タイトル:【QA】少女と捨てた少年マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/15 06:44

●オープニング本文


●少女は星に何を思う。

 ――ルルゥ。どうしたの?

 ずっと夜空を見つめているルルゥに声を掛けると、振り返って言う。
「星を、見てたの」
「星?」
 私が鸚鵡返しに聴くと、うんと頷き再び空を見上げる。
「約束、してたから」
「約束?」
「一緒に星を見ようって」
 それはきっとあの少年――イーノとの約束なのだろう。
 この子はあのイーノに囚われてしまっている。それがルルゥにとってよいことなのか悪い事なのか。
 ただ、縋れるものがあるからこそ人は生きられる。
 ルルゥにとってのイーノは、私にとってのあの小さな喫茶店とそこの店主なのだろう。

 だから。

 ルルゥの気持ちは少なからず分かる。
「ミズキ。行くってさ」
 立ち止まり空を見上げるルルゥの傍に立つ私に、ヨミが駆け寄ってきた。
 その手には手錠。
 強化人間である私達のこのくらいの手錠など大して意味は無いのだが、それでも大人しく手錠を掛けられているのを見るだけで、能力者ではない一般の兵士達は安心するらしい。
 まぁ、きっとそう言うものなのだろう。
「すまないな。移動するにも手錠を掛けたりして」
「仕方ねぇさ。まぁ、アンタが言わなかったら断ったかもしれないけどな」
 仲の良い将校がどこかすまなそうに告げると、ヨミが茶化すように応えた。
 いつの間にかずいぶん仲良くなっているらしい。
 まぁ、この将校は私達の事を随分と気に掛けてくれている。
「仕方ないよ。イーノに会うために我慢する」
 二人のやり取りを見て言うルルゥに、苦笑を漏らすだけの将校。
 軍関係者からすれば、イーノに心酔しているルルゥをイーノに会わせるわけには行かない。
 ルルゥだけを見ていれば、会わせてやりたいという気持ちにもなるのも分かるのだが。
「敵は?」
 苦笑を漏らすだけの将校に、私は端的に言うと「あ、あぁ‥‥」と話題を逸れた事にほっとしたように笑う。
 現在、私達の収容されていた施設の周辺をキメラや強化人間が強襲しているらしい。
 その対応に施設の兵も動員され、守りに手を回す事が出来なくなったので私達を移動させるそうだ。 
「エアマーニェが現れた影響だと思うが――」
「傭兵を守りに付けられる?」
「え?」
「多分、ルルゥを狙ってくるわ――」

 ――こういう悪い予感は必ず当たる。

 私はそう言って歯噛みをした。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
エイラ・リトヴァク(gb9458
16歳・♀・ER
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文


「元々、人が少ないんだ。これ以上人員は裂けんよ」
「うぅ〜‥‥そう、ですか」
 すまなそうに言う士官に春夏秋冬 立花(gc3009)は首をうなだれた。
 元々、この施設の兵士達は周辺の街の防衛に回っている。故に護送を傭兵達に任せたのだから、士官の回答は仕方ない事ではあった。
 士官と立花が会話をしている脇を小さな影が駆け抜けていく。
 そんな軽快な足音が聞こえて大神 哉目(gc7784)が、そちらを向くと何かが抱きついてきた。
 その勢いにふらつきながらも、哉目はそれを抱きとめる。
「哉目、哉目っ! どうしたのっ!」
「あはは、ルルゥに会いに来たのさ」
 無邪気な笑みを浮かべるルルゥの髪を哉目が撫でると、ルルゥはくすぐったそうに目を閉じた。
 いつもはどこか面倒そうな哉目も、ルルゥに対しては少し優しい顔をする。
「‥‥破棄した玩具も必要になったら取り戻す、か」
 そんな二人の再会を見つめながら月野 現(gc7488)は呟く。
 人の命を軽々しく扱うあのバグアに、静かな怒りを現は覚えていた。
 現はルルゥの後ろに控えていた二人の強化人間に歩み寄る。
「俺は君達を信用している。可能な限り力にならせて貰うよ」
「あぁ、わりぃな。よろしく頼む」
 そう言って握手を求めてきたのは男の方――ヨミだった。その両腕には手錠が掛けられている。それを追う現の視線に気付き、ヨミは「ま、しかたねぇさ」と笑った。
「はじめまして。よろしくお願いします」
 提案を断られながらも気を取り直し、強化人間に向き直った立花が手を差し出すのを見て、ミズキは眉を顰めた。こう言う事には慣れて居ないのか、おずおずと手を伸ばし「よろしく、頼む」と応じる。
 立花はその手を取ると、すいっとミズキに近づいて耳打ちした。
「イーノが現れたら彼は「奴」と呼びます。奴が現れたらルルゥちゃんの気を外から逸らすようにお願いします」
 その言葉にミズキはヨミに視線を送ってから、こくりと頷いた。立花はそれを確認すると哉目と遊んでいるルルゥへと向き直る。
「向こうに着いたらお姉ちゃんと遊ぼうね?」
「うんっ!」
 そう言って立花に笑うルルゥを見て、微笑を漏らす哉目。しかしその微笑は直ぐに曇った。
 哉目はルルゥをイーノに会わせると約束した。しかし、イーノに着いていくことがルルゥにとって幸せに繋がるとは思えない。
 いや、それは哉目が思いたくないだけ。自分の思いをルルゥに押し付けているだけなのかもしれない。
 そこまで考えて、ため息を吐く。

 ――私はどうするつもりなんだろ。

 どう、したいんだろう。
 ルルゥの無邪気な笑みを隣に見ながら、哉目はそう自問した――。


 広い車庫の中で皆が出発の準備をしている。
 手錠を掛けられているミズキは、一応捕らわれているという体裁上進んでそれを手伝う事が出来ない。
 少し申し訳ないようなそんな気分で居ると、声を掛けられた。
「あんたが、ミズキか‥‥」
「‥‥?」
 エイラ・リトヴァク(gb9458)の言葉に、ミズキが無感情な瞳を向ける。
「いや、知り合いに同じ名前のがいっからよ」
「同じ‥‥名前?」
 エイラの言っている傭兵の名を聞くと、ミズキはアフリカで会った傭兵を思い出し迷惑をかけたな。と眉を顰めた。
 そんなミズキを余所に、「それにしても」と続ける。
「イーノって野郎は、相当胸くそわりぃ奴ナンダナ」
「‥‥それには同意する」
 イーノは人間を玩具としか見ていない。
 試し、験し、捨てる。自分とヨミに施された調整でも色々な事を試した。
 そんな事を思いながら、不意に手錠を掛けられながら出発の準備を手伝っているヨミへと視線を向けると、それに気付いたエイラが「‥‥にしても」とにやりと笑った。
「羨ましいぜ‥‥男運はねぇからよ」
「どう言う事?」
 問い返すと、エイラは顎をしゃくってヨミを示す。
「‥‥別に、そういうのじゃない」
 感謝はしているが、好きという感情とは少し違う気がする。

 ――私達の関係は、なんと言えば良いか分からない。

 ミズキの言葉にエイラは「‥‥そうかい」と、どこか複雑そうな言葉を返し、出発準備を進める男連中へと視線を移した。
 二人の会話を少し離れた所で聴きながら、モココ(gc7076)は出発を待っていた。
 この依頼、初めて彼女と会ったものに良く似ている。それ程過去の事でもないのだが、どこか懐かしさすら覚える。
「少し緊張しているみたいだね?」
 そんな言葉に顔を上げると、自前のジーザリオから降りてきた旭(ga6764)が優しげな笑みを浮かべているのが見えた。
 その落ち着いた物腰からは、人懐っこい雰囲気とは裏腹に熟達した傭兵の強さが見て取れる。
「何か気に掛かることでも?」
「彼らも‥‥人間であることに変わりないはずなんですけどね‥‥」
 問う旭に、モココは視線を3人の強化人間へと向けてそう呟く。
 その視線は3人の強化人間の手に掛けられた手錠を見つめていた。
「あぁ‥‥彼らも人間だ」
 モココの言う『彼ら』と言う中に、モココが追い続けている少女も含まれている事を旭は知らない。
「大丈夫‥‥です。彼女達を敵に渡すわけには行きませんから」
「うん。よろしく」
 そう言って自分の用意に戻る旭の背中を、モココは視線だけで追う。

 あの人くらい強ければ、彼女を止められるだろうか。

 そんな事をモココが思ったところで、警告音と共に周囲の警告灯が赤々と点灯した――。


「Hurry! hurry!  hurry! 脱出するぞ!」
 けたたましい警告音の中、護送車輌に乗った運転手が傭兵たちへ叫ぶ。
「まさか、出発前を狙ってくるなんてなぁっ!」
「いや、考えてみれば一番狙いやすい場所だったかもしれない」
 エイラのぼやきに、旭が応える。
 周辺の街の防衛で人が出払っている施設。ターゲットがそこにある事が分かっていれば、一番確実に対象を確保できるタイミングだと言えるかもしれない。
 傭兵たちは各々搭乗予定の車輌へと駆け出すが、現がそれを制止した。
「ちょっと、遅かったようだ――」
 苦々しく言う現の言葉と同時に、閉じられていた車庫のシャッターが爆発した。
 その爆炎の中から揺らめくように人影が現れる。
「あら、そんなに急いでどこかにお出かけ?」
 炎が赤く照り返す中妖艶な笑みを浮かべるのは御前 海だった。

 ――さぁ、ルルゥちゃんを返してもらいに来たわよ。

 海の言葉を皮切りに強化人間達が車庫内へと進入してくる瞬間、立花の声が響く。
「1!」
 同時に周囲を目を焼かんばかりの光が溢れた。
 閃光手榴弾。その光に視界を奪われ強化人間達はうめき声を上げる。
 その光が収まる前に傭兵の側から強化人間に飛び出す影があった――モココだ。
 事前に打ち合わせていた通り、立花の合図に合わせ目を閉じて視界を殺されるのを避けたのだ。
「死んでも渡すわけには行きませんっ!」
 その渾身の拳が小柄な強化人間の顔面を捉え、壁の向こうまで吹き飛ばす。
「立花さんっ! ルルゥを下がらせろっ! 俺達が壁になる!」
「はいっ」
 良いタイミングで閃光弾を投げた立花に現の指示に飛んだ。
 負傷している立花には強化人間の相手は荷が重い。当初の予定通り後方に下がって回復に回ってもらう。
「押し切れっ! モココっ!」
 壁に激突した小柄な男に追い討ちを掛けようと肉薄するモココに、エイラの練成強化が飛び、同時にモココが迫る強化人間に練成弱体を掛ける。
 体ごとぶつかる様に突貫してきたモココの拳を、ゆらりと立ち上がった小男は回避しきれず、小柄な男はその一撃を受け、背にした壁にひびが入った。
「邪魔だからさっさと壊れてくれる?」
 出会いがしらの突然の連撃に混乱した小柄な男に、モココはそう冷たく告げる。
 モココの拳を避けようと男は守りに入るが、モココの拳はそのガードをすり抜け、その悉くが急所を貫いた。
 しかし、その攻撃後の隙にもう一体の大柄な強化人間の振るう白刃がモココを襲――

 ――やらせると思うかい?

 旭のその言葉は、その強化人間に届いただろうか。
 一撃。たった一撃でその強化人間は上半身と下半身に両断された。
 何が起こったのか分からない。というような表情を浮かべたまま、大柄な強化人間は地に伏せる。
「まだ、やるかい?」
 旭はそう言ってデュランダルの切先を強化人間達へと向けた。


「‥‥武器を寄越せっ!」
 後方に下がったヨミは立花にそう言って詰め寄っていた。
「え、で、でも」
「あいつはヤバい。ヤバいんだよっ!」
「ど、どう言う事です、か?」
 眉間に皺を寄せ立花の肩をつかんで訴えかけるヨミに、頭をぶんぶんされながら立花は聞くと、代わりにミズキが応えた。
「悪太郎が居る」
「悪太郎?」
「リュウグウノツカイの頭だよっ! このままじゃ全滅しないまでも死人が出るぞっ!」
 苛立ち混じりに怒鳴るヨミに、立花は戦場となっている車庫の中央へと視線を向けると、先程一人の強化人間を両断した旭と拮抗する男が居た――。


 ――大人しく、『それ』を渡せ。


 静かな、不安感を掻き立てるような声。
 競り合った旭自身、負けないまでも無傷ではいられないと言う印象を受けた。
 息を呑む。相手の剣が自分に向かうのなら凌ぎ様がある、しかし、それが他の傭兵に向かった場合死人が出る、そんな予感のようなものがする。
 だが、その緊迫した空気の中、口を開くものが居た。
「ルルゥを、物扱いするな」
 そう口にしたのは哉目だった。ルルゥを『それ』扱いした男が許せなかったのだ。
 命に関わるかもしれないこの場での、そんな彼女の行動に現がやれやれとでも言うように続く。
「そうだ。彼女達にはお前らと違う道を歩む権利がある!」
「あの日と同じ結末になんてさせない」
「ま、そう言うことだな」
 ルルゥの前に立ちふさがる哉目と現に、モココとエイラが続く。
 残った2人の海と悪太郎に対峙する傭兵たちに、海が苦笑を漏らし自分の背後を振り向き口を開いた。
「だってさ、イーノ。どうする?」
 海が口にした言葉に、『それ』を知っている傭兵達の表情は凍りつく。
 傭兵達のその表情を愉快そうに見ながら、『それ』は現れた。
「あはは。どうしたんだい? そんなに驚く事かい?」

 ――お前たちが言ったんだろう人間? 自分で来いってね。

 イーノ・カッツォ。

 その少年は人の命を。思いを。弄び、嗤う――。

●少女がその手を取った理由

「イーノっ!」

 ルルゥが喜びの声を上げる。
 大好きな人にやっと会えたと言う純粋な喜び――それと、少しの戸惑いの表情を見せる。
「久しぶりだね、ルルゥ。約束どおり一緒に星を見に行こう」
 イーノのその言葉にルルゥは少し悩んだ後駆け出そうとする。
 しかし、哉目がルルゥの手をとりそれを止めた。無意識に手が伸びたのだ。事実、哉目自身が自分の行動に戸惑っている。
「‥‥哉目?」
 不思議そうに言うルルゥに、哉目は胸を締め付けられる。
 ルルゥの意志を尊重したい。
 ルルゥがイーノと一緒に居る事を望むなら――

 ――イヤだ。

 哉目はその胸に浮かんだ思いをもう一度繰り返す。
「イヤだ」
「え?」
 ルルゥの為に。ルルゥが――。そうじゃない。
 哉目はそう言って自分の気持ちを誤魔化そうとした――そうじゃない。
「私は――」

 ――ルルゥと一緒に歩いて行きたい。

 不思議そうな表情を浮かべたルルゥに、哉目はそう告げた。
 ルルゥの顔が見れずに少女の手を握ったまま俯くと、「哉目‥‥」とルルゥが呟く声が聞こえた。

 ――哉目。だから私は行くの。

「私は皆と一緒に歩いて行きたい。だから行くの」
「どういうっ‥‥」
 その問いにルルゥは微笑み、口を開き何かを言うと哉目の目は驚いたように見開かれた。
 そしてルルゥはイーノへと駆け出す。
「ははははっ! ルルゥ、お帰り。さぁ、一緒に行こう――空へ」
「うん」

 そして、ルルゥはイーノと共にその場から消えた。


 施設の他のエリアもキメラに襲われていたらしいが、大きな被害が出ていなかったのは幸いだっただろうか。
 しかし、それでも怪我人は出たらしく、その治療の為に立花は走り回っていた。
「モココちゃん! こっちに包帯をっ」
「は、はいっ!」
 手に持ちきれないくらいの包帯をもって駆けて来るモココ。
 いつもは自分が怪我をしてばかりで、逆に怪我人の応急処置をするのは久しぶりな気がする。
 ただ、こうやって駆け回っていると、その間だけは今回の依頼の事は忘れられた。
 もしかしたら立花も、同じような気持ちで治療に走り回っているのかもしれない。
「やられちまったな」
「‥‥そうだね」
 駆け回る立花とモココを見ながら言うエイラに、旭が応える。
 悪太郎と言う男。恐らく一対一で戦えば、負けはしないだろう。と、思う。
 ただただ、不吉だった。
 あの男がその場に居るだけで、悪い事が起るような。

 ――凶兆。 

 とでも言うのだろうか。
「悪太郎が動けば、悪い事が起るって噂だ」
「悪い事ってなんだよ?」
 ヨミの呟きにエイラが問う。
「悪い事は悪い事だよ。敵にも、味方にも分け隔てなく悪い事が起こる」
 その言葉にエイラが眉を顰めると、ミズキが応えた。
「私達にもよく分からない。ただ、あの男が戦場に出ると――」

 ――敵も味方も事故に会う。

 武器の不調、発動するはずの機能の停止。銃の暴発。
 何故そんな事が起るのか。あるいはただの偶然なのか。
「‥‥そうかよ。よくわかんねぇな。あたしには」
 エイラがそう言ってそっぽを向くのを見て、旭は苦笑する。
 確かに、分からない。そんな不可思議な力があるとも思えない。
 そう、分からないから。不気味なんだ。

 また、あの男と剣を交える事はあるだろうか。

 旭はそう、心の中で呟いた。

 破壊された車庫のシャッターの外に立つ哉目に、ミネラルウォーターを差し出しながら現は声を掛ける。
「よかったのか?」
「わかんない」
 星の瞬く夜空を見上げたまま、現にそう応える哉目。
 まるで空へと向かったルルゥを見つめるように、じっと空を見上げていた。
「でも、信じたいんだ。ルルゥの最後に言った言葉を」
「言葉?」
「ルルゥは言ったんだ――」

 ――イーノを止める為に行く。って。

「ルルゥに、私達の気持ちは届いてるよ」
 だから、今は信じたい。
 捨てられた――あの少女の言葉を。

「今度は私が迎えに行くよ、ルルゥ」

 哉目は空に向かってそう呟いた。