ以上何も言えず「そう」とだけ口にした。
「じゃあ、私は行くね、おば‥‥藍ねぇ‥‥さん」
 少女は叔母さんといいかけたようだが、私の剣呑な視線に気付き言い直した。うん。いい子だ。
 牢から立ち去ろうとする少女の背中に今度は私が「ねぇ」と声を掛ける。
「なに?」
「もし、イーノ――蒼衣の最後に立ち会うとしたら、ちゃんと蒼衣って呼んでやって」
 少女は私の言葉に少し逡巡した後、こくりと頷いた。

 それは、意味のない。私のただの自己満足に過ぎない事だと分かっていても、どうしてもこの子に呼んであげて欲しかった。

 蒼衣の――私が救えなかった甥っこの為に。


「悪太郎」
「はい」
「どうなってる?」
「何がでしょうか?」
 悪びれない悪太郎の言葉に、イーノは手近にあったものを投げつけた。
 それは当然の事ながら悪太郎のFFに遮られ、悪太郎までは届かない。
「人間どもがどうして進入してきているんだっ!」
「貴方が人間を舐め過ぎた所為でしょう。殺せるときに殺さず遊んだ。それがいけない」
「はむかうのかっ! 悪太郎!」
「元より従うように調整しなかったではないですか。‥‥お前は」
 自分の意志で人間を殺す。そうやって人間同士の戦いを楽しんだツケだ。
 そうとでも言いたいかの様に、悪太郎が言うのを御前 海は楽しげに笑い声を上げる。
「殺せるときに老若男女問わず殺す。それが殺人の作法だ」
「私は子供が殺せればいいわ」
 イーノに対する嘲笑。
 殺人を遊びにしたイーノに対する、殺人鬼達の反抗。
 殺人鬼にとって殺人はライフワーク以上にライフワークなのだ。
 遊びではなく。生きるために必要な事項として。
「イーノ。お前は殺しを遊びと勘違いした。それは殺人鬼に対しての侮辱だ」
 悪太郎の言葉にイーノはぎり。と歯噛みをする。
 もし、イーノが人間の感情をもっと理解していたのであれば、その殺人鬼に対して恐怖を感じていたかもしれない。

 その殺人鬼共の狂気に。

「まぁ、いい。いいさ。人間共を出迎える。お前たちの望みどおり、殺して晒せ」
「仰せの通りに」
 イーノの言葉に薄く笑みを浮かべて悪太郎はそう応えた――。



 ――‥‥散っていく。

 命が、散っていく。

 私が、散らした。

 私を、散らした。

 ただ、それだけ。

 そのはずなのに、私は何故生きているのだろう。
 記憶を手繰り、生きているモニタに視線を巡らせ状況を確認する。

 そう、か。あの時。

 緋野 焔真。あの馬鹿が私のティターンの盾になったのだ。
 本当に、馬鹿。
 堅牢だったはずの軌道衛星は、人間の力によって終焉を迎えていた。
 大破したティターンの中で、少女は薄く笑みを浮かべる。
 その笑みは、酷薄で、見るものの背筋に冷たさを感じさせる。
 諦め、自嘲、傭兵たちへの賞賛。色々なものがない交ぜになって、少女の顔にその冷たい笑みを浮かべさせた。
「私は、狂っていたかったのか」
 リュウグウノツカイ。あの連中とは別に仲が良かった訳ではない、馴れ合っていたわけではない。

 ただ狂気だけが、私たちを繋いでいた。

 そう、思う。

 狂気だけが、私たちを救っていた。

 そう、思う。

 それならば――

 ――すべてが終わるまで、それに身を窶すしかない。

 正気のまま狂気を演じていた少女。その心はすでに後戻りできない。いや、少女は後戻りするつもりはない。
 自然と涙が流れていた。それに気づいた少女は自分自身を叱咤する。

 泣くな。

 泣くのは今まで殺してきた人たちに失礼だ。私は最後まで彼らの。彼女らの敵であらねばならない。
 それが義務であり、責任なのだ。
 それならば――。

 ――私は、彼らの最狂の敵であろう。

 少女は吼える。
 最後の最後まで人間の敵であるために。
 最後の最後まで狂った人間を演じ切るために。

 それは――舞台の終焉まで。

●参加者一覧

潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
旭(ga6764
26歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

●独白

 一人で死ぬのは怖いよね。

 一人で死ぬのは寂しいよね。

 たった一人で、ずっと暗い闇の中に居たからよく分かるよ。

 静かで、寂しくて、ずっと君が来るのを待っていた。

 来てくれたのは君じゃなかったけど、私は嬉しかった。

 一人ぼっちだった私を救い出してくれた。

 差し伸べてくれた手が暖かくて、その優しさがくすぐったくて。

 だから――

 ――今度は私がその温もりを分けてあげないと。

 あの手を握ってから、ずっとそう思ってたんだ。


「このいっぱい敵が固まってる場所が、絶対ボスの居る所だよ」
 愛機メリーさんのコックピットを覗き込みながら、熱源の集まったエリアを指差してそう言うのは潮彩 ろまん(ga3425)だった。
 ろまんは「よっと」と口にしてメリーさんから飛び降りると、丁度その傍に立っていた龍深城・我斬(ga8283)の顔を見上げ、首を傾げる。
「どしたの?」
 ろまんの不思議そうな顔に、我斬は「あぁ‥‥なんでもねぇよ」と苦笑を漏らし、また口を閉じる。

 悪党が仲間庇って死ぬとか半端な事しやがって。

 緋野 焔真の最後の行動。天使 聖の機体を庇い、自らの命を散らした強化人間。
「‥‥俺は、同情なんてしないからな」
「ん? なに?」
 耳聡くその呟きを拾ったろまんに、再び「いや」とだけ返す。
「ついにここまで来ましたか‥‥終わらせましょう、全てを」
「あぁ、これで全てを終わりにしてやる‥‥」
 ヨハン・クルーゲ(gc3635)の言葉に村雨 紫狼(gc7632)が頷き、ポセイドンの奥へと視線を向ける。
 この奥には、人を、人の思いを弄び、その運命を自らの欲望の為に慰み物にした張本人が居る。
 ヨハンと紫狼は美崎 瑠璃(gb0339)とセラ(gc2672)と話を交わす少女――四条 ルリ(gz0445)へと視線を向ける。
 この少女の笑顔を守りたい。いや、この母子の笑顔を守りたい。
 ルリをここまで連れてきた傭兵は、皆同じ気持ちだろう。
 ヨハンと紫狼の視線に気付いた瑠璃とセラ、そしてルリは笑顔を返してくる。
「俺達はルリママを助け出す、そうだよなルリちゃん?」
「うん。ここまで送り届けたからには最後まで、だもん! ボクもルリちゃんの力になるんだ!」
 ルリの頭を撫でて言う我斬の後ろから、ろまんも続くと「おう!」とルリは元気良く応じた。
 そこに少し遅れて突入してきた傭兵達のKVが到着する。それを確認してから先に到着した傭兵達に向かって我斬は告げる。
「目的はルリママを奪還して無事帰る事! 行くぞ!」
「皆で無事に帰るまでが作戦ですっ!」
 我斬の宣言に瑠璃が応え、その二人をセラが腕を組みながら不敵な笑みを浮かべていると、その視線の先に一人の少女の姿が見えた。

 ――いらっしゃい。

 その少女は白のドレスを身にまとい、深々とその頭を下げる。

 ルルゥ。

 かつて傭兵に保護された強化人間の少女だった。

「私が皆さんをご案内します」

 少女は薄い微笑を浮かべてそう告げる。
 この戦いの結末を知っているかのような、悲しい微笑を。



 ――ルルゥ!

 自分のKVから降りたと同時にルルゥに駆け寄ったのは大神 哉目(gc7784)だった。
 ルルゥの小さな体を力いっぱい抱きしめる。微かに甘い香りが哉目の鼻腔をくすぐる。それが、自分の腕の中にルルゥが居ると言う事実を実感させた。
「か、哉目‥‥痛いよ」
 そう漏らしながらも、浮かべる笑顔からまんざらでもない様だ。
「帰ろう、ルルゥ――私達と一緒に」
「‥‥その前にルルゥはやるべき事がある、そうだろう?」
 月野 現(gc7488)が哉目に抱き締められたままのルルゥにそう問いかけると、ルルゥはこくりと頷いた。
「皆を、イーノのところに案内します」
「きみはどうしてそんな事を?」

 ――あなた達は招待状を受け取っているから。

 旭(ga6764)の言葉にルルゥはそう応えた。
「招待状?」
「イーノがそう言ってました」
 少女は告げる。自分はただイーノ=カッツォ(gz0482)に従って、傭兵達を迎えに来ただけであると。
「ならば連れて行け、イーノの元に」
 そう口にしたのはキリル・シューキン(gb2765)。その冷たい眼差しは、感情に流されずに任務を冷静にこなすと言う意志の光が感じられた。
 キリルの言葉にルルゥはこくりと頷き、哉目へと視線を送ると渋々ながら哉目はその体を離す。すると、じっと自分を見つめる視線にルルゥは気付いた。
「どうしたの‥‥したんですか?」
 いつもの口調が出てしまい、ルルゥは慌てて言い直す。
 しかし、そう声を掛けられた本人――モココ(gc7076)は、それほど気には掛けなかったらしい。そしてモココは口を開いた。
「聖さんは‥‥そこに居るんですか?」
 初めて会った時、モココの胸に傷を付けた少女の事を。しかしルルゥはその問いに首を横に振った。
「そう、ですか」
「心配しなくても、あいつは来るわ」
 掛けられた声に振り返ると、加賀・忍(gb7519)が立っていた。そして忍は続ける。

 ――覚悟しなさい。貴女も。

 忍の言葉にモココは息を呑む。
 まるで、自分の考えていることが見透かされているかの様だった。
「覚悟は、決めています」
「‥‥そう」
 忍はそう言ってまた口を噤む。
「それじゃ、哉目。行こう」
 ルルゥが哉目に手を差し伸べる。昔、哉目がルルゥにしてくれたように、今度はルルゥが彼女を。彼女達を導く。
「存外長い付き合いになったが、これで最後にしたい所だ」
 強く繋ぎあう二人の手を見ながら、現はそう呟いた。


 そいつは――イーノ=カッツォは、高みから傭兵達を睥睨していた。
 口元には薄く蔑む様な笑みを浮かべ、両脇に二人の強化人間が立つ。
 その場にたどり着くと、ルルゥは哉目の手を離しそちらへと駆け出した。
 それを追おうとする哉目を現が手で制し、止める。
「月野っ!」
「冷静になれっ! ルルゥを助け出すなら元凶を断たないと意味がないっ!」
 その言葉に哉目はぎり。と歯を食いしばり「輝嵐」を握る。

 約束したろ? 一緒にご飯を食べに行くって。

 イーノの傍らに並ぶルルゥに視線を向け、呟く哉目に我斬が言う。
「俺はさぁ、ママさん救助の邪魔さえしてくれなきゃどっちでもいいんだけどよ」
「なにが言いたいの?」
 噛み付くように睨み付けてくる哉目に、我斬は冷たく言い放つ。

 ――一人で空回りして味方を危機に陥れるなら容赦なく排除するよ、マジで。

 苛立ち殺気立った傭兵達をイーノは嗤う。
 傭兵達のいさかいが滑稽に見えたのかもしれない。

 ――ケンカしちゃだめ!

 突然のルリの叫びに我斬と哉目が目を丸くするのに、瑠璃が口を挟む。
「ルリちゃんの言うとおりだよ。目的を忘れちゃ駄目だよ」
「思う所がある人が集まっているようだが、まず原因を取り除く事が先決だろう?」
 瑠璃の言葉にアイリスがそう続けると、ルリが拳を振り上げ「ママは大丈夫だよ!」と我斬に言う。
「だって私のママだもんっ!」
 自身満々で言うルリに、我斬の口から笑みが零れた。
 そしてくしゃくしゃっとルリの頭を撫でて言う。
「そうだった。ルリちゃんのママは、あの藍さんだもんな」
 我斬の言葉に胸を張るルリ。そしてそれを皮切りに、傭兵は一斉にイーノへと向き直る。
 そんな傭兵の中、我斬の隣に哉目が並び口を開いた。
「私の目的は変わらない。ルルゥを取り戻す」
「言ったろ? 邪魔さえしなけりゃどっちでも良いって――好きにしな」
 我斬は不敵な笑みを浮かべ応えると「明鏡止水」を構える。
 そのやり取りに笑みを浮かべ、アイリスはイーノへと視線を向ける。

 ――レイディアントシェル起動! さあ、クライマックスと行こうか!

 アイリスのその言葉が戦闘開始の合図となった――。



 開戦と同時に旭は駆けた。
 迎え撃つのは――悪太郎。大太刀を下段から跳ね上げ迫る旭を牽制する。それを体を捻ってかわすと、太刀の切先が胸部の装甲を掠め火花を散らす。
 旭はその捻りの勢いのまま「デュランダル」を叩き付けた。
 悪太郎が素早く引き戻した大太刀で受けると、空気が震えるような衝撃が走った。
「きみの相手は僕がする」
「あの時の傭兵か、面白いっ!」
 旭の剣を押し返し、実に楽しそうに嗤う悪太郎。
「ほんとはイーノの妹さんの相手をしたいんだけど」
「そんな事はさせませんよ」
 悪太郎のフォローへと回ろうとする海が、ヨハンの「ラミエル」に寄る攻撃がそれをさせない。
「因果は下れる車の如し、あなた達が今までしてきたことを清算する時ですよ」
「貴方も後10歳ほど若ければ、可愛かったでしょうに」
 海はくすくす。と嗤いながら海はヨハンの攻撃をいなす。
 力量は海の方がいくつか上だと、ヨハンは冷静に判断する。

 それならば、牽制し旭様の援護に入るのみ。

 そう考え、練成強化・弱体を発動させ――

 ――そうよね。それが最善よね。

 海はそう言って薄く笑い、ヨハンと同様の行動。つまり強化・弱体をぶつけてくる。
 図らずとも前衛と後衛のコンビネーションの戦いの様相となったのだ。

 長い戦いになりそうですね。

 戦況を分析し、ヨハンはそんな事を呟いた。



 ――っ。なんだよ、これっ!

 ろまんは自分達を取り囲む強化人間とキメラを睨み付けながら歯噛みする。
 背後に立つルリも「うぅ‥‥」と唸り声を上げていた。

 強化人間も、キメラも、どちらも子供の姿をしていたのだ。

 歳は背後に居るルリとそうは変わらないだろう。
 幼い少年少女の強化人間・そして考える知性すら奪われた人型のキメラ。
「どうしたんだい? 存分に切り裂き、引き裂いて良いんだよ?」

 ――いい加減にしろよ、イーノ。

 そして紫狼が怒りの咆哮を上げると紫狼の周りを紫電が走り、鎧を形作る。
「‥‥見ろイーノ、これが俺の覚悟――」

 ――名付けて、紫電騎士ゼオン‥‥俺の新たな姿だっ!

 獣面――メタリックパープルの甲冑を身にまとった紫狼は、手にした二刀で周囲の強化人間たちをなぎ払った。
「相手が子供の姿の敵であろうと、斬る‥‥俺が罪を背負うっ!」
「一人に背負わせやしないよ! これ以上悪さはさせないもんっ!」
 そう言って紫狼の隣へと立つろまん。そして二人が刀を振るおうとした瞬間、ろまんの目の前の強化人間が頭を抱え、その場に崩れ落ちた。

 私の背負う分も残しておいてくれるかな?

 そうとでも言うかのように、ほしくずの唄を詠うアイリスは不敵に笑う。
「ここは、ボク達が抑えるから行って!」
「悪い、任せたっ!」
 イーノを倒す。その強い思いを刀に乗せて紫狼は駆け出す。
 それを追ってルリが走り出そうとするのを瑠璃が止めた。
「ルリちゃん。今まで教わってきた事を思い出して‥‥藍さんを攫った悪いヤツをぶっ飛ばしちゃえ!」
「うんっ!」
「行こうじゃないか、決着をつけに」
「おぅっ!」
 そして3人は紫狼の後を追って走り出す。

 ――決着の舞台へと。



 モココは走っていた。

 何かを、探して。誰かを、探して。
 そしてモココは再び出会う――その少女と。
「‥‥聖さん」
 モココが見つけたのは壁に体を預け、弱々しくこちらへと視線を向ける天使 聖の姿だった。
 身に纏った服は、聖自身の血なのだろうか赤く染まっている。
「あら、モココちゃん。来てたのね‥‥嬉しいわ」
 ふらりと壁から体を離し、手にしていた刀を抜く。

 ――それじゃあ、死んでくれる?

 初めて会ったときの約束を守ろうとでも言うかのように、聖はそう口にした。
「刀を捨てろ、天使 聖」
 聖とモココはその声がした方へと視線を向けると、キリルが銃の照準を聖に向けたまま告げる。その後ろには忍が太刀を抜いたまま控えていた。
「なんだか、懐かしい顔ぶれね」
「UPCよりお前に逮捕状が発行されている。即刻武装解除しろ。さもなくば撃滅する」
 聖の呟きには応えずキリルがそう続けると、聖は笑みを漏らし跳躍する。
「ちっ、クソガキがっ!」
 キリルは吐き捨てる様にそう言い銃の引鉄を引いた。
 負傷している所為か、動きの遅い聖を銃弾が貫きその衝撃で壁へと弾き飛ばす。

 あはは。

 聖は嗤う。ゆらりと立ち上がりながら嗤う。
「それくらいじゃ‥‥私は‥‥殺せないわ」
 不敵に言う聖に忍が無造作に近寄り太刀を振り上げた――

 ――待ってください!

 そう言って聖と忍の間に割って入ったのはモココだった。
 盾を構え、その背中に聖を庇う。
「待って、ください」
「覚悟を決めなさいと言ったでしょう?」
「これが、私の覚悟です」
 それがモココの答え。聖を死なせない。例え自分が死んでも。
 モココの目を少しの間見つめた後、忍はモココごと聖を切り伏せるつもりで太刀を振り下ろす。
 それがモココの覚悟ならば否定はしない。それ毎切り伏せるのみだ。

 しかし、その瞬間目を灼く爆光があたりを包み込んだ――。



 悪太郎の太刀による三段突きが旭の装甲の隙間を縫う。
 しかし、その切先は致命の一撃を与えるには浅い。とはいえ旭の攻撃も、軽装で動きの疾い悪太郎を捕らえきるには微かに遅い。
「強い、な」
「あなたも」
 ここまで磨き上げた者同士の戦いに、運不運の介在する余地はない。
 例えあったとしてもそれは実力と言えよう。
「だが、私も殺人鬼として、強い者を屠るのは本懐――」

 ――そしてまた屠られるのも本懐よ。

 騎士と殺人鬼。その二人は戦場で笑う。
「名を問おう」
「‥‥旭」
「ふ。悪夢の夜を終わらせる朝日か。ならば凶星を落とし太陽を昇らせてみせろ」
「言われなくとも」
 その言葉に殺人鬼はにやりと笑い、防御の構えを捨てる。
 すべての力をその切先に込めた打突の構え。旭に一矢報いるにはそれしかないと判断したのだろう。
「来い。傭兵。置き土産くらいはくれてやる」
 殺人鬼の言に旭は応え、剣を大上段に構え跳躍した。

 両断剣・絶。

 デュランダルの刃が殺人鬼に触れると同時に、悪太郎の手からミサイルの様な打突が繰り出され――

 ――外した、か。

 殺人鬼は満足そうに呟く。
 旭を捉えられないまま突き出した太刀が手から零れ落ちた。
 両断剣の威力の所為で、狙いが大きく逸れてしまったのである。

 強かったよ。あなたは。

 地に伏す殺人鬼に、旭はそう賞賛の言葉を送った。


 強化、弱体の応酬。

「いい加減倒れなさいな」
スキルの応酬の合間に紛れさせる海の攻撃の悉くが、ヨハンの体を撃ち抜いていた。荒い息だけがその消耗を物語る。
 海のスキルで悪太郎が強化された場合、戦局が一気に傾いてしまう恐れがあった。

 それだけはさせるわけには行かない。

 海の性格か、それとも戦闘用のスキルを持ち合わせていないのか、致命の一撃は受けていない。
「まぁ、良いわ。そろそろ終わりにしましょうか」
 海はそう言って銃口をヨハンへと向ける。今までの嬲るような狙いの付け方ではなく、確実に殺すための意思を感じさせた。

 急所さえ外せば、まだ、立っていられるはず。

 ヨハンはそう計算したが――

 ――その銃口はイーノに向かうルリへと向けられた。

「うふふ‥‥。やっぱり子供の泣き声を聞かないとね」
「や、やめっ」
 海は満面の笑みを浮かべ引き鉄を――引くことは出来なかった。
 海の胸から剣の切先が覗く。海は自分の胸から生えたそれを震える指先で撫で、その剣の主である旭を振り返ると微笑みを浮かべ――

――そう‥‥終わりなのね。

 と、かすれた声で呟いた。


「ハローなのだよ、イーノ=カッツォ!」
「よく妹をここまで連れてきてくれたね、人間」
 煽りのつもりか、挑発的に傭兵達にそう告げる。紫狼はぎり。と奥歯を噛み締めルリに視線を送る。
 知らないはずなのだ、イーノが自分の兄だと――

 ――お兄ちゃんの悪さを止めに来たよ!

 ‥‥ええっ!?

 がびーん。という書き文字が紫狼達の背後に書かれたような気がする。
「る、ルリちゃんっ!? 知ってたの!?」
「うんっ! なんとなくっ!」
「紫狼さん‥‥」
「ん。あぁ‥‥分かってる。シリアスな気分がビックリするほど削がれたわ」
 アイリスに肩を叩かれうなだれる紫狼。獣面騎士が渋面騎士になっちゃった。
「でもよ。そうだよな、これがルリか」
 仮面の下で紫狼は笑う。そして思う。

 それでもやることは変わらない。と。

「いいんだなルリっ!」
「うんっ! ママだったらこんな所で悩んだりしないよっ!」
「その通りだルリ。こいつを倒して、藍さんを救い出す」
「ルリちゃん。怪我しないように気をつけて!」

 ――なんだよ。それ。

「不愉快だぞ! 僕はお前達のそんな顔望んでいないっ!」
 感情のまま叫ぶイーノをアイリスが鼻で笑う。
「感情が乱れれば心もさらける。見透かして欲しいのなら大歓迎だ」
 そして、傭兵達は声をそろえて宣言した。

 ――イーノっ! 今日がお前の最後の日だ!



 気がつくと誰かに背負われていた。
 うめき声を上げると「気付き‥‥ましたか?」と、苦しげな声が耳に届く。
「‥‥モココちゃん」
「生きて‥‥ください。聖さん」
 モココちゃんも傷を負っているのか、時折痛みを堪えるように顔をしかめる。
 私を――仲間から庇ったのか。
「なんで、ここまでするのよ‥‥」
「あの日あなたを助けたいと思った。だから助ける。理由なんてない」
 私の問いかけに、モココちゃんははっきりとそう応える。
 こんなことをしたら、モココちゃんは敵を擁護したと言う理由で法に裁かれてしまう。私はそんな事望んでいない。

 ならば、私はこうするしかないじゃないか。

 私は腰に残った小太刀をモココちゃんの脇腹に突き立てた。
 突然の激痛に彼女は地面に転がった。もちろん背負われていた私も地に転がる。
「私は助けて欲しいなんて――」

 ――生きてください。

 そんな、事をまだ言うのか。
「誰もあなたを知らない所まで逃げて、死ぬまで生きて苦しめばいい!」
「言いたい事はそれだけ?」
 私は立ち上がり先程傷つけた脇腹を蹴り付ける。意識がなくなるまで蹴り付ける。
 モココちゃんは最後まで私の名前を呼び続けた。そして生きろと言い続けた。
「私にはもう救いは必要ないわ」
 意識を失ったモココちゃんに私はそう告げる。

 だって、もう既に救われているのだから。

 ――私はきっと‥‥貴女に救われた。

「出会ってくれてありがとう」

 私はそう言って彼女の髪を優しく撫でた――。


 キリルと忍が駆けつけた時、モココは血溜まりの中に倒れていた。
 追いついてきた二人を振り返りながら聖は嗤う。
「馬鹿な子よね。一対一で私に勝てるはず無いのに」
 くすくす。と、そう笑って二人に言いモココを爪先で転がす。
「狂った世界に狂った力。そんな世界には狂った私はぴったりだと思わない?」
「世界が狂っている? そんなものはクソガキの戯言だ」
 聖の言葉をキリルは一笑に伏した。然し聖はそれに笑みだけで応える。
「誰しもが不条理と現実に折り合いをつけている。だがお前はそれが出来ない。正気も狂気もない。お前は道理が分からず泣きじゃくって駄々を捏ねてるだけの、クソガキだ」
「だったら、どうするの?」
「撃滅する」
 その言葉通りキリルは引鉄を引く。聖が一瞬早くモココから大きく距離を取った為、モココに流れ弾が当たる心配は無くなった。
 距離を取った聖に追いすがるように忍が太刀を振るう。もう手持ちの武器が小太刀しかない聖は、その威力にたたらを踏む。
「悪いわね、万全の私で迎え撃って上げられなくて」
 そう言って聖が突き出す小太刀を忍は半身を逸らして避け、その捻転を生かしたまま下段の死角から掬い上げるように斬りつける。
 消耗している聖はそれをまともに受けず、小太刀を盾に衝撃と共に後ろに跳び威力を軽減させたが、勢いを殺しきれず地面を転がる。
 そして素早く体勢を立て直して、笑う。
「あのさ、あんたたちにお願いがあるんだけど」
「命乞いならもう遅いぞ」
 キリルのブレのない態度が逆に心地よい。
「そっちの女には一回必要ないって言っちゃったけどさ――」

 ――名前を教えてくれない?

 予想外だった聖の言葉に、少し目を見開いたキリルだったが、しばし睨み合ってから口を開く。
「キリル・シューキン」
 キリルはそう名乗ったが、忍は構わず太刀を振るう。
「随分と嫌われたものね」
「俺も別にお前のことを好いている訳ではない」
 忍の動きに合わせキリルの弾丸が、聖の動きを制限する。
 これも出会ったときと同じ。本当に懐かしい。
 そう聖は思いながら、忍の太刀筋の隙間に小太刀の一撃を振るう。
 しかしキリルの射撃が聖の腕を撃ち抜き、その刃が届くことは無かった。
 そしてその隙をぬって忍の持つ太刀の冷たい刃が、聖の命へと手を伸ばす。

 ――加賀・忍。

 女の声。
「お前との戦い、生きている実感を与えてくれた。感謝する」
「‥‥そう‥‥それは光栄だわ」
 床に倒れ伏した聖は、そう言って最後にモココの方へと視線を向けた。
 薄く笑みを零しながら口を開く。
「もし生まれ変わったら、あの子はまた手を差し伸べてくれるかしら」
「さぁな。ただ――」

 ――モココなら、きっとそうするだろうさ。

 俺はクソガキのお守なんぞごめんだが。とキリルはそう続けたが、その言葉は聖に届くことは無かった。

 ただ言えることは。

 最後まで狂気を演じ続けたこの少女が眠る姿は、安らぎに満ちていたと言う事だろう。



 ――ルルゥが居ない。

 哉目はそれに気付くと辺りを見回す。
 すると、同じように周囲に視線を巡らせていた現と目が合った。
 どうやら現も気付いているらしい。
 現が子供の姿をしたキメラを、苦々しい表情で撃ち抜くと哉目の方へと駆け出し、お互い背中を預けるように周囲に目を配る。
「ルルゥは?」
「いつの間にか居なくなってる」
「あの子がイーノから離れると思えない」
「だったら――」

 ――あそこにいるのは一体なんだ。

 そして同時に一つの考えに思い至る。
「現、後は任せる!」
「まて、俺も行くっ! 済まない、任せられるかっ?」
 ろまんはおっけ。と目の前の強化人間を打ち倒しながら手を上げる。我斬は勝手にしろ。とばかりに背を向けた。とはいえ、悪太郎が倒れたのを見て後は凌いでやるよ。とでも考えているのだろう。
「今度あいつにメシでも奢らせるよっ!」
「たのしみにしてるよっ!」
「早く行けっ!」
 そんな二人の言葉に後押しされるように、現は哉目の後を追った。



 ――紫狼の二刀が吼える。

 その刃はイーノのFFの表面を滑り、イーノの命まで届かない。
 イーノのエネルギーの槍が傭兵達に襲い掛かると、それをアイリスが水晶の羽を広げ、その攻撃を弾く。
「ち、人間がっ!」
 押し切れない事に苛立ちを覚えたのか、イーノがそう吐き捨てる。
「どうした、苛立ちが見えるぞ。怖い目にでもあったのか?」
「にんげんがぁぁっ!」
 イーノが吼え、その背後に無数の光の矢が現れる。
 それを見てアイリスがルリの前で盾を掲げ、瑠璃が紫狼の横に並び口を開く。
「村雨さん、あのFFは何とかしますっ! 行けますかっ!」
「当然だっ!」
 瑠璃の言葉に応えると紫狼はイーノへと跳躍した。
 瞬時にイーノに肉迫し、両手の刀を振り上げる。
「舞え我が双牙、眼前の邪悪を殲滅する‥‥っ!」
 その呼び声に応え「天照」と「月詠」の剣閃が、残像を残しイーノへと迫る。しかし、イーノへと届く直前で、強力なFFがその刃を拒絶し――

 ――なんだと‥‥っ!?

 違和感を感じたイーノが視線を向けた先には、超機械を構え笑みを浮かべる瑠璃の姿。

 虚実空間。

 その効果がイーノへと向けられていたのだ。
 強化されたFFを失ったイーノの体へと紫狼の刃が深々と食い込んでいく。
「お前のっ! お前の所為でっ! 多くの人々が苦しんだ! その苦しみをその身で受けろっ! イーノぉぉぉッ!」
 両手の刀が舞う。一撃、二撃と続けてイーノの体を切り刻む。

 イーノの最後だ――

 ――とでも、思ったかい?

 そんな嘲るような言葉を耳にした後、紫狼は両側からの熱い痛みを感じ――意識が途切れた――。



 どこかで大きな爆発音がする。UPC巡洋艦の主砲の直撃を受けているのだろう。
 その轟音が響く中、傭兵達は混乱していた。

 イーノは間違いなく紫狼の剣によって息絶えた。しかし目の前の光景は一体なんだ。
「「僕を倒せたと思ったかい? 残念だったねぇ」」
 『二人の』イーノは、驚きを隠せない傭兵達をみて哄笑を上げる。

 分身。

 一部のバグアが持つ、自らの分裂体を作る能力だった。
 その力は半減するものの、一体でも生き残れば再生は可能。
 人々を嘲りながらも、その実、人間の力を恐れたイーノが取った手段がこれだった。

 これからも悪夢の種を蒔くために。

「あはははっ! ここに居る僕を倒しても、僕は死なないっ! 死なないんだよっ!」

 ――なら、全部ぶち倒すまでだ。

 倒れた紫狼を飛び越えて我斬がイーノに斬り付ける。
 その刃をその身に受けながらもイーノは嗤う。「無駄な努力」を嘲笑う。
「ここで逃がしたって、絶対に追い詰めてやるもんっ! お爺ちゃん直伝、寄せては返す波斬剣だっ!」
 悔しさを隠さずに放つろまんの二刀をその身に喰らい、その悔しさに満ちた顔に満足そうにイーノは嗤う。
「さぁ、殺せよ! お前達のその顔を見たかったんだ!」
 
 ――そうだね。少なくとも、ここでの決着はつけないといけない。

 旭はそう言って、イーノへと剣を振り上げるのだった。



「ぐ、ぅっ‥‥」

 そんな呻きを上げ、イーノは誰も居ないポセイドンの通路に膝を突いた。
「分体がやられたか‥‥まぁ、いい」
 酷薄に少年は嗤う。また新しい遊び場を探せばいい。それだけだ。

 ――イーノ。

 ふと顔を上げると、イーノの目の前にルルゥが立っていた。
 実験場の実験動物。上手くいけば次のヨリシロに。と考えていた程度の娘だった。
「く、はは。ルルゥ。良かった。無事だったんだね」
 イーノは微笑を浮かべて、ルルゥへと近づこうと――

 ルルゥっ!

 哉目が叫びながら、棍をイーノへと振り下ろした。
 そしてルルゥとイーノの間へと割り込む。
「ルルゥを返して貰うぞ! イーノっ!」
「お前の欲望はこれ以上叶う事はない」
 そう告げるのは現。構える銃口はイーノを捉えている。
「人間‥‥そんなに死にたいか」
 忌々しげにイーノは二人をにらみつけ、吐き捨てる様に言っ――

 ――ごめんね。哉目。

 背後からルルゥが哉目へと攻撃を加えた。
「る、ルゥ‥‥どう、して‥‥」
 その場に崩れ落ちる哉目。それを悲しい瞳で見つめた後ルルゥはイーノの手を取り駆け出した。
「まてっ!」
 現はその背中へ引鉄を引こうとするが、銃を下ろす。
 恐らくルルゥとイーノの二人を、自分ひとりで止める事はできない。

「ルルゥ‥‥それがお前のやるべき事なのか」

 それはあまりに悲しいじゃないか。
 現は二人の消えていった通路をじっと見つめながらそう呟いた。


 格納庫に乗り捨てられたティターンを見上げながら、イーノが私に言う。

 さぁ、一緒に逃げよう。

 僕にはルルゥしか居ないよ。

 ――ルルゥは僕の為に死んでくれるよね。

 その言葉に、私は頷きを返し――

 ――一緒に死んであげるね。蒼衣。

 イーノの口から血の塊が吐き出された。何が起こったか分からないと言ったように私に視線を向けた後、力なくその場に倒れた。
 力を失ったイーノを背負い、ティターンへと私は乗り込む。
 外へと向かう隔壁を破壊すると星空の隙間に、爆発の光が見える。
「一緒に星を見に行く約束だったよね」
 イーノにそう微笑んでレバーを倒す。ティターンは私に応えて唸りを上げる。

 ――大好きだよ。哉目。

 差し伸べてくれた手に応えられなくてごめん。

 そして、ありがと。

 今流れている涙はきっと――幸せ過ぎて流れている涙だと、そう思う。


「ママっ! 大丈夫っ!?」
「さっきから大丈夫って言ってるじゃない。ね、アイリスちゃん?」
「あぁ、疲労はしているようだが、藍さんは健康そのものだよ。それよりも」
 藍の手当てをしながらアイリスはそう言って、傷ついた紫狼とヨハン。そして聖の遺体を抱えたモココへと視線を送る。
 それぞれの思いを遂げるため、皆その身に傷を負ったのだ。
「‥‥イーノは?」
「‥‥分体を逃し――」

 ――いや、死んだ。と思う。

 苦々しく口を開く紫狼の言葉を遮って、哉目を伴った現がそう応える。
「ルルゥが、多分決着をつけた」
「ルルゥちゃんは?」
 続けて問う藍に、現は俯くだけで答えなかった。答えられなかった。藍はそれを察し「残念ね」とだけ口にした。
 聖の結末はモココが抱いた遺体を見れば分かる。

 救われたのね、その子に。

 近づいて見る聖の死に顔は微笑んですら居た。
 藍は聖を束縛から開放したモココが羨ましく感じる。思わず涙を堪えるモココの頭を撫でていた。
「泣きたい時は泣きなさい。思う存分泣いたら――」

 ――また、誰かの為に咲きなさい。

 あなたは。これでまた一つ強くなる。と、そう続けた。
 そんなやり取りをする二人を見ながら、キリルは煙草に火をつけた。そして、思い出したように呟く。
「あいつは、日本人だったな。これは線香代わりだ」
 キリルはそう言って煙草を掲げた――。

 ――迷った魂が、良い魂に生まれ変われるように。と。

●ある傭兵の独白

 ここから見える星は綺麗だけどさ‥‥。
 見上げる青空だって、きっと悪くなかったはずだよ。

 帰りのKVの操縦席から外を見つめながら、そんな事を呟く。
 未だ冷め遣らぬ戦場のは、命の火が散っていく。

 ――私のような子を、二度と出さないような世界に。

 ルルゥが私に残した最後の言葉。

 私は、あなたを救いたかった。私はあなたが救いたかった。
 あなたを救えなかった私に、そんな世界を作れるだろうか。

 少女に託された言葉を胸に抱き、傭兵は帰る。

 ――青い地球へ。