●リプレイ本文
■護る者たち
親とはぐれた少女は初めて見たキメラに怯え、家の中で震えていた。
父と母を小さな声で呼び、ただただこの災厄が去ってくれるのを祈る。
しかし、その祈りは神には届かなかったのか――入口の扉が大きな音を立て破壊され、家の中に何かが転がり込んできた。
低い唸り声が少女の耳に届く。
悲鳴を上げそうになった少女は、慌てて自分の口を押さえ息を殺す。
だが現実は残酷だ。
床を。爪が引っ掻く音。
それが、ゆっくりと少女の方に近付いてくる。
獣の息遣いが、死の匂いを漂わせながら少女が隠れている場所へと近づいてくる。
その恐怖に耐えきれず、少女は言葉にならない悲鳴を上げながら物陰から飛び出した。
しかしその獣にとって、年端もいかない少女の動きなど恰好の獲物でしかない。咆哮と共に前足を振り上げ少女の背中に爪を振り下ろす。
――ぃん。
空間が歪んだ様な音が少女の耳に届いたかと思うと、獣の体が弾き飛ばされ、調度品を破壊しながらその下に埋もれる。
「――こっちだ」
そんな良く徹る声がした方を見ると、自分とそれほど年の変わらない少年――斎(
gc4127)がこちらに手を差し伸べていた。
この辺りではまず見ない白い肌、銀色の髪が日の光を受けて輝いている。
斎は少女を自分の背後に回らせると、右手のシャドウオーブを吹き飛んだキメラへと突き出す。
耳鳴りの様な音を伴いながら、死を呼び込む漆黒の弾丸が打ち出され、調度品の瓦礫の中から首を出した獣の喉を引き裂いた。
そして斎は少女に言う。
「大丈夫――」
――誰も死なせない。
表情からは何を考えているのかは汲み取れない。だが、その言葉は強い決意を秘めていた――。
――ここに来た傭兵達は皆同じ思いだ。
「散らばらないでくれ! こっちだ!」
「怪我した奴いるか? いなけりゃちんたらしてねーで逃げるぞっ」
シクル・ハーツ(
gc1986)と結路帷子(
gc5283)は、村中に散らばっていた村人を一か所に集め、専守防衛に回っていた。
「どっかに皆が集まれるような建物はねぇか?」
結路がピッケルを持った男に聞くが、男は首を横に振る。
それに舌打ちをして「きちぃな」とぼやく。
「斎はまだ戻らねぇのかっ!?」
「まだだ。建物内に人が残っていないか探してる」
結路の叫びに、シクルが応える。その表情にはやはりどこか焦りが見える。
思った以上にキメラの数が多いのだ。
「時間が無い‥‥頼む、急いでくれ」
斎が向かった家屋の建ち並ぶ方向を見つめシクルは呟く。ここに居る村人の殆どは、あの少年が村中の家屋を調べ見つけてきたのである。
焦る思いにシクルが胸を焼かれていると、不意に集まった村人の一角から悲鳴が聞こえた。
そちらを振り向くと2体のキメラの姿が視界に入った。
「くっ、これ以上やらせるか!」
シクルは駆け出し、キメラと村人の間に壁になるように立つ。
そしてゆっくりと冷たい刃を持つ刀を抜く。それと同時に周囲に冷気が満ちた。そしてシクルは背後の村人たちを安心させる様に言った。
「大丈夫、私達が絶対に守る。だから安心してくれ」
青い光を灯したその瞳は強く、美しかった。
「あぁ、まずはこいつらを超護り通す!」
結路が銃を構え発砲すると同時にシクルがキメラへと迫る。それを迎撃しようとキメラは牙を剥くが、その牙をシクルは舞う様にくるりと避けた。
「時間をかけるつもりはない!」
避けると同時に銀光が2度閃き、キメラの命を瞬時に奪う。
しかし――倒したキメラの影から、もう一体のキメラの爪がシクルの喉に伸びた。
だが、シクルは数歩距離をとるだけ――なぜならば。
「やらせるかよぉっ!」
結路が銃を構え援護射撃を行いながら駆けこんでくる。
銃弾に怯んだキメラの懐に潜り込むと、いつの間にか左手で逆手に持ったイアリスをキメラの喉に向けて振るった。
鮮血が散る。しかし、キメラの命を断つには届かない。
怒りの咆哮を上げるキメラ、だが、それでも結路の口元に浮かぶのは不敵な笑み。
「超絶――COOL!!」
右手に持ったままのスピエガンドをキメラに押しつけ、残弾を全て零距離で撃ちこむ。
弾丸はキメラのフォースフィールドを貫通し、イアリスで斬り裂いた喉元から脳を突き抜け、それが致命の一撃となった――。
「これで全員か?」
斎が合流した後、シクルが移動しながら村人たちに聞くとその問いには斎が首を振って応える。
「女神が――ミズキが居ない」
女神と呼ばれている少女が、逃げ遅れた子供を探しに行ったまま戻ってきていないのだ。直ぐにでも探しに行きたいが、キメラが何匹潜んでいるか分からない中、村人の殆どが集まっているこの場を離れるのも難しい。
斎は怯えた目をした村人たちを振り返る。その中に心配そうにこちらを見る先程助けた少女の姿が見えた。
誰も死なせたくない。しかし、自分が離れる事で村人達の命を危険にさらすわけにはいかない。
直ぐにでも駆け出したい思いを噛み殺し、斎はトランシーバーを手に取った。
■傭兵二人。
三体のキメラに囲まれた小笠原 恋(
gb4844)が、油断なく両手に持ったイアリスとリアトリスを構えているのがスコープ越しに見える。
恋は三体のキメラの牙を爪を、両手の剣で巧みに捌き、いなし、弾く。その動きに合わせて黒絹の様な長い髪が踊った。
その動きの滑らかさに、物陰に隠れ狙いを付ける鹿内 靖(
gb9110)は内心舌を巻く。
「ま、こっちはこっちで仕事しませんとね」
ゆっくりと息を吸い呼吸を整える。
「良ーし、良し。こっちを向けよ‥‥」
その呟きが届いたかのように、恋の剣がキメラの顔を斬り付け、キメラの頭が鹿内の隠れる方向に向けられた。
同時に乾いた一発の銃声。
鹿内の持つライフルから吐き出された銃弾は、キメラの額に吸いこまれるように直撃する。装填していた貫通弾がキメラのフォースフィールドを貫き、一撃の元にキメラの命を穿つ。
「ビンゴっ!」
目の前のキメラが倒れる瞬間に、恋は倒れたキメラの後ろに居るキメラに駆け出す。そして咆哮を上げようとしたキメラの口腔内にリアトリスを突き込んだ。鋭い刃がキメラの口腔内を貫通し、リアトリスの剣先がキメラの後頭部から突き抜ける。
しかし、その隙を狙って最後のキメラが恋に飛びかかろうとする――
――タンッ。
銃声と共にキメラの体が弾かれ地に伏した。
そして、地に伏したキメラが銃撃を受けた方向に視線をやった瞬間、その眉間に銃弾が撃ち込まれた。
「一瞬でも動きが止まれば、こっちの物ですよ…っと」
遠くに見えるキメラが崩れ落ちる様子を見て、鹿内はにやりと笑みを浮かべた。
そして双眼鏡を覗き込み辺りの敵を探すが、どうやら近辺のキメラは片付いた様である。
「お疲れ様です。小笠原さん」
トランシーバーを取り出し、そう声をかけると「お疲れ様です〜」と返答が返ってきた。双眼鏡の先には鹿内に向かって手を振る恋の姿が見えた。
そしてそれ以外にも――
「あれが‥‥そうなのか?」
双眼鏡の先のそれに息をのみながら鹿内は呟く。
「どうしたんですか?」
トランシーバーの向こうの恋の声には応えず、鹿内はそれから視線を外せなかった。
その平屋ばかりの家屋の隙間から首を持ちあげた、巨大な狼の姿から――
■その背に背負うものは。
少女は――ミズキはまだ年端も行かない少年と、掘りかけの井戸を背に庇いそれと対峙していた。
それは、ちょっとした家屋程の巨体を震わせながら低い唸り声を上げる。
目の前の巨大な狼が唸る度に口元に紫電が走った。
この子だけは守らないと――
ミズキは思う。
この井戸を守りたいと言ったこの子には悪いが、井戸はもう一度掘れば良い。
一度ここまで掘ったのだ。もう村人たちだけでも井戸を完成させられるだろう。
私が、居なくても。
覚悟を決め「逃げて!」と少年に叫ぶと、少しでも少年が逃げる時間を稼ぐ為にキメラへと駆け出した。
獣はミズキを視線で追いかけ、鋭い咆哮を上げ爪を振るう。
風を切り裂くような音がミズキの背後に迫った。
しかし――
獣の爪がミズキを引き裂くかと思った瞬間――金属を撃ちあうような耳障りな音がミズキの耳に届く。
その音に振り返ると一人の男が、両手の剣で巨獣の爪を受け止めていた。
「――間に合った」
ミズキに背を向けたまま秋月 愁矢(
gc1971)はそう口にし、安堵のため息を吐く。
斎からミズキが居ないと言う連絡があり、ずっとミズキの事を探していたのだ。
「ほらほら、あなたの相手は私ですよっ!」
そんな挑発と共に獣の顔へ電撃を叩き付けたのは相澤 真夜(
gb8203)だ。まるで羽の様にふわりと地面に降り立つと「痛たた‥‥硬いですよ、こいつっ!」とぼやく。
「硬いなら柔らかくしてしまえば良い事です」
ミズキの直ぐ傍に立ったマヘル・ハシバス(
gb3207)が手を振ると、不可視の力が巨獣の力を削いだ。
マヘルは「あの子と隠れていてください」とミズキに微笑むと、巨獣の注意を引く為にエネルギーガンを撃つ。
ミズキはそれにこくりと頷き、少年を連れ家屋の陰へと逃げ込んだ。
それを見届けたマヘルは愁矢と真夜に声をかける。
「鹿内さんと小笠原さんが来るまで持ちこたえてください!」
その言葉を受けて、遠くに居る真夜は「了解〜」と手を上げ、キメラに格闘戦を挑む。
しかし愁矢は不敵に笑い口を開いた。
「分かってる‥‥だが――」
――それまでに倒してしまっても構わんのだろう?
愁矢はそう言ってキメラに飛びかかる。
炎剣「ゼフォン」をが鋭い音を伴いキメラの前足を斬り裂いた。巨獣の移動力を削ぎこの場に釘づけにする為だ。
愁矢の強気の返答に笑みを返し、マヘルは再びエネルギーガンを構え応える。
「リーダーをさえ倒せば、小物は逃げ出す筈です!」
「わかってる!」
マヘルの指示に愁矢は応えキメラに向かって怒号と共に飛びかかる。
キメラは愁矢の剣戟を爪や牙で受けようとするも、その剣は爪をすり抜けて悉く体を切り刻む。
「こっちも忘れないでねっ!」
素早い動きで変幻自在の動きを見せ、獣の顔面に攻撃を仕掛ける真夜。自分に意識を向けさせる為に頭部を集中して狙う。
二人の連携攻撃を悉く受ける巨獣はいらだたしげに唸り、大きく息を吸いこんだ。
その周囲には蒼い光が弾け、紫電を散らしている。
その場で、それに気がついたのは遠距離から攻撃を仕掛けていたマヘルのみ。
「いけないっ! 離れて!」
マヘルの叫びとほぼ同時に獣は吠える。咆哮と共に巨獣の周囲を雷撃が走った。
目を焼くような光と耳をつんざく様な轟音を伴い、雷の雨が大地を焦がす。
広範囲に広がる雷撃の雨はキメラの直ぐ近くに居た愁矢と真夜を呑みこんだ。紫電が周辺の空気を焼き嫌なにおいが鼻をつく。
しかし、その死の招く雷光の中から飛び出す二つの影があった。
この村は私たちがっ――
――俺たちが護って見せる!
それは雷をその身に纏いながらも剣を、拳を振り上げる愁矢と真夜。少なからず傷を負い、それでも前へと進む。
その背に背負ったもの――ミズキと、この村の希望を護る為に。
「「うおおおおおおおおおお」」
気合いと共に打ち込まれた剣の一撃と、拳から放たれた紫電は、雷撃を放った後の隙だらけになったキメラの急所へと直撃する。
しかし、まだキメラは倒れない。この場から逃げようと渾身の跳躍を見せる。
そしてキメラの逃げるその先には井戸があった。村人たちが一生懸命に掘った大切な井戸が。
愁矢と真夜は追いかけようとするも、先程の雷撃で体が痺れて思う様に走れない。マヘルのエネルギーガンも、この巨獣を止めるには及ばなかった。
だがその場に居る全員が耳にする――数発の銃声を。
その先には鹿内がライフルを構えながら、井戸に向かうキメラに走りこんでくるのが見える。
「壊しちゃなんねぇもんだっつうのに! 下がれよっ!」
走りながら空になったライフルの弾を再装填し、再び射撃を繰り返す。それに怯んだキメラは向きを変えた。
だが、それは巨獣にとっては命取りでしかない。
向きを変えようとした為に、後ろから追う二人に追いつかれてしまったのだ。
真夜の攻撃が向きを変えた巨獣の顎をかち上げ、高く跳躍した愁矢が両手で持ち直した炎剣を大上段から振り下ろす。
今度こそ、その一撃が巨獣を死に至らしめた。
■希望の雫
「はぅぅ! 水が冷たいです‥‥」
地下水の冷たい水に震えながら恋が井戸の底から上がってくる。
その恋を見たいけど、ほら、失礼だよね。うん。でも、それは男のサガって言うかさぁ‥‥。そんな事を村の若い男達はもじもじしながら呟いていた。
井戸掘りを手伝うと言った恋は、身にまとった服を脱ぎ捨て水着姿になったのだ。やや胸のあたりのボリュームがさみしいが、そこはそれで需要が‥‥いや、それはまぁ、どうでもよい。
恋は井戸の底から汲んで来た水をミズキに見せる。それを見てミズキは頷くとマヘルにそれを渡し「お願いします」と頭を下げた。
サイエンティストであるマヘルが水質調査を買って出てくれたのだ。
マヘルは少し緊張した面持ちで水を調べ、しばらくした後――
「――これならおいしいコーヒーが淹れられますよ」
と、微笑んだ。
その言葉を聞いて周囲から歓声が上がる。
「皆、お疲れ様だ。これを食べてお祝いをしよう」
「おっかし〜、おっかし〜♪」
シクルが村の女たちと一緒になって作った菓子を持って皆を労う。その菓子を村の子供達と実においしそうに食べる真夜。
それを眺めながら‥‥ミズキは嬉しいはずなのに涙がこぼした。
「ちょ、お、おい。なんで泣くんだっ!? え? 俺?」
直ぐ隣に立っていたミズキが泣きだした事に慌てて、宥めようとする結路。
「ち、違うんです。嬉しい、んですけど‥‥」
しゃくりあげるミズキを前に、結路はどうしたらよいか分からない。
なかなか泣きやまないミズキに、愁矢がやってきて言う。
「涙は辛い流すもんだ。それで本当に辛い時には――」
――俺を呼べ。いつでも駆け付けるぜ。
ミズキは。そんな愁矢の言葉に大声でまるで子供の様に泣いた。
その涙こそ、傭兵達が護った女神の希望の雫――喜びの涙だった。