タイトル:【QA】宇宙を目指す少女マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/05 06:51

●オープニング本文



 少女はメモを頼りに歩いていた。
 あたりは整備員らしき人間が、忙しなく走り回っている所を見ると、目的の場所は近そうだ。
 勇気を振り絞って少女は口を開く。

「このメモに書いてあるところはどこですか〜っっ!!!!!!」

 ‥‥一々声がでかい。
 まるで花火が地上で爆発したかのような大声に、その場に居た整備員達は一斉に少女の方を振り返った。
 皆、耳を塞いでいる所を見ると、恐らくいまだに耳鳴りがしているのだろう。
「ど、どれだい? お嬢ちゃん」
「これですっ!」
「そんな大きな声を出さなくても聞こえるから‥‥」
「あっ! はいっ! 済みませんっ!」
 どうやら、余りご理解いただけていないようだ。
 渋面を作ったまま、少女の持っているメモを受け取ると「あぁ」と思い至ったように口にする。
「KVの格納庫じゃねぇか、それなら地下だよ。あの地下鉄に乗って行きな」
 整備員はそう言って、地下鉄の乗り口を指差す。
 LHの地下格納庫は余りに巨大な為、自分が搭乗権を持つKVの格納庫付近まで地下鉄を利用するのだ。
「へぇっぇぇぇぇぇ! 知らなかった! ありがと、おじさんっ!」
 そう言って駆け出そうとする少女の背中に、整備員は慌てて声を掛ける。
「あ、駅に居る人にそのメモ見せて、どこで降りればいいかちゃんと聞くんだよっ!」
「はーいっ!」
 元気にそう応えて少女は地下鉄の乗り口へと駆け出していった。

●KV格納庫

「うおおおおおおおおおおっ!」

 吼えた。なんか少女が吼えてた。雄叫びともいえる。
 それは、目の前に立つ人型の巨人。いわずと知れたナイトフォーゲル。KVだ。
 曲がりなりにも傭兵になり、幾度かKVを見ては来た少女だが、こんな間近で見るのは初めてだった。

 つまり、乗った事はない。

 少女のママは言った。「それに乗って助けに来なさい」と。
 だから、その言いつけどおり、少女はこれに乗ってママを助けに行くのだ。
 
「ママ、待ってて! 絶対に助けに行くから!」

 えいえいおー。と言う。少女の鬨の声が格納庫内に響いた――。

●参加者一覧

美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文


「ルリ様もついにナイトフォーゲルに搭乗ですか‥‥」
「うんっ! けーぶいっ! 乗るよっ!」
 格納庫に運び込まれていたばかりの様に見えるそれを見上げながら、感慨深げにそう呟くヨハン・クルーゲ(gc3635)に四条 ルリ(gz0445)は拳を振り上げ応えた。

 ――ナイトフォーゲルMX−S コロナ。

 メルス・メスが開発した宇宙用KVの最新鋭機。
 女性型のフォルムと天使の輪のような円形スラスターユニット「ハイロウ」が大きな特徴であった。それにしてもざっと機体周りを見た限り、随分と弄ってあった。
 本当はルリの母親――藍が乗ろうとしていたのではないだろうか。等と、ヨハンは思う。
「結構弄ってあるのう、となると後は装備を整えてやるだけでよさそうじゃ」
 コロナの周りをうろうろと歩き回り、本体の状態を確認してきた美具・ザム・ツバイ(gc0857)がどこか感心したようにそう言った。
「どうやら、これを買ったルリの親も、KV弄りが好きだったようじゃな」
「そのようですね」
 美具の苦笑交じりの言葉にヨハンが首肯する。
 駆動系の細かな調整や、間接周りの整備状況から見ても随分と調整が行き届いていた。
「‥‥良い機体ですね」
「確かに。タマモが理想じゃったが、まぁ、よかろ」
 二人のやり取りを、その場に座り込んでぽかーんと見上げるルリ。そしてセラ(gc2672)。
 セラの方はどこか物知り顔で、ふむふむ。うんうん。としきりに頷いているが、この子もきっとよく分かっていないだろう。そんな顔をしている。
「セラちゃん分かるの?」
「ともかくすごくて大きいのがいいのです! 無敵超人ウルトラマリーン!」
「おおっ! ウルトラマリーン!」
 びしっとポーズをとるセラの隣で、決めポーズを取るルリ。
 ママが連れ去られた事を気に掛けていない訳ではないと思うが、それでもいつもと変わらない無邪気さが見て取れた。
 幼女二人のはしゃぐ姿を見て、いつもならいそいそとカメラを取り出すはずの村雨 紫狼(gc7632)が、今は厳しい表情でそのやり取りを見つめていた。
「どうしたんですか? 村雨さんらしくないですよ?」
「そんな事ねぇ‥‥って事ねぇか、確かに」
 声を掛けてきた美崎 瑠璃(gb0339)に、自嘲する様な笑みを浮かべて応える紫狼。
 先日、ルリの母である藍の事まで気が回らなかった事を悔いていたのだ。
「本当なら、ルリの前にツラなんか出せたギリじゃねぇが‥‥」
 そう呟いた時、ルリの視線が紫狼の視線と交差し、その後の続きそうだった弱音を飲み込む。
 紫狼の気持ちを知ってか知らずか、ルリは満面の笑みを返した。
「『ママはママじゃない。それでも私のたった一人のママだ』‥‥かぁ」
 紫狼と同じようにルリへ視線を向けていた瑠璃がそんな事を口にする。
 そのセリフは先日、藍が浚われる時にルリが口にした言葉だった。瑠璃のどこか含みのある言葉尻が気に掛かったが、瑠璃はそのまま続ける。
「さ、そうは言っても落ち込んでられませんよ。宇宙の隅々まで藍さんを探さないといけないんですから」
「あぁ、ママン‥‥藍さんの代わりに、俺達がやらないといけないんだ」
 紫狼はルリを見つめたまま、そう言って拳を握り締めた――。


「ホントごめんなサイ、壊す気は無かったんだけどネ」
 格納庫の少しはなれた所から、セラの聞きなれた声が聞こえてきた。
 セラがそちらの方へ視線をやると、ラサ・ジェネシス(gc2273)が、整備員のおっちゃんとすったもんだやっている。
 喧々諤々、すったもんだの語感どおり、整備員のおっちゃんに肩を掴まれてぶんぶん揺すられていた。
「いだだだ、な、中身でるからカンベン‥‥げふっ」
 あ、血を吐いた。一瞬で事件の現場の様になったそこで、ラサがセラに気付いて爽やかに手を振ってくる。
「げふげふ、ってセラ殿珍しい所で会いますネ」
「うん! ルリと一緒に無敵超人なのですっ!」
「ふむふむ。なるほど、ルリ殿の為にKVを、ですか」
 なぜ、今の説明で理解できた?
 ラサはセラの後ろに立つルリを見つけると、口元の血を拭い軽い足取りでルリに近づく。
「貴女が噂のルリ殿ですネ、キレイな名前ですネ」
「ありがとうございます! えぇと‥‥」
「ラサ・ジェネシスです、どうぞよろしくネ」
「よろしくおねがいしますっ!」
 ぺこーりとラサに深く頭を下げるルリ。
 いつの間にか居なくなったルリとセラを追って来た紫狼が、満身創痍のラサを見て驚きの声を上げる。
「ラ、ラサちゃん! 大丈夫かよ?」
「相棒を壊しちゃってネ、我輩もこのザマデス」
 てへぺろ。と、茶目っ気たっぷりに言った後、ぱたーん。と倒れこむラサ。
「ラサちゃーんっ!?」
「あぁ‥‥時が見える‥‥」
「「何を見てるのーッ!?」」
 格納庫内にルリとセラのそんな叫びが届いた――。


「おー新品のぴかぴかダネ」
 ルリのKVを見上げながら、ラサがそんな事を呟く。
「うん! ぴっかぴかなの! これに乗って助けに来なさいってママに言われたの!」
「KVとはナイトフォーゲルの略であるのじゃ。空飛ぶ騎士と言うくらいの意味合いで問題ないはずじゃ。どうじゃ? ママを助けに行く騎士の鎧。そう思うとワクワクせんかな?」
「騎士の、鎧――‥‥うん! ワクワクするっ!」
 薄く笑みを浮かべながら言う美具に、拳を天に突き上げ応えるルリ。
 それに美具は満足そうにこくりと頷き、ルリの駆る予定の騎士の鎧を振り返る。
「それでは、取り掛かるとするかの」
「そうですね」
 美具の言葉に応えるヨハンを、ルリが少し不思議そうな顔で見上げていた。
 それに気付いたヨハンが「どうしました、ルリ様?」と問う。
「ヨハンせんせー、楽しそう?」
「あ、あぁ‥‥お恥ずかしながらKVが好きなんですよ」
 いつもの優しげな笑みに、珍しくどこか子供の様な感情が混じる。
 ヨハンは美具に視線を送ると口を開いた。
「バランスよく、近接武器・ミサイル・防御兵装・銃 といったところでしょうか?」
「あとは練力の扱いやすさじゃな。宇宙戦では簡易ブーストの事もあるし、生命線と言えるじゃろう」
 美具がそう言った所で紫狼が口を開く。
「装備傾向は中距離から飛び道具を持たせて支援型だ」
「え? でも、ルリちゃんは近接の方が得意じゃ‥‥」
 瑠璃の疑問に紫狼は「あぁ、そうだ」と応える。
「だが、俺はルリに戦わせる為に乗せるつもりはねぇ、俺達‥‥いや、俺がルリの盾になってママンのところに送り届けてやる」
 そのやり取りをぽかーんと口を開けて聞いていたルリが口を挟む。
「ちがうよっ! にいちゃん!」
「ル、ルリ?」
 意外な言葉に、紫狼はやや面食らったような顔をした。
 そんな紫狼に面と向かってルリは言う。
「私は宅配便じゃないよっ! 届けて貰うんじゃなくて! 私が、行くの!」
 どこか怒った様な顔でそう言った後、ルリは紫狼の手を取って続ける。
「でも、私だけじゃママの所にいけないから! 手伝って紫狼にぃっ!」

 ――私がママの所に『行く』のを手伝って!

 護られて連れて行って貰うのではなく、自分の力で行くのを手伝って欲しい。
 ルリはそう言っているのだ。
「村雨殿の負けじゃな。少女はいつまでも護られているだけの少女では無い。ということかの」
 不敵な笑みを浮かべそう言う美具に、目の前で藍が浚われ、それを気負っていた紫狼は、溜まっていたものをため息と共に吐き出し苦笑を浮かべた。
「は、はは。らしくねぇ、か」
「そうさ、私達はルリの手助けをする。私達を盾にして目的を果たしてもルリが満足するわけが無いだろう? 紫狼さんも本当は分かっていると思うけれど‥‥どうだろうか?」
 薄い笑みを浮かべながら紫狼にそう言ったのはセラ――ではなく、アイリスだった。
「そう、だよな。あぁ、そうだ。そうだな、分かってるよアイリスちゃん」
 紫狼はそうアイリスに応えてから、手を握ったままのルリに向き直る。

「あぁ、一緒に行こう。ママンを助けに」

 紫狼のその言葉に、ルリは満面の笑顔を浮かべた。
 そう、一緒に。皆と、一緒に。助けに行くんだ。

 まだこの少女一人では、届かない物の方が多いのだから。



 ――KV地下訓練施設。

 そこに一体のKVが姿勢よく腕組みをして立っていた。
 KVロイヤルマントが、風もない訓練施設の中で何故か棚引いている。
「ルリちゃーん、だいじょうぶーっ!?」
『わかんなーいっ!』
 操縦席に乗り込んだルリに下から瑠璃が心配そうに声を掛けると、そんな返事がスピーカーごしに返って来た。
 もう、悪い予感しかない。
 いや、既にもう悪い事は格納庫で起ってしまったが。

 酷い、事件だったね。

 その事件については誰もがそう言って口を閉ざしたとか、別にそう言う事もなかったとか。
「アイリス殿が起動テスト用の場所を申請しておいてくれて助かったヨ」
「まぁ、必要になるかと思ったからね」
 紫狼に背負われたラサが、ぐったりしながらアイリスに言う。
 KVの動作テストの為に、地下の訓練施設使用の申請をアイリスはしておいたのだ。
「まぁ、結局の所事件は起ってしまったがね」
 そう言ってアイリスは苦笑する。
とはいえ、この申請をしていなかったらもっと酷い事件になっていた可能性もあるのだ。
「これでルリがKVの操縦勘をつかんでくれればいいが」
 まるで妹を見るような瞳をルリが乗るコロナへと向けるアイリス。
 アイリスにとってルリもセラと同じように、妹に近い感覚なのかもしれない。
「エミタが補佐してくれるから、難しく考えないでゆっくり動かしてみてーっ!」
「自分の体が大きくなったようなイメージで動かすんダーっ!」
『やってみるっ!』
 瑠璃とラサのアドバイスに、素直にそう返すとルリはコロナを動かしてみる。

 ――あんたの頭は飾りなんだから、考えないで感じなさい。

「飾りなのっ? 私の頭っ!?」
「どうしたのっ、ルリちゃんっ!?」
 不意に思い出した母の言葉に突っ込んだルリ。どうやらマイクがその発言を拾っていたらしく、何事かと聞く瑠璃に「あっ! んーん。なんでもないよ瑠璃ねぇ!」と返す。
「うん! ママやってみるよ!」

 そう、感じるままに――。


 ――初めての割には、結構乗れてますね。

 訓練場を一望できるオペレーションルームで、ヨハンはそんな事を呟く。
 確かに動きは滑らかとは言い難いが、それでも及第点と言えるだろう。
「戦場に向かうには不安は残るが、過保護なのも考え物といった所じゃな、そうは思わんか?」
「わーってるよ」
 美具の含みのある言葉に、ややバツが悪そうに応える紫狼。
 ルリにはルリの意志がある。紫狼にも紫狼の意志があるように。
「だから俺は、俺の意志であの子を守るよ」
「えぇ、ここに居るみんな、村雨様と同じ気持ちですよ。きっと」
 傭兵になったばかりで、どこか危なっかしく放っておけない。でも、時折見せる強い意志。
 何も考えていないように見えて、あの子なりの考えをしっかりと持っているのが今までの付き合いでもわかる。
「あんな純粋な子は、ちゃんと大人が導いてあげませんとね」
「あぁ、分かってるよ。だからこそルリには藍さんが必要なんだ」
 親子や兄弟、肉親は絶対、離れ離れになっちゃいけない。
 それ以前にルリは藍を必要としている。きっと藍も同じだろう。

 だから俺は守る。ルリの本当の笑顔を取り戻す為に。

 紫狼は誰にともなくそう呟いた。


「お腹すいた!」
 コロナから降りてきたルリは開口一番そう言った。
 頭を使わないなりに気を張っていたのか、カロリー消費が激しかったらしい。
「あ、プリンを作ってきたんだよ、ルリたべ――」
「食べるっ! セラちゃんの作るおやつ大好き!」
 セラのセリフまで食った。人のセリフまで食うとかどれだけ食いしん坊なんだ。
 そんな二人のやり取りを見ながらヨハンと美具がコロナの装備の最終調整に入っていた。
「固定武装の性能もそこそこ高いですし、感覚で動かすルリ様の反応に応えるセッティングがよさそうですね」
「プロミネンスの性能も高いが、極力それに頼らないで戦場を駆け抜けられる様にしておきたいものじゃしな」
 そんな二人のやり取りを、セラのプリンを口に運びながら眺めるルリ。
 いや、いつも言うけど、君の為に考えてくれてるんだよ?
 ぼんやりとしているルリに瑠璃が不意に声を掛けてきた。
「そういえばルリちゃん。この機体に名前付けてみない?」
「‥‥名前? コロナじゃないのっ!?」
「そう言うのじゃなくて、愛称って言うのかな、自分だけの名前を付けてあげたらどうかなって。名前をつけると愛着も更に深まるし――どうかな?」
 その提案に、ふむぅ。と少し唸った後――

 ――無敵超人ウルトラマリーン!

 ばばっと、ポーズをつけてそう叫ぶと、やはり風のない地下施設の中でルリのつけているヒーローマントが棚引いた。この風はどこから吹いてくるのだろう。
「って名前を付けたいな。って思ったけど‥‥」
「けど?」
「『藍』にする!」
「ママの名前?」
「うん! これはママが買ってくれたから『藍』! 無敵超人はいつか自分で買ったけーぶいにそう名前をつけるよっ!」

 それに、ママが一緒に居てくれる気がするから。

 と、そう付け加えた。
「よぅし! ルリ! これで絶対ママンを助けに行くぞっ!」
「「サー! お兄ちゃん! サー!」」
 びしっ! と見よう見まねの敬礼をするルリ。そして一緒になって敬礼をするセラを見て、紫狼は満足そうに頷く。
 そして、ルリはその場に居る傭兵達に向き直る。
 藍を知る傭兵にはその姿が、かつて居住まいを正し自分がルリの母ではないことを告げた時の藍の姿と重なった。
 血は繋がっていなくとも、絆が繋がっている。
 この母子にはそれだけで充分だったのだ。それで充分で、それが全て。

「力を。貸してください。ママを助けに行く為に」

 その言葉に傭兵達は是非もない。と頷きを返す。
 力強い仲間――いや、友達が居る。
 それは少女にとってKV等よりもよほど強い、掛け替えのない力なのだ。
 その掛け替えのない友人達へ少女は満面の笑みを返し、感謝の言葉を告げる。

 そして、少女の戦いは宇宙へと向かう――。